ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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 本当はもっと時間がかかる予定でしたが、単行本最新刊が出てたので予想外に手が動きました。
 それでもさほど溜まってませんけど。
 ぼちぼち書いてぼちぼち出していきます。



バラティエ編
Re:START


 島を飛び出してから丸三日。ボートはいまだどこにも辿り着けずにいる。その上何の因果か、船上に居る彼らはぐったりとして、見栄えはどうにも遭難しているようにしか見えなかった。

 元々が小さな船。そもそも載せられる荷物が少ない。

 それだけでなく今回は買い出しをしている暇もなく、メリー号はともかくとして、彼らのボートには食料その他もわずかしか載せられていなかった。

 

 丸三日で取れた食事はたった一回。

 ルフィが想像以上に食べてしまったせいで、初日のたった一回だ。

 

 その日以来、彼らは腹を空かせた状態で海を漂う羽目になり、どこへ行けばいいかもわからず、広い海とはいえどこかへ辿り着きそうなものだが、奇跡的な方向音痴によって島の一つにも立ち寄ることができずにいる。その結果げんなりして必要以上にだらけてしまっていた。

 

 ルフィ、ゾロ、ヨサクの三人はボートの上で脱力して寝そべっていた。

 今や誰一人として舵を見る者がなく、周囲を警戒する素振りさえ見られない。肉体は別として、すっかり精神的に疲れ切っているらしい。

 

 「あぁ~、腹減ったぁ……」

 「おまえが必要以上に食いまくるからだろ。三日分はあったはずだぞ」

 「ゾロの兄貴も、根拠がないなら道決めなきゃよかったんすよ。従ったあっしが馬鹿だった」

 

 語る声に力を入れることもできず、何気なくぼんやりと話している。

 力なく横たわって、見上げるのは青い空。すでに太陽が高く上って見下ろしており、燦々とした光が辺りへ降り注いでいる。本来ならば気分も良くなる気候だろうに、今日だけは笑えない。

 空腹と迷子。自分たちではどうしようもない問題が間近にある。

 

 この時ほど仲間たちを恋しく思ったことはない。

 キリが居ればルフィが食べ過ぎないようにと見張っていたし、シルクに腹が空いたと言えば苦笑しながら軽食を作ってくれて、ナミが居れば道に迷うことがなく、落ち込んでいればウソップが励ましてくれただろう。今、そのどれもがないのだ。

 

 仲間を守れるほど強いルフィとゾロだが、料理もできない、道もわからない彼ら二人だけではとても満足な航海を行うことなどできない。

 同乗していたヨサクは二人に気を遣って強く言い切れない部分がある。

 彼らだけの航海は前途多難で、今にも死んでしまいそうな悲壮感すら漂っていた。

 

 「みんなどこ行っちまったんだろうなぁ。ここがどこかもわからねぇし、腹も減ったし」

 「ぼやいてても始まらねぇだろ。まずはどっかの島に立ち寄って情報収集だな」

 「でもどこにも着かねぇじゃねぇか。ゾロが迷うからだぞ」

 「おれのせいかよ」

 「だってゾロがこっちだって言ったし」

 「おまえだって適当に指差してたろ」

 「いや、あっしのせいっすよ。あんた方に任せようとしたあっしの……」

 

 仲裁するのか、恨み言か、ヨサクが言うと同時に溜息が吐かれる。

 とにかく打つ手がない。状況を変えたいとは思うものの、昨日も船を進める以外のことは何もできなかった。このままでは本当に遭難して死んでしまう可能性もある。

 それでもやることがなくて、彼らはじっとしたまま動かなかった。

 

 「腹減ったぁ」

 「遭難しかけるとは不甲斐ねぇ」

 「いや、むしろもう遭難しちまってるでしょう、この状況は」

 

 脱力してしばしまどろむ。

 のどかな時間だが独特の辛さがあるため落ち着ける訳でもない。

 三人は苦悶の表情で目を閉じていた。

 

 しばらくして、睡眠と覚醒の間でまどろんでいると、唐突に声がかけられる。

 気付かぬ内に近くまで船が来ていたようだ。

 

 「おいおまえら、こんなとこで何やってんだ?」

 「うん?」

 

 一斉に首だけを上げてそちらを見る。

 近くまで小型のボートが来ていた。そこには金髪で左目を隠す、黒スーツの男が立っていて、銜えたタバコの煙を燻らせながら不思議そうな目を向けてくる。眉毛がぐるぐると巻いていて、奇妙な様は一目で覚えてしまい、三人はじっと彼を見返す。

 空腹で力が出ないため、ルフィは寝転がったまま答えた。

 

 「なぁ、なんか食うもん持ってねぇか? おれたち今遭難してんだ」

 「遭難してる奴が偉そうに遭難してるって言えるかよ」

 「腹も減ったし、町にも着かねぇし、困ってたんだ」

 「困ってる声とは思えねぇけどな。ただだらけてるように見えるが」

 

 男はふーっと煙を吐き、ボートの縁に座った。ポケットに手を突っ込んで彼らに目をやる。

 

 「どれくらいメシ食ってねぇんだ」

 「んー、食ったのは二日前くらいか」

 「このアホが必要以上に食いやがったんだよ。おかげで三日分がたった一食で終わりだ」

 「自己管理がなっちゃいねぇな。自業自得だと言えばそれまでだが……ちょっと待ってろ」

 

 そう言って男はボートの船室に入り、姿を消した。

 訳も分からず三人は待つ。

 おそらく助けてくれるのだろうという期待を持ちながら、再び会話もなく力を抜いて倒れる。

 

 時間はかからず、少し待つと隣のボートから良い匂いがしてきた。鼻をひくつかせれば美味そうな香りが鼻腔をくすぐり、鳴くのも疲れていた腹の虫が声を上げ始める。

 にんまり笑ってルフィが上体を起こした。

 何か食べさせてもらえるらしい。

 それを知れば一気に金髪の男への親近感が沸いてきたようで、喜色が全身から溢れ出る。

 

 「うまそうなにおいっ!」

 「あいつ、メシでも恵んでくれんのか」

 「うんまそうな匂いっすよ! あの人いい人だぁ」

 

 いつしか心待ちにしてボートを見るようになり、やがて男が現れた。

 器用に両手と頭に皿を乗っけて、その様を見たルフィとヨサクが待ち切れず声を出す。

 

 「メシィ!」

 「うまそーっ!」

 「おら、食え。欠片でも残しやがったらオロすぞクソ野郎」

 

 ボートを横付けにし、ルフィが素早く頭の皿を取ると残る二つがゾロとヨサクに手渡された。相当腹が空いていたようで三人ともすぐに食べ始める。

 湯気が立つのは出来立てのチャーハンだ。

 見た目にも一粒一粒の米がパラッとしており、香ばしい香りが嫌でも食欲を増進させる。

 彼らの手は素早く動いて、我慢できずに喜々として食事を行っていた。

 

 美味い。思わず驚いてしまうほどだ。

 空腹だったことも手伝い、しかし確実にそれだけでなく料理人の腕が感じられた。普段あまり味にこだわらない彼らであってもその腕には驚きを隠せない。

 ルフィは目を輝かせ、ヨサクは思わず感涙してしまったようだ。

 そんな様子に、男は自分の船の縁に腰を下ろし、彼らを横目に見ながら笑っていた。

 

 「うんめぇ~! こんなうめぇメシ食ったことねぇよ!」

 「うぅ、美味すぎる……あっし、生きててよかったぁ」

 「クソうめぇだろ?」

 

 ゾロは何も言わないものの、二人と同じようにがっついて食事をしている。

 さほど時間もかからずに全て平らげられて食事は終わった。

 皿には米粒一つ残らず、彼らも上機嫌になったらしい。

 食事を終えてからルフィが笑顔で男を見た。

 

 「いやぁーうまかった。おまえいい奴だなぁ。しかもめちゃくちゃメシうめぇし」

 「コックをやってるんでな。そりゃ当然さ」

 「へぇ、コックなのか?」

 「ああ。今は買い出し中だ」

 「あ! ひょっとして海上レストランじゃねぇか?」

 「そうだ。おれはそこで副料理長やってる」

 

 煙草の煙を吐き出しつつ、男が言う。するとルフィは何かを想ってにんまり笑った。

 

 「おれはルフィ。海賊王になる男だ」

 「おれはサンジ。さっきも言ったが、海上レストランの副料理長だ」

 「今からレストラン戻るのか?」

 「そりゃ買い出ししたんだから戻るよ。まぁ、多少食材は減っちまったが、軽いもんさ」

 「そういやなんで助けてくれたんだ? せっかく買ってきたんだろ」

 「あ? そりゃおまえ」

 

 金髪の男、サンジがルフィの顔を見やり、事も無げに言い放つ。

 何でもないことを口にするような仕草と表情。それがやけに印象的だった。

 

 「コックが腹減ってる奴にメシ食わせただけだ。何か理由が必要か?」

 「ししし、ない」

 「ならそういうことだ。おまえらも海の上で餓死しねぇように気をつけろよ」

 

 サンジはわずかに笑ってそう言い、素っ気ない態度ながらやさしい気質に感じた。

 ルフィとヨサクは彼に対して親しみを覚えて、すでに警戒心など持っておらず、ただ一人ゾロだけはまだ信用ならないと表情が硬い。サンジもそれに気付いている様子だ。

 

 警戒心を持たずにルフィが口を開く。

 話には付き合うようで、サンジも彼を見た。

 

 「おれたちもレストランに行きたかったんだ。でも迷っちまってよ、連れてってくれねぇか?」

 「ウチに用か? それくらいなら別にいいが」

 「もう大変なんだよ。ゾロがひどい方向音痴だからさ」

 「おい。おまえにだけは言われたくねぇぞ」

 

 サンジが頷いたことで同行が許され、案内役を手に入れることができた。ようやく道に迷うことなくどこかへ辿り着くことができるのである。

 二隻の船は針路を変え、一路、海上レストランを目指し始めた。

 

 到着までにかかった時間はおよそ二時間。

 海賊だと名乗り、いまいち信用されないまま会話を続けて、バラティエについて質問し、さほど退屈を感じる間もなく時間が過ぎる。そうしてその場所へ近付いた。

 その全貌を目にした時、ルフィとヨサクが目を輝かせて思わず唸った。

 

 「おおっ」

 「これは……」

 「イカスぅ~!」

 

 船首に魚の頭。舵に尾ひれ。

 何とも独創的な外観を持つレストランが前方に現れ、一目見れば忘れない姿に二人は興奮した面持ちだ。間抜けにも見えるが愛嬌もあって、客引きには持って来いだろう。二人が惹きつけられたのも納得の船である。

 

 どうやら繁盛しているらしい。

 レストランの周囲には客が乗ってきただろう帆船がいくつも停められており、密集しているようにも見えて、中々異質な光景だった。

 本来なら船がこれほど寄り集まることはない。

 やはりレストランという性質上、海賊や海軍が操る船とは違った光景が広がって、そこがレストランなのだという認識がさらに強まる。バラティエは海上に浮かぶレストラン。客足が多いことも手伝って、ルフィは身を乗り出して声を大きくした。

 

 「あれが海上レストランか」

 「バラティエさ。料理長はクソジジイで、コックもアホばっかりだが不思議と上手く回ってる。おかげで近頃は客も多い」

 「へぇ~。みんなおまえみてぇにメシ作るのうめぇのか?」

 「まさか。おれに勝てる奴なんざいやしねぇよ」

 「ししし、そうか」

 

 二隻のボートは正面の入り口を避け、裏口の方面へと回って船に近付く。

 隣へ停めるとすぐにサンジが買ってきた食材を持ち、バラティエへと渡った。しかし彼らを気にしているようで、振り返って声をかける程度には心配があるらしい。

 高低差が出来たことで見下ろされ、三人へ声が降ってきた。

 

 「おまえらどうすんだ? おれはすぐに仕事に戻る。これ以上は面倒見切れねぇぞ」

 「ああ、いいんだ。なんとかするよ」

 「そうかい。おまえらがくたばったところでなんとも思わねぇが、店には迷惑かけんなよ」

 「わかった」

 「じゃあな。もう会うこともねぇだろう」

 

 そう言ってサンジはあっさりその場を去っていき、三人からは姿が見えなくなる。

 振り返るルフィはゾロに目をやり、座ったままの彼へ意見を仰いだ。

 

 「なぁゾロ。あいつがいいんじゃねぇかな」

 「あ? 何が」

 「おれたちのコック。おれはサンジがいいと思う」

 「そういうことか。また唐突に……」

 「どう思う?」

 「まだ会ったばかりだろ。おまえこそなんでそう思ったんだよ」

 「いい奴だから」

 「ハァ。言い出したってことはもう決めたも同然なんだろうが。好きにしろよ」

 「しっしっし。あいつなら心配いらねぇって。なんとなくだけどわかるんだ」

 「あぁそうだろうよ」

 

 呆れた様子で首を振り、ゾロは溜息をついた。

 何を言っても聞かない人間だ。尋ねられたのは意見を求めるというより宣言だろう。彼を仲間にしたいと伝えただけで、おそらくもう動く気だった。

 それ以上待たずにルフィが飛び移る。

 生き生きした様子で何やら始めるつもりらしく、辺りを見回し始めた。

 

 顔をしかめるヨサクは不安を抱く。出会ったばかりで深く知らないとはいえ、喜々として船に乗り込む姿からは何をしでかすかわからないと連想させる。ゾロの溜息にも納得だ。

 彼は自身が兄貴分と敬愛するゾロへ振り返り、恐る恐る尋ねる。

 

 「いいんですか、ほっといて。ルフィの兄貴、なんか妙にやる気になってやすが」

 「ほっとけよ。いつものことだ」

 

 ゾロは動こうとせず、そのまま眠ろうとしている様子。興味は持っていないらしい。

 彼の姿を見て気付いた。

 三日前の戦闘で怪我を負い、応急処置を終えて包帯を巻いているものの、きちんとした治療を行った訳ではない。医療に関する専門的な知識を持たない面子のため、とりあえずで血を止めただけの状態だ。このまま放っておくのはまずいと今になって思い出す。

 

 ヨサクはルフィの背を見上げて声をかけた。

 ルフィも歩き出そうとする動きをやめて振り返る。

 

 「ルフィの兄貴、レストランに入るつもりなら、医者がいねぇか確認しちゃくれやせんか? ゾロの兄貴の治療がまだ終わってねぇ。これはちゃんと看といてもらった方がいいと思うんです」

 「お、そうだな」

 「いらねぇ心配だ。こんなもん寝てりゃ治る」

 「そういう訳にはいきやせんって。取り返しがつかなくなる前に治療しねぇと。ルフィの兄貴、頼んます」

 「おう」

 

 今度こそルフィが歩き出し、適当に道を決めて進み出す。

 方向音痴の彼も広さのない船の上ならそう迷うこともない。すぐに正面の入り口を見つけ、そこからレストランへ入れるのだと知ればにんまり口角を上げた。

 

 「ここから入れんのか。サンジいるかなぁ。あと医者も」

 

 扉を開いて店へ入る。

 現在は昼時。ちょうど人が多い時間帯なのだろう。どうやら店は満席で大盛況。落ち着いた雰囲気ながら賑わっており、大勢の人間の姿が見えた。

 辺りを見回せばすぐにサンジの姿を見つける。

 向こうも気付いたらしく、声をかけていた女性客に一言告げ、ルフィの下へやってきた。

 

 決して喜んだ顔ではない。さっきと違ってタバコは銜えておらず、笑顔でもなくて、明らかに迷惑そうな顔で歩み寄ってきた。

 正面に立ち、あくまでレストランの副料理長として向き合う。

 サンジはルフィの目を見て口を開いた。

 

 「いらっしゃいませクソお客様。ご予約で?」

 「いいや、予約はしてねぇ。ついでに金もねぇんだ」

 「ではお引き取りを。あいにく食い逃げ野郎は店に入れてはいけない決まりでして」

 「えー? さっきは食わせてくれたじゃねぇか」

 「遭難者とお客様をいっしょにすんじゃねぇよ。いいから出てけ」

 「おれの仲間が怪我してんだよ。ここに医者いねぇか?」

 「居たとしても非番でメシを食いに来てんだ。わざわざ休み返上で働かせる奴がいるかよ。それに怪我人なんていたか?」

 「ああ、ゾロがな。緑の髪の奴だ」

 「あいつか……」

 

 ポケットに両手を突っ込み、さっき見た顔を思い出す。むっつりしていて機嫌の悪そうな顔。ルフィと対照的だったせいで景気が悪い奴だと思ったばかりだ。

 そこまで注意して見ていなかったが、怪我人だったのかと思い直す。

 それでも意見を変えるつもりはないようだった。

 

 「どうしてもって言うなら外に出た後で声をかけろ。この店に居る以上は食事を楽しむお客様で、せっかくの時間を使わせるな。わかったか?」

 「んん、わかった。外に出てきたお客さまに聞いてみる」

 「それでいい。わかったら出てけ」

 「でももう一個用事があるんだ」

 「ハァ、なんだよ。とっとと言ってさっさと出てけ」

 「おれの仲間になってくれよ」

 

 唐突な物言いにサンジは目を丸くした。しかしすぐに平静を取り戻し、そっと目を閉じて、今まで以上に顔をしかめて苦悩していた。

 おそらく仲間になるかならないかではない。悩むのは彼の人間性についてだ。

 あっけらかんと大事な話をするルフィに対し、再び目を開けると信じられない物を見る目になっている。何から何まで、彼の想定を軽々超えてくる人物だった。

 

 「仲間に……?」

 「さっき言っただろ。海賊だって」

 「おまえらが海賊だって話は聞いた。まだ信じちゃいねぇがな。だがなぜおれが仲間になる」

 「おれたちの船、まだコックがいねぇんだ。だからいっしょに来てくれ。いっしょに冒険してさ、グランドラインを航海するんだ」

 「断る。コックなら他を探せ」

 

 思わず感じた不満からか、懐のタバコへ手を伸ばしかけ、店内であることに気付いて手を止めた。代わりにポケットへ入れて佇まいを直す。

 多少様子が変わって、嫌がりもせずに向き合う。

 伝えたいことがあるようでサンジの声は真剣だった。

 

 「おまえらがこの店に来た理由は大体わかった。が、コックなら腐るほど居る。今すぐ海賊になってもおかしくねぇような気性の荒い連中がな。選ぶならそいつらからにしとけ。当然選ばねぇのもおまえ次第だが、おれは行かねぇ」

 「なんで?」

 「この店で働き続ける理由がある。ここを離れる訳にゃいかねぇんだ」

 

 あまりに真剣で気圧される。相当な理由があるのか。

 尚もルフィは食い下がるものの、意志は全く揺らがない。

 

 「おれはおまえがいいと思ったから言ったんだよ。他の奴じゃいやだ」

 「だったらこの店じゃねぇ場所を選べ。おれが頷くことはねぇよ」

 「ここで働かなきゃいけねぇ理由ってなんなんだ?」

 「働かなきゃいけねぇんじゃねぇ。働くと決めたんだ。おれ自身がな。だからおまえとは一緒に行けねぇって言ったんだよ」

 

 ルフィもまた笑みを消し、真剣な表情でそれを聞いている。

 並々ならぬ覚悟を感じるのだ。何かしら理由があるのだろうとはすでに気付いていて、質問してみても明確には答えようとしない。言いたくないのかもしれなかった。

 

 話し始めて数分もしない内である。

 厨房から顔を出した強面のコックが大声を出し、サンジの背を睨みつけていた。

 

 「おいサンジ、何サボってんだよ! 料理が冷めちまうだろうが、さっさと運べ!」

 「うるせぇなクソコック。てめぇのまずい料理じゃどっちでも変わんねぇよ」

 「んだとコラッ! あ……どうもすみませんお客様。ヘボイモおそれ入ります」

 

 強面の料理人が周囲の客へ頭を下げ始めた頃、サンジは深く息を吐き、踵を返して歩き出した。

 話が終わった訳ではない。しかし伝えたいことは伝えた。

 それ以上曲げる気はないと態度で告げ、ルフィも跡を追わずにその背を見る。

 

 「何があってもおれはこの店を離れねぇ。悪いことは言わねぇから、他をあたれ」

 「うん、よし。じゃあおれも決めた」

 「あぁ?」

 「おまえが仲間になるまで、おれはここを離れねぇ。もう決めた」

 「何バカ言ってやがる。いいからどこへでも行けよ」

 「理由だけでも教えてくれよ。なんでコック続けてぇんだ?」

 「言いたくねぇな」

 「じゃあ聞かん。おれも動かねぇぞ」

 「チッ、勝手にしろ」

 

 ウェイター業へ戻るべく、サンジがルフィを置いて去っていく。

 強面でガラの悪いコックが追い出してしまったせいでウェイターが逃げてしまった。そのため副料理長の彼が代わりを務めていると聞いている。

 ルフィはしばしそこに立って店内を見た。

 

 盛況であった。猫の手も借りたいとはまさにこのこと。コックの数は多いようだが人前で動けるウェイターはおらず、またコックが出てくれば問題になりかねないらしい状況。

 得意ではないというのに、腕を組んで考えてみる。

 考えてみた末、途中で面倒になり、とりあえず動き出してみた。

 

 頼りになる仲間が傍に居ないため、自らの力でどうにかしようとしたようだが、やはり変化はなくいつも通りのルフィだったようである。

 ただ一つ、何かいいことを思いついたと見せる笑みは、いつもとは違う姿だった。

 


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