ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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再起を誓って

 穏やかな波の音を聞きながら、チョッパーはうたた寝していた。

 船から持ってきた白いチェアを砂浜に置いて、燦々と照りつける太陽の光を浴び、いつになく落ち着いた雰囲気に気を良くしていた。

 雪の降る冬島を出て以降、こうした気候は珍しくないため、だんだん慣れてきた。

 毛皮のある彼には少し暑いとはいえ、砂漠のアラバスタを経験した今、あれに比べればよほどマシだと余裕も出てきたらしい。今日のチョッパーはひどく安堵していたようだ。

 

 たまたま立ち寄った島は広いようで、町はあるようだが東側に集中しており、西側には現在地である砂浜を始めとした自然が広がっている。彼らは身を隠すようにしてそこに船を停めたのだ。今は一部の者が町に買い物に行っていて、残りは砂浜で一時の休息を得ている。

 先日の疲労や気苦労を忘れるべく、皆が好きなことをしていた。

 

 金獅子との邂逅からほんの数日であった。

 当初の予想通り、新聞によってその名を広められた途端、世界は大きく揺れた。かつて自ら姿を消したはずの大海賊の復活。それは新たな戦いを予感させ、どこに居ても安全ではない、いつ自分が犠牲者になるかわからないという恐怖を抱かせた。

 影響は少なからず彼らも感じている。

 激動の世界の渦中に居て、変化を感じずにはいられなかった。

 

 しかし今、砂浜に居る者たちはそんなことも忘れて遊び呆けている。

 岩の上に座ったルフィは釣りをしていて、ちょうど魚がかかったらしく、嬉しそうに目を見開くと思わず大声を出した。

 

 「おっ!? かかったぁ! シルク、網~!」

 「釣れたのルフィ? 大物?」

 「すんげぇ~でけぇ! 急げー!」

 

 隣で同じく釣りをしていたシルクが網を手に取った。

 見れば確かにルフィの竿は大きくしなり、海面近くでバシャバシャと水が暴れている。よく見れば魚の影も確認できた。かなりの大物だろうと予想できる。

 二人は逃がさぬようにと躍起になり、大騒ぎを始めていた。

 

 そんな二人やチョッパーを見て、砂浜に立つウソップは厳しい顔をしていた。

 腕組みをしていつになく表情は険しく、呆れている様子である。

 珍しく遊びに参加していない彼は、どうやら今後の心配をしているようであった。

 

 「あいつら……緊張感の欠片もねぇな。こんなことしてていいのかよ、こんな状況で」

 

 こんなことをしていていいのか。

 何の準備もせず遊んでいていいのか。

 金獅子に逆らった今、自分たちを始末するための刺客が送り込まれる可能性もある。金獅子の傘下になった海賊が襲ってくる可能性もある。本当にのんびりしていていいのか。

 敵の居ない島においても安心できないウソップはいつになく神経質になっていたようだ。

 

 「たまにはいいじゃない。気を張ってばかりじゃ疲れちゃうんだからさ」

 

 チョッパーの隣、同じチェアに寝そべって目を閉じるキリが言う。

 彼に気付いたウソップは安堵している姿に眉をひそめた。

 

 「たまにはって言うけどな、今は状況が状況なんだぞ。金獅子に目ぇつけられたんだ! いつあいつの部下がおれたちを殺しに来るかわからねぇんだぞ!」

 「まぁーその可能性はあるけど」

 「あんのかよ!?」

 「でも今すぐじゃないって。現在地もわからないだろうし、少しくらいの猶予はある」

 「だからってなぁ……」

 

 溜息をつくウソップに対し、キリは目を閉じたまま薄く微笑んでいた。

 金獅子に出会った日、或いは海賊同盟との会談中、あれほど真剣に話していた男は居ない。驚くほど力が抜けていて何も考えてはいなさそうだ。

 彼のそんな姿を見るから余計に心配してしまう。と本人は気付いていないのだろう。

 

 「気を張ってばかりじゃ辛くなっちゃうよ。戦う時は戦って、遊ぶ時は遊んで、休む時は休む。海兵じゃあるまいし、それでいいんだって、海賊なんて」

 「そりゃ海兵じゃねぇけど、相手が相手だってこと忘れんなってことだ」

 「ちょうど歴史的大敗をしたばかりだからね。余計に休暇は必要だよ」

 「聞いてるか? おれの話」

 

 おそらく真面目に聞いていないだろうと感じてウソップは視線を外す。

 こんな調子だ。切り替えが早い彼らは今を楽しんでいた。自分もそうなれればどれほど気楽だろうと思いながら、やはりあの時の光景が忘れられない。

 

 伝説の海賊、金獅子のシキ。

 彼の姿を肉眼で捉えることはなかったがその能力の一端は見た。

 島を持ち上げ、海に叩き落としたのである。

 あの一瞬にして島は完全崩壊。島内に居た者も船に残っていた者も、生き残ったのは奇跡と言うしかなかった。あれを見た上で金獅子に立ち向かうと決意すること、こうして今まで通りに過ごすこと、それらをできることが信じられないのだ。

 思い出すだけで体が震える。だが彼らは平然としていた。

 

 ルフィとシルクは魚を釣り終えたらしい。砂浜にはルフィと同じくらいは体長があるだろう巨大魚が横たわっていて、二人は嬉しそうに談笑している。

 思わず喜んでしまいそうなサイズだったが、ウソップは務めて真剣な顔を崩さなかった。

 

 「これからどうすんだ? 同盟の連中と話したんだろ?」

 「あー、やることは多いねー。敵の戦力を削いで、こっちの戦力増やして、情報を集めて、本拠地見つけて、金獅子に勝てるくらい強くなって、本人見つけてぶっ飛ばす」

 「お前……本気で言ってんのか?」

 「言ってるよ」

 「相手が誰だかわかってんのか?」

 「わかってるよ」

 「島を空に浮かべたんだぞ?」

 「浮かべてたねぇ」

 「あいつに勝とうって言ってんのか?」

 「勝たないと。じゃなきゃボクらが殺されるだけだ」

 

 ウソップは頭を抱えてしまった。重々しい溜息がつかれる。

 今回ばかりは逃げようと提案することもできない。逃げたところで、必ず追いつかれる。相手は世界中に恐れられる大海賊。あらゆる海賊がその傘下となり、この先も戦力は増大し続けるだろうと予想される。どこへ隠れても、顔と名前を知られた以上、必ず見つけられるに決まっていた。

 少なくともウソップは諦めの境地でそう考えていた。

 

 「信じたくねぇなぁ……誰か夢だって言ってくれねぇかな」

 「ウソップ。実は全部夢だったんだよ」

 「ありがとよ。嬉しくて涙が出そうだ」

 「よかった。じゃあそろそろ現実見ようか」

 

 ウソップが肩を落とす一方、巨大魚を担いだルフィとシルクが近付いてくる。

 一匹だけとはいえすでに大漁と言っていいサイズだ。ルフィが食べることを考えれば少なくもあるが釣果としては嬉しい一匹だろう。

 報告をすべくやってきた二人を、キリは目を開けて迎え入れた。

 

 「しっしっし。見ろ、でっけぇだろ」

 「いいね。でもあそこ浅瀬じゃなかった?」

 「たまたま来てたのかな。食いしん坊だったのかもしれないね」

 

 ルフィが魚を砂浜に下ろし、シルクはチョッパーが眠るチェアに腰掛ける。

 他のメンバーは町へ買い物に出ていて、今ここに居るのは彼らだけだ。

 少し口を閉ざせばすぐに静寂が訪れ、彼らにとっては珍しい、誰がはしゃぐでもなく静かな一時がやってくる。船の上に居る時とはまた違った波の音が心地よかった。

 

 ルフィは自分が釣った魚を気にしているようで、いつものように腹が減っていたらしい。みんなに目を配ると普段と変わらず提案する。

 それに対応するのは再び目を閉じたキリではなく、微笑みを湛えるシルクだった。

 

 「サンジが戻ったらこれでメシ作ってもらおう。うめぇだろうなー」

 「ふふっ、そうだね。でもナミたちの買い物が長引くと、もう少し遅くなるかも」

 「え~?」

 「それとも、私たちで先に食べちゃう?」

 「いいなそれ! にしし、丸焼きにしたらうまそうだ」

 

 二人のやり取りを聞いていたウソップは険しい顔で口を開いた。

 いよいよ黙っていられなくなったのか、ルフィに向かって指を突き出す。

 

 「待て待てルフィ、これだけでかい魚だぞ。身はたっぷりあるんだ。サンジに任せりゃ三品も四品も作ってくれる。それを丸焼きにするってのはもったいねぇだろ」

 「そうか? でもおれ腹減ったしな」

 「焼いて食うならちっちぇ魚で十分だろ。おれについて来い。おれ様の釣りテクニックで十匹でも二十匹でも釣ってやる」

 「ほんとかウソップ~!」

 

 やけにノリノリだったウソップと共に釣り竿を持ったルフィは海辺に戻っていく。

 ついさっきまで怖がっていたのにこの態度だ。

 彼も十分図太い神経を持っているだろう。少なくともキリは彼の後姿を見てくすくす笑う。

 

 「意外と楽しそうだなぁ」

 「ウソップも慣れてるからね。うちの一味に」

 

 早速釣りを再開する二人を遠目に見守りながら、彼らはその場を動かなかった。

 その時、何かを思い出した様子でシルクがあっと声を洩らした。

 

 「そういえばキリ。聞きたいことがあったんだけど」

 「んー?」

 「これって何?」

 

 彼女がポケットから取り出したのは小さな紙切れだった。何の変哲もない白い紙で、さほど特別な様子は見られない。それをクルー全員に渡されていたのだ。

 それを見たキリは納得した様子で声を出す。

 

 「言ってなかったっけ? だめだな、力が抜け過ぎた」

 「キリがみんなにこれを渡した時、私、見張り台に居たから。説明聞いてなかったんだ」

 「ああ、そういうこと」

 

 説明を始めるためキリが体を起こす。

 座った状態で彼女と目を合わせ、少しは真面目な態度で話そうとした。

 

 「それはビブルカード。特別な方法で作られる特殊な紙で、特定の人物が居る方角や状態を教えてくれるんだ。バジル・ホーキンスの仲間が作ってくれた」

 「教えてくれる?」

 「そう。みんなに配ったのはルフィのビブルカードだ。これでルフィの居場所がわかる」

 

 掌の上に紙切れを置いたシルクは、その紙が少しずつ動いていることに気付いた。そちらの方向を見れば離れた位置にルフィの後ろ姿がある。

 こういうことか、と少し納得できた。

 どういう原理なのかは知らないが、確かにルフィの現在地を知れるようである。

 

 「これがあればたとえはぐれてもルフィとは合流できる。あとは傘下に配るだけ」

 「そっか。みんなが集まる時のために」

 「便利な物だよ。それと、もしこの紙がもっと小さくなったりした時、それがルフィの身に危険が迫ってることを表すサインだ。この紙が全て燃えて消えてしまったら」

 「ルフィが……死んだってこと?」

 

 キリは頷いた。

 深刻な様子ではない。気の抜けた顔は依然そのままだが、その話を聞いたシルクは少し緊張していた。冷静に受け止められる話ではない。そう言われるとどうしても気になってしまう。

 彼女の様子とは正反対に、キリは再び背もたれに体を預けて寝転ぶ。

 

 「まぁ、心配はいらないさ。だってルフィだし。自力でなんとかするよ」

 「うん……そうだよね」

 「むしろ迷子になることを心配しないと。これがあれば安心だろうけどね」

 「そうだね。じゃあホーキンスには感謝しなきゃ」

 

 シルクはにこりと微笑んで緊張を解いた。

 ビブルカードを大事そうにポケットの中に仕舞って、失くさないように注意しようと決める。これさえあれば少なくとも彼を見つけることは可能だ。大事な物には違いない。

 

 「他の一味はもう動き出してるんだろうね。金獅子の傘下を潰したり、情報収集したり、協力者を募ったり……やり方は様々だ」

 「私たちも動かなきゃね」

 「だね。さて、何から始めたものか」

 

 キリは目を閉じて眠ろうとしているかのようだった。

 そんな彼の態度を気にせずシルクはルフィたちの背中を眺めている。

 

 始めると言ったところで、海賊同盟に始まり、大海賊との抗争、あまりにも規模が大きな話で何から手をつけていいものかわからない。今はまだのんびりできているがやがてシキと正面から向き合った時、間違いなく大戦争になる。そのための準備をした経験がある者が居るはずもなかった。

 

 同盟締結からその後の指針の決定まで、しばらく尽力していたキリは現在、何も考えたくないと言わんばかりにぼんやりしている。もうしばらくはこのままだろう。

 ちらりと彼を確認したシルクはすでに理解していた。

 時として真剣に頭を働かせる彼は、その後しばらくは何もしなくなる。クロコダイルの呪縛から逃れて緊張から解かれた今なら尚更だ。彼女は急かそうとは思っていなかった。

 

 「私たち、これから仲間を探すの?」

 「或いは協力者を探すかだね。どんな些細なことでもいい、武器や食料や、何かしら協力してくれる人が居た方がいい。別に海賊じゃなくても問題ないから」

 「協力者か……見つかるかな?」

 「相手の状況によるかな。対価が要るのか、要らないのか。契約か無償か。一番いいのはシキの傘下が町を荒らして、それをボクらが助けるとかだね」

 「それで私たちの印象が良くなるって? なんか悪いことしてる気分……」

 「海賊だから良いことなんてしないさ。人助けをするならルフィの気が向いた時か、ボクが判断して利がある時のみに限る」

 「そっか。うん、そうだと思ってた」

 

 思考としては正常でない、悪辣としたものだが、彼がそう言い出すことはわかっていた。

 驚かなかったシルクは比較的平然と受け止める。

 出会ったばかりの頃ならもう少し強く止めたかもしれない。しかし今はあの頃よりも彼のことを深く理解している。敢えて跳ね除けようとは思わない。

 

 そうでもしなければ生き残る方法がないのだ。

 これだけのんびりした時間を過ごしながら、その実危機的状況にある。

 海賊として生き延びることを考えて、そうするしかない。

 

 二人で話していたその時、突然ウソップが大声を上げた。

 魚が釣れたのだろうかと改めてその背を見ると、どうやら違うらしいことが伝わる。

 

 「たた、大変だぁ!? メリーが動いてるぞ!」

 

 ウソップの焦った声を聞いて視線を移動させてみる。島の近くで錨を下ろして停泊させておいたゴーイングメリー号が動き出しているのである。波に攫われている訳ではない。誰かが錨を上げて動かしている以外にあり得ないのだ。

 呑気にその様を見ていたルフィはまだわかっていなかったらしい。不思議そうな顔でメリー号を見て大した反応はなかった。

 

 「なんでメリーが動いてんだ? ……動きたくなったのかな」

 「んなわけねぇだろ! 船泥棒だよ! 誰かがメリーを盗もうとしてんだ!」

 「なにぃ!? 船泥棒!?」

 「当たり前だろうがっ! おいキリ、船に戻れるか! 船泥棒を捕まえるんだ!」

 「よし、おれが――!」

 

 ウソップに言われてようやく状況を理解したルフィが腕をぐるぐる回す。その場から腕を伸ばして船を掴んで飛ぶ気らしい。

 それを見た頃になってキリが手を上げた。

 慌ててはおらず、姿勢を変えようともしない。さっきまでと同じ体勢で居た。

 

 「ちょっと待った。多分大丈夫」

 「はぁ!? 大丈夫って、メリーがどっか行っちまうんだぞ! 今すぐ止めねぇと!」

 「多分止めてくれるよ。心配いらないと思う」

 

 冷静というにはあまりにも無関心な態度に少しカチンときたものの、理由もなくそんなことを言い出す男ではないはずだ。ウソップは険しい顔のままキリの下へ移動する。

 大丈夫だと主張する理由は何なのか。

 彼が言うから大丈夫なのかもしれないが、親友からもらった大事な船だ。やはり気分は落ち着かないままウソップは理由を問いただした。

 

 「どういう意味だよ。船には誰も残ってないだろ? サンジたちは町に行ってるし」

 「いや、起こしても起きないから置いてきたんだ」

 「ん? ……あぁ」

 「ボクらが居るのすぐそこだからさ。起きたら勝手にこっち来ると思ってたから」

 

 どうやらその言葉だけで全てを理解したようである。

 あれだけ慌てていたウソップは唐突に冷静さを取り戻し、何一つ心配していない顔で振り返ると島から遠ざかろうとするメリー号に目を向けた。

 彼の変化を感じ取り、ルフィは首を傾げる。

 シルクはキリの言葉で気付いていたが、離れた場所に居た彼はよく聞こえなかったのだ。

 

 動き出したメリー号には彼らが想像した通り、船を動かす人物が居た。

 厚手のコートを着て、頭にゴーグルを着けた男が帆を張る作業を行っていた。帆船を一人で動かすのは決して簡単なことではないが、彼も船上での生活が長いのか、手を止めることもなく素早い作業で帆を張り終える。

 

 帆が風を受けて、徐々に島から離れていく。

 目視で確認した彼は船の後方に目を向けて問いかけた。

 

 「どうだアキース。あいつらは動いたか?」

 「いいや! こっちには向かってこないみたいだ! このまま逃げ切れる!」

 「そうか。思ったより上手くいった」

 

 双眼鏡で砂浜を確認し終え、勢いよくメインマストの傍へ走ってきたのは小さな子供だ。

 長身の男、ボロードと、小さな子供、アキース。

 まだ広くは知られていなかったが、二人を指して“泥棒兄弟”。そう呼んでいたのは他でもない本人たちだ。主に海賊たちを標的に盗みを働く彼らは時として財宝を、時には大胆にも海賊団の船を盗んでしまう。相手を吟味し、確率が高い時しか動かないため、大きな失敗もない二人組だ。

 アキースが諜報、索敵を行い、ボロ―ドが実行犯として動く。

 今回は突発的ではあったが、船に人気がないと見て犯行に及んだのである。

 

 徐々に島を離れていくのを確認しながら、安堵する二人は笑みを浮かべていた。

 邪魔は一切入らなかった。今頃は島に残った者たちが気付いているかもしれないが追いつく術などないはず。今回の盗みも大成功。そう思ってほっとしていたのだ。

 

 「やったなボロード! 今回は帆船だぜ!」

 「ああ。少し小型だが物はいい。傷も少ないし、良い物もらったな」

 「言っとくけど、俺が見つけたから盗み出せたんだぜ。あいつらバカそうだし、ちっとも気付かないからいけるって思ったんだ」

 「わかってるよ。だが船を動かしたのはおれだ。一人だけの手柄にすんなよ」

 

 上機嫌で会話する程度には彼らの喜びは大きかった。

 互いに笑顔で、ボロードが手を上げると背が低いアキースも精一杯右手を上げた。

 

 「おれたち泥棒兄弟は最高のコンビだ!」

 「おれたちに盗めない物なんてない」

 

 喜びからハイタッチしようとしたその瞬間、ガチャッと扉が開けられる。

 突然の事態で呆けた二人は手が触れる前に動きを止めた。

 船室から現れたのは、扉越しにはっきりと彼らの発言を聞き取っていたゾロであった。彼は意地が悪そうな笑顔を二人に向ける。

 

 「惜しかったな、泥棒兄弟。おれが居なけりゃ成功だった」

 「なっ!? まだ人が居たのかよ!」

 「待て、アキース。落ち着け。おれが話す」

 

 船を動かすことに精一杯で、船内の確認までは手が回らなかったらしい。

 ただ一人男部屋で眠りこけていたゾロは仲間たちに置いていかれ、船上の気配に気付いて目覚めたようだった。

 これは彼らにとって不測の事態。だがボロードは落ち着いていた。

 

 手で押しやってアキースを下がらせ、ゾロの前に立つ。

 冷静な面持ちのボロードは彼と対等に話そうとしていた。

 その様子を感じ取ってゾロも彼に注目する。

 

 「船を盗もうとしたことは悪かった。だが話せないか? おれたちにも事情がある」

 「悪いがお前らに興味はねぇ。さっさと船を戻してくれ」

 「お前たちにも利益がある。当然、おれたちにも。取引をしたいんだ」

 「そういうのはうちの副船長にしてやってくれ。おれには関係ねぇ話だ。まずは島に戻ってもらおうか。話はそれからだろ」

 

 ボロードの冷静な語りに対して、ゾロは興味がないと突っぱねる。

 まるで聞く耳を持たないのを感じたのか、意を決したボロードは銃を構えた。懐から素早く取り出して、銃口の狙いはゾロの胸に定める。

 

 「悪いがおれたちも手段を選んでいられない。手土産が必要なんだ」

 「やめとけ。それじゃおれは仕留められねぇよ」

 「殺すつもりはない。ただ話を聞いてほしいだけだ」

 「だとしても意味はねぇよ。脅迫に屈するようなタマに見えたか?」

 

 にやりと笑った瞬間、ゾロは動いた。

 直立不動だった姿から一転、姿勢を低く、反応を許さないほどの速さ。まるで獣のようだ。

 咄嗟に怯んだボロードが腕を動かそうとした時には、すでに抜かれていた刀で銃身が斬り飛ばされていて、気付いた時には甲板でカツンと音がした。

 

 銃と刀。圧倒的優位に立っていると思っていたがとんでもない。

 首筋にそっと刃を添えられ、冷や汗を流したボロードは指先一本すら動かせなくなった。

 

 「ボロード!?」

 「下がってろアキース……! そこを動くな……」

 「お前らの命に興味はねぇ。おれが言ってんのは一つだけだ。さっさと、船を、戻せ」

 

 右手に残った銃の残骸を捨て、恐る恐るボロードが両手を上げる。

 降参するしかない。

 表情は強張っていたが彼の思考は速く、この状況でも生き残るべく、いまだに諦めてはいない。

 

 「わかった……船を元の位置まで戻す。それでいいんだな?」

 「ああ。あとのことは船長に任せるよ。副船長に目ぇつけられねぇように祈っとけ」

 「船は戻すが、話は聞いてほしい。こうなった以上、おれはあんたたちと手を組みたいんだ」

 「この期に及んでまだ言うのか? 好きにしろよ。おれァどうでもいい」

 

 ゾロは刀を納めた。

 その途端にボロードはがくりとその場に崩れ落ち、膝をついて座り込んだ。慌ててアキースが彼に駆け寄って顔を覗き込む。

 

 「ボロード! この野郎ォ……!」

 「よせアキース。やめろ」

 「言っとくが船を盗もうとしたのはお前らだ。暴れるってんなら相手になるが?」

 

 この状況を歯牙にもかけていない様子でゾロは淡々と告げる。

 流石に勝てるはずがないと踏んだのか、アキースは暴れようとはしなかったが、敵意を込めた目で彼を睨みつける。ボロードは彼を止めるように腕を掴んだ。

 

 盗むことには失敗した。だが全て台無しになった訳ではない。

 ボロードは尚もゾロに語りかけた。

 

 「お前ら、有名な海賊だろう。手配書を確認した……麦わらのルフィの一味だな?」

 「だったらどうした?」

 「手を貸してほしい。おれはお前らに会えたことを幸運だと思ったんだ」

 「船を盗めるからか? 大した交渉だな」

 「いいや。船を盗んだのは、ある海賊と戦ってほしかったからだ。嘘をついて利用しようとしたのは悪かった。結果的に失敗したわけだが……今からは本当のことを言う」

 「おい、それよりも先に船を元の位置にだな――」

 

 ゾロが呆れた顔で髪を掻くも、真剣な顔のボロードは止まらない。

 彼を見つめて熱心に伝えてくる。

 

 「お前たちの力を借りたい。ある島を、海賊たちの手から救いだしてほしいんだ」

 

 その提案を聞いてゾロはぴくりと眉を動かした。

 海賊に持ちかける話としてはらしくない。何を期待してそんなことを言っているのか。確かに彼らはアラバスタを海賊の手から解放する一因となったが、その話は広まっていないはずだ。

 よもや麦わらの一味を慈善団体と認識しているのではあるまいか。

 呆れたゾロは島に目を向けて呟いた。

 

 「そういうことはうちの副船長に言え。上手く乗せれば、可能性はあるかもな」

 

 気まぐれなルフィはどう動くかわからないが、彼なら利があると知れば動く可能性はある。

 彼がそう告げるとボロードは力強く頷き、一方でアキースは困惑した顔だった。

 溜息をつき、ひとまず島に戻るのを優先すべく、ゾロはもう一度二人を急かして船を動かす。

 


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