ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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海賊の流儀

 戦いに敗北し、夜の間に捕縛された魚人たちは村から外れた、山近くの道端に転がされていた。

 海の近くではもしもがあっては危険だ。しかし村に入れることもできない。そう考えられて人の姿のない、陸の上に放置されることになったのである。

 後に海軍を呼んで引き渡し、全てが終わるはずだった。

 ただし、昨夜のうちに海軍への通報は待って欲しいと言ったのが、キリだった。

 

 訝しむ村人を納得させられるだけの理由を彼は持っていた。そもそもアーロンは海軍に賄賂を渡して自分の悪事を伏せさせたのである。八年間、迫る敵は倒したとはいえなぜ本部が動かずに状況が変わらなかったか、ひとえに彼が策を巡らせ海軍内部の膿を使ったためだ。

 海軍にはそんな人間が居て信用できない。通報しても無駄に終わるだけ。

 半ば強引にそう話をつけ、放置しておくように言ったのも彼である。

 

 そして一夜が明けて。

 眠って、怪我を治療して、再び彼らは現れた。

 麦わらの一味が総出で捕縛されたアーロン一味の前に立ち、ノジコとゲンゾウも立ち会うためにその場へ姿を現す。何やら奇妙な雰囲気が漂っていた。

 

 事情を聞かされているのはナミとルフィのみ。他の人間は何も知らずにここへ居る。

 緊張も当然で、戦闘時とはまた違った緊迫感が漂っていた。

 

 主導で話を進めたキリが一歩前に出てアーロンの目の前に立つ。

 魚人たちは関節という関節を縛られ、得意の腕力が使えないよう、万が一がないように縛られている。座ったままのアーロンにはどうすることもできず、ただ敵意を込めて睨みつけた。

 キリは緩い笑顔で彼の感情を受け流して話し始める。

 

 「やぁ。ご機嫌はどうかな? ベッドも無くて辛かったかもしれないけど」

 「このままただで済むと思うなよ……魚人族の怒りは消えちゃいねぇ。おれはいつか必ずてめぇらを八つ裂きにし、魚人の恐ろしさを思い知らせてやる!」

 「怖いねぇ。そう怒らずにさ、もうちょっと落ち着いて話そうよ」

 

 そう言ってキリは地べたに座り、アーロンと目線を合わせて話そうとする。

 奇妙なのは、そうしながら決して友好的な態度という訳でもなさそうなのだ。親しげに話すような声色の一方、どこか冷徹な、恐怖心を掻き立てる何かを感じる。

 

 笑顔を浮かべながら冷静に。

 キリの声は温かく思えながら冷たい。

 

 「一つ、提案をしに来たんだ」

 「てめぇらの要求を呑むことはねぇ」

 「そう言わずにまずは聞いてよ。そっちにとってもこのまま終わりじゃつまらないでしょ」

 「フン……人間の施しを受けるようなら牢屋の方がマシだ」

 

 アーロンの態度は頑なで、ちっとも話を聞こうという気がない。

 それも当然だろう。彼は極度の人間嫌いで、尚且つ話そうとしているのは自分たちを破った相手。野望を阻止した人間たちだ。

 片時も目を離さず睨みつけ、怒りをぶつけるのは決しておかしなことではない。

 

 負けた後でも人格が変わる様子はない。

 仲間たちは緊張した顔で見守っているが、一体何をするつもりなのか。

 キリだけは彼らの態度もまるで気にしておらず、尚も冷静に話を聞いてもらおうとする。

 

 放った一言は、いきなり核心をつく物だった。

 

 「その縄を解いてもいいと思ってるんだ。ずっとそのままじゃ窮屈でしょ? 旗も奪わないし、建物は壊れたけど船もそのままだ。ちゃんと確認してきた。今まで通り自分たちの船で海賊やっていいし、アーロン一味の名前はそのままでいい」

 「何の話だ」

 「だけど当然条件はある。簡潔に言えば一つだけ、かな」

 「何度も言わすなッ。てめぇらの要求なんざ受ける気がねぇと――」

 「自分たちの旗の上に、麦わら帽子のマークを掲げるんだ。それだけでいいよ」

 

 薄く微笑んで端的にそう言い、キリはそれだけを突きつけた。

 途端にアーロンは言葉を失う。

 

 意味なら、わかる。

 己の旗のみならず他人の旗を船に掲げる。それはつまり、恭順の意味。

 彼らの傘下に入るという意味だ。

 

 とんでもないことを提案してきた。アーロンのみならず後ろに居る部下たちも顔色を変える。やはり目の前のこの男はどうかしているようだ。

 麦わらの一味の傘下に入る。

 たかだか七人、人間の海賊団の下につくなど考えただけでおぞましい。

 アーロンが声を荒げて拒否したのも無理からぬことだった。

 

 「ふざけるんじゃねぇ! おれたちが、おまえらの部下になるってのか!」

 「部下って訳じゃない。敢えて言うなら志を同じくする同志、ってやつかな。言い方はなんでもいいけどとにかく仲良くしましょうってだけ。他意はない」

 「嘘をつけ! てめぇらの旗を掲げりゃ、傘下に入ったことを証明するだけだろ……! なぜおれたちが人間なんぞの傘下に! 舐めてんじゃねぇぞガキども!」

 「考えてもみなよ。理由や経緯はどうあれ、勝負に勝ったのはボクらだ。むしろ命も取られずに交渉しようっていうんだからこれは恩赦だよ。ずいぶんやさしく接してる方さ」

 「侮辱しやがって……! 本気でそんな条件を呑むとでも思ってたのかァ!」

 

 凄まじい怒りを感じさせる気性でアーロンが叫んだ。

 しかしキリは笑みを深めるだけである。

 

 「そうだね。正直に言えば、素直に呑むはずがないって思ってた」

 「当然だ……!」

 「たださ。舐めてるのはどっちだよ」

 

 不意にキリの顔から笑みが消える。

 見ていた者たち、アーロンでさえ表情を変えてわずかに驚く。

 

 迫力を感じた。なぜかはわからない。

 ただ驚くほど空気が凍り付いているのは確かで、先にはなかった威圧感が辺りを占めていた。

 魚人たちだけでなく後方に居た仲間やゲンゾウとノジコも気付いている。

 キリの姿が、今までとまるで違っている。

 

 「お互い海賊やってるんだ、どんな生き物かくらいわかってるだろ。自分は好き勝手やっときながら、いざ負けて脅迫されたらただの好き嫌いで嫌がるばかり。そんな程度の覚悟で海賊やって今までよく生きてこれたもんだ。べらべらしゃべるのは勝手だけど、こっちは政治家やってる訳じゃない。言葉だけで通用するかどうか、それくらいもうわかるだろう」

 「何をッ、生意気な……」

 「海賊舐めんなよ。覚悟もできないクズどもが」

 

 キリは静かに立ち上がり、前方に居る面々を見下ろす。

 明らかに目の色が変わっていた。笑みなど欠片も残していない。

 声色はやさしさを演出することさえやめ、ただ静かで暗い色を孕んでいる。

 

 「海賊になった以上、どう生きるのも自由だけど、どう死んだとしたって文句は言えない。こっちは泣き言も甘えも許されない世界だ。生き残った奴が正義で負けた奴が悪。ただそれだけのルールでやってる。負けた上にピーピー泣きわめく連中は総じて海賊にすらなれないクズだって言われるんだよ。ちょうどおまえみたいな奴さ」

 「うるせぇ! 昨日今日海賊になったようなガキが知った風な口を――!」

 

 突如、アーロンの顎が殴り飛ばされた。仲間たちの体に衝突して地面を転がり、視界が霞むほどのダメージがあって、だが悲鳴さえ出せない空気に包まれている。

 彼を殴り飛ばしたのはキリの手から伸びる紙の拳だった。

 その場を動かず、身じろぎ一つせず能力で殴り飛ばし、黙ったことで続きを話す。

 

 「ボクはガキの頃からグランドラインで海賊やってる。向こうの海から来たんだって? だったら知ってるはずだろ。海賊島でおまえみたいな泣き言漏らす奴は島民全員から八つ裂きにされる。海賊の恥だってね。これ以上自分の格を下げるなよ」

 「ぐっ、おぉっ……!?」

 

 必死になって痛みに耐え、地面に転がったまま動けなくなる。

 キリは緩慢な動作で歩き出した。

 魚人たちの間を歩き、怯える彼らを無視してアーロンへ近付く。そして再び見下ろした。

 

 冷徹な目に感情はない。対象を人とも魚人とも思っていないような、恐ろしい目がそこにある。

 アーロンは心がざわつくのを感じながらその目を見つめて逃げられなかった。

 

 「死にたくもない、他人の言うことも聞きたくないなら強くなれ。誰にも負けなきゃ海賊は自由に生きられるんだ。その努力もできない奴が海賊になんかなって、しかも命を捨てる覚悟さえできていない。お笑い草だ。おまえに海賊を名乗る資格なんてない」

 

 左手に纏わりついていた紙の束が力なく地面へ落ちた。

 代わりにキリは懐からピストルを取り出し、右手で持って照準を定める。

 微塵も揺れずにアーロンの眉間へ。

 引き金を引けば、たった一発で彼の命を奪うことが可能な状況だ。

 

 「命令した訳じゃない、選択肢を与えたんだ。ボクらの下で海賊を続けるか、それとも今すぐここで死ぬか。海軍に引き渡すなんて選択はない。そこをはき違えるなよ」

 

 引き金に指がかけられる。

 いつ撃ってもおかしくない。そんな危険な姿。

 

 「海賊やる覚悟もないなら今ここで死ね」

 

 ぐぐっと指に力が入った。

 撃たれる。アーロンだけでなく誰もが自然とそう思っていた。

 その時、ナミが声を発する。

 

 「待ってキリ。ちょっと落ち着いて」

 「待つって、何を」

 「あんた、本気で殺そうとしてるでしょ」

 

 緊張した声が背後から聞こえる。それでもキリは振り返らなかった。

 ナミは唇をきゅっと噛んで返答を待つ。

 

 これでは当初の予定と違うではないか。

 グランドラインでの航海は危険だ。戦力は多いに越したことはない。水中での戦闘を得意とする魚人は作戦の幅を広めることができ、特に海戦においては比類なき力を発する。

 一味が生き残るための重要な力となるはず。

 だからアーロン一味を傘下に加えて連れて行こうと言い出したのは彼だ。

 

 それで彼らがココヤシ村を遠く離れ、戻って来ないのならとナミも承諾した。しかし今のキリはとても演技でピストルを持っているようには見えない。

 普段の姿を知っているだけに動揺してしまう。

 その冷たさは今まで感じたことがなかった。

 

 初めて見た気がするが、理解する。

 やはり彼も海賊なのだ。

 

 「さっきの話、無しでもいいよ。始末するんならボクがやる」

 「待ちなさいって。何熱くなってんのよ」

 「ガキの頃から海賊やって全てをそこで学んできた。ただのチンピラが海賊名乗って好き放題やりやがって。おまえら海賊の面汚しだよ。生きてる価値もない」

 「待ってよ! いいから、落ち着いて。私が決めたことよ」

 

 ナミがなんとかキリを押し留め、ピストルは構えたままでも、話を続ける。

 少し距離はある。ナミはその場からアーロンを見つめ、厳しい視線で捉えたまま言葉を紡いだ。

 

 「私があんたを許すことはない。今回だって別に助ける気なんてさらさらないわ。でも、あんたが海軍に捕まったからって安心できる訳じゃない。だから私たちがグランドラインへ連れていく。あんたが望む望まないに限らず、二度とココヤシ村には手を出させない」

 「くっ、ナミ……」

 「もうわかったでしょ? 敗者になったあんたたちは二つのどっちかしか選べないの。生きてルフィの下で海賊をやるか、ここで死ぬか」

 

 ナミの声には力がある。有無を言わさぬ態度があって、凛とした声が空気を震わす。

 ゲンゾウは、ノジコは、もはや口を挟む瞬間を失っていた。

 

 なんて覚悟の強い。

 きっと今から何を言ったところで、たとえ彼女を心配する一心でも、きっと答えは変わらないだろう。彼女は自分たちが居ないところで決めてしまったのだ。海賊の仲間と共に。

 

 「八年間、私はあんたたちに利用されてきた。だけど今日からは違う。私があんたたちを逃がさない。どれだけ悔いても反省しても、死ぬまで私のために働きなさい」

 

 毅然とした態度でそう言う彼女はもうただの村人ではなく、海賊。

 覚悟を決めて彼らと同じステージに立った人間だった。

 

 アーロンは歯噛みして言葉を出せずにいた。

 怒りが全身を支配したせいか、冷静な思考が取り戻せず、この場を切り抜けられるだけの作戦が浮かばない。彼らの良いように動かされるかのような感覚だ。

 ここからは意味のない発言など繰り出せない。

 大口を叩く彼らを黙らせるには、それ相応の力がある言葉でなければならなかった。

 

 しかし彼が何かを告げる前に。

 黙って生ハムメロンを食べていたルフィが静かに口を開く。

 

 「おいアーロン。おれもおまえは嫌いだし、手下とかそういうの興味ねぇけどな」

 

 顔には感情を表さずに淡々と言葉だけが投げられた。

 

 「ナミが連れてくって言ったんだ。だからおれがおまえを抑える。もうどっかの村を襲わせたりなんかしねぇし、悪さするようならすぐに飛んで行って止めてやる」

 

 ちょうど一皿食べ終えて、口内にある物を呑み込んだ後、ルフィはにやりと笑った。

 まだ少年の域を越えないとはいえ海賊らしい姿。

 勝ち誇ったような笑みはアーロンの神経を逆撫でするには十分だった。

 

 「自由になりたいならおれに勝てよ。そん時はなんにも言わずに解放してやる。その代わりおまえが勝てねぇ限りはおれが船長だ。おれのマークに傷をつけることは許さねぇ」

 

 ひょっとしたら普段の彼らしからぬ発言だった。自由を好む海賊は他人の束縛さえ許可しない。しかしルフィは確かに自分の言葉でそう言い切った。

 

 アーロンは悔しさを無理やり押さえ込み、思考する。

 勝ちさえすればいい。たったそれだけで自由は手に入る。

 逡巡する一瞬で再びキリの声が聞こえてきた。

 

 「生きてる限りはチャンスがあるよ。死んだら全部終わりだ」

 

 今まさに考えていたことを言葉にされた。これによりアーロンは強く歯噛みし、決断する。

 プライドをズタズタにされる行為だ。

 しかし、このまま終わる訳にはいかない。死を選びたいほどに屈辱的だが目の前の人間たちに一泡吹かせるためには死ぬ訳にはいかなかった。

 生きて、何としても地べたを這い回らせなければ。

 

 悔しさを飲み込み、決断したアーロンが口を開いた。

 おそらくその決定は皆の総意だっただろう。軽々しく死にたいと考える者は一人も居なかった。

 声は怒りで震えるものの、血走った目は決して揺らがなかった。

 

 「いいだろう……この場は一度、頷いてやる。だがなッ、よく覚えておけ! おれはいずれてめぇらを血祭りにあげ、魚人が天に立つアーロン帝国で全世界を征服してやる! このままで終わらせやしねぇ、真の勝者になるのはおれだァ!」

 「ああ、いつでもかかって来い。おれは一度だって負けねぇからな」

 

 ルフィが挑発的な笑顔で応え、決意はその場の皆に伝わった。

 途端に刺々しい空気が霧散する。

 先程までとがらりと様子が変わって、キリはいつも通りの緩い笑顔を見せていた。

 

 「それじゃ、話は纏まったってことで」

 

 上機嫌に弾む声を発して、驚く暇もなく引き金を引く。銃口はアーロンに向けられているため、魚人たちはあぁっと驚愕の声を発するものの、放たれたのは小さな豆が一つ。ぽろっと落ちるようにして銃口から出てきてアーロンの左胸の上に落ち、銃声一つなく発砲が終わってしまう。

 

 行動が終わった後で辺りの顔が呆然とする。

 キリはしてやったりといった顔で微笑み、そのピストルを掲げて肩をすくませた。

 

 「最近のおもちゃ事情って凄いね。外面はまるで本物なんだから。気に入った?」

 「てっ……てめぇぇっ!?」

 

 それを投げて寄こしてやり、振り返った彼はくすくすと肩を揺らした。

 まるで別人のような姿で、いつもの姿で仲間たちの下へ帰っていく。

 

 仲間たちも半ば呆然としている様子。

 事情を聞いていたナミとルフィは別として、シルクとウソップは本気で怖がっていたらしく言葉が発せなくなり、ゾロとサンジは呆れた調子で溜息をついている。

 

 彼の初めての顔を見た。一体どちらが本物なのか。

 今の笑顔を見比べて、そう思ってしまうほどに衝撃は大きかったようだ。

 

 「そういうのは先に言っとけよ……」

 「敵を騙すにはまず味方からってね。ゾロ、シルク、連中の縄切ってやって。これから色々準備しなきゃいけないし、忙しくなるんだから早速働いてもらわないと」

 「あ……う、うん」

 「おまえがやりゃいいだろ」

 「抵抗する奴は一刀流の修行相手にしていいから。それでどう?」

 「それならいいか」

 

 声をかけられてゾロが動き出し、まだ落ち着いていない状態でシルクも後に続いた。

 辺りにはまだ心臓の鼓動を速めるような雰囲気がかすかに残っている。

 ウソップはキリをじっと見つめて、心臓に悪いと深く息を吐きながらやっと肩の力を抜いた。

 

 「び、びっくりしたぁ……おれは今本気でキリを怒らせちゃいけねぇんだって思ったよ」

 「嘘もハッタリも海賊の常套手段だよ。ウソップも使い方知ってるのに」

 「だからっていきなりあんな感じになったら! どえらい空気だったんだぞおまえ!」

 「あはは、ごめんごめん。今度からは説明するよ」

 

 安堵するウソップの傍ら、サンジもまた煙草を吸いながらキリを見直す。

 その態度は発言からも表れていたようだ。

 

 「人は見かけによらねぇってことか。大したタマだよ、おまえも」

 「海賊やってればみんなこうさ。女好きはいいけどサンジも女性には気をつけた方がいいよ。特に進んで海賊やるような女の人とかね」

 「バァカ、レディが相手なら話は別だ。おれは世界中の女性を疑わねぇ。もちろんナミさんもシルクちゃんもォ~!」

 「はいはい」

 

 声を大きくしたサンジをおざなりに回避し、ナミがキリを見る。

 事前に話は聞いていた。しかし雰囲気に呑まれたのは彼女も同じ。

 あの瞬間、確かに恐怖を感じていた。

 

 「本気で殺すかと思った」

 「別にそれでもよかったんだよ? もうちょっと手こずるかと思ったし、本気で断って揺らがないようなら始末したさ。何人かはね」

 「それは、仲間から先にってこと?」

 「脅迫と交渉のやり方はみっちり仕込まれてる。絶対にうんと言わせる自信はあったんだ」

 

 ナミがキリを見る目を変える。

 この男、そこらに居るような海賊ではない。

 

 前までは少々頭の切れる変人だ、くらいにしか思っていなかったが、今はまるで違った人物のように見えた。柔和な笑顔や立ち振る舞い一つでも油断できない。

 今まで見てきた姿さえ嘘の可能性がある。

 一体どこからが演技で、どこまでが本心なのだろう。

 そう思わずにはいられず、前より彼という人間が分からなくなってしまっていた。

 

 周囲の目が変わり始めていることなど気にせず、キリはルフィへ目を向ける。

 すっかり持ってきた生ハムメロンを食べ尽くした彼は頭の後ろで手を組み、何やら脱力している様子。緊張感の欠片もない姿に笑いながらまずは謝罪をした。

 

 「悪いねルフィ。ポリシーまで曲げてもらっちゃってさ」

 「いいさ。ナミがそうしてぇって言ったし、おまえが仲間のためを考えてるの知ってるからな」

 「ありがとう。まぁいずれ役に立つよ」

 「ん~、でもやっぱりおれはアーロンのこと好きになれねぇけどな」

 「それでいいさ。仲良しこよしでやろうって訳じゃないし」

 

 腕を組んで思い悩むルフィの頭をぽんぽん撫で、苦手なことはしなくていいと告げる。

 思い悩むほど頭を使うのは副船長である自分の仕事だと、キリは考えていた。

 

 多少の緊張感を残しながら和やかに話している間、ゾロとシルクは魚人たちの縄を切って解放していった。中には不服を抱いて暴れ出す者も居るかと予想されたが、キリに威圧されたばかり。アーロンが殴り飛ばされた光景も見ている訳で、今更暴れ出す者は居ない。

 ゾロが不服そうにしているが、解放された彼らは項垂れて座り込んでいた。

 

 すっかり縄が解かれてしまって、ゲンゾウとノジコは複雑な想いでそれを見ている。

 心配するのは魚人たちが再び村を襲わないかということと、ナミの今後について。海賊になったと知っていてルフィが面倒を看ると言うが果たして大丈夫なのか。

 心配しているとナミが歩み寄って来た。

 

 「ナミ、おまえ……」

 「大丈夫なの? あいつら、ただで言う事聞くはずないのに」

 「心配してくれてありがと。でも大丈夫よ。だって……私も海賊の一員だから」

 

 彼女は笑っていた。迷いなど一切持たず、かつてとは違って心から晴れ晴れと。

 これから忌まわしい一味と共に一緒に居ることになってもそんな風に笑っていられる。

 二人は言葉を失くし、強くなった彼女を見つめた。

 

 「もしもの時があってもあいつらはルフィが止めてくれるわ。みんなも一緒に戦ってくれるし、私も逃げない。一度乗りかかった船なんだもの。ココヤシ村は私が守る。ルフィたちと一緒にグランドラインまで連れて行くから、もうみんなが怖がる必要なんてない」

 「おまえは、また一人で背負い込もうとして……!」

 「好きにやってるだけよ、いいでしょ? 私はもう海賊で、海賊ってのは自由なの」

 

 朗らかな笑みを向けられて、ゲンゾウは感情を抑え切れずに俯いてしまう。

 自分たちではどうすることもできなかった。

 彼女の笑顔を取り戻したのは海賊たちだ。

 

 止める術などなく、資格もない。

 そう思ってゲンゾウは声を震わせ、しかし同時に彼女の成長を喜んでもいる。

 

 「すまない……また、おまえにばかり迷惑をかける……!」

 「やめてよ。そんなんじゃないの。ただ好きにやってるだけなんだから」

 「ねぇナミ。あいつらと一緒に行くんでしょ?」

 

 ノジコが薄く微笑んで尋ねると、ナミは悪戯っぽく、まるで子供の頃のように肩を揺らした。

 

 「もちろん。あいつら私が居なきゃ道に迷って仕方ないの。長い航海になるだろうけど、目的地までしっかり連れってあげなきゃね」

 

 ナミがそう言ったことでノジコの中で心配は消えた。きっと彼女は大丈夫だ。もう二度と感情を偽ることはないだろうし、心の中でだけ助けて欲しいと叫ぶことはない。

 助けて欲しければ仲間を呼べばいいのだ。

 やっとこの時が来たんだと知って、晴れやかな笑顔で送り出せそうだった。

 

 「よし。それじゃ早速最初の仕事だ。みんな忙しくなるよ」

 「ん? なんかやんのか?」

 

 パンっと手を叩いてキリが場を仕切り、皆の視線が一身に集める。

 首をかしげたルフィが問いかければ、無邪気に笑うキリは何やら生き生きしている様子だった。

 

 「まだ決着がついた訳じゃない。とりあえずアーロン一味との戦いは終わったけど、この村を苦しめてたのはそれだけじゃないでしょ」

 「そうだっけ?」

 「あっ……ひょっとして、海軍?」

 

 縄を切った剣を納めたシルクが聞く。するとキリはそちらを向いて頷いた。

 次いでアーロンを見る。

 彼は不貞腐れたように動かなかったが気になる何かはあったらしい。

 

 「アーロン、君らは利用してたつもりだろうけど向こうだって同じだ。賄賂をもらえるから黙ってただけで、決して魚人を素晴らしいと思ってた訳じゃない。みんな人間に利用されてたんだよ。どう? 殴り返してやりたくなってきたかな?」

 「まず真っ先に殴りてぇのはてめぇらだが……フン。奴らを仲間だと思ったことはねぇ」

 「なら話は早い。まずは全員怪我の手当てをして、準備の後でいよいよ決行だ」

 

 辺りの顔を全て見回し、キリが上機嫌に告げる。

 何を考えているのかずいぶんと楽しそうなのが気になった。

 仲間たちは心配も抱える中、何かを考える彼だけが感情のままに笑っていた。

 


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