ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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Black or White

 「紙使いだ。危険なのは奴だった」

 

 砂浜に立って海を眺めるキッドの背へキラーが言う。

 再度話し合いを行う時のために副官と共に意見を纏めておく。そのための休憩を取っているのだがしばらくの間キッドは口を開こうとはしていなかった。

 代わりにというべきか、人の気配が無くなったところでキラーが口を開いたのである。

 

 「聞けば奴らはすでに傘下の海賊を引き連れているらしい。海賊島とついさっき、二度麦わらを見て思ったが奴は今後のためを考えるタイプじゃない。だとすれば、今回の話し合いの場を設けた紙使いが一味のブレーンと見て間違いないだろう」

 「ああ……それがどうした?」

 「正直に言えば、おれも奴と同じことを考えていた。この先本当にシキに対抗するならおれたちだけでは心許ない。作戦を練って順当に進めるにしても戦力がいる」

 

 キラーは淡々とした口調で語る。それは意見を言うようでも、説得する様子でもあった。

 

 「今日集まった連中と手を組めば相当な戦力になるだろう。確かに手は焼きそうだが利益さえあるなら無駄な衝突を避けられそうにも思う。だが奴らは、麦わらと紙使いだけは嫌な予感がした」

 「お前らしくもねぇ。まさかびびってんのか?」

 「そうじゃない。よく聞けキッド。お前が海賊王になるための道を歩むなら、奴らは必ず大きな障害となって現れるぞ。潰すなら早いうちにと、頭をよぎった」

 

 真剣な声で伝えられてキッドは思案する。

 熱くなりやすいというだけで彼とて状況は理解している。金獅子のシキと戦えるほど己の一味に力あるとは思えず、準備が整っているとは言えない。これから入念な準備が必要だろうとはシキが本物であると認識した瞬間から思っていたことだ。

 

 それなのになぜ拒むような素振りを見せるのか。理由は単純でありながら不可解。ただただ彼らが気に入らないという敵意のみである。

 彼らを認めているからこそ排除すべき敵という認識があり、それは簡単には覆らない。

 

 キッドの心情を理解しながらもキラーは進言する。

 もはや引き返せないところまで来た。今は利用できる力が必要なのだ。

 

 「同盟の話はおれも賛成だ。だが面子は選ぶべきだろう。気になる連中ばかりだが、麦わらの一味は消した方がいいかもしれん」

 「意外だな。お前なら大人しくしろとでも言うかと思った」

 「いずれ敵になるというだけじゃない。今回の麦わらの行動から考えれば、どちらにしても足並みを揃えるなんて不可能だ。おれたちが作戦を立てたところで台無しにされるか、或いは出し抜かれる可能性も高い。おまけに紙使いも居れば計画的な犯行もあり得る」

 

 キラーの言葉を受けてキッドはにやりと笑う。

 彼の助言はむしろキッドが望んだ形であったらしい。これで思う存分暴れられる。

 おそらくキラーもそれを考慮して言っているのであり、一度口にした意見を引っ込めない。

 

 二人がそうして意見をまとめようとしていた時だ。

 森の向こうから歩いて現れる二人に気付いた。

 

 笑みを浮かべる巨漢、ウルージと彼の部下が一人、隠れるつもりもなく堂々と現れる。キラーは多少の警戒心を露わにしたがキッドは背を向けたままで振り返ろうともしない。

 わざわざ姿を見せたということは理由があるはず。

 戦闘ではない。足を止めたウルージが二人へ向けて語りかけた。

 

 「そちらも定めなさったかな? 今後の指針を」

 「何の用だ?」

 「話し合いを。おそらく意見は同じなようで、鍵は麦わらだろう」

 

 そう言われてようやくキッドが彼の方を見た。

 部下の方は戸惑っているようだがウルージは堂々とした態度で立っている。

 キッドはウルージを見やり、好戦的な笑顔で彼に向き合う。

 

 「意外だな。てめぇは麦わらに好意的かと思ったが」

 「もちろん認めている。だが作戦や同盟といったものには向かないようだ。あの性分では多くの危険を引き寄せ、味方を危険に晒す」

 「キッドは違うと? 悪いがこいつもかなり危険な部類だ」

 「ふふ、確かに。だが興味はある。麦わらは笑顔で死地に飛び込むが、そちらは少しばかりは自制することができそうだ」

 「気に障る野郎だ。今すぐ消してやりてぇがな」

 

 目を鋭くするも笑みは崩さず、キッドはウルージを見据えていた。だがその場では手を出そうとはせずに、いつになく冷静に話そうとしている。

 集まった顔ぶれの中で危険視するのは誰か。意見はほとんど同じだったようだ。

 本来ならキッドもその一人に数えられるはずなのだが、そこへ現れたウルージは彼の危険性を理解した上で密約を交わそうとしているらしい。

 

 わざわざ姿を見せたということはそれだけで意図が伝わっている。

 生き残るためにはどうすべきか。

 面子を見渡した結果、彼らは手を組む相手を選別したらしい。

 

 「麦わらが盟主を気取るのは気に入らねぇ」

 「おれは紙使いに実権を渡すのはまずいと感じている。従うか従わないかは別にしてだ」

 「こちらも同じ意見。彼らを野放しにしておけば、いずれ大きな波乱を生む」

 

 彼らがそうしていた時、さらに森の中から姿を現す人物があった。

 振り向く一同を冷静な目で見つめるホーキンスと、彼の副官、ベポと同じく人間サイズで二足歩行の猫、ファウストが後ろに従っている。

 現れた時点で彼も同じ意見なのだろうと察した。

 キッドはホーキンスを見てにやりと笑う。

 

 「お前も同じか?」

 「おれは確率の高い方法を選ぶ」

 「おれたちなら確率が高いのか?」

 

 キラーが尋ねるとホーキンスは感情を見せずに淡々と語った。

 

 「あらゆるパターンを占ってみた。その結果、あくまでも個人としてはだ」

 「他の方法がありうると?」

 「全員が仲良くお手て繋いで歩くってか? 馬鹿馬鹿しい。連中がじっとしてるわけねぇだろ」

 

 言外にホーキンスが促した方法をキッドは一笑に伏して否定する。

 それぞれ思想も実力も違う船長が九人。全員が協力するなどあり得ない話だ。彼はそう断じており譲る様子がない。キラーも大部分は賛成していた。

 

 そんな彼らから見て現在目の前に居る二人はまだ利用価値がある方だと判断していたのだろう。決して信用して背中を任せるつもりはなかったが、他に比べればマシだ。

 冷静な判断と熱した鉄のような凶暴性を併せ持つキッドを評価したウルージ。

 勝率だけを判断基準とし、キッドの人間性に興味がないホーキンス。

 彼らも決して普通の海賊だと言えないとはいえ、手を組む価値はありそうだった。

 

 キッドにしてみてば他の誰かでもよかった。

 ただこの場においては麦わらのルフィと決着をつけることができるのなら。

 

 まずは麦わら。その次が金獅子。

 獲物を定めた彼は楽しそうに笑い、眼光を鋭くする。

 負けるつもりなどない。簡単にはいかないだろうとは思うもののそれこそ望むところ。簡単に終わられては困るとすら考えていた。

 

 「邪魔する野郎はぶっ潰す。何か企んでるならその企みごとだ。例外はねぇ」

 

 どうやらキッドは時を同じくしてグランドライン入りした海賊を前に熱くなっていたようだ。協力よりも戦うことを望んでいるのが良い証明である。

 そうと知りながらキラーは今回ばかりは敢えて止めない。

 普段キッドを止めることが多い彼でも今回だけは嫌な予感がしていた。

 

 それが何を意味するかまではわからず、キッドの考えに乗る。

 標的は決まった。後は行動するだけ。

 

 「本当ならてめぇらもここで消してやりてぇところだが」

 「そう言うなキッド。どちらにせよ金獅子に対抗する術は必要になる」

 「本当に金獅子に太刀打ちできるかどうか……少なくとも今日、死相は出ていないが」

 「ふふ。一時ばかりの共闘となるか、はたまた。どちらにせよこの海は荒れる」

 

 三者三様、決して足並みを揃えた訳ではなく、それぞれ違った表情を見せる。

 次の会合が行われるまで一時間。

 時が来れば、いずれ状況が変わることは明白であった。

 

 

 *

 

 

 「お前らももうわかってるだろ? この話し合いで誰がキーマンになるか」

 

 岩の上にしゃがみ込んで語るアプーは意気揚々としていた。

 彼が声をかけて集めたのは二人。腕を組んで険しい顔をするベッジと、無表情でアプーを見定めるかのようなドレークだ。それぞれに一人ずつ部下を連れ、警戒しながらも彼の話を聞くためにこの場へ集っていた。

 アプーは楽しげに笑みを浮かべている。

 

 「右も左も危ねぇ奴らばかりだが、中でも危ねぇ野郎が居るだろ?」

 「てめぇが言えた義理じゃねぇがな」

 「アッパッパ。逆に危険じゃねぇ奴がこの島に居るか?」

 

 アプーの言葉にベッジが鼻を鳴らす。

 彼が言った通り、この島に残っているのはシキに逆らった者ばかり。危険というなら全員がそうであろう。今やこの島に危険でない者など居なかった。

 

 それを知るアプーの部下は明らかに怯えた表情であった。

 シキに歯向かっただけでも大事だというのに、これ以上何が起こるのか気が気でない。

 

 「アプーさんっ。こいつらはやばいですって。黙って島を離れた方がいいんじゃ……」

 「黙ってろ。オラッチが上手くやるから」

 「あんただから怖いんでしょうが!」

 

 部下の悲鳴も聞かずにアプーは二人へ語りかける。真剣にもふざけているようにも見えた。

 

 「トラファルガーだ。今回集まった中じゃあいつが一番やべぇ。これまでのあいつの経歴から考えて紙使いの提案に乗るわけがねぇんだ」

 

 ベッジはわずかに眉を動かし、ドレークは無表情で受け止める。

 確かに違和感はあった。“死の外科医”の異名に違いはなく、冷酷で冷血、残忍な海賊だという噂が流れている。少なくとも初対面の海賊を信用するほど不用心ではない。

 ではなぜあの発言に繋がったか。

 アプーはすでに一つの答えに辿り着いていた。

 

 「何か企んでることは間違いねぇ。ひょっとしたらすでに麦わらと通じてんのかもな。奴らが手を組んで他の連中を一網打尽にしようってんならこの話はわかる」

 「最初から罠だったと言いたいのか?」

 「だとすりゃ合点がいくだろ。トラファルガーは計画的に名を上げた。紙使いはともかくとして麦わらが作戦を考えるとは思わねぇからな」

 

 先程のシキに対する態度を見て思ったのだろう。アプーに迷いはない。

 さらに彼は声を潜めて言った。

 

 「しかも、こういう話を知ってるか? 麦わらのバックには“火拳”がついてる。つまり行きつく先は“白ひげ”の一派だ。利用価値なら十分ある」

 「火拳と白ひげ?」

 「なんでも義兄弟らしい。なぜ麦わらが金獅子に歯向かったと思う? そうしても問題ないだけの策か戦力がある、もしくは何も考えねぇバカのどっちかだ。おれは本命は前者だと見るね。後者ならそうなる前に仲間が止めてるはずだ」

 「白ひげか……それが本当なら大したタマだが、本当にあり得るのか?」

 

 ベッジは怪訝な顔でアプーを見る。すると目を伏せたドレークが言った。

 

 「おれは後者だと見た。あの行動が計算されたものだとは思えない」

 「おれからすりゃどちらでもいい。どの道麦わらに付くのは危ねぇ話だ。奴自身が同盟を作るなんて言い出すとは思えねぇし、この話がまとまったところで同盟を潰すのも奴になる」

 「アッパッパ。そりゃ言えてらぁ」

 

 意見の差異はあれど、彼らの結論は同じだ。麦わらのルフィを味方にするのは敵になった場合とは異なる危険を及ぼす。そういった性質をほんの一言の内に見た。

 シキに対して逆らったという事実が何よりの証明であり、それ以上は必要ない。

 逆らった者は他に居れども、面と向かって彼に対して宣戦布告したのはルフィだけなのだ。

 

 今が重要な決断を迫られている時だとは皆が理解している。

 ここで間違えればその後に大きな損失を及ぼす。だから彼らは選別しなければならない。

 誰と組むのが生存率を上げる結果になるのか。

 

 アプーの説得があってか、少なくとも彼らの意見は固まろうとしていたようだ。

 考えてみれば危険な海賊ばかりが集まっている。その中でも目につくのが数名居た。

 抑えきれない凶悪性と暴力性で知られたキャプテン・キッド。冷酷な性分と計画的な思考が評価されているトラファルガー・ロー。そして話題性と真偽不明の噂で注目を集める麦わらのルフィ。どれを取っても不安は拭いきれない。

 たとえ戦力になるとしても、それを覆い隠してしまうほどの不信感があるのは確かだった。

 

 「つまりオラッチの考えをまとめるとこうだ。トラファルガーはすでに麦わらと通じていて、しかも奴を利用しようとしてる。ゆくゆくは白ひげにまで辿り着き、従うとは思わねぇが首を獲るぐらいの野望を持っててもおかしくねぇ」

 「おれたちはその踏み台ってことか」

 「だとすれば大胆だな。白ひげがそう簡単に堕ちるとは思わないが」

 「頭がイカレてやがんのさ。じゃなきゃ海賊なんかやってねぇ」

 

 にやりと笑うアプーは、自身と、目の前に居る二人を含める島内の人間全てに当て嵌めて言う。

 そもそも、自ら海賊になるような人間を正常だなんて考えていない。

 そこに居る二人でさえシキには従わず、如何なる経緯にせよ自らの意思で敵対する道を選んだ。十分に大胆なことをしでかして、さらに大きな野望を見据えている。

 

 そろそろ意見をまとめようとアプーが尋ねた。

 どちらも睨むような目でアプーを眺め、黙り込んで思考を巡らす。

 

 「同盟を組むってアイデア自体は面白いと思うぜ。利点はある。派手に暴れりゃそれだけ注目は集まるだろうしなぁ。だがトラファルガーを野放しにしとくのは間違いだ。ついでにキャプテン・キッドがこの話に乗るとは思わねぇ。間違いなく話し合いをぶち壊しに来る。どうも麦わらに敵意満々だったみたいだしな」

 

 アプーもまた野心を持っている。それだけは間違いなく伝わってくる。

 

 「この場で潰しとくべきなんじゃねぇか? オラッチたちの作戦を邪魔するような連中をよ。別にあいつらじゃなくても役に立つ奴なんざ探せば見つかる」

 

 この場に居る三人が手を組むことが前提とされていることを、誰も指摘しなかった。

 言わずともわかっている。全員を敵に回しても得にはならない。信用できる、できないに関わらず同盟は必要なこと。たとえこの場限りになったとしても、この場で死ぬわけにはいかないと全員が考えていた。

 細かい話は後回しにする。まずは目の前の大敵であった。

 

 簡単に決断できることではないはずだった。

 彼らは口を閉ざして思案する。

 

 沈黙が続いた時、ベッジの背後に控えた長身の男、ヴィトがベッジへ耳打ちした。

 長い手を口元へ添え、特徴的な長い舌が垣間見れる一瞬。

 彼は賛同する意見を船長へ述べる。

 

 「頭目(ファーザー)。ここはこいつらについた方がいいレロ。確かにトラファルガーとキャプテン・キッドは傍に置いとくには厄介。麦わらにもヤバい噂があるレロ。こいつらも信用ならねぇが、仮に何かあってももしもの時は……」

 

 ベッジは険しい顔を崩そうとはせず、その後も黙ったまま。

 ドレークも同様に簡単には口を開こうとしない。

 

 「ドレーク船長……」

 

 部下の声が聞こえていないかの様子でアプーをずっと見つめている。

 信用できる相手ではない。そもそもアプー自身も数多の事件を起こして名を上げた、危険性は広く知れ渡っている海賊。いまだルーキーと呼べる経歴とはいえ油断ならない人物。

 果たして、彼と手を組むべきかどうか。

 彼らが考えている間、部下が不安そうにしているのにも気付かず、アプーは笑顔だった。

 


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