「えっ、それって……」
「ええ、アモンくんは旅に出るそうよ」
「アーちゃんが?そんな、どうして」
「アザゼルさんから聞いたんだけどね、世界を見て回るんですって」
あの日からしばらく、学生になった朱乃が家で今日に出された宿題をしているときのことだった。朱乃はすっかり母親に似て美しく育ち、異性の同級生の視線を浴びることも多々ある。そうなったときに同性の顰蹙を買わないようにと朱璃から習った振る舞いを続けていることもあって順調な生活を送れている。郵便から届いた手紙には『Dear Akeno』と便箋にはある。
ここ数年、アモンの知識を吸収する量は目覚しい速度であるとアザゼルが評価していたとバラキエルは言っている。朱乃はそうしたアモンの様子には裏があるのでは、と読んでいる。数年前の家にやってきた姫島の者達から朱璃と朱乃に対して働かれた行為に対し、憤りを感じたアモンは感情に身を任せるようにして怪物のような姿へと変身したことを朱璃と朱乃は仕方がなかったとはいえ、拒絶してしまった。
「読んでもいい?母さま」
「いいわ。でも、宿題はしっかりね?」
「当たり前ですわ」
そういうと朱璃はにこやかに微笑んで引き戸を開け、朱乃の部屋から出て行った。今日はちょうど特売の日とのことなので、これから買い物に出かけるのだろう。明日は父親のバラキエルが帰ってくる、ここしばらく帰ってくることがなかったので久しぶりの帰宅だ。
バラキエルとの仲は朱乃は良好である、これも全て、勇敢にあのとき立ち向かった小さな背中のおかげだろう。
『こうして手紙を書くのははじめてかもしれない、今まではよくそっちが来てくれたからね。今も覚えているよ、家に遊びに行って食事をしたり、遊んだりした思い出のことを』
「アーちゃん……」
アモンの文章の冒頭は幼いときから変化しており、どことなく淡白で冷淡さが伝わってくるようだった。それでも、昔からの彼のよさを知っている朱乃だからこそ隠された優しさを知ることが出来るわけだが。
『俺は今回、先生に我儘を言って世界を見て回ると言って旅に出ることとした。思った以上に俺は知識が足りなさ過ぎる。先生は俺に沢山のことを教えてくれるし、俺に生きる指針と生きる術までくれた恩人だ。そんな先生に迷惑をかけているのは他でもない俺自身だと忘れるわけにはいかない。
朱乃は今回の俺の旅立ちに疑問を覚えているかもしれない、どうして急に?と思っているだろう』
「……読んであげてること、感謝して」
思った以上に率直に要点から入ってきていた。しばらく長々と続けるようならば、一度読むのをやめようと朱乃は考えた。あまり家にも来なくなったし、なによりも朱乃のことをどこか他人行儀な呼び方をしていることが気に入らなかったからだ。それがなによりも寂しかった。
『率直に言おう、あの数年前に朱乃と朱璃母さんを怖がらせたことは本当にすまないと思っている。俺はアザゼル先生と約束した、男に生まれた以上は女を守ってこそだと。それなのに、俺は守るどころか我を忘れて変身し、あのザマだ。これは他ならない俺自身の弱さだ、朱乃の家に行くことがなくなったのも怖がられてしまったことで俺は恐れていたのかもしれない、お前に嫌われてしまうことが。』
「アーちゃん、どうしてそれを、」
直接言ってくれないの、と朱乃は涙を浮かべた。
小さいときはあんなに慕ってくれた男の子が成長し、無愛想になるのは別にいい。でも、これは口で伝えるべきことではないだろうか?それでも、大切に想ってくれていることは嬉しい。褒めて褒めて褒めちぎって、抱きしめてやりたいくらい。
『朱璃母さんは俺の母親みたいなもので、朱乃は俺の姉ちゃんみたいなもの。バラキエルさんは優しい父親だし、俺はお前と過ごす時間は暖かくて好きだ。
だから、俺は力をつける。
必ず前より強くなって、俺の中にいる“奴”を怖がらずに済むようになって、逆に押さえつけれるようになることが俺の目標だ。それで、お前と朱璃母さんに怖がられないようになるはず。もちろん、世界を見て回って目を広げて行く。
必ず帰って会いに行く、待ってて
AMON』
「……私が他の人を大事に思うようになるとか考えてないんですのね。でも、とってもアーちゃんらしいわ」
アモンは気にしていたのだ、あの日から朱璃がどこかアモンに対して距離を置いていたこと、周囲から気を遣われていたことに。自分の無力さを嘆き、現状を良しとせずに進んでいくさまは真っ直ぐなアモンそのままだ。ならば、待っていよう。いつになるのかが書いていないので減点案件だけれど、それでも彼がそういうのなら、彼の帰りを待つ者の一人として。
『大好きなアーちゃんへ
お手紙ありがとうございます、はじめてのアーちゃんからの手紙にビックリしました。
突然、旅に出るなんていうんですもの、アーちゃんの元に行って問い詰めたいと思ってしまいます。でも、そんな風に貴方が思ってくれるのならば、私は貴方を待ちましょう。
帰ってきたら、私のことを昔のように呼んで下さいね?そしたら、もう私から離しませんわ。
愛を込めて 朱乃』
返事をその場でつらつらと書き、書き終えるとそれをすぐに昔の誕生日に貰った便箋にそれを入れた。ふと、アモンからの手紙の便箋を見てみると、住所が書いていない。封を止めているのは味気のないシンプルなシールで、真っ白だ。
「わざわざ律儀ですわね。本当に、アーちゃんは……」
アモンのことだ、わざわざ届けに郵便受けに入れに来たのだろうかと朱乃は思いを馳せた。そして決意する、朱璃が帰ってきたときに術を指南してもらうことを。せめて、アモンが戦えないときは守れるようにと―――。