ココヤシ村に変化があったのは夕暮れに照らされ始めた頃。
いつもと違う出来事を目にした人々はざわつき、自然に集まってその光景を見ていた。
騒ぎに気付いた駐在のゲンゾウは自宅を出て村に面した海岸を見る。
かなりの強面ながら、なぜか帽子に風車を付けているという変わった風貌だ。駐在らしく村人たちを纏め上げるほど信頼を向けられる人物で、何が起こったのかを確認しに向かう。
海岸へ近付けば集まった村人たちも彼に振り返った。
「どうした。一体何の騒ぎだ」
「あ、ゲンさん」
「それが、妙な奴らが……」
「妙な奴ら?」
群がる人を掻き分けて前へ出て、その光景を目にしたゲンゾウは驚愕する。
そこには小舟でやってきたらしい四人の男たちが居た。
それは良い。普通、船に乗って現在のこの島へ近付くことは難しいが、それを差し置いても驚愕すべき光景がある。それは彼らの足元に転がっている。
四人の男たちは、村を支配しているはずの魚人たちを倒していた。
先兵として滞在していたのか、三人の魚人が彼らの足元で気絶している。倒したのはおそらく先に陸地へ渡っている三名。麦わら帽子の少年、上半身は包帯だらけの緑髪の男、そして黒いスーツに身を包んだ金髪の男だ。彼らは何事もなかったかのように倒した魚人を見ていた。
「なんだこいつら」
「そりゃ魚人だろ、どう見ても」
「魚人ってのも大したことねぇんだな。腕もねぇのに襲い掛かってくんじゃねぇよ」
あまりにも信じ難い光景だった。
普通の人間ならまず勝てないだろう魚人を、無傷で倒す人間。そんな人物は今の今まで存在すると思っていなかったため混乱してしまう。その村で住んでいれば尚更だ。
魚人は人間以上の能力を持つという通説がある。
水中での呼吸や魚以上の遊泳速度に加え、生まれながらに人間の十倍以上の腕力を持ち、さらに魚としての特性を持つため、戦闘その他においてその力は発揮される。
事実、ココヤシ村の人間は今まで一度たりとも魚人に対して歯向かえずにいた。
彼らがこの村へ来た際、その圧倒的な力で徹底的に敗北を思い知らされたためである。
しかし今、集まった村人たちよりよっぽど若い彼らが魚人を倒している。
言葉を呑んで見つめるのは当然で、気付いた当人たちは不思議そうに首をかしげる。
やはり大したことをしたという認識がない。それどころか魚人に対してさほど興味がある訳でもないようだ。視線を上げたルフィはいの一番にゲンゾウを見つけ、その帽子にこそ釘付けとなる。
「うおおっ、おっさんイカスぅ! なんだその帽子、風車じゃん!」
「おまえたちは、一体……」
「その発想はなかったっ。なぁゾロ、風車持ってねぇか? 帽子に差したらかっこいいだろ!」
「別にかっこよくはねぇだろ。それにそんなもん持ってるように見えるか?」
「サンジ!」
「おれが一度でも風車を持ってたかよ」
「ヨサク!」
「ねぇっす」
ルフィが声を大きくしたことを機に、彼らは気楽な態度で会話を始めた。
村人にとってはどう判断すべき人物なのか。逡巡した結果誰も近寄れなくなる。
代表としてゲンゾウが歩き出そうとした。
しかし一歩を踏み出す直前、背後から肩に手を置かれ、振り返ってみるとノジコが居る。彼女のことは子供の頃から面倒を看てきた。我が子のように大切に思う人物でもある。
何やら様子がおかしい彼女の変化に気付いて、踏み出そうとした動きを止める。
「ゲンさん」
「ノジコか。どうした」
「あいつらってまさか」
「ああ、どうやら魚人たちを倒したらしい。あれは幹部ではないが傷一つ受けていないとは一体どういうことだ。まさか、魚人よりも強いというのか――」
「そうじゃなくて。ねぇ、ちょっと聞いて」
気をつけなければ興奮しそうになる姿を目にし、ゲンゾウの声は高ぶりかけている。それを押し留めようとするようにノジコが厳しい表情で声をかけた。
真剣な表情。何か言いたいことがあるのだと気付く。
冷静になることができて、瞬時にゲンゾウも話を聞く姿勢となった。
「実は黙ってたんだけど、今ナミが帰ってきてるの」
「ナミが? それは知らなかった」
「島の裏側に船を停めたみたい。だけど知らない女の子を一人連れてて、詳しく聞いたら海賊の仲間だって。ねぇ、あいつらがその海賊なんじゃないかな」
「海賊だとっ。あいつらなぜナミに近付いた……!」
「落ち着いて。それが、ナミはあいつらのこと信用してるみたい。いつもと態度が違ったのよ」
ゲンゾウはナミを娘のように可愛がっている。そのせいで彼らが海賊だと知り、まさか傷つけに来たのではと怒りを露わにしたようだ。すぐに理解してノジコに止められる。
そうではない、と簡潔な説明で理由を伝えられた。
「一緒に航海してたらしいわ。ナミは多分あいつらと一緒に居たいって思ってる。それどころか、ひょっとしたら私たちを助けてくれるかもしれない」
「助けるだと? 相手は海賊なんだぞ。あいつらと同じだ」
「でも違う所が一つある。ナミが信用してるか、してないかよ」
目を見つめ返されてそう言われ、思わず押し黙ってしまう。
そう言われてしまえば確かにそうかもしれない。ナミは一方の海賊、つまりアーロン一味を信用してはいない。対して、ノジコやゲンゾウが知らない相手とはいえ、彼らのことは信用しているのだという。たったそれだけの言葉で多くを言えなくなってしまう。
ナミを助けてくれる人物なのか。
自分たちのことよりまずそれが気になったゲンゾウは、ノジコの手を振り払って歩き出した。
後ろから声をかけてくるノジコを気にせずルフィの前へ立つ。
彼らの視線はゲンゾウへと集まった。
「私はこの町の駐在、ゲンゾウという」
「おっさん、その帽子イカスな」
「少し話に聞いたのだが、君らは海賊かね。この村に何の用で来た」
「ああ、ナミに会いに来たんだ。シルクっていうおれたちの仲間といっしょにメリー号で来たと思うんだけど、どこに居るか知らねぇか?」
「海賊があの子に何の用だ」
問いかける声が思わず厳しくなってしまう。それもナミを想うためだ。
彼女は数々の重責を背負って戦っている。これ以上、一つでも重荷を渡したくないというのが正直なところ。生半可な覚悟で来たならば追い返すつもりで問うていた。
代表だろうと認識したルフィが答える。
ゲンゾウが滲ませる怒気に気付きながら、大して気にした様子もなく平然とした態度だった。
「話をしに来た。あいつには聞きてぇことがある」
「私は、あの子とは血の繋がりがない。有り体に言えば赤の他人なのだろう。だが、幼い頃から成長を見守って来た。ナミは私の娘でもある」
「ん?」
「何の話だ。あの子にどんな用件がある」
「そりゃおっさんにだって言えねぇよ。おれはナミと話すために来たんだからな」
怒気はするりと避けられ、落ち着いた声で返される。
予想外の様子に眉が動いた。
慌ててノジコが駆けつけてくるがそれでもゲンゾウは退こうとしない。声を挟んでこない他の三人の視線を感じながら、ルフィの目を見て冷徹に問うた。
「ゲンさん、もういいじゃない。別に会わせてやればそれで――」
「知っているか。あの子は海賊が嫌いなんだ。憎んでしまうほどにな」
「知ってるよ。本人が言ってたからな」
「それを知って会いに来たのか」
「ああ」
「なぜだ」
「ん~理由は色々あるぞ。おれたちの船盗んで逃げたらしいし、仲間と合流しなきゃいけねぇし、聞いてねぇこともいっぱいある。それにおれは、おれの船の航海士はあいつがいいんだ」
「あの子を海賊の世界に引っ張り込むつもりかっ」
抑え切れなくなってゲンゾウが声を荒げた。
事も無げに言うルフィに冷静さを欠いたらしい。彼の落ち着きようが、これまで見てきたナミの焦燥をないがしろにしているように思えて、何も知らない彼に苛立った。
「あの子がどんな想いで生きてきたと思ってる! 海賊に人生を滅茶苦茶にされたあの子の気持ちも知らずに、そんな勝手な理由で引きずり回そうとしているのか!」
「やめてよゲンさん! いいから落ち着いて!」
「ああ、知らねぇ」
「いいか小僧、中途半端な気持ちで来たなら今すぐに去れ! 我々のことはいい、だがあの子を傷つけようとする者は誰一人私が許さん――!」
「ゲンさん、落ち着いてよ」
叫ぶ途中、制止の声が聞こえてぴたりと止まった。ノジコではない。彼女ではない誰かであることは間違いなく、聞き覚えのあるそれは確実に彼女の物だとわかった。
ゲンゾウは慌てて振り返る。
視線の先に、シルクを伴ったナミが居た。
冷や水を浴びせられたように頭が冷え、佇まいを直して口を噤む。
ゲンゾウとノジコが脇へ逸れたため、ルフィたちの視界にも彼女らの姿が入った。
ルフィの顔がパッと輝き、時を同じく、サンジの顔がだらしなく緩む。目はハートになって、話に聞いていた外見に気分を良くしたらしい。
彼らは嬉しそうに声を発していた。
「あ~っ、シルク! ナミィ! よかったぁ、おまえら無事だったんだなぁ」
「な、ななな、なんつー可愛い子ちゃんだよおいっ! おまえらあんな美人二人と一緒に旅してたのか! クソ羨ましいぜこの野郎っ!」
「痛ぇ、いでぇ!? てめぇ叩くんじゃねぇよ!」
「ちょ、サンジの兄貴! ゾロの兄貴は怪我人ですから!」
ルフィは純粋に再会を喜んでいるが、どうやら女好きらしいサンジは二人の姿に惚れ惚れし、悔しそうにゾロの背を強く叩く。さっきまで緊迫した空気の手前、目の前のノジコに鼻の下を伸ばすのは堪えていたようだが、視界に入る女性の姿が増えて堪えられなくなったのだろう。
叩かれた痛みは胸にまで響き、ゾロは迷惑そうに顔を歪め、ヨサクも慌てて止めに入る。
シルクも微笑んで彼らを見つめ、再会を喜ぶ。皆が無事で本当に良かった。
一方でナミは真剣な顔、怖いとも言える顔で彼らを見ている。
口を動かし、言葉を紡ぐのにはひどく苦心した。しかし黙っている訳にもいかず話し出す。しかしまず最初に話しかけたのはルフィたちではなくゲンゾウである。
「大丈夫よゲンさん。こいつらは私を傷つけに来たんじゃないから」
「いや、私は……」
「下手な演技なんてしなくたってわかってるわよ。ゲンさんが私を大事に想ってくれてるのは」
「むぅ……」
一応は疎遠な振りをしていたのだが指摘されてぐうの音も出ない。どうやら彼女を嫌ったかのような態度が嘘だとバレていたようだ。
ゲンゾウが口を噤んだ後、ナミは数歩前に出てルフィを見る。
目をハートにするサンジの隣、ルフィは心から嬉しそうに笑っていた。
唇を噛み、言い辛そうにしている。心細いのか右手で左腕を抱える仕草を見せた。
そんな彼女に背後からシルクが歩み寄る。
力の入っていなかった左手を握ってやり、隣から笑みを見せれば、少しは落ち着けたのかもしれない。ナミもまた苦笑して、深く息を吐いた後に言葉を吐き出す。
「ルフィ。メリー号のことは、ごめん」
「いいさ。おまえらもメリーも無事だったんだろ」
「ええ……ねぇ、もしよかったらでいいんだけど。私の話、聞いてくれる?」
「当たり前だろ。そのために来たんだ」
考える時間すら設けず、ルフィはあっさりと答えた。
器が大きいのか、ただバカなだけなのか。どちらにしてもその一言は本人が思っている以上にナミの心を救っただろう。今にも泣きそうな顔でほっと安堵の息が吐かれる。
明らかに以前見ていた彼女の姿ではない。隣に立つシルクも嬉しそうだ。
きっと離れていた間に何かあったに違いない。
以前の彼女を知る者は、等しくそう思っていた。
大事な話をするには人が集まり過ぎているだろう。
ひとまず場所を移動すべきかと、まずナミが踵を返す。
「それじゃあ、こっちに来て。私の家で説明するから」
「わかった。それとよ、おれたちコックを仲間にしてきたんだ。一流コックのサンジだ」
「お見知りおきを、プリンセスたち。あぁ、おれは君たちの美貌で目を焼かれそうだ……こんなおれが貴方たちのお姿を見てしまうことをお許しください」
「おまえアホなのか」
「誰がアホだ! 失礼なこと言うんじゃねぇ!」
ルフィに紹介されたサンジは彼女たちを見ただけですっかり骨抜きになっており、女好きな一面が災いして場の空気は読めておらず、恭しく頭を下げて自己紹介を始める。
その時、ぽつりと問いかけたゾロの一声によって場の空気は変わり始めた。
どうもこの二人、船上に居た時から馬が合わないらしい。
あまりにも違い過ぎるせいか、それとも同族嫌悪か、ここに辿り着くまでも多少の言い合いを繰り広げている。これからの関係性が心配になるような小競り合いは後を絶たない。
今もまた始まってしまったようだ。
ナミとシルクはぽかんとしているが、止める気のないルフィは二人の姿に笑顔が絶えなかった。
「それを言うならアホはおまえだぞ。こんな美人を前にして見惚れねぇのはむしろ失礼ってもんじゃねぇか。おまえも男ならわかるだろ。わからねぇんならおまえはオカマだ」
「おれは男だ。おまえの価値観を押し付けてくるんじゃねぇよ」
「おまえといいルフィといい、男としてはどうかしてるぜ。頭おかしいんじゃねぇか? 普通はこう、胸に突き刺さるもんなんだよ。どうだヨサク、おまえはわかるだろ」
「わからなくていいぞヨサク。頭おかしいのはどう見てもこいつだ」
「なんだとコラッ」
「やるってのか」
「お二方、おれを挟んで言い合いすんのはやめてくれませんかね……」
至近距離で睨み合う二人をそっちのけにルフィはけらけら笑っている。
やってきたばかりの彼らの姿が異質過ぎたようで、村人たちはぽかんとした顔だ。
ルフィはナミとシルクに目をやり、喧嘩中の二人を指差しながら言う。
「おもしれぇだろ? でもサンジの作るメシはめちゃくちゃうめぇんだ。せっかくならメシ食いながら話そうぜ。早くおまえらにも食わせてぇからさ」
「おう、それがいいな! ナミさんとシルクちゃん、おれの料理を食ってくれ!」
「声がでかいんだよ、バカ」
「うるせぇぞアホ! おれの愛の前でごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ!」
騒がしい面子だ。まだ全員揃っていないのに騒がしさは増した気がする。
シルクは苦笑してしまい、気付けばナミも、先の暗さが嘘のように肩を揺らした。
「ふふふっ、変わった人だね。でもうちのクルーにはぴったりな気がする」
「どうかしら。また厄介な奴が増えたんじゃない?」
「それでもいいんだ。おれが選んだコックだからな」
「うおおおおぉ~っ!? 笑顔の二人も素敵だぁ~っ!」
「ヨサク、ちょっとこいつ斬ってくれねぇか」
「いやいや兄貴、仲間ですから。頼みますから少しは仲良くしてくださいよ」
これから移動しようという時にちっとも歩き出すきっかけがない。彼らは周囲の沈黙も無視して楽しそうにしており、その雰囲気はしばらくココヤシ村にはなかった物だ。
村人たちはぽかんとしている。
この村でこれほど大笑いする者など何年振りに現れたのだろう。
ゲンゾウやノジコも含め、明らかにいつもと違う空気に困惑が広がっていた。
さて歩き出そう、と思った時にはまた何かがやってくる。やはり移動さえ簡単にはできない。
海の向こうから近付いて来た小舟から大きな声が聞こえたのだ。
「おぉ~~いっ!」
「ん? なんだ?」
一同が振り返って確認すると、手を振っているのはウソップとジョニー。同じ船にキリが座って乗っている。一味にとっては集合の瞬間が、思いのほか早くやってきたのだった。
彼らの姿を見つけてルフィが溢れんばかりの笑顔で跳び上がり、ヨサクと共に両手を振って三人を迎える。普段はクールなゾロも無事を知って微笑んでいて、見知らぬ顔ばかりのサンジは冷静に目を向けていた。少なくとも女性が乗っていないのはわかるためテンションは上がっていない。
彼らの登場にシルクも喜んで、ナミの手を取ると小走りで駆け出す。
ゾロとサンジの脇を走り抜けて、海岸へ寄って手を振った。
「キリ! ウソップ! ジョニー!」
「相棒ぉ~! おまえも無事だったか!」
「お~い! みんなぁ~!」
「ちょっとシルク、なんで私も……ハァ。もう、しょうがないわね」
まんざらでもない様子でナミが右手を持ち上げる。
その後はシルクと同様、笑顔で彼らに手を振った。それを見ていたウソップとジョニーが気分を害した様子はない。単純に再会を喜んで千切れんばかりに腕を振っている。
かくして、小舟はココヤシ村に到着した。
離れ離れの短い航海を終え、夕暮れの中、一味は再び一つになったのである。
「ルフィ~っ! おまえらみんな無事だったかぁ!」
「ウソップぅ! よかった、これで全員揃ったな!」
先にウソップが小舟から跳んで、勢いそのままにルフィへ抱き着き、ぐるぐる回って再会を喜ぶ。まるで子供だ。だがその姿には周囲を笑顔にする力がある。
続いてジョニーが船を停めて、キリに手を貸しながら上陸する。
キリの姿はひどい物だった。額に包帯、よく見ればシャツの下にも治療の跡があって、左腕は特に包帯をぐるぐる巻きにされていた。相当の怪我をしたのだろうと思わせる。
しかしそれは意外にもゾロも同じ。
彼もひどい怪我を負い、上半身には包帯を巻いて、青色のシャツをはだけて身に着けている。怪我をしたのだと確認するのはなんとも簡単な姿だった。
それでいてルフィにも怪我をした形跡があって包帯を巻いている。こちらは軽傷だったようだ。本人に辛そうな表情はないし、いつもと変わらない笑顔で皆を安心させている。
ウソップを解放したルフィはキリへ歩み寄る。
彼の怪我を無視できるはずもなく、心配しながら不思議そうに尋ね始めた。
「大丈夫かよキリ、おまえ怪我して目ぇ覚めないって聞いてたぞ。もういいのか?」
「この通りとりあえず死んでないよ。怪我は追々治していくさ」
「一時はどうなることかと思いやしたが、キリの兄貴のしぶとさったらもう。普通の人間なら歩けねぇだろうに、あっさり自力で歩いちまうんだもんなぁ」
「ジョニーがどうも過保護なんだよ。そこまでしなくていいって言ってるのに」
「いやいや、おれは兄貴に守られて生きてますから。ほんの少しでもお力にならねぇと」
「しっしっし、そうか。まぁなんか知らねぇけど無事でよかったよ」
周囲を置いてけぼりに彼らだけは楽しそうだ。
それでも空気を読もうなどという態度を見せる者は一人もおらず、尚も会話を続ける。
話は新たに仲間になったサンジへ。ルフィが手で示して紹介する。
「あのな、おれたち海上レストランでコック仲間にしてきたんだ」
「サンジだ。おまえらよろしくな」
「お、仕事が早いねルフィ。ひょっとして狙って海上レストランに行ったの?」
「当たり前だ」
「兄貴、嘘はいけませんって。遭難してたらサンジの兄貴に助けられたんでしょ」
「まぁそりゃそうだよね。ゾロも居た訳だし」
「おい。そこでおれを巻き込むんじゃねぇよ」
ゾロが迷惑そうに眉間へ皺を寄せると同時、ウソップが彼の体を見て呻く。先に電伝虫で怪我をしたと知らされていたとはいえ、予想以上の大怪我だったようだ。
何があったのかを聞かずにはいられない。
「おいおいゾロ、おまえそれすげぇ怪我じゃねぇか。一体何があったんだ、海上レストランで」
「ま、色々とな」
「なんかお揃いみたいで嫌だね。包帯取ってよ、ゾロ」
「おまえは鬼か。そんな理由で人を殺そうとするんじゃねぇよ」
「ペアルックって奴だね」
「ただの包帯じゃそうは言わねぇんだよ。ったく、またアホが増えやがって……」
口を挟んできたキリに呆れ、ゾロが我慢できずに嘆息する。またいつもの光景になっていた。
顔を合わせればそれだけで普段の空気に染まってしまい、誰一人としてそこから抜け出せないし、また抜け出そうという態度が無くなる。やはりこれがルフィの作った一味だ。
ナミはシルクの隣に立って、少し俯瞰から彼らを見ていた。
再会を喜ぶ一方、少し緊張する。自分が船を盗んで逃げたこと、そう簡単に許されることではないだろうと自覚している。ルフィは笑って許したが、キリとウソップが同じとは限らない。
そう思っている矢先にキリの視線がナミを見つけた。
ウソップもそちらへ歩いてきて、彼らも彼女へ声をかける。
「あ、ナミもいるじゃないか。調子はどう?」
「メリーはちゃんと無事なんだろうな」
「え、ええ。メリーも私も、大丈夫」
「だけど大変だったんだよ。みんなと別れた後、ナミがすっごく落ち込んじゃって。私がずっと頑張って元気付けてたんだ」
「ちょっとシルクっ」
「あははは、そっか」
「まぁそっちも事情があったみてぇだしな。でももう二度とすんなよ」
彼らも厳しく追及はせずに、キリは笑顔でさらりと流して、ウソップは眉間に皺を寄せて注意しただけだった。それ以上ナミを責めようとする声はない。
驚きを隠しきれずにシルクの顔を見る。
彼女は最初からわかっていたように笑っただけだ。
「ね? みんな同じ気持ちだった」
「うん……みんな、ごめん」
「気にしなくていいよ。ウチは船長があれだから」
「いや副船長のおまえも大概だからな」
他人事のように言うキリの頭をウソップが軽くはたき、大げさに痛がり始めれば叩いたウソップが途端に慌て始める。自らの怪我を利用してふざけるあたり彼も十分性質が悪かった。
ナミはそんな彼らの姿を見て苦笑した。
なぜだろう。全員揃った姿を見ていると悩みなど吹き飛んでしまった気がする。
今なら、素直に話せるに違いない。
頭を振ったナミは待ち望んだ彼らへと言った。以前の彼女に戻ったようでいて、以前よりもやさしさが見える表情。何もかもが同じという訳ではない。
「あんたたちいつまでここで騒いでるつもりよ。いい加減きりがないから移動しましょ」
「ああ、そうだな。んじゃおまえら行くぞ、ナミの家へ!」
「ナミさんの家!? そりゃおまえ、心中穏やかじゃいられねぇぞ」
「じゃあ来んなよ」
「あぁ!?」
多少の時間を要したが一行はようやく動き出そうとしていた。
その間際、ナミがゲンゾウとノジコへ駆け寄り、微笑みを湛えて語り掛ける。
二人は思わず言葉を失ってしまった。彼女のそんな顔を見たのは何年振りだっただろうか。
「ゲンさん、ノジコ、あいつら危険じゃないから大丈夫。あんな感じだからね。ちょっと私たちだけで話したいから時間もらっていいかな」
「あいつらは信用できるのか?」
「うん。大丈夫だって、わかったから」
ナミの右手がそっと左肩に触れる。何かを隠すような包帯を、期待と不安を込めて触れた。
ゲンゾウとノジコには、或いはココヤシ村の住人たちには何かが伝わったのか、俯いて微笑んだ彼女を見て複雑な気持ちになり、見守るしかないと判断する。
今日まで彼らは彼女を頼り、同時に行動や想いを尊重していた。今更裏切ることはできないと、たとえ海賊と共に行ってしまうとしても、止めることなどできなかった。
「上手くいけば、この村が助かるかもしれない……私、あいつらに賭けようと思ってる。もうそれしか方法がないから。だけど上手くいく保証なんてどこにもない」
真剣な顔で視線を向けてくる彼らの顔を見回して、ナミは真剣に告げた。
「もしもの時は、みんな、私と一緒に死んでくれる?」
「もちろんだッ‼」
大声を出したのは一人ではなかった。
ゲンゾウもノジコも、見ているだけだった村人も、この時ばかりは声を揃えて答えを出す。
ナミは嬉しそうに笑って、小さく頷いた。
「ありがとう……」
視線を切って歩き出し、村人が開けてくれた道を進み始める。
後ろへ振り返って彼らを呼んだナミは、彼らと共に歩き始めた。