ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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眠りを操る者

 「どうしてこんなことになるのよ……」

 

 メリー号の甲板で、思わずナミは頭を抱えてしまう。

 戻ってきたサンジたちから状況を伝えられた今、チョッパーとシルクは見つけたが、二人共記憶喪失になってしまったことを理解した。途中まではシルクだけだったのだがほんの数分目を離しただけでチョッパーも同様の状態になってしまったと聞かされている。

 とても簡単に受け入れられる状況ではなく、彼女は悲しげな顔をしていた。

 

 これで五人。姿を見せないキリとゾロ、一人で動いたルフィ、彼を探して島内に入ったシルクとチョッパー。仲間たちが次々に記憶喪失になっていく。

 今まで体験したことのない状況は彼らをひどく混乱させていたようだ。

 

 「ルフィを探しに行ったらシルクとチョッパーまで……どうしたらいいのよ。だってあの子供とは会わなかったんでしょ?」

 「ああ。でもおれたち、笛の音を聞いたんだ。その時シルクの様子がおかしくて――」

 「ちょっと待って。笛の音?」

 

 ウソップの言葉にナミが反応すると、彼女はロビンと顔を見合わせた。

 ちょうどそんな話をしていたところだ。どこからともなく聞こえてくる笛の音色が怪しいのではないか。ひょっとすると能力を使うための条件かもしれない、とそう考えている。

 

 「私たちも聞いたわ。その時ルフィがおかしくなって、私たちを攻撃してきたの。名前を呼んでも聞こえてなかったみたいで、ロビンのおかげでなんとか正気に戻ったんだけど」

 「ルフィが? それでメリーが傷ついてんのか……」

 「おかしいと言えばおれたちも妙な物を見た。チョッパーが姿を消す直前、紙を見たんだ。勝手に宙を飛んで動く紙をな」

 

 続きを受け取るように言ったサンジを見て、ナミが怪訝な顔をする。

 

 「それって、もしかしてキリ?」

 「だとしか思えない。だが本人の姿を見ることはできなかった」

 「なんだか変な話ね……それじゃあつまり、キリが注意を引いたか、チョッパーを攫ってどこかへ連れ去ったってこと?」

 「最初はあり得ないと思った。だがルフィも同じような状態だったとすりゃ」

 

 彼らは結論を出そうとしていたようだ。多くを言わずともわかる。

 少なくともはっきりしていることは、敵が能力者だということ。

 集めた情報を脳内で整理したロビンが代表して呟く。

 

 「だんだん情報が揃ってきたわね。つまり、敵は対象を眠らせることで記憶を奪い、尚且つ自分の能力の影響を受けた人間を操ることができる。そういうことでいいかしら?」

 「あ、あり得んのか? そんなもん最強じゃねぇか」

 「だけど実際、ルフィは私たちを襲ってきたし、明らかに目の色が違ってた」

 「それで、対象を眠らせるには笛の音を使うってことだな。この推理が正しけりゃ」

 

 四人は同じ方向に目を向ける。

 記憶を失くした彼らは危機的な状況を理解してはおらず、驚くほど呑気に過ごしていた。

 

 「ぎゃああああ~!?」

 「おもしろトナカイぃ! お前おれの仲間になれェ!」

 「助けて~!?」

 「ふふ。二人共仲がいいんだね」

 

 すでに仲間だというのに、いつかのようにルフィがチョッパーを追いかけ回して、シルクはそれを微笑ましそうに見守っている。

 普段なら穏やかに見ていていい光景だが今は笑えない。

 疲れた表情の彼らは嘆息せずにはいられなかった。

 

 呆れているナミは騒ぎを見つめながら思わず呟く。

 反応したのはウソップだった。

 

 「見たことあるわね」

 「ああ。中身は変わってねぇからな」

 「ちゃんと元に戻るのかしら。一生このままなんてことになったら……」

 「そうならねぇようにするには、やっぱりあいつを見つけなきゃいけねぇだろ」

 

 気を取り直したナミは他の三人に目を配り、改めて作戦を練ろうとする。

 

 「落ち込んでても仕方ないわね。対策を考えましょ」

 「とりあえず相手が能力者ってことはわかってんだろ。でもよぉ、ルフィたちがやられちまうような相手だぞ。おれたちでどうにかできんのか?」

 「バカ言え。よく考えろ。ルフィが受けたのはかすり傷程度で、戦闘の形跡もほとんど残っちゃいねぇ。単に相手の能力を知らなかっただけだ」

 「相手が音を武器にするなら、笛の音色を聞かなければ対処可能かもしれない。今のところそれに賭けるしかないようね」

 

 ロビンの言葉を受けてウソップが鞄に手を突っ込み、取り出した物を皆に差し出した。

 渡されたのは耳栓だった。

 これで対策をしようということなのだろう。受け取った瞬間に全員が理解する。

 

 「お前らにこれを渡しとく。通用するかわかんねぇけど無いよりマシだろ」

 「これでどうにかなればいいけどね……」

 「作戦はもう決まったかな?」

 

 注意を耳栓へ向けているちょうどその時だった。

 以前と同じで陸地から声をかけられる。慌ててそちらに振り返れば、さっきとほとんど同じ光景がそこにあって、件の少年が立っていた。浮かべられた薄い笑みを見て全員に緊張が走る。

 またしても正面から堂々と姿を現してきた。これは宣戦布告に他ならない。

 

 「そろそろ考え直してくれたかな。僕らに従うなら、仲間の記憶は返してあげるよ」

 

 改めて姿を視認できたことで身構える。

 背丈が小さい、力もさほど無さそうなこの少年にルフィたちが負けたのだ。どれだけ警戒していても足るものではない。

 

 状況が理解できていない様子の者が数名居て、ルフィの背後にナミが隠れる。

 それでも彼女は視線を鋭くして、不安そうな表情で彼に声をかけた。

 

 「あんた、こんなことして私たちが言うこと聞くとでも思ってるの? 人に頼むにはそれなりの態度ってものがあるでしょうが」

 「そうかな? わかりやすいようにと思って人質を取ったつもりなんだけど」

 「は、早くルフィたちの記憶を返せ~! コノヤロー! あとキリとゾロをどこやったんだ! そっちも返せ~!」

 

 同様にいつの間にかルフィの背後に隠れていたウソップが声を張り上げる。威勢良く聞こえるが腰が引けていて姿は情けなかった。

 少年は動揺することもなく溜息をつく。

 

 「やれやれ。ちっとも話を聞かないね。それでいて自分たちだけ要求するんだから」

 「当たり前よ! こっちは海賊なんだから! それにあんただって同じでしょ!」

 「背中に隠れて言ってもかっこつかないよ」

 

 冷静に言いのけた彼は何やら思案し始めた。

 警戒しているのはわかるがやはり子供が相手というせいか、攻撃してくる素振りはない。おかげで突っ立ったまま考えられる時間は十分にあった。

 

 「君たちが降参しないなら全員の記憶を奪わなきゃいけなくなる。それはそれで構わないけど、できれば自分の意思で従ってくれた方がいいんだよね。人形遊びは好きじゃないんだ」

 「人形遊びか。可愛げのねぇガキだぜ」

 「さて、どうしよう。どうすれば君たちが言うこと聞いてくれるかな」

 

 あくまで自分のペースを崩さない少年に対して、険しい表情のサンジが一歩前へ出た。

 もし笛を吹く素振りを見せたなら動くが、今のところその様子はない。

 ひとまず話してみようと思ったようで口調は冷静だった。

 

 「一つ聞きたい。なぜおれたちを狙うんだ? そういう命令でもあったのか?」

 「いいや。これはただ僕の暇潰し」

 「暇潰しだぁ?」

 「たまたま見かけたからちょっかい出してみたくなっただけだよ。見つけた時は驚いたもんさ。最近1億を超えたばかりの麦わらのルフィ」

 

 少年がルフィに目を向けると、本人は何もわかっていない顔で首を傾げる。

 

 「お前ら何の話してんだ? あいつ友達か?」

 「いいから黙ってろってっ。ここはとりあえずサンジに任せとけ」

 「君たちなら話題性もあるし、ひょっとしたら喜ばれるかもしれないでしょ? だからただの思いつきだよ」

 「勝手なことを……手を出す相手を間違えたな。後悔させてやるぞ」

 「できるかな? それもいいね」

 

 怒気をぶつけてもさらりと受け流されてしまい、まるで相手にされていない。自分こそが優位に立っているとでもいうのか。彼らを値踏みするような視線が気になった。

 サンジの視線など意に介さず、彼の声は楽しげだ。

 

 「彼らの記憶を返せば、僕らの傘下になってくれるかい?」

 「そりゃ無理だろうな。うちの船長は誰かの下につくタマじゃねぇよ」

 「うーん、そうか。どうしよう。このままじゃいつまで経っても進展しないね。何か他の方法を考えないとずっとこの言い合いが続きそうだ」

 

 目を伏せて考え込む少年を注視しながら、サンジは気取られないようにそっと歩いた。

 ロビンの傍へ移動すると声をひそめて彼女に尋ねる。

 

 「ロビンちゃん、君の能力であいつを捕えられないか?」

 「ええ、可能よ。姿さえ見えていれば」

 「頼む。まずはあいつの笛を奪ってくれ。能力さえ使えないなら、おれが押さえ込む」

 「わかったわ」

 

 簡潔に作戦を伝え、サンジは注意しながら一瞬ウソップに目を向けた。

 

 「ウソップ、お前は援護だ。逃げるようなら狙撃していい」

 「よ、よーし。援護なら任せろ」

 

 彼が小声で喋っていることから状況を察し、ウソップも声を小さく、相手にバレないよう気をつけながら鞄からパチンコを取り出す。もし彼の行動で少年が警戒すれば作戦失敗だ。少しでも成功率が上がるように気をつけなければならない。

 

 ロビンが胸の前で腕を交差して、ウソップがこっそり準備を終えたのを確認した。

 まだ警戒する様子を見せない少年を睨みつけてサンジが彼の方へ歩き出す。

 今度ははっきり足音がして少年が目を開いた。こちらに接近しようとしているのは見てわかるが逃げる素振りはない。その態度からはやはり余裕が窺える。

 

 「じゃあこうしよう。今からゲームをしようか。僕に勝てたら彼らは返してあげる」

 「ゲームだと?」

 「せっかくの機会なんだから楽しまなきゃ。今までと同じやり方で記憶を奪ってもいいけど、それじゃ面白くないしね」

 「せっかくの提案だがゲームなんか必要ねぇよ。こっからはおれが相手してやる」

 「あれ? 君一人で?」

 「クソガキの相手なんざおれ一人で十分だ。あいつらとは一味違うぞ」

 「そうかな。その分じゃ一緒だと思うよ」

 

 メリー号を降りるまで少年が動く様子はなかった。

 サンジが少年と対峙する。逃げる素振りはない。大の男が相手ではあるが距離を取ろうとする様子すら皆無で、初めの位置から全く動いていない。

 それ相応の自信と策があるのだろうとサンジは考えたが、退く考えはなかった。

 どの道すぐ後ろに船がある。仲間が居る。自分が前に立って守らなければと考えていたようだ。

 

 子供を蹴るのは気が引けるが覚悟はしている。或いは、押さえ込めさえすればそれでいい。速さには彼も自信があった。

 ポケットから手を出して、身構えたサンジが迷わず地面を蹴る。

 

 「その笛吹く暇与えねぇぞ!」

 

 サンジが一直線に駆け出した。

 最短距離を最速のスピードで。それのみを考慮した姿勢で、回避や防御を省みず、何があろうと敵を捉えるために走る。

 

 少年はフッと笑みを浮かべて笛を構えた。

 息を吹き込もうと口をつけかけた時、突然彼の体から八本の腕が生える。狙い澄ましたタイミングに少年の顔から笑みが消えた。気付いた時には首、両腕、両足を掴まれて固定されており、さらに残った二本の腕が笛を奪って遠くへ投げてしまう。

 

 完璧なタイミングだった。そうなることを想定して走っていたサンジは迷わず飛び込み、転がるようにして少年を地面に押さえ込む。

 投げられた笛は地面に転がり、倒れた状態では届かない距離にある。

 作戦は一瞬にして、そして呆気なく成功した。

 少なからず驚いている様子の少年は、すぐに先程と同じ微笑を浮かべてサンジの顔を見上げる。

 

 「へぇ、そうなんだ。まだ能力者が居たんだね」

 「予想通りにいかなくて悪かったな。シルクちゃんとあいつらの記憶を返してもらおうか」

 「確かに、これは僕の負けだね」

 「よーし! でかしたぞサンジ! 能力さえ使えなきゃもう安心だ!」

 

 笑顔で叫んだウソップがメリー号を飛び出した。

 先程とは違って安堵した顔だ。サンジが押さえているなら心配はない。捨てられた笛を拾おうと駆け寄り、タツノオトシゴの形をしたそれを見下ろした。

 

 「そのまま押さえといてくれよ。こんなもんがあるからいけぇんだ。いっそ壊すか海に捨てるかすればそいつも諦めがつくだろ」

 「んだとォ!? ふざけんじゃねぇぞコノヤロー!」

 

 ウソップの目の前から突如怒声が聞こえて、驚愕して体が硬直した一瞬、笛が自発的に動いてその場から跳ね上がった。ウソップが驚いて跳びはねるのと同時に、笛は意思があるかの如く、少年を押さえていたサンジへ跳びかかる。

 虚を突かれたことで反応は遅れ、死角からの突進を避けられなかった。

 笛に体当たりされたサンジが跳ね飛ばされてしまい、その一瞬に少年が笛を回収し、彼らから離れるべく飛び退く。

 

 「ぎゃああああ~っ!? 笛が喋った!? そして動いた!?」

 「すんげぇ~! なんだあいつ! 不思議笛だ!」

 「壊すぅ!? 海に捨てるぅ!? バカ言ってんじゃねぇぞコノヤロー! こちとらまだ本気出してねぇんだ! 舐めるんじゃねぇよボケがァ!」

 

 喋るタツノオトシゴの笛は少年の手の中で激しく暴れていた。

 慣れているのか、彼は涼しい顔で抱えたままである。

 

 突然攻撃を受けたサンジは咄嗟に起き上がって距離を取った。

 笛が喋っている。さらに動いて暴れている。

 想像もしなかった事態に驚きを隠せない。まさか自ら少年の下へ戻るとは思わなかった。彼らの作戦は成功したが、状況は一瞬にして元通りにされてしまったようである。

 

 ウソップが慌てて近くの木の陰へ逃げ込む一方、目を輝かせたルフィが船から飛び出してくる。動く笛に興味津々の彼は特に警戒もせず少年の下へ駆け寄ろうとしていた。それを慌てて追いかけたナミが肩を掴んで止める。

 この状況で彼が動き出してしまってはさらに混乱する一方だ。

 余計な行動を取らないよう、必死に彼の行動を制止する。

 

 少年は彼らにではなく、自身が持つ笛に向けて声をかける。

 この状況を危険視してはおらず、さも当然という態度である。或いは、こうなることが初めからわかっていたのかもしれない。そうであってもおかしくないほど冷静だった。

 

 「落ち着いてよタツ。今のは良い判断だったよ。そんなに怒ることないじゃないか」

 「何言ってんだバカヤロー! あいつらおれたちを襲ってきやがったんだぞ! これで怒らねぇなんてどこの聖人だよ!」

 「まぁまぁ。先に襲ったのはこっちなんだし」

 「ノコは甘ぇなぁー。んなこと言ってたら足元掬われるぜ」

 「な、なんなんだあれは……笛じゃなかったのか? 生物? 生きてんのか?」

 

 ウソップの小さな呟きは彼らに聞こえたようで、少年が振り返って平然と告げる。

 

 「れっきとした笛だよ。いくらグランドラインでも、人の言葉を操るタツノオトシゴは僕は見たことがないなぁ」

 「おれが喋れると何か問題あるってのか? 笛か? 笛だからか? 笛が喋るとおかしいってのかよコルァ!」

 「落ち着いて。彼らはそんなこと言ってないよ」

 

 彼らの会話から察するに、少年はノコ、喋る笛はタツという名前のようだ。

 性格は対照的。一切冷静さを崩さないノコと感情的なタツ。初めて見るのは当然というほど異質な存在で、見ていて飽きないのは確かだが、冷静に受け止めるには時間が必要だった。

 

 必死にルフィを止めていたナミは表情を歪めずにはいられなかった。

 彼が何であれ、喋る笛がなんであれ、彼らが今まで見たことの無いタイプの敵で、危険なのは間違いないだろう。笛を奪うという友好的な手段も無駄だと見せつけられたのだ。ナミは少なからず恐怖していた。

 咄嗟にまずいと感じた彼女はルフィの背を押して歩き出す。

 

 「ルフィ! こっち来て!」

 「なんだよ! おれはあの不思議笛が見てぇんだ!」

 「いいから言うこと聞いて! シルク! チョッパー! あんたたちも!」

 「え? あ、うん」

 「お、おれもか?」

 

 シルクとチョッパーも同行させ、強引にルフィを引っ張る彼女は船の中へ入り、一目散に船倉へ誘導する。

 三人を移動させたナミは耳栓を手渡し、厳しい表情で言い聞かせた。

 

 「いい? しばらくここでじっとしてて。耳栓して耳を塞いで、何も聞こえないように」

 「なんでそんなことすんだよ。それより不思議笛がさぁ――」

 「シルク、チョッパー、ルフィがどこか行かないように見張ってて」

 「うん。わかった」

 「え、う、うん……こいつと一緒に居なきゃいけないのか?」

 

 さっきまで追いかけられていたせいだろう、チョッパーはビクビクしながらルフィを見ている。現在のルフィの興味はタツに向けられているため、今は何もされていないが、しばらく同じ部屋に居ればどうなるかはわからないという不安が感じられた。

 ナミ自身、今の状況では焦りを抱いている。彼の不安を取り除いている時間はない。

 慣れた動作でチョッパーの帽子にぽんっと手を置き、撫でる仕草を見せた。

 

 「大丈夫よ。ルフィはあんたを傷つけたりしない。ほんのちょっとだけだから」

 「うん……わかった」

 「状況はよくわからないけど、ここに居るだけでいいんだよね」

 「そうよ。またすぐ戻ってくるから、それまで甲板には出ないで」

 

 言い残して踵を返したナミは再び甲板へ戻った。

 鼓動が早くなっている。緊張してわずかに汗ばんでいて、嫌な予感がしていた。

 ルフィもシルクもチョッパーも、まるで赤の他人のようで、普段ならばいざ知らず今は頼ることができない。自分がなんとかしなければならないのだ。

 

 扉を開けて外へ出た直後、まず真っ先に状況を確認する。

 目立った変化はない。先程と同じ光景だ。

 ノコはまだ能力を使用する素振りを見せず、サンジは警戒した様子で彼と対峙し、一度船を降りてしまったウソップは戻るに戻れず木陰に隠れて状況を見ている。甲板に残っているロビンは冷静な面持ちで彼らを眺めていた。

 

 「もうめんどくせぇ。ノコよ、お前のネムネムの力で全員眠らせちまえばいいんだ。今更こいつらにチャンスを与える必要なんてねぇぜ」

 「それじゃもったいないよ。せっかくなら楽しまなきゃ。だって彼ら、話題の人だよ」

 「ケッ。話題っつってもたかが知れてるだろ。所詮は前半のレベルだ。現にこいつらの船長はもう仕留めたわけだしよォ」

 「もう少し見てみたいんだ。麦わらの一味がどんな人たちなのか」

 

 ノコとタツが会話していることで状況が動かなかったらしい。

 ナミはロビンへ駆け寄り、そっと自身の武器を取り出す。

 腕に自信はないが戦えないとは言えない。泣く泣く参戦するつもりのようだ。

 

 「ロビン」

 「ずいぶんおしゃべりね。タツノオトシゴなら、舌を噛んで死ぬことはないのかしら」

 「何を考えてんの!? そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

 「そうね。少なくとも笛を取り上げたくらいじゃ止められそうにないわ」

 

 妙な思考を持つ彼女で、乗船してから日も浅いが、戦闘力を考えれば頼りになる。

 ナミは縋るような想いでロビンの顔を見上げた。

 

 「ねぇロビン、さっきみたいに捕まえられない? この際だから相手が子供だからなんて言ってられないわ。なんならそのまま攻撃しちゃって」

 「できなくはないけれど、こっちの能力もバレたわ。そう上手くいくかしら」

 「ロビンの能力なら大丈夫よ。こうなったら仕方ない。私も援護するから、よろしく」

 

 天候棒(クリマ・タクト)を構えてナミは強い眼差しでノコを見据える。

 そんな彼女を横目で確認して、ロビンは胸の前で手を交差した。

 当然協力するつもりではいるが、どこか不思議そうな表情だったのも確かだ。

 

 「前から思っていたけど、不思議ね」

 「え? 何が?」

 「私をそこまで信用していることがよ。よろしく、なんて、初めて言われたわ」

 

 こんな状況で何を言い出すのか。

 一瞬きょとんとしたナミだったが、すぐに勝気な笑みを浮かべて答えた。

 

 「何言ってんの。当たり前でしょ? 成り行きとはいえルフィがあんたのこと仲間だって言ったんだから、あんただってもう仲間よ」

 「そう……」

 「その代わり、乗り込んだからにはきっちり働いてもらうわよ。とりあえず今はあいつをやっつけてくれればそれでいいわ」

 「フフッ。ええ。善処するわ」

 

 ナミにつられるようにしてロビンが微笑んだ。

 仲間。そう言われたのは新鮮で、不思議な感覚だった。

 少なくとも悪い気はしていなくて、任されたからには役に立たなければと思う。

 

 小脇にタツを抱えているノコは依然として笛を吹く素振りを見せなくて、考えが読めないサンジは焦れたのか、小さく舌を打った。

 笛の音を聞かせることが能力の使用条件なら、今ここで全員に効果を及ぼすことも決して難しくはないはず。しかし彼はそれをしようとはしない。さっきの発言通り、おそらく遊んでいるのだ。大した危機感もなくこの場を楽しもうとしている。

 

 まるでその考えを証明するかのように、口を開いたノコは再度提案を始めた。

 やれやれと言いたげなタツでは彼の考えを変えられなかったらしいことが伝わる。

 

 「それじゃゲームを始めようか。心配しなくても僕は君たちを眠らせないし、記憶を奪うつもりもない。少なくとも今はね」

 「ふぅー、やれやれ。わざわざそんなめんどくせぇことを……」

 「本当は町の人たちも使って攻めようかと思ったけどやめたよ。これから僕が使う手駒は二つ。君たちは彼らの攻撃を避けて、僕を気絶させれば勝ち。僕が気絶すればみんなの記憶が戻るよ。その代わり今度は、僕も君たちを殺すつもりで攻撃するからそのつもりでね」

 

 平然と吐かれた子供らしくない言葉に、思わず苦笑してしまう。

 そうした言葉を口にしながらも彼はどこか他人事で、自分のことのようには聞こえない。

 つま先で地面をトントンッと叩いたサンジは、薄く笑みを浮かべながら問いかけた。

 

 「ゲームってのは気に入らねぇが、お前が気絶することが条件ってことは、お前を蹴り飛ばしていいってことだよな?」

 「もちろん。じゃなきゃ難しいだろうからね」

 「それを聞いて安心した。ガキだからって容赦しねぇぞ」

 「それはもちろんいいんだけど、こっちもただでやられるわけじゃないよ」

 

 そう言うとノコはタツを改めて構え、音色を奏でた。

 突然の演奏に身構えるも、彼らが眠らされる様子はなく、それを理解するよりも早く草むらの向こうから新たな人影が現れた。

 タツから口を離したノコは不敵に微笑む。

 

 「果たして彼らを抜けるかな? 知ってると思うけど、強いよ」

 

 左右を挟むようにして立ったキリとゾロの間で、ノコは自信満々に宣言する。

 彼が手駒と呼んだのはその二人のことだったようだ。

 ウソップは息を呑みながらも怒りを覚え、ナミは目の色が違う二人に驚愕しており、ロビンは冷静な面持ちで彼らの姿を見ていた。

 一番近くで対峙することになったサンジは、しかし動揺していないようで、小さく鼻を鳴らす。

 

 「へっ、上等だ。ちょうどいいからもろとも蹴り飛ばしてやる」

 

 そう宣言したサンジはネクタイをきゅっと締め上げ、銜えていた煙草を捨てる。

 彼が一歩を踏み出すと同時、感情や表情が感じられない二人は機械的に動き出した。

 


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