ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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伝説の海賊

 島へ向かったルフィとキリを見送り、メリー号に残っていた面々は島の上空を見ていた。

 いつの間にか巨大な影がある。雲よりも高い位置、浮かんでいるのはまさかと思うが、島とも帆船とも言い難い、しかしおそらくは船なのだろうという物体。ゴツゴツした巨大な岩の上に数本のマストと張られた状態の帆が見えて、そこにはマークが描かれていた。

 旗を確認するまでもない。それは悪名高く全世界に知られたマーク。

 

 舵輪を背景にしたドクロに、黄色い髭と髪が描かれている。

 かつてゴールド・ロジャーと渡り合った男、金獅子のシキが用いた旗印。

 何よりも、空を飛ぶ船。疑う余地もなかった。

 

 金獅子海賊団がこの島に現れたのだ。

 絶叫するウソップたちの傍で、冷や汗を垂らしたシルクが叫ぶ。

 

 「あれはっ……金獅子海賊団の船!?」

 「嘘だろぉ!? なんでこんな突然にぃ!?」

 「映像で顔が見れたって話だから、近くに居たのかも……」

 

 絶叫していたウソップは激しく取り乱していたようだ。できることなら今すぐに逃げ出したいが島の中にルフィとキリを残したまま。そのせいで逃げようとも言い出せない。

 できることなら偽物であってくれ。意地でも遭遇したくない彼はそう思うのが精一杯だった。

 

 「ほ、本物なのか? 本物じゃないよな。頼むから本物じゃないって言ってくれぇ!」

 「多分、本物だよ。あのマークに、船が空を飛んでる。偽物にはあそこまでできないから」

 「ちくしょー!? やっぱりそうなのかー!?」

 「どうすんのよ! ルフィたちがまだ帰ってない! 連れ戻さないと!」

 

 焦るナミが叫んだ直後にゾロが前へ踏み出して冷静に告げた。

 

 「船を島に寄せろ」

 「お、おい! 大丈夫なのか!? 攻撃されでもしたら……!」

 「標的が向こうから来たんだ。ここで仕留めちまった方が早いだろ」

 「まさか戦う気かよっ!? 無理無理無理無理ィ!? 勝てるわけねぇだろ!?」

 「どっちにしろここで立ち往生できねぇだろ。いいから、島に近付けろ」

 

 彼は好戦的に笑っていた。

 息を呑んだウソップは言葉に詰まり、混乱してしまって次の展開が予想できなくなっている。しかし少なくとも立ち往生できないという点には共感できた。

 ウソップがナミと目を合わせ、言葉に詰まると、同じく怯えていたチョッパーが言い出した。

 

 「ルフィとキリを置いていけねぇよっ! 島に向かおう!」

 

 勇気を振り絞った一言だったのだろう。彼も体を震わせていた。

 それでも前へ踏み出すのは勇気が要る行為だったが、サンジがそっとナミに歩み寄る。

 

 「大丈夫さナミさん。何があろうと、君はおれが守ってみせる」

 「サンジくん……」

 「サンジくん、おれは?」

 「勝手にやってろ」

 「あ~ちくしょーっ!? こうなりゃヤケだぁ! 島に行ってルフィとキリを拾ってすぐに逃げればいいだけの話だろぉ! やってやるってんだこのやろ~っ!!」

 「だから戦った方が早いだろって」

 

 ゾロの言葉を聞き流して、ウソップの号令の下、メリー号が動き始める。

 島に近付き、ルフィとキリを回収する。あくまでもそれだけが目的だと念を押して、戦闘に臨むつもりのゾロとサンジを押さえながらの接近であった。

 

 一方、島内。

 半壊した砦に集まった船長とその右腕たちは、予想外の事態に顔色を変えていた。

 

 目の前には金獅子のシキ本人。突然空から降ってきて、地面に激突することもなくふわりと宙に浮いたまま、集まった面子を確認していた。

 そこに居る全員の顔を見回した後、彼は鼻を鳴らす。

 勧誘を蹴って集まっている姿を見れば大まかに状況は理解できた。

 

 「シキ!」

 「こんなところで何をしてやがる。答えなくてもいいが……なるほど。おれに歯向かう気ならお前らの判断は間違っちゃいない。もっとも、その前ですでに間違えてるんだがな」

 

 にやりと余裕綽々の笑みを浮かべて、シキには一切の恐れがなかった。

 周囲を若き海賊たちに囲まれ、脅威とは感じていないのか。わざわざ位置を変えようともせず囲まれたままで話を始める。

 

 この場に集ったのは野心を抱いた海賊ばかりである。しかも伝説と謳われた海賊の勧誘すらも断るほど血気盛んな者たちばかり。当然冷静に話を聞くはずもなかった。

 中でもじっとしていられない性分なのがルフィだ。

 シキに背中を向けられ、彼に挑む気が抑えられないルフィは勢いよく拳を突き出す。

 

 「お前はおれがぶっ飛ばす!」

 「お前らは選択を間違った」

 

 高速で伸びてくるルフィの拳が後頭部に迫る。しかしシキは背後を振り返ることもなく、首をわずかに横へ動かして、たったそれだけでルフィの攻撃を回避した。伸びた腕は彼の顔の横を通り過ぎただけでまた勢いよく戻ってくる。

 バチンと強い音がした時、シキの興味は背後になどない。

 その場に居る全員へ向けた言葉だった。

 

 「だが今ならまだやり直せる。何の抵抗もせずに従うような奴らに比べりゃよっぽど面白い。と言ってもお前らは何もわかっちゃいねぇ。そこで、どうだ? おれの部下にならねぇか?」

 「ならねぇ! 船長はおれだっつっただろうが!」

 「海賊は海の支配者だ。強者だけがこの海で名を上げられる」

 

 緊迫する彼らに手を差し伸べて、どれだけルフィが声を発しようが気にしない。

 

 「おれの下に来い。真の海賊とはなんたるかを教えてやる」

 「いやだ!」

 

 真っ先に反応したのはルフィだった。だが黙っていた他の者もシキを睨みつけ、従う気が皆無なのは目を見ればわかる。

 呆れた顔になったシキは笑みを消した。

 

 「話の通じねぇ奴らだ。どうやらこの場で教えてやらなきゃならねぇらしい」

 「ルフィ、ここでやり合うのは――」

 「ここでぶっ飛ばせば終わりだろ」

 

 キリが肩を掴むがルフィは止まらない。彼が思考を変えるのは早かった。

 あまりにも時期尚早過ぎる。たとえ相手が一人であっても、この場で仕留められるほどシキは甘くない。彼の力は弱くない。

 それでも、出会ったからには逃げられるはずがなかった。

 

 ルフィが拳を構えた。

 それを追うようにしてキリは懐へ手を忍ばせ、ローへ目を向ける。

 

 「お前をぶっ飛ばして、おれたちは前に進む! 邪魔すんなァ!」

 「仕方ねぇから教えてやる。本物の海賊の恐怖ってやつを」

 

 誰よりも早くルフィが飛び出した。

 地面を蹴ってシキへ跳びかかり、目の前まで接近して固く握った拳を突き出そうとする。しかし彼が腕を前に突き出すより先に、どこかから飛来した岩がルフィの顔面に直撃した。それ自体にダメージはなくとも空中で攻撃を受けたことにより、彼の体は勢いよく吹き飛ばされる。

 受け身を取る暇もなく地面を転がって、ルフィは即座に跳び上がって地に足を付けた。

 

 一体どんな攻撃だったのか。死角から来たことで見えなかった。

 疑問を持った様子のルフィは周囲を見回す。

 

 同盟を組もうと集まった海賊が裏切った訳ではない。あらゆる角度から二人の姿を見ていた彼らでさえ先程の攻撃を理解していなかった。

 少なくともシキは何もしていない。否、何かをしたように見えなかった。

 彼は彼らの視線の先で浮かんでいるだけで、指先一本さえ動かしていないのだ。

 

 「なんだ!? どっから飛んできたんだ!?」

 「ジハハハハ……威勢がいいのは認めよう。だがそれだけだ」

 

 シキが右手を動かし、銜えている葉巻に触れた。しかしそれだけだ。攻撃を行う仕草ではない。

 彼らの前に浮かんだ状態で、シキは胸を張る。

 そこから動こうとしない。動く必要がないと言いたげな態度だ。

 

 「来い。少しだけ遊んでやる」

 

 明らかな挑発。この場に居る全員を見下していた。

 そんな言動を受けてじっとしていられるほど、ここに居る海賊は大人しくない。

 

 真っ先に駆け出したのはやはりルフィだった。

 迷う素振りなど一切見せず、勢いをつけて真っすぐシキに向かっていく。だがその行動は早くも見飽きていた。同じ行動なら驚くはずもない。

 シキはその場を動かないどころか彼を見ようとすらしていなかった。

 

 「おれがお前に負けるかァ! ゴムゴムの~……!」

 

 ジャンプすると同時に右腕を伸ばす。高速のパンチが振り向かないシキの後頭部に迫った。

 

 「ピストル!」

 

 やはりシキは首を動かすだけで回避する。今度はそれだけではない。彼の向こうから飛んでくる岩が視界に入って、咄嗟にルフィは左腕で顔を守った。

 狙い違わず左腕に岩が当たって、痛くはないが体勢は崩れる。

 ルフィは一旦着地して、それからすぐに脚を振り回した。

 

 「ゴムゴムのォ!」

 「次は蹴りか?」

 「鞭ィ!」

 

 思い切り振り回した右足が長く伸びてシキに迫る。

 興味が無さそうな顔のまま、迫ってくる脚を見ることもなくシキが右手を動かした。すると自身の体に迫った脚をいとも容易く掴み、思い切り右腕を上げる。たったそれだけの動作でルフィの体を投げ飛ばしたのである。

 空中に投げられたルフィは目を丸くしていて、悲鳴を上げるが身軽な動作で着地した。

 

 「うおおおっ!? くそっ! こんにゃろ!」

 「一応確認しておくか。お前が、何になるって?」

 「海賊王だよ! 忘れんな!」

 

 一連の攻防を経てもルフィの闘志は折れない。再度突撃しようと駆け出す。

 彼が前に踏み出した時、今度はそうもいかなかった。

 投げ飛ばされた先に居たキッドが金属を纏った大きな腕を振り抜き、シキにのみ注意を向けていたルフィを裏拳で殴り飛ばしたのだ。

 

 「うわぁっ!?」

 「勘違いするなよ、麦わら。海賊王になるのはてめぇじゃねぇ。おれだろうが」

 「あん?」

 

 シキが眉を動かした。

 好戦的に笑うキッドに目を向けて、さほど興味が無さそうに、しかしさっきまでとはどこか様子が違っていて、身に纏う空気が変わっている。

 

 「どいつもこいつも“海賊王”か……」

 「お前はゴールド・ロジャーと渡り合ってたらしいな、金獅子ィ。だがもう過去の遺物だ。お前はいい踏み台になるぜ」

 

 シキの表情は変わらなかった。

 冷徹な目でキッドを見据えて動かない。

 

 如何に伝説であろうと何年も昔の話。金獅子が姿を消して二十年が経った。

 どんな人間だろうが歳には勝てないものだ。

 もはや脅威ではない、とキッドは物怖じせずに前へ踏み出した。

 

 「あいつの名前を出すんじゃねぇよ」

 

 わずかに怒りのようなものを感じたが、気にすることはなかった。

 キッドが駆け出してシキへ向かう。

 金属を纏った腕を振り上げ、猛然と襲い掛かる。その様子はルフィとそう変わらない。同じ高さに到達するために跳び上がる思考まで一緒だ。

 

 キッドの攻撃が繰り出されようとしたその瞬間、またしてもどこかから岩が飛んできて、キッドは驚かずに右腕でそれを払った。

 今度こそ攻撃を、と右腕を振り上げた瞬間、今度は目を見開く。

 シキの背後から飛んできたのは今まさに地面から引き抜かれたばかりの木だった。周辺に落ちている岩とは大きさが違う。

 

 攻撃をやめて彼はその木を殴って叩き落とした。しかしそれでも虚を突かれる。

 さらにもう一本の木が飛んできていた。

 

 振り下ろした腕を持ち上げる暇もなくキッドの体に飛んできた木が激突する。

 凄まじい衝撃だったことで受け身も取れずに地面を転がるものの、やられたまま黙っている男ではない。すぐさま立ち上がって反撃に出ようとした。だが、起きた時にはすでに次の攻撃が繰り出されている。

 先程キッドが叩き落とした木が、地面を這うようにして飛んでくるのだ。

 咄嗟に防御の体勢を取ったキッドは、回転を加えたその木に殴り飛ばされる。

 

 キッドがやられたことでキラーが籠手から刃を出し、シキへ跳びかかった。

 動きが速い。きっかけは突然。明らかに奇襲が成功するタイミングだったはずだ。だがシキは顔色一つ変えず、また体を動かすことなく、彼を見ようともしない。キッドを殴った木が戻ってきて背後からキラーの体を打ち返した。

 

 滑るように着地したキッドは怒りの形相でシキを睨んだ。

 火が点きやすい彼の性格だ。一撃を与えた時点で敵を逃がすつもりはない。

 右腕を構えて地面を踏みしめると、まるで大砲のように金属の固まりを射出した。

 

 「チィッ! オラァ!!」

 

 金属を集めて出来た巨大な拳が空を飛ぶ。

 向かう先には当然シキが居て、そのまま進めば激突する。ただ、やはり不可思議なことが続いているらしく、撃ち出された金属の拳はシキの眼前でぴたりと止まった。

 彼の能力に操られた金属である。それがキッドの意思に反して動きを止めた。

 まるで何かとせめぎ合うかのように震えていて、シキの力で止められたようだった。

 

 「こんなもんか? ガキども」

 「何ィ……!?」

 

 撃ち出した拳は凄まじい速度で戻ってきた。予想外の動きに虚を突かれたキッドは動けず、防御することもできずに直撃してしまう。

 能力の支配下から逃れた金属は辺りへ散らばって、一つずつ地面へ落ちた。

 

 何が起きているのかわからない。いまだに理解が及んでいない。

 突然戦闘が始まり、ルフィとキッドとキラーが挑みかかって、一発も当てられていない現状に不安を抱かずにはいられなかった。

 彼らがシキの能力を思い出すのは一旦戦闘が止まった瞬間だった。

 

 超人系悪魔の実、フワフワの実の能力。

 触れた物を浮かすことができるという能力だ。

 戦闘向きとは思えないが練度が違う。宙に浮かせた物を自分の手足のように操り、キッドが操る金属でさえも支配権を奪って操ってしまった。それを見る限りキッドよりも能力の練度が上ということは間違いない。

 ただ違和感があるのは、岩も木も金属も彼の手で触れていないという事実だ。

 彼は触れることなくそれらを操ってみせた。操るための条件を満たしていないことになる。

 

 気になることなら他にもある。攻撃が来るより先に、まるで攻撃がどこから来るのかわかっているかのような行動が見られた。

 目を向けることなく回避したり、相手の行動を先読みしているかのように迎撃する。それは悪魔の実の能力とは別の理由があるはずだ。しかし何であるかはわからない。

 立ち尽くした一同は脅威の原因がわからず、動き出すことができなかった。

 

 「もう終わりか? おれの下につけ」

 「全員、総攻撃だ! こいつを殺れ!!」

 

 その時、キリの怒声が響いた。

 全員へ攻撃するよう指示する言葉。この状況を見ても諦めてはいない。それどころか勢いをつけて勝とうと考えている。

 シキは思わず項垂れ、溜息をついた。

 

 「はぁ~……まだわかってねぇのか。仕方ねぇからもう少しだけ教えてやる」

 

 従うつもりはなかったがきっかけの一つにはなった。

 全員がキリの一言で攻撃しようと身構える。

 それと同時にシキもほんの少しだけ本気を出そうとしていたようだ。

 

 突然の攻撃が目の前に迫り、気付いた時にはウルージが吹き飛ばされていた。

 砦の壁が自壊するように一部を剥がされ、石造りのそれが塊のまま飛んできたのである。予想外の攻撃にウルージは直撃し、背中から地面へ激突することとなった。

 やはり触れていない。誰の手も届かない位置の壁が独りでに動き出していたのだ。

 

 ウルージへの攻撃を見たアプーは咄嗟に能力をしようとする。だがそれも遅い。

 一瞬視線をウルージへ向けた瞬間に、傍にあった石が浮いて腹へ激突した。

 

 一瞬の内に二人が攻撃を受けた。しかも攻撃した者が何もしていないのにだ。

 疑念は強まるばかりだが止まってはいられない。

 ちょうど吹き飛ばされたルフィが戻ってきた。攻撃を受けたキッドとキラーも立ち上がり、包囲している今ならチャンスなはずである。

 一斉に攻撃を仕掛ける。それ以外に勝つ方法はない。

 

 「降魔の相――」

 

 わさわさと体が藁に包まれて、ホーキンスの姿が怪物のようになった。

 その直後、砦の壁が壊れて真上から落下し、ホーキンスに直撃して下敷きになる。当然事故などではない。シキの能力によって意図的に起こされた攻撃だ。

 

 前へ踏み出したドレークが恐竜に変身しようとしていた。しかし外見が変わり切るのを待たず、外から飛んできた木が彼の背中を強く殴りつけた。その衝撃で彼は地面へ倒れ込み、変身が中断されてしまう。ただ殴られただけとはいえ衝撃は相当なものだった。

 彼を殴った木はふわりと浮かび、さらに別の人間を狙った。

 

 キッドに向かって飛んでくる木へキラーが飛びかかり、両断する。

 斬り捨てれば支配から逃れる、かと思いきや二本に分かれた木が両側から襲い掛かってきた。

 前後から同時に木の幹が直撃して、挟まれる形となったキラーは力無くその場に倒れる。

 

 「クソがァ! てめぇ!!」

 

 怒声を発しながらキッドが跳び出した時、同時にルフィが跳んでいた。

 意図せず肩を並べて挑んだ二人は拳を突き出そうと腕を振る。

 

 「ここで死んどけェ!」

 「どけぇ! 邪魔すんな!」

 

 攻撃してくる二人を見てもシキの表情は微動だにしなかった。

 その余裕は虚勢ではなく、彼らの拳が完全に伸びきってシキの顔に届く前に、死角から飛来した大岩が二人まとめて叩き落とす。突っ伏すように倒れた二人は感じた屈辱に歯を食いしばり、のしかかる大岩を殴って破壊すると立ち上がった。

 それを待っていたかのように、壊された岩の破片が四方八方から彼らを襲った。

 あらゆる角度からぶつかり、殴られるような衝撃に体勢が崩され、またも吹き飛ばされる。

 

 圧倒的である。

 まるで遊ぶかのような戦闘からは彼の本気が感じられない。

 見ているだけで感じ取る。遥か高みに居る者の力量を。

 

 彼らとて一度や二度の攻撃で諦めるような人間ではない。次から次に立ち上がってはシキへ挑みかかっていき、その都度空を舞う岩や木に殴られ、近付くことすらできない。

 戦闘に加わらずにその様を見ていたボニーは悔しげに歯噛みした。

 近付くことさえできれば状況を変えられるのだ。しかしその隙が微塵も見つからない。

 

 「チッ、あいつら、こんだけ居て囮にもなれねぇのかよ……!」

 「ボニー船長ぉ!? もう逃げた方がいいんじゃ……!」

 「うるせぇ! 黙ってろ! 逃げて済むならとっくにそうしてる!」

 

 状況を変えるべくボニーが駆け出した。

 圧倒的な力であろうと人数で勝っていることは変わりない。チャンスを探れば、わずかな隙が見えてくるのではないか。ボニーはシキの周囲を回るように走り出す。

 

 「おいお前ら! 少しはきばりやがれ! あたしがあいつに触れさえすれば――」

 

 声をかけることすら許されなかった。

 背後から後頭部へ石が当たり、体が揺れる。走っていた足は止まって、頭から流れてきた血で視界が赤く染まった。

 ボニーがシキを見ると、こちらを見ようとすらしていない。敵として認識していないのだ。

 彼女は正面から飛んできた木を避けられず、腹を殴られて吹き飛ばされる。

 

 もはや至る所で様々な物が飛び交っていた。その辺に落ちていた大小問わず石や岩、少し前まで砦の壁だった石材、土に根付いていた木、キッドが操る金属片。ありとあらゆる物が宙を舞って視界が悪くなってすらいた。

 それらのほとんどをシキが一人で操っている。

 時にはキッドから支配権を奪い、金属までも操って彼らを攻撃した。

 無事な場所などない。一時たりとも足を止めることができない激戦地。それでもまだ、シキが手を抜いているのは明らかだった。

 

 「ROOM」

 

 彼らの戦いを見ながらローが半円状のドームを作った。

 シキを取り囲み、周囲で浮かぶ様々な物体を利用するには十分な広さ。

 その中の端に立って、厳しい顔のローは近くに来たキリを見た。

 

 「本当にやれるのか?」

 「正攻法じゃどうしたって無理だ。仕留めるなら一発で」

 

 キリがローに目を向け、準備ができたことを伝える。

 

 「これでやるしかない。頼んだ」

 「フン……失敗すればおれがあいつをやる」

 

 指を開いて腕を伸ばすと、動きを止めてシキを注視する。

 如何に伝説と呼ばれようが完璧であるはずがない。気の緩みや油断、特にこれほど一方的な戦闘ならばどこかにあるはず。それを見極め、貫く。

 ローはシキとその周囲を飛び回る物体を注意深く観察して機を待った。

 

 彼ら以外のほぼ全員が吹き飛ばされていた。

 衝突する物は選ばず、四方八方から飛んでくるため数度回避してもすぐ次が来る。必ず避け切れなくなる。特に自ら彼へ向かっていく者は他よりも攻撃を受ける回数が多い。

 

 距離を置いて砲撃を行っていたベッジは顔をしかめる。

 あまりにも危険過ぎる。手を抜いている場合ではなかった。

 

 「(ルーク)イン・フォラ・グレーセ――!」

 「ん?」

 

 初めてシキが振り向いた。

 彼が見ている先でベッジの肉体は変化していき、巨大化、そして城のような外見となる。

 

 「“大頭目(ビッグ・ファーザー)”!!」

 「ほう。こりゃでけぇな」

 

 巨大な城の姿となり、無数の大砲がシキへと向けられる。堅牢の守りと圧倒的な攻撃力を備えたこの姿。簡単に破れる物ではない。

 ベッジの体内、城の中で部下たちが動き回っている。

 狙いをつけるとすぐに砲弾が発射され、巨大なそれがシキを狙った。

 

 「くたばれ!」

 

 眼前に迫ってもシキの表情は変わらず。そして、目の前でぴたりと止まった。

 ベッジは思わず息を呑んだ。

 たった今自分が発射した砲弾が、すでにシキの支配下に入り、あろうことか発射した時と同じ速度で自分に向かってきたのだ。

 巨大な城となったベッジの体に直撃して、大きな爆炎が上がる。

 

 嵐のような攻撃をくぐり抜け、ついにシキの傍へ接近することに成功した。

 普段の姿からさらに巨大化したウルージとドレーク、中でも巨体を持つ二人が接近する。

 ウルージが全ての力を込めた拳を突き出し、恐竜になったドレークが大口を開けた。

 

 懐に入った。今度は届く。

 そう信じた二人を裏切るかのように、強く踏みしめた地面が揺れる。

 

 「因果晒しッ――むおっ!?」

 

 石や岩という話ではない。大地が動いていた。

 突然一部だけが隆起して土の中から大きな岩石が現れ、足を掬われた二人はその場で転ぶ。そして持ち上げたばかりの大岩が降ってきて潰されてしまった。

 操れる物に際限はないのか。土を巻き上げ、大地が彼の味方をしていた。

 

 攻撃を掻い潜ったキッドがシキの目の前へ飛び込む。拳を構えて、何がなんでも彼の顔を殴るつもりのようだ。その形相は恐ろしく、シキは鼻を鳴らす。

 真下から飛び上がった岩が彼の顎を打ち抜き、キッドは体の自由を失って落ちた。

 

 それから幾ばくもせずルフィが接近してきた。

 ゴムの張力を使い、キッドよりも早い。だが軌道はあまりにもわかりやすかった。

 右側面から真っすぐ飛んできた彼は空中で回転し、両腕を高速で突き出して無数のパンチを繰り出してくる。それを見てもシキは涼しい顔だ。

 

 「ゴムゴムの暴風雨(ストーム)ッ!!」

 「何度も何度も、懲りねェ奴らだ……」

 

 呆れた口調で呟くと同時、横から飛んできた木がルフィの体を弾き飛ばした。

 彼は向かってきた時と同じスピードで遠ざかっていく。

 

 その時、妙な気配を感じたシキは背後に振り返った。

 何をどうしたのか、突然背後に人が現れている。両手に紙を持つキリだ。

 シキの目が大きく見開かれる。

 キリが両腕を振って紙を投げた。硬化したそれらは刃の如くシキに迫る。が、やはり手を離れた時点で彼の支配下に取り込まれ、空中でぴたりと動きを止めてしまった。

 

 自分の能力だ。あの紙がもう使えないことはすぐわかる。

 コンマ数秒の中、二人の視線は交わった。

 そしてキリは、操作した紙で懐に隠し持っていたピストルの引き金を引く。

 

 放たれたのは海賊島で手に入れた海楼石の銃弾。数は多くないとはいえ、当たれば能力者を無力化することができる。言わば彼の隠し玉、ここぞという場面で使う切り札だ。

 今がその時。当たれば決着はつく。

 そう思った時にしかし、シキは素早くその場から飛び退いて銃弾を回避した。

 

 飛来した岩が側頭部を打つ。

 殴り飛ばされたキリは地面に激突し、倒れたままで悔しげな顔をするとシキを見上げた。

 

 (外した……!)

 

 最後の切り札。一度だけしか通用しない奇襲。それでも彼には届かなかった。

 敗北を感じた様子でキリは飛び起きて素早く距離を取る。

 その彼を、シキは追撃しなかった。

 

 「海楼石か……そんなもんまで持ってるとはな」

 

 実のところを言えば、彼は奇襲に驚いた訳ではない。突然背後に気配を感じた時点では大したことではないと思い、避けられると踏んでいた。

 驚いたのはその攻撃を仕掛けてきた人物だ。

 キリの外見に驚いて一瞬攻撃が遅れてしまったのである。

 

 「もう十分やっただろう、お前ら……遊びはそろそろ終いにしよう」

 

 突然、浮遊していた全ての物が地面へ落ちた。

 シキの呟きを聞いていた海賊たちは動きを止める。

 彼の一言に異様なものを感じ、警戒して動けなくなったようだ。

 

 「良いことを教えといてやる。悪魔の実の能力は稀に覚醒することがある。そして覚醒した能力は周囲の物に影響を及ぼす」

 

 にやりと笑ったシキは勝ち誇るように説明していた。

 

 「おれの能力は触れた物を浮かすことができる。それだけと言えばそれだけの力だが、ここまで言えばわかるか? さっきからおれは何にも触れちゃいねぇ。触れたと言やぁせいぜいこの葉巻くらいのもんだろうよ」

 「それがどうしたぁ! 舵輪!」

 「てめぇには難し過ぎたか? つまりおれは、ここにある全てを浮かすことができる」

 

 そう言って両手を広げたシキに従うかの如く、地に転がった物が動き出す。

 

 「石も、土も、木も」

 

 小さな石が、大きな岩が、細かい土が、横たわっていた木が、ふわりと浮かび上がる。

 今度はそれだけではなかった。

 

 「朽ちた砦も」

 

 シキが右手を上げれば、ほとんど破壊されてしまったとはいえ、彼らが中に居た砦自体を浮かべてしまう。砦が大きく揺れたことでそれがわかった。

 まずい状況だと感じるのは早く、舌を鳴らしたローが全員へ向けて叫んだ。

 

 「まずいぞ……外へ出ろ!」

 

 全員が砦の外へ飛び出した。

 浮遊していたせいで高さはあったが、迅速な行動のおかげで着地の衝撃はそれほどでもない。大地に立った彼らはすぐに頭上を見上げた。

 シキの姿も砦の外にある。

 さっきとはほど遠く、天高くで浮遊していた。

 

 ズズン、と大きく地面が揺れた。

 誰もが周囲に目を走らせる。状況から考えて、島自体が動いているとしか思えない。

 

 「なんだ、こりゃ……!?」

 「まさか……」

 「てめぇらが立ってるこの島も」

 

 島が空へ浮かぼうとしていた。

 大きな揺れを伴って動かぬはずの物が浮かび始めて、初めからそうであったかのように、空へ向かって進んでいく。その様は島の中に居た者よりも外に居た方が異常と感じやすい。

 

 「そして能力者の天敵たる海も」

 

 海上に居た者たちは、幸か不幸か、その光景を眺めていた。

 島へ向かっていたメリー号の甲板で、空を見上げたウソップが呟く。

 

 「おい……なんだよ、あれ……」

 

 向かっていたはずの島が空に浮かびあがって、その島を囲うように四本の巨大な水柱が立ち、空へ昇っていく。上昇し続ける島よりも高い位置に海水が集まっていたようだ。

 島内に居た者たちも空を見上げてそれを目撃する。

 島の上に海があった。水柱が一所に集まり、巨大な海と化している。

 それらが全て空で行われているのだ。

 

 驚愕し、言葉を失った一同を見下ろしたシキが笑う。

 間違いなくそれは伝説として語り継がれた力。世界を破壊しかねない能力。

 ちっぽけな一海賊でしかない彼らを、伝説の海賊は見下ろして嗤う。

 

 「おれは手を触れずとも全て浮かすことができる。これでわかったか? おれとてめぇらの絶対的な力の差が」

 

 言葉はなかった。肌で感じていた。

 想像することもできなかった脅威を前にして、彼らの思考は完全に停止していた。

 

 「もう一度聞こう。おれの下に来い。この海を支配する瞬間を見せてやる」

 

 だが意思は揺らいでいなかった。

 どれほどの脅威であろうと己の考えが変わることはない。

 意地のせいか。知らず知らずの内に声を揃えて、九人の船長は叫んだ。

 

 「断る!!!」

 「残念だ」

 

 シキが腕を振り下ろした。

 落ちる。

 天高くまで持ち上げられて、突き落とすというより手を離しただけのような、一瞬の静止の後に落下を始めた。

 島が、海が落ちていく。

 シキだけを避けて、彼らを道連れに海へと落下した。

 

 巨大な島は海面へ叩きつけられ、さらに上から落ちてきた海に激突して、破壊される。

 大地は粉々になって後には何も残らない。

 その日、名もなき島は完全に崩壊した。

 


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