ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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海賊会談再び

 時間が経過して日が落ち、朝が来て、再び日が昇った後に彼らは再び島内へ集まった。

 昨日と同じ砦に集まり、この場で会談を開く。しかし昨日の戦闘があったことで砦はさらにボロボロになっており、場所こそ昨日と同じだがもはや部屋とは呼べない状態で、テーブルは壊れ、壁は吹き飛び、椅子も壊れて座る場所がない。

 

 一同は壁の残骸や辛うじて無事だった木箱、或いは自分で持ってきた椅子など、それぞれが自分の判断で座っていた。

 当然と言えば当然、先日とは様子が違う。形は歪で間隔は広いが一応円を描いている。

 

 散々話が拗れて乱闘まであった後だ。今日の空気は異様に重い。

 それでも集まったからには黙っている訳にもいかず、キリが話を切り出した。

 

 「一夜経った。みんなそれぞれ意見をまとめてきたとは思うけど」

 

 集まった面々の顔を見渡す。

 重苦しい緊張感に包まれていた。沈黙は重く、一言発することすら重労働になる環境。彼らを見ているだけで味方でないことは伝わってくる。

 皆、この会談が戦いだと思って挑んでいるのだ。

 この場における一挙手一投足が勝利に、或いは敗北に繋がる。そんな意思を感じた。

 

 「改めて提案する。ここに集った九人で海賊同盟の結成を。賛同する者は?」

 

 問いかけてしばらくは様子を窺っているようであった。

 彼らは沈黙し、見るからにキリを、その場に居る海賊を信用していない顔で言葉を噤んだ。しかしある時になって急に手を上げる者が現れる。

 最も長い腕を持つアプーだ。にやりと笑ってそこにある空気をぶち壊す。

 

 「オラッチは乗るぜ。同盟に参加だ」

 

 まさかの反応であった。他人を疑っていた彼が一番に参加を主張するのは違和感がある。その反応があるだけで何か企んでいるのではと疑ってしまうほどだ。

 そういった反応も考慮した上でか、手を下ろしたアプーは語り出す。

 

 「そりゃ今でもおめぇらのことは信用しちゃいねぇさ。だが興味がある。おめぇらと同盟を組んでこの先の海を進むとどうなるのか。ちょっとばかし確かめたくてね」

 「ちょ、アプーさん!? あんた昨日船じゃ話に乗らないって……!」

 「そう言わねぇとおめぇらうるせぇだろ」

 「そりゃうるさくなりますよ! 興味あるからって、あんたそんな理由で……!?」

 

 驚いているのは部下も同じ、というより彼の方が大きいらしい。

 どうやら船に帰ってからの一味同士の話し合いとは意見が違ったようだが、キリにとっては好都合であると判断され、彼ら二人の言い合いを止める者は居ない。

 

 敵対してもおかしくなかったアプーの行動はバランスを崩す要因となるだろう。

 そう判断した直後には、まるで主導権を握ろうとするかのようにキラーが口を開いた。

 

 「おれからもいいか」

 「どうぞ」

 「おれたちは同盟に参加することを快く思っていない。だが無暗に突き放すことはやめた。条件次第では参加してもいいと思っているつもりだ」

 「条件ね……いいよ。聞こう」

 

 そういった要求は予想できなかった訳ではない。むしろ多くの者が予想できていただろう。

 腕組みをして沈黙し、葉巻を銜えて静観するベッジは心中で思う。

 

 (やはり動いたか。本命は紙使いと殺戮武人、次点で海鳴り、大穴が赤旗と呼んでたが……この同盟を支配するつもりか)

 

 金獅子のシキに逆らった時点で、この場に残ったのは海賊の中でも厄介な者ばかり。たとえ転んだとしてもただで起き上がるはずがない。

 昨日の顛末があって去らなかったことから、何かしらの思惑があるのは当然。

 ドレーク、ウルージ、ボニーもまたそれぞれにキラーの提案について思案する。

 

 (同盟自体に利用価値はある。だが不安要素は多い。自分たちが動かしやすくする気か)

 (とはいえ、ここに居るのは一癖も二癖もある者ばかり。果たして従うかどうか)

 (従うわけねぇよなー。あんだけ殴り合っといて)

 

 傍目には静観の姿勢であったが彼らも状況を判断し、行動するつもりだ。

 あくまでも基準は自分にあり、協力するつもりはない。信頼するには彼らは危険過ぎて、たとえ多くの時間を共有したとしても疑念は尽きない。いずれ裏切る時のために信頼を得ようと嘘をついている可能性があるからだ。

 

 当然、キッドやキラーが彼らを信用していないのは明らか。だからこそ彼らを威嚇し、尚且つ自分たちが行動しやすいようにと提案している。

 その本心に、彼らとの協力を望む考えがあるとは思えなかった。

 キリはそれでもキラーの提案を拒もうとはしておらず、落ち着いた面持ちで彼の言葉を待ち、その上で話を進めようとしている。

 

 キラーは周囲の空気を感じながら発言する。

 慈悲の心はない。徹底的に冷徹に、淡々とした口調だった。

 

 「おれが提案するのは同盟を形作る上で必要なことだ。一つ、海賊行為によって得た富は公平に分配する。二つ、それぞれのナワバリには干渉しない。三つ、同盟の長たる“海賊長”を定める」

 

 あまりにも行儀が良い言葉。

 凶暴として知られたキャプテン・キッドの一味らしくない。富の分配、ナワバリへの不干渉、むしろ彼らが嫌がりそうなものだ。

 三つ目の海賊長に関する発言については理解できる。要するに他人に従えられたくないという意思が顕著に現れていた。やはり自分たちこそが従える立場だという主張に他ならない。キッドをその海賊長とやらに据える気なのだ。

 

 「四つ、同盟への裏切りが発覚した場合、総員でこれの討伐に当たる」

 

 そこまで聞いてベッジが眉間に皺を作った。

 表情は険しくなり、キラーの言動の意味を悟ったようだ。

 

 (おれたちを狩る大義名分。こいつには初めから協力する気なんざねぇ。隠そうともしてねぇ)

 

 同じくアプーは険しい表情になり、睨むでもなくキラーの姿を注視していた。

 

 (面の皮の厚い野郎だぜ。つっても仮面着けてて見えねぇが。これだけ集まってる敵の前でここまで堂々と宣戦布告かよ)

 

 どうやら彼らには協力する姿勢がないと断じて、多くの者が警戒心を強めている。

 そんな空気すら予想通りだったのか。

 キラーは一切動じずに言葉を続けていた。

 

 「以上の条件が認められるのであれば、おれたちも同盟に参加する」

 「認められない場合は?」

 「やることは変わらない。今度は止められると思うな」

 

 薄く笑みを浮かべて語らないキッドの代わりに、彼の意思をキラーが告げた。

 話し合いなど不可能。そう判断してもおかしくないほどに彼らの考えは明白だった。

 果たして何と答えるのか見物である。キリの顔を眺めていた一同は敢えて反対意見を出さずに沈黙を保った。好戦的な彼らがどう処理されるか、その手腕を見たかったのだろう。そしてキリがにこりと笑みを浮かべたのを確認する。

 

 「いいんじゃないかな。同盟が一つになるのは大事だ」

 「おいおい、正気か?」

 「こいつの提案を受け入れるとでも?」

 「そのまま採用しても問題ないと思う。ただしボクからも提案がある」

 「聞こう」

 

 誰よりも早くキラーが答えた。

 指を立ててキリが説明し始めて、他の者もそれを冷静に聞く。

 

 「まず一つ、海賊長は固定ではなく会談の度に持ち回りで担当すること。二つ、同盟の行動指針は海賊長が決定すること。この二つを追加してもらえるならそのまま呑んでも構わない」

 「海賊長が持ち回り? 定期的にこうして顔合わせるってことか?」

 「それがいいだろうね。せっかく作った同盟が機能してないんじゃこの話し合いも意味がない。あくまでもボクらは協力関係として動きたい」

 「協力関係ねぇ。言葉通り受け取ってる奴が何人居るかな」

 

 呆れた口調でアプーが呟く。

 彼も含めて、本当にこの場に居る者を信用しようという考えの者は居ない。海賊の同盟に裏切りは付き物。切っても切れない関係にある。

 キリがそれをわかっていないとは思えないが、あくまでも彼は同盟に固執するらしい。

 聞いていて良い気分にはならず、周囲の空気が歪んでいく。

 

 提案を聞いたところ、キラーは微動だにしなかった。

 彼の本心が何であるかは別にして、平然と答えた彼は、キリの言葉を無下に斬り捨てることもなく受け入れようとしているように見えた。ただし、あくまでも外見上はだ。

 

 「わかった。こちらに異論はない。賛成する者が居るならばそれで呑もう」

 「では全員の意見を。異論がある人は?」

 

 キリが問うと一瞬静寂が漂った。

 必ず裏がある。故に話に乗るのは危険が付き纏う。だからと言って抜け道がない訳ではない、とはおそらく全員が思ったことだろう。彼らはルールを設定したがっているようだが、そのルールを利用するのは難しくない。

 

 彼らは海賊。無法者である。

 ルールに従って生きるような人間ならこの場に集ってはいない。

 まず最初に考えるのは、如何にしてそのルールを守るかではなく、如何にしてルールを利用して他人を蹴落とせるか。彼らにとっては自分たちで定めたルールでさえ武器の一つでしかない。

 反対意見はまさかのゼロ。全員が賛同する。

 

 代表するようにベッジとアプーが声を出した。

 ボニーも行儀悪く足を開いて座り、だらしない姿勢のまま気楽そうに答える。

 

 「異論はない。それで構わん」

 「オラッチもだ。別にそれでいいぜ」

 「別にいいんじゃねぇの? めんどくせぇけど、まぁそれでいいだろ」

 

 黙っていた者も反対する意思を示さないことを確認して、キリは頷いた。

 

 「それじゃあ決まりだ。一応今はボクが取り仕切ってるような感じだけど、このままじゃ気に入らない人も居るようだし、まずは今回の海賊長の決定から」

 「一つ確認したい」

 「どうぞ」

 

 腕を組んだままドレークが話を止めた。

 キリに促された彼は厳めしい表情で彼を見、淡々とした口調で質問する。

 

 「その海賊長とやらに絶対的な権限はない、という認識で良いんだな? 海賊長の示した指針に従わなければ裏切りなどという馬鹿げた話もあるまい」

 「そういう訳じゃないと信じたいね。どうかな?」

 

 答えを拒んだキリはキラーに話を促した。すると彼は間髪入れずに答える。

 

 「無論、絶対的な権限を持つという訳ではない。だが先程紙使いが提案した通り、海賊長が定めた行動指針に従わないと言うのなら、それは裏切り行為と見なされる。でなければ海賊長という立場は形骸化されるばかりで意味がないものとなってしまう」

 「では、海賊長の行動指針が意に反するものであれば?」

 「議論で考えを改めさせる必要がある。それができないなら全員を黙らせればいいだけだ」

 

 事も無げに言い放ち、反論を許さぬかのようにキラーは言葉を切る。

 ドレークはそこで質問をやめた。

 結局は武力行使が増えそうではあるが、それを望む者が居ては仕方ない。ここでの議論は無意味だろうと判断して状況を見守ることを決める。

 

 そこでボニーが割って入った。

 警戒するという様子ではないものの、流石に笑みを消しており、素直に疑問を解消したいという風体で質問する。目を向けていた相手はキラーだ。

 

 「あー、つまり海賊長になった奴に他の奴らが協力しろって話か?」

 「有体に言えばそうなる」

 「だったらこの同盟って意味あんのか? 全く興味ねぇ問題に付き合わされたらどうすんだよ。結局は海賊長になった奴のわがままを叶えてやるって話だろ? 議論だとか言ってるけどそれも時間かかってめんどくせぇし、協力しなきゃ“裏切り者”だ。どっちにしたってあんまり利益があるとは思えねぇんだよなー」

 「そういった状況のために会談が必要になる。自分にとって利の無い問題に付き合わされるようなら当然反対意見は出るだろう。権力の乱用を許さないためだ」

 「よく言うぜ。だったら海賊長ってのを作らなきゃいいだろうが。自分たちだけが権力を乱用したいって言ってるようなもんだ」

 「別々の海賊団が集まれば、我を押し通すばかりで議論にならない。そういった状況に備えての暫定的な仕切り役だ。こうでもしなければ話は前に進まず、昨日と同じことを繰り返す」

 

 中空を眺めていたキラーの仮面がボニーの方を向き、彼女にのみ尋ねる。

 

 「それともお前は、このまま紙使いが同盟を仕切っていてもいいのか?」

 「へいへい、わかりましたよ。ま、一応チャンスは平等にってことなんだろ。私物化してやんのもそれはそれで面白そうだし」

 

 やはり彼女もキリが、ひいては麦わらの一味が同盟の代表となることを拒んでいるのか、そう言われると素直に引き下がる。

 納得した訳ではないが彼女は元々こうした話し合いを得意としていない。

 考えるのも面倒になって、あとは状況に合わせて動こうと身の振り方を決めたようだ。

 

 険しい表情を崩さずにベッジが切り出す。

 彼もこの状況を好んではいないらしく、居心地の良さを感じてはいない。話し始める際は自然とキラーを睨むような顔つきだった。

 

 「私物化だろうが形骸化だろうがどっちでもいいが、問題はてめぇらが使えるかどうかだ。ここで二日も使ってるのは金獅子が関わってる。優先する標的は奴でいいんだな?」

 「そうした方が身の為だろうな。昨日の展開を避けることができる」

 「まぁいい。釈然としねぇがこのままじゃ埒が明かねぇ。で、どうやって海賊長を決める?」

 

 その言葉に反応してキラーが真っ先に反応した。

 最初から予想していた一同は驚かず、やはりと思って彼らを見る。

 

 「おれは海賊長にキッドを推す」

 「そう来ると思ったぜ。だが却下だ。そいつにだけは任せらんねぇなぁ」

 

 間髪入れずにアプーが答えた。だがキラーは気にせず続ける。

 

 「ここに集まった海賊の中で最も懸賞金が高く、世間の認知度、実力もある。敵を金獅子のシキと定めるなら強者こそが先導しなければ道は開けないはずだ。それならこれ以上の適任は居ない」

 「だめだ! おれは船長がいい!」

 

 今まで黙っていたルフィが咄嗟に反応した。

 彼の方を向いたキラーは冷静に言う。

 

 「麦わら、確かにお前も腕っ節は立つようだ。しかし話し合いに参加することもなく、昨日は居眠りをして、多くの仕事を紙使いに任すだけ。お前が本当にリーダーの器か?」

 「そういう難しいのはキリがやる。おれの仕事は金獅子をぶっ飛ばすことだ」

 「そんなお前だから、海賊長には向かない。同盟を纏める者には腕っ節はもちろん、状況を冷静に見て作戦を考案する頭脳も必要だ。強いだけでは務まらない」

 「それじゃそこの男は務まるってか? 笑えるぜ」

 

 見るからに挑発するつもりでアプーが言った。不敵な笑みを浮かべて、納得していないのはわかりやすく表されている。納得していないのは他の者も同じだ。

 今度は無視することなくキラーがアプーへ顔を向ける。

 

 「キッドは気性こそ荒いが状況を読む力はある。少なくとも麦わらよりは優れているはずだ」

 「その気性の荒さが問題だっつってんだ」

 「リーダーの器、という意味ではお前が適任とは思えん」

 

 アプーに続きドレークも反対意見を唱え出す。

 そもそも昨日の戦闘が起こった原因はキッドにあると言っていい。確かに他にも仕掛けようと考えていた者は居たかもしれないが誰もが思ったはずだ。和を乱すのは彼であると。

 言い換えればそれは信頼の無さとも言える。

 リーダーには相応しくないと彼は主張し、おそらく賛同する者は多かったはずだ。

 

 「ではどうする。どうやって決める。殴り合って誰が海賊長か決めるか? それでは昨日と何も変わらない。時間を無駄に使うだけだ」

 「投票制にするか? まぁ全員自分に入れて終わりだろうけどな」

 「この面子で公平に決めることは不可能だろう。必ず誰かが不満を訴える」

 「かといって、決めない限りは誰も納得して話を続けようとはしない。今は何が何でも海賊長を決めることを優先したいと、そういうことでよろしいかな?」

 

 締めくくるようにウルージが言って、一同は一旦言葉を区切った。

 今この状況で恐ろしいのは特定の個人に主導権を渡してしまうことだ。キリやキラー、キッドに代表のトップという顔をされるのは気に入らない。ルフィがその地位に就くのは最も恐ろしい。絶対に作戦など考えず「金獅子をぶっ飛ばしに行こう!」と言い出すのは目に見えていた。

 

 海賊長を決める方法の提案が無くなったことで、キリが紙を取り出した。

 にこやかな笑顔でメンバーの顔を見回すとそれを見せる。

 

 「今回は最初だ。くじ引きでいいんじゃないかな? なんなら今後の決め方もその都度変えていいかもしれないし。反対意見が出なければだけど」

 

 咄嗟に反応したアプーが身を乗り出す。わざわざ腕を伸ばして彼を止める様子だ。

 

 「ちょっと待て。お前バカか? お前は紙を操る能力者だろうが。紙でくじ引きなんかしたらいくらでもイカサマできるだろ」

 「そんなことしないよ。ただ、イカサマはイカサマだとバレなければ正攻法だと思ってるけど」

 「てめーはもう黙ってろ。ここには位置を入れ替える能力を持ってる奴も居るしなぁ。ただのくじ引きでも気が抜けねぇぜ」

 

 ちらりと視線だけで確認したのは沈黙を保つロー。話し合いが始まった当初から首を傾げて難しい顔をしているルフィとは違い、彼は確実に策謀に秀でている。条件の提示から始まった一連の話し合いに参加しなかったのも、それを利用できるから、と判断することができた。

 アプーは当初からローを警戒しており、必ずどこかで仕掛けるはずと考えている。

 言うなれば彼が同盟に参加する気でいるのはそんなローの裏を掻いてやりたいというのが一番の理由であった。金獅子の脅威よりも目の前の享楽なのである。

 

 否定されたことでキリは見るからに不満げだった。

 出した紙を直そうとはせずにアプーへ反対意見を述べる。

 

 「もうくじ引きでいいんじゃないかな? 他の方法を考えるのも面倒だし」

 「黙ってろって言ったろ。誰がそんな見え透いた罠にかかるか」

 「じゃあどうするのさ。ここには何もないよ。誰かさんが破壊したからテーブルまでない」

 「あ? なんだと?」

 

 これまで沈黙を保っていたキッドが思わず口を開く。彼の怒りをぶつけられたキリはにこやかな笑みを崩すことなく、ようやく紙を仕舞った。

 問われたアプーは考える。

 確かにこの砦には何もない。くじ引きでなくともいいのだが、公平な方法でなければ納得しない連中が揃っている。かといって全員が納得する方法などあり得るはずがない。

 

 本音を言えば彼は楽しめればそれでいい。

 公平な方法などクソ喰らえだし、キリやローの好きにさせないのならある程度の不利益さえも覚悟の上。それでも上手く立ち回る自信はある。

 真面目に考えるのも面倒になったアプーは一人の男に目をつけた。

 

 「それでいいんじゃねぇか?」

 

 指差したのはホーキンスが使用していたタロットカードだ。

 アプーが笑顔で言ったのに対し、ベッジはあからさまに嫌そうな顔をする。キリが持つ紙と一体何が違うというのか。アプーの不用心さに腹を立てていた。

 

 「ふざけたことを言うんじゃねぇ。それもそいつがイカサマし放題だろうが」

 「まー実際そうだろうな。方法としてはあり得なくはねぇ。ただおれの見立てじゃ、そいつはわざわざイカサマするほどの野心はねぇと見たが、どうだい?」

 

 ホーキンスは黙して語らなかった。

 馬鹿馬鹿しいとベッジが呟く。

 

 「野心がねぇならこんなとこに居るか? 沈黙は肯定にも否定にもなる。腹の内を明かさねぇために口を噤んでるだけに過ぎねぇ」

 「あくまでもこの会談においてはの話だ。別に結成しようが破滅しようがどうでもいいんだろ。違うか? おれにはそう見えたぜ」

 

 やはりホーキンスは語らず、タロットカードでの占いを続けている。

 

 「論外だ。紙であれカードであれ、所持者が有利なのは同じだ」

 「じゃああんたは何を提案するんだ? 言っとくがあんたが紙かなんか用意しても同じだぜ。むしろあんたの方がイカサマ得意そうだしな」

 

 舌打ちをしてベッジが口を閉ざす。

 条件は誰にでも当てはまる。誰が何を用意したところで疑われるのは間違いない。

 そう悟ったことで、停滞しかけた状況を動かすべくウルージが言い出した。

 

 「誰が出しても同じなら、ここは紙使いより可能性の低い魔術師に頼むのが得策だろう」

 「ボクってそんなに信用されてない?」

 「フフッ、発案者は辛いな。どうだろう魔術師。カードを貸してくださるかな?」

 

 ウルージに問われて、手を止めたホーキンスはしばし考える素振りを見せた。そして最終的には占いを中断し、集めたカードを持って立ち上がる。

 近寄ったのはウルージの下だった。

 彼にタロットカードの束を手渡して淡々と告げる。

 

 「おれが触れない方が信用されやすいだろう。公正を期すためだ」

 「意外にも協力的だな。だが確かにそうかもしれん」

 「フン。だからといってイカサマがあり得ない訳じゃねぇがな」

 

 カードを受け取ったウルージはそれをシャッフルした。

 手渡してすぐにホーキンスが離れたため、カードに何か細工をした風には見えない。少なくとも現時点ではウルージが触ったのみだ。

 立ち上がったウルージが倒れていた壁の破片を持ち上げ、部屋の中央に置く。

 大きな石を前にして、ふとウルージの手が止まった。

 

 「それで、どうやってこのカードで決める?」

 「そういやそれを決めてなかったな。トランプじゃねぇのか? めくって数字がでかいとかなら手っ取り早いのによぉ」

 「やっぱりくじ引きがいいんじゃない?」

 「お前は黙ってろ。おい魔術師、タロットってのはどう使えばいい」

 

 アプーが尋ねるとホーキンスは中央に置かれた石を見つめて呟く。

 

 「二十二の大アルカナには順番がある。めくったカードの数字が大きい者が勝ち、とするのが簡単ならそれも可能だ。大アルカナの順番を知る者が居ればな」

 「お前は当然知ってんだろ。じゃなきゃ持ち歩かねぇよな」

 「一人しか知らねぇんじゃ嘘をつくことも可能だろう」

 「ボクは知ってるよ」

 「おれも知っている。問題はない。嘘をつけばすぐに見破れる」

 

 ベッジの言葉に反応したのはキリとキラーだった。彼らもカードの意味を知っているらしい。

 実を言えばベッジも大アルカナの順番を知っていたのだが敢えて隠した。それによってホーキンスがどう出るかを確かめようとしたのだが、彼らの発言によって思惑は潰される。

 

 全てが想定通りという訳でないとはいえ、状況は徐々に進もうとしている。

 ルールを定めた後はウルージがカードを石の上に並べた。

 

 「さあ、一人一枚取ってくれ。順番が最も後ろの者を今回の海賊長とする。異論は?」

 「これをやらなきゃ始まらねぇだろ? いい加減この話し合いもだれてきた。そろそろ決めて今後のことを決めようぜ」

 「フン……」

 

 キッドやベッジといった、不服そうな者が居なかった訳ではないとはいえ、このままではいつまで経っても話が進まない。仕方なく受け入れる者がほとんどだった。

 キリがルフィの背中を軽く叩いて、石の傍へ向かわせる。

 

 「船長、出番だよ」

 「おし! やっとか!」

 

 やる気満々で立ち上がったルフィが石の傍へ移動した。

 九人の船長がそこを囲んで、並べられたカードを前にする。

 誰が仕切るでもなく手を伸ばし、一枚選んで指で掴む。そのまま持ち上げようとはせず、石の上から動かさずに全員の意思を窺った。

 この場はウルージが取り仕切って、顔を見回した後で号令を出す。

 

 「恨み合いはなしだ。では」

 

 言葉に従って一斉にカードをめくる。

 全員が手に持っていたカードを一瞥し、様子を探る。カードの意味を知る者、知らぬ者、反応は様々だったが結果はすでに出ていた。

 それを告げたのは最も深く知るだろうホーキンスである。

 

 「最もカードの順番が後ろの者」

 

 彼の目は全く動じておらず、淡々と事実だけを見て告げる。

 

 「“審判”のカード。おれだ」

 

 決定したのはホーキンスだったようだ。

 やはりか、と言いたげな顔でベッジが石の上にカードを投げ捨てる。

 

 「イカサマだ。自分が長になるように仕向けやがった」

 「アッパッパ! まさかほんとにこうなるとはな」

 「やり直しになるんじゃねぇのか? まさかこの結果を受け入れる奴は居ねぇよな」

 

 隠そうともせず敵意を醸し出すベッジはホーキンスを睨みつける。しかし彼自身はまるで怯むこともなく、表情一つ変えようとしない。

 石に置かれたカードを回収しながらぽつりと呟いた。

 

 「イカサマはしていない。それにイカサマとは、イカサマだとバレなければ正攻法だという話を聞いたが?」

 「てめぇ……」

 「フフッ、肝が据わっている。真偽はどうあれ、ここは認める他ないのではないか? 事実彼がイカサマをしたと証明できる人間はこの中に居ない」

 

 助け船を出すかのようにウルージが発言したことで、ベッジの目はウルージを捉える。

 

 「てめぇらがツルんでたって話じゃねぇよな? 共犯なら罪が重いぞ」

 「まさか。ただカードを受け取って並べただけだ。それ以外のことはしていない」

 「チッ……まぁいい。証拠がねぇのは確かだしな」

 「ちぇー。おれが海賊長じゃねぇのか」

 

 不満そうにするルフィを筆頭に、中央に集まった一同はまた元の場所へ戻って距離を置く。

 すぐ隣に居たのでは安心できない。激しい戦闘があった翌日なら特に。

 それぞれ離れた場所に座って円を描き、唯一中央に残ったホーキンスが部屋を見渡した。

 

 海賊長と言えば聞こえはいい。だが実情として、それがどれほど機能するかは定かではない。何か企んでいたらしいキッドをその席に座らせなかった時点で一つ得をしているとはいえ、果たしてその号令があったところでどれほどの変化があるものか。

 ただ少なくともホーキンスは能動的に発言しようとしていたようだ。

 

 促すためにキリが声をかける。

 それを疑う者はなく、ホーキンスは彼を見ずに口を開いた。

 

 「では海賊長、今後の指針は?」

 「海賊長か……とはいえ、おれはまだお前たちを信用した訳じゃない。さらに言えば、この同盟に参加するか否かもまだ決めあぐねている状態だ」

 「へぇ。素直に言うじゃねぇか。今までよく黙ってたな」

 

 茶々を入れるようにアプーが口を挟むも、まるで気にせずに発言は変わらなかった。

 

 「おれが海賊長として何かをするとしたら、この同盟に参加する利点を得るための行動を取るべきだろう」

 「確かに。そうおかしな話ではない」

 「ではどうする気だ?」

 

 ウルージが頷き、ドレークが促した際、ホーキンスは誰を見る訳でもなく言った。

 感情の波を感じない淡々とした声は、崩壊した砦から逃れるように広がる。

 天井が存在しなかったせいで、頭上から降り注ぐ太陽の光が彼を照らし、円の中央に立った彼だけに注目が集まっていた。誰しもが海賊長と呼ばれた男に目を向けていた。

 

 「さっき話していたことにも通ずる。おれが定める指針は、同盟の掟を設定することだ」

 「掟……?」

 「それさえ済めばおれは海賊長の任を降り、この同盟に参加してもいい。その後はこの場で次の海賊長を決めてくれて構わない。ファウスト」

 

 自身の部下を呼びつけ、傍へ寄らせる。

 やってきた猫のミンクのファウストはホーキンスに紙とペンを手渡した。立ったままそこに何かを記して、顔の前に掲げた彼はそれを一同に見せる。

 疑念は深まっていた。だが即座に反抗する者は居なかった。

 

 「同盟を同盟として形作り、且つ己に利がある掟を設ける。それがおれの要求だ」

 

 ホーキンスが記した同盟の掟は以下の通りだ。

 ・同盟は同盟メンバーの招集に応じ、会談に参加すること

 ・招集に応じない同盟メンバーは同盟から追放とする

 ・会談の度に海賊長を設定すること

 ・海賊行為によって得た富は公平に分配すること

 ・それぞれのナワバリには不干渉であること

 ・同盟の掟は同盟メンバーによる変更、追加を可能とする

 ・九人の海賊による同盟を“海賊連合”と呼称する

 

 彼が持っている紙を読んだ一同は、それぞれが表情を変えていた。

 得とするか、害とするか。それは個人の状況によって異なる。

 

 距離はあったがその場を動かず、一通り読み終えたドレークは思案する。これはあくまでも同盟を同盟たらしめるものとするために記された物だと。

 裏切りが付き物である海賊同盟を崩壊させまいとしているのか。

 否、そうではないと彼は断じる。

 

 (殺戮武人の要求を取り入れた上で、裏切りの記述に関しては消している。来るなら来いということか? 他の項目についてはそれほど絶対的な力があるものではない。あまりにも自分への利益が欠如した、“同盟を作るための普遍的な掟”でしかない)

 

 アプーは自分の顎に手をやり、面白がることさえ忘れて真剣に考える。

 

 (ちょっとおかし過ぎやしねぇか? これが“己に利がある掟”だと? とてもそうは思えねぇ。この程度その辺のガキでも書けるぜ。一大チャンスに海賊が提案するルールでは、ない)

 

 笑みを消したウルージはふとホーキンスの様子を確認する。

 心の内が読めない、冷静と言うよりは心がないかのような静けさ。彼の考えが読めずにいる。

 

 (同盟への参加を前提とした提案。同盟が壊れないのならそれに越したことはない。しかしなぜこの局面でこの掟を設定する。何よりもまずこれを欲した理由は何だ?)

 

 にやりと笑ったボニーは楽しげにホーキンスを見ており、改めて掟を確認する。

 

 (ここに居る連中を当てにしてんのか? そんな訳はねぇよな。だからってあの仮面野郎みたいにわざと壊そうとしてる訳でもない。付かず離れず、微妙な位置に立とうとしてやがる。確かにこいつらを利用するだけならそれで構わねぇが……)

 

 眉間に皺を寄せて、不意に目を伏せたベッジは己の思考に集中した。

 居心地が悪いと感じているのは確かだ。自己顕示欲を露わにする掟を提示されるよりもよほど気持ち悪い。それはあまりにも海賊らしさが欠如していた。

 

 (ふざけやがって。どういう意図かは見え見えだぜ。あれならこいつらは黙っちゃいない。同盟を形作るだと? それが目的ならこんな形にはしねぇだろうよ)

 

 目を開いたベッジはホーキンスに厳しい視線を向けた。

 

 (牽制……おれたちが睨み合ってる状態が均衡を保ってるってことか。こいつを見せて他の連中が気付かねぇはずはねぇからな)

 

 思わず嘆息してしまう。

 まともな人間ではないと思っていたがやはりそうだったらしい。

 海賊になるような人間だ。何かしら裏があったところでおかしいことなど何もない。

 

 (殺戮武人と変わらねぇじゃねぇか。まだ潰し合いは終わっちゃいねぇ。結局は腹の内の探り合いになる。その中で邪魔な奴は消そうって魂胆か)

 

 一枚の紙を見せて、しばらくは沈黙が続いていた。だがそれぞれが確信を持っている。それを明かすことはないが己の中で考えを固めていた。

 キッドは小さく歯を鳴らし、キラーは口を閉ざしたまま。

 ローは密かに薄い笑みを浮かべていた。

 

 沈黙を破ったのはアプーの一言だった。

 紙を掲げて立つホーキンスに軽い声をかけ、純粋な疑問をぶつける。

 

 「海賊連合ってのは何だ? それも掟か?」

 「ただの海賊同盟ではないことを明確にするだけだ。深い意味はない」

 「へぇー、そうかい。お前の提示する掟をそのまま呑むんなら、今後大変なんじゃねぇか? 誰かが招集したら必ず集まらなきゃいけねぇ訳だろ。連日連夜招集かけられたんじゃこっちは海賊稼業やってる暇なんてなくなるぜ?」

 「そこはお前たち次第だろう。用があるのなら招集し、なければ招集をかけない。それだけで事足りるはずだが」

 「海賊長になりてぇって奴らが居るだろ。そいつらが競い合いでもしたらどうする」

 「会談の場で新たな取り決めを作ればいい。これはあくまでも最初の掟だ」

 「なるほどね……」

 

 気の無い様子でアプーが頬杖をつき、口を閉ざす。

 続いてドレークが口を開いた。

 

 「招集はどうやって行う」

 「おれの伝手で運び屋を使う。金さえ払えば何でも運んでくれる連中だ。海軍に気取られることもないだろう」

 

 特徴的な笑みを浮かべたウルージが質問した。ホーキンスがそちらに振り返る。

 

 「掟とは言うが、強制力は如何ほどかな? まさか海賊相手に絶対遵守とは言うまい」

 「掟とは言ったが、これはあくまでも規範だ。絶対的な強制力があるのは同盟メンバーによる招集に応じなかった場合のみ。少なくともおれはそのつもりだ」

 「ふむ。不都合があれば同盟、いや、海賊連合内で掟の変更もできると」

 

 一連の話を聞いていたベッジは突如追求するように声を冷たくする。

 それでもホーキンスの態度は微塵も変化しなかった。

 

 「こいつはお前一人で考えたのか? 誰かの息がかかってるなんてことはねぇよな」

 「ああ。おれが考えた。おれは今でもお前たちを信用していないが、同盟を組むことによって得られる恩恵は理解しているつもりだ。ただそれだけに過ぎん」

 「そうか……どちらにせよ面倒は変わらねぇがな」

 

 改めて一同の顔を確認したホーキンスは話をまとめようとする。

 賛成か反対か。そろそろ考えは決まったはずだ。

 

 「合意があれば同盟の掟をこれで設定し、おれは海賊長の任を降りる。異論はあるか?」

 

 そう問われて声を出す者は居なかった。

 納得したという意思の表れではない。今この場で議論する必要はないとの判断である。

 

 穴は、ある。

 この中から抜け出て勝者となる方法は確実にあった。

 おそらくはその場に居たほとんどの者がそう考えており、それだけに誰がいつ動くのか、警戒せずにはいられない状況だったが不利とは考えていない。

 自分こそがこの同盟の中で勝ち残る。彼らの意思は、歪な形で一つとなっていた。

 

 誰からも反対意見が出なかったことでホーキンスが再度言う。

 本当に興味があるのか疑問である声だがその話を締めくくろうとしていた。

 

 「では同盟の掟を決定し、おれは海賊長の名を返還する。次の目的については、次の海賊長が話を進めてくれ」

 「とは言うけど、次の海賊長をどうやって決める?」

 「お前が直接指名すりゃいいんじゃねぇのか? その方が早いし、それくらいしないとほとんど何もしねぇまま交代になっちまうだろ」

 

 キリの疑問に素早くアプーが答えた。

 ホーキンスにも拒否するような理由がなく、自身が選ぼうかと周囲を見回す。誰も止めなかったことでそのまま一人が選ばれようとしていたようだ。

 

 その時、突然奇妙な気配を感じる。

 その空間に居た者全員が空を見上げて、急速に落下してくる何かを見た。

 

 地面に激突する寸前、ふわりと停止する。

 空中に浮かんでいたのは人間。それも奇怪な外見と派手な服装の男だ。

 男は葉巻を吸いながら一同の顔を見渡した。

 そしてにやりと笑い、まるで勝ち誇るかのように自信に満ちた声を発する。

 

 「ずいぶん楽しそうだな。おれも混ぜてもらえるか?」

 

 先日映像で見た人物、金獅子のシキが、突如として目の前に現れていた。

 

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