ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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ANTI-HERO(2)

 「もう少し寄ってくれぇ。やっぱり全員は入らねぇぞ」

 「じゃあ主要な面子だけでいいからさ。中央がしっかりしてればいいよ」

 「おいルフィ、押すなって。おまえはもうちょっとそっちだろ」

 「あり? そうだっけ」

 

 崩壊したアーロンパークでは現在、写真撮影が行われようとしていた。

 昨日の内に連絡を取り、島に駆けつけたカメラマンが構図を決め、指示に従う海賊たちがそれぞれ思い思いに並んでいる。そして中央には、ボロボロにされたネズミが座らされていた。

 

 麦わらの一味、総勢七名は構図の中にしっかり入り込み、思い思いのポーズ。

 そこには同じくアーロン一味の幹部の姿があって、特にルフィとアーロンはキリの指示もあって隣り合わせに座り、脇をウソップとはっちゃんが固めている。

 アーロンを始めとして魚人たちの一部は不服を態度で感じさせるものの、少なくともはっちゃんは柔らかい態度を持つようだ。彼だけは一足先にナミへ謝罪し、頭を下げている。

 

 口が裂けても仲が良くなったとは言えない彼らだが、一枚の写真に写ろうとしている。わざわざ倒したばかりのネズミを連れ、海賊らしさをアピールするように。

 カメラマンが手を上げた。

 全員の注意がそちらに向けられる。

 

 「は~い撮りまーす。笑って笑って~」

 

 パシャ、と音が鳴って作業が終わった。

 撮影はつつがなく終了し、写った一同は安堵してその場を動き始める。

 

 殊更先に動き出したのがキリだった。撮影を終えたばかりのカメラマンへ駆け寄り、妙に親しげな態度で話しかける。

 

 「それじゃ打ち合わせ通りに。ちゃんとした記事書いてよ。事実と違ってたら会社を襲撃しに行くからそのつもりでね。壊せるのは証明してるんだから」

 「ああ、任せてくれ。そんなヘマしねぇよ。おれもこれに命賭けてるんでね」

 「それなら安心だ。後はよろしく」

 

 カメラを片付けた男は颯爽と去っていく。何やらうきうきした様子だった。

 呼び出された割に用事はすぐ終わってしまっている。それなのにいいことでもあったのか。

 事情を知るキリは肩をすくませ、笑顔で見送った。

 

 その直後に振り返るのだが、すぐにルフィの姿が見えて首をかしげる。

 なぜかもう一人居たカメラマンがルフィに写真を求めており、彼も快く受けているらしい。

 

 「おっさん変な帽子だなぁ。ちょっと触っていいか?」

 「ファイア!」

 「あっひゃっひゃっひゃっ! なんだその掛け声、いいなーそれ」

 

 妙な掛け声と共に写真を撮られて笑っている。呆れるほどのどかな光景だった。

 苦笑するキリは彼らの下へ近付いていく。

 

 不思議に思う。呼んだのは一人だけだったはずだ。

 見知らぬ男が仕事か趣味でカメラをぶら下げているのかさえ彼には判断できない。ただそこまで害のある人間ではないだろうと思って怒ることもしなかった。

 

 「キリも撮ってもらえよ。ファイアって言うんだぞ。かっくいーじゃねぇか」

 「別に掛け声はいらないと思うけどね。その写真は何のために?」

 「記事を書く時の保険ですよ。あなたもいいですか?」

 「ボク?」

 「撮ってもらえって。ファイアって言われた方が気分いいんだぞ」

 「まぁいいか。どうぞ」

 

 深く考えずに承諾する。

 小柄なカメラマンは答えるように小さく頷き、カメラを構えた。

 

 「では……ファイア!」

 「あっひゃっひゃっひゃ!」

 

 腹を抱えてルフィが笑う中、キリも微笑でカメラを見て写真を撮られる。

 今度こそ撮影は終わったようだ。カメラマンはお礼を言って頭を下げた後、急ぐ様子でその場を去っていく。あちらも仕事熱心なのか、何やら熱意を感じる背中だった。

 ただ、一人で済むはずのところを二人も来たのが、やはり不思議な状況だったのである。

 

 とにかく必要な作業は終わった。

 振り返った二人はその場の風景を見る。

 

 ネズミは全身傷だらけで他の海兵同様縛られており、もはや口を利く気力もない。気絶しているのかとも思える姿だが一応意識はあるらしい。乾いた笑い声が発せられていた。

 彼の行いはこれから明らかにされる。後は海軍に任せておけばいいだろう。

 ちょうど海軍内部の不正を暴く船がグランドラインから来ている。彼女に任せておけばいい。きっとこの島へ来てネズミを捕らえ、根掘り葉掘り話を聞き出すはずだ。

 

 ようやく戦いが終わったのだ。

 晴れやかな顔になってナミは仲間たちへ振り返ると共に、心から嬉しそうな笑顔を見せる。

 

 「みんな、ありがとう。みんなのおかげでほんっとに助かった」

 

 仲間たちは笑顔で応える。

 もう俯いていた頃の表情はない。今なら皆が晴れ晴れとした気分で向き合えた。

 調子に乗って、ウソップとサンジが声も大きく答えている。

 

 「いやいやそれほどでもねぇけどなぁ! そりゃおまえ、おれは幹部を一人倒した男だけどもよ! 仲間を助けるためなら全力出すのだってそりゃ不思議じゃねぇって話だ!」

 「笑顔のナミさんも素敵だァ~!」

 「うるせぇ奴らだなこいつら。すぐ調子に乗りやがる」

 「まぁまぁ。ふふ、本当によかった。ナミが笑ってくれて」

 

 雰囲気は和やかで、戦いの終わりを感じさせる。

 ココヤシ村には平穏が戻り、諸悪の根源を断って、やっと自由を手にしたばかりだ。

 これからは村には問題もなく、平和に暮らせることだろう。

 

 ちょうどそんな空気が流れていた時にアーロンが口を開いた。

 ネズミは倒した。それはいい。手は組んでいたが前々から気に入らない相手でもあったため、共通の敵という認識もあったから協力した。しかし彼らを認めた訳ではない。

 血走る目でルフィを睨みつけ、再び敵意をぶつけ始める。

 その時、彼に言葉を返したのはルフィではなく毅然とした態度のナミだった。

 

 「おれはてめぇらの下につくのを認めちゃいねぇ。好き勝手に話を進めやがって。このまま海に出るなんざまっぴらごめんだ」

 「あんたまだそんなこと言ってんの? いい加減理解しなさいよ。あんたは敗者で、私が勝者。いつまでもうじうじ言ってんじゃない!」

 「黙れ小娘ッ! 調子に乗りやがってクソガキが!」

 「ええそうね、調子にだって乗るわ。私は昔からあんたらが大嫌いだったし、仲間になったつもりもない。私はルフィの航海士! 勝った以上はもうあんたの顔色気にする必要もないのよ!」

 「チィ……!」

 

 アーロンは厳しい顔で歯噛みし、彼女を見るのをやめる。

 今度こそルフィを睨んで声を放った。

 

 「おい麦わらァ! てめぇ言ったはずだよな、いつでもかかって来いと!」

 「ああ、言ったぞ」

 「だったら……今! ここでおれと勝負しろ!」

 

 叫び声は静かになっていた辺りへ広がり、静寂が強まる。

 緊張する者たちは多い。誰にとっても予想だにしていない展開。人間にしても魚人にしても、再戦は必ずあると思いながら怪我が癒えた後ではないかと思っていた。

 ルフィもアーロンも全身に包帯を巻いた状態。他と比べて明らかに怪我が多い。

 

 「ま、待ちなさいよ! なんでそんな話に……!」

 「うし、いいぞ。やろう」

 「ちょっとルフィ!?」

 「下がってろナミ。おれなら大丈夫だ」

 

 守ろうとしたナミを押しのけ、怪我をしないよう下がらせてやり、ルフィが前に立つ。

 意外なほどあっさり受け入れられたことでアーロンが笑った。

 

 「てめぇを殺せば全て丸く収まるんだ。ココヤシ村もてめぇらも皆殺しにしてやる!」

 「やってみろ。言っとくけどおれは強いぞ」

 「フン、弱点ならもうわかってる。いくらゴムでもおれの牙は止められねぇ!」

 

 そう言って突然アーロンが駆け出した。大口を開いて鋭い牙を露わに、素早く接近して噛みつこうとしている。確かにその攻撃ならゴム人間にも通用する。

 ただ、ルフィは冷静だ。

 迎撃はアーロンが反応できないほどの速度で行われた。

 

 「ゴムゴムのスタンプ!」

 「うおっ!?」

 

 素早く伸ばした右足がアーロンの顔面を蹴り、前へ進もうとしていただけに衝撃が強く、無理やり顔の角度を変えられて天を仰いでしまう。痛みだって無視できなかった。

 

 痛みを堪え、慌てて顔の向きを戻せば、気付けばルフィは懐に飛び込んでいる。

 捻じった腕を勢いよく引き寄せ、強烈なパンチが螺旋を描きながら腹を打つ。

 

 「ライフル!」

 「ぐおぉぉ!?」

 「んんっ!」

 

 腹にパンチが叩き込まれた直後、止まらずルフィは彼の顎を蹴り上げた。

 顔の向きが再び変わり、痛みを感じながら仰向けで倒れそうになる。そうならないようにと片足で地面を蹴って、なんとか体勢を整えようとするものの。

 またしても素早くルフィがその場でジャンプし、視界の中へ現れた。

 天へ足を伸ばす姿は前に見ている。理解するが止めようがなく、また強く腹を踏みつけられる。

 

 「斧ッ!」

 

 もはや声すら出ない。

 大の字に倒れたアーロンは血反吐を吐き、肉体がダメージを思い出して動けなくなった。

 

 勝敗は明白となる。

 ルフィはずれた帽子をかぶり直して、彼を見下ろした。

 

 「終わったな」

 「うぅ、くそぉ……まだだ。おれはまだ、こんなもんじゃ……」

 「アーロンさぁん、もうやめよう! あんた本当に死んじまうぞ!」

 「またいつでもかかって来い。陸の上なら勝負してやる。おれはカナヅチだから泳げねぇしな」

 「ぐぅ、うおおっ、くそぉ……!」

 

 はっちゃんが止めたせいか、それともルフィの言葉を受けたせいか、アーロンは天を仰いで目を閉じる。必死に悔しさを噛み殺して自分の不甲斐無さを思い知った。

 認める他ない。負けたのだ。

 実力の差があって彼には勝てない。二度目の敗北はそれを自覚させていたらしい。

 

 見ていたキリはふむと頷く。

 アーロンの態度は予想していた通り。そう簡単に心を開く訳がないし、仲良くしましょうと言うはずもない。つまりこれは想定の範囲内だ。

 それとは別に、気になったのはルフィの動き。

 彼が逃げずに戦うのも知っている。気になったのは彼の戦法だった。

 

 「なんかルフィの動き、前より良くなってるような。なんかあったのかな?」

 「そりゃ色々あっただろ。てめぇの祖父だが海軍の英雄と殴り合って次が海上レストラン、それに今回があいつだった。島を一つ越える度、あいつも強くなってる」

 

 腕組みするゾロが答えるとキリは納得するように頷いた。

 そして視線は次にウソップへ向けられる。

 

 「うん。頼もしい限りだよ。ウソップもすっかり頼もしいしね」

 「いやいやいやそんなことはねぇって! そりゃまぁ幹部を一人倒しちまったけどな! 光るセンスが止められなくなっちゃってるけどな!」

 「野郎……!」

 

 ウソップが笑顔で自慢する度、彼に負かされたチュウが顔を赤くして怒りを堪えていた。しかしウソップは気付かずに大声で笑ってキリの背を叩いている。

 キリも笑顔でそれを受け入れていた。

 

 周りを見回して一件落着だろうと判断する。

 そろそろいい頃合いだ。島を離れても問題はない。

 

 いよいよグランドラインへ挑戦する時が来た。

 キリが口火を切って皆の注意を引き、号令を出し始める。

 

 「さぁ、海軍に手を出したから事態が動き出すよ。準備して出航しよう。誰かに見つかる前にできるだけここから離れないとね。英雄が来たら大問題だ」

 「そ、それは確かにまずいな。よぉしみんなぁ! 急いで逃げるぞ!」

 「なんだよウソップ、ビビってんのか?」

 「び、ビビるかァおれが! おれは、そう、おまえらの心配をだなぁ……!」

 

 一同は歩き出し、一旦村へ戻ってから準備を始めようとする。ただし麦わらの一味はココヤシ村へ向かうが、アーロン一味は村には入れないためすぐに自身の船へ向かっていった。

 歩きながらナミはふとルフィに声をかける。

 

 「ねぇルフィ、ちょっと時間もらってもいい?」

 「うん? なんかあんのか?」

 「お別れだけ言おうと思って」

 「ああ、いいぞ。んじゃ待ってる」

 「うん。必ず行くから」

 

 そう言ってナミだけは途中で別れ、一人でどこかへと向かった。

 彼女は必ず来る。

 仲間の誰も彼女を心配せず、安全な村での単独行動を許し、追うこともしなかった。

 

 

 *

 

 

 海を眺める崖の上。

 ベルメールの墓の前に花束を置いて、膝を抱えるナミは微笑んでいた。

 

 前に来た時とは何もかもが違う。我が母を見る目も、心にある穏やかさも、その顔にある薄い笑みも違っている。すでに彼女は自由を手に入れていた。

 後方、少し離れてゲンゾウとノジコが立っている。

 これから旅立とうというナミを止めはせず、今や送り出す心境になっているらしい。

 

 「ねぇノジコ……ベルメールさんが生きてたら、私が海賊になるの、止めたかな」

 「さぁねぇ。あんた、止められたところで言う事聞くの?」

 「べっ。絶対聞かない」

 「ふふっ、だったらそれが答えだよ」

 

 舌を出して言い切ったナミは、まるで子供の頃に戻ったようだ。

 きっとベルメールさんは止めなかった。ノジコはそう思い、ゲンゾウも同じことを思う。彼女なら案外笑って送り出しそうだから怖いものだと。

 

 ナミは誓うように呟き、ベルメールへ、後ろに居る二人へ声を聞かせる。

 

 「私、泣かないよ。これからずっと笑って生きてやる。あいつらと一緒に」

 「それはいいわね。最高の復讐」

 「ナミ、アーロンたちが何かすればすぐに私を呼べ。海の果てまでも駆けつけて殺してやる」

 「あはは、心配いらないわよ。私にはもう仲間がいるから。アーロンはルフィがなんとかするし、みんなと一緒なら何も心配いらないわ」

 

 晴れやかな笑顔でそう告げて、ナミは遠い海の果てを見つめた。

 

 「ベルメールさん、行ってくるね」

 

 笑顔で簡潔に。

 ナミはかつてとは違う心境で出発を告げた。

 

 しばらくは帰って来れない、長い航海になるだろう。しかし寂しさは抱いていない。

 ルフィは海賊王になるため世界を一周すると言っていた。必ずまたここに戻ってくる。

 しばしの別れになるだけ。

 必ずまた会いに来ると自分勝手に決めて、それこそが自由なのだと笑った。

 


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