ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

75 / 305
海賊艦隊

 艦隊が徐々に近付いて来る最中、コックたちは臨戦態勢で敵の襲撃を待ち受けていた。

 手にする武器は槍のような柄のナイフやフォークやスプーン。コックらしいとも言える一方、どことなく頼りない様子に見えなくもない武器の外見だった。

 店を守るため、船を傷つけずに戦う。

 そう決めた彼らがまず最初にしたのは戦える場所を作ることだった。

 

 「ヒレ出すぞォ!」

 

 船内でレバーを引いて操作したことにより、海中に隠されていた船の“ヒレ”が展開され、船腹の両側へ木造の広い足場が設けられた。これで敵との戦闘で船が傷つくことはないだろう。

 しかし一方で敵の砲撃を防ぐ術はない。

 船を奪うと宣言していた以上、船を壊すような攻撃はないと予想しているものの、今後どうなるかまでは読めない。そのため予想に頼る行動だ。

 

 コックたちはヒレに歩み出て敵船を見る。

 肉弾戦なら何度も経験している。自信はあった。今回も負ける気など微塵も持ち合わせない。

 表情を引き締め、会話もなくじっと動きを止めていた。

 

 その少し後方にルフィたちが居た。

 総大将のように店の入り口へ椅子を置き、腕を組んで座るゼフの傍ら、サンジが居て、彼らの目の前にルフィ、ゾロ、ヨサクの三人が座っている。

 彼らはカルネが焼いたローストビーフを食しており、先程からフォークが止まらない様子。

 緊張感のない姿にサンジは呆れ返っているが、ゼフはにやりと笑っていた。

 

 「うんうん、うまいうまい」

 「いやぁ~ここのコックはみんなレベル高いっすねぇ。こりゃ流行るのも無理ないわ」

 「タダで食えるのは助かった。敵襲様様だな」

 

 周囲が混乱している状況だというのに、呑気に話す彼らには溜息が隠せない。

 思わずサンジはぶっきらぼうに言葉を投げた。

 

 「言っとくがおまえら金はもらうからな」

 「えーっ!?」

 「そんなぁ!? あっしら金は持ってねぇんすよ!」

 「なら皿洗いでもなんでもしろ。タダメシ食おうなんざ考えが甘ぇんだよ」

 「んん、それもそうか」

 

 口をもぐもぐ動かしながら納得したルフィが言う。

 慌てるヨサクと全く聞く様子がないゾロをそっちのけに、視線はサンジに向けられた。

 

 「じゃあおれたちがあいつらぶっ飛ばすよ。それでいいか?」

 「できるんならな。この船に傷一つつけなかった時は許してやる」

 「あとサンジ、おれたちの仲間になれ。いっしょに海賊やろう」

 「ついでみてぇに言うんじゃねぇよ。当然断るが」

 

 スペシャルだというローストビーフは大きな肉の塊だ。三人で食べてもそれなりに時間はかかり、また、ルフィが一気にかぶりつかないようゾロが牽制しているためすぐには終わらない。

 ヨサクは口を動かしつつ傍らの二人を見る。

 明らかな不利を知って内心穏やかではないようだ。

 

 「しかしお二人、こりゃ厄介な事態ですよ。見てもらえばわかる通り、相手は艦隊を持つ首領クリーク。五十隻の艦隊は誰にも負けたことがねぇって噂ですぜ」

 「そうだなぁ、やっぱりみんながいねぇと大変そうだ。数多いもんな」

 「逆に言えば居なくてよかったってとこもあるんじゃねぇか。こういう不利な状況だとキリなら無茶しやがるぞ。あん時の敗戦が相当堪えてるようだしよ」

 「んん、たしかに」

 「あんたらリラックスしすぎでしょうが……大丈夫かなぁ」

 

 緊張感のない食事はほどなく終わろうとしており、こんな状況でもどこから持ち出したか、ゾロは酒瓶を煽って中身を飲み干していた。

 再びサンジが口を開く。

 

 敗戦濃い今この状況で彼らが命を賭ける理由は何一つない。なぜ逃げ出さなかったのか。

 タダメシを狙っていた訳ではないだろう。それはあくまでついでであり、彼らが戦うために残ったことはわかっている。慌てていない姿でそれなりに強いのだろうとも思った。

 それにしたって戦闘の意味はないはず。

 気になってしまって尋ねずにはいられなかった。

 

 「なんでおまえら逃げなかったんだよ。その時間はあったはずだぜ」

 「ん? んー……なんでってそりゃ、まだおまえ仲間にしてねぇからな」

 「仲間にならねぇって言ったぜ」

 「ししし、最初はゾロだってそう言ってたよ。でも今はおれの仲間だぞ」

 「ありゃ脅迫だったじゃねぇか。よくもまぁ笑って言えるな」

 

 げんなり顔した顔でゾロが酒瓶を置けば、サンジが彼へ目を向ける。

 声をかけられると同時に視線が合わせられた。

 

 「脅迫であれなんであれ、わざわざ海賊になる奴の気が知れねぇな。おまえらどうかしてるぜ」

 「たまたま利害が一致しただけだ。別に海賊じゃなくてもよかった」

 「利害の一致、ねぇ。それがウチの戦闘に関わる理由になるのか?」

 「船長が決めたんなら従うさ。これでも一応海賊だ」

 「死ぬかもしれねぇんだぞ」

 「死んだらそれまで。その程度の男だったってことだろ」

 

 三本の刀を抱え、座ったままでゾロが言う。不遜な態度で恐れを知らない。今から始まるだろう戦闘にも全く怯えていなかった。

 

 「おれには野望がある。今はまだ届かねぇが、それを果たすまでは何があっても死ねねぇんだ。苦難上等、敵が来るのなら踏み越えるまで」

 「てめぇもバカの部類だな……野望のためなら死ねるって腹か」

 「バカとは心外だ」

 

 ひどく簡潔に、理解を求めるでもなくただ己の意志を言葉にする。

 

 「剣士として最強を目指すと決めた時から、命なんてとうに捨ててる。このおれをバカと呼んでいいのはそれを決めたおれだけだ」

 「そうかよ。どっちにしろ分かり合えねぇ」

 

 ゾロは、視線を外す寸前のサンジの変化に気付いていた。だが出会ったばかり、彼のこともよく知らない。指摘せずに視線の先を変える。

 ルフィとヨサクでローストビーフを食べ終え、意気揚々と立ち上がっていた。

 

 ゾロも続けて立ち上がり、近付いて来る艦隊に目を向ける。

 距離は着実に埋まっている。衝突までそう時間はかからない。この位置からならば手は届かないが砲弾は届くだろう。いつ敵の攻撃が始まってもおかしくなかった。

 笑顔を浮かべるルフィは戦闘を心待ちにしている様子だ。

 

 「なぁサンジ、おれがあいつらぶっ飛ばしたら仲間になってくれよ」

 「バーカ。それとこれとは話が別だ」

 「ルフィ、大将首はおれにやらせろ。前の戦闘も中途半端に終わっちまった。疼いて仕方ねぇ」

 「兄貴は怪我してやすから無理しないでくださいよ」

 

 コックたちを前に置き、彼らも戦闘態勢に入った。

 その時になってゾロが不可解な物に気付く。

 全員がクリークの艦隊に注意を奪われているせいで見ていないが、バラティエから見て左前方、小舟としては奇妙な形の小さな船が浮かんでいる。

 

 一人しか乗れない船に乗っているのは一人の男。

 椅子らしき物があるものの立っていて、手には長大な剣を持っている。

 

 「おい、ありゃあなんだ?」

 「棺桶か? いや、人か」

 「なんか艦隊の方を向いてるみてぇですが――」

 

 状況を説明するようにヨサクが呟く最中、遠目で男が剣を振る。

 瞬間、クリークの艦隊の数隻、スパンっと軽々しい様子で両断されたのだ。

 

 「ハッ!?」

 

 およそ全員が間抜けな声を発していただろう。壊れたのではなく、斬られたのだ。

 バラティエより数倍は大きいだろうガレオン船は、船腹から縦に割られ、浮かぶことさえできなくなって崩れ落ち、斬撃によって起こった水柱と共に沈んでいく。

 太刀筋は確かに見えていた。

 その斬撃を放ったのは、間違いなく小舟に乗った男であった。

 

 誰が察するより先にゾロがその男へ目を向ける。

 つばの広い黒の帽子にコートを纏った姿。手の中にある長剣は見たことのない威容。

 何よりその姿を見た時の圧迫感が、間違いないという確信を抱かせた。

 

 言葉を失い、ゾロの喉が震える。

 恐怖に近い感情に混じって確かに感じていた喜び。予想以上に早かったという想いはあるが、それでもやっと見つけたという感情は無視できずにいる。

 腰に差した刀を握り、もはやその姿から目が離せなくなった。

 

 「ふ、船が、斬られたァ!?」

 「おい、あいつだ! 多分あいつがやりやがったんだ!」

 「なんなんだあいつ、普通船なんて斬れねぇだろ!」

 

 口々にコックが叫んでいた。動揺していてさっきまでの威勢もどこへやら、誰もが男を見つけて必死に目の前の光景を見つめ、信じられない想いで艦隊の最期を見ている。

 一撃で数隻。二撃目でさらに数隻。

 五十隻全てを沈めるまで剣を振った回数、たったの五回。

 クリークの艦隊は一隻たりともバラティエに辿り着くことができず、海へ姿を消した。

 

 その後で男は剣を納め、背に差して再び椅子へ座る。

 コックたちは言葉を失い、ルフィやサンジも何を言っていいかわからなくてぽかんとする。

 しかしゾロだけは堪えきれなくなって大声を出した。

 

 「ヨサク、船をこっちに持って来い! あいつがどっか行っちまう前に!」

 「あ、兄貴、でもあいつは……!?」

 「だから言ってんだろうが! 急げ!」

 

 棒立ちになるコックたちを押しのけ、ヒレの先端にゾロが立った。今にも刀を抜かんとしていて明らかに平静ではなく、普段の姿とは何もかもが違っていた。

 きっと自分を押し留められないのだろう。

 声をかけるのを躊躇ったヨサクはぐっと歯を食いしばり、ひとまず言われた通りにボートを運ぶため、その場を離れる。自分たちのボートへ向けて走り出した。

 ルフィとサンジはゾロの様子に違和感を覚え、呆然とその背を見る。

 

 「ゾロ……?」

 「あいつだ。おれが探していた男は」

 

 待ち切れなくなって右手で刀を抜いた。

 ちょうどその瞬間、何かに気付いたのかもしれない、男が首を動かし、ゾロの姿を捉える。

 唯一無二の鋭い眼差し。気付けば知らぬ間に鷹を連想していた。

 見据えられただけで圧倒的な力を感じるが、ゾロは冷汗を流しながらも凶悪な笑みを浮かべる。

 

 間違いなく本物。剣技に加えて距離が開いたまま視線を交わしたことで理解した。

 体が小刻みに震えている。その震えが、果たして恐怖によるものか、或いは武者震いのせいなのかは自分でもわからない。ただ、逃げようとする自分が居ないのは確かだ。

 

 「世界最強の剣豪、鷹の目のミホーク。おれはあいつに勝つために海へ出た」

 

 そう聞かされてルフィは改めて男を見やり、サンジは銜えた煙草を噛み潰して力を入れる。コックたちは驚愕したせいか一切反応できなくなって、ゼフは表情を険しくしただけだった。

 

 ミホーク。その男の名前らしい。

 鷹の目と言われるだけあって鋭い眼差しを持つ男だ。彼は何を想ってか、船が進む方向を変えてバラティエへと近付いて来る。正しく言えば、ゾロに。

 

 ひどくゆったりと接近してきて、声が届くようになった頃。

 およそ五十メートルの距離を置いて対峙する。

 

 ゾロとミホークの視線が交わり、緊迫した空気が漂っていた。

 

 「鷹の目だな」

 「如何にも。そう呼ぶ者たちも居る」

 「ここへは何しに来た。まさかあいつらが標的だったとは言わねぇよな」

 「暇潰し。それ以上でも以下でもない」

 「へぇ……それを聞いて安心したぜ」

 

 右手に持った刀を振り、切っ先を突きつけ、ゾロは言った。

 挑発的な態度と明確な攻撃性。宣戦布告であることは間違いない。

 ミホークの表情はぴくりとも動かなかった。

 

 「暇なんだろ? 勝負しようぜ」

 「何を目指す」

 「最強」

 「愚かな」

 

 腕から取った手拭いを頭へ巻く。

 眼光鋭く、すでに戦意は全身から放出されている。それはコックたちにも伝わった。

 まるで飢えた獣のような凶暴さ。冷静に見据えたミホークは、着実に船を前へ進めながら、自身は椅子から立とうともせずにゾロへ問いかけた。

 

 重苦しい空気が場を支配している。誰も口を挟めない。

 全員が見守ることしかできない状況だった。

 

 「一端の剣士であれば剣を交えずともおれと貴様の力の差を見抜けよう」

 「ああ、わかるさ……おれがおまえに勝てねぇことくらい、ここに居る誰よりもわかってる」

 「ならばなぜ生き急ぐ。時を待てば貴様がおれを超える機会も願えよう。今この場で挑まねばならぬその心力は何故だ」

 「おれの野望ゆえ。そして親友との約束のためだ」

 

 小舟はバラティエへ達する。しかしミホークは降りようとしない。

 まだ勝負を受けた訳ではなく、あくまで話し合いの場を設けたのみ。ヒレの上へ足を運ぶには決定的な理由が足りていない。組んだ腕も解かれはしなかった。

 視線だけを合わせ、さらに続ける。

 

 「手負いの獣が、敗北を知っておれに挑むか」

 「なに、掠り傷だ。唾つけときゃ治るレベルのな」

 「理解に苦しむ。敗北を知りながら勝利を望んで挑むとは。そんな男に出会ったことはない」

 「あぁ、そうだろうな。自分でもバカだと思ってるよ」

 

 手拭いの下、闘志を漲らせてゾロが呟く。

 もはや誰にも邪魔できない。そこに居る者たちにできるのは、ただ彼の姿を見守るのみ。

 

 「言葉で説明できるほど簡単じゃねぇんだ。どうしても知りたきゃ、剣を合わせろ」

 「フン……誘い出すには十分な言葉か」

 

 ようやくミホークが立ち上がり、彼らが立つヒレへ足を運んだ。

 彼の登場にコックたちは怯え、わずかながらも後ろへ下がってしまう。

 それを責めることもせず、むしろ好都合だとばかりゾロが口を開いた。

 

 「ヒレっつったか、悪いがちょっと借りるぞ」

 

 先にコックたちへ告げ、次の言葉はルフィへ向けたものだったのだろう。

 視線を向けることなく言葉だけを彼に伝えた。

 

 「海賊として動くなら、やるべきことはわかってる。あいつがここに居りゃあ挑まず逃げろって言うんだろう。船長に従え、ってな。おまえにとって不利になることは極力排除しろって言いやがるんだ。だが頭でわかってても今だけは抑え切れねぇ」

 

 ルフィは真剣な顔でゾロを見つめている。止めようとする素振りはない。あまりにも微動だにせずに見つめているため、思わずサンジが止めに入ろうかと思ったほどだ。

 

 強い熱にも似た衝動の中で、彼は船長へ話している。

 それはすでに海賊の姿だっただろう。しかし同時に一人の剣士であった。

 凄まじい覚悟を感じ、表情を変えずにミホークが惜しいと考える。

 

 「命令してくれ。少しだけバカやっていいってな。そうすりゃおれは、こいつに勝てる」

 

 どんな心情でそう言ったか、窺い知ることなどできはしない。

 勝てないことなど理解しているだろう。一味のために自分が死んではならないのも理解している。それでも彼は敵に向き合うことを止めず、後ろを振り向いたりしない。

 胸の内を察するにはあまりに複雑な心境だった。

 

 何も言わずにルフィが頷く。それは事実上の船長命令であり許可だった。

 見ていなかったはずだが、ゾロの笑みは深くなり、不思議とさらに迫力が増すよう。

 

 三本の刀を抜き、構える。彼だけが使える三刀流の構え。

 対するミホークも武器を手にした。しかし背中にある長大な刀ではなく、胸に提げていたペンダントであって、鞘を外せば、ほんの数センチでしかない小さなナイフ。それを手にして、これから始まる決闘のための自らの武器だとした。

 

 「哀れなり」

 

 端的にそれだけを告げる。

 ゾロは不服を口にするようなことはしなかった。

 

 時を同じくして、ボートを移動させるヨサクが戻ってきて、必要がないことを知るとヒレに隣接して停め、自身もヒレの上へ戻ってくる。

 後ろへ下がって店の前に集結するコックたちからも離れ、一人だけ孤立。

 そこで彼は半ば無意識的に剣の柄へ手を伸ばしており、膨れ上がる不安に打ち震えていた。

 

 「兄貴……」

 「ヨサク! 手ぇ出すな!」

 

 ルフィの鋭い声が飛んで初めて気付く。自分が剣に触れようとしていたことを。

 視線の先を変えてルフィを見つめ、真剣にゾロを見る彼を確認した。

 襲い掛かる不安は同じだろう。

 震えるほど握った拳は誰の目にも明らかである。

 

 「これはゾロの戦いだ。邪魔する奴はおれがぶっ飛ばす」

 「ルフィの兄貴……あんた」

 

 それはヨサクへ言うように見えて、その場の全員へ伝える言葉。ゾロの覚悟を買い、勝敗が決まるまで絶対に手出しはさせない。そう告げている。

 これにより動きかけていたサンジは冷静さを取り戻した。

 

 馬鹿げていると思う。勝てないと知っていて挑むなど、ただのバカでさえやりはしない。

 なぜそうしなければならないのか。野望のためとはいえ、何が彼をそうさせる。

 思考は混濁し、得られない答えを探すかのように一瞬たりとも止まらない。ただ困惑していた。

 

 艦隊が消えた海は静けさを取り戻す。

 しかし先程以上の脅威を感じたことにより、静かに大きな波を生み出そうとしていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。