ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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ギガparalyze

 水平線から日が昇り、夜明けを迎えた。

 ちょうどその時を見計らったかのように島へ近付く帆船が見えるようになる。

 強い光が空を照らし出す頃。

 望遠鏡で海を見ていたウソップは敵襲の時を知った。

 

 「来たっ」

 

 小さく叫んですぐに周囲へ目を走らせる。

 それぞれ自身の持ち場で待機する面々は頷き、多少離れているが言葉もなく、それぞれ身を潜めようと隠れた。すぐにウソップもその場を離れて森の中へと消えていく。

 北の海岸。そこは独特な地形を持っている。

 海岸のすぐ傍から崖が連なっており、その上へ上るためには一本の道を使うしかない。道はおよそ二十メートルほどの幅で、両側を高い崖に挟まれている。道幅こそそれなりだが崖に見下ろされる地点もあって侵攻するにはあまり向かない。言い換えれば待ち伏せにはうってつけである。

 果たして一介の海賊がそこに気付くかどうか。

 船はゆっくりと海岸へ近付き、やがて浅瀬に乗り上げる前に動きを止める。

 その直後に大きな雄たけびが聞こえた。

 海賊たちは次々船から降りて海岸へ辿り着いている。眼前はすでに陸地、だが上陸してからの働きを考え小舟を下ろして体を濡らさぬようにし、少しでも疲労を少なくしようと上陸した。その数、およそ五十名を超える。小さな村を踏み潰すには十分な数だ。

 長い航海により戦闘経験も豊富。武器を持たない村人など怖い物ではない。

 意気揚々と島へ降り立った彼らは朝日の中で駆け出した。

 その中には当然、一味を統べる男、クロネコ海賊団船長のジャンゴの姿もある。以前と同じハート形のサングラスをかけて、興奮する面々の中で唯一落ち着いた足取りだ。

 海賊たちは一斉に坂道を上り始め、駆けていく。

 そこを上り切る前に、森から飛び出してきた男が彼らの前に立ちはだかった。

 

 「全員止まれェ!」

 

 突然現れたウソップの一声によって、驚いた面々は思わず足を止める。

 計画では油断した町を強襲するはずだった。だが明らかに海賊ではない、村に住んでいるだろう少年が飛び出してきて、しかも一人。一時は驚くものの、あまりに弱そうな姿に緊張感は生まれない様子。足を止められて怒る者、中には不敵に笑う者も居た。

 止まった一同を掻き分けてジャンゴが前へ出てくる。

 昨日も見た顔だ。おそらく船長だろうと考えられたのだろう。

 ウソップは目元を守るゴーグル越しにジャンゴを睨みつけ、片手にはパチンコを持ち、体の震えを気合いで押し殺した状態で、大声で叫ぶ。

 

 「なんだ、てめぇは」

 「よぉく聞けっ、おれ様の名はキャプテ~ン・ウソップ! この村を牛耳る大海賊だ! おまえら言っとくがな、誰であろうがこの村には手を出させねぇぞ! 逃げ出すなら今の内だ、おれには八千人の部下が居る!」

 「な、なにっ!? 八千人だと!?」

 「今すぐ尻尾撒いて逃げ帰るって言うなら見逃してやろう! だがもしそうしない場合、おまえたちは逃げなかったことを後悔するぞ! さぁ、とっとと逃げやがれ!」

 

 脂汗が噴き出すのを感じながら叫べば、なぜかジャンゴは身を仰け反らせて驚いている。どうやらウソップの嘘を信じたらしい。周囲で部下たちが白けている中で彼だけ表情が違った。

 当然海賊たちは呆れた顔。微塵も信じている顔ではない。

 純粋というべきか、思慮が足りないというべきか、のんきな彼の肩を叩く。

 八千人も居るはずがないだろう。

 誰一人として騙されることなく冷ややかな目だった。

 

 「ジャンゴ船長、嘘に決まってんでしょう」

 「あんなガキが海賊で部下が居るわけないでしょうが」

 「げ、バレた!?」

 「ほらバレたって言ってるし」

 「バカだ……普通自分からバラすかよ」

 

 ウソップが思わず漏らしてしまった一言を機に、ジャンゴの顔色が変わった。

 間抜けな様子は霧散して怒気を感じる顔つきとなる。

 雰囲気を一変させ、彼の口から出たのは海賊らしい迫力を伴っていた。

 

 「てめぇ、おれに嘘をつきやがったな」

 「ひぃっ」

 「許しはしねぇぞ! 奴ごと村を踏み潰してやれェ!」

 

 再び雄たけびを上げて、海賊たちが走り出した。

 あまりの迫力に全身が竦みそうになる。やはり本物、気を抜けば腰が抜けてしまいそうな恐怖感を発揮しているように感じる。だが、必死に歯を食いしばって耐えたウソップは鞄へ手を突っ込み、準備しておいたそれを素早く両手いっぱいに持った。

 取り出したのはまきびし。

 逃げる寸前に彼は大量に持ったそれを地面へとばら撒いた。

 

 「これでも喰らえ、まきびし地獄ッ!」

 

 向かってくる海賊たちの前へまきびしが敷き詰められ、見えはしたものの走り出した勢いはそう止められず、大勢の人間が思い切り踏んでしまう。そうすると尖った先端が靴底を破り、足の裏にまで刺さった。痛みから悲鳴は止められずに阿鼻叫喚の光景となる。

 哀れにも、海賊たちは痛みに逆らえずその場で間抜けに飛び跳ね出した。

 その間にウソップは後ろへ向かって駆け出し、逃げ始める。

 慌ててまきびしを抜いて、その場へ捨て、海賊たちは怒りを露わにすぐ追おうとした。ただその時に彼と入れ違いに走ってくる人物も見つける。

 すれ違う一瞬、ウソップがルフィへ声をかけた。

 

 「あとは頼んだっ!」

 「頼まれた!」

 

 勢いよく、真っ直ぐ駆けてくるルフィを見て海賊たちは怒りを噛みしめる。

 やはり強そうには見えない至って普通の少年。舐められているとしか思えない。

 真っ直ぐ向かってくること自体が腹立たしかった。

 

 「なんだあのガキ、仲間が居やがったかッ」

 「構うもんか! どうせ今度もガキだ、始末して村へ急げ!」

 

 いきり立った様子で武器を振り上げ、恐怖心の一切も持たずに走り始める。

 正面からはルフィが迫っていた。

 両腕を高速で動かし、予備動作を始める彼は鋭い目つきで敵を見据えている。今から攻撃を始めようとしているらしいが、その挙動に不審な点が見つかり、動揺が生まれる。

 ゴムの腕が伸び縮みを繰り返しており、その様は明らかに異質だった。

 

 「ゴムゴムのォ~……ガトリングッ!」

 「な、なんだ!?」

 

 異様に伸びた腕が、見切れないほど無数のパンチを放った。この異常な光景に海賊たちは驚愕しない訳にはいかず、慌てて足を止めようとするも、迫り来るパンチは避けられない。

 数十名の男が為す術もなく殴られ、一斉に体が宙を舞った。

 士気を折るのはそれで十分。

 殴られた者、殴られていない者も含めて、目の前の光景が信じられずに動きが止まった。

 降ってくる仲間を受け止めることもできなくて、大勢が下敷きとなってその場へ倒れ込む。それでも敵の攻撃は終わらず、跳び上がるルフィは勢いよく集団の中へ飛び込んでいき、伸びる体によるパンチと蹴りで次々敵を弾き飛ばしていく。

 それを傍目に見ながら、道を挟む両側の崖の上で動きがあった。

 大暴れするルフィを見て気分を良くしつつ、片方ではキリとナミが立ち、もう片方ではゾロとシルクが待ち構えている。そうして時を見てついに動き始めた。

 

 「さて、こっちも行こうか。ゾロ、いつでもどうぞ」

 「面倒なことするぜ。正面から斬っちまえばいいだろ」

 

 キリは能力を使って紙を利用し、ゾロは自らの腕で、用意していた樽を持ち上げる。そして何を想ってか海賊たちが居ない場所、彼らが一人も居ない、むしろ後方の海岸目掛けて投げた。

 瞬時にシルクが剣を抜く。

 

 「シルク」

 「任せて!」

 

 両手で柄を握り、思い切り振るわれた剣からは刃の如く鋭利になった風が飛んだ。

 風の刃、放たれたかまいたちは狙い違わず進み、本来の目的通りに二つの樽へ触れる。

 横薙ぎに一閃。

 いとも容易く割られた樽からは多量の油が飛び散って、風に煽られた影響もあってか辺り一面に広がり、落ちる。まるで狙い澄ましたかのように海賊たちの後方を塞ぐ形だった。

 それを見て気分を良くし、満足したようにシルクが微笑む。

 明らかに以前剣を振った時の感触とは違う。日々の鍛錬は形となって結果に表れ、満足のいく光景だったらしい。風は彼女の意志に従っていた。

 準備が整い、キリが傍を見る。

 森の中から駆けてきたウソップがやってきて、すでに右手には一つの弾を持っているようだ。

 

 「準備できたよ。あとよろしく」

 「おう! いくぞ必殺……火炎星!」

 

 百発百中だと語る彼が放った弾が向かった先は、崖に挟まれた海賊たちではなく、今しがた広げられたばかりの油だった。放たれた弾丸は特殊な細工をされているらしく、空気中を駆けている内に独りでに火が点いて飛んでいく。そして火の玉が油へ到達した瞬間、地面が燃え上がった。

 黒々とした煙を空へ舞い上げ、強烈な熱風が背後から襲い掛かる。

 ルフィによって統率を乱されていた海賊たちは慌てて振り返り、その光景を目にした。

 退路を断つかのように燃え盛る炎の壁。恐怖心を煽るそれは彼らを怯えさせ、挟み撃ちに遭っていることを自覚させる。前方には不思議なほど強い少年、後方には炎の壁。右も左も崖に挟まれていて、逃げる隙が微塵も残されていない状況だ。

 すでに彼らの統率は乱されていて、平静な思考を持てる者など居ない。

 余裕から一転、大混乱へ。

 想像もしていなかった状況に海賊たちの声は明らかに乱れ始めた。

 

 「おい燃えてるぞ! これじゃ逃げ場がねぇ!」

 「な、なんなんだよこいつらっ!? 気は確かか!」

 「あの麦わら帽子、強過ぎだろ……こんなもんどうすりゃいいんだよ」

 「おれたちを殺す気だっ!」

 「ジャンゴ船長! どうすりゃいいんですか!」

 「まだ死にたくねぇよ! おれたちを助けてくれェ!」

 

 狼狽する彼らが助けを求めるのは自らの船長だ。

 強く歯噛みするジャンゴは距離を取って道を塞ぐルフィを見やる。

 敵は一人。しかし笑顔で腕組みして仁王立ちする姿。余裕は全身から溢れていた。

 どうにも倒すのは難しそうで、このままでは計画に支障が出て、怒らせてはならない男を怒らせてしまう。焦りを募らせるジャンゴは声を荒げさせた。

 

 「チィ、ガキどもが舐めやがって……仕方ねぇ、総力戦だ。出て来いニャーバンブラザーズ!」

 

 腕を振り上げて叫べば、即座に反応してクロネコの船首を持つ船から飛び降りてくる影が二つある。常人以上の跳躍力で軽々と海岸へ降り立った。

 炎の壁の向こう側、見事に着地したのは大柄な男と細身の男の二人組。

 他とは見るからに雰囲気が違う。目立つ武器も持っておらず、身体能力も高そうだ。おそらくは幹部だろう人物二人を見つけて、崖の上からゾロが好戦的な笑みを見せる。

 細身の男シャムと、太った男ブチが顔を上げ、炎の壁の向こうに居るジャンゴに笑みを向けた。

 

 「お呼びですか? ジャンゴ船長」

 「お呼びで」

 「このガキどもを殺せ。約束の時間に遅れるわけにはいかねぇんだよ」

 

 炎越しに話している彼らを見て決意は固まったらしい。

 ゾロは跳び、崖を滑り降りて海岸へ立った。

 頭に手拭いを巻いてにやりとした笑み。刀を二本抜いて両手に持つ。

 注意が向けられるのも当然である。

 全身から放たれる威圧感はまさしく強者の凄みだった。しかし怯えた様子のないニャーバンブラザーズは自身の得物、猫を模したグローブの先端にある爪を舐める。

 

 「あぁ、このガキどもか。何を騒がしいかと思えば、こんな奴らに足止めされてんのかよ」

 「クロネコ海賊団の恥だなおまえら。鍛錬が足りねぇんだ」

 

 すぐさま戦闘態勢に入った二人に対して機嫌も良く、ゾロが崖の上を見ぬまま呟く。

 

 「おいキリ、こいつらおれがもらうぞ。悪ぃが一匹たりとも渡さねぇ」

 「いいよ。それならボクはみんなのフォローに回るから」

 

 狼狽するクロネコ海賊団とは裏腹に彼らは奇妙なほど落ち着いている。風格すら感じられそうなその姿にはジャンゴも危機感を抱かずにはいられない。

 予想とは違って、今はかなり厳しい状況だと判断している。

 このまま阻止されたのではまずいのだ。

 キャプテン・クロの計画に支障が出れば間違いなく消される。それが敵であれ、味方であれ。

 クロネコ海賊団一同は焦りを募らせるのだが、目の前の敵が全く揺るがない。そのせいもあって前にも後ろにも動けず動揺が深まるばかり。

 そんな様子を知ってナミは敵船へ乗り込む隙を伺い、動き出そうとした挙動にキリが気付いた。

 

 「降りるんなら手を貸そうか? ゾロみたいにするのはきついでしょ」

 「そうね……それじゃ借りようかしら。でもどうやって?」

 「簡単だよ。指揮紙(しきがみ)、“隼”」

 

 懐から取り出された無数の紙が折り重なって、大きな鳥の形となる。世にも珍しい光景にナミは嘆息し、いよいよ悪魔の実の能力者という存在に呆れ返る。これではまるでなんでもありだ。

 

 「背に乗ってくれれば下まで下ろすよ」

 「どうせなら船まで乗せてよ。そっちの方が手間かからないじゃない」

 「それは無理。これでも能力が使える範囲って決まってるんだ。多分船まで運ぶと途中で形が崩れる。まぁボクが乗ってればそうはならないけど」

 「だったらついてきて。迅速な行動は必要でしょ?」

 「お宝盗むのにこの状況をほっとけって?」

 

 おどけるキリの動きを見てナミは周囲を見回すが、どう見ても麦わらの一味が有利。

 大したことはないだろうと語る。それでもキリは頷こうとしない。

 

 「どう考えても楽勝ムードじゃない。あんたの出番必要?」

 「今のところはね。だけど何がこれから起こるかはわからない」

 「ハァ、わかったわ。一人で行けばいいんでしょ」

 「戻ってくる頃には終わってるよ。多分ね」

 

 ナミは大人しく鳥の背に乗り、羽ばたき始めたそれによって崖下へ運ばれていく。人間一人を乗せて問題ないサイズだが不思議と落下することはなく、自らの降下速度を操る。やはり紙で出来ているのが理由か、鳥自体さほど重い訳でもなさそうだ。

 無事にナミが降りて、紙の鳥を自身の傍まで連れ戻し、バラけた紙を回収した後。

 しばしの間を置いて再びキリが坂を見れば、激昂するジャンゴが動き出そうとしていた。

 

 「おまえら全員これを見ろォ!」

 

 糸で結んだチャクラムを掲げ、それをゆらりと揺らし始める。

 奇妙な仕草で自然と視線が集まった。

 この時、不穏な動きを感じたキリはやはりこの場を離れなくてよかったと思う。

 

 「ワン・ツー・ジャンゴで眠くなれ! ワ~ン……」

 「みんな見るなッ!」

 「ツ~……」

 

 キリが発した鋭い声に気付き、ただ言われるがまま反応して、シルクとウソップが咄嗟に顔を背けて視線を外した。しかし聞いていながらルフィは気になって仕方ないらしく、揺れるチャクラムを見つめたまま。一時も目を離さない。

 するとジャンゴが大声を発して、自身の帽子をずり下げると自分で目元を隠した。

 

 「ジャンゴォ!」

 「おぉっ?」

 

 叫んだ瞬間、ルフィに異変が起きる。今の今まで問題なく立っていたはずなのに急に体から力が抜け、意識が遠ざかっていく。痛みや苦しみはない。襲ってくるのは抗い切れない睡魔だ。

 意識を手放して眠ってしまうまでたった数秒。

 ルフィの体は受け身も取れずに大の字に倒れてしまった。かといって怪我を負った訳ではなくてただ眠っているだけ。あまりにも奇妙な光景には仲間たちも心配する。

 

 「ルフィ!?」

 「ね、寝ちまったのか? なんでこんな時に」

 「お嬢様に遺書を書かせる方法、催眠術ってこのことか。つまり奴は催眠術師」

 

 三人が目を向けるのはジャンゴ。あからさまに奇怪な外見の男だ。

 催眠術という、悪魔の実にも劣らない物珍しい技術を持つとは予想外だった。しかも一瞬でルフィが眠ってしまったところを見るとかなり強力。決してかけられてはいけないと理解する。

 道を塞いでいた彼が倒れてしまったことで道が開けた。

 状況は変化し、再び海賊たちが大声を発する。

 異様なほど強い彼を倒すのは不可能だと思われたものの、流石は船長。見事な手腕で彼を退けた。これで炎の壁を突っ切って逃げ出す必要はなく前に進める。

 

 「やったぜ、流石ジャンゴ船長!」

 「あのバカ強ぇ奴を倒しちまった!」

 「よぉし野郎ども、これで村に入れるぜ! 進めェ!」

 

 目指すはシロップ村。計画通りに事を為す。

 雄たけびを上げた海賊たちが武器を振り上げ走り始めた。

 それを見て咄嗟にキリが動こうとしたが、それよりも早くシルクが駆け出し、軽やかな動きで跳ぶと坂へ降りる。立った場所はルフィの傍。真剣な眼差し、両手で剣を構える。しかしやってきたのが細身の少女一人ということもあって、海賊たちは足を止めなかった。

 

 「女ぁ、踏み潰されてぇのか! そこをどけェ!」

 

 威圧されたところでシルクは逃げず、代わりに剣を振るった。

 横薙ぎに全力で。坂を両断するような軌跡である。

 剣の動きに合わせて能力が使用されており、放たれた風が刃のように研ぎ澄まされ、目に見えないまま空を駆けた。結果、海賊たちの進行方向を塞ぐように地面に当たって、ガリガリと荒々しく削られる。突然の事態に海賊たちは恐れおののいて思わず足を止めた。

 剣を振り切った態勢のシルクに注目が集まる。

 一度血振りをして、背筋を伸ばした後で改めて構え直す。

 今の一撃は良かった。驚愕して口を大きく開いているウソップは別として、見ていたキリもシルク本人も思う。今までの練習の成果は今こそ形となったのだ。

 自信すら感じる表情で言葉が吐かれる。

 地面に刻まれたのは境界線。生と死を分ける場所だ。

 シルクはまたも言葉を失くした海賊たちへ、静かな声色で語り掛ける。

 

 「その線、越えないでね。ここからでも斬れるよ」

 

 それは明らかな宣戦布告。同時に敵への警告でもあった。

 自分の意志で使えるようになりつつあるが、それでも細かな調整にはまだ甘さがある。以前は砲弾さえ切り捨てた技だ。一歩間違えれば人体さえ両断してしまう可能性があるだろう。それを考えるにできればこのまま退いて欲しいというのが正直なところ。

 敵の士気を折りながらもシルクも緊張している。

 ただこの場が硬直したのは確かで、空気は一変していた。

 普通の人間ではないだろうシルクの力を目にして、考えも無く突っ込んでいくことはできない。

 再び前へ出るのを戸惑い始めたため、思わずジャンゴは頭を抱えて溜息をついた。

 

 「てめぇら一体何やってやがる。相手はガキだろうが」

 「でも船長、あいつらやっぱおかしいですぜ。ありゃ悪魔の実の能力者だ」

 「あんなバケモノに勝てるわけねぇって」

 「だらしねぇ連中だ。仕方ねぇ、ならおれの催眠術で恐怖を取り除いてやろう」

 

 そう言ってジャンゴは仲間たちへ振り返った。

 催眠術を使うため糸に吊られたチャクラムが揺れ始める。

 海賊たちはこぞってそれを見つめた。船長の催眠術が嘘の類ではなく本物だと知っている。それはいっそ、魔法だとも思わせる強力な力を持っているのだから。

 しかしその時一人の男が気付いた。

 揺れるチャクラムから一瞬目を離し、不意に見たのは坂道の一番上。

 いつの間にかその場へ現れた見覚えのある顔が目に映り、小さくあっと呟かれる。

 

 「ジャンゴ船長、あれ……」

 「あぁ? なんだってんだいきなり。人が催眠かけてやるってんだから集中しろ」

 「あ、あれっ、あれを」

 「わかったようるせぇな。向こうに何があるんだ?」

 

 その男の一声によって全員の目が彼に気付いた。

 黒髪のオールバックと黒い執事服。不機嫌そうな顔には眼鏡をかけて、それを掌で押し上げる手には奇妙な手袋がつけられていた。爪のように取り付けられた五本の刀身が、まるで猫の爪を思わせる。だが本来のそれよりも鋭い。少なくともそれが猟奇的な凶器であることだけは確かだ。

 クラハドール、及びかつての海賊キャプテン・クロ。

 屋敷で待っている手筈だった彼がなぜか昔の武器を持ち出してそこに立っており、途端に海賊たちからは口々に悲鳴が放たれた。

 彼の恐ろしさを知っている。それだけで体の震えが止まらない。

 言葉を失くす一同の中でジャンゴのみ声を出すことに成功し、震える声で問いかけた。

 

 「キャ、キャプテン・クロ!? なぜここに……!」

 「その名は捨てたと言ったはずだぞ。今はクラハドールだ」

 

 クロは眼鏡を直す癖を見せ、昔の名残もそのままに口を開く。

 冷徹な表情だ。かつての仲間たちを見る目はあまりにも冷たい。

 自身の爪で傷つかないよう、くいっと掌で眼鏡を押し上げ、冷静に場の状況が見極められようとしている。その事実に、その姿に、やはり海賊たちの震えは異様なほど治まらなかった。

 


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