イーストブルー、とある港町。
無料でばら撒かれていた新聞を読んで、バギーは忌々しげに歯噛みしていた。
まぐれか偶然かたまたまとはいえ、自分を破った海賊がとんでもないことをしでかしている。新聞を使って海軍の不正を暴き、自分たちは海賊だぞと大きく名を売ったのだ。
まるで宣戦布告。こんな事件を引き起こす奴も珍しい。
明らかに名を売るための行動で、目立ちたがり屋の海賊など世界中どこにでも居るが、彼らのこれはどう考えても海軍に狙われ易くなる一件。安全を求めるならまずやるはずがない。
新聞を使ったことで世界中に彼らの顔と名前が知れ渡っただろう。
悔しい反面、羨ましいと思う気持ちもあって、感情のままに新聞を破り捨てた。
港で木製の椅子に座り、テーブルにつく彼の姿は町民たちも目撃しているものの、さほど怖がる様子でもなくおかしな人間をちらりと見ただけだった。
「チクショー! おれの居ぬ間にドハデなことしやがって、麦わらめェ!」
ビリビリに破かれた新聞が風に舞って飛んでいく。
肩で息をしていたバギーだがすぐに落ち着かせ、表情を変えるとにやりと笑った。
「だがおれが予想していた通りになったな。やはり麦わらは大きく名を上げてきた。こいつを利用しねぇ手はねぇ。おまえの名が大きくなればなるほど、それを踏み台にした時おれ様の名が世界中に轟き、バギー勢力が拡大されるのだ! ギャーッハッハッハ!」
辺りに人の姿はなく、一人で大笑いしているバギーは些かおかしな姿に見える。
しかしさほど時間も置かず、彼の下に数名の人間がやってきた。
港には停められたばかりの帆船が数隻。
続々とどこかで見た顔ぶれが降りてきている。
「船長、まずこいつらです」
「おぉ来たか。よぉし、話を聞こう」
モージが連れてきたのは武器を持たない細身の男、キャプテン・クロである。
かつて海賊として処刑されたはずの人間だが、その処刑は偽装だったらしく、昔と変わらぬ姿でそこに現れた。眼差しは厳しく、執事が身に着ける服を纏っている。
報告は聞いていた。
バギーは頼もしいと感じて快く迎え入れる。
「まぁ座ってくれ。我が連合に参加する動機を聞かせてくれるか?」
「フン。貴様らなんぞ信用しちゃいないが、ある男のせいで全てを失った。計画も台無しだ。もう行く当てもないから海賊に戻るしかなかったが、それなら奴らを始末しておきたい」
「結構。強力な力がおまえに与えられるぞ。ここにサインを」
テーブルに置かれた羊皮紙を指し示し、分かり易くペンが置かれている。
クロはそこに自らの名前を書き、署名した。
バギーは笑顔で頷き、それを見届ける。
「よぉし、それじゃもうしばらく待ってもらおう。他にも戦力が待ってるんでな。次」
クロが席を立ち、代わりにカバジが連れてきた人物がバギーの前に座る。
獅子のような鬣と浅黒い肌を持つ巨体。
黄金の鎧を失ったエルドラゴである。
「参加の理由を聞こうか。なぜ麦わらに恨みを持つ」
「奴はわしの黄金を奪って逃げた。あれはわしの物だった! 奴が邪魔しなければ莫大な黄金はわしの手に入るはずだったんだ!」
「なるほど。その気持ちは痛いほどわかる。おれ様も同じさ」
「だから奴を殺してわしの宝を取り戻す! 正義はわしにこそあるぞ!」
「よぉし、十分な理由だ。ここにサインを。おまえも思う存分大暴れできるぞ」
エルドラゴもまた羊皮紙に署名する。
席を立ち、続いて別の人間に入れ替わって席に座る。
次にやってきたのはバギーの眉をひそめさせる外見だった。
囚人服を着て、右腕には大きな斧。噂に聞いた人物が目の前に現れた。
ほぅと頷き、その顔を見て、斧手のモーガンには些か驚きの視線を向ける。
「こりゃ意外な客人だぜ……まさか斧手のモーガンか?」
「麦わらに負けて全てを失った。地位も、名誉も、金も力も。おれには何も残っちゃいねぇ。だから奴を殺して全てを取り戻す。そのためなら海賊になってもいい」
「ほほう、こりゃ面白れぇ。ならサインを。おまえも連れてってやるぞ、歓迎するぜ」
左手でペンを持って署名し、モーガンは幽鬼のような佇まいでふらりと離れていった。
想像以上の人物まで紛れている。元海軍も海賊に身を落とすほど追い詰められたか。
次の人間が席について向き合う。
これもまた意外。懸賞金はバギーより上。
海賊艦隊の首領だった、今は鎧さえ纏わないクリークが厳めしい顔で座っている。
「理由を聞こうか。麦わらとは何があった?」
「思い出したくもねぇ……奴をぶち殺す。それだけだ。海賊王はおれにこそ相応しい。色々あって戦力が減っちまったんで、おまえらを利用してやろうってだけの話さ」
「ふむ、おまえは十五隻ばかり引き連れているようだが?」
「元は五十を超える艦隊だった。それが今じゃこの様よ」
「なぁにそう悲観することはない。互いを利用し合って生きていこうじゃねぇか」
手で指し示して署名を促し、クリークもそれに従う。
十五隻の艦隊を持つ海賊。これで大きな力が仲間に加わった。
クリークも他の者に倣ってすぐその場を離れていく。
署名を集めた羊皮紙を見つめて、バギーは笑った。
そこへアルビダもやってきて彼の背後から肩に手を置き、妖艶に微笑む。
「予想以上の出来栄えじゃないか。どれだけ集まるもんかと思っていたけど、これだけ大物ばかりが顔を揃えて、しかも艦隊まで手に入るとは」
「どうやら風はおれに向いて来たようだぜ……」
そうそうたる顔ぶれが揃っていた。
死んだはずの策謀家、キャプテン・クロ。
懸賞金1200万ベリー、獅子閃光エルドラゴ。
元海兵にして海軍153支部元基地長、斧手のモーガン。
十五隻から成る海賊艦隊の提督、首領クリーク。
そこに加えて連合の立役者、金棒のアルビダ。
そして盟主、道化のバギー。
イーストブルー最高峰の海賊たちが揃っていた。
集まった戦力に気を良くし、バギーは勢いよく席を立つ。
幹部と成るべき男たちは港に勢揃いして立っていた。その後方には彼らの船。連合を作る戦力たちが港に熱い視線を向け、今や遅しとその時を待っている。
バギーは彼らの前を歩きながら演説を始める。
遠くに居る者にも聞こえるように声を張り上げ、物々しい雰囲気が強まっていた。
「いいかてめぇら! おれたちは志を同じくする者……おれたちの間に上も下もありはしねぇ。仲良くなりてぇ訳でも、誰もが信用してる訳でもない。しかし! どうあっても倒さなければならない共通の敵が居る! そいつは今、このイーストブルーで大手を振って歩いてやがるんだ! 生意気にもおれたちを足蹴にしてご機嫌な笑顔でなァ!」
オォッ、と勇ましい声。船上から味方が応じていた。
「信用しろとは言わん。だが奴を倒すためには必要な関係だ。これよりてめぇらは互いを利用し合い、同じ目的のためにこの海を航海する! 目的はただ一つ! 憎き麦わらの首を取るのだ!」
声が大きくなり、敵を威嚇するように武器で地面や船の腹を打ち、ガンッ、ガンッとリズミカルに音を立てる。港には海賊たちが醸し出す空気で一気に様相が変わっていった。
それを見て恐ろしいと思わない人間など居ない。
数え切れないほどの海賊たちが一斉に声を出し、バギーの言葉に乗って気分を高めていくのだ。もしこの場に海軍が現われようと、おそらく彼らならば逃げずに立ち向かい、木っ端微塵にするまで敵を破壊し尽くす。そんな空気を漂わせている。
バギーは両腕を広げ、幹部たちの前で勇ましい声を轟かせた。
「行くぞォ! 麦わら討伐連合の旗揚げじゃあッ!!」
「ウオオオオオオオッ!!!」
大地が揺れ、大気が震えて、水面に波紋が生まれるほどの大合唱。
武器を掲げた海賊たちは威勢よく天へ向かって吠え、今この場に居ない麦わらのルフィを想う。
必ず倒す。
全員の意志が一つになっていた。
その光景を見てバギーは上機嫌に笑う。
心の中では別のことを考えていて、何やら楽しそうなのはそのせいだ。
(ぷぷぷっ、単純な奴らめ。思った以上に上手くいきやがった。これだけの戦力が揃えばそんじゃそこらの奴が手を出してこれるレベルじゃねぇ。こいつらを利用すりゃあ、別におれが動かずとも金銀財宝が懐に飛び込んでくるんじゃねぇか? そうなりゃ文句なし、むしろグランドライン制覇も夢じゃねぇかもしれねぇ。夢が膨らんできやがったなぁ、おい!)
麦わらのルフィへの復讐も考えつつ、それでいて彼らを従えていれば何もせずとも名を上げられるという算段がある。彼は一切抜け目がなかった。
参加する海賊団に上も下も無いとは言った。嘘ではない。
ただし連合を指揮する盟主バギーだけは別格で、それを詳しく説明した訳ではない。
(バカな海賊どもめ、てめぇらを使って名を上げてやる。いずれこのイーストブルーにゃおれに歯向かえる奴なんていなくなるぜ。なんせおれは! 連合盟主バギー様だ!)
天を見上げて、誰よりも大きな声で楽しげに笑う。
バギーの悪巧みはまだ始まったばかりだった。