ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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トランプ兄弟

 警報が鳴り響いてすぐ、城の最上階に急ぐ者たちが居た。

 ピエロのように白い顔と派手な服装、顔には斜めに傷跡が残る、ビンジョーカー。

 白い毛で作られた特殊なスーツを着た小柄な中年、スカンクワン。

 トランプ海賊団の幹部である二人は船長の下へ向かうべく階段を上っていた。しかしその途中で上から轟音が聞こえてきた。非常事態だと気付いたのである。

 

 最上階の玉座へ飛び込んだ瞬間、ベアキングが入り口近くの壁に激突した。

 部屋を見渡せばすでに倒された兵士たちが転がっている。

 驚愕する二人はそれをやった本人、見知らぬ三人をすぐに発見した。

 

 「船長! これは……!」

 「一大事だガス!? こいつらいつの間にここまで!」

 「くそぉ……ガキどもが舐めやがって……!」

 

 ダメージは受けている様子で、腹や肌に汚れは目立つが、いまだ目立った傷がないベアキングは即座に立ち上がった。駆けつけた二人を気にすることもなく自身を襲う三人へ向けて叫ぶ。

 

 「おれ様はカチカチの実の鋼鉄人間だぞ! てめぇらがどんな攻撃をしようがおれ様には一切通用しない! 無駄な足掻きだなァ!」

 「なるほど。道理で妙な感触だ」

 「へっ、全身が鉄の硬度ってわけか。ちょうどいいな」

 「新手が来てるよ。二人共注意してね」

 

 シルクが持ってきた鞄から武器を取り出し、ゾロとシルクはすでに武装していた。

 ゾロは腰に三本の刀を差し、その内二本を両手に持ってベアキングを見据えていた。

 その姿を見た途端、ビンジョーカーが顔色を変える。

 

 「あいつは……!」

 

 彼が血相を変えて剣を抜くことにはさほど注目せず、三人は新手を見て冷静に話し合う。

 ここまでの戦闘で相手の力量はわかった。彼らの相手になるほどではない。

 

 「新手か。面倒だけど、向こうの負担が減ること考えたらやるしかないか」

 「そうだね。町に向かわれるの嫌だし、倒さなきゃ」

 「そっちは任せる。おれはあの鋼鉄人間だ」

 

 好戦的に笑うゾロを見てキリが肩をすくめた。

 

 「本当に鉄が斬れるかどうか。試し斬りにはちょうどいい」

 「ずいぶん嬉しそうだね。まぁ別にいいけど」

 「ロロノア・ゾロ!」

 

 突然ビンジョーカーが駆け出した。レイピアを抜いて鋭く突き出し、ゾロの首筋を狙う。当然反応した彼は刀の腹でそれを受けた。

 接近を許したことで至近距離で向かい合う。

 ビンジョーカーはその目に激しい怒りを映していたが、ゾロは訝しげに彼を見ていた。興味など欠片も無さそうな冷めた目である。

 

 「私を覚えているか? 数年前イーストブルーに赴いた際、貴様と斬り合ってこの顔の傷を付けられた男だ……! あの日以来、私は貴様への復讐を忘れたことはなかった!」

 「覚えてねぇな。お前誰だ?」

 

 相手の熱意とは裏腹に、にべもなく、あっさりと斬り捨てた。

 予想しなかった返答を受けてビンジョーカーは激昂したが、相手をする気はないと言いたげにゾロが剣を払う。彼の意識は今、ベアキングにしか向けられていなかったようだ。

 

 「斬った奴をいちいち覚えちゃいねぇよ。強い奴以外はな」

 「貴様ッ……!」

 「今の一太刀でわかった。何年前か知らねぇが、今やっても同じ結果だ」

 「ふざけるなァ!」

 

 ビンジョーカーが大きく剣を振りかぶった。その隙をついて横からキリが襲い掛かり、紙を束ねて作った巨大なハンマーで殴り飛ばす。ビンジョーカーは受け身も取れずに地面を転がって壁際まで運ばれた。

 武器を担ぎ、キリは呆れた目でゾロを見る。

 彼の態度を知りながらもゾロの視線の先は変わらなかった。

 

 「可哀そうに。一生恨むだろうね」

 「海賊だぞ。恨まれるのが怖くてこんなとこまで来るか」

 「確かに。じゃあ、いいんだね?」

 「おう。言ってもおれも二度目だ。集中したいんでな」

 

 やれやれといった顔のキリがシルクと顔を見合わせ、幹部の二人に目を向ける。

 ビンジョーカーは悔しげな顔で立ち上がり、スカンクワンはすでに戦闘が始まっていた現状に驚きながら、自らも敵を討つべくスーツを起動させる。

 

 彼が身に着けるそれはねじまき島の技術が生み出した戦闘用のスーツだ。

 攻撃方法は特殊だが、それ故に初めて見る者を驚かせる。

 

 「何が何だかわからないガスが、とりあえずお前らを仕留めるでガスー!」

 

 彼の体を包み込むようなスーツの尻の部分から突然煙が噴き出される。かなりの勢いがあり、それはスカンクワンの体を宙へ浮かせてしまうほどだ。

 特別に作られたガスは異臭を漂わせ、吸い込んだ人間は体の力が抜けてしまう効果がある。

 見た目からしてどうにも強烈な屁にしか見えないが、だからこそ見た者は驚き、近付くことを躊躇い、逃げたところでガスを噴き出す推進力を使って追いかける。小柄な彼にしかできない独特な戦法であった。

 

 三人に吸わせようとガスを噴射させるスカンクワンは、ともすれば室内をガスで満たしてやろうとさえ考えていた。ガスの効果を知っているベアキングやビンジョーカーならば危険を感じればすぐ室外へ避難するだろうと考えてのことだ。

 その攻撃を見た三人は呆れ返る。

 特にシルクの目は冷たく、二人とアイコンタクトを取ると剣を構えた。

 

 「このガスを吸い込んだ人間は体の力が抜けてふにゃふにゃになるでガス! お前たちのことはその後でじっくり調理してやるで――」

 「鎌居太刀(かまいたち)!」

 「ガス~っ!?」

 

 シルクが剣を大振りすると同時、突如吹き荒れた風に巻かれてスカンクワンが吹き飛んだ。

 窓ガラスを割るほどの強風でガスと共に室外へ運び出され、姿勢の制御ができない彼の視界は目まぐるしく回り、訳も分からず両手足をバタバタ動かす。

 

 悲鳴を発しているとふっと頭上に影が差して、彼の視線はそれを捉えた。

 空中に自ら飛び出してきたキリだ。

 彼は小さな紙切れを重ね合わせ、ロープのようにして振るとスカンクワンの首に巻きつけ、両手で握って思い切り回転し始める。キリを軸にしてスカンクワンの体は円を描いて振り回された。その速度は抜け出すことを許さないほど速い。

 

 白目を剥きながらも抜け出そうと思って、咄嗟にスーツの機能を使い、ガスを噴射しようとした彼だったがそれは叶わなかった。スーツの尻の部分には紙が張り付けられており、まるで金属の如く硬いそれは一切剥がれない。噴射されるはずのガスを全て押さえつける。

 行き場を失ったガスは、彼のスーツを見る見るうちに膨らませていった。

 

 「ぐえええぇ……!?」

 

 そしてついに彼を投げ飛ばしたキリは、スカンクワンを頭から壁に激突させ、衝撃でガスを溜め過ぎたスーツが爆発したのを確認した。

 彼自身は紙を使って城の外壁に張り付いて、落下していくスカンクワンを眺める。

 

 「くさっ。いくら強くなるためでもあれは使いたくないなぁ」

 

 漂ってきたガスの臭いに顔をしかめ、苦しげに退散する彼は能力を利用して壁を登っていった。

 最上階に戻れば尚も続く戦闘を目撃する。

 部屋の中では風が荒れ狂い、その中心に立つシルクとビンジョーカーを発見した。

 

 「おお、やってるやってる」

 

 指揮棒を振るかの如く剣を振るい、彼女の意思によって風が吹く。

 触れる物を切り裂く風はますます力を増すばかりで、ただ突っ立ったままでそれを眺めることしかできないビンジョーカーは言葉を失っていた。

 ロロノア・ゾロを殺すはずが、こんな小娘に。

 風の中心地で微笑むシルクに対して、信じられないという視線を向ける。

 

 予備動作を終えたシルクが剣を止めた。そして改めて構える。

 その姿を見てビンジョーカーは悔しげに歯噛みし、襲い掛かる恐怖を打ち払おうと叫んだ。

 

 「行くよ」

 「ぐっ……うおああああっ! ハリハリ剣!」

 

 彼はゾロを倒すため考案した技、相手に刺されば体を痺れさせる羽を無数に飛ばすが、それさえも吹き荒れる暴風に彼方へ運ばれてしまう。

 為す術もない彼に対し、一閃。

 剣を薙ぐ動作で凄まじい風が吹き、ビンジョーカーの全身をズタズタに切り裂くと共に、彼の体を城の外へと吹き飛ばした。

 

 どれくらい吹き飛んだか。おそらく島の外までは行っていないだろうが、城から離れた場所にある町には届いたかもしれない。それくらい彼の姿は遠くに飛んでしまった。

 ビンジョーカーが飛んでいった軌跡を眺めていたキリは、シルクに振り返る。

 吹き飛ばしたのは彼女だが、本人も少なからず驚いていたようだ。

 

 「やり過ぎちゃったかな?」

 「いいんじゃない? 負けた奴が悪いんだよ、この業界は」

 

 シルクが暴れたことで室内はひどい有様だった。

 物は散乱し、石造りの壁には深い傷がいくつも刻まれ、周囲を囲っていたガラスは全て割られて一枚も残っていない。凄まじい戦闘があったのだろうと連想させる光景だ。

 

 想像よりも簡単に終わったが、幹部は二人倒した。

 おそらく自分たちの役目はほぼ終わりだろうと彼らは考えていた。

 

 しばし部屋の中を眺めてからキリが尋ねる。

 ほんの一瞬、外へ飛び出したその間にゾロとベアキングの姿が消えていた。

 決着がついたのならどちらかが倒れているだろう。しかしどちらも居ないため、何かあったのだろうとシルクに確認してみると、やはり彼女は知っていた。

 

 「で、ゾロは?」

 「敵を追いかけて下に行ったよ。急に逃げ出しちゃったから」

 「まずいな。実力はともかく、迷子を利用されると逃げられる可能性がある」

 「ふふっ、大丈夫だよ。振り切れるスピードじゃなかったし、見失わなければちゃんと追いかけられるから」

 

 心配するようでいながら茶化しているだけだった。二人共ゾロが負けるとは思っておらず、敵を逃がすこともないだろうと考えている。

 ベアキングのことは彼に任せておけばいい。

 他の任務を遂行すべく、二人も階下に向かって歩き出す。

 

 「さて、その間にボクらは残党狩りだ。一人でも残すと町の人が迷惑する」

 「そうだね。決着はつけないと」

 

 二人は幹部以外の戦闘員を処理すべく、急がずに悠々と階段を降り始めた。

 

 一方、不利を悟ったベアキングは城内を必死に走っていた。

 正面から戦うのはまずい。悪魔の実の能力があるというのにそんな行動に出たのは、理屈ではなく気付けばそう思っていたからだ。理由は説明できないものの、おそらくあのまま戦っていれば最悪の結果になると予想していた。

 

 ビンジョーカーとスカンクワンが到着するまでのほんの数分間。三人を同時に相手にしたベアキングは全く歯が立たなかった。ゾロの豪剣に、キリの柔軟な戦法、シルクのかまいたち。優れた連携で一方的に攻撃され、拳を振るっても一度も当たらなかった。

 カチカチの実を食べた影響で、全身が鉄のように硬く、最悪の結果には至らなかったとはいえ、勝てないと判断するのは決して間違いではない。だが彼はまだ諦めてはいなかった。

 あの場所に行けば。あれさえあれば負けるはずはない。

 ベアキングは目的を持って急いでいた。

 

 「くそっ、ガキどもめ……! 今に目に物見せてくれる!」

 

 ベアキングが荒々しく扉を開けて飛び込んだのは開発室だった。

 新兵器の研究・開発を行っている広い一室には白衣を着た多くの研究員が居て、そこに集められているのはねじまき島の住人だった。侵入者の報に怯えていた彼らは突然現れたベアキングにも怯えていて、怒りの形相を見てさらに体を小さくする。

 

 「アレはできているか!? 今すぐ準備しろ!」

 「ベ、ベアキング様、侵入者があったというのは本当なのですか?」

 「うるさい! 余計なこと言ってる暇があったら早く持ってこい!」

 

 荒々しく歩くベアキングは突っ立ったままの研究員を手で払いのけ、自身の巨体が当たる机や椅子をひっくり返しながら部屋の奥に向かう。

 そうすると目的の物を見つけた。

 彼は勝ち誇った様子で笑顔になる。

 

 ベアキングが最終兵器として開発を進めさせていた、通称“キング砲”。

 従来の大砲よりも殺傷力を倍増させ、石造りの壁も容易に貫通し、誰にも止められない砲弾で圧倒的な攻撃力を得る。そのための特殊な大砲だ。

 

 完成の報告は聞いていないが、すでに形になっていたそれを見つけて上機嫌になった。

 歩み寄ろうとするベアキングに主任らしき男が慌てて駆け寄る。

 

 「お待ちくださいベアキング様! キング砲はまだ調整が済んでいません!」

 「やかましい! これを使って奴らを木っ端微塵にしてやる……!」

 

 にやりと笑ってベアキングはキング砲に手を伸ばそうとした。

 その瞬間、地面が勢いよく破壊され、階下から血反吐を吐くブージャックが吹き飛んでくる。彼の体はキング砲を押し上げ、そのままの勢いで天井に激突する。

 つい数秒前まで笑顔だったベアキングは絶望していた。

 ブージャックの体と天井に挟まれたキング砲は、強い力が加わって粉々に破壊され、その姿は一瞬にして無残な物に変化してしまう。

 

 飛んできたのはそれだけではなかった。

 ブージャックの腹に突き刺さり、階下から伸びる腕が下へ縮んでいく。

 それを見送った直後、殴り飛ばした当人であるルフィが勢いよく飛び上がってきた。

 

 「ん~ゴムゴムのォ~!」

 「も……もう、無理……」

 「暴風雨(ストーム)!!」

 「ゾナ~~!?」

 

 回転しながら次々繰り出される無数の拳がブージャックの全身を打った。彼の体はさらに上の階へ押し上げられ、天井を破壊して上へ上へと向かっていく。そしてとどめの一撃を受ける頃、ブージャックは気絶し、最上階の天井を破壊して空へ投げ出された。

 攻撃を終えたルフィは自身が開けた穴を落下してくる。

 あんぐり口を開けるベアキングの前を通過して、さらに階下へ姿を消した。

 

 「にっしっし! おれの勝ちだー!」

 「な、な、な……!? お、おれ様の、キング砲が……!」

 

 身軽に着地したルフィを見てハニークイーンはわなわなと震えていた。

 強過ぎる。こんな相手に何をしたところで勝てるはずがない。

 怯えきった彼女は咄嗟にトロトロの実の能力を使って逃げ出そうとした。全身を粘度の高い液体に変化させてその場からの逃亡を図る。

 

 「ひぃいいいっ!? なんなのこいつ!? もう無理! 相手にしてらんない!」

 「だめよ、逃げちゃ。私が怒られるもの」

 

 地面を滑って逃げる液体を目撃して、ロビンは能力を使用した。

 彼女の戦法は見ていた。全身、或いは体の一部を液体化させて相手を拘束したり、呼吸器を包んで窒息させたりする。ロビンには通用しない戦法ではあったが中々強い能力だ。そして彼女の能力なら些細な隙間や小さな通路を使って逃げられることも察していた。

 

 ハニークイーンは自身が通るようにと専用のホースを城中に張り巡らせており、そこへ飛び込んで彼女たちを撒こうとしていた。だがそれを察したロビンは戦闘中にホースの近くへ、何の変哲もない樽を移動させていて、ハニークイーンが逃げ出したのを見計らってそれを動かした。

 ホースへ飛び込もうとした彼女を樽で受け止める。

 殴られても効かないトロトロの体は、しかし自在に形を変えられるためにどんな物にでも入ってしまえる。逆を言えば閉じ込めることも難しくはないのだ。

 

 恐怖で焦っていた彼女は勢いよく樽に入りこんでしまい、それから驚愕した。

 慌てて引き返して外に出ようと思った頃には、樽の側面に生えた手が蓋を閉めてしまい、密閉されてしまう。ハニークイーンは中で必死に暴れるのだがガタガタと樽が震えるだけだった。

 

 鮮やかな手つきでハニークイーンを捕縛したロビンはいつもの調子で微笑む。

 彼女にしてみれば勝つことが難しい相手ではない。いわゆる楽勝というやつだった。

 

 「面白い能力だけど、使い方はもう少し考えた方がよかったわね」

 

 地面に開けられた穴から上下を見たベアキングはいまだ冷静にはなれず、状況を理解することもできずにただ呆然と突っ立っていた。

 その背後へ、悠々と歩いて落ち着いたゾロが足を止める。

 気配に気付いて振り返ったベアキングは、彼の姿を見て怒りを再燃させた。

 

 「貴様ら……誰に喧嘩を売ったかわかってるのか?」

 「さぁな。興味はねぇよ。お前らが誰かなんてのはな」

 「おれ様はっ……トランプ海賊団の船長だぞ! この島の支配者として君臨してきた! 金獅子が姿を現す前からのことだ!」

 

 激昂したベアキングは振り返って大股に歩き出す。

 真っ正面からゾロへ向かい、振るうために拳を硬く握りしめていた。

 

 「この島でおれ様に逆らう奴は全員死刑だ! 無論貴様ら全員もな!」

 「そうかい。じゃあそうしてくれ」

 「ただの剣士がこのおれに勝てると思ってるのか! おれ様の体は鋼鉄だ! カチカチの実の力にそんな鈍らが勝てるわけねぇだろう!」

 「体が鋼鉄? だから都合がいいんだろうが」

 

 にやりと笑うゾロは、自分より何倍も体が大きい彼を見て微塵も怯んでいなかった。

 その事実にさらに腹を立て、ベアキングは拳を振り上げる。

 刀を鞘に仕舞っていたゾロはその行動を見てから一本の刀を掴んだ。

 

 「このおれ様を、舐めるなァ!!」

 「一刀流、居合」

 

 ベアキングが拳を振り抜いた時、忽然とゾロの姿が消えていた。殴った感触はない。まるで最初からそこに居なかったかのように姿が見えなかった。

 ぞくりと背筋が泡立ち、いつの間にか背後に立っていることに気付いた。

 怒りに任せて即座に振り向いて殴ろうとする。

 その前にゾロが刀を鞘に納めた。

 

 「獅子歌歌(ししそんそん)

 

 瞬間、ベアキングの体から血が噴き出した。

 深々と刻まれた一文字の傷は明らかに刀でつけられたもの。カチカチの実を食べて鉄のように硬い肉体を手に入れたはずの彼が、ただの刀で斬られたらしい。

 驚愕するベアキングは体から力が抜けるのを感じ、思わず地面に膝をついた。

 

 信じられない。何が起こったのかわからない。

 久しく感じていなかった痛みに呼吸を乱しながら視線を上げる。

 こちらに振り向いたゾロは当然と言いたげに悪そうな笑みを浮かべていた。

 

 「良い感覚だ……ありがとよ。お前が居て助かった。ようやく掴めたからな」

 「て、てめぇは、一体何なんだ……」

 「海賊だ。それ以外に見えたか?」

 

 目にも止まらぬ速さでゾロが刀を抜いた。

 とどめを刺すかのようにベアキングの体へもう一筋の刀傷が刻み込まれ、血を吐き出しながら彼は意識を失って倒れる。

 血ぶりをして、刀を納めれば静寂に包まれる。

 辺りを見回したゾロは物も言えない研究員たちを確認し、つまらなそうに呟いた。

 

 「終わりか? ずいぶん張り合いがねぇ……もう少しマシな奴らかと思ったが」

 

 言うだけ言ってゾロは部屋を出ていこうとする。そこに居た人間を一人でも斬ろうとする素振りは見せなかった。ベアキングだけを斬って去ろうとしたのだ。

 徐々に状況を呑み込んでいく。

 ねじまき島を支配していた男が、血だまりに倒れて気絶していた。

 

 思わず、抑え込まれていた感情が爆発する。

 わっと歓声に包まれた。

 どうやら支配から解放されたようだと感じ取った研究員たちは喜びを露わにし、互いに抱擁してこれまでの我慢を称え合い、自分の感情を素直に表現する。

 歓声と笑顔が抑えられず、数年ぶりに心からの笑顔になった。

 

 一同の騒ぎを見てゾロは少し驚き、そういうものかとすぐに納得する。

 同じような経験なら以前にもあった。

 彼はさほど大きな反応は見せないまま、とりあえず仲間と合流するため適当に道を選んで進む。

 


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