ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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VOICE(2)

 五人は臆せず小屋の中へ入ったが、そこには何もない。

 黄金どころか生活感の欠片も感じられず、目立つ物と言えば扉から見て正面の暖炉だけ。

 他の部屋へ通じる道も無く、完全な密室である。

 黄金などどこにも見当たらない。欠片さえ見つからない一室だ。

 部屋に入った五人は立ち往生して辺りを見回した。

 

 「なんだここ」

 「何にもねぇとこだな……」

 「黄金はどこよ。隠し部屋か何かがあるのかしら」

 「ウーナンは? ここに来れば会えるんじゃ」

 

 困って立ち尽くす五人の中で、何も言わずに岩蔵が歩き出す。

 奇妙なのは何もないこの部屋で暖炉だけが置かれていること。ここは比較的暖かい海域だ。いくら高い場所と言えども暖炉を使わなければならないほど冷え込むことも少なく、また他に必要な物が揃えられていないのにそれだけがあるのは不自然過ぎる。

 

 おそらくナミが言った通り、どこかに道があるのだろう。

 試しに岩蔵が暖炉を横から押してみれば、それは思いのほか軽く動いた。

 いとも簡単に動いた暖炉が退いた場所、そこに新たな道を発見する。地下へ通じる階段だった。見ていた四人はあっと声を出して喜色を前面に押し出す。

 

 「すんげぇ! 隠し通路だ!」

 「つまり黄金もウーナンが居る部屋も地下に隠されてるってことか!」

 「いいわよ。良い流れになってきた」

 「やっとウーナンに会えるんだ……!」

 「ここに、あいつが」

 

 岩蔵もまた小さく呟き、四人と顔を見合わせると慎重に階段を下り始める。

 巨大な山の内部を掘って空間が作られたのだろう。

 階段は思いのほか長くて、道幅は狭い。一人ずつでなければ歩けないほどだ。

 

 通路の中は薄暗い。

 明かりが無ければ歩く事さえ危険で、外の光が届かない位置まで来ると流石に危険だと判断する。ウソップが皆の足を止めた。

 

 「ちょっと待ってろ。今火をつけるから」

 「ウソップはなんでも持ってんだなぁ。いやー助かる」

 「まぁな。そこはほら、キャプテン・ウソップの頼りになるところよ。おまえらおれを尊敬したならキャプテンと呼んでもいいぞ」

 「いや結構」

 「間に合ってるわ」

 「トビオ、どうだ?」

 「ありがとな、ウソップ。助かったよ」

 

 和やかなやり取りの間に簡易の松明を用意し、先頭の岩蔵へ渡される。

 それからさらに下へ降りて行った。

 

 さほど深く掘られていた訳ではないようで、数分とせずに到着する。

 地下道の突き当り、木製の扉があった。

 そこが一番奥だと感じて全員の表情に喜びが表される。いよいよその時が来たらしい。

 

 「着いたのか?」

 「あそこがゴールだろ。つまりこの扉の向こうに」

 「黄金があるってわけね」

 「いやそこはウーナンが居る、だろ」

 

 緊張した面持ちで岩蔵が扉に手をかけた。だがその後は迷わずに押し開かれる。

 軋む音がして、古臭い匂いに包まれた。

 

 室内は暗闇。

 そこに一つだけ影が見える。

 

 松明を持って照らしてみれば、椅子に座る誰かの姿だった。

 埃が溜まったコートと帽子。海賊然とした風貌の人物で、だがそこに肌と肉は無く、長い期間孤独に過ごしたのだろう、すでに朽ちて骨だけの存在となっている。

 

 部屋に入ったトビオは絶句した。

 座っていたのは確かにウーナンの旗印を帽子に刻んだ、おそらくその人だろう人骨だったのだ。

 

 「こ、こりゃあ……」

 「まさか、ウーナン……?」

 「違うっ! ウーナンが死ぬわけないだろ! こいつは偽物だ! それかただの人違いで、だって、ウーナンは伝説の海賊で、こんなところで死ぬわけが――!」

 「トビオ」

 

 取り乱す彼に静かな声がかけられた。肩にやさしく手が置かれる。

 トビオが振り返ると沈痛な面持ちの岩蔵が居て、わずかに首を振られる。

 

 間違いないのだ。間違えるはずもない。

 そこに居るのは確かにウーナンで、変わり果てた姿になってもそうだとわかった。

 伝えられて、トビオが俯いてしまう。

 

 彼は伝説の海賊と呼ばれたはずだ。世界のほんの片隅、たとえイーストブルーでのみの話だったとしても、その偉業は広く伝えられていたのである。

 こんな暗い場所で一人、死に絶えているなど。

 憧れを持っていたせいか意識せずに涙がこぼれてくる。

 重苦しい雰囲気の中、振り返ったウソップが壁に描かれた何かに気付いた。

 

 「お、おいっ、これ見ろ」

 「ん?」

 

 全員の目がそこを見る。

 壁一面、土を削って文字が描かれている。

 火に照らされたそれを見て、岩蔵は呆然と呟いた。

 

 「間違いない。ウーナンの字だ」

 「最期のメッセージかしら。誰かが来た時に何か伝えようと思って」

 「えっと、あそこが最初か……」

 

 文面の一番最初の文字を見つけて、ウソップが声を出して読み始める。

 小さな空間に声が反響し、不思議なほどその言葉が頭の中へ残った。

 

 「黄金を求めてここへ来た者たちよ。我が名はウーナン。残念ながらここには黄金はない」

 「なんですって!?」

 「集めた黄金はすべて本来の持ち主の下へ返した。かつては命を賭けて追い求めたお宝も、今のおれにとって価値がある物とは思えない。ある一人の男の言葉を思い出したからだ」

 

 驚愕するナミをも気にせず、ウソップは読み進める。

 

 「黄金は笑わねぇ。石ころと同じだ」

 「あっ……それって」

 「あの時、おじいさんが言ってた」

 「そうだ、おれが命を賭けてでも欲しいと思った物。それが黄金だと思って航海を続けていた。だがようやく違ったのだと気付いた。おれが欲しかった物、それは黄金ではなく、黄金を求める“冒険”その物だったんだ」

 

 ごくりと息を呑みながら続ける。

 文字は所々かすんでいて読み辛い。きっと最後の力を振り絞って描いたのだろう。

 その想いに胸を熱くしながら、ウソップは表情を変えて読み切ろうとしていた。

 

 言葉が進む度に皆の表情も変わる。

 今やトビオも嘆こうとはしていない。一人の男の、最期を看取ろうとしている。

 

 「ここにはもう黄金はない。だがそれよりもずっと大切な物がある。おれにとって生涯最高の宝だ。どうかこの場所を荒らさないでやってくれ」

 「宝……?」

 「おっさん、ウーナンの手。何か握ってる」

 

 ナミが小首をかしげた時、ルフィがそう言った。

 見ると確かに白骨の右手が大事そうに何かを握りしめていた。

 

 何も告げずに岩蔵が歩み寄る。

 持っていたおでんの鍋を置き、傷つけないようそっと手を開いて、それを受け取る。

 黒い布だ。それだけで何なのかわかってしまった。

 

 立ち上がった岩蔵はボロボロの海賊旗を両手で広げ、自身の眼前に掲げる。

 それはかつて二人で作った唯一の旗。

 二人の絆を表して、いつか一緒に海へ出ようと誓い合った頃の物。

 

 胸が熱くなってくる。

 まるで彼の声が聞こえてくるようだった。

 

 喧嘩別れをしたあの日、互いに殴り合って、謝罪の一つも無いまま海へ出てしまったが、この旗を手放そうとした日はなかった。あの日からずっと、二人で同じ船に乗り、冒険した分だけ同じ経験をして、共に長い歳月冒険を続けていたのだ。この選択に、冒険に、人生に、欠片たりとも後悔はしていない。胸を張って海賊として生きたのだから。

 

 もちろん、彼の言葉などではない。彼はすでにこの世を去った。

 しかしこの時だけは掲げた海賊旗を目にして、彼の声が聞こえてくる気がする。

 岩蔵の頬が人知れず涙に濡れた。

 

 「おっさん、こっちにも何か書かれてる」

 

 ウソップが別の壁、決して大きくはない字を見つける。

 壁に手をつき、それを読み始めた。

 

 「岩蔵。生涯最高の相棒へ最期の言葉を残す。おれは海賊、おまえはおでん屋、だがおれはおまえを下に見たことはない。おまえとおれは常に肩を並べていた。誇りの高さはいつも同等だった」

 「ウーナン……!」

 「世界一のおでん屋になれ。今なら、素直にその背を押してやれる……」

 

 読み終えてウソップは立ち尽くした。

 

 人の声とは違って、文字からは感情が伝わってこない。果たして彼が嘘をついているのか、心からそう思っていたのか、その文面を読んだだけではわからないだろう。しかし、それは本来ならばの話だ。文章を読んだ今思うのは、彼は本当に自分の人生に満足していたのだということ。

 人生最期の言葉は友への激励だった。

 この場所でどんな表情を浮かべ、沈黙したのか、知ってみたかった。今はもう確認することも叶わない。だがきっと笑顔だったのだろうと思う。

 

 ウソップは鼻をすすって、鼻の下を指で掻く。

 ルフィは真剣な顔でじっと壁面を見つめていて、ナミは悲痛な面持ちで俯いた。

 

 しばし静寂の時が訪れる。

 もう何年も前のことだろうに、彼の最期を感じ取ろうとするかのよう、そこにある空気を肌で感じる。ただそれだけでも言い知れない感覚に心が動き出していた。

 一際大きく、鼻をすする音がする。

 その時トビオはゆっくり動き出し、涙を拭って、岩蔵のズボンを掴むと今にも泣きだしそうな顔で言った。視線は下げられたままだが、岩蔵はやさしい目で彼に視線をやる。

 

 「じいちゃん……ごめん。おれ、じいちゃんのこと知ろうともせずに、おでん屋のことバカにして、勝手なことばっかり」

 「気にするな。謝ることじゃねぇ」

 

 目元を腕で拭い、海賊旗は左手へ、右手を彼の肩に置いた。

 しゃがみ込んで目線を合わせる。

 岩蔵はとてもやさしい表情でトビオの顔を見つめ、やがて語り始めた。

 

 「いいかトビオ、おまえはおまえの思う通りに生きろ。おれの友がそうしたように、人生に悔いを残さないようにな。おれはずっと見守っているぞ」

 「うぅ、じいちゃん……!」

 

 トビオが強く目元を擦る。

 そんな彼の頭を撫でてやった後、トビオに背を向けて、岩蔵はウーナンの前に腰を下ろした。

 

 胡坐を掻いて正面から彼の姿を見据える。

 こうして向き合うのは、何年振りだろうか。

 今はもう悲しみはない。涙を流す必要はなかった。

 置いていた鍋を手元へ引き寄せ、それを自分の前に置く。

 もう何年振りかで晴れ晴れとした表情。彼は笑顔で友へと声をかけ始めた。

 

 「ウーナン、聞こえてるか。おまえとこうして話すのも何年振りだろうな」

 

 返事はない。それでいいと思う。

 海賊たちが見守って、孫がすぐ傍で見つめる中、岩蔵は言った。

 今はもう目に光を灯さない、事切れた友の亡骸へ。

 自分へ言い聞かせるような言葉を彼に受け止めて欲しいと願って。

 

 「今に見ていろ。おまえが夢を叶えて黄金の海賊と呼ばれたように、おれも世界一のおでん屋になってやる。だからそっちへ行くのはしばらく先だ。はっはっは、悪いな」

 

 笑顔で言いのけ、後ろを振り返らずにその名を呼ぶ。

 

 「麦わら。さっき腹が減ったと言ってたろう」

 「ああ」

 「このおでん、こいつの代わりに食っちゃくれねぇか」

 「いいのか?」

 「もう食えねぇだろうからな。生涯おれのおでんを食わなかったことを後悔するくらい、美味そうに食ってやってくれ。当然それくらい美味いんだがな」

 「そうか。いいぞ」

 

 呼ばれたルフィが岩蔵の隣まで赴き、同じく胡坐を掻いて座る。

 鍋を取って蓋を開けた。

 すっかり冷めてしまっている。店で見た時と全く同じという訳ではない。

 気にせずルフィは手づかみでおでんを食べ始めた。

 

 やはり、美味い。

 感想はただそれだけでも十分で、他に言葉など必要ない。

 無駄な装飾などせずとも言葉はそれ一つで十分。満面の笑みでルフィは言い切った。

 

 「うめぇ! やっぱりおっさんのおでんはうめぇなぁ」

 「へっ、当然だろうが。伊達に何十年もおでん屋やってねぇよ」

 「しっしっし。じゃあ世界一のおでん屋も心配いらねぇな。そん時はまた食わせてくれよ」

 「ああ。おまえが世界を一周する頃にはな」

 

 笑顔で食べるルフィを見やり、岩蔵は笑みを深くした。

 ここへ来てよかった。心からそう思える。

 

 そんな二人の背を見つめていたトビオもまた、笑みを浮かべて気持ちを変えている。

 今は前と同じように思っている訳ではない。

 トビオの背を、ウソップが強く叩いた。

 

 「まったくすげぇ奴だぜ、おまえのじいちゃんは。伝説の海賊が生涯信じ続けた、たった一人の男だったんだぜ」

 「うん……おれ、もうちょっと考えてみるよ」

 「ん? 何を?」

 「海賊になるのか、おでん屋になるのかわかんねぇけどさ、でも決めたよ。絶対後悔しない人生にする。じいちゃんやウーナンみたいに、誇り高い男になる」

 「へへっ、おれも同じさ。いつか、誰よりも誇り高い、勇敢なる海の戦士になってやる!」

 

 決意を声に乗せたトビオに続き、拳を握ったウソップも覚悟を口にする。

 悲しみは消えて、今の気持ちは晴れ晴れとしている。これからの航海に希望が持てたようにも思え、不思議と力が漲ってくるようでもあったようだ。

 

 狭い一室に声が木霊する時、ナミだけは暗い表情で俯く。

 黄金は笑わねぇ。石ころと同じだ。

 意味がわかってしまったその言葉が脳に刻まれて離れない。言って欲しくはないのに、気付けば何度も脳裏で反芻されていて、決して彼女を離してはくれなかった。

 

 誰もが知っている当然の事実だ。黄金やお宝が笑った姿など誰も見たことが無い。

 それだけに、辛くなる。

 自分の体を掻き抱くように触れて、彼女は暗闇の中で身を小さくした。

 

 忘れたことのない笑顔がまた蘇ってくる。

 この時ばかりは彼女だけが彼らの輪へ入れず、一人立ち尽くしていた。

 

 その時、ウソップのポケットから子電伝虫の声が聞こえてくる。先程慌ててキリに通信した折、ナミに返さず自分で持っていたのだった。

 誰かに気付かれる前にナミの表情が元通りになる。

 ちょうど直後にウソップが子電伝虫を取り出し、通信を開始した。

 

 「おう、キリか? ウソップだけど何か――」

 《ル、ル、ルフィさんっ! ぼくです、コビーです! た、たた、大変なんですよ!》

 

 聞こえてきた声はキリでもなければゾロやシルクでもない。ウソップにとっては見知らぬ人物だった。妙に慌てているらしく、明らかに落ち着きがない。

 その声はルフィにも聞こえたらしく、素早くおでんを平らげていた彼が立ち上がる。

 少し急ぐ風でウソップの傍へやってきて、子電伝虫を覗き込みながら返事をした。

 

 「コビー? コビーっておまえ、あのコビーか?」

 《そ、そうです! シェルズタウンまでお世話になった弱虫コビーですよ!》

 「何やってんだおまえ。海兵になったんじゃなかったのか? いやぁーでもなんかもう懐かしい感じが――」

 《そんなこと言ってる場合じゃないんですよ! 早く逃げてください!》

 

 久しぶりの会話だというのにコビーはやけに慌てていた。ルフィは首をかしげる。

 

 「どうしたんだ? なんか焦ってんのか」

 《今ぼくら、キリさんたちと合流したんですけど、大変なんです! 実は、なぜかガープ中将に追われる羽目になって……あなたのおじいさんですよ! ルフィさん!》

 「えぇ~っ!? じいちゃんが来てんのかぁ!?」

 

 大口を開けて驚愕するルフィに、他の面々が一斉に不審な表情を浮かべられた。

 特に首をかしげたのはウソップとナミである。

 

 ルフィの祖父の話。今まで聞いたことはない。

 ただ見るからにルフィの態度は変わっておどおどしていた。

 驚きは別として、彼がそれほど怯える姿は初めて見た気がする。なぜそこまで様子が変わってしまったのかがわからず、周囲の皆が疑問に思う。

 洞窟内の空気は徐々に、だが素早く変わり始めていた。

 

 「おまえこそどうしたんだよルフィ。顔が青いぞ」

 「じいちゃんがこの島にいるのか……!」

 《キリさんから伝言です、急いで船に戻って出航準備を整えてくれと! 狙われてるのはルフィさんですからすぐにこの島を離れるらしいですよ!》

 「よし! おまえら逃げるぞ! 急げ!」

 

 間を置かずにルフィは出入り口へ駆け出した。今まで見たことがないほど怯えている様子で、冷静に説明しようとする気すらない。それより先に島を離れたがっているようだ。

 当然ウソップやナミは困惑する訳で動き出せない。

 逃げ出そうとしたルフィをナミが止め、事情を聞き出そうとする。

 

 「待ちなさいよルフィ、なんで逃げなきゃいけないの? あんたのおじいさんなんでしょ?」

 「おれのじいちゃん海兵なんだっ。昔っから海兵になれってうるさくてよぉ」

 「そんな程度で」

 「あとじいちゃんの拳骨はめちゃくちゃ痛ぇ! おれゴムなのにあれだけは効くんだ」

 「ゴムなのに痛い?」

 「とにかくルフィの様子からすると、めちゃくちゃ怖い人物みてぇだな。あれだけ強ぇルフィがここまですくみ上がっちまうとは」

 

 かつてない異変に動揺が止まらない。不安が彼らにまで伝わるようだった。

 居ても立っても居られない様子でルフィはその場で足踏みを続けている。一刻も早くこの島を離れたくて仕方ないらしい。

 落ち着けそうにもないため、仲間の二人は仕方ないと首を振った。

 

 「こりゃ島から逃げねぇと止まりそうにねぇな」

 「どんだけ怖いのよ、こいつのおじいさん」

 「仕方ねぇ。おれたちもう行くけど、おっさんたちはどうすんだ?」

 

 ウソップが振り返って岩蔵とトビオを見た。

 彼らは海賊ではない。このままここで別れることになりそうだ。

 

 ここにはウーナンが居る。

 椅子に座ったまま放置しておけないだろう。

 予想と違わず岩蔵は彼に目をやった。

 

 「おれはもうしばらくここに居る。ウーナンを埋葬してやらないとな。こんな暗い場所で座り続けてるのも辛いだろう。せめて陽の当たる場所に連れてってやりたい」

 「それもそうだな。んじゃまた会おうぜ。いつになるかわからねぇけどよ」

 「ああ。気をつけろよ」

 

 いつの間にか子電伝虫は眠っていた。通信は切れているようでそれを仕舞う。

 岩蔵が見送ろうとした折、トビオがルフィへ声をかける。

 急いでいるらしい彼もその声には振り返った。

 

 「ルフィ、ありがとな。おれみんなのこと応援するよ。おまえなら大丈夫だって思うから、絶対海賊王になれよな」

 「おう! 当たり前だ!」

 「それとじいちゃんとは仲良くしろよ。おれが言うのもなんだけどさ」

 「お、おう……」

 

 また緊張感が増してきたのか、ルフィが表情を強張らせるとトビオが肩を揺らす。

 話し終えると待ち切れない様子でルフィが階段を上り始めようとした。その後ろからウソップとナミもついていく。岩蔵とトビオに手を振り、別れはあっさりしたものだった。

 

 「じゃあな二人とも! また会おう!」

 「そっちも山降りる時は気をつけなさいよ。もう私たちの手助けはないからね」

 「またおでん食わしてくれよ。できればまた無料でっ」

 「フン、次に会った時はちゃんと金払えよ、この食い逃げ野郎ども!」

 「みんなまたなー! 絶対また来いよー!」

 

 洞窟の中で別れを告げ、三人は階段を駆け上がって地上へ出た。

 高い山から島の全景を見渡す。

 今になって気付いたが確かに海軍の軍艦が停泊している。ゴーイングメリー号が停まっている位置から見てちょうど対角線。最も遠い位置にある。

 

 ひとまず船に危険が迫っている訳ではなさそうだ。

 しかしすでに島内に海軍が入っている。連絡を受けた限りではそれが事実。

 ガープについて深く知らずとも焦りを募らせるのは仕方なかった。

 

 「本当だわ。海軍の船……」

 「なぁ、今更なんだけどガープって、あのガープ中将のことか? その人がじいちゃんってことは、ルフィはガープの孫ってことじゃねぇか?」

 「そ、そういえば。あんたってどんな家庭に育ったのよ」

 「じいちゃんとはほとんど会ってなかったんだ。仕事で忙しかったみたいだからな。たまにしか会ってなくて、ずっと兄ちゃんたちと暮らしてた。あとダダンたちも」

 「まぁこいつが言うんなら嘘じゃねぇんだろうな」

 「うん。嘘が苦手だからね」

 

 ガープが祖父だという話をすぐさま呑み込んで納得する。ルフィの性格を考えれば、嘘をついた時には嘘だとすぐにわかる。事実、何度かそうした素振りを見たことがあった。

 苦手意識も絶対に嘘ではないだろう。

 

 この様子では本人に会えばどうなるかわからない。

 嫌な予感を抱えながら、ひとまず彼らは山を下りようと歩き始めた。

 


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