このアモンはどうして同じ目をしていないんだ。
力を減少させられて身動きの取れないアモンに拳を振り下ろし、白い龍皇はフルフェイスの兜の奥で奥歯を噛みしめる。伝説の戦士に酷似した能力、まるでそれによって底上げされた能力と洗練されたセンス。どれをとってもヴァーリのこれまでに戦った強敵に匹敵する者であり、強者として、勇士として認めてもいいと思っている。なのに、このアモンは、最も怪物のような青年は人間であることに拘っている。
白い龍皇、ヴァーリ・ルシファーは半分は人間の血を引いている悪魔だった。旧魔王の血縁にありながらも、その生まれから一族に倦厭され、扱いに耐えかねて自ら家を飛び出したところを神の子を見張る者の責任者であるアザゼルと出会い、その養子となった。当初はアザゼルの圧倒的なまでの強さに惚れ、父として慕うが、次第にアザゼルが戦を好まないことから徐々に距離を置いていく。当の養父本人としてはヴァーリのことを気にかけていたが、いつしか強さを求めるようになっていたヴァーリには届かないようになっていた。
「俺は、俺は理解できないッ!お前に!ある!強さは!他の追随を許さない者というのに!お前はなぜ拘る!?人間であることに!」
身体の自由の利かない獣は白い龍に殴られることしかできない。アモンにはヴァーリから孤独を感じるが、それでも。ヴァーリの生き方に共感することはできなかった。ヴァーリの生き方はアモンの生き方とあまりにも対照的な位置にありすぎている、なによりも、同じ男の息子とはいえ、その言葉を否定した罪は大きかった。
アモンは自分で思っている以上に情が深く、執着しやすい性格だったのである。
「その拘りゆえに死んでしまっても文句は言えないよな!?お前が赤龍帝でもない限り、この能力を破ることはできない!俺の白龍皇の光翼と対極にある力、赤龍帝でも目覚めない限り!」
拳がアモンを殴りぬく、蹴りがアモンの鳩尾を狙う、アモンの急所を狙う。
気に入らない。
「お前は俺と対等に戦おうとしないから、俺のように強さに忠実でないから!」
強さに忠実でなければならないのか?
対等に戦おうとしないなら、死ぬしかない?
関節技が極められる、身体から力が抜けていったことで骨が悲鳴を上げる。思った以上に残虐なことをするのに抵抗のない性格のようだ、それは互いの得物が己の肉体だからだろうか?
だとしたら。
だとしたら、
「……さっきから、無理だとか破れないだとか。そんな言葉を聞きたくはない。俺は、お前が俺の大切な物を奪ってでも戦わせようとするなら、お前の息の根を必ず止めてやる」
握り拳を作ろうとすると、不思議と力がみなぎってくる。
ドライバーのハンドルにまで手は伸びないから、ハンドルの片方を使って得物を取り出すことはできない。徒手空拳を使うと油断している相手に対してのだまし討ち、戦士としての誇りよりも生存することに拘れと習った以上、使えるものは使う必要がある。
それに、己の無力さを噛みしめているアモンにこれほどまでの激情を抱かせたのは、この白髪の小僧くらいだろうと思った。アモンは自分でも認めるが、感情の起伏は激しくない方だ。そんな自分に怒りを教えてくれたのは、こいつとあいつら。これから増えるだろうが、今のところはそれだけ。
「そうだ、その調子だ!抜けて見せろ、俺に見せてくれ!お前の力を!」
「趣味が悪いね、本当に。お前に力を見せるつもりなんて全くなかったんだけど、そこまで鬱陶しいと見せざるを得ない。耐えれなかったら、今度は自分を恨んでくれ。俺のことを、アモンという名前を持つ俺を恨んでくれ。―――――ただし、アキ姉ちゃんやロスヴァイセさんに手を出したら、お前という存在を塵一つ残してやらない。必ず食い殺してやる」
「ああ、もちろんだ!お前の本気が見れるなら、お前の力の片鱗が見れるなら約束しよう!」
この器官を使うのは久しぶりだ、と腕にあるカッターに魔力を流す。数少ないアモンの魔力の使用用途、それがカッターに満たすことだ。カッターの周囲に満たすことで振動させ、空気を振るわせることで電動鋸を再現する。そうして魔力の流れを刺激し、白龍皇の光翼の宝玉によって展開されていた一つの〝結界”の歪みを断ち切る。本能のままに実行に移したことだが、ヴァーリ・ルシファーのこの奇怪な異能の秘密であったらしい。
「――――だけど、その中の誰か一人でもいなくなったら、俺はお前を探し出して尋問してやる。お前は俺の大切な物を奪うと言ったんだ、それくらいの責任はとれるよな?」
「――――え?」
ヴァーリにとっては予想外の言葉だった。
アモンが本気を見せてくれるのはいいが、それにしたって根に持ちすぎてやしないだろうかと。そう思っていると、アモンはエネルギーが枯渇して動くこともままならないはずなのに腕を動かしている。おそらく、あの腕のカッターによってなんらかの動きを断ち切ったんだろうが、それにしたって回復が早い。
通常、力を減少させられた後は力を取り込めるのはヴァーリだけのはず。力の流れを逆に操作すると言った芸当をできる能力をアモンが持っているとは考え難い。そう言った能力を持っているのであれば、出し惜しみをしないとして、アモンが怒りを見せた時からヴァーリが培ってきたと自負する戦略眼が反応しているはずだからだ。
「大ッ切ッ!断ッ!」
ヴァーリが自分の行動に対し、どのように推察しているかはさておき、どうやらアモンの捨て身の行動は成功したようだ。ある程度の魔力行使による耐性ができていれば、あの減少能力に対して対抗することができるようだ。と言っても、アモン自身に魔力行使による耐性は持ち合わせていない。アモンのこれはあくまでも力業である、フラフラでいつ気が抜けてもおかしくない。
それこそ、狂気に身を浸してなければできない行いだ。
自分の身体が悲鳴を上げているのを感じつつ、アモンは腕部にあるカッターを伸ばし、力いっぱい切り付ける。刃のような器官が生えた怪物に見えないこともないアモンの攻撃行動もあり、その白いフルフェイスの兜とフルプレートメイルから騎士に見えないこともないヴァーリ。行動や言動とどちらが怪物かは彼らのみぞ知る。
「さっさとくたばれ、蜥蜴野郎ゥゥゥゥゥゥ!」
「そんな身体でよくも動けるな、怪物が!」
拘束を抜け出したアモンにヴァーリはもう一度、力の減少をかけようとし、宝玉がまたきらめく。アモンの放つ腕のカッターを用いた技、大切断の威力は空気を震わせるほどであるからヴァーリは本能から刃の部分を破壊しなければならないと判断した。直撃を受ければ、おそらく、大切断といったアモンのこの必殺技はよくてヴァーリの白い鎧を切り裂くか、最悪の場合、腕を切り落とされると言ったこともありうる。
それでも、ヴァーリは狂喜していた。
あと、数インチと言ったところまで迫ってきながらも、自分の身にこれから訪れるであろう危険よりもアモンの力が見れたことを強者として。このような命の駆け引きができるのであれば、実行に移してもいいかもしれない。もしかしたら、次はアモンのこれ以外の技を見ることができるかもしれない。体感し、直撃し、超えてゆき、糧とする。それがヴァーリなりの〝経験値”稼ぎ。
アモンは罵倒を、ヴァーリはヴァーリなりの賞賛の言葉を互いに向ける。
数刻後、砕けた音が周囲に広がった。