「アザゼル、どうするんだ?これから」
「今更放っておくわけにもいかねえだろう、バラキエル」
アザゼルは少年を部屋で寝かせた。小綺麗な服に着替えさせ、ベッドに寝かせる。その様子は精悍な顔立ちの男性――妻子持ちのバラキエルすらも上手くやってみせ、バラキエルはアザゼルの手際の良さに驚かされてしまった。神の子を見張るものの施設の廊下、白い壁にアザゼルは凭れて腕組みをし、バラキエルはその近くでアザゼルを見る。
ある物品の回収に出かけ、帰ってきたときには銀髪の養子を連れてきたときのように少年を連れて帰ってきたと来た。それで驚かずにはいられないというもの。少年の身体の作りは調べたところによると、アザゼルが言うには身体の因子のほとんどが悪魔の物となっているらしい。妻が人間の女性であり、娘がいるバラキエルは憤った。まだ年端もいかない少年になんてことをしたのだと。
「お前らしいと言えばらしいな。最初はヴァーリと言ったか?あいつを連れてきたときはいよいよ、人体実験上等の最低なマッドサイエンティストになったかと思ったもんだが。……なんだ?結婚しないのか?」
「黙ってろ、ドM堕天使!知ってるんだぞ、お前が嫁と夜な夜なプレイに興じているんだと!」
「はっ!悪かったな!だが朱乃も最近は似たような顔をするようになってきた、将来が楽しみで仕方ないな!」
「うっせえ!変わんねえな、この野郎!……見捨てらんねえだろ、ガキだぞ」
アザゼルが嫁に虐められることに快感を覚える同僚にして旧来の友人を罵倒すると、惚気はじめたバラキエル。娘の自慢をはじめるなどと親馬鹿を見せたのに食って掛かれば、バラキエルは涼しい顔をしているばかり。果てには口端を吊り上げ、にやりと笑っている始末。そんな“やんちゃだった時期”と変わらないやりとりから一転、その視線は扉の向こうを見ている。
思えば、アザゼルという男はお人好しであった。女好きで、神器研究に熱中し、大袈裟な名前の人工
こう見えてアザゼルは自分の幸せを犠牲にしかねないような性格をしている。それも自分が惚れ込んだ相手ならば余計に。バラキエルの聞いたところによると、アザゼルに認められようとしている中級堕天使がいると聞いたことがある。そういう意味ではアザゼルは慕われやすい素質を持っているのではないか、と考える。友人のことを考えていると、ふとバラキエルは思いついた。
「そういえば、その子供に名前はあるのか?流石に名前がないというのは呼び辛いだろう?」
「それが被検体だったようだからな、名前があるようには思えないんだよ」
「おいおい、間違っても“
「かくいう俺たちは親の元からグレて地上にやってきたようなものだけどな?」
「それを言うなよ、アザゼル……」
バラキエルは顔をしかめる。が、すぐに彼らはハハハ、と二人の男は笑った。
「“最も強き者”」
「ほう?どういう意味なんだ?」
「元は悪魔の名家の家名からとったものだ。アモン――その名前の意味は“悪魔の侯爵の中で最も強靭な者”。それがアイツの名前だ。悪魔の中でもかなりの実力者、強力無比な悪魔さ」
アモン。
曰く、その名は強き者。
曰く、名は体を表す。
アザゼルは名も無き少年に
自分をこんな目に遭わせた悪魔であろうとも、それすらも力として受け入れるような本当の強さを得てほしいのだと。もう一人のアザゼルの養子は彼なりにも愛情を注いだはずだが、気がつけば目に力に飢えた者特有の飢えた目をしていた。
「強く生きろ。その方法は俺が教えてやるからな」
誰に言うでなく呟いた言葉、バラキエルにはアザゼル自身が自分に言い聞かせたように聞こえた。
――
目を覚ますと、そこは白い部屋だった。小さな身体を起こしてみると、すぐ近くには白い綺麗な水の張った桶とその縁に濡れたタオルがかけてある。汚れや怪我の目立つ身体は治療されており、人の姿をしているというのも確認できる。髪は目元にかかるほどまで伸びており、視界は問題ないが少し鬱陶しいくらい。ふと、違和感を感じる。それは清潔な服に袖を通していること。あの場所において縁のなかった清潔で綺麗な衣服、子供用の明るいものとまではいかないが、貫頭衣タイプで研究所で着ていたものを彷彿とさせる。
ここはどこだろう?
まず起きて最初に抱いた感情はそれだった。ここに連れてきたのは、おそらく、あの光の槍を持った男だろう。悪魔たちが“獣”と呼ぶ姿に変身すれば、自分にとっての敵を簡単に殺して食らうことができるのにあの男に対してはほとんど歯が立たなかった。パワーだけでなら負ける気がしないが、決定的な差が開いている以上、それを埋めなければ今のジブンでは簡単に殺されてしまうだろう。
「あら、起きたの。ならすぐに言いなさいよ。……全く、至高の堕天使である私がどうしてこんな餓鬼の為に時間を割かなきゃいけないのやら」
きょろきょろとしていると、誰かが頭を突く。黒い手袋に包まれ、その豊満な肢体とボディラインを惜しげもなく披露している黒髪の女。女は背中に光の槍を持つ男のように翼を生やしていた。即座に掛け布団で身を包み、威嚇するように唸り声を上げる。しばらく言葉を発していなかったからか、それとも人語を話す必要性がなかったからか。女には少年が獣ののように振る舞っているのが似合っているように見えた。
「ちょっと、この部屋で暴れるつもり?だいたいね、そんな野蛮なことしても私に勝てるとは思わないことね。この堕天使レイナーレに」
女―――レイナーレは浴衣の男と同じように光の槍を顕現させる。魔力で構成されたそれは浴衣の男の物と比べると粗があるのを感じるが、それでも“獣”の姿に変身していない今の姿を消滅させるのは容易いだろう。この身体は変身後の大柄な体格に比べ、非常に小さく、それでいて細い。あの男と同じくらいの実力者であるならば、状況は最悪だ。
もう支配されない、支配されるくらいならば暴れるだけ暴れて殺しつくしてやる。それが今の心情だった。獣のような唸り声を上げ、レイナーレが隙を見せれば、すぐにでも仕留めるつもりだ。この部屋に魔力の使用を封じるものがなければ、“獣”の姿に変身して魔力で腕から得意のブレードを作成するのも悪くはない。
力、力、力、力、力が必要だ。
強く生きるには力がいる。
「よぉ、元気そうじゃねえか」
「ア、アザゼル様!?」
「世話をさせてすまなかったな、休んでもいいぞ」
「そ、そんな、これくらい大丈夫ですから……」
「俺はこいつと話があるから、席をはずしてくれ」
聞き覚えのある声がする方に顔を向けると、そこには浴衣の男がいた。レイナーレにとって強者と当たる存在なのか、酷く心酔したような表情を向けている。気が抜けたからか、光の槍は消失したようだ。
「さて、改めて自己紹介といこうか。俺はアザゼル、
身体を震わせ、唸り声を上げながらアザゼルを見上げる。威嚇しているにもかかわらず、流石は“獣”と渡り合えているほどの実力者だからか、アザゼルは余裕を崩さない。むしろ、視線を合わせて被っている布団を取り払い、その頭をわしゃわしゃと乱雑に撫ではじめた。
「なまえ、ない。むかし、ずっと」
「なら、俺がつけてやろう。悩みに悩んだ最高の出来の名前だ、一流の男になるにはいいモン持ってなくちゃならねえ。その方がイイ女も落としやすくなるってもんよ。そうだろ、アモン。お前に俺からやる名前だ」
「あ、もん……」
自らの名前を噛みしめていると、アザゼルは意見も聞かずに意外な提案をした。
「なぁ、アモン。ここで俺の下で働かないか?」
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