ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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記憶喪失の島

 突如聞こえたパリンという音に思わず振り返った。

 どうやら皿が割れた音らしい。

 店内の床に皿の破片が散らばっていて、椅子がひっくり返って倒れてもいた。座っていた人が勢いよく立ち上がった際、思わず落としてしまったのだろう。

 

 「ふざけんなよッ!!」

 

 大音量の声で無視できなくなる。立ち上がった人物が怒っているのだ。

 傍から見ていても緊迫した状況である。立ち上がったのはまだ若い青年で、対面に座っているのも同年代の青年だ。

 立っている方は怒っているのだが、座っている方は困惑している。

 何やら修羅場らしいことは嫌というほど伝わっていた。

 

 「お前、自分が何言ってんのかわかってんのか!?」

 「わかってるよ……っていうか、大きい声出すなよ。周りに人も――」

 「ふざけんなよ! おれのこと覚えてないって、それ本気で言ってんのか!?」

 

 立っていた方の青年が座っている青年の胸倉を掴む。

 周りで見ていた客も驚いて、思わず止めた方がいいのかと逡巡するが、そんな周囲の反応も視界に入らない様子で怒っている青年が大声を出す。

 

 「おれはお前の幼馴染だぞ! ガキの頃から何をするにもずっと一緒で! 一年前まで普通にしてたじゃねぇか! それがなんで! 仕事から戻ったら知らないになるんだよ!」

 「だから……言っただろ。記憶がないんだよ」

 「記憶がないって、なんだよそれ! 一体何があったんだ!」

 

 だんだんヒートアップしてきたのはわかったが目が離せなかった。

 止めることもなく見ていると座ったままの青年も苛立っているのを感じる。彼はうざったそうに視線を外して喋っていた。

 

 「そんなのおれが聞きてぇよ。ある日目覚めたら何も覚えてなかったんだ。何が起きたかなんてこっちが知りたいよ……」

 「お前……そんなので納得できるかよ! わけわかんないこと言うなよ! ちゃんと説明しないと納得できるわけないだろ!」

 「あぁっ、うるせぇな」

 「うるせぇって、お前、おれのこと覚えてない癖に……!」

 「じゃあ言うけど、おれが記憶無くなったってのに、幼馴染なのに、一度も戻らないでずっと島の外に居たのはお前だろ! 本当に幼馴染なら助けてくれたっていいんじゃないのか!」

 「おれは仕事で島から出てたんだ! お前にもそれは言ってただろ!」

 「だから、全部忘れたって言ってんだよ!」

 「忘れたで済むかよっ!!」

 

 ついに取っ組み合いの喧嘩が始まってしまった。

 二人の若い青年は胸倉を掴み合い、周囲の大人が止めに入っても気にせず言い合いを続ける。

 

 「親友のことをよく軽々しく忘れたなんて言えるな! ふざけてるなら今すぐやめろ!」

 「ふざけてねぇって! だから誰なんだよ、お前は!」

 「それがふざけてるって言ってんだ!」

 

 テーブルをひっくり返し、椅子を倒して、騒がしい様子で二人は床を転げ回る。

 店の端で見ていた老婆はその痛々しい様子を見ながら呟いていた。

 

 「いやだねぇ、またあれかい。最近よくあるねぇ。どうして忘れてしまうんだろう」

 

 その呟きを耳にしたナミは思わず彼女へ質問する。

 近くに居てよかった。でなければ聞き逃してしまうところだ。

 ナミは騒動を無視して老婆に顔を寄せる。

 

 「ねぇお婆ちゃん、あれは何? 忘れたとか記憶がないとか、何が起こってるの?」

 「あんた、島の外から来たのかい?」

 「うん」

 「そうかい。なら早くこの島から出た方が良い。最近多いんだよ、記憶喪失になる人が」

 「記憶喪失?」

 

 驚いたナミは思わず聞き返してしまった。

 その言葉の意味自体は理解できるが、本物に出会ったのは初めてかもしれない。もしその話が本当だとするならあの二人の喧嘩も納得できる。だが問題はなぜ記憶喪失になるのかだ。

 老婆が言った、最近多い、という言葉が気になった。

 

 「実を言うとねぇ、一人や二人じゃないんだよ。記憶を失った人はね。最近になって急にみんな自分のことを全部忘れてしまって、それが原因で喧嘩をしたりなんて、多くてねぇ」

 「そう……みんな忘れちゃうの?」

 「島の人全員じゃないんだよ? 私も自分のことは覚えてる。でもある日突然失うんだ。今日は覚えてるけど明日は忘れてるかもしれない。みんなそう思いながら暮らしてる」

 「それって、この島の人だけなのよね?」

 「多分だけどねぇ。この島の外のことはあまり知らないから」

 

 老婆は物悲しげに話していた。嘘をついているとは思えない。

 礼を言ったナミは老婆の傍を離れる。

 店に代金を払ってすぐに外へ出る。喧嘩のことは気にならなかった。それよりも気になったのは記憶喪失があって当然の物として扱われている事態だ。

 

 近頃の状況から彼女は警戒していた。

 誰かが意図的にこの状況を生み出しているのではないか。

 咄嗟に考えたナミは仲間を探すために小さな町の中を歩く。

 

 幸いそれほど大きな町ではない。四方を森に囲まれていて、特に変わった地形のない、山もなければ谷もない平坦な大地が続く小さな島だ。町もどうやら一つしかなく、少数の町人で農業や漁業を主として生活しているらしい。

 調査したところ海賊の姿はないが、それは今のところ表向きの話。

 記憶喪失の話を聞いて一気に疑問が沸いてきた。

 

 早足で歩いていたナミはこちらに駆けてくるウソップを見つけた。

 足を止めて、彼の到着を待って合流する。

 

 「おーいナミ」

 「ウソップ。あの話聞いた?」

 「ああ。記憶喪失のことだろ。ついさっき知ったとこだ」

 「なんか、変な感じしない?」

 「おれもそう思ってたとこだ。ひょっとして、能力者の仕業なんじゃねぇかなって」

 

 道の真ん中で突っ立った二人は深刻な顔で話し始めた。

 ウソップは焦りを滲ませ、現状がまずいことをすでに感じている。ナミも同じ気持ちだ。彼と同じことを考えたからウソップを探した。だから合流できたのだ。

 

 「だっておかしいだろ。聞けば事故があったとか大きな怪我をしたとかじゃなくて、寝て起きたらもう全部忘れてたんだぜ。一人だけならまだしもそれが二十人近く起こってるらしい。これは明らかに誰かが記憶喪失にしてるんだ」

 「ってことは……ねぇ、金獅子の手下かしら?」

 「可能性は高いな。キリの話じゃどこもかしこもそんな状態らしいし、この島を支配するために能力者を派遣したのかもしれねぇ」

 「そうね。現にさっき喧嘩してるのを見たわ。二十人なんて……みんながみんな喧嘩してたら、ここで生活するのも苦しくなるわよ」

 

 申し訳程度に舗装された道の真ん中に立って、二人は辺りを見回す。

 閑散としていて人の姿がほとんどない。仮にすれ違っても挨拶の一つもなく、町民は元気が無い顔で俯きがちに歩き去っていく。異変が起こっているのは間違いなかった。

 改めてこの町の異質さを知ったナミとウソップは、言い知れない不安を覚える。

 

 「とにかく、一旦メリーに戻るか」

 「そうね。敵が居て戦うことになるなら私たちだけじゃまずいし」

 「この島をこのままにしとくってのもなぁ……」

 「みんなで話し合いましょう。相手が能力者の可能性もあるしね」

 

 ナミとウソップは逃げるようにしながら町を離れる。

 幸いこの島にある森は危険を感じるほどの険しさはない。ほとんど真っ平らと言っていい地面で歩きやすく、木々が多くて視界が悪いとはいえ危険な生物の気配もない。せいぜいたまに鹿を見かけて逃げられるだけだ。

 二人だけの移動でも怯える理由はないようで、行きは軽やかな足取りで町へ到着できた。

 ただ今は事情が変わって、自然と早足になる二人はメリー号へ一直線に急いだ。

 

 森を抜けて海岸へ出るとすぐにメリー号が見えた。

 道を間違えなければ小さな島だ。すぐに帰ることができる。

 まるで助けを求めるように、二人は走るようにしてメリー号へ向かう。

 

 船が見える場所まで到達すると甲板でキリとゾロが寝転がっているのが見えた。

 急いで船に乗り込んだ二人は眠りこける彼らを起こそうとする。

 

 「ちょっとキリ! 緊急事態よ!」

 「敵襲かもしれねぇぞ! おい起きろって!」

 

 ナミとウソップは真っ先にキリへ駆け寄って、彼の体を揺すって起こそうとした。

 眠そうにしながらも目を開いた彼は二人の顔を確認する。

 大きなあくびをしながら体を起こして、座ったキリにしゃがんだ二人が顔を寄せた。

 

 「町で変なことが起こってるみたいなの。話せば長くなるんだけど、記憶喪失の人が次々に増えてるんだって」

 「詳しくはわからねぇが、おれたちはそれが能力者じゃねぇかって話してたんだ」

 「金獅子の部下かもしれないわ」

 「まだ誰の仕業かわからねぇけど、敵が居るかも」

 「へぇ~、そうなんだ」

 

 キリは再び大あくびした。

 寝起きの状態とはいえ気の抜けた様子の彼に二人の表情は厳しくなる。敵が居るかもしれないと話しているのになぜそんな顔ができるのか。多少の苛立ちもあった。

 

 「ねぇちょっと、ちゃんと聞いてる? 敵が居るかもしれないのよ。この島に」

 「そんなこと急に言われてもねぇ」

 「あのな、眠いのはわかるけどな、こういう時はふざけてる場合じゃないって知ってるだろ? 相手は金獅子なんだぞ。逃げるとかこっちから手を打つとか、方法はあるはずだ」

 「うん、そうだね」

 

 柔和な表情でキリが答えた。

 ますます二人の表情は険しくなる一方で、思わずウソップがぐいっと顔を寄せる。

 

 「そうだねじゃなくてどうすんだよっ。逃げんのか? 戦うのか? みんなバラバラに行動してるから集まらなきゃいけねぇし、こういう時はお前が決めるだろうが」

 「そうだっけ? そりゃ大変だ」

 「大変だじゃなくて! のんびりしてる暇があんのかって言って――!」

 「待ってウソップ……何か変よ」

 

 その時、何かを察したナミがウソップを止めた。確かにキリはぐうたらしている時もあるが、有事の際にはそんな態度は微塵も見せない。敵が居ると聞かされて全く取り合わないなど様子がおかしいとしか思えなかった。

 ナミに止められたことによってウソップも徐々に我に返っていく。

 よく考えてみれば彼の反応がおかしい。態度も仲間に向けるそれではなかった。

 

 ナミはキリの顔をじっと見つめて、さっきよりも注意して観察した。

 眠そうにしていた彼は手で目元を擦り、ぱっちり目を開いてナミと視線を合わせる。

 

 「キリ……私たちのこと、わかる?」

 「それを聞こうと思ってたんだ。君たち、誰?」

 

 その一言を聞いた瞬間、ぞくりと背筋が凍った。

 柔和な表情も声色もその容姿も、いつもと何も変わりない。二人が知るキリ本人のものだ。しかし彼本人が二人のことを覚えていないと言う。

 恐る恐る、信じられないという態度でウソップが尋ねた。

 

 「ほ、本気か? 本気で言ってんのかキリ? おれたち仲間だろ?」

 「ここ、海賊船みたいだね。君ら海賊?」

 「冗談きついって! お前こんな時にそんなこと……流石にそれじゃ笑えねぇって!」

 「待ってウソップ! キリ、それ本当なの……? 私たちのことわからない?」

 「わからないよ。というより知らないね。記憶にはないし、君らが呼ぶからボクが“キリ”だっていうことはわかったけどさ」

 

 微塵も慌てていない、平然とした態度でそう言われた。

 ナミとウソップは驚きを隠せず、また動揺がわかりやすく態度に出てしまう。

 町で見た喧嘩の理由がわかった。これは叫び出したくもなる。

 

 「ここで何してたんだっけ? うーん、何も覚えてないな……」

 「ウソップ、これってやっぱり……」

 「や、やっぱり敵なんだ……金獅子の部下がおれたちを狙ってきやがった」

 

 まだ些か冷静だったナミに比べて、わずかに震えるウソップは恐怖を覚えていた。町で見た状況と全く同じだ。ほんの一時間前までと違い、キリは記憶を失っているのだ。

 危機感を覚えた二人は顔を見合わせ、逡巡した。

 一味の頭脳として認識していたキリが記憶を失った以上、今後の行動は彼抜きで考えなければならない。この状況を楽観視できるはずもなく二人は焦りを覗かせる。

 

 キリが立ち上がって甲板を歩き始めた。

 辺りを不思議そうに見回し、まるで初めて見たかのようにメリー号を確認する彼を気にしつつ、二人は声を小さくして話す。

 

 「キリが記憶を失ったんならあの噂は本物ね……」

 「ちょっと待て。よく考えりゃあのキリだぞ? どっかで噂を聞きつけてからかってるだけじゃねぇのか?」

 「あり得なくはないけど……」

 

 ナミが背後を振り返ってキリを確認すると、彼は一味の海賊旗を見上げていた。

 

 「麦わら帽子かぶってる。かわいいデザインだね」

 「あの感じを見てると演技には思えないのよね。それに町では喧嘩してたくらいだし」

 「マジか……本当に忘れちまったってのか? どうやって?」

 「わからないけど、それこそ悪魔の実の能力でしょ。今までだってわけわかんない能力はあったじゃない。結局そういうもんなのよ、悪魔の実って」

 「ちくしょう、元に戻れるんだろうな。一生このままなんて嫌だぞ」

 

 不安を拭いきれないウソップは自分の頭を荒々しく掻く。

 その気持ちはナミにも痛いほどよくわかった。

 これまで過ごしてきた時間が理由もわからない内に全て無くなってしまったのだ。元に戻せるならまだしも、今後もこのままだと考えるだけで恐ろしくて堪らない。

 

 必ず元に戻さなければ。

 仲間の姿を見て強く思った二人は顔を突き合わせて考え始める。

 

 「とりあえずみんなを集めましょう。敵が居るかもしれないし、ほっといたらまた誰かが記憶喪失になっちゃうかもしれないわ」

 「そ、そうだな。能力者だったら敵をぶっ飛ばせばなんとかなるかもしれねぇ」

 「まず全員集合して、それから対策を考えましょう。敵を見つけなきゃ――」

 「うわっ!?」

 

 突然キリが大声を出して、慌てて二人が振り返った。

 彼の体は紙のように薄くなっており、立てなくなって地面に横たわっている。本人が誰よりも戸惑っているようだったが、ふとした拍子に元に戻れてほっとしていた。

 

 「びっくりしたぁ。これって悪魔の実? ボクって能力者だったのか」

 「え? キリ……それも覚えてないの?」

 「そういやさっき、自分の名前も覚えてなかったみたいだし……何も覚えてないのか?」

 

 二人は今になってキリの状態を理解した。

 仲間のことはおろか、自分のことすら覚えていないのだ。

 自分が能力者だと気付いたキリは試すように体を紙に変化させようとしたり、成功した時には嬉しそうな笑顔になって、上手くいかなければ難しいと言葉を洩らす。

 その姿は二人の知るものではなかった。

 

 自分が能力者だということすら忘れている。つまりそれは能力を使った戦い方も忘れているということになり、本来の戦闘力を期待できなくなるということだ。

 ぞっとしたナミとウソップは抱いた危機感をさらに大きくしていた。

 もし仮にこれが敵の仕業だとすれば、一味の崩壊は簡単に成功してしまうかもしれない。

 

 慌てたウソップは眠りこけていたゾロを叩き起こそうとした。

 いつまで経ってもいびきを掻いて起きない彼の頬を叩いて、必死に声をかける。

 この際一人でもいい。情報を共有する味方が欲しかった。

 

 「おぉいゾロ!? 起きろ! 寝てる場合か! たた、大変なことになってんぞお前!?」

 「ん……んがっ……」

 「起きろ~! 起きろゾロ! 早くしろゾロ~!」

 「うぅるっせぇ!!」

 

 がばっと起き上がった彼を見てウソップはひとまずほっとした。いつも通りの彼だ。

 頭をがしがし掻いて不機嫌そうなゾロは辺りを見回す。

 

 「ったく、人が寝てるってのに起こしやがって……」

 「ふぅ。ゾロはそのままか。じゃあキリだけが――」

 「ん? ここどこだ?」

 

 彼が呟いた一言に二人の動きが固まった。ゾロは気にせずきょろきょろしている。

 

 「お前ら誰だ? なんでこんなとこで寝てんだ、おれは」

 「ちょ、ちょっと待てよ……冗談だろ?」

 「ゾロ……あんたも覚えてないの?」

 「あ? おれに言ってんのか?」

 

 厳めしい顔でゾロが二人を見る。警戒しているのだろうと一目でわかる表情だ。決して仲間に向ける顔ではなく、これを見れば普段の彼がどれほど柔らかい表情で居たのかがわかる。

 思わず喉を鳴らしてしまった。

 仲間であるのに緊張してしまって、話しかけるのを躊躇うほど敵意を感じた。

 

 物怖じしたウソップに代わり、ナミが一歩前に出る。

 気の強い彼女は以前からゾロに対して怯むことはなかった。

 関係性がゼロになろうとも以前と同じように話しかける。

 

 「いい? あんたの名前はロロノア・ゾロ。私たちの仲間よ。あんたは海賊なの」

 「海賊だぁ? 嘘つけ」

 「嘘じゃないわ。あんたがここで寝てたのは、この船の乗組員だからよ」

 「そんなわけあるか。おれは……あん? おれの野望は……」

 

 反論しようとしたところでゾロは自身の野望を覚えていないことに気付き、難しい顔のまま腕組みをして悩み込んでしまう。

 やはり覚えていないのだと知って、ナミとウソップは不安そうに顔を見合わせた。

 

 その時ウソップが視界の隅に捉えたのは、メリー号を降りようとするキリの姿だった。

 慌てて振り返った時、キリは島に上陸して歩き出してしまう。突然の行動を見過ごせるわけもなく急いでウソップが欄干まで駆け寄って声をかけた。その声を聞いてキリは振り返るのだが立ち止まろうとはせず、後ろ向きに歩いて尚も遠ざかっていく。

 

 「おいちょっと待てキリ!? 勝手にどこ行くんだよ! 戻ってこい!」

 「どうして?」

 「どうしてって、お前もおれたちの仲間だからだ!」

 「そんなはずないよ。君ら海賊でしょ? 知ってる? 海賊って悪い奴なんだ」

 「そうだよ! お前もその一人だし、むしろお前が一番悪い奴だ!」

 「まさか」

 「いいから戻ってこいって! 勝手にどっか行くな! お前が全部忘れてても、おれたちが全部覚えてるから教えてやる! わからないなら聞け!」

 「あいにくだけど、海賊の友達はいらない。騙されるほどバカじゃないからね。面白い能力もあるしボクは勝手にやらせてもらう」

 

 そう言ってキリは笑顔で彼らに背を向け、迷いの無い足取りで遠ざかっていく。

 記憶が無ければなんと淡白な態度か。

 焦ったウソップがメリー号から飛び出そうとしたが、彼の服を掴んでナミが止めた。

 

 「待ってウソップ!」

 「なんで止めんだよ! キリが行っちまうぞ!」

 「それもまずいけど、一人になったら危ないでしょ! 敵はそれを狙ってるかもしれない!」

 「そりゃそうかもしれねぇけど……!」

 

 ナミに止められて躊躇った一瞬。同じくガッと欄干にかけられた足が目に入った。

 今度はゾロがメリー号から降りてしまい、二人は驚愕してその姿を見る。

 

 「お、おいゾロォ!?」

 「あ?」

 「何やってんの! 戻りなさい!」

 「うるせぇな。なんでおれがお前らの言うこと聞かなきゃなんねぇんだ」

 

 冷淡な声でそう言うとゾロは二人から視線を切り、背を向けて歩き出してしまう。全く後悔を残さない歩調は二人への興味の無さを示すかのようだ。

 驚くナミとウソップが必死に声をかけるも、彼の歩みは止まらない。

 

 「待ってよゾロ! 戻ってきて!」

 「ゾロォ! 一人でどこ行く気だよ! おれたちと一緒に居ろって!」

 

 ゾロは森の向こうへ行ってしまった。

 高い草むらを掻き分けて進むためすぐに姿が見えなくなってしまう。

 呆然と見送った二人はしばし考えが追いつかず黙り込んだままだった。しかしゾロの姿が見えなくなった後でハッとし、状況が悪い方向へ進んでいることに気付く。

 

 「まずいわ……すぐにみんなを集めないと!」

 「と、とりあえず集合しよう! あいつら無事なんだろうな……!」

 

 ナミは懐から子電伝虫を取り出して通信を開始し、ウソップはマストに登って周囲を確認した。

 おそらく敵襲があったという考えは間違えていないはずだ。その考えを信じて二人は行動し、仲間たちがバラバラになっていては危険だと瞬時に判断する。

 

 徐々に空模様が変化していく。

 二人が行動を始めた頃、島の上空は厚い雲に覆われようとしていた。

 


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