ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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お前は誰だ?

 キリとゾロが姿を消して数十分が経っていた。

 島に危険がないか、探索に出かけたクルーを大慌てで探し出し、メリー号に集結した時点でやはり二人の姿は見当たらず、一度戻った痕跡もない。

 ナミとウソップは事情を説明し、二人が記憶を失ったことを仲間たちに告げた。

 

 「記憶を失うって? 確かなのか?」

 

 怪訝そうな顔でサンジが呟く。

 数多の悪魔の実の能力者を見てきたとはいえ、そんな話は聞いたことも見たこともない。仲間の言葉を信じたい気持ちはあるがすぐに呑み込むことはできなかったようだ。

 そんな彼の様子を見てウソップが必死の形相で言う。

 嘘ではないと、まずは信じてもらわなければ行動に移せないからだ。

 

 「本当だって! キリとゾロがおれたちによそよそしかったし、止めても行っちまうし、明らかにいつもと違ったんだ!」

 「町でも記憶が無くなって喧嘩してたから、多分同じことが起こってるんだわ。自然現象とは思えない。誰かがこの事態を引き起こしてるのよ」

 「それで能力者か。ついでに金獅子の一味じゃねぇかと」

 「その辺りはただの予想だけど、タイミング的にあり得ない話じゃないでしょ?」

 「ナミさんが言うならきっとそうだ」

 「おれは!?」

 

 ナミの説得もあってサンジは納得したようで、それでなくても金獅子の手の者による襲撃はあり得ると想像していた。実際のところはやはり来たかという印象だ。

 疑う素振りは見せたものの、初めからあり得てもおかしくないと思っていたらしい。

 

 問題なのはキリとゾロが手にかかったことだ。

 彼らは一味の主戦力であって、戦闘においては絶対の信頼を寄せられている。その二人が、如何なる方法を使ったかは知らないが敗北したも同義と考えていい。仮に能力者の仕業であったとするならば、無事だったメンバーも安心できない状況だろう。

 

 難しい顔をするルフィはいまだ事態を受け止めきれない様子だった。

 キリとゾロはイーストブルーから長く一緒に居る仲間だ。自分たちのことを忘れるはずがない。

 

 「本当に忘れてんのか? おかしいだろ、そんなの」

 「うん……おれも信じられねぇ。あの二人がおれたちのこと忘れるなんて」

 

 困惑している表情のチョッパーがルフィに同意する。

 ついさっきまで一緒に居ていつも通りに話をしていたのだ。今はもう違うと言われてすぐに納得することは簡単ではなかった。たとえ事態を作った能力者が居ると言われても、その能力者に関する詳細は知れず、何の実を食べたのかすら定かではない。困惑は深まるばかりだ。

 

 実際に彼らの様子を見たナミとウソップは表情を曇らせていた。

 信じたくない、という気持ちは彼らと同じである。しかし考えとは裏腹に彼らは居ない。

 ウソップが気落ちした声で呟いた。

 

 「そりゃ、おれたちも冗談であってほしいと思ってるけどよ……」

 「とにかく二人を探しましょう。見失ったままなのはまずいわ。冗談だったとしたら拳骨で許してあげてもいいけど、もし本当に記憶を失っていて、この島を出るようなことがあったら……」

 「うん。早く二人を見つけよう。みんなで一緒に居た方がいいよ」

 

 シルクが同意して力強く頷いた。

 二人の性格はよく知っているとはいえ、今の二人がどんな行動をとるか彼らにもわからない。記憶を失った状態ではぐれたなら二度と会えない可能性も十分にあった。

 彼女たちの言葉があったことで、一同はひとまずキリとゾロを見つけることを最優先とした。

 

 その時、船の外から声をかけられた。

 甲板に居た全員の視線が自然とそちらへ向けられる。

 

 「心配いらないよ。あの二人はまだこの島に居る」

 

 島に目を向けて、森の前に立っている小さな少年を見つけた。

 黄色と薄緑色の縞模様が入った帽子を被り、眠そうな細い目で彼らを見ていて、首から紫色のマントを身に着けている。何より気になったのは彼が抱えている物だ。彼の背丈よりは小さいが、それでもほとんど同サイズのタツノオトシゴを持っていた。

 

 この状況でただの子供のはずがない。先程の発言も気になった。

 突然の登場に誰もが警戒する。

 子供とはいえ能力者だと仮定するなら油断できない。

 

 少年は笑っていた。

 海賊を前にして余裕を見せ、微塵も恐怖することがなかった。

 

 「あの二人がこの島を出る時は、君たちも記憶を失った時だと思うよ」

 「やっぱり……あんたがやったのね!?」

 「お、おお、お前かぁ!? キリとゾロに何しやがった!」

 「何もしてないよ。少し話をしただけ」

 

 一気に緊張が走る。

 本人が認める発言をしたため、もはや疑いようもない。一人で彼らの前に現れたことからも普通でないことは理解できる。改めて彼の雰囲気は異様なものに感じられた。

 

 敵だと判断してルフィとサンジが前に立った。強そうには見えないが、能力者であったとすれば彼らの想像通りになるとは限らない。無傷とはいえキリとゾロがやられたのだ。

 彼らの背後でシルクが剣の柄を握り、チョッパーが不安そうな顔で身構える。

 ロビンだけは表情一つ変えず全く変化がない。

 ナミとウソップは気付けば誰よりも陸地に立つ少年から離れた場所に立っていた。

 

 「お前がおれの仲間になんかしたのか。キリとゾロの記憶返せよ」

 「返してほしい?」

 「やっぱりお前が持ってんのか!」

 「早く返せー! コノヤロー!」

 「だったら僕の話を聞いて」

 

 怒りを露わにしたルフィとウソップの発言を気にせず、少年は淡々と語り出す。

 

 「君たちも知ってると思うけど、近頃この海の情勢は荒れている。今に大物たちがぶつかるよ。世界を揺るがす戦争だ。君たちも参加する気はないかい?」

 「こいつ、やっぱり……」

 「僕が従う船長は海の支配者だ。傘下になる気はない?」

 

 ナミが嫌そうな顔で呟き、やはり金獅子の手下なのだと確信を得ていた。

 そうでなければこんな子供が海賊に攻撃することなどないはずだ。

 どうやら、記憶を奪われたことでこの場に居ないキリとゾロが人質に取られたらしく、全て言わずともそんな状況を理解できる。しかし、ルフィの返答は普段と変わらなかった。

 

 「いやだ! おれは船長がいいんだ。誰の下にもつかねぇ」

 「いいの? このままじゃあの二人は帰ってこないよ」

 「要するに、お前をぶっ飛ばせばいいんだろ」

 

 不敵に笑ってルフィが指を鳴らした。相手が誰であれ邪魔をするならぶっ飛ばす。彼の基本的な思考は変化しておらず、仲間が人質になったことすら関係ない。

 少し驚いた顔で少年が問いかけてもルフィの様子は変わらなかった。

 

 「驚いたね。仲間が死ぬかもしれないってのに、本当に僕をぶっ飛ばす気?」

 「キリとゾロなら心配ねぇ。何があったってあいつらは死なねぇよ」

 「信頼してるってことだ。いつもならそうかもしれないけど、今はどうだろうね」

 

 少年は再び微笑んだ。

 後ろへ足を伸ばしてルフィだけに語りかける。

 

 「ねぇ、ゲームをしようか。僕に勝てたら二人は返してあげるよ。本人も記憶もね」

 「なにぃ?」

 「ついてこれるかい?」

 

 そう言って少年が後ろへ跳び、草むらの向こうへ姿を消した。

 咄嗟に目を丸くしてルフィが飛び出す。

 一人で上陸すると少年を追って草むらに飛び込み、さらにその奥へと駆け出した。

 

 「あっ!? おい待て!」

 「待ってルフィ!? 一人で動いちゃだめだってば!」

 「おいルフィ!? 戻ってこい!」

 

 仲間たちの制止を聞かずにルフィは走る。

 少年の姿は見えていた。子供とは思えないほど速いが見失うほどではない。ルフィの方が少し速いくらいの差か。十分に仕留められる速度だ。

 

 その森は草むらが多く、また背が高い。海岸を離れて奥へ行けばそれがより顕著になって、進めば進むほど高くなり、いつの間にか数メートルの直立する草に囲まれてしまう。

 それでもルフィは少年を見失ってはいなかった。

 不規則な軌道で右へ左へと姿を消すが、優れた動体視力で確実に追い、速度では勝っているため徐々に距離を詰めていく。

 

 少年は逃げるばかりだった。

 攻撃するでもなく、ただ離れようともがくばかり。

 ルフィは何度も腕を伸ばそうとしながらもその度に走る軌道を変えられ、伸ばすことすら許さない奇妙な動きに翻弄されていた。徐々にフラストレーションが溜まっていく。

 

 「おい待て! 逃げんな! 勝負するんじゃねぇのかよ!」

 「君の勝利と僕の勝利は意味が違う。これが僕の戦い方だよ」

 「こんにゃろォ!」

 

 ついに耐え切れずにルフィが右腕を伸ばした。だがそれをあらかじめ知っていたかのように、少年は素早い動きで避けており、伸びきった頃には空を掴むしかない。

 まるで動きを読まれているようなタイミングで回避していた。

 ルフィは訝しげな顔になり、ふとクロコダイルとの戦いを思い出す。

 

 「あいつ、なんか変だぞ……追いつけそうなのに追いつけねぇし、避けた」

 「どうして追いつけないと思う? 振り切っちゃうと僕が困るからだよ」

 

 邪魔な草むらを押しのけながら必死に走って、少年の背を見失わないように目を凝らしていた。しかしその時突然、少年の姿が消えてしまう。草むらを利用した上、さっきとは比べ物にならないスピードで身を隠したのだ。

 思わずルフィは立ち止まり、周囲の気配を探ろうと辺りを見渡す。

 

 「でもそれも終わった」

 

 少年はタツノオトシゴの尻尾を銜えて息を吹き込んだ。

 抱えていたタツノオトシゴから笛の音色が出て、辺りへ広がっていく。

 その音は当然ルフィの耳にも入った。

 

 「なんだ? 笛か? さっきの奴が吹いてんのか?」

 

 音はどこから聞こえるのか。それさえわかれば相手の位置がわかる。ルフィは集中して音の出所を見つけようと歩き出すのだが、急に接近してくる気配を感じ取った。

 意識した時には体が反応していて、咄嗟に回避行動を取っていた。

 半ば倒れるように頭を下げた瞬間、草むらを斬り飛ばしながら頭上を刀が通り過ぎていく。

 

 一度転がってルフィが体勢を整えた時、攻撃した人物は走り去るように姿を隠した。

 笛の音色が今も聞こえている。

 少年を探したいが、別の誰かがルフィを狙っているのは嫌でも理解できた。

 

 「こいつが居るから逃げてたのか……」

 

 誘い込まれたようだと理解した上で、ルフィは退こうとはしていなかった。

 たった一太刀でも相手が強いとわかる。だが負ける気はなかった。仲間を取られた上に、こいつさえ倒せば状況が変わるとわかっている今、相手を見逃すつもりなどない。

 

 笛の音色が辺りを包み込む。

 そんな中でも草むらの中で動く音が聞こえていた。

 

 徐々に近付いてきていた。ルフィは拳を握って待ち構える。

 少年の位置がわからない以上、まずは襲撃者の相手だ。

 視界が効かない草むらの中、意識を研ぎ澄ませて敵の動きを察知しようとしていた。笛の音が邪魔ではあったが無駄ではなかったようだ。

 

 背後から刀を振り下ろされ、気付いていたルフィは振り向いて足を振り上げて、刀を握っている手を蹴ることで受け止めた。

 その瞬間、相手の姿を見て目を見開く。

 尚も腕に力が込められたままで刀を振り下ろそうとしているが、足で無理やり押さえつけた。

 刀を握っている相手は見間違えるはずもない、ゾロだったのだ。

 

 「ゾロォ! お前こんなとこに居たのか!」

 

 声をかけても腕から力が抜けることはなかった。

 鋭い眼光でルフィを睨みつけたまま、ゾロは彼を敵として見据えている。

 再会できたことでルフィは喜び、足で彼の腕を押さえたまま普段通り笑いかける。

 

 「みんなお前のこと心配してたんだぞ。記憶なくなってどっか行ったとか言うからさぁ」

 

 その時になってゾロが後ろへ跳んだ。

 改めて刀を握り直し、さらに左手でもう一本抜いた。両手に刀を握った状態でルフィを睨み、明らかな殺意を彼へぶつけている。

 やっとルフィも異変に気付いたらしく、それでも態度はあまり変わらない。

 

 「ちゃんと聞いてんのか? あ、そっか。記憶なくなってたんだっけ。あのなぁ、おれはお前の仲間だから戦わなくていいんだぞ。おれもお前も海賊なんだ」

 

 親しげにそう言ってもゾロの表情は変わらず。

 彼がゆっくり構えたのを見て流石にルフィも眉間に皺を作った。

 

 「ゾロ?」

 

 名前を呼んだ瞬間に飛びかかってきた。

 確実に首を斬り落とすつもりで振るわれた刃を、ルフィは軽やかに避け、ゾロの頭上を飛び越えるとお互い入れ替わるようにして再び距離を取る。

 

 この時になってゾロを見るルフィの目に疑念が生まれていた。

 覚えていないだけでなく、話を聞いていないような。

 妙な態度を見せられてルフィは彼を警戒し、次もまた攻撃されることを理解する。

 思った通りゾロはルフィに刀を向けて、仲間に向けるはずのない殺気が溢れていた。

 

 「なぁゾロ。別におれとお前は戦わなくていいんだぞ」

 

 ルフィが話している間にゾロが三本目の刀を抜き、口に銜える。

 三刀流は彼が最も得意とする戦法で、本気になった時は必ず使う技だ。

 嫌な予感を覚えながらもルフィはその姿を見ていた。

 

 「お前とキリの記憶を奪った奴が居るんだよ。そいつをぶっ飛ばしたらなんとかなるから、もうちょっと待っててくれ」

 

 ゾロを見つめて言っている最中、奇妙な音が聞こえた。待つ暇もなく右側面から草むらを斬り飛ばして何かが飛来し、気付いたルフィは咄嗟に跳ぶ。

 それを見てゾロが動いた。

 第三者による攻撃は避けたが、空中に居たルフィはゾロの攻撃に苦心し、仕方なく足を伸ばす。ゾロの刀を草履の裏で蹴り、勢いで自らを飛ばすようにして回避した。

 

 距離を取って着地すると、頭上から影が差す。

 避ける前にルフィは上を見た。

 その瞬間、またしても驚いて目を丸くする。

 

 「キリ!?」

 

 頭から落下してくるキリが紙の剣を手にしており、ルフィの頭を狙って振り抜く。彼は地面を転がって辛うじて避けた。そうしなければ命はなかっただろう。

 体を起こすと同時に二人が追撃してくる。

 キリとゾロ、襲ってくる二人から逃れるべくルフィは慌てて後ろへ下がった。

 

 「ちょっと待てよ!? どうしちまったんだお前ら! おれだぞ!?」

 

 声をかけても反応はなく、攻撃の手を止める様子がない。

 仕方なくルフィは腕を伸ばして近くの木の上へ逃げた。太い枝の上に着地し、草むらが斬られていたことで見えやすく、地面に立つ二人を再度確認する。

 ルフィを見上げる目には敵意があり、同時に普段の様子が皆無だった。

 

 なぜ攻撃をされるのか、いまだに理解ができない。

 確かに今まで多少迷惑をかけたことはあったが、文句なら直接ぶつけてくる二人だ。本気で命を奪おうとする現状を正常だと判断することはできないだろう。

 

 困惑したままのルフィはその場を動かずに再び声をかけた。

 二人は彼を見上げて、片時も武器を下ろそうとはしていなかった。

 

 「あのな、お前らの記憶を持ってる奴が居るんだよ。そいつをぶっ飛ばしたら――」

 「無駄だよ。説明したって伝わらない」

 

 少年の声が聞こえた。

 顔を上げると少し離れた位置にある木の上に少年が座っているのが見えた。

 

 「彼らは今、夢を見てるんだよ」

 「お前ェ!」

 「おっと」

 

 すかさずルフィは腕を伸ばして捕まえようとするが、少年はその前に自ら地面へ落ちた。

 再び背の高い草むらに阻まれ、見えなくなる。

 その中から少年の声が聞こえてきた。

 

 「今の彼らに君の声は届かない。何を言っても聞こえない」

 「出てこい! おれと勝負しろ!」

 「勝負はもう終わりだよ」

 

 突然足場が揺れてルフィが声を洩らした。ゾロが木の幹を一刀両断し、木が倒れたのだ。

 落下の最中にルフィが枝を蹴って跳ぶ。その動きに反応したキリが飛びかかってきて、両手に持つ紙の剣を振り、胴体を斬ろうと迫ってきた。ルフィは彼の手首を蹴り、すぐに両手でキリの両腕を掴むと地面へ落ちながら押さえつけようとする。

 勢いよく地面を跳ねて転がり、辛うじて押さえることができた。しかしそれも一瞬の話。彼は両腕を紙にするとあっという間に拘束から抜け、驚くルフィの顎を殴る。

 

 ダメージはないが隙ができるのは当然だった。

 キリが両足でルフィの腹を蹴り上げ、勢いよく吹き飛ばされる。

 そこへゾロが刀を振り上げながら追いつき、空中で向き合うと互いに攻撃を行った。ゾロの斬撃が胴体をわずかに斬って血を流させる一方、ルフィの蹴りが彼の腹に突き刺さる。

 二人共同時に背中から落ちた。

 

 休む暇もなくルフィの頭上に影が差して、紙で作られた巨大なハンマーが振り下ろされた。素早く体を起こして回避したルフィだが、流れるような動きでキリに顔を蹴り飛ばされる。

 ルフィは自ら転がると距離を取って立ち上がった。

 

 「ハァ、お前ら、いい加減にしろよ……! 仲間だろうが!」

 「何を言っても無駄だよ。君の声は何の意味もない」

 

 間髪いれずにキリとゾロが襲い掛かってくる。

 記憶を失っていても彼らは仲間だ。攻撃を嫌がったルフィは名前を呼びながら回避する。

 その間にもどこかから少年の声が聞こえてくる。

 

 「正面から殴り合ったら僕は君に勝てない。だけど勝つ必要なんてないんだよ。時間を稼げれば君の記憶は僕の物になる」

 

 三人が戦っている間に、再び笛の音色が流れ始める。

 回避に専念していたルフィだが埒が明かないと思い始めて、このままでは敵の思うつぼだと察したらしく、覚悟を決めた。

 

 「お前ら……いい加減にしろッ!」

 

 ルフィが一転して攻勢に出た。

 正面から迫るゾロに向けて蹴りを繰り出し、刀と草履がぶつかって、すぐに足を引き戻すとキリを狙ってパンチを繰り出した。キリは体を紙にして避け、直撃とはならなかった。

 

 埒が明かないと考えたルフィが攻撃したことにより、戦闘は本格化しようとしていた。

 それを確認した上で少年は微笑む。

 

 「時間さえあれば、僕の能力は誰にだって通用する……」

 

 前奏を終えて、少年は本格的にタツノオトシゴの形をした笛を吹き始める。

 

 「バイバイ、麦わらのルフィ――」

 

 先程とは違う曲が演奏される。

 三人の戦闘を彩るかの如く、森の中に広がっていく。

 ルフィは聞く余裕などなかったが、本人の意思に関係なく耳に入ってきていた。

 

 

 *

 

 

 「ルフィ~!」

 「おーいルフィ! どこ行ったんだ!」

 

 ナミとサンジは勝手に船を飛び出したルフィを探して、森の中を走っていた。

 咄嗟の出来事で反応が遅れてしまったのが致命的だった。一人にならないよう仲間に忠告して、混乱している間にルフィの姿を見失ってしまい、遅れて出発した時にはどちらに行ったかさえわからない状態だったのである。

 

 その島の森は鬱蒼と生い茂っていて、草むらの背が高く、極端に視界が悪い。

 山すらない平坦な土地であることは幸いだが、それが利点にならないほど自然が巨大だ。

 

 大声でルフィの名前を呼びながら、ナミとサンジは恐る恐る前へ進んでいた。彼と少年が進んだ方角がどちらかさえわからぬまま、勘を頼って探すしかない。

 少し進んだ程度では見つからず、必然的に海岸を離れて森の奥へ向かっていた。

 

 「ルフィのやつ、気をつけてって言ってる最中だったのに」

 「あのアホとマリモもだ。簡単にやられやがって……金獅子の手下か。厄介だな」

 

 二人は緊張した面持ちで周囲に目を走らせている。

 視界が悪い森の中。いつ敵が襲ってきてもおかしくない。

 すでに敵が居ることは確定しており、一人であるという確証はない。現時点では何人居るかわからないのだ。警戒するのは当然だった。

 

 島の奥へ進むごとに草むらの背が高くなっていき、少し離れただけで姿が見えなくなるほど。そこまで行けばナミの不安は抑えようがないほどになっていた。

 サンジはそれほど怯えてはいなかっただろうが、彼女は違う。

 前を歩いていたサンジは不意に立ち止まって振り返る。なぜかはわからないが彼には雰囲気だけで伝わったらしい。ナミが不安になっているのを感じて声をかけた。

 

 「大丈夫かいナミさん?」

 「ええ。なんともないわよ」

 「このまま進めば敵が待ち構えてるかもしれない。なんなら一度戻ろうか? ルフィのやつなら死ぬことはないだろうし……」

 「だからってほっとけないでしょ。問題が起こる前に早く見つけなきゃ」

 

 不安そうではあるがやはり彼女は気丈で、笑みを見せて言い切った。

 サンジは頷き、そっと両手を広げる。

 

 「わかった。だがナミさん、怖い時はいつでもおれの胸に飛び込んでくれ。ここは君の特等席だからいつ言われたっておれは優しく受け止め――」

 「さ、行くわよ」

 「はーい! 素っ気ない君も好きだ~!」

 

 呆れたナミがサンジを追い抜いて歩き出したことで、彼女が先頭になった。

 二人は尚も背の高い草むらを掻き分けて進み、ようやく変わった物を見つける。

 

 「待ってサンジ君。あの辺り……」

 「ああ。戦闘の痕跡かもしれない」

 

 草むらが乱雑に斬られているのが見えた。

 ただ単に刈り取ろうとしたのではないことは明らか。高さはバラバラ、斬り方も適当。おそらく草ではない何かを斬ろうとしてそんな風景になっている。

 

 警戒して進んだ二人は、その地点へ着いた。

 そこでやっと目的の人物を見つける。

 

 「ルフィ!」

 

 思わず叫んでナミが駆け寄った。

 彼は地面に大の字になって寝ていて、穏やかな寝息を立てている。

 ナミが傍らに膝をついて彼の状態を確認し、サンジも駆け寄って顔を覗き込んだ。腹部に浅いとはいえ刀傷があり、血を流した痕がある。当然だがまだあまり時間は経っていない。

 気絶している、というより眠っているという印象だった。

 状況が理解できず、二人は困惑した顔になる。

 

 「ルフィ。ルフィ、ねぇ起きて」

 「ここで誰かに襲われたのは確かだな。でも殺されたわけじゃねぇし、傷は浅い。無理やり気絶させられたわけでもなさそうだ。一体何があったんだ?」

 「ルフィ? ねぇルフィ、大丈夫?」

 

 ナミが体を揺するとルフィは反応して目を覚ました。

 眠そうに目元を手で擦り、瞬きを繰り返して周囲を確認しようとする。

 ひとまず無事だったことに二人は安堵し、彼の顔を見つめた。

 

 「ん? んー……」

 「よかった。とりあえず大丈夫そうね」

 「ったく。勝手に行動すんじゃねぇよ。ナミさんを心配させやがって」

 「ねぇルフィ、何があったの? あの子供は?」

 「ルフィ? ルフィって誰だ?」

 「え……?」

 

 ぱっちり目を覚ました様子のルフィは、開口一番にそう言った。

 ナミとサンジは驚愕する。

 体を起こして座ったルフィは二人の顔を確認して、困った顔で首を傾げた。

 

 「あり? なんでこんなとこ居るんだ? お前ら誰だ?」

 「ちょ、ちょっと待ってよルフィ……私たちがわからないの?」

 「冗談ならよせよ……おい、ルフィ」

 「ルフィっておれのことか?」

 

 何もわかっていない顔でルフィが二人にそう質問する。

 純粋に質問されては、二人には返す言葉がなかった。

 

 何とも言えない感覚に支配される。背筋にぞくりと悪寒が走った。

 キリやゾロの時と同じ、或いはその時以上に。

 ルフィが記憶を失ったと気付いて、二人は彼の問いかけに何も答えることができなかった。

 


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