ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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オーシャンズドリーム編
同乗者


 「ゼハハハハ! こりゃうまい!」

 

 大口を開けてチェリーパイにかぶりつきながら、マーシャル・D・ティーチは笑っていた。

 上機嫌に口角を上げて、酒を片手に、食べ合わせなど気にせずに食事を楽しんでいる。

 チェリーパイをリクエストしたのは彼だった。好物らしく、元々余裕を窺わせる態度ではあったが一口食べた後では隙を見せるほどであった。彼が現在乗っているのは自身の船ではなく麦わらの一味の船、ゴーイングメリー号。そのことに微塵も不安を抱いていない。

 

 ルフィは彼の隣で肉の塊を食べていた。

 サンジの料理を褒める彼に対して緊張することもなく言ってのける。

 

 「当たり前だ。サンジの料理はうめぇだろ。まずいなんて言ったらぶっ飛ばすぞ」

 「ぶっ飛ばす? お前が? ゼハハハハ、それはそれで面白そうだ。まぁ好きな味じゃねぇのは確かだがな」

 「さっきうめぇって言ったじゃねぇか」

 「否定はしねぇよ。だが人には好みってもんがある。わかるだろ?」

 

 言った途端にルフィが大口を開けて肉に噛みついたため、答えは得られなかった。

 気にせずティーチは周囲に目を向ける。

 

 「お前らは食わねぇのか? そんな顔してても状況は変わらねぇ。今はまぁ食えよ」

 

 周囲に居た面々は座ることもなく、リラックスした状態のティーチを見て警戒していた。一時船に乗ることを許可したとはいえ、まだ素性の知れない海賊。何よりキリが警戒している様子を見て仲間たちも彼を危険視していたようだ。

 何も気にせずに話せるのはルフィだけだ。もし暴れ出すようならぶん殴ればいい。そんな風に考えている彼以外、ティーチに向ける視線は厳しいものだ。

 

 彼の言葉に反応したのは一人だけだった。

 キリが歩み寄って彼らの傍に座り、輪に加わってチェリーパイの一欠片を手にする。ティーチは好意的にそれを見ていた。

 

 手にしたチェリーパイを口にしながら、彼の表情は変わらなかった。

 味は良い。だが緊張感は拭えず、ティーチに目を向けると真剣な声色で尋ねる。

 

 「計画があるって言ってたね。それは金獅子を倒すための計画? それとも、何か別の?」

 「まだ全てを教えるわけにはいかねぇ。時が来ておれたちの関係が良好なら教えてやるかもな」

 「良好なら、ね」

 「わかってるはずだろ? 海賊の同盟に絶対なんかねぇのさ。お前らがおれを信用してねぇようにおれもお前らを信用しちゃいねぇ。まだ始まったばかりだ」

 

 キリは肩をすくめて、ティーチは小さく頷いた。

 

 「だが同盟を作るってのは良い手だ。実はうちも戦力が不足しててな。これだけ海が混乱してる状況だ、上手くいきゃ手駒を増やそうと思ってる」

 「言っとくけど、ボクらは手駒にはならない」

 「わかってるさ。命令に従いそうもねぇしな。そりゃこっちで探すから心配はいらねぇ」

 

 豪快に笑ってティーチは嬉しそうだ。

 敵か味方か、取り囲まれているこの状況でも笑えるのは大物に違いない。

 周囲の視線は厳しくなる一方だが、彼は微塵も気にしていなかった。

 

 「何から何まで良い展開だ。金獅子の登場もお前らの同盟もな。ここ数年でこれほど海が荒れていることがあったか? どうやら天はおれに味方するつもりのようだぜ」

 「どうかな。まだ始まったばかりだ」

 「ゼハハハハ! 今にわかる」

 

 敵意を滲ませるような、それでいて友好的に接するような態度のティーチに、キリを始めとした一味の面々は自分の船だというのに気が休まらなかった。

 そもそも彼を乗せていていいのか。

 いまだにその判断が正しいかどうかわからない。

 

 離れた位置から見ていたチョッパーは隣に立つナミを見上げた。

 怖がりな彼女が不安そうにしているのはわかっている。

 気持ちはチョッパーも同じで、ティーチに向ける眼差しは決して安心していなかった。

 

 「あいつ、黒ひげって言うんだよな?」

 「そうみたいね。本人がそう言ってたし」

 「それって、おれの故郷を襲った奴だ」

 「そういえばそうだったわね……」

 「キリ、あいつのこと仲間にするつもりなのかな……」

 

 不安そうなチョッパーの呟きを聞き、ナミは彼の顔を覗き込む。

 

 「チョッパーは嫌?」

 「うーん……わかんねぇ。あいつのせいでいっぱい人が怪我したし、おれの故郷だし、好きにはなれねぇけど」

 「それが当然よね」

 「でも、シルクだってそんな海賊好きじゃねぇし、ナミもアーロンのこと嫌いなんだろ? だけど仲間にしたって聞いたから……海賊にはそういうのも必要なのかなって、思ってる」

 

 不安そうではあったが、覚悟を極めた顔にも見えた。

 溜息をついたナミは顔を上げ、話をしている三人を確認する。

 

 「そうね……ついていく相手を間違えたと思って諦めるしかないわ。だって明らかに普通じゃないもん。あいつらに目をつけられたのが運の尽きね」

 「でも、おれはルフィでよかったと思ってる。他の誰かの仲間になるなんて考えられねぇ」

 「フフッ……それは私も一緒」

 

 ようやくナミが笑みを浮かべた。

 それで少し安堵したのか、チョッパーも表情を柔らかくした。

 

 二人の会話を聞いていたらしいゾロが、壁に背を預けて立ったまま口を開いた。

 顔の向きを変えた二人は彼の姿を確認する。

 いつにも増して厳めしい表情で、片時もティーチから目を離さなかった。

 

 「どうせ一時の関係だ。いずれは敵になる」

 「あいつが?」

 「なんでだ?」

 「海賊だからだ。あいつがおれたちに攻撃しねぇって保証があるか?」

 

 明らかに信用していない顔で素っ気なく呟かれた。薄くだが笑みを浮かべていた二人もそれを聞いて危機感を抱く。不安に揺れた眼差しでティーチの姿を確認した。

 如何にも海賊といった風貌の彼は、同盟の話を聞いて自ら近付いてきた。何も考えていない男がそんな行動を取るはずがない。考え直すとまた不安になる。

 

 そもそも海賊という存在は簡単に信じていい相手ではない。

 ナミは自分が海賊になる前から理解していたが、近頃はチョッパーも言い聞かせられていた。

 

 ゾロの一言で表情が変わったのを見てシルクが口を挟む。

 同様の心情であったことは確かだが彼女は一足先に割り切っている。すでに迷いはない様子で、二人を不安がらせるゾロを叱るようでもあった。

 

 「ゾロ、あんまり不安にさせちゃだめだよ」

 「本当のことだ。いずれわかるだろ」

 「大丈夫よシルク。何かあってもあいつらがなんとかするんだから」

 

 再び笑みを浮かべてナミが軽やかに言う。

 矛先はゾロへ向けられ、彼女がからかうようにして笑顔を向けた。

 

 「あんたもそのつもりでしょ?」

 「お前は自分で何かしようって気はねぇのか」

 「私はか弱いのよ。女の子に無理させるつもり?」

 「か弱い女が自分で言うか」

 

 呆れたゾロがそっぽを向いて黙り込んだ。一方のナミは余裕を醸し出している。

 シルクは二人のやり取りに安堵した。想像していたよりナミは怯えていないようで、ゾロは仲間を守る覚悟をしてティーチを警戒している。

 少し置いていかれた様子のチョッパーだったがそんな二人を見て落ち着いていた。

 

 見ているとティーチは豪快な笑い声を響かせていた。

 ルフィも同様に笑顔になっていて、キリは警戒しながらも笑みを見せている。

 そこへサンジが料理を運んで近付いていった。

 

 「お前らいつまで食ってるつもりなんだよ。言っとくがこれで最後だぞ」

 「え~っ!? もう終わりか!?」

 「当たり前だ。レディに作るならともかくなんでてめぇらに」

 

 そう言いながら皿を置いて、サンジはティーチを見る。その目はひどく冷ややかだ。

 

 「お前、いつまでここに居るんだ?」

 「んん? 気にするな。次の島に着いたら降りるさ。仲間と合流する予定だからな」

 「先に島に行ってんのか? そもそもなんで別行動してんだよ」

 「お前らに会いたかったからさ。会った甲斐はあったぜ」

 

 酒を呑んで喉を潤し、ティーチは自信満々に言う。

 置かれた皿には真っ先にルフィが手を伸ばした。手掴みで肉を食べ始め、話を聞いていない素振りで他のみんなの顔を見る。

 酒瓶を手にしたキリは先程とは違い、薄く笑みを浮かべながらティーチに尋ねた。

 

 「ボクらのことはどこで?」

 「情報屋ってのはどこにでも居る。なんなら教えてやろうか?」

 「いいよ。多少のことは知ってる」

 「お前らの噂は多いぞ。例の七武海の件とかな」

 

 キリはその話を内心嫌がったが、表情には変化を見せなかった。

 ティーチは食事に集中するルフィの顔を覗き込む。おそらく疑問というより確信だっただろうが確認しておきたいことがある。ルフィは素直に答えた。

 

 「クロコダイルをやったのはお前か?」

 「ああ」

 「ゼハハハ。正直な奴だな。だが想像通りだった」

 

 その言葉を聞いたティーチは動じることもなく受け入れる。

 さらに機嫌が良くなって、それに反比例して声は小さくひそめられた。

 

 「この覇気で1億ってのは納得だが、まさか七武海に勝つとはな。想像以上にやるらしい」

 「嘘じゃねぇぞ。ほんとにおれがぶっ飛ばしたんだ」

 「別に疑うつもりはねぇよ。成り上がる海賊ってのはそういうもんだ。計画を立ててチャンスを逃がさず、大敵を討って一気に名を売る。お前らは見込みがあるってことだ」

 「褒めてくれんのか? しっしっし、ありがとう」

 

 ルフィは緊張することもなく自然体だった。傍から見ていたサンジは思わず心配してしまうが、敵かもしれない男の前で指摘する気にはなれずに口を閉ざす。

 次いでティーチはキリに目を向ける。

 平然と視線を受け止めた彼は感情を隠したままだ。

 

 「一味の頭脳は見たところお前か? イーストブルーでも問題を起こしたみたいだな。ありゃ痛快だったぜ。相手は小物だけどなぁ」

 「うちの仲間がひどい目に遭っててね。それでさ」

 「いやぁ、おれが言いたいのはそういうことじゃねぇ。上手く名を上げたなって話だ。新聞屋に海軍に海賊、まとめて利用して自分たちの名を広く知らしめた。あれでお前らの注目度が上がったのは確かだぜ」

 「まぁ、そのための派手なパフォーマンスだしね」

 「その次が七武海のクロコダイル陥落だ。もみ消されちまったが、誰かが暴露してりゃ1億程度じゃ済まなかったろうな。考え直してみりゃ面白いと思ったんだ」

 

 今度はティーチがルフィとキリ、両方に向かって笑顔で言った。

 

 「おれの本音としちゃあ、お前らを仲間にしてぇと思ってる。どうだ? おれの船に乗ってさらに名を上げる気はねぇか? おれァお前らの将来性を認めてるんだ」

 「いやだ! おれは船長がいいんだ」

 「ゼハハハハ! そりゃそうか。まぁおれも同じこと聞かれりゃ同じことを言う」

 

 断られたことも笑い飛ばしてティーチは酒を呑む。

 機嫌を損ねるどころか、少しとはいえルフィを認めるような素振りを感じる。

 奇妙に思いながら、キリは唐突に質問した。

 

 「白ひげのナワバリに詳しい、って言ってたね」

 「ああ。そう言ったな。興味あるだろ?」

 「素直に考えるなら、白ひげの関係者だからと考えられる。詳しく聞いても?」

 「ゼハハハ……お前はいいとこに目ぇつけやがる」

 

 酒瓶を下ろして、ティーチとキリが目を合わせた。

 笑みを絶やすことはない。余裕は失われず、答えを詰まらせることもなかった。ただ今回ばかりは反応が違ったのも確かだ。

 

 「そりゃあ気になるだろうよ。だがだめだ。こればっかりは教えられねぇ。もし教えりゃおれの命にかかわるからだ」

 「なら、良くない話だね」

 「だがこれだけははっきり言っておいてやろう。白ひげの時代はもう終わりだ」

 

 はっきりとした強い口調だ。キリは思わず聞き入る。

 

 「転機は来たんだ。次の時代はおれが作る。海賊王になるのはおれだ」

 

 あまりにも強く、鼓動が跳ねるような衝撃がある。

 キリは表情を意図して変えないまま、大きな驚きを抱いていた。

 もしルフィに出会う前に彼と出会っていたら。そう思わずにはいられない覇気を感じた。それだけにティーチを危険だと感じ、彼の言う大敵になるかもしれないと想像した。

 

 キリが思案する一方、ルフィも反応せずにはいられなかった。

 あっという間に肉を食べ終えて皿を空にした彼は意思の強い目でティーチに言い切る。

 

 「何言ってんだ。海賊王になるのはおれだ」

 「なるほど。お前もそうか……」

 

 ティーチがそちらを向いて、胡坐を掻いた二人が互いに向き合う。

 ルフィは真剣な顔でティーチを見据え、ティーチは笑顔のまま敵意を滲ませてルフィを見る。

 

 「この海にゃそう言う奴が山ほど居る。お前に勝てんのか? 並み居る覇王や海の強者に」

 「勝てなきゃ海賊王にはなれねぇだろ」

 「良い目をしてやがる。ますます欲しくなったが、残念ながら仲間にゃならねぇみたいだな」

 「お前がどこの誰かなんて知らねぇけど、邪魔するんならそん時はぶっ飛ばす。最後に勝って海賊王になるのはおれだ」

 「ゼハハハハ! おもしれぇ! その言葉、覚えとくぜ」

 

 いつの間にか空気が張り詰めていた。

 誰も割り込めないほど、身動きすることすら躊躇われるほど空気が重く、さっきまではあれでも和やかだったのだと思わずにはいられない。船上のクルーは誰もが緊張していた。

 今ならいつ激突してもおかしくないだろう。そう思って向き合う二人を見る。

 結局はそうならず、ティーチが敵意を消したことでその心配はひとまず無くなった。

 

 「だが今のお前じゃおれには勝てねぇな。クロコダイルに勝ったってのは大した話だが、それで勝ちを譲るほどおれも衰えちゃいねぇ」

 「なにぃ? だったら試してみるか?」

 「まぁ待て。おれはお前らを気にいってるんだぜ? それにここで潰し合うより先に金獅子を討ち取る必要があるだろ。おれにも奴の首は必要なんだ」

 

 酒を一口飲んで瓶の中身が空になったことを知り、ティーチが傍らに瓶を置く。しかし今はそれすらも気にならずにルフィへ語り続ける。

 彼は右手に拳を作って彼へ向けた。

 

 「だからこうしよう。お前らに覇気について教えてやる」

 「ハキ?」

 「やっぱり知らねぇか。それでよくクロコダイルに勝ったもんだな。どうやって勝った?」

 「キリがあいつの仲間だったんだ。弱点を知ってたんだよ」

 「ロギアの弱点か。それにしたって大したもんだ。覇気を使ってなかったのか?」

 「なんだよそのハキって。悪魔の実の能力か?」

 「いいや違う。それを今から教えてやるんだ」

 

 ぐっと拳を握ったティーチはそれをルフィに見せながら語り出した。

 

 「覇気ってのは人間だれしも持ってる力だ。だが大抵の奴は眠らせたまま一生を終える。こいつを使うにはそれなりの訓練が必要なんだ」

 「ふーん。おれも持ってんのか?」

 「ああ。使えねぇんだろうがそれなりのもんがある。それに覇気は強くなるからな。多分お前ならこれからもっと強くなるだろう」

 「へぇ~」

 

 理解しているかは微妙な反応だがルフィは真面目に聞いているようだ。

 すぐ傍ではキリが真剣に耳を傾けている。彼も知らない話だ。クロコダイルに従属していた頃にもそんな話は聞かされていない。そのための訓練も受けていなかった。それだけに初めて聞く情報に興味津々だったらしい。

 

 「麦わら、お前能力者か?」

 「おれか? おれはゴムゴムの実を食ったゴム人間だ」

 「パラミシアか。ってことは全身がゴムってことでいいな?」

 「ああ」

 

 ルフィは質問にあっけらかんと簡単に答えてしまった。

 呆れたキリは眉間に皺を作り、諌めるように彼の名前を呼ぶ。それだけで意図が伝わり、視線を寄こしたルフィはハッと気付いた様子だった。

 

 「ルフィ」

 「あっ。これ言っちゃだめだったか?」

 「構わねぇよ。情報が洩れると思って警戒してたか? 別にこの程度じゃどうとも思わねぇ。なんならおれの能力もお前らに教えとこうか」

 

 ティーチの発言にルフィとキリは目を丸くしていた。それぞれ理由は違っただろうが、予想していなかった事態になったことだけは事実だ。

 周囲で聞いていたクルーも少なからず驚き、黙ったまま話を聞こうと集中している。

 ルフィは驚いた顔で即座にティーチへ尋ねた。

 

 「お前も能力者だったのか? 何の実食ったんだ?」

 「それはあとで教えてやる。まずその前に覇気についてだ」

 

 ずいっと拳を突き出して、ティーチはルフィの顔の前で拳を止める。

 

 「おれァ今からお前を殴る。本気じゃねぇから安心しろ。軽く小突く程度だ」

 「なんで?」

 「そうすりゃ覇気についてわかりやすいからな」

 「別にいいけど、打撃なら効かねぇぞ。おれの体はゴムだからな」

 「そう思ったから都合がいいんだ。すぐに意味がわかる」

 

 握っただけの拳がそっと伸ばされてルフィの額に触れる。

 ルフィは不思議そうにその様子を見ながら全く警戒していなかった。

 

 「まずは覇気を使わずに殴る。行くぞ」

 「うし。来い」

 

 一旦拳を引いて、突き出された。

 本気ではないようだがスピードはそれなり。腕は振り抜かれた。

 ゴツンと額に当たるがルフィの頭が揺れただけで全くダメージはない。それは傍から見ていてもよくわかって、痛がる様子など皆無だった。

 

 「これ何の意味があるんだ?」

 「次でわかる。覇気を使って全く同じ力で殴るぞ」

 「うん」

 「痛がるだろうが、お前ら、おれに攻撃すんなよ?」

 

 最後の言葉は周囲に居る麦わらの一味へ告げて、もう一度ティーチが同じ行動をした。

 さっきと全く同じ力、同じ動作でルフィの額を殴る。

 同じ力だったが、違いは一目瞭然だった。ゴツンと音がして拳が当たった途端、ルフィの表情はわかりやすく歪んで、後ろへ倒れて両手で額を押さえると激しく悶え出した。

 

 「いっ!? いってぇ~!?」

 「ルフィ!?」

 

 周囲の仲間たちが一斉に反応する。

 打撃は効かないはずのルフィがただの拳骨で痛がっているのだ。疑いようもなく異常事態だ。全員が咄嗟に身構えて、攻撃のための姿勢を整える者も少なくなかった。

 特別な何かをしたのは間違いない。

 座ったままのティーチへ向ける視線は鋭く刺さるようなものへ変わっていた。

 

 激しく動揺するルフィを前にしてティーチの態度は変わらなかった。周囲の仲間たちが一斉に襲い掛かってくるかもしれない状況でもまるで同じだ。

 彼は低く笑うと周囲を見回した。

 全員が驚いていて、信じられない物を見たと言いたげにしている。

 

 「う、嘘だろ!? ルフィに打撃が効くわけねぇ!?」

 「ルフィ! あんたふざけてるわけじゃないわよね!?」

 「てめぇ! 今何しやがった!」

 「まぁ落ち着け。言ったろ、覇気について教えてやるってな」

 

 驚いた顔で、痛みに堪えながら額を手で押さえたルフィが起き上がる。

 さっきと同じように彼の前に座ってティーチに問いかけた。

 

 「いってぇ~……おれゴムなのになんでだ?」

 「これが覇気さ。武装色の覇気を使えば能力者の実体を捉えることができる。わかりやすく言うならロギアだろうがパラミシアだろうがぶん殴ってダメージを与えられるってことだ」

 「パラミシアも、ロギアも?」

 

 疑念を抱いたキリが呟いた。すかさずティーチが彼を見る。

 

 「そうだ。武装色を使えば相手を攻撃する矛にもなり、自らの身を守る盾にもなる。クロコダイルのスナスナも武装色の覇気を使えば普通にぶん殴ることだってできるわけだ」

 「そんな力が……本当に?」

 「事実だったろ? 打撃が効かねぇってのはちょうどいい能力だったぜ。おれが武装色を纏わせた拳で殴れば、麦わらはこの通り痛がる」

 「いでっ!?」

 

 もう一度額を小突けば、やはりルフィが堪えられずに悲鳴を発した。長らく打撃によるダメージを受けなかった彼だ。痛みそのものより、打撃によるという部分に驚きを隠せない。

 実際見ていても信じられないが、事実としてルフィは痛がっている。

 ダメージが通っているという話は嘘ではなさそうだ。

 

 拳を下ろしたティーチはさらに説明を続ける。

 さっきの驚きから立ち直っていない彼らは冷静に話を聞ける状態ではなかったが、そんなことは知らないとばかりにティーチは話を進め出した。

 

 「もう一つは見聞色の覇気って言ってな。個人によっちゃ多少ものは違うんだが、簡単に言やぁ生物の気配を読んだり、敵の行動を先読みする力だ」

 「先読み? 超能力か何かの話?」

 「言ったろ。覇気の話だ。そこまで行くには鍛える必要があるが、こいつを使いこなす猛者の中には未来が見えるなんて奴も居るらしい。逆にわかり辛くなったか?」

 

 ルフィがついに全くわからないという顔をして首を捻っていたものの、今回ばかりは他の面子も似たようなものである。一様に難しい顔で理解し難いという顔をしている。

 それを笑って確認して、全く動じずティーチは言葉を重ねた。

 

 「混乱ついでに言やぁもう一つあってな」

 「まだあんのか」

 「これが最後だ。覇王色の覇気って言ってな。これは誰でも持ってるわけじゃねぇ。選ばれた人間しか持って生まれねぇ特別な覇気だ」

 

 ティーチはにやりと笑ってルフィだけに目を向ける。

 

 「聞けば数百万人に一人の確率で生まれてくるらしい。だがな、“新世界”の海にはこれを持ってる奴がごろごろ居る」

 「ふーん。なんで?」

 「わからねぇか? 王の資質だ」

 

 その一言で目付きが変わった。

 何かを察した様子でルフィがティーチを見据えて、それを感じて彼は笑う。

 

 「王座を狙ってるのはおれたちだけじゃねぇぞ。続々と集まってきやがるのさ。グランドライン後半、“新世界”の海に。その中で覇を競い合って、たった一人だけ決めるんだ。海賊王を」

 

 すでに理解している様子だった。ティーチは気にせずに続ける。

 

 「この先に進めば覇気を使える奴はそこら中に居る。白ひげも金獅子も、四皇や海軍大将、七武海の連中も当然使える。逆に使えねぇんじゃ歯が立たねぇくらいだ。だから驚いたんだ。覇気を使えねぇお前がクロコダイルに勝ったって話にな」

 「でもほんとだ」

 「ゼハハハハ……ああ。信じるよ。だが今のままで先に進めると思うな」

 

 まるで彼に取り込まれたように周囲は静かになり、その声だけが明確に伝えられる。

 聞き逃す訳にはいかない。

 気付けばそう思って集中していた。

 

 「おれの能力を教えてやってもいいと言ったな? ありゃ本当の話だ。教えたところで今のお前らじゃどうにもできねぇ。おれが勝つのは目に見えてる」

 「そんなもん――」

 「やってみなきゃわからねぇってか? いいや、わかる。能力を使わなくてもおれは武装色でお前をぶん殴ることができるんだ。殴られて痛ぇって感覚はまだ覚えてるか?」

 

 ティーチが右腕を顔の前まで上げたのを、ルフィはじっと見つめていた。

 

 「おれはお前らに期待してるんだ。だから教えてやった。もっとも習得するには時間がかかるもんだから今すぐ使えるようにはならねぇけどな。それでも知らない状態よりマシだ」

 「それが使えなきゃ、海賊王にはなれねぇんだな」

 「ああ。確実にな」

 

 キリは、ルフィが何かを決断する瞬間を感じた。

 それが何かは想像することも難しくないが、彼も同様のことを考えている。他の仲間、特にゾロやサンジなども同じことを考えていただろう。

 

 「お前らは運が良い。クロコダイルに勝ち、金獅子に会っておきながら生きて帰り、その結果おれに出会えた。だがそれだけで生きていけるほどこの海は甘くねぇ」

 「いずれボクらが敵になることは考えない? 黙っておいた方が良い気がするけど」

 「言っただろ。計画があるんだ。すでに海賊王までの道のりは見えてる」

 

 ティーチはキリに振り返り、事も無げに言った。

 

 「ただの道草なんだ。おれにとってお前らはその辺に落ちてる石ころと変わらねぇ。少なくとも現時点ではな」

 「後悔することになる。すぐに追いついてみせるさ」

 「それも面白そうだ。海賊王になってから退屈なんじゃつまらねぇからな」

 

 キリに言い終えた後、ルフィがティーチへ言い出した。

 彼はその鋭い視線を受け止めて聞く。

 

 「黒ひげって言ったな。忘れねぇようにもう一回言っといてやる」

 「おぉ、なんだ?」

 「その覇気ってのが必要なら使えるようになってやる。お前をぶっ飛ばして、海賊王になるのはおれだ」

 「楽しみにしてるぜ……お前がおれの敵になるかどうか。ゼハハハハ!」

 

 再度の宣戦布告を終えて、ルフィはにやりと笑い、ティーチは豪快に笑った。

 同盟に加わるという話だったはずだが、彼らはすでにいつかの敵対を予感していたようだ。

 敵対するとわかっているのに手を組むつもりなのか。困惑する仲間たちを他所に、彼らの意思は明確なまま、互いに笑みを絶やすことなく見つめ合った。

 


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