ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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敗北のあとで

 とある島に、九つの海賊船が停泊していた。

 北側に小さな村がある小島で、それ以外には何もない、自然が豊かな場所である。

 到着する頃、日は落ちて夜になっていた。

 

 生きていたのは奇跡だった。

 そう語り合うほど壮絶な光景を見た後である。

 

 島の崩壊により船長とその副官たちは海に投げ出され、揃いも揃って泳げない者ばかりだが、海も激しく荒れ狂っていたためそもそも泳げるような状況ではなかった。島に近付いていた船も当然危険で、高波が何度も押し寄せる状況下で一隻も転覆しなかったのはまさに奇跡だっただろう。

 海中へ落ちた船長たちも、命からがら救うことができた。

 救出の際はとにかく必死で、何が起きたのかも覚えていない。

 

 ともかく彼らは生き残り、近くにあったこの島へ辿り着いたのである。

 表情は明るくなかった。生き残ったことを喜ぶ様子もなく、乗組員たちは口を噤み、救出してからこの島へ辿り着くまでほとんど話す者が居なかった。

 痛々しい沈黙を保ったまま、再び場が整えられた。

 

 話し合いの場は上陸した直後に設けられた。

 砂浜に辿り着いてすぐにテーブルと椅子が用意され、誰が言い出す訳でもなく自然と集まる。

 焚き火を作って、明かりに照らされて彼らは円を作る。

 今度は船長と副官だけとは言わない。乗組員たちは周囲を取り囲むようにして、しかしあまり近付くこともできず遠巻きに見ていた。

 

 席について以降、しばらくは誰も口を開かなかった。誰も喋ることなく時間が過ぎ、漂う緊張感が周りで見ている乗組員たちを恐怖させる。

 百人以上の人間が集まってこんなに静かなのか。そう思わずにはいられなかった。

 

 それぞれが考え、苦悩していたのだろう。その時間は必要なものだった。

 やがて腕を組んで俯いていたキッドがぽつりと切り出した。

 

 「お前ら……あの野郎をぶちのめしてやりてぇとは思わねぇか?」

 

 彼らしくない、沈んだ様子の、あまりにも静かな一声だった。

 自然と発言したキッドに視線が集まる。

 キッドは顔を上げ、集まった面子を見回しながら言う。

 

 「てめぇらのことも気に入らねぇが、もっと気に入らねぇ奴が現れた。気は進まねぇが、こうなりゃ手段を選んでいられねぇ……おれは同盟に参加するぞ」

 

 まさかの発言だった。特にキラーはともかく彼の口から聞いたのが意外だ。

 キラーも相当驚いているらしい様子で、傍にある椅子へ座った彼に顔を向ける。

 

 「いいのか?」

 「言うな、キラー。わかってるだろ」

 

 簡潔な言葉で制されたことでキラーは追求をやめた。

 不必要な一言だったと今になって気付く。彼が自分で決めたことだ。すでに決断したのならば言うことはない。キラーはそれに従うだけだ。

 

 パンっと膝を叩いてルフィが笑った。

 彼なりに真剣に考えた結果、同盟は必要であると判断したようだ。

 

 「おれもやるぞ。元々キリが言い出したことだしな」

 

 ついさっきまで彼も黙り込んでいたのだが、一度口を開けばあっけらかんとした様子である。

 黙り込む一同の顔を見回して、普段と変わらない声色で尋ねた。

 

 「お前らはどうすんだ? 怖ぇんならやめてもいいぞ」

 

 その一言で表情が変わる。

 ある種の挑発じみた言葉であった。だからこそ血の気の多い海賊には効果がある。

 次から次へと参加を表明し、顔には笑みが戻りつつあった。

 

 「怖ぇもんかよ。どうやってやり返そうか考えてただけだ。オラッチも参加するぜ」

 

 アプーが軽い口調で告げる。長い腕をひらひら振って、ルフィの発言に反発する様子だ。

 

 「このまま奴を放っておけばおれたちにも悪影響を及ぼす」

 

 ホーキンスが淡々とした口調で告げる。無表情ながら意思は強かった。

 

 「負けっぱなしってのも癪だしなぁ」

 

 ボニーがにやりと笑って告げる。いつになく好戦的で怒りを滲ませてすらいた。

 

 「フフ、勝機はあるのか。試してみるのもよかろう」

 

 ウルージが微笑んで告げる。いつもの余裕を取り戻して、頼りになりそうな態度だ。

 

 「計画は必要だぞ。無策で勝てると思うな」

 

 ベッジが厳しい顔で告げる。心が折れていないのは良いが、それだけでは勝てないと語る。

 

 「いずれ奴とは戦うことになる。それなら、どの道この関係は必要だ」

 

 ドレークが冷静な口調で告げる。表情は動かず、すでに持ち直していた様子だった。

 

 「フン……面白い」

 

 ローが不敵な笑みを浮かべて告げる。どうやら彼も乗り気らしい。

 

 全員の意思を確認した結果、ここで降りる者は居ないようだ。

 以前とは違う。自分たちの標的を確認したためか、ようやく本来の目的通り同盟が締結した。

 満足げに頷いたルフィがにっと口の端を上げる。

 

 「じゃあ決まりだ。これでおれたちは海賊連合だ」

 「おい、てめぇが仕切るんじゃねぇよ」

 「まぁまぁ。ようやく話がまとまりそうなんだから」

 

 またしてもキッドがルフィに噛みつきかけたため、咄嗟にキリが口を挟む。ここまでまとまりかけているのに今から戦闘では流石に気が滅入る。

 幸いキッドもそのつもりはなかったようですぐに引く。

 それを確認してからキリが仲間たちに振り返った。

 

 シルクやチョッパーが酒の入ったジョッキを運んでくる。

 それを彼らの前に置き、キリが促したことでルフィがジョッキを持ち上げた。

 

 「それじゃあ、やるぞ。おれたちで金獅子をぶっ飛ばすんだ」

 

 他の八人もジョッキを手に取った。

 眼前に掲げ、顔を見回す。

 まさか本当に手を組むことになるとは思わなかったが、すでに目的は定まった。今は他の何を置いても優先すべきものがある。そのためならば、敵とも組もう。

 彼らは中身を飲み干した後、ジョッキをテーブルに叩きつけた。

 

 

 *

 

 

 海軍本部、マリンフォード。

 世界の中心に位置すると言われるこの島にけたたましい警報が鳴り響いていた。

 緊急事態を知らせる音などいつ以来であろうか。常時海軍の主力が集まるこの島を襲おうという海賊は居ない。ほんの一握りを除いては。

 

 思い出されるのは二十年以上前に起きた、島にとっては忘れられない襲撃事件。

 部下を引き連れて廊下を歩くセンゴクはその当時のことを思い出していた。

 

 「敵の数は?」

 「一人です。今はまだ動きがないそうで」

 「市民の避難を急げ。動き出せば町はただでは済まんぞ」

 

 部下の報告を受けて状況を確認し、表情はますます険しくなる。

 嫌な予感がした。

 誰が来たのか、すでに報告は聞いている。その上で心が激しくざわめき、もはやただでは済まないだろうとまで予想している。考え得る限り最悪の展開だ。

 センゴクは己の感情を抑え、務めて冷静に状況に向き合おうとしていた。

 

 「すでにガープ中将には連絡しましたが、なにぶん距離があるようで、今から戻るとは言っていましたが」

 「間に合わんだろう。ここにある戦力で対応するしかない」

 

 そう言ってセンゴクは屋外へ出た。

 外へ出ればすぐに対象を目にすることができた。宙に浮遊しているのだ。

 懐かしい人物。顔を見れば互いに歳を取ったと実感する。

 歩を止めて空を見上げると、金獅子のシキはセンゴクよりも先に声を発した。

 

 「久方ぶりだなぁ、センゴク。こうして会うのは何年ぶりだ?」

 「金獅子……まさか今になって動き出すとは」

 

 彼らは古い関係であった。

 若き日から敵として何度も出会い、殺し合い、認め合い、一度は決着をつけた。海賊と海兵ではあるが浅からぬ関係である。

 

 かつてシキは、センゴクとガープによって海底の大監獄“インペルダウン”へ投獄された。かつての海賊王が処刑されるほんの一週間前のことだった。

 難攻不落、一度入れば誰も出ることのできない監獄に身を置いたシキは、しかし自分の両足を切り落とすことで錠から逃れ、脱獄した。インペルダウンから出ることができたのは後にも先にも彼一人のみである。

 

 姿を消したと聞いた時、いずれこうなるのではないかと考えていた。

 腐ってもシキは海賊であり、腐ってもセンゴクは海兵である。

 友などではない。今更関係が変わることなどない。それでも同じ時代を生きた情はある。

 己の感情を押し殺し、センゴクは冷淡な視線でシキを睨む。

 

 「世間話をしに来た訳では無さそうだな。目的はなんだ?」

 「目的? お前はもうわかってるはずだぞ」

 

 シキは、かつてこの島に現れた時とは異なり、笑っていた。

 以前ここで向き合った時は怒りの念に溢れていた。あれほど激怒した姿は見たことがないというほど、あの時の彼は怒りで我を忘れていた。その結果がマリンフォードを舞台にした激闘であり、センゴクとガープは二人がかりでシキを撃破し、捕縛した。

 

 あの頃は今より若かった。

 当時の戦闘ではマリンフォードの町が半壊したのだ。この島に住んでいた人々にとって、或いは世界中の人間にとっても思い出したくない悲劇だろう。

 ここに現れたということは理由は一つ。

 再び海賊として動き出す。その宣戦布告に他ならない。

 

 「ロジャーの居ない海はどうだ? おれが見たところずいぶん生ぬるくなったなぁ」

 「生ぬるくなったのではない。海軍が平和を維持しているということだ。貴様が見た通りの海だとするならばな」

 「馬鹿馬鹿しい話だ。海賊王だの大航海時代だのと。所詮はミーハーどもが好き勝手に海賊を名乗っているだけに過ぎん。おれたちの時代とは違う」

 「時代は変わる。ロジャーは死んだ。金獅子、お前ももう足を洗ったらどうだ? おれたちが生きていた頃の海とは違うぞ。これからも変わり続ける」

 「だからこそだ」

 

 シキの声が突然冷たくなった。

 気配が変化したことにセンゴクは眉間に皺を作り、拳を固く握りしめる。

 

 「海賊のなんたるかを知らねぇミーハーどもがのさばる海を、このままにはしておけねぇ。忘れたんならおれが思い出させてやる。本当の海賊の恐怖を」

 

 そう言った時、彼の姿からは凄まじい覇気が感じられた。

 歳を取っても変わらない。強靭な覇気も、彼の考え方や生き方も。

 一度目を伏せたセンゴクは、改めてシキの姿を捉えた。

 

 「お前は変わらんな。昔からそうだった。だからこそおれとガープはお前たちを追い続けた」

 「昔の話だ。ロジャーはもう居ない。白ひげの野郎も椅子に腰かけたままだそうだな」

 「ああ。お前と話していると昔を思い出す。どれも懐かしい話だ」

 

 他に手はないのか。

 不意にそう考えてしまう自分はあまりにも甘い。

 

 「ガープはどうした? あの騒がしい奴が見当たらねぇな」

 「ここには居ない。惜しいな、お前に会えば問答無用で殴り倒しているところだろう」

 

 他の海兵も聞いている。だが数十年来の知り合いだ。言わずにはいられなかった。

 

 「なぁ金獅子よ……郷愁に駆られる心があるのなら、お前も――」

 「おれに全てを言わせる気か? センゴクよ」

 

 藁をも掴む想いで差し出そうとしたその手は、見ることもなく振り払われた。

 センゴクは甘さを捨て、目の前の男を再度敵として見据える。

 そしてシキはそんな彼に殺意をぶつけた。

 

 「今日はただの挨拶だ。お前とはいずれまた会うことになる」

 「おれがお前を逃がすと思うか?」

 「いいや。お前は逃がしちまうんだよ。このおれを」

 

 空気が変わる。

 おそらく彼の姿を見ていた海兵は誰もが気付いただろう。何かが来る。

 彼を知らない若い海兵が多過ぎた。上機嫌に笑うシキを見て、気付けば体が震えていた。

 

 「言っただろう? 今日は“挨拶”に来たんだってな」

 

 変化はすぐにやってきた。

 曇天の向こう、巨大な影が現れたかと思えば雲を突き破って降りてくる。帆船だ。無数の船が空を飛んで、マリンフォードの上空を埋め尽くすかのように現れた。

 一人で現れたかつてとは違う。これこそが金獅子本来の姿。

 

 海賊をやめろ。なんて馬鹿馬鹿しい言葉なのだろうか。

 彼は初めからこのつもりで来ていた。昔と何一つ変わらない。

 狡猾で計算高く、冷徹で一切の慈悲を持たない獰猛な獅子。ロジャーとの関係もまさしくそれ。狙った獲物を逃がすはずがなかった。

 彼は今日、世界を揺るがすつもりでここに来たのだ。

 

 「世話になったなぁセンゴク……一世一代の大勝負だ。おれはこの世界に喧嘩を売るぞ」

 

 轟々と音を立てて船団が降ってくる。

 それらを背後に従えたシキは凶悪な笑みを浮かべていた。

 

 「よく見ておけよてめぇら! この世界はおれが頂く! ジッハッハッハッハ!」

 

 船団が砲撃を開始した。

 無数の砲弾が雨となって降り注ぎ、無慈悲にマリンフォードを破壊し始める。ほんの数秒で被害は甚大であったが、海軍も黙ったままではいなかった。

 

 「流星火山――!」

 

 海軍も反撃を開始したことにより、マリンフォードは激戦地となる。

 戦闘自体はすぐに終了し、シキの一味が退いたことで事態は一旦終息したが、短時間でも被害はあまりにも大きく、マリンフォードの町は半壊どころかほぼ全壊となった。

 

 金獅子のシキ復活。

 衝撃的なニュースは翌日の朝、瞬く間に全世界へ伝わった。

 大小を問わずあらゆる町で噂話が流れ、予想していなかった事態に興奮する者があり、その名の恐ろしさを知る者は姿を見ずとも恐怖で震えあがった。

 

 シキが動いたとなれば狙いはただ一つ。

 支配に拘る彼が目指すものは名声や財宝、安泰などではない。世界征服、それのみである。

 

 世界各国の王族、貴族、平民。絶大な影響力を持つ世界政府、海軍。各地で動く海賊。立場や境遇を選ばない。誰もがその名に心を乱し、世界の終わりだと判断していた。

 たった一人の男の名が世に広まっただけで、世界は、絶大な恐怖と混乱に包まれたのである。

 


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