ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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語らう

 ルフィは眠りこけるゾロの顔を見下ろし、傍らで胡坐を掻いていた。

 目を覚ます気配はない。普段から寝ていることが多い彼でもいつもの様子とは違った。今はまるで死んだように、いびきの一つも掻かずに目を閉じている。

 思わず心配になるのも無理からぬ姿だが少なくとも呼吸はしていた。

 ひとまず大丈夫なのだろう。ルフィに限っては目を覚ますと信じているため心配はしていない。

 

 ルフィの目が近くに座るヨサクを見る。

 彼はひどく心配そうにしていて、不安が隠しきれない表情だった。

 

 「ゾロは大丈夫なんだよな?」

 「おそらくは……でも傷はかなり深いですし、一度ちゃんとした医者に見せねぇ限りはなんとも。この人の生命力ならまず死ぬことはないと思うんですが」

 「うん、やっぱ大丈夫だ。ゾロはこんなとこで死なねぇよ」

 「兄貴……」

 「約束したじゃねぇか。ちょっと寝たらまたいつも通りになってるよ」

 

 いつもの笑顔でそう言うルフィに、ヨサクは涙が溢れてくるのを感じ、ぐっと歯を食いしばる。腕で目元を拭うと無理やり呑み込んだ。

 心配しなくても彼は起きる。

 ヨサクもぎこちない笑みを浮かべて、しばらくは様子を見守ろうと佇まいを直した。

 

 ルフィ自身も怪我を負っていた。だがそこまで深い傷はなく、すでに手当ても終わっている。体の各部に包帯を巻いているものの痛々しさは感じない。

 笑顔を浮かべる程度には余裕が保たれており、ゾロが死ぬとは微塵も思っていないようだ。

 

 そうしているとパティとカルネが近寄って来た。店を守ったルフィに笑顔を向け、振り向く彼へ親しげに声をかけ始める。やはり先程の戦闘にはそれなりの効果があったようだ。

 

 「よぉ麦わら、さっきは助かったぜ。まぁ正直に言えばおれたちだけでもなんとかなったが」

 「仕方ねぇからスペシャルローストビーフはおごりにしといてやる。つっても次は金払えよ?」

 「あいつらどうしたんだ?」

 「ああ、ボートに括りつけて適当に走らせといた。あれなら戻って来ねぇだろ」

 「誰かに拾われりゃ助かる方法もあるさ。ま、しばらくは自業自得で苦しんでもらいてぇな」

 

 クリークたちはすでに店を離れたらしい。もう脅威は消え去った。

 これ以上の戦闘はない。

 ルフィは小さく頷く。

 

 「そっか。んじゃまた店やるのか?」

 「とりあえず今日はもう無理だな。客は戻って来ねぇだろうし、今回みてぇなことがあるとしばらく客足が遠のいちまう可能性もある。ちょっとばかし暇になるかもなぁ」

 「ここ最近は忙しかったからちょうどいいだろ。それならやっぱり暴れとくんだったぜ」

 「サンジは?」

 「あぁ? あいつなら二階じゃねぇか。この辺にゃ居ねぇよ」

 「あいつになんか用か?」

 「うん。ちょっと話しとこうと思って」

 

 立ち上がったルフィはヨサクに目をやり、一言を残して歩き出してしまう。

 

 「ヨサク、ゾロのこと任せた」

 「うっす。兄貴はまた勧誘っすか?」

 「ん~、まぁ聞いてみるよ。あいつがうんって言わねぇと連れてけねぇし」

 

 首をかしげるパティとカルネの間をすり抜け、ルフィは一旦外へ出た。

 二階へ上がるには階段を使うのが当然であるが、あいにく部外者の彼では船内で迷う可能性がある。方向音痴だと自覚しているため最も手っ取り早い方法を使う気だった。

 外に出てから腕を伸ばし、二階の欄干を掴んで飛ぶ。

 

 ちょうど飛び上がった先にはサンジが居て、唐突に現れたルフィに驚きの声を発した。

 見事に欄干の上へ着地。しゃがんだ状態で彼を見る。

 サンジの顔には早くも呆れの色が浮かんでいた。

 

 「よっと」

 「何やってんだ雑用。人のレストランをアスレチックにすんじゃねぇよ」

 「しっしっし。こっちの方が早かったんだ」

 「妙な奴だぜ、能力者ってのは……」

 

 小さく呟いてサンジはさっきと同じように、欄干へ腕を置いて姿勢を崩す。そうして休んでいたようだ。口には煙草を銜えて顔からもやる気が失せている。

 ルフィはそのまま欄干に腰掛け、海に背を向けたままサンジを見る。

 

 「こんなとこで何やってんだ?」

 「見て分からねぇか? サボってんだよ。どうせ客は逃げちまったしな」

 「海上レストランって大変だな。海賊に襲われたりすんのか」

 「そうでもねぇよ。ここに来る連中はおれたちだけで追い返す。大した奴らは来たことねぇし、それ用の装備も置いてる。第一ここに居る奴らが海賊みてぇなアホどもだ。それなりに使えるんで大変だと思ったことはねぇな」

 「ふぅん。ここのコックって海賊だったのか?」

 「いいや、海賊にもなれねぇチンピラどもがほとんどだ。料理長だけは元海賊だがな」

 「あの長ぇ帽子のおっさんだろ。うーん、どう考えても長過ぎだな、あれは」

 「会ったのか」

 「海賊が来る前にな。そういやグランドラインのこと知ってるっぽかったな」

 

 ふむふむと頷く彼に苦笑する。

 戦闘を終えたばかりで驚くほど気楽だ。疲労も感じさせず、すでに思考が切り替わっている。

 こうした状況に慣れているのだろう。海賊という話、嘘ではなさそうだった。

 

 少し前とは空気が全く違う。隣に居るのは相変わらずルフィだが、気の抜けるような穏やかさは感じなかった物。さっきは見えなかった何かが見える。

 ルフィは妙に親しげな態度で話しかけてくる。

 今はそれが煩わしくなかった。

 

 「サンジはなんでこの店で働いてんだ?」

 「あ? なんだいきなり」

 「そういうの聞いてなかったろ。いっしょに居た時はおれたちが海賊だって話してて」

 「まぁな……面白い話じゃねぇよ」

 「面白さなんて求めてねぇぞ。おまえの話が聞きてぇんだ」

 

 ふーっと多く煙を吐き、海を眺めて口を開く。

 ぼんやりした声で彼は話し始めた。

 

 「隠すほどのことでもねぇ。つまらねぇ話だ。死にかけてたところをクソジジイに助けられて、一緒に海上レストランを始めた。ここも元々は二人だったのさ」

 「へぇ」

 「最初はそりゃ散々だったぜ。客は来ねぇし、ジジイは片足、おれはガキで半人前。コック募集で来る連中は柄の悪ぃチンピラばっかり。せっかく客が来ても悪評が立っちまうし、それでまた客足が遠のくこともあった」

 「でも楽しかったんだろ」

 「んん?」

 「そんな顔してるぞ」

 

 わずかな時間ルフィと目を合わせ、邪気のない笑顔に負けて苦笑した。

 そんなことを言うつもりはなかった。しかし指摘されたところで否定する気にはなれない。今の自分なら頷いてもいいのだろう。

 リアクションはなかったが心の中では肯定して。

 サンジの目は再び海を見る。ルフィもそれでよしとした。

 

 「楽しいとか楽しくねぇとか、そんな簡単なもんじゃねぇけどな。おれはジジイに育てられて、色んな物を叩き込まれた。料理と蹴りもな。返しきれねぇほどの恩がある」

 「うん」

 「だから恩返ししなきゃならねぇんだよ。あいつが命懸けで救ってくれたように、おれも命捨てるくらいのことしねぇと割に合わねぇだろ。おまえの仲間になるってのは、まぁそれなりに面白そうではあるが、一緒には行けねぇんだ。悪いな」

 「ふぅん……まぁそう言うんならいいけどよ」

 

 納得しているのかしていないのか、ルフィは腕を組んで難しそうな顔をする。何かを考えているのだろうか。しきりに首をかしげる様はどう見ても納得できていない姿だった。

 考えてもわからない。

 ならば言葉にしてみようと、言い出し始める。

 

 「たださ、おれが勝手に思っただけだけど」

 「おう」

 「命捨てることは恩返しじゃねぇぞ。そんなことのために助けたわけじゃねぇ」

 「何……?」

 「おれも昔、海賊に助けられたことあるんだ。シャンクスって言うんだけど知ってるか?」

 

 その名前には聞き覚えがある。反応はしなかったがサンジは彼の顔をじっと見ていた。

 興味がないため詳しく調べようとはしなかった。しかしそれでも自然と耳に入ってくる名前。有名な海賊なのだろうということだけ知っている。

 

 今まで話を聞いていたルフィも自分の話をし始める。

 思い出すのは子供の頃。海賊になりたい、そう言っていた幼き自分だ。

 今は本当に海賊になった。

 思い出せば懐かしく、ふと笑みの様子が変化する。サンジはその様を見つめていた。

 

 「他人を守ろうとするんだから死んで欲しくて助けるわけじゃねぇと思う。生きて欲しいって思って助けるんじゃねぇかな。少なくともおれなら絶対そうするぞ」

 「そりゃあそうだが」

 「それに恩返しのために助けたわけでもねぇぞ。シャンクスも長帽子のおっさんも、そんなことのために命賭けたんじゃねぇ」

 

 ルフィは被っていた麦わら帽子を手に取り、見つめながら話し出す。

 どんな思い出もそれと共にあった。

 出会ってから。別れてから。自身の船出の後もずっと共にある。

 懐かしく想う感情を抱きつつ、その笑みはひどくやさしい。

 

 「シャンクスはこの帽子を預けて行ったんだ。いつか必ず返しに来いって。それは絶対に死ぬなって意味でもある。おれはこの帽子を返すまで絶対に死ねねぇ。約束破りたくねぇもんな」

 「それがおれとどう関係あるってんだよ」

 「おれはシャンクスから何か求められたことなんてないぞ。よくからかわれて遊ばれてたけど、死ねなんて言われたことねぇし、助けてやったから恩返せとかそういうのもねぇ。長帽子のおっさんもきっとそうさ。きっとそんなのどうでもいいって思ってる」

 「どうでもいい、か」

 「なぁ、サンジはやりたいこととかねぇのか? ここで働くこと以外にさ」

 「……あるよ」

 

 ぽつりとサンジが言った。

 その声色に思わず振り向く。彼は海を眺めていて、視線は合わなかった。

 

 「おれもいつかグランドラインに行こうと思ってる。まだ時期じゃねぇってだけでな。グランドラインに入って、オールブルーを見つけるんだ」

 「オールブルー?」

 「知らねぇのか」

 

 彼に顔を向けたサンジは笑みを浮かべている。さっきとも違って子供のような、無邪気さが見えるそれだ。初めて見る表情はルフィの好奇心を刺激したらしい。

 初めて聞く言葉に興味を持ち、やがて態度も変わり始める。

 

 「オールブルーってのは海域の名前だ。ただし普通の海域じゃない、かなり特別のな。イースト、ウエスト、サウス、ノース、四つの海に居る全種類の魚が住んでる海。誰が語り出したか知らねぇが伝説の海と言われていて、そう簡単に見つけられるもんじゃない」

 「へぇ~全種類の魚。食い放題じゃねぇか」

 「そりゃコックにとっちゃ楽園だよ。だがおまえは食い意地しかねぇのか。その海の景観に想いを馳せるとか、そういうのがあってもいいだろ」

 「けいかん?」

 「伝説の海って言うんだから、そりゃあその海は美しく――」

 

 サンジは朗々と語り、ルフィも興味津々に耳を傾ける。

 面白い話だった。初めて聞くがあっという間に引き込まれて熱心な態度になり、気になったことはすぐに質問して、会話は自然な様子で弾んでいた。

 しばし二人は時間を忘れて語り合う。

 

 オールブルー。

 その場所は一体どんなところか。

 想像が膨らみ、言葉は止まらず、二人揃ってひどく楽しい時間が続く。

 

 いつの間にか三階、気付かれていないがゼフが立っていた。階下ではしゃぐ二人の姿を目にし、微笑ましそうな、それでいて何かを思案するような顔になっている。

 彼は敢えて声をかけず、静かに自分の部屋へ戻る。

 二人はそのことに気付かないまま、その後もしばらく話していた。

 

 

 *

 

 

 夕食時になった時、職員専用の食堂にはルフィたちの姿があった。

 戦いは終わり、平穏を取り戻したがまだ出航せず、何やら二の足を踏んでいるらしい。

 大声を張り上げるパティの隣でルフィが腕を振り上げていた。

 

 「てめぇらメシだぞォ! さっさと来やがれこの木偶の坊どもがッ!」

 「メシィィィ~!」

 「つーかなんでてめぇまではしゃいでやがる!」

 

 急に顔を近付けられ、ゴスッと鈍い音を立てて頭突きをされた。ゴムの体にダメージはない。ルフィは平然と受け止め、額を触れ合わせたままパティが声を低くする。

 

 「おまえ海賊だろ。しかもお客様ですらねぇ。まさかタダメシ食えるなんて思ってねぇよな?」

 「ええっ!? おれたちの分ないのか!?」

 「ある訳ねぇだろ! いいか、ここはバラティエで働いてるコックのための食堂だ! お客様は一階の店内で食事を召し上がる! そしててめぇはただ二階に来た侵入者でしかねぇ!」

 「おれはこの店の雑用だぞ!」

 「そりゃてめぇが勝手に決めただけだろうがっ! いいから出てけ、海賊め!」

 

 二人が言い争いをしている内に続々とコックたちがやってきた。なぜ言い争っているのかはわからないものの、さほど興味も持たずに我関せずと席へつき、食事を始めようとする。

 そうこうしている内にサンジも来た。

 彼もまたいつもの席へつこうとしながら、ルフィと睨み合うパティへ声をかける。

 

 「なんだ、また腹減ったって言ってんのか?」

 「ああそうさ。まったく神経の図太い野郎だ。せめて金払うんなら食わせてやってもいいが、人様のメシをタダで食おうなんざ身勝手が過ぎるんだよ」

 「金はない! でも働けるぞ」

 「てめぇに働かれるとこっちが損するんだ! ついさっきだ、皿ひっくり返して割ったのは!」

 「食わしてやれよ。そしたら静かになる」

 

 サンジは冷静にそう言った。まるでルフィの味方をするようである。

 不審に思ったパティは厳めしい顔を彼に向けた。

 タダで食わすなどとんでもない。そう言いたいのは顔に張り付けてあるのでよくわかる。その彼を見ようとせず、すでにサンジは食事を始めようとしている。

 

 「賄いだってタダじゃねぇんだぞ、店の売り上げから調達した食料で料理を作ってんだ。それをこの店の人間でもねぇ、しかも皿を割ってマイナスにしようとする奴に食わせるってか? ふざけんじゃねぇ! 金か労働か、何かしらの見返りは必要だ!」

 「コックは腹減ってる奴にメシを食わせるのが本分だろ。小難しいこと言ってんじゃねぇ」

 「小難しいだぁ? それが労働ってもんだろうが。それをこの海賊風情はわかっちゃいねぇ」

 「肝っ玉の小せぇ野郎だな。そんなだから腕も上がらねぇんだろ」

 「何ィ……!?」

 

 徐々にヒートアップして、いよいよ喧嘩が始まろうかという時。

 周囲の期待を裏切り、そこへゼフが現れた。食事の際には彼もよく顔を見せる。普段の出来事とはいえ、今日ばかりは良くも悪くもタイミングがばっちりだったらしい。

 

 「いい加減にしねぇか、バカ野郎ども。食卓で怒鳴り合うんじゃねぇよ」

 「チッ……命拾いしたな」

 「どっちが」

 「おいパティ、食わせてやれ。寝てる野郎と看病してる野郎にもな」

 

 自分の席へ向けて歩きながらゼフが言う。意見はサンジと同じだった。そのためパティは驚いてしまい、一度は引っ込めたはずの言葉を今度はゼフへと投げる。

 

 「オーナー、しかしこいつは……!」

 「労働なら例の海賊を追い払った、それでいいんじゃねぇのか」

 「いやしかし、流石にそれだけじゃ甘過ぎるのでは」

 「それにおれは、金も労働もいらねぇから食わせてやりゃいいと思ってる。おまえらは知らねぇのか? 飢えの苦しみが、どれほど辛い物なのか」

 

 小さく呟かれた言葉が妙に重々しく、食堂の空気が一変する。

 サンジも目を伏せて口を噤み、コックたちもまた面白がる態度をすっかり消していた。

 そう言われては何も言い返せない。オーナーの意味のある一言だ。

 渋々という顔だったがパティはルフィに目をやり、表情も険しく頷く。

 

 「……用意してやる。ただし今日だけだからな」

 「やったぁ! ありがとなおっさん!」

 

 ルフィが無邪気に喜ぶ。

 量はそれなりに作っている。その中から仕方なくパティが彼らの分も用意し始めた頃、狙い澄ましたかのようにカルネが部屋へ入ってきて、彼の名を呼んだ。

 

 「おい雑用、電伝虫で通信が入ってる。相手はおまえをご所望だ」

 「おれ?」

 「仲間だっつってたぞ。確か、うそ……なんて名前だったかな」

 「ウソップ!?」

 

 その言葉にルフィが驚愕して肩を跳ね上げさせた。あまりにも大きな変化にサンジやパティを含めたコックたちも思わず注目してしまう。

 呟かれたウソップの名に、カルネがあぁと笑みを見せた。

 

 「あぁ、そいつだそいつ。おまえがここに来てんじゃねぇかって言ってきてよ」

 「どこだ電伝虫! すぐ案内してくれ!」

 「なんだよ、そう慌てんなって。こっちだ」

 

 カルネが先を歩いてルフィがついていく。二人は部屋を出て行った。

 逸る気持ちを抑えて歩調を緩めるのが難しい様子である。

 

 すぐに別の部屋へ入って電伝虫を見つけた。

 受話器が外されて置かれている。すぐさまルフィがテーブルに駆け寄り、受話器を取る。向こう側にウソップが居るのだろう。そう思って多少慌てながら声をかけた。

 

 「もしもし、おれはルフィ。海賊王になる男だ」

 《ルフィか! こちらウソップ! おまえ大丈夫なのか!》

 「ウソップぅ! おまえこそ無事だったんだな! 港に戻ったら居ねぇからびっくりしたよ」

 《ああ、色々あったからな……》

 

 元気な声で安心した。相手は確実にウソップだ。

 ルフィも朗らかな笑顔になり、ほっとして声が柔らかくなる。

 

 「よかった、とりあえず無事だったんだな。何があったんだ?」

 《でっけぇパンダは見たか? あいつに軍艦投げられちまって、おれたちにもどうしようもなかったんだ。おまえら大丈夫だったか?》

 「ああ。おれたちが海に出た時はなんもなかったぞ」

 《そういや船はどうしたんだ? メリーはなかったはずだろ》

 「ヨサクの船に乗ったんだ。でもどこに行けば会えるかもわかんねぇし、適当に進んでたらここの奴に助けてもらってさ。あ、そいつ仲間にしようと思ってんだよ」

 《仲間?》

 「おれたちのコックだぞ」

 《そうか。まぁ何があったのか知らねぇけど、とにかく無事ならよかった》

 

 ウソップは安堵した様子で嘆息する。

 別れている内に何かあったのだろうか。ルフィたちが遭難し、救出され、戦っている間に彼が何をしていたのか気になった。少なくとも体調が悪いようには聞こえない。だがどこか様子がおかしいように感じられて、ふとルフィの表情が変わる。

 

 今は誰と一緒に居るのだろう。

 不思議にもまずそれが気になって、想像していながら問うてみた。

 

 「なぁウソップ、今いっしょに居るの誰だ? メリーにはナミが居たってヨサクから聞いてるけど、他のみんなはいっしょなのか?」

 《いや、シルクはナミと一緒に居たらしい。だから一緒には居ねぇ……おれと一緒に居るのは、キリとジョニーだ》

 「そっか。二人も無事なんだな」

 《それが》

 

 言い辛そうに言葉を詰まらせ、会話が数秒止まる。ルフィは小首をかしげた。

 問いかけた方がいいのだろうかと思う頃、顔は見えないものの表情がわかるようで、恐る恐るといった様子でウソップが話し始める。

 妙に緊張する一瞬だった。

 

 《キリが怪我をして、まだ目を覚まさねぇんだ。おまえらとはぐれてからずっと眠り続けてる》

 「え……キリが?」

 

 傍から見ていて変化は明らか。

 カルネが見る目の前でルフィの顔から笑みが消える。相当の衝撃を受けたようだった。

 立ってはいるが全身から力が抜けて、奇妙な雰囲気を持っている。話を聞いていて受ける印象としても決して良い流れではなかった。

 

 「キリが、なんで」

 《……おまえのじいちゃんの部隊の、副隊長みたいな奴と戦って、おれたちを守るために》

 「そうか」

 《でも命に別状はねぇんだ。たまたま辿り着いた島で医者に出会ったし、無償で治療してもらってさ。もう峠は越えてる。死ぬことはねぇって。ただ……目覚めねぇだけで》

 

 聞いた途端にルフィは黙り込んでしまい、何かを思案するような真剣な顔を見せる。さっきまでそこに居た人物ではない。少なくともカルネの目には別人の如く映っていた。

 沈黙を苦しく思ったか、ウソップが声を明るくして言い出す。

 

 《心配すんなって。あいつがそう簡単に死ぬ訳ねぇじゃねぇか。医者のお墨付きももらってるし、今はただすやすや寝てるだけで、おれとジョニーがちゃんと見てる。大丈夫だ》

 「うん、そうだな。頼んだぞウソップ」

 《それよりシルクと連絡がついたんだ。あいつはやっぱりナミと一緒に居た。メリーも無事で、今も一緒に行動してるらしい》

 「ほんとか? どこに行ったんだ」

 《おれたちとはぐれてすぐ、ナミの故郷に戻ったそうだ。何か訳アリなんだってよ》

 

 再びルフィの様子が変わる。気を持ち直し、仲間の安否に関わって真剣みが強まった。

 一転して頼もしい姿。カルネは目を丸くする。

 

 「場所は」

 《ココヤシ村。色々厄介らしくてな、敵が居るみたいでナミの家で身を潜めてるってよ。おれたちにもすぐ来て欲しいって言ってた。ナミのことは、まだよくわからねぇ》

 「おっさん、知ってるか?」

 「ああ。ココヤシ村はここからそう遠くねぇ。真っ直ぐ向かえば一日もかからねぇだろうな」

 「ウソップ、おれたち結構近くに居るみてぇだ。すぐ行ける。おまえらは?」

 《できればすぐにでも動きてぇが、キリのこともある。せめて起きた状態でもう一回医者に見せてから出航してぇ。無理に動かすのは気が引けるしな》

 「わかった。それでいい」

 

 ルフィは頷き、一秒とかからず決心する。

 

 「おれたちはすぐその村に向かう。やっぱり離れてちゃだめだ。仲間はいっしょに居ねぇと」

 《こっちもできるだけすぐ動く。なぁに、キリが居るんだ。道に迷うことはねぇからな》

 「あ、そうか。おれたちだけじゃちゃんと辿り着けるかわかんねぇな。ヨサクが居るけど、おれもゾロも方向音痴だし……それとよウソップ、こっちも色々あった。ゾロも怪我して倒れてんだ」

 《何ぃ? ゾロまでか。あいつに怪我させるなんてどんな相手だよ》

 「会った時に話すよ。うーん、ヨサクに任せるしかねぇか」

 《それがいいな。おまえに任せるのは不安過ぎる》

 

 ようやく余裕を取り戻して冗談を混じらせられるようになってきた。

 笑顔を取り戻したルフィはおそらく笑っているだろうウソップに向け、元気な声を届かせる。

 

 「ゾロのことは任せろ。だからウソップ、キリのこと頼む」

 《任せろ! おれだっておまえらの仲間なんだからな》

 「合流はココヤシ村で。全員生きて再会するんだ」

 《おう!》

 

 二人は別れを告げて受話器を置く。

 手を離してすぐルフィは決意を感じる表情となって振り返った。

 傍にはカルネが居る訳だが、いつの間にか閉じられた扉の前にサンジが立っている。腕を組んで真剣な顔つき。じっとルフィの顔を見ているのである。

 

 視線を交わらせて数秒。沈黙したままどちらも動かない。

 ルフィは敢えて言葉を発さず、彼をじっと見つめていた。果たしてそれが何を意味するのか。それは視線を向ける本人と受ける当人しか理解できないだろう。

 やがてサンジが溜息をつき、視線を切る。

 

 「急いでるらしいのはわかるがな。出発は明日にしろ。ココヤシ村が近いっつっても夜の航海はそう簡単なもんじゃねぇ。今日はここで夜を明かせ」

 「いいのか?」

 「金は取らねぇよ。ウチは宿じゃなくてレストランだからな」

 

 サンジが振り返って扉を開け、先に部屋を出ようとする。

 背中を向けたまま静かな声で言われた。

 

 「メシが冷めちまうぞ。さっさと戻って来い」

 「おう。あったけぇ方がうめぇもんな」

 

 続いてルフィが歩き出して扉へ向かい、二人は順番に部屋を出ていく。

 その時カルネはわずかに小首をかしげた。

 

 何が、という訳ではないが不思議に思う。

 サンジの様子がいつもと違っているように思えて仕方なかったのである。

 


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