「金獅子のシキに喧嘩を売ったァ!?」
「嘘でしょ!?」
船に戻ったゾロとチョッパーの説明を聞いて、ウソップとナミが悲鳴を上げた。
金獅子のシキと言えば大人から子供まで世界中の人間が知っているビッグネーム。海賊王と並ぶ伝説の海賊として、おとぎ話のようにその伝記が語られている。
そのシキに喧嘩を売ったと、険しい表情の二人が語った。
一体どうすればそんな展開になるのか。ウソップとナミの混乱は当然だった。
「シキっていやぁあのゴールド・ロジャーと引き分けたっていうライバルの!? なんでそんな奴が居るんだよ! この島に居たのか!?」
「いや、だから映像で……」
「もう終わりよ!? 私たちきっと殺されちゃうんだわ!?」
「そうだ!? だって相手は伝説の海賊なんだぞ! もうだめだぁ~!」
「大丈夫さナミすわぁ~ん! 君はおれが守るから~!」
緊張感のないサンジまで加わっていよいよ船上は騒がしくなった。
腕組みをするゾロは彼らの様子に呆れ、チョッパーは不思議そうな顔をする。
「うるせぇな。今更騒いでもしょうがねぇだろうが」
「そんなにすごいのか? シキって奴」
「らしいな。おれもよく知らねぇ」
「すごいなんてものじゃないよ。もし本物だとすれば生きる伝説だもん」
どうやら、彼らだけ他の面々より緊張感が欠けていたのは、金獅子のシキを理解していなかったからのようだ。くれは以外の人間に接することなく生きてきたチョッパーと、子供の頃から剣の修業に明け暮れたゾロの耳には情報が届かなかったのだろう。
わかっていない顔の二人へシルクが説明する。
海賊に詳しいらしい彼女はよく話を聞いていたようで、すらすらと言葉が出てくる。
「金獅子のシキは少し前の時代にこの海に君臨した大海賊なの。海賊王ゴールド・ロジャーを語る上では白ひげと並んで外せない人物。若い頃から圧倒的な実力と用意周到な計略で瞬く間に名を上げて、白ひげに並ぶか、それ以上の大艦隊を率いた」
「すげーシルク。よく知ってるな」
「マニアなんだろ。海賊の」
「でもまさか生きてたなんて……インペルダウンを脱獄した後行方不明になって、もう二十年くらいは噂を聞かないって話だったよ」
ゾロとチョッパーは顔を見合わせ、映像で見たシキの姿を思い出す。
「あいつ、そんなすげぇ奴だったんだな」
「舵輪がぶっ刺さってたけどな」
「頭に? だとすれば本物だよ。それ、エッド・ウォーの海戦でめり込んだんだと思う。まだ海賊王になる前のロジャーと痛み分けになったって聞いたから」
意気揚々と語るシルクは不安を抱きながらもどこか興奮した様子だった。
死んだと思われていた伝説の存在を近くに感じ取り、なんとも言えない感覚に体が一瞬とはいえ震えさえした。
そんなシルクの呟きを聞いて、ハッとしたウソップが彼女に振り返る。
「本物だった方が困るだろ! どうせなら偽物の方が良かった! 伝説の海賊だろ!? なんでそんな奴に狙われなきゃいけねぇんだよ!」
「せっかく七武海に勝ったのに、どうしてこんなに不幸なの……私が可愛過ぎるから?」
「ナミさん、そう悲観的にならないでくれ。確かに君は女神が逃げ出すほどの美しさと可憐さを併せ持ってるが、断じて君のせいじゃない」
「お前ら実は余裕あるだろ! 向こうでやれ!」
目に涙を浮かべるナミにハンカチを差し出して、サンジが優しく微笑む。
そんな二人に思わず大声を出すほどウソップは余裕がなかったようだ。
慌てふためき騒がしいクルーを見てロビンは微笑む。
今まで数多くの組織を見て、時には海賊船に乗ることもあったが、ここまで楽しそうな一味は見たことがない。少なくとも彼女の目には盛り上がっているように映ったのだろう。
彼女が何気なく言った一言をウソップは聞き逃さなかった。
「あなたたち凄いわね。こんな状況でも楽しそうなんだもの」
「これのどこが楽しそうだァ!? 自慢じゃねぇがおれは本気でびびってるぞ!」
「あら、ごめんなさい。てっきり喜んでるのかと」
「落ち着いてよウソップ。もう喧嘩を売った後なら抗議したって仕方ないよ。前向きに受け止めないと。それよりルフィとキリは?」
ウソップを落ち着かせようと声をかけたシルクは、件の二人が居ないことを改めて気にしてゾロとチョッパーへ問いかける。
二人は振り返って島を眺め、呟いたのはゾロだ。
「あいつらなら――」
その頃、島内では。
朽ちてボロボロになった砦の一室、というより四方を壁に囲まれながら天井が無くなって空が見えるという、外とも内とも言える場所だったが、そこに島に残った人間たちが集まっていた。
どこかから無事だったテーブルと椅子を持ってきて、丸いテーブルに沿って円を描いて座る。
九つの椅子に、九人の船長。
その後ろには一人ずつ腹心を置いて、計十八人の人間が居た。
それ以外の人間は皆、己の船へ帰っており、敗北した海賊団ならすでに逃げた。地下で倒れていた者たちもすぐに目を覚まして逃げ出し、今残っているのは彼らしかいない。
料理も酒もなく向き合う場はひどく緊迫していて空気が重い。
互いに牽制するように視線を鋭くして、今にも始まりそうな戦いに備える。
これは会談である。
それも今後彼らが進む航路を決定するほどの重要な。
この場を設定したのはキリであった。
理由を考えるのは難しくない。なにせつい先程、誰もが驚くほどの大物に出会ったばかり。
そのせいか断る者は誰一人としておらず、全員が大人しく席についた。
「ここへ集まった理由ならもうすでにわかってるとは思う。それに賛同する者、反対する者は様々だろうけど、少なくとも話し合う余地はあるはずだ」
ルフィの傍らに立ったキリが口火を切って話し出す。
重苦しい空気が漂うものの全員が耳を傾けていた。
今の彼は真剣な表情で、ふざけた態度は欠片も見せず、ここが正念場と言いたげな態度で全員の顔を見回す。誰もが真剣にこの場へ臨んでいる。しかし簡単にまとまるとは思えない。
「たった今、ボクらには共通の敵ができた。大海賊“金獅子のシキ”だ。情報漏洩も厭わず戦力を掻き集めてたことから考えて、そろそろ動き出す気だろう。シキは計算高い海賊で、計画を遂行するための準備には時間をかけることもある。姿を消してから二十年。これだけの時間をかけたということは、かなり大規模な何かを始めるつもりに違いない」
わかっている者も多いだろうが改めて言葉で説明した。すると不意にキッドがにやりと笑って重い口を開く。
何を言い出すかは理解しているはずなのに、敢えて彼へ続きを促した。
「それで? 一体何をしでかそうってんだ」
「事は簡単だ。さっきの状況を見ても、シキはすでに艦隊レベルの戦力を持ってるはず。これからさらに増えていくことも考えられる。それに対して、ボクらはまだまだ弱小。四皇に匹敵する海賊に挑むにはあまりにも戦力が頼りない」
そこで、と続けて、キリは九人の船長へ伝えた。
「シキに対抗するため、ここに居る海賊団で同盟を組んではどうか、という提案だ。ここに居るのはシキに歯向かった者のみ。このままじゃどの道奴に狙われる。生き残る術を考えるならボクらと手を組んだ方が――」
「ハッ」
最後まで聞かずに言葉を遮ったのは、凶悪な笑みを浮かべたキッドだった。
腕を組み、背もたれに体重を預けながらいつでも動ける体勢にあり、それはいつでも暴れられるようにとの意思だったに違いない。
言葉を止めたキリを見据えて、キッドは楽しげに言い出す。
「どの口がそう言いやがる。一番信用できねぇのはてめぇだろうが」
「信用されるとは思ってないさ。でも緊急事態だ。今は普通じゃない状況にある」
「海賊の同盟に裏切りはつきものだ。そもそも声をかけてきたのはお前。てめぇが作った同盟を利用し、自分だけ成り上がろうと考えてるとしてもおかしくねぇ」
「アッパッパ! そりゃ言えてらぁ」
関節が二つある長い腕を動かして、手を叩いて笑うアプーが口を挟む。
彼も同意する様子でキリを見、疑っている様子を隠さない。
「お前らの悪評は広まってるしなぁ。噂じゃクロコダイルに絡んでるのはお前らじゃねぇかって話もある。中でも信用しちゃいけねぇタイプだ」
「噂なんていくらでも作れる。それで怯えてちゃ前に進めないよ?」
「怯えちゃいねぇよ。おれが言いてぇのは」
キッドが右手を胸の前に上げると、周囲の金属がカタカタ揺れ始めた。
「ここでてめぇらを始末した方が後々のためになるだろってことだ」
凶悪な殺気を発することで、彼は明確な敵意をルフィとキリへぶつけた。
元々攻撃的な人物であることは噂されていた。こうなることは想像するのも難しくなく、問題なのは彼が反対した今、誰が敵に、誰が味方になるのかだ。
周囲を観察しながらキリはキッドへ言う。
「シキはそこらの海賊とは違う。動き出せばこの海の状況は一変する。海軍本部や七武海は当然として、四皇まで動き出す事態になるはずだ」
「それがどうした。立ちはだかる野郎はどいつもこいつもぶっ潰す。海賊ならそれが当然だろ。伝説だろうが四皇だろうがそれは同じだ」
「驕りを持つ人間は潰される。この先の海は今までとはレベルが違うんだぞ」
「たとえそうだとしても、てめぇに背を見せるつもりはねぇな」
いつキッドが動き出すのかという緊張感の中。多くは静観し、反論することはない。それはおそらく少なからずはキッドに同意しているということだろう。
楽しげなアプーが口火を切った。
「おれは面白いと思うぜ。確かにシキがこの海を丸ごと支配しちまうのは鬱陶しい」
「なら」
「だが面子は選ばねぇとなぁ。どいつもこいつも信用する気にはならねぇが、中でも面倒なのが雁首揃えてやがるからな」
集まった面子を見回して臆することなく言い切った。
気になったウルージがアプーをちらりと見ながら問いかける。
「では、誰を削る気だ?」
「あーとりあえず今殺気立ってる奴と寝てる奴じゃねぇの? やべぇ奴には違いねぇからな」
アプーが言ったことでようやくキリはルフィの状態を確認した。
いつの間にか腕組みをしたまま、カクンと首が揺れ、居眠りをしていたようだ。そうなることはキリだけは驚かないものの、周囲はそうではない。
呆れる者、笑う者、逆に大物だと感心する者など様々だ。
椅子にふんぞり返って座り、テーブルに足を上げるボニーは呆れて大笑いする。
マナーのなっていないそんな彼女にも苛立つベッジは険しい表情だ。
「あっはっは! 大したバカ野郎だな。だからって組もうって気にはならねぇけどな」
「フン……例の話題性でどれほどの男かと思えば、腕っ節だけだったか」
不遜な態度で腕組みをするベッジは冷たい声でキリへ言った。
「おれには計画があった。シキの首を取るためのな。傘下として奴の陣営に入り、隙をついて内側からシキのみを仕留める。そうすりゃ組織は崩壊するはずだったが……よくもまぁ邪魔してくれたもんだぜ。全て台無しだ」
「集った面子が悪かったな。麦わらが動かずともキッドが反発していた。お前の計画は奴が居なくとも台無しになっていたよ」
達観した様子でキラーが口を挟む。
ベッジにはベッジなりの計画があっただろうが、居合わせたのがルフィやキッドではその通りに成功するはずもない。冷静に語れる彼はある程度予想していたのだろう。己が船長のキッド、そして以前海賊島で一度見たルフィを漠然と理解している。
本質こそ違えど、二人の性質はよく似ているのだろう。以前ぶつかった時からそんな予感はしていたのだ。それが今回の出来事ではっきりした。
それだけにキラーが注目するのはキリの存在である。
金獅子のシキにも臆することなく牙を剥く。それを異常と呼ばずして何と呼ぶのか。
そんな異常な船長を抱えて、彼は動揺することもなくその場でシキに対抗する術を用意しようとしている。並の精神力ではそんな対処はできない。
実のところを言えば、キラーも同じことを考えていた。
キリが居なければ彼が他の海賊を集め、シキに反抗する勢力を作ろうとしたであろう。
それ故に同じ匂いを感じ、キラーの視線は最もキリを警戒していた。
黙して語らぬ者も居る中で、空気はますます重苦しくなっている。
どうやらこの話に乗ろうという人間は居ないらしい。少なくともキリを信用していない。
海賊同士であるならば仕方ないとはいえ、ここまで危険な空気になるとは。
キラーが言う通り、集った面子が悪かった。
想像よりも説得が難しそうだとキリが思案する。とはいえ、彼らへ声をかけたのはシキに反旗を翻したから。誰でもよかった訳ではない。彼らだからこそ協力する価値がある。
めげずにキリは全員の顔を見回す。
「奴が表舞台に出てくれば多くの海賊が恭順する。事実、さっきまでこの島に集まってた連中は相手が金獅子のシキだというだけで忠誠を誓った。これから先自分から動き出せば、あんな連中が次から次に現れてくる。膨れ上がった後じゃ対処だって間に合わないんだ」
「ふむ。叩くなら今の内だと?」
「そう簡単に済むか。どうせ今頃は大艦隊が結成されてる。しかもシキは空飛ぶ海賊だ。航海のスピードも並じゃねぇ」
ウルージが好意的な態度で考えるものの、すぐにベッジがその考えを打ち消そうとする。
シキの能力は彼の名声や悪行と共に世界中へ伝えられていた。なにせ彼はその力で数多の海賊や海軍を撃破し、国を落とし、世界中を恐れさせた。
生きていたのならそれだけでもう遅い。
動き出したのならそれは一方的な蹂躙を始める準備ができたということだ。
今からでは何もかも遅い。だからベッジは内側から崩壊させようと計画していたのだが、今からではそれも不可能だろう。
ステージに立ったあの青年、シキの手の者が冷静に乱闘を見ていたのを知っている。
混乱に乗じて逃げてしまった今、自分たちの情報は全て伝えられているはずだ。
ベッジが考える限り、事態は最悪の展開になりつつある。
このままではシキの一人勝ちということもあり得た。それほどの危険性がある。
それを知ってか知らずか、キリは呑気にも見える言葉を吐いた。
「ボクらが組む理由はそれだけじゃない。言わばシキは最初の標的だ」
「何? どういうことだ」
「ルフィはいずれ海賊王になる。そのためには新世界に君臨する四皇を倒さなければならない。だけどこのまま進んでも結果は見えてる」
ベッジの問いかけに対し、キリはそんなことを言った。
一瞬で空気が変わる。全員の顔から笑みが消え、彼の姿を凝視した。
「ボクらで四皇を引き摺り落とす。その後、この中から決めればいい。次の王を」
躊躇いもなく言い切った姿に多少は見る目が変わったのか。
この男はイカレている。
それが最初の印象。まだ新世界にも足を踏み入れていない時分から海の皇帝を標的に見据え、彼らを倒すために他の海賊団を利用しようとしている。更にはそれを隠すのではなく本人たちに伝えてしまう胆力。よほどの自信がなければそんなことはしない。
その時、眠っていたはずのルフィが顔を上げた。
腕組みをして目には強い意思を浮かべ、はっきりした口調で告げる。
「そりゃ違うぞキリ。おれがなるんだ」
キッドが思わず歯を鳴らした。
怒りと驚きと歓喜。同じ野望を持つ男に出会い、しかもそいつは彼を笑うどころか、彼を笑わせるほど躊躇わずにその野望を語る。自分の物であるのは当然と言わんばかりに。
今まで彼と同じ野望をそこまで堂々と語る者はルフィ以外に見たことがない。そんな馬鹿が居たことに喜びも感じてしまうが、同時に怒りもあった。
おれ以外がその称号を取れるはずがない。
目つきを鋭くするキッドは今すぐにも動き出そうかと拳を握った。
寸でのところで止めたのはホーキンスの声だった。
いつからか話し合いにも参加せず占いを始めていた彼は最後のカードを置き終わる。
想像していなかった結果なのか、他人にはわからないがその目には多少の驚きがあったらしい。
ルフィの一言で全員が口を閉ざした一瞬。
無感情な目でカードを見つめる彼は冷淡な声で呟いた。
「麦わらのルフィが金獅子のシキに勝つ確率……3%」
ホーキンスはキリを見て尋ねる。
「それでもやる気か?」
「ゼロじゃない。確立ならこれから上げられる」
「そうか。結果は見えているが……少なくとも途中で逃げ出す輩ではなさそうだ」
カードを仕舞いながらホーキンスは口を閉ざす。
キリはそう言うが、やはり周囲の反応は望ましいものではない。半信半疑、彼らを危険視している状況は何も変わっていなかった。
不穏な空気が漂っている。その空気を破壊すべく、キッドはふーっと息を吐いた。
「あぁ、鬱陶しい話だぜ……確かに賛同するとこもある。海賊王の称号を得るには四皇どもをぶちのめす必要があるからな。だが気に入らねぇのはてめぇらが対象外みてぇな口ぶりだ」
言いようのない居心地の悪さを生む空気は、彼によって肌に突き刺さるような危険な物へと変貌していった。それは居合わせた全員が感じている。
キッドが放つ殺気は特定の誰かではなく全員へ向けられている。
まるで狂犬。今にも暴れ出しそうだ。
キラーは一瞬止めるべきかを逡巡したが、これは止められそうにないと判断した。
「この中から次の海賊王を決める……それなら」
右手の指を勢いよく開いたキッドは周囲に散乱していた金属を素早く手元へ引き寄せた。
「ここで決めちまえばいいだろう!!」
椅子を蹴り飛ばして立ち上がると同時、右手に金属を纏って巨大な拳を作る。
全くの同時に、船長の後ろに立っていた副官が身構えていた。
ピストルや剣を手に八人の副官がキッドへ狙いを定め、船長を庇うようにして立つ。タイミングを同じくキラーもキッドを守るように武器を見せ、いつでも戦える体勢にあった。
八人の船長は座ったまま。睨む様子でキッドを眺める。
少なくともこの場では八対一の構図が出来上がった。キッドは気にしていないだろうが、彼を排除しようという意思が統一され、それどころかその後の乱戦まで感じさせる。
確かに一石は投じた。しかしそれは全員の潰し合いに発展しかねない。
それでもキッドは笑みを浮かべて止まる様子がなかった。
しばし睨み合いが続く。
このまま潰し合う以外に道はない。そう思ってしまうほど緊迫した空気だ。
その空気を切り裂いたのはたったの一言だった。
これまで黙り込んでいたローが俯いた状態でぽつりと呟く。小さな声だったがそこに居た全員が耳にして、注目は彼一人に集められる。
「おれは乗るぞ」
それは意外な言葉。
彼の噂を聞いていれば話に乗るとはまず想像しない人物像だろうと考える。
「お前らを信用する気はねぇが、利用はできそうだ」
顔を上げてキッドを見る。その冷たい眼差しが、他人を信用するはずもない。
「気が乗らねぇなら賛同する奴だけ集めりゃいい。おれに異論はねぇぞ。邪魔になるならその都度消せばいいだけの話だ」
にやりと笑って、右手を上げる。
地面へ向けられた掌からはヒュルルッと奇妙な風が生み出される。
それを攻撃の意思と取り、キッドの目付きがさらに凶悪に鋭くなった。
「おれにも目的がある。そのためなら手段は選ばねぇ。おれは麦わら屋につくぞ」
「何か企んでるって顔だよなぁ。てめぇみてぇな野郎が居るから気に食わねぇんだ」
「そりゃこっちも同じだ。てめぇが居ちゃうるさくて敵わねぇ」
「なら消えとくか?」
「消せると思ってんのか」
ローの左手が背後に居るベポへ預けていた刀を取る。
座ったままでもキッドと対峙し、いつでも戦える状態を作り出したらしい。
二人が睨み合って空気が重くなる中。それを良しとしなかったのだろう。唐突にパンっと手を叩いたウルージが自分に注目を集める。
にこやかな笑みを顔に張り付け、語る声は思いのほか穏やか。
彼だけは冷静に場を整えようとする。
「まぁまぁ、そう焦りなさんな。時間はまだある。結論を急ぐ理由もない」
彼が割り込んだことで剣呑な空気が霧散していく。
ローはすぐに手を下ろし、キッドも流石に気が散ったのか、舌打ちを一つして腕を下ろした。それを確認してから副官たちもようやく警戒を解いて武器を下ろす。
戦闘が始まらなかったのは不幸中の幸い。ぶつかれば誰もがただでは済まなかっただろう。
キリは胸を撫で下ろして、しかし状況は悪いと冷静に判断する。
流石にシキに逆らうような連中をまとめるのは簡単ではない。
少なくとも今は一旦時間を置くべきだと考えた。
同じことを思ったのだろう。ドレークが嘆息する。
今まで口を閉ざしていた彼は冷静に状況を判断すると小さな声で呟いた。
「仕切り直しだな」
彼の一言が全てだった。
一同は一旦解散して時間を置き、再び集まることを決めた。
異論を口にし、この島を去ろうとする者が居なかったのは何かしら思うところがあったからなのであろう。彼らは再び集うため、島内の各地へ散らばる。