誕生日を迎えた高垣楓とPのお話
◆楓さん誕生日おめでとうございます

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初夏の楓

 「高垣楓です。この事務所の、モデル部門のほうから移籍になりました。その······これから、宜しくお願い···します」

 

 「わ、私は高垣さんを担当させて頂くことになった者ですっ。右も左も分からないような新人ですが、此方からも宜しくお願い致しますっ!!」

 

 彼女との初めての会話がこれだった。今にして思えば、この業界でモデルとして活躍していたのなら、もう少し堂々としてくれても良かったのに、と苦笑してしまう。

 あの頃の彼女は、自分のことを人見知りと言っていた。だが、今はそんな面影はないと胸を張って言えるだろう。人見知りの僕が言うのだから間違いはないのである。

 ……まぁ、自分のことを棚にあげて話しているのだけれども。

 当時の僕はとても緊張していた。これは仕方のないことだと思う。

 ちなみに、緊張していた理由は純粋に、社会人になり初めての仕事だったのと、芸能事務所の他にはない雰囲気にあてられていたという、何処にでも有りそうなものである。

 しかし、一番大きな理由は、楓さん本人にある。純粋に楓さんから発生する特有のオーラと、天井知らずな美しさと、何とも言えない良い香りのせいだ。不純である。純粋に不純な理由とはこれ如何に。

 

 さて、そろそろ本題に入ろう。なぜこのような話を唐突にしだしたのか。それは、今日の日付6月12日にある。

 

 「あと二日、かぁ···」

 

 そう、二日後、6月14日は、高垣楓の誕生日。

 

 「プレゼント、まだ買ってないもんなぁ···」

 

 幸い、今日中に急ぐ仕事もなく早めに退社することができる。帰り道に良さげなものを探しに行けばいい。

 

 「よしっ!そうと決まれば頑張ろう」

 

 普段に比べ、仕事が断然捗ったのは言うまでもない。

 

  ~~17:30頃~~

 

 「良さげなものと言っても、何にしようかな···」

 

 無事退社することができた僕は、渋谷区内をぶらぶらと歩いていた。

 

  (何にするか決めないと、最悪今日中に買えないからな···)

 

 明日からは、どうしても予定が詰まってしまうため、買いに行くことはできない。日に日に変わる渋谷の街並みの見ながら、ふと考え込んでしまう。

 

  (例えば、花···とか?服は···趣味があるからなぁ。そもそもアイドルだし。後は···アクセサリー?指輪···ちょっと重いかな······気持ちとか。)

 

 様々な案が、浮かんでは消え、消えては浮かんでいく。普段人にプレゼントすることなんてないから、少し新鮮な気分だ。

 

  (……うん。そうだ、花にしよう。やっぱり日頃の感謝を伝えるなら花だよな。確か、この近くに花屋があったはず…)

 

 そう思い、周りを見渡す。どうやら、記憶は確かだったようだ。合っていたことに少し気分を良くしながら、花屋に向かう。

 ガラス張りの手動ドアを開け、中へ失礼させてもらうと、多種多様で色彩豊かな花達が置かれていた。花弁の向き、つぼみの開き方や角度にいたるまで、かなり考えられて配置されているように見える。

 と言うか、店前に置かれている観葉植物を見ても思ったことだが、とても綺麗である。素人で真似できるレベルではないだろう。やはり、花への愛がなせる技だろうか?

 そう考えると、花屋とアイドルのプロデューサーはとても近い職業なんじゃないかと思える。それぞれが輝く方法を、愛によって導き出す所とか、本当に似ている。

 

 「……おおぉ」

 

 実を言うと僕は、こういった本格的な花屋に来るのは初めてなのだ。内心かなり興奮している。

 

 「いらっしゃいませ。どのような花をお求めですか?」

 

 僕がしげしげと花を眺めていると、ドアの音に反応したのか、エプロンを着けた店員さんらしき人が奥から出てきた。

 女性の店員さんで、おそらく歳は30代後半ぐらいだろう。優しそうなお母さんといった感じか。

 背筋を伸ばし、柔和な笑みを浮かべる女性は、とても優雅であり、本当に花が良く似合う人だった。

 

 「あの、普段お世話になっている人が明後日に誕生日なんです。それで、プレゼントとして何か買おうかなと」

 「まぁ。とても素敵だと思います。そうですね…相手の誕生月の花を送る、などがプレゼントとしてはメジャーではないでしょうか?」

 「メジャー、ですか···」

 「何か、問題が?」

 「なんと言うか、こう、意表を突くというか、サプライズ性があるものが良いかな、と」

 「まぁ、彼女さんに渡すものでしたか」

 「い、いや違いますっ!決してそんなものではありません!決して!!」

 「そ、そんなに否定されなくても···」

 

 店員さんは少し困った様な顔で優しく笑っている。誤解しないでほしい。優雅な人だと思ったけど、少しお茶目だと認識を改めた。

 

 「でしたら、造花ですが、ピッタリのものがあります。今お持ちしますね」

 

 そう言って店員さんは、再び奥に戻っていった。

 しかし、彼女が居てくれて本当に助かった。もし花を選べなかったら、もう候補が全然浮かんでこない状態でプレゼントを探すことになっていただろう。

 

 「お待たせしました。こちらがその造花です」

 

 戻ってきた店員さんが見せてくれたのは、1輪の白い花だった。

 

 「この花はトルコキキョウという名前です。英名での花言葉は[感謝]で、季節も今の時期にピッタリなんですよ。それに実はこの造花、私の手作りでして」

 「…造花とは思えない繊細な出来ですね」

 「ありがとうございます。この造花は、花びらに名前やメッセージを刺繍することができるんですよ。定番は相手の名前と[Happy birthday]などですが、何かご希望はございますか?」

 

  (メッセージか…)

 

 何にしようか、悩んでしまう。おめでとうとは伝えたいし、感謝も伝えたい。かといって全部はスマートではない。

 

  (…よし)

 

 「では、名前と[これからも宜しくお願いします]と刺繍して下さい」

 「相手の名前は?」

 「高垣楓です」

 「…高垣楓さんへ、で大丈夫ですか?」

 「はい」

 「分かりました。刺繍するのに時間がかかってしまいますので、明日もう一度受け取りに来て下さいますか?」

 「あー…明後日の朝にしてもらっても大丈夫ですか?」

 「ええ。大丈夫です。では、明後日の朝に受け取りにお越し下さい。料金は~」

 

 お金を払う為に財布を取り出す。事務所に行く前に、花を受け取りに行けば間に合うだろう。

 

 「…実は()()トルコキキョウには別の花言葉もあるんですよ」

 

 そんな言葉がかけられたのは、丁度お金を払おうした時だった。

 

 「え?」

 

 「もちろん[感謝]の意味もありますが、白いトルコキキョウには、他に[希望]や、[清々しい美しさ]、[楽しい語らい]なんて言う意味もあります。」

 

 そこで彼女は一呼吸して、

 

 「本当にピッタリだと思いますよ。()()()()()()()さん」

 

 悪戯っ子の様な顔で良い放った。

 

 「…え?···何で?……」

 「高垣楓、と聞いて分からない人は居ませんよ」

 

 あぁ、しまった。

 

 「で、でもだからってプロデューサーとは…!?」

「そこはほら、お客様の花を見る表情が、私達とそっくりでしたから。そう考えると、アイドルのプロデューサーと花屋って、案外近い職業なのかもしれませんね」

 

 奇しくも自分が考えたことと同じ理由だった。

 

 「あ、あのっ、この事は···」

 「大丈夫ですよ。言いふらしたりする気はありませんので」

 

 一先ず、プロデューサーの身分である僕が、アイドル個人に花を送ることが世間にばれる心配は無いようだ。

 

 「…ありがとうございます」

 「当然のことですよ。それでは、またのご来店をお待ちしております。」

 「はい。また明後日に」

 

 なんだか、終始リードを握られ続けている気がする。ここは早々に立ち去ろうと思い、

 

 「これからも応援してますので、頑張って下さいね」

 

 「…ええ。これからも応援宜しくお願いします」

 

 そんな会話を最後に、店を後にした。

 

  ~~18:00頃~~

 

 花屋から離れた僕は再びぶらぶらと歩いていた。

 と言うのも、花だけでは少し味気ないかなと思ったからだ。

 

  (どうしようかな···)

 

 歩きながらそんなことを考える。と、ふとそこに一軒の店が目に入った。

 

  (アクセサリーショップか···何かあるかな?)

 

 中を覗かないことには分からないので、一先ず入ってみることにした。

 

  (へ~。色々あるんだな)

 

 店に入ると、きらびやかなジュエリー類などが見えた。しかし、送る相手は楓さんだ。喜んではくれるだろうが、目新しさは余りないのかもしれない。

 

  (彼女に似合いそうな面白いもの···)

 

 ぶっちゃけると、楓さんなら何でも似合うだろうから、問題は後者である。

 

  (…お、これなんか良いんじゃないか?)

 

 見つけたのは一つのネックレス。落ち着いたデザインで彼女のイメージに合うし、何より洒落が聞いている。

 

  (…我ながら才能アリな選択。よしっ。これを買おう。値段は…)

 

 値札に書かれているのは0が五つの位。普段ならまず手が出ることはないが、楓さんに送ると考えると判断も鈍ってしまう。

 

  (…こういった時にお金を使わないでどうする。たまには良いだろう)

 

 気分良く支払いを済ました後、店を出て自宅への帰路へついた。

 

  ~~時間は進み、6/14 9:00頃~~

 

 朝、例の花屋に行き、造花を受け取った(造花は紅葉模様の入った木箱に入れらていた。驚いてぎょっとしている僕を前に店員さんは「サービスです♪」と言った)後、事務所内の自室にあるデスクに向かい、事務仕事を進めていた。

 

 「―おはようございます。プロデューサー」

 

 しばらく仕事をしていると、一人の女性が出勤してきた。肩上ぐらいでふわりと纏まったボブカット。女性にしては高い170を超える身長。良く見ると両目で色が違う綺麗なオッドアイ。左目の下の泣きぼくろがチャームポイントだ。

 

 「ええ。おはようございます。楓さん」

 

 そう、彼女こそが高垣楓本人である。

 

 「もうちょっとかかりますから、少し待っててもらえますか?」

 「はい。私、()()のは好きで()()()

 「…余りキレがありませんね」

 

  僕がプレゼント選びを迷っていた理由はこれだ。楓さんは、常人とは少し違う感性を持っている。

  平たく言うと、親父ギャグが好きなのだ。

 

  ~~9:30頃~~

 

  カタカタというキーボードの音が鳴り止み、とりあえず事務仕事に一段落がついた。

 

 「よし。じゃあ、楓さん。お待たせしてすみません。そろそろ出発しましょうか」

 「はい。モデルのお仕事、とてもワークわくしています」

 

 得意な調子で駄洒落を話す楓さん。可愛いけど特異だと思います。フフッ

 

  ~~ ~~

 

 現在、事務所の社用車で、楓さんと一緒に移動中だ。

 向かう先は、楓さんが言った通りモデル撮影の現場。事務所からそう遠くない位置にある撮影スタジオだ。ちなみに、運転席に僕。楓さんは助手席に座っている。

 楓さんと他愛ない会話をしながら、スタジオへ向かう。

 

 「プロデューサー。今日は何の日か、分かりますか?」

 

 もちろん分かっている。

 

 「えっと…今日って何日でしたっけ?」

 「……意地悪ですよ。」

 「ごめんなさい楓さん。冗談です」

 「ごめんですむなら早苗さんは要りません」

 

 少し怒った様に頬を膨らます楓さん。

 

 「今日は6月14日。楓さんの誕生日です」

 「…憶えていて下さったんですね…!」

 「ええ。もちろんです」

 

 今度は嬉しそうに笑みを浮かべている。本当に表情がころころ変わる人だ。

 会って初めの頃は、こう言っては悪いが掴み所のない表情をしていたから。

 アイドルとしての仕事が楽しいのだと思う。まさに、プロデューサー冥利に尽きるといった所だろう。

 

 「それならプロデューサー。今日のお仕事が終わったら、久しぶりに飲みに行きませんか?」

 「久しぶりにって···楓さん毎日の様に飲んでいるでしょう」

 「プロデューサーと一緒に飲むのは、久しぶりです。それに…」

 

 彼女は一度、言葉を区切り、

 

 「プロデューサーは、私と飲むのは嫌、ですか?」

 

 …そう聞かれたら断れる訳がないだろう。

 そもそもの話、断る理由も無いので

 

 「嫌、何て一言も言ってないですよ。僕で良ければ幾らでもお供させて頂きます」

 

 「はいっ♪」

 

 そろそろスタジオに着く頃だろうか。仕事なのだから、気を引き締めて臨まなければ。

 今日一日がとても楽しくなる予感を感じながら、ふと、そんなことを考えた。

 

  ~~10:00頃~~

 

 率直に言うと、高垣楓は才能の塊である。

 …今現在は、スタジオ内で撮影中。では、一体何故こんなことを急に考えたかと言うと…

 

 「いや~良いよぉ高垣ちゃん!」

 「ふふっ、ありがとうございます」

 

 …楓さんのモデル撮影は、驚くほど速く進むのだ。

 僕は楓さんしか担当したことが無いから良く分からないが、同僚のプロデューサーに聞いた話だと、普通こう上手くは行かないらしい。調子が出ないだけで、予定時間を軽々とオーバーなんてこともしばしば…とのこと。まぁ、楓さんはモデル部門出身ということもあるのだが。

 モデル撮影等、ビジュアル面での仕事はまだ理解できる。しかし、楓さんの真骨頂はここからであろう。

 ボーカル…つまり歌唱力も、彼女は群を抜いている。ライブステージなどで一度彼女の歌声を聞けば、泣かない人は居ないとまで謳われるほどである。

 また、ダンス力も高い水準値を出している。長い手足を存分に用いたキレのある踊りは、世の中の男性諸君…だけでなく多くの女性をも魅了している。しかも、デビューから2年たった今、未だに彼女のダンス力は天井知らずで上がり続けている。

 

 そう、まだ2年しか経ってないのである。

 僕はしばしば、仕事を始めて僅か二年の内に担当をトップアイドルに導いた有能プロデューサー、なんて言われることがあるが、それは間違っていると断言できる。

 あくまでも僕は、運が良かっただけなのだ。初の担当が楓さんで、そのままトントン拍子に進んでいって…。僕が楓さんをトップアイドルに導いたのではなく、楓さんが引いた特急レールに僕が乗せられていただけ。

 別に自分のプロデュースに自信がない訳ではない。この二年で沢山の経験を積んできたつもりだし、今では落ち着いて積極的に仕事をこなせるようになった。同僚プロデューサーの中でも一番の手腕だと自負している。

 しかし、この先プロデューサーの仕事を続けていって、また新しくアイドルの卵を担当するとなったとき、今まで楓さんに頼っていた僕が上手くやれるかどうか…正直不安な所がある。

…と言うか、多人数を同時に担当するのは、どっち付かずで中途半端になりそうだし、大人の楓さんはセルフプロデュースといった形になるのだろうか。彼女ならそれでも上手くやりそうだが、関わる時間は今より大分少なくなってしまうだろう。それは少し…寂しいかもしれない。

 

 「はぁ…」

 

 思わずため息をついてしまうのも、仕方のないことだろう。

 

 「どうしたんですか?プロデューサー」

 「うひゃあっ!?」

 

 まわりに気づかず驚いてしまうのは、格好がつかないので頂けないが。

 

 「か、楓さん?撮影は?」

 「今は休憩時間中ですよ。…と言うか見てて下さらなかったんですね」

 「え?あ、あはは…すみません」

 

 どうやら考え事をしている間に、撮影は大分進んでいたらしい。

 

 「ところで、プロデューサーは何を考えていらしたんですか?」

 「あー…まぁ、仕事のことですよ」

 

 楓さんと離れることを考えて感傷的になっていた。何て、口が裂けても言えない。

 

 「…ふーん。では、そういうことにしておきましょう。でも」

 「でも?」

 「プロデューサーは私のプロデューサーなんだから、そんなに深く考えなくて良いんです。小難しい顔をして色々考えるよりも、笑顔で希望を馳せましょう。アイドルは、『みんなを笑顔にできる』。そうですよね?」

 「楓さん…」

 「私達アイドルが笑顔であれば、きっと事態は好転する。そうなれば、ファンのみんなはもっと笑顔でいてくれる。ファンが喜んでくれたら、それはアイドルとプロデューサーにとって、一番嬉しい()()、です。私はそう思っています」

 「…そうですよね。アイドルって、そういうものですよね」

 

 何やら、大切なものを見失っていた気がする。笑顔でなければファンの皆様に喜んでもらえないし、楽しくなければ、笑顔は作れない。

 

 「いや~高垣ちゃんは良いこと言うね~!それじゃその調子で撮影の続き行っちゃおうか~!」

 「はい。それでは皆さん。続き、宜しくお願いします」

 

 どうやら、休憩は切り上げて撮影に入るようだ。

 

 「楓さん!撮影、頑張って下さい」

 

 咄嗟に声をかける。

 

 「ええ。プロデューサーも、今度はしっかり見ていて下さいね」

 

  〜〜 〜〜

 

 「「乾杯!」」

 

 撮影を終え、事務所に戻り残りの仕事を終わらせた後、現在はプロデューサーと共に居酒屋に来ている。

 この居酒屋は事務所のすぐ近くにあり、店構えも所謂隠れ家的なので、飲む時は大抵ここを利用させてもらっている。

 

 「…ふぅ~やっぱりお酒は美味しいですね」

 「あれ、今日は珍しくカクテルなんですね」

 「おちょこでちょこっと楽しむのも良いですけど、今日は一年に一度の誕生日ですからね。たまにはこういうものも良いかなと」

 「ふふっ、それもそうですね。それではあらためて…」

 

そういうとプロデューサーは、持っていたバッグを何やらごそごそとやり始めた。もしかして…

 

 「誕生日おめでとうございます。楓さん」

 

 そう言って差し出されたのは楓模様の木箱。受け取って箱を開けると、1輪の白い造花が入っていた。

 

 「その花はトルコキキョウと言って、希望なんて言う花言葉が込められています。6月が丁度時期なんです」

 「とても綺麗です。…それにしてもプロデューサー、随分詳しいんですね」

 「あ、いや実は店員さんの受け売りで…。後、造花にしたのは形として残しておけるかなと思ったので」

 

 過去にも何度か彼からプレゼントを貰ったが、残らないものだと少し寂しいので、こういった細かな気遣いが嬉しい。

 

 「それと、目を瞑ってもらえますか?」

 「はい。こうですか?」

 「ええ。少しじっとしていて下さいね」

 

 プロデューサーがこちらに近づく気配がする。もしかして、襲われてしまったりするのだろうか。

 

 「楓さん。もう結構ですよ。目を開けてください」

 「…!?これって…!」

 

 目を開いた先、私の胸元にかけられていたのは、照明の光で煌めく楓の形のネックレス。

 

 「嬉しいですっ!プロデューサー。ずっと大切にします」

 「…良かったぁ~。僕にはセンスなんてものはないですから喜んで貰えるか不安だったんですよ」

 「そんなことない、とても嬉しいですっ。どうですかプロデューサー、似合っていますか?」

 「ええ。とても。やはり僕の見立て通り楓さんは何でも似合いますね」

 

 楓模様の木箱といいこのネックレスといい、彼は本当に私のことを理解してくれている。

 

 「…でも本来はもう一つプレゼントが有ったんです」

 「そうなんですか?」

 

 私がそう返すと、彼は頷いて次第に意を決した様な表情を見せる。

 

 「楓さん。今の内に覚悟を決めておいて下さい。来年こそは必ず『ガラスの靴』を履かせますから」

 

 まさかプロデューサーの口からそんな言葉が聞けるとは…詩的で私的だ。もしかしたら、私も彼も既に酔っているのかもしれない。

 しかし、売り言葉には返しを入れなければならない。

 

 「はい。首を洗って待たせてもらいます」

 

 この先も、また他愛ない冗談を言い合える為に。

 

  〜〜 〜〜

 

 もう良い時間になってしまった為、今は事務所への帰り道。

 事務所のすぐ近くの居酒屋なので、酔っ払い二人の歩きでも問題はない。

 まぁ、その内一人は酔い潰れて僕の背中でぐっすりな訳なのだが。

 プレゼントを渡した後の楓さんは、まるで仕事で使ったエネルギーを充電するかの様に、次々とお酒を飲んでいった。その為、何が会っても良いように僕は余り飲んでいない。少し物足りない気もするが、楓さんほど酒に強い訳では無いので、丁度良いだろう。

 

 「……」

 

 楓さんはとても静かだ。まぁ仕事が終わった後の疲れた体であれだけお酒を飲んで、なお元気があったら流石に驚いてしまうが。

 

  (しかし、疲れたなぁ)

 

 2日前からのプレゼント探しに、今日までの大仕事。それに今日は色々と考え事もした。でも、

 

 (やっぱり楓さんといる時間は、楽しいなあ)

 

 結局の所そこに尽きる。愛おしいとすら感じてしまっているのだ。

 

 「これからもずっと側にいさせて(プロデュースさせて)下さい」

 

 楓さんが寝ていてくれて良かった。

 ああ、余り飲んでいないなんて良いながら、やはり酔っているのだろう。口下手な僕が素面でこんなことを言える訳がないのだから。

 

  〜〜 〜〜

 

 今日はやっぱり楽しい日だ。

 そう感じるのは、今日1日嬉しいことが沢山あったからだろう。

 彼と一緒にお酒を飲んで。彼からプレゼントを貰って。そして、今は酔った私を彼はおぶってくれている。

 

 プロデューサーと一緒にいる時間が、楽しい。

 プロデューサーと一緒にいるだけで、喜びすら感じてしまう。

 これでは、まるで、

 

 「大好きです。プロデューサー」

 

 今の言葉は寝言ととってくれるだろう。何故なら私は寝ているのだし。

 ああ、あれだけ飲んでしまったから、相当酔いが回ってしまったのかしら。口下手な私が素面でこんなことを言える訳がないから。

 

 

  初夏の6月、早い時期に紅葉した楓の葉は、誰にも気付かれることなく、しかし確かに存在していた。




書けば当たると噂を信じて。ちひろさんお願いします

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