荒れ狂う海
昼頃に起き出すと小さな集落はすでに大パニックになっていた。
あくびをしながら身支度を整え、朝食が欲しかったが宿代わりに泊まった民家に誰もおらず外へ出てみると、昨日宴のように騒いだ村民たちが新聞片手にあれやこれやと大声で話している。
さほど気にせず、まずは朝飯と声をかけようとしたところ、村民の一人に声をかけられた。
「エースさん、新聞読んだかい? 凄いことが起こってるよ」
それだけを言って強引に新聞を手渡された。普段あまり読まないのだが試しに目を向けてみるとでかでかと書かれている文字を認識する。
思わず目が止まった。
朝飯などと言っている暇はない。確かにこれは凄いことが起こっている。眠気すら吹き飛んで彼は真剣な顔つきになった。
「あの金獅子のシキが復活したんだ。マリンフォードが攻撃されたって」
知らぬ者のない大海賊の名が新聞にあった。
そんなこと、ここ数十年はなかったはずだ。もう二十年近く前に姿を消して、生死不明の行方不明と語られていたのである。それが今になって動き出した。
狡猾な男という噂は流れている。用意周到で準備に余念がなく、計画を遂行するためなら何年でもかけると語られていたため、不思議ではないのかもしれない。来るべき時が来たというだけだ。しかしそれが一体どれほどの損害に繋がるのか。
冷静な面持ちだったがエースは嫌な予感を覚えずにはいられなかった。
彼が親父と呼んで尊敬する男は伝説の海賊、“白ひげ”エドワード・ニューゲート。
その白ひげと同じ時代を生きた、同じく伝説と語られる海賊。
嫌な感じがするのは彼ら二人と同じ時代を生きた海賊についてだ。彼らと同じ時代を生き、一時代を作った“海賊王”ゴールド・ロジャーが存在する。特にその男への執着が強かったというシキの登場に、その名を思い出さずにはいられず、エースの表情は曇る。
昨日仲良くなったばかりの村民からすれば、金獅子復活の報で顔が曇ったと思ったのだろう。
新聞を読むエースの顔を見て呟いた。
「まさかまた金獅子の名前を聞くとはね。世も末だよ。うちのじいさんなんかは久しぶりに聞いたんで嬉しそうにしてたけど、本当にわかってるのかねぇ。何も起こらなければいいけど」
村人の男はこの島も危険に晒されるんじゃないかと心配していた様子だ。
彼の言葉を聞いていないのか、エースは新聞から目を離さなかった。
昨日とは様子が違うことに気付き、村人は再度彼に話しかける。
「エースさん? そんなに驚いたかい? まぁ無理もないけどね」
「ああ……そうだな」
「でも、あんたにしてみればそんなに怖くないのかな。なんたってあの白ひげ海賊団だ。いつかは金獅子とやり合うのかな」
「どうだろうな。おれ個人としちゃ別に興味はねぇが」
フッと笑い、新聞を折り畳んだエースはそれを村人に返す。
「おれが探してるのは別の男だ。金獅子より先にそっちを片付けねぇとな」
「そうか。おれには海賊の詳しいことはわからんが、まぁ頑張ってくれ」
「ああ。メシと宿をありがとう。もう行かねぇと」
そう言ってエースは荷物を取るためにさっきの家へ戻ろうとした。ちょうど今話している男が家族と住んでいる家だ。
その背を見送ろうとして村人はきょとんとした顔をする。
「もうかい? 朝食は?」
「いいよ。世話になったな」
「忙しそうだね。でも、あんたが来たおかげで楽しかったよ。近くに来たら寄ってくれ」
「ああ。また会おうぜ」
笑みを見せながらだが簡潔に言って、エースは荷物を取ってすぐに村を離れた。
大きな岩に挟まれるような小道を進むと砂浜に出る。そこに彼専用の船、ストライカーを停めてあるのだ。村人が使う小舟の傍に置いてあるはずだった。
胸騒ぎを感じながらも早めに出航しようと、朝食も取らずに砂浜へ足を踏み入れた時。
すでに客人は彼を待っていた。
エースに背を向け、砂浜に座り、葉巻を吸って海を眺める男。
会ったことはないが見間違える訳がない。
頭に舵輪が突き刺さっている人間など、世界広しと言えど彼しか存在しないだろう。
嘆息したエースはもう少し歩いて近寄り、しかし傍には寄らず距離を置いて立ち止まった。
「おれになんか用か?」
「20年待った。その間に色々と変わっちまったなぁ」
誰に言って聞かせるでもないような、己に確認するかのような呟きだった。
自ら声をかけたエースは眉間に皺を寄せる。
「ロジャーにはガキが居たそうだ。結局見つかることはなかったらしいが」
思わず拳を握っていた。
戦うつもりはない。余計な面倒を増やすだけで、今は他にやるべきことがある。しかしその言葉には体が勝手に反応してしまい、彼の右拳は気付けば炎に包まれていた。
そんな様子に気付いていながら、背を向けたままでシキはぽつりと語る。
「つまらねぇ最期だったが、奴が遺したものは二つある。一つは大航海時代とかいうこのふぬけた時代と、もう一つは――」
「それ以上言うなっ」
「お前だった」
エースの覇気にまるで反応せず、シキは堂々と言い切った。
言い切られたことで逆に何かを想ったのか、エースの拳から炎が消える。とはいえいまだに込められた力は抜けておらず、拳は固く握られたままだ。
「馬鹿馬鹿しいにもほどがある。適合することはなかったが、あいつとは長いことやってきた。その最期が最弱の海イーストブルー。おまけにその死に際で宝狙いのミーハーどもを生んでこの海を堕落させちまった」
「その話が、おれに何の関係がある」
「どうしようもねぇ話だと思ってた時に思い出したんだ。あいつにガキが居るってな。噂だけは牢の中に居た頃には聞こえてたぜ」
シキの顔に笑みはない。
どこか空虚な、ともすれば寂しそうにも見える顔でじっと海を眺めている。
その様子には流石にエースも何かを感じたのか。感情のままに吠えることはなかった。
「つまらねぇ海になっちまった。ここはもうおれの知る海じゃねぇ」
「だったら引退でもしたらどうだ? 今更動き出してなんになる」
「決まってる。全てを丸ごと変えてやるまでだ。真の海賊の在り方を思い知らせてな」
葉巻を指で摘み、煙を吐き出すと初めて振り返った。
シキは笑みを浮かべてエースの顔を見ると、彼に尋ねる。
「今は白ひげの船に身を寄せてるようだな。どうだ? おれの船に来ねぇか? あいつは最期まで気に食わなかったが息子となれば話は別だ。悪いようにはしねぇぞ」
「断る。おれは白ひげの息子だ。そんな野郎は知らねぇし、親父の船以外に用はねぇ」
「ジハハハハッ。そう言うだろうと思ってた」
再び葉巻を銜えて海を見る。シキは動じてはいなかった。
「何も本気で勧誘しようなんざ思っちゃいねぇよ。ただ話をしに来ただけだ」
「さっきも言ったぞ。おれの親父は、白ひげだけだ」
「それでもいい。お前の顔を確認しときたかったんでな」
シキが右手の人差し指をくいっと曲げた。
近くに置いていた大きな杯と酒樽を運んで自分の近くに置いた。
背を向けたまま、自分の隣へエースを呼ぶ。
「やり合う気はねぇよ。一杯付き合え」
しばし無言で沈黙に包まれた。
何を想えば、どう判断すればいいか。複雑な心境だった。
少なくとも敵にはならないようだがかといって味方でもない。ただ話をしたい。そうは言うもののエースにとっては触れられたくない問題でもある。わかっているに違いない。
ただ、不思議とこの時はエースの心は乱れなかった。
相手が自分を笑うならば反応も違うが、シキにその様子はない。穏やかに、奇妙なほど静かに彼との対話だけを求めている。
歳をとり、郷愁に浸って戦意も削がれたのか。
エースは何も言わずに彼の隣へ座り、胡坐を掻いて杯を受け取った。
酒を注がれる。それを呑む。
同じタイミングでシキが自身の杯を傾けた。
二人はしばし黙ったままで何も語らず、打ち寄せる波の音を聞く。
「お前はどうせ知らねぇんだろう。ロジャーのことを」
「知りたくもねぇよ。おれには必要のねぇ話だ」
「ジハハハ、跳ねっ返りが。まぁ聞け。おれが認めた数少ない海賊だ」
酒を片手に語らう。
なぜこんなことをしようと思ったのか。心中を知るのは彼以外に居ない。
「あいつと会ったのはまだ若ぇ頃の話だ――」
ただ少なくとも、その小さな酒宴は彼の意思で行われたことだけは事実だ。
誰に知られることもなく、知らせることのないわずかな会話。
かつての海を眺めるかの如く、語られる言葉は朗々と紡がれた。
*
世界に名を売って海賊王の好敵手と知られた男。
“白ひげ”エドワード・ニューゲートはあまりにも有名な海賊だった。
数メートルの巨大な体を持ち、年老いてもいまだ揺らがぬ絶対的な力と迫力を感じさせ、数多の海賊が口を揃えて言う。“最も海賊王に近い男”だと。本人にその気はない様子だが、その影響力や組織力は世界を動かすほどのものであった。
そんな彼が酒も飲まず、いつになく真剣な顔で新聞を読んでいた。
彼の手にすれば新聞など紙切れ同然の大きさだが、今日ばかりは小さな新聞をじっと見つめる。
「やはり動いたか金獅子。しかし今回はえらく準備に時間をかけたもんだ」
「奴が現れたおかげで世界中大混乱だよい。早くもあらゆる島が襲撃に遭ってるらしい」
傍に立っていた男、特徴的な髪型を持つマルコが口を開く。
彼は白ひげの船団の中で一番隊隊長という肩書を持ち、一味の古株で白ひげからの信用も厚い。従って次の航路を決めるべく白ひげの前に立っている。
「おれたちはどうする? 金獅子が動いたとなりゃ他の連中じゃ止められねぇだろうよい」
「金獅子か……」
馴染みのある名前だがしばらく聞いていなかった。いずれは、とは思っていたものの、これほど準備に時間をかけたことは初めてであり、今回ばかりは白ひげでも想像がつかない。
なにせ二十年だ。
最後に顔を合わせたのが二十年前。しばらく姿を消すと宣言を聞いて、本当にぱたりと名前を聞かなくなってしまった。この間にどれほどの準備をしたのだろう。実際に見てみるまでは軽々しく結論を急ぐこともできなかった。
ただ一つわかるのは、シキが誰かと組むことはないということである。
同じ時代を生きた海賊ならばまだしも、格下と肩を並べることはまずあり得ない。かつては後の海賊王ゴールド・ロジャーを自身の右腕にしようとしたほどだ。
今回も間違いなく一人で動く。傘下を作り、島を支配して、世界に喧嘩を売るつもりだ。
「おれたちが手を出す訳にもいくめぇよ。他の連中が暴れ出すのは目に見えてるからな」
「確かにそうか。だがいいのか? 相手は金獅子だ。止められるのはオヤジくらいしか居ねぇ。特に前半の海で暴れられたんじゃどうしようもねぇよい」
「誰も止められねぇならそれまでだ」
新聞を置いた白ひげは酒瓶を手に取り、中身を口にする。
豪快に飲んでから一息つき、腕組みをするマルコへ目をやる。
「おれもあいつも歳を取った。いずれ時代は変わる。おれが動かなくても若ぇ奴らがどうにかするだろう」
「そこらの連中とは違うぞ。それでもいいのか?」
「ああ。構わねぇ」
マルコは嘆息する。
彼らが動けば情勢は動く。金獅子とぶつかりなどすればどうなってしまうのか想像もできない。そればかりかチャンスを狙って彼らのナワバリに攻め込む者も居るだろう。仮にそうなれば大規模な戦争は免れない。
白ひげは若い世代に解決を託したようだ。
果たしてその決断が如何なる結果をもたらすのか。今はまだわからない。
「ただエースには連絡しておけよ」
「聞くはずがねぇよい。弟の件を除いて一切連絡を寄こしやがらねぇ」
「手紙の一つも送ってくれ。嫌な予感がしてなぁ」
そう言った白ひげがいつになく心配そうにしているのを、マルコは見逃さなかった。
「金獅子が妙な気を起こさなきゃいいんだが」
再び酒を口にする。
マルコはひとまず彼の言う通りにしておこうと決断した。
部下に命令し、エースに連絡を取るために動き出す。
同じ頃。別の島では。
金獅子復活の報は全世界へ届けられており、今や知らぬ者が居ないほどの重大な問題である。新聞を読めば誰でも知ることができた。
その名を恐れる者も居れば、逆に彼の復活を喜ぶ者も居たようだ。
大きな瓢箪に入った酒をがぶがぶ飲み、口元を濡らしながらも喉を潤す大男が居た。左手には読んだばかりの新聞を握りしめていて、力が入ったのかくしゃくしゃになっている。
部下たちはあまりにも大きい彼を見ながら緊張していた。
その男、酒癖が悪いことで有名であった。その癖は決して一定ではなく、果たして今日は笑い上戸か、怒り上戸か、泣き上戸か、酔ってみるまでわからない。ただ少なくとも酔った時点で命の保証がないことだけは確かなようだった。
空になった瓢箪を勢いよく地面に置いて、胡坐を掻いた大男は笑う。
どうやら今日は上機嫌。笑い上戸だったらしい。
「ウォロロロ……金獅子のジジイが戻ってきた。いつか現れるとは思ったが、最初に狙ったのはマリンフォードか。予想とは違ったがまぁ妥当だろう」
「カイドウ様、お酒はそろそろやめた方が……」
「バカ野郎。こんな日に呑まねぇでどうする」
異様な巨躯を持つ大男、カイドウはそう言って別の酒樽を掴んだ。
杯に注ぐことなく直接口へ運びながら、再び新聞を読み始めた。
「あぁ、今日はいい日だ。酒がうまい。まさかこんな日が来るなんてな」
「あの……カイドウ様?」
「遅過ぎたくらいだ。もっと早くに来ると思ってた……ウォロロロロロ」
「まさかとは思いますけど、その、金獅子に喧嘩売るって話じゃありませんよね?」
ビクビクした手下の一人が小さな声で尋ねる。するとカイドウの声は上機嫌に跳ねた。
「喧嘩? そんなことしねぇよ」
「ホッ、よかった……。では、我々はどうするので?」
「決まってるだろ。戦争を仕掛けるんだよ」
「え?」
幹部ではないだろう男の問いかけにカイドウは機嫌を崩さない。
それほどの喜びが金獅子の名にあった。
「おれがあいつを殺せる日が来るなんて夢みたいだ。おれァ運がいい。そうだろう?」
あっという間に酒樽を空にしてしまって、空になった木製のそれを手で握りつぶしてしまった。破片が散らばる頃には報告に来た手下たちが怯えてしまい、一歩後ずさる。
そのまま去っていれば何事もなかっただろうがそうはいかなかった。
数人の中の一人が疑問を口にし、あろうことかそれをカイドウ本人にぶつけてしまう。
「し、しかし、相手はあの金獅子ですよ? 戦争なんて仕掛けたらどうなるか……」
「あの? あの金獅子? ああ、そうだな……あの金獅子だ」
急に声色が変わってわずかに沈んだ様子になった。
さらにもう一つ、酒樽を持ち上げて中身を呑む。
息を呑んで立ち尽くし、口を閉ざして彼の姿を見上げていた手下たちは次の言葉を待っていた。
「それがどうしたァ!!」
次の瞬間、鼓膜が破れたかと錯覚するほどの大声で全身が揺さぶられていた。
そして気付いた時にはカイドウが振り切った金棒が手下の一人を殴り飛ばしていて、厚い岩盤を一瞬にして破壊し、天高くまで吹き飛ばされてしまう。
状況を把握できたのは降ってくる瓦礫が近くに落ちてきた時だ。
怯えた手下たちは腰を抜かしてその場へ座りこむ。
「おれが誰だかわかってんのかァ!!!」
「ひええっ!? 怒り上戸に変わったぁ~!?」
人間の倍はあろうかという大きな酒樽を片手で掴み、今度は一気に中身を飲み干してしまう。
明らかに酔っ払っている彼は空になった酒樽を地面に捨てて、さっきの怒りも一瞬にして忘れてしまったらしく、再び上機嫌に笑い始めた。
手下たちはもはや何も言えず、必死に口を閉ざして自分の存在を忘れさせることに尽力した。
「あの金獅子……そう、あの金獅子だ。あの金獅子をこの手で殺れるのさ。こんなに嬉しい話があるか。他の連中だって黙っちゃいねぇだろうよ。白ひげのジジイも、ビッグ・マムも、赤髪の小僧も、あのジジイを放ってはおかねぇ」
山と積まれた酒樽、次の一つを取ろうとして、右手が一度空ぶった。もう一度動かしてきちんと手に掴むがどうやら相当酒が回っているらしい。
最高に良い気分だと言っていいだろう。それも一重に金獅子の復活を知ったからだ。
「もうすぐ世界最高の戦争が始まるのさ。今すぐジョーカーに連絡しろ」
「ジ、ジョーカーと言うと……」
「準備を怠るな。派手な戦いにしようぜ……ウォロロロロロ」
手下たちがぞっとする前でカイドウはいつになく嬉しそうに笑う。
この日、彼は前半の海への侵攻を決定。
必ず他の海賊たちも黙っていないと判断した上で、均衡を破壊すると知って決断した。引き金を引くのは金獅子ではなく自分だ。そう考えての決意である。
また別の島で、同じく新聞を読んで笑う者が居た。
こちらも人々が見上げるほどの巨躯を持つ女性であった。
彼女は自分の息子、娘たちに囲まれ、会議をするように話し合おうとしている。
「マ~マママハハハハ……金獅子が動いたって? 面白いじゃないか。マリンフォードは崩壊。宣戦布告は済んだんだ。これでこの海は荒れるね」
怯えた様子など欠片も見せず、笑みを浮かべてただ楽しいものだと考える。それは絶対的な力と地位を持つ者特有の余裕であった。
彼女が産んだ息子や娘も同様の反応であり、金獅子の名に怯える者は居ない。
その証拠と言わんばかりに長男が母親を見上げて口を開いた。
「ペロリン♪ しかしママ、金獅子はゴールド・ロジャーへの執着が強い。“新世界”を襲う前にイーストブルーを狙うんじゃないか?」
「それはどうだろうねぇ。奴は狡猾な男だよ。おれもずいぶん煮え湯を飲まされた。新世界だろうが四つの海だろうがまとめて襲えるくらいの戦力は用意しそうなもんだ」
「我々はどうする? こちらから動くか?」
「マ~マハハハハ。それが問題だ。少なくともカイドウは動くだろうねぇ」
巨体の女、ビッグ・マムは嬉々として語る。
彼女も世界に知られた海賊の一人。思考は常人のそれとは違い、海賊であり覇者であった。
「金獅子を逃がすなんて手はないよ。だがこの機に他の連中を蹴落とすのも面白そうだ……」
にやりと笑う彼女は傍らに座った長身の男に目をやった。
「どうだいカタクリ? 近頃は戦闘が無くて退屈なんじゃないかい? ちょうどお前が満足しそうな男が居るんだけどねぇ」
腕組みをした男は黙して語らず、彼女に顔だけを向ける。すると別の大男が前へ進み出た。
「ちょっと待ってくれママ。何も将星最強の男が出るまでもないだろう。おれにやらせてくれ」
「おやクラッカー。お前が行ってくれるのかい?」
「もちろんだ。金獅子でも白ひげでも言ってくれればおれが首を獲ってこよう」
「マ~マママハハハ。そりゃいいね。行っておいで」
かくして、ビッグ・マム海賊団もまた動き出すことを決めた。
どうあっても変化するだろう状況を予測し、この波に乗ろうと楽しげに考える。
そしてグランドライン後半の海に君臨する四人の皇帝、最後の一人もまた情報を得ていた。
“四皇”の一人に数えられる、ルフィが憧れた海賊、赤髪のシャンクス。
彼は険しい顔で新聞を見ていた。
「金獅子か。懐かしい名前だ」
「懐かしんでる場合じゃねぇぞお頭コノヤロー。やばい男が表舞台に戻ってきたんだ」
こんがり焼けた骨付き肉を食しながらラッキー・ルゥが呟いた。いわゆる大物と噂されるシャンクスだが平時はどこか間の抜けた部分もある。それを心配しての言葉だろう。
今は真剣な態度だったせいかその心配も杞憂だったようだ。
「ああ……そうだな」
「どうする気だ?」
副船長のベン・ベックマンが煙草を口にしながら尋ねた。
シャンクスは少し考え、すぐに答えを出す。
「白ひげは動かないだろうが、他の二人は黙っちゃいない」
「まぁ、そうなるか」
「前半の海に攻め込まれたら大惨事になるだろうしなぁ」
腕組みして渋い顔になったヤソップが呟く。
彼らは海の皇帝と呼ばれている海賊。現在の状況が均衡を保たれているのは四皇が睨み合いを続けているからであり、誰かが仕掛ければ途端に海は荒れ始める。
四皇の衝突は世界を揺るがす。それを知っているシャンクスは彼らの行動を警戒していた。
「さあ、船を出そう」
「野郎どもォ! 出航だァ! 行くぞォ!」
船員たちの怒号を聞きながらシャンクスが歩き出す。
海の状況を眺めるべく、彼は独自の道を進むことを決定した。