「あっ」
島の様子を双眼鏡で見ていたチョッパーが声を出した。
甲板に居た船員が振り返り、彼の方を見る。何か動きがあったと気付いたのだろう。
島の方を眺めたままチョッパーは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「ルフィたちだ!」
「帰ってきたのか! 無事か!? あいつらは!」
「うーん、多分怪我はしてないと思うけど……」
小舟に乗ってメリー号へ近付いてくる。おそらく他の船長も同じだろう。ふと双眼鏡を動かしたチョッパーは遠くに見える帆船にも小舟が向かっているのを確認した。
「何があったのかな……」
「まさかほんとに同盟組むなんて言わねぇだろうな。信用なんてできねぇぞ」
心配そうなウソップが思わず呟く。不安から冷や汗を掻いていた。
疑問を持ったチョッパーは双眼鏡を下ろして彼に振り返る。
すぐ傍に来ていたウソップは不思議そうな顔をするチョッパーの顔を覗き込み、まるで自分が見てきたかのように、彼の質問に答えた。
「なんでそんなに嫌がるんだ? 同盟って他の海賊と協力することだろ? それっていいことなんじゃないのか?」
「そんな簡単なもんじゃねぇんだ。海賊同士の同盟ってのは裏切りがつきものなんだよ。最初から裏切るために同盟を組むようなもんなんだからな」
「どうして裏切るんだ? 力を合わせた方が強いんだろ?」
「そりゃ自分だけおいしい想いしたいからに決まってんだろ。同盟組んだ相手を利用して、自分は疲れずに利益だけもらおうって寸法だ。海賊ってのはそういうもんなんだよ」
「そうなのか……なんかイメージと違うな」
チョッパーは少し気落ちした顔で呟いた。ウソップはそんな彼の頭にぽんと手を置く。
「海賊をヒーローだなんて思うなよ。基本的に自分勝手な奴が海賊になるんだ」
「でもルフィは違うよ」
「あいつこそ自分勝手の極みだろ。お前を誘った時のセリフ忘れたのかよ」
そう言われてチョッパーは少し考える。
ルフィに誘われた時。言葉にするのも難しい、心から嬉しかった瞬間だ。
思い返してみて改めてわかった。やはりルフィは違う。そう判断したらしい。
「うん。でもやっぱりルフィは違うよ」
「はぁ~……まぁお前がそう思うんならそれでいいけどな」
少し離れて二人の会話を聞いていて、しかし他の面々は参加しようとはしなかった。
気になることは一つ。
海賊同盟は締結したか否か。
それによって今後の彼らの航路が変わる可能性があり、それだけでなく、ウソップが言った通り裏切りについても考慮しておかねばならない。決して安心できる状況ではなかった。
特に心配そうだったのがナミだ。
我慢していても溜息が出てしまい、彼女が俯く度にサンジがナミを気にかける。
「はぁ……」
「大丈夫かいナミさん? 何か気分が落ち着く温かい飲み物でも用意しようか」
「ううん、大丈夫……ほんと、どうなってるのかしら。私たちの旅は」
ナミが頬に手を当てて俯いてしまった。いよいよ本格的に落ち込んでしまったらしい。
傍に居たサンジはもちろん、隣に立っていたシルクも彼女を心配して、そっと背に手を触れる。怖がりだと自称する彼女だ。不安も大きいに違いないとわかっていた。
「心配いらないよ。ルフィは強いし、キリも居るから」
「そういうことじゃないのよ。グランドラインに入って早々七武海に狙われるし、やっとそれが終わったと思えば今度は伝説の海賊? どうかしてるわ……呪われてるのかも、私たち」
「の、呪いだなんて、そんな」
「落ち込まないでくれナミさん。たとえ呪われていたとしても、その呪いが羨み、悔しがるほどに笑顔の君は美しい」
「サンジ。そういうことじゃないよ」
シルクにぴしゃりと言われてサンジは口を噤んだ。こういう場合は彼女に任せておけばいいという信頼があってのことだった。そうでなくても彼はいつも通りでさほど不安に思っていない。ナミの気持ちを本当の意味で理解しているとは言い難かった。
その点、シルクはナミとの距離が近く、思考や人となりを深く理解している。
仲間ではあっても男と女という違いは明確にあったはずだ。
シルクはナミを落ち着かせようと声をかける。
穏やかな笑みを浮かべて、まるで子供に言い聞かせるような、温かく優しい声色であった。
「確かにいきなりでびっくりしたけど、バロックワークスの時だって私たちが勝ったでしょ? 大変だったけど何もできないわけじゃなかった。ちゃんと準備すれば大丈夫」
「そう……そうね。まだ何も始まってないし。落ち込んでもいられないわよね」
「だけど金獅子となれば話は別ね。影響力で言えばクロコダイルの数倍。なにせ彼は知らない者は居ない生きる伝説。対面すれば八つ裂きにされるのかしら」
腕組みをして冷静な面持ちでロビンが呟いた。彼女はクロコダイルの元側近にして、組織の全貌を知っていた人物。そんな人間がシキの方が上と明言している。
その言葉を聞いてナミとウソップの顔が青ざめた。
二人の不安を感じ取ってシルクがロビンへむっとした顔を見せる。
「ロビン。不安がらせるようなこと言っちゃだめだよ」
「フフッ、ごめんなさい。つい反応が面白くて」
「これ……実は全部嘘だったとかねぇのかなぁ。本当は金獅子なんて居なかったって」
「無理に決まってんでしょ。キリはともかくルフィが嘘つけるわけないし」
「そうだよなぁ……あいつほんとに嘘下手だからなぁ」
ウソップとナミが揃って溜息をつき、肩を落とした。
シルクが苦笑して励ますものの、くすくす笑うロビンが時折不吉なことを言って邪魔するため、あまり効果は期待できなさそうだ。
短くなった煙草を携帯灰皿で押し潰して、サンジは思案する。
本音を言えば彼は金獅子の名を聞いても怯えていない。名前ならば聞いたことがある。だがそれで怯えているなら海賊になっていないし、荒っぽい海上レストランで鍛えた料理の腕と足技には絶対の自信がある。たとえ相手が誰でも負ける気はしない。
彼が怯えるならばそれは、目の前で女性に泣かれた時だ。女の涙にはめっぽう弱い。
言い換えればそれ以外の場面において、彼は恐怖で動けなくなることなどない。
ルフィたちが到着するまで、シルクたちが話を続けている。
その間、実際に金獅子を見たというゾロは腕組みをして立ったまま、目を閉じていた。
眠っている訳ではないのはわかる。珍しく今日は瞑想か何かでもしているらしい。興味が無さそうな目でちらりと彼を見てから、視線を外してサンジが呟いた。
「しかし実際どうなんだ。金獅子ってのは本当に居るのか?」
「あ?」
「もう何年も前に姿を消した海賊だろ。今更復活なんて話があるか?」
「なんだ。びびってんのか?」
ゾロの一言にサンジは一旦口を閉じ、彼を見ずに答えた。
「アホか。ただの見間違いじゃねぇかってだけの話だ。てめぇの目は節穴だからな」
「女しか見えねぇアホのお前より見えてる。一緒にすんな」
「よーしわかった。金獅子の前にてめぇを蹴り飛ばしてやる。覚悟はできてるよなぁ?」
「まったくめんどくせぇな。今日は腰抜けしか切ってねぇってのにまた腰抜けを切らなきゃいけねぇのか。とんだ災難だな」
口を開けば喧嘩をする二人である。彼らは無言でかまいたちを発生させたシルクによって吹き飛ばされて甲板を転がる。もはや何も言わないほど慣れてしまって、不思議と彼らもそれ以上言い合いをしようとはしなかった。
やがて小舟に乗った二人がメリー号へ到着した。
甲板に飛び乗ったルフィは開口一番、大声でサンジを呼ぶ。
「腹減ったぁ! サンジィ! メシィ!」
「それからかよ!? その前に言うことあるだろお前!」
「何が?」
「もうちょっと待て。もう少ししたらおやつを出してやる」
「そんなこと言ってる場合でもねぇ!?」
驚愕するウソップとは対照的に、あくまでも普段通りのルフィは不思議そうな顔をする。
共にやってくるキリの顔を見る限り、良い結果ではなかったらしいと、傍から見ていたシルクは気付いた。しかしウソップは全く緊張感のないルフィに呆れていて気付かない。
それもまたいつも通りに、まずはルフィへの抗議から始まったようだ。
「何がってお前、金獅子が復活したって話だっただろ! 本当なのか!?」
「ああ。ちゃんと喧嘩売っといたぞ」
「余計なことを~!?」
「だってよ、あいつ海を支配するとか言ってやがったんだぞ。おかしいじゃねぇか。海賊は自由なのによぉ」
「おかしいのはお前だぁー!!」
「ん?」
ウソップの絶叫が響き渡る。
その後も彼は金獅子の危険性や伝説を教えて、その相手に宣戦布告したという事実がどれほど危険かを訴え続けたのだが、終ぞルフィに響くことはなかった。
怯えているウソップの声を耳にしながら、先にナミが覚悟を決める。
逃げ腰になっていても仕方ない。どうせ状況は動き続けている。
彼女が望むにせよ、望まぬにせよ、彼らが止まることはあり得ないのだ。
腹を決めたナミがキリに尋ねた。
「それで、どうだったの? 他の一味との話し合いは」
彼女に目を向けたキリは気の抜けた顔で肩をすくめる。
「まぁそりゃ拗れるよね」
「ちょっと……何よそのやる気の無い顔。あんたが海賊同盟結ぶって言い出したんでしょ?」
「しょうがないよね。海賊だもの」
「ひょっとしなくてもふざけてるわね」
どうやら重度のストレスによって妙なスイッチが入ったらしい。いつにも増してやる気に欠けた顔を見せるキリは、ルフィに負けず劣らずで何も考えようとしていなかった。
一体島の中で何があったのか。
とにかく話が拗れたことだけは伝わり、作戦が失敗したことだけは理解できる。
「キリがおかしくなったわ」
「嫌なことでもあったのかな? 思った通りにいかなかったみたいだし」
「金獅子……今から謝れば許してくれるかしら」
「そ、それはどうかなぁ。シキの性格的にそれは無理だと思うけど……」
「やっぱりそうよね。はぁ……」
ルフィは戦闘こそ任せられるがそれ以外はトラブルを起こす引き金。
信じていたキリでさえああだ。
状況は最悪だと察知してナミは頭を抱えてしまう。現時点ですでに生きた心地がしない。彼女を気遣うシルクだが、残念ながらかける言葉が見つからなかった。
彼の様子を見ていたゾロは呆れた顔ながら、それだけではないだろうと質問する。如何に失敗したとはいえただで起きる男だとは思っていない。
見るからに気が抜けて早々に座りこむキリを見下ろすようにして言った。
「失敗かどうかは知らねぇが、次はどうする。おれたちはどこに向かうんだ?」
「まだ出航しないよ。明日も話し合いだから」
「まだ話すのか」
「話さないとね~、あとで大変だよ。いつ戦争になるかわからないんだから」
「戦争って、そんなすごい話なのか?」
驚いた顔で思わずチョッパーが聞いた。いつの間にか近くに来ていたようである。
キリは彼を抱きしめると力無く横になってしまう。
「そりゃすごい話さ。だって金獅子だもん。しょうがないよね」
「そうかー。金獅子だからか」
「お前、何をどう話せばそんな態度になるんだ?」
悲嘆に暮れるウソップの横でルフィはからから笑っており、キリはチョッパーを抱いて驚くほどにだらだらしている。こんな二人が船のトップであるのか。
ゾロは思わず眉間の辺りを指で揉み、目の前の現実を受け止めようとしていた。
「こいつらだけ残したのは失敗だったか……」
「ウフフ。楽しい一味ね」
ゾロはふと気になった。
金獅子の名を聞いてもまるで恐れず、意にも介さず、ロビンはにこにこ笑っている。彼女の余裕はどこから来るのか。その二人、或いは一味を信用してのこととは思えないが、こうまで表情を変えないと何かおかしいと感じてしまう。
彼女に振り向くゾロは幾分厳しい表情だった。
「なに笑ってやがる……」
「あら? 気に障ったなら謝るわ」
「別にそういう意味じゃねぇが、お前はなんとも思ってねぇらしいな。金獅子のことも、海賊同盟のことも」
「そうね。あなたたちの判断に従うつもりよ」
「どういうつもりだ?」
ゾロの厳しい眼差しを受けて、くすりと微笑むロビンはやはり余裕を持っていた。
「そのままの意味だけど」
「何も裏はねぇと?」
「ええ。あなたたちを裏切る利点なんてない」
貼り付けられた笑顔で、やはり心の内が読めない。
他のクルーは安心していてもゾロは彼女が傍に居る状況に安心できなかった。
「もし私があなたたちを売るつもりなら、とっくにキリが私を消してる。それくらいのことをする子だと思ってるけど」
「あれを見てそう言えんのか?」
ゾロが顎で示すと、ロビンは床に寝転がっているキリとチョッパーを見た。
目を細めて微笑み、彼女はひどく嬉しそうにする。
「いい顔ね。組織に居た頃とは大違い」
「そんなことを聞きてぇわけじゃねぇが……まぁいい」
追求は諦めたようだ。
信用できないが、今すぐ追い出そうというつもりもない。もし何か行動があればと考えているだけで彼女のことを心底憎んでいる訳ではないのだ。
言葉を呑み込んだゾロは再度キリに向き直る。
信用しているがこういう奴も居る。いつまでも寝かせておく訳にはいかないだろう。
「で? もう算段はついてんのか」
「いやー何も」
「おい……」
「難しいんだよ。みんな自分勝手でさ。全員がルフィだと考えてみてよ」
厳しい顔のゾロだったが、想像してみた結果、躊躇わずに答えを出す。
「あぁ、そりゃ無理だな」
「右も左も雁字搦めで、動きにくいったらありゃしない。自由が欲しいなー」
ぶつぶつ文句を言いながら寝返りを打ち、背を向けてしまった。どうやら重傷らしい。普段の生活でルフィに慣れていても、彼のような身勝手さを持つ他人では事情が違ったようだ。
ゾロが振り返ると仲間たちが一所に集まっている。
寝転がるキリに捕まったチョッパー、彼らと共に休み出したルフィを除いて揃っていた。
現状を見る限り、安心できるはずがない。
頼みのキリがおかしくなっている今、彼らも頭を働かせる必要があった。
そう思うくらいには危機感を持っていたのだろう。まず最初にナミが口火を切る。
「とにかく、明日も同盟のための話し合いがあるみたいだけど大丈夫かしら。上手くいったからと言って安全じゃないし。どうすればいいの?」
「そうだ! あのエースとサボがルフィのアニキだって話じゃねぇか! 協力してもらえるように頼もう! そっちの方がずっと安心できる!」
名案を閃いたとばかりにウソップが提案した。しかしそれを聞いてシルクが顔を曇らせる。
実現すればこれ以上ないほど有難い話だが、相手が相手。たとえルフィの義兄弟だからといってそこまでの協力が得られるのか。
確信を持てない彼女は否定的だった。
「確かにエースは白ひげ海賊団の一員。サボも革命軍って話だけど、エースは忙しそうだし、革命軍が協力してくれるとは思わないよ」
「だからって海賊も同じだろ。しかもキリの様子を見る限りじゃ明らかに断ってきてるぜ」
「うーん、いくら二人が協力的でも、傘下の海賊でもないし、わざわざ私たちのために動くとは思えないなぁ」
「ルフィの性格上、傘下になるなんて絶対言わないしね」
ウソップとナミが同時に溜息をつく。
考えても考えても行く道は暗い。藁にも縋りたい想いだった。
彼らの焦燥感を見てサンジが口を開いた。
「伝説の海賊ともなりゃあ、戦力も相当なもんなんだろうな。流石に今回ばっかりはおれたちだけじゃ無理があるか。おまけにそのクラスなら世界政府や海軍も黙っちゃいねぇ」
「おれたちが直接戦えるかも運次第ってとこか。できれば先に探し当ててぇが」
「そういうことを言ってんじゃねぇよおれたちはっ!? できれば戦いたくねぇっつってんだ!」
奇妙な危機感を覚えたらしいゾロに、ウソップは叫ばずにはいられなかった。戦いたくない彼の主張と真逆を行く、戦うつもりでの話し合いへの参加。これではまるで話が違う。ほんの二言を聞いてぞっとしてしまったほどだ。
騒がしいウソップを気にすることなく、周囲を見回したサンジが締めくくる。
「とはいえ、まだキリの話し合いも終わってねぇようだ。おれたちが結論を急いでも、どうせ明日の結果を待つ必要がある。それまでは考えても無駄な徒労だな」
「そうかもしれないね」
「任せたくないけど……仕方ないわね」
「明日は誰かついてった方がいいんじゃないか? あいつ、あんな調子だぞ」
ウソップが寝転がったままのキリを見て心配していた。
その時、彼の傍に座ったルフィがさっきより幾分真面目な顔で話しかけていた。
「キリ、やっぱり同盟やるのか? 無理ならおれはいいぞ。別に欲しかったわけじゃねぇし」
「うーん……そりゃあった方がいいさ。金獅子とやり合う気なら」
キリはルフィの顔を見てやる気が感じられない声で尋ねる。
「ルフィ、尻尾巻いて逃げてくれる?」
「だめだ。おれはあいつに勝ちてぇんだよ」
「そうだよね。じゃあ同盟は必要かなー」
抱かれたままのチョッパーは二人の会話を聞くことに専念していた。
別に目的があった訳ではない。なんとなくそうしていようと思っていただけのことだ。しかしそれが功を奏したのか、彼とルフィだけがそれを聞く。
「一応種は蒔いた。あとはホーキンスがどう動くかだ」
キリの声は一瞬だけ真剣になり、そしてすぐにだらけてしまった。
*
ぷわん、ぷわん、と奇妙な足音が鳴っていた。
靴自体が鳴っているのか、原因はわからないが少なくとも彼が歩くことによって変な音が鳴る。歩く度に必ずだ。その理由を知ろうとする者は不思議と存在しなかった。誰でも最初は疑問を持つものの、慣れてしまうとそういうものなのだろうと納得してしまうからだ。
その音は広大な一室へとやってきた。
巨大な帆船、その内部。仰々しい機械が多数置かれている通称“気象予報室”。今後の天候を計算すべく大勢の航海士が機械に向き合っており、どこか慌ただしい様相を感じる。
部屋に入ってきた男、ピエロのような外見をした人物に気付いて視線を向けた。
海賊大親分、“金獅子のシキ”である。
自身の右腕とも称すべき男が来たことでにやりと笑みを浮かべた。
「Dr.インディゴ。航路を変える。一つやりたいことが増えてな」
シキがDr.インディゴと呼んだ男はぴたりと止まり、両手を動かし始める。どうやらジェスチャーで何かを伝えようとしているらしい。
じっと眺めていたものの、理解できなかったシキは眉間に皺を寄せる。
「あ?」
「シキの親分」
「喋れんのかよっ!?」
強めにツッコミを入れた後、彼らは息を合わせてポーズを決めた。
「ハイッ!」
「いや……えっと」
強制的に見せつけられることになった部下たちはひたすら困惑していたようだ。
気を取り直して椅子に座ったシキは、Dr.インディゴの質問を聞く。
先程の言葉が気になったのだろう。ついさっきまで研究室に籠っていて事情を知らない彼の質問は至極もっともだった。
「航路を変えるって、また急になぜ? 確か挨拶に出向くはずでは?」
「挨拶はするさ。ただ相手が増えた」
「とすると、ひょっとして白ひげに?」
「違うな。おれに楯突こうっていうガキどもにだ。どうやらおれの誘いを蹴ったばかりか、おれの首を取るつもりらしい」
「へぇ。それはそれは、命知らずなことで」
コミカルな様子はどこへやら。
怪しく笑ったシキは恐ろしい迫力を醸し出す。部下たちですらぞっとするその様子の変化を、Dr.インディゴは平然と眺めていた。
「ガキどもに教えてやろうと思ってな。誰がこの海の支配者なのかを」
「では、えーっと、どこへ?」
「奴らが集まっている島だ。まだ遠くへは行っていないだろう」
シキの言葉にあぁと呟いたDr.インディゴは手をぽんと叩く。
「戦闘ですか?」
「当然だ」
そう言ったシキの笑みは深まるばかり。
Dr.インディゴは激しい戦闘になるだろうと予想し、何を想うでもなく平然と受け入れた。
大事の前の小事。彼の口振りからしてそれほど大変な事態ではない。ちょっと散歩に出かけるかのような言葉にしか感じなかった。ということはつまり大事な用ではないのだろう。
どうせすぐ終わる。
シキが自ら動くつもりでいるのなら尚更。
納得したDr.インディゴはうんうんと頷いていた。