上位者がファミリアを創るのは間違っているだろうか 作:gulf0205
_(:3」∠)_
前話後半のくだりがぐだってしまって申し訳ないです。
ダブルバレル式散弾銃。
予備の散弾銃。
それに使う実包。
松明。
獣肉断ち。
ノコギリ鉈。
慈悲の刃。
スローイングナイフ。
採取用ナイフ。
火炎瓶。
油壺。
モンスターよけの臭い袋。
ポーション。
あとは水筒、携行糧食、財布、魔石入れ、マッチ、ロープ。
『豊穣の女主人』にて犬っころ、改め、ベートを殴り飛ばした翌朝。
スレイはヤーナムファミリア本拠にある一室にて、テーブルの上にそういった装備品を並べて入念に確認していた。
上層ならいざ知らず、中層、下層に向かうのならば準備は念入りに行うものだ。準備にしすぎるということはないのだから。
あとは輸血液があれば問題なしだ。
道具をベルトに差し込む前に、まずは取りに行くべきだろう。
道具をベルトに収め終えると輸血液のことを忘れていました、なんてことは冗談にならない。
スレイは部屋を出て、二階のエミーリアの書斎に入った。
「下層に行く。ちょっと血をくれ」
「……せめて『おはようございます』くらい言ってくれてもいいんじゃないかしら?」
不満そうな顔をしながらエミーリアは言った。
「……おはよう。血をくれ」
「あなたのそういうところ嫌いです」
昨日のベートと似たようなことを言って、エミーリアはため息をつきながら立ち上がった。そして隣接する自身の寝室へと入り……しばらくして戻ってきた。
血を抜いた左腕にはガーゼと包帯を巻いて、右手には細長い木箱。あの箱の中身は注射器だ。採血して、針を付け替えた注射器。
一瞬の油断や不幸によって致命傷を受けたとしても、血液を一気に血管に流し込めばスキルの<リゲイン>効果によってたちどころに回復する。
そして<ハンターズハイ>によってアビリティを強引に引き上げるのだ。
危機に陥ったとき、輸血液によって一気に形勢逆転できる。下層に向かうのならば必要不可欠なものだった。
「はう……」
エミーリアは気だるげに椅子に座り、スレイはそれを受け取ろうと手を伸ばした。
だがエミーリアはひょいと箱を引っ込めてしまった。
「なんだ?」
「警句は?」
「いいだろ、それくらい」
「だめ。言って」
面倒な、と思いながらも昨日のハンクスの件もある。輸血液は形勢逆転させる切り札であると同時に、麻薬のような快楽をもたらす。
血に溺れるとスレイとて人を失って言葉通りの『モンスター野郎』と化してしまうのだ。
そうならないために狩人は警句を叩き込まれる。それこそ何千回と復唱させられるし、復唱させるのだ。
「……我ら血によって人となり、人を超え、また人を失う。知らぬものよ、かねて血を恐れたまえ」
「恐れなさい。あなたが死ぬのも、人を失うのも悲しいです」
「ああ」
エミーリアは箱を差し出して、改めて受け取った。それを胸元のポケットに収めて書斎から元の部屋へ。
いつからいたのか……そこにはファナという狩人がいた。
スレイと同じく先端の尖った三角帽子とコートを着用しており、帽子の下からは金髪と碧眼をのぞかせている。
服装で違うところといえば、右目につけている赤い眼帯と武器くらいだろう。
腰に下げている武器は “弓曲剣” といって、常であれば刀身が湾曲した剣、変形させれば弓になるという剣だ。
美しいエルフにはまさに絶好の武器と言えるだろう。
「深層まで潜るの?」
ファナはテーブルに並べられた道具から、スレイへ顔を向けて問うた。
「ああ」
短く返事をして、ファナの横を通り過ぎた。
テーブルの上の装備を手際よくポーチやバックパックに詰めていき、弾帯やベルトを体に巻く。
「なら、私も同行するわ」
「好きにしろ」
「素っ気ないのね。ふふ、いつものことだけど」
ファナが喉の奥で笑い、彼女も奥のキャビネットから矢筒を三つ取り出した。
「サポーターはどうするの?」
「広場で探す」
「そう。ちょっと待ってて、私も準備するから」
「ああ」
簡潔な受け答えを続けて身支度を済ませ、本拠を出た。
サポーターがいるとそれだけ探索が楽になる。
荷物の運搬はもちろんのこと、戦っている間にも魔石の回収を済ませておけば効率よく先へ進める。
だがあいにくとヤーナムファミリアにはサポーターなんて便利なものはいない。
いちおう、ガスコインは家族を残して死ねないという理由でサポーターへと回っているが、近々行われる『怪物祭』のためにせっせと稼いでおり現在は不在。
とにかく荷物運びをやってもらいたかったら別のファミリアの者に頼むか、あるいはいかにも駆け出しで誰ともパーティを組めずにいて、おまけにお金に余裕がなさそうな冒険者を探して雇うしかないのだ。
例えばそう、白い頭髪で赤い瞳を持ち、貧弱な装備をつけて蒸したジャガイモをかじってるような見覚えがある少年とか。
「おい」
「いきなり『おい』はどうかと思うわ」
ファナは呆れた声を出すが、無視してスレイは少年に近づくと、少年は咀嚼していたジャガイモを飲み込んでスレイを見上げた。
「あ、たしか豊穣の女主人で……」
「相席だったな」
それ以上の世間話はしたくないため、スレイはさっさと本題に入った。
「俺たちはいまサポーターを探している。よかったら三万ヴァリスでやってくれないか?」
先に報酬を提示してやらないと、ダンジョンから出た後になってもっとよこせと言い出すものがいる。
お金のやり取りは先に決めた方がいい。
「さっ、三万も!?」
よほど資金繰りに苦しいらしい。三万ヴァリスで食いついてきた。
「ああ」
「あっ、でも僕、サポーターなんてやったことがないんですけど……」
「荷物を運んで魔石を回収する、ただそれだけだ。戦う必要はない」
「それだけで三万ヴァリス……」
少年は顎に手をやって考え込む。頭の中でいろいろと計算しているのだろう。
うんうんとうなづき、ぱっと見上げた。
「やります!」
「そうか。じゃあ早速持て」
スレイは背負っているバックパックを降ろしてずいっと差し出す。中身は予備の弾薬やら火炎瓶やらなんやらで、側面には “ノコギリ鉈” や散弾銃が下がっている。
それを受け取った少年はその重さに少し驚いて、自分のリュックの上から背負った。
「俺はスレイ。こっちはファナだ」
「よろしく」
ファナが気さくに手を挙げた。
気を許した相手にしか体を触れさせないというエルフだけあって、挨拶するのに握手などしないようだ。
「僕はベル・クラネルです。よろしくお願いします」
そういうわけでスレイたち一行はダンジョンを進む。
三階層まではベルも荷物を背負ったまま積極的に前へ出ていたのだが、大荷物を背中に乗せた状態で普段通りの動きはできないもので、四階層で手こずるようになり、五階層からはサポーターに徹した。
つまり荷物運びと魔石、ドロップアイテムの回収だ。
七階層に到達したときにはベルの顔は下を向き、疲労の色が浮かび始めていた。
二人の背中から離れ始めたベルにファナが声をかける。
「遅れているみたいね?」
ベルは苔むした床からスレイの背中へと視線を上げて、足に力を込めて早歩きで追いつく。
「すっ、すみません」
「サポーターが足を引っ張らないで」
「はい……すみません」
忠告に対して素直に謝る。
ベルはサポーターが実は大変な仕事だと理解したころだが、もう手遅れだった。
先行するスレイは一瞬たりとも後ろを気にせず、無言のまま通路を行く。まるでついてこれないなら置いていくとでも言わんばかりだ。
荷物だけ取り上げられて置き去りにされたらどうしようとベルは嫌な想像をした。
ふと、前方を行くスレイが “獣肉断ち” の留め具を外して肩に担ぐ。
ファナとベルも気づいた。
正面の奥から大きな蟻のようなモンスター、キラーアントが群れで迫ってきていた。
キラーアントの別名は新米殺しだ。一匹一匹は新米冒険者でもどうにかなるが、これが大量の群れとなって押し寄せてくるのだ。
おまけに弱るとさらに仲間を呼ぶフェロモンを出すといういやらしい特徴がある。
「俺が時間を稼ぐ。ファナは魔法で一掃。ベルはそこで見てろ」
スレイは前を見据えたままそう言う。
ファナは腰から “弓曲剣” を抜いて、形状を変えた。
ガシャンと音を出してその刀身が左右に開き、そのまま弓のように展開する。
普通の弓は弓全体をしならせることで矢を撃ち出すが、この “弓曲剣” は柄の部分にある強力なバネの力で撃ち出すのだ。
この流れるような変形機能にベルは思わず見惚れてしまった。
ファナは開いた刀身を結ぶワイヤーに矢をつがえて、ギリギリと引いた。
上下に分かれた刀身が、柄の部分で後ろへ倒れる。強力なバネが倒れた刀身を元に戻そうとして前へと引っ張った。
「踊れ、踊れ、風の精霊、剣を両手に舞い踊れーー」
ファナが呪文詠唱に入ったとき、スレイは右から左へ“獣肉断ち” を振るった。
ワイヤーで繋がれた牙付きの刃が、攻撃範囲内のキラーアントをまとめて薙ぎ払った。
武器の重量とスレイの膂力によってキラーアントの手足や胴体がバラバラに千切れて床に転がり、その破片を踏みしだくようにさらに後続のキラーアントが迫る。
スレイは “獣肉断ち” を手元に引き寄せ、今度は左から右へ。
解体されるキラーアントの残骸たち。その隙間をぬって別のキラーアントがスレイへと飛びかかった。
とっさにベルが助けようと一歩踏み出すが、二歩目はなかった。
スレイは伸びきった “獣肉断ち” を手元に引き寄せながら、左手の散弾銃を撃ったのだ。
乾いた音が響き、無数の粒が放たれる。
散弾銃の粒は小さく、キラーアントのような外殻を貫通するほどの威力はない。
だが貫通しないということは、亜音速で迫る粒の衝撃をまともに喰らうということだ。
たいして重くないキラーアントであれば簡単に後方へと吹き飛ばされた。
銃といえば普通は遠距離のモンスターを攻撃するためのものだが、スレイは逆だ。
近づいてきたモンスターに対して散弾をお見舞いしている。
ドン!
二発目の散弾を撃ち、散弾銃を折り曲げて “獣肉断ち” が伸びないように留め具をつける。
関節部で折れた散弾銃の薬室を下に向けて空の実包を地面に捨て、器用に “獣肉断ち” を持ったまま、胸に巻いている弾帯から実包を取り出し、装填。
折り曲げていた散弾銃を戻す。
壁から這ってくるキラーアントの頭を “獣肉断ち” で潰した。地面から飛びかかってくるキラーアントを蹴り上げ、仰向けになった腹に “獣肉断ち” を振り下ろす。
一歩後ろに跳びのき、天井から降ってきたキラーアントの胴体を両断する。
「戻って!」
ファナが叫ぶ。スレイは銃撃を見舞ってキラーアントを吹き飛ばし、ファナの背後へと走った。ファナの射線上にいるのはキラーアントだけとなる。
「引き裂け」
ファナは眼帯をつけていない左目でキラーアントの群れを見据え、矢を放つ。
<
矢そのものは普通の木矢にすぎないが、それでもファナの魔法が付与されたものだ。
魔法の効果により矢の周囲を真空の刃が吹き荒れている。たとえ直撃しなくとも近づいただけで肉を引き裂く。
矢を放つという性質上、一直線上のモンスターをまとめて片付けるのに役立つ。
いまのように、通路をひしめくキラーアントなどには特に。
真空の風が吹き荒び、キラーアントの体はどれもこれもがズタズタになって散らばった。
これは魔法詠唱に時間がかかるため、誰かに護衛してもらわないと使えないのも事実だが、いまはスレイがその護衛となっていた。
「すごい……あんな簡単に……」
冒険者歴が半月程度のベルが感嘆するのは無理もないことだが、振り返ったスレイは威張るでもなく、鼻を高くするでもなく、淡々と告げる。
「感心してないでさっさと魔石を集めろ。魔石は胸にある」
そう言いながらスレイは自分の胸を親指でトントンと突いた。キラーアントのこのあたりを探せという意味だ。
「はっ、はい!」
ベルは自分がサポーターなのを思い出し、急いでキラーアントの死骸から魔石を回収する。
キラーアントの胸元というのは外殻が薄く、普通の肉のように簡単にナイフが通った。もしかするとここが弱点なのかもしれない。
ベルは魔石を回収しながら、キラーアントと戦うときはここを狙おうと思った。
「ファナ、お前も手伝え。数が多い」
「はいはい」
三人で手分けして魔石を回収し、次へと向かう。
スレイたち一行は手強くなったはずのゴブリンやコボルトもなんなく蹴散らし、ダンジョン十一階層に到達した。
階段を降りきると、そこは霧のように霞みがかった草原のような景色が広がっている。
「ふう……」
と、ベルは両膝に手を置いてうなだれた。額には汗の玉が浮き出ており、表情は疲労の色を隠せていない。
その様子を見たスレイはこれ以上の強行はかえって危険だと判断した。
「少し休むか」
言うなりベルの背負っているバックパックを取り上げて、その階段に座った。
有無を言わぬその態度に、ファナは小さくため息をついて、ベルはホッと安堵して階段に座り込む。
階層をつなぐ階段というのは休憩所でもある。モンスターが階層を越えることはまれで、階段でモンスターが生まれるということもない。
スレイは取り上げたバックパックの中から自分とファナの分の水筒と携帯糧食ーー薬草や果物を乾燥させて小麦粉の中に練り込んだ棒状のクッキーのようなものーーを取り出した。
「ベルはなにか持ってるか?」
「はい。今朝もらいました」
ベルは自分のリュックから『豊穣の女主人』の店員であるシルからもらったサンドイッチを取り出す。
幸いにも籠のおかげで潰れずに済んだ。
心の中でいただきますを言って、がぶりと齧り付く。美味しい。
スレイやファナもそれぞれお菓子のような食事に舌鼓を打ち、水で喉を潤す。
「あの、お二人は狩人をどれくらい続けているんですか?」
ベルが問う。
「私は六年くらいね」
「十二年だ」
「長いですね……僕、まだ半月くらいで、六階層がやっとです」
「そうか」
特に興味なさげなスレイに対し、ファナはベルの話に乗った。
「半月で六階層に? パーティを組んで?」
「いえ、ソロです。ヘスティアファミリアに入ってるんですけど、まだ僕しか眷属がいなくて……。ここまで潜ってこれたのは今日が初めてですよ」
「半月で、一人で六階層……」
ファナは感嘆の声をもらす。
新米同士でパーティを組んで六階層ならまだわかる。しかし一人で、半月で六階層はいくらなんでも早すぎる。
嘘をついているようにも見えない。となると本人も気づいていない才能があるのだろう。
ふと、霞の中に影が見えた。
影はゆっくりとこちらへ近づいてきて、その姿が露わになる。
茶色の皮膚、豚の頭、丸々とした腹、ズル剥けた古い皮膚がスカートのように腰まわりを覆い、全長は三Mという大型モンスター。
オークだ。
いまのベルがどうにかできる相手ではない。
「……ファナ」
「まかせて」
ファナは立ち上がり、剣を弓状へと変形させ矢をつがえて、撃つ。
バジュッ
水気を含んだ嫌な音を出してオークの額を貫いた。オークは悲鳴を上げる暇もなく、どう、と後ろへ倒れる。
「そろそろ行くか」
スレイは水筒をバックパックに戻して立ち上がった。
ベルはその荷物を再び背負い、そのオークから魔石を回収。
三人で霞の中へと進んでいった。
※ ※ ※ ※ ※
狩人が別のファミリアのパーティに誘われるというのは珍しいことではない。
特にモンスター狩りに魅入られた狩人などは、自分の取り分をそこそこにして残りはいらないという者も多いのだ。
狩人はモンスターを勝手に殺して回り、その魔石は自分たちの取り分にしても狩人は文句を言わない。そういうわけで狩人はよく別のファミリアの冒険者に誘われる。
このヒプノスファミリアの彼らもそうだった。
上層の弱いモンスターは自分たちで処理し、中層のモンスターは狩人に丸投げする。そうすることで自分たちは楽をしながら魔石を回収できるのだから。
しかしーー彼らは知らない。
血を恐れ、しかし狩に酔った狩人がどうなるのか.、それは同じ狩人だけしか知らない。
狩人にとって獲物はモンスターだけではないということを……他のファミリアのものたちが知るはずもなかった。
十五階層。
霧が晴れた通路にヒプノスファミリアのものたちと、彼らに雇われた狩人がいた。
先に異変に気づいたのはダグという犬人の中年男だった。
狩人含む五人パーティのリーダーだ。
散らばるモンスターの死骸から魔石を回収する中で、湿った音が断続的に響いてくるのがその犬のような耳に入った。
「なんだ?」
音がする方向に目を向けると、狩人の狼人、グリッグスが右手に握る斧を振り上げ、死んだミノタウロスの首を切り落としていた。
再び斧を振り上げると、ミノタウロスの血肉が跳ね上がってグリッグスの服を汚した。
そんなことなど露ほども気にせず、今度はミノタウロスの右肘を切り落とす。
斧を振り上げ、今度は右肩から。
その次は左手、左肘、左肩……そうやって斧を何度となく振り下ろしては、ミノタウロスの死骸をバラバラに解体していく。
返り血を浴びるように。
暇つぶしのように。
子供が虫の手足をもいで遊ぶようにーー。
グリッグスは斧を振るう。褐色の尻尾をゆらゆらさせて、振るう。
「なに、やってんだ?」
ダグは顔をしかめて言い、他のメンバーもグリッグスの異変に気付いた。
グチャ、と音を立てて、グリッグスの斧がミノタウロスの胸に突き立てられた。
「……足りないなぁ」
狩人の帽子の下で、グリッグスの口が歪み、ざらつき擦れたような声を発した。
唇についたミノタウロスの返り血をペロリと舐めとる。狼が口まわりについた獲物の血をそうするように。
「足りないって……なんだよ、分け前か? 十八階層までの往復で四万ヴァリスでいいって、先にそう決めただろ?」
眉間にしわを寄せながら言う。
ダグの三人の仲間たちが集まり、それぞれが不満を言う。
「ここで分け前で揉めることはないだろう?」
「そもそも先に決めたじゃない」
「そうだよ、その通り」
グリッグスは天井を見上げるように体を反らし、全身にこびりついた血の匂いを堪能するように、大きく息を吸い込んだ。
「そうじゃない……違うんだ……」
わけがからないと言うように、その仲間たちは顔を見合わせた。
「……足りない……ミノタウロスじゃあ、ぜんっぜん、物足りない」
グリッグスは顔を上に向けたまま、ミノタウロスの死骸に突き立てた斧を引き抜き、ゆっくりとダグたち五人へと向き直る。
チタ、チタ、チタ
右手に握る斧から赤い血が滴り落ちる音が聞こえてくるような、静寂。
返り血によって血にまみれたグリッグスの姿。その瞳には五人の冒険者だけがうつりこみ、狂気が孕んでいた。
「くっくっくっ……モンスターじゃあ……物足りない、なぁ?」
ダグの背中を冷たいものが駆け下りた。
「散開!」
ダグが叫ぶと同時にグリッグスが四人へと走る。
グリッグスの表情は笑み。
血に飢えた獣のように歪んだ狂笑を浮かべ、ギャリギャリと斧が地面を削って火花を散らす。
反応が遅れたダグの仲間たちは身を強張らせた。
「ぬううん!」
ドワーフのギムリがとっさに前に出た。
全身を金属鎧で固め、両手には鉄球に凹凸のついた鉄の棍棒、モーニングスターを持っている。
下からすくい上がる “長柄斧” を、鎧で受けるのは危険だととっさに判断し、モーニングスターの柄で防いだ。
金属が激しくぶつかり合い、けたたましい音が鳴り響く。
「ぐむ!?」
狼人であるグリッグスなどよりもはるかに体格で勝るドワーフのギムリだが、 “長柄斧” による一撃を受け止めたモーニングスターを上へと弾き上げられた。
スキルの効果により、返り血を浴びたグリッグスのアビリティには上昇補正がかかっている。いまのグリッグスは普段よりも強い。
ギムリの胴体ががら空きとなる。
凶悪なグリッグスの笑みにギムリは背筋が凍った。
「あっはああああ!」
グリッグスの左手は散弾銃を手放して、ビキキ、と音を立てて形が変わる。
まるで獣のような手に。
<
グリッグスの獣の腕は鉄鎧をたやすく貫き、ギムリの臓腑を破壊し尽くした。
ギムリの目は限界まで開いて口と鼻から血が噴き出し、ヒゲを赤黒く染める。
「ぐ……えっ……」
グリッグスはその左腕を乱暴に振るってギムリの体を払い飛ばす。
夥しい血潮がグリッグスの体を赤く染めあげ、ギムリの血で汚れた左腕を元の形へ戻した。
ギムリの腹に空いた大穴からひゅるりと細長いピンク色だとか、袋状の肉だとかが飛び出し、ギムリはその巨体を横たえて絶命。
「こっ、の野郎!」
怒りの表情を見せる犬人の青年が槍を突き出した。
グリッグスはわずかに右へ身をそらして槍を避けると、そのまま槍の柄を脇で挟むようにつかむ。間髪入れずに青年の股間を蹴り上げた。
「はうっ!?」
青年のズボンには股間部分にも防護用の革が貼ってあるのだが、それを無視するかのような強烈な蹴りに、青年は目が飛び出しそうなほど見開く。
動きが止まる。即座に “長柄斧” が青年の首を断った。
皮膚、動脈、頚椎、咽頭、静脈、皮膚。
それらを断ち切る感触が “長柄斧” を通してグリッグスへと伝わる。その筆舌しがたい感触にグリッグスは打ち震えた。
青年の頭は苦悶の顔のまま地面へと転がり、胴体は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
猫人の少女は完全に腰が抜けて地面にへたり込んでいた。仲間の死はたやすく戦意を失わせる。ましてや月日を重ねた友人ならばなおさらだ。
それでもリーダーのダグは剣を振った。狙うはグリッグスの首だ。
そのグリッグスは槍を手放して地面を転がるように回避。そのさいに散弾銃を拾う。
立ち上がると同時に銃口をダグに向けた。
「くっ!」
ダグは左腕に鉄盾を巻き付けるように装着している。その盾をとっさに構えた。
発砲。
無数の鉛の粒がダグを襲う。腕をもぐような衝撃にダグは歯を噛み締め、ズキリと足の痛みに顔をしかめた。
わざわざ足を見なくてもわかった。銃弾の粒の幾つかが足に命中したのだ。
一発一発は小さく痛みも我慢できるものだが、それが何発も撃ち込まれればひとたまりもない。
冒険者は銃など使わない。
銃はモンスターにたいしてまったくの非力だからだ。
その銃を使う狩人のことを、ダグは内心馬鹿にしていた。
違った。
狩人は人間を狩るために銃を持っているのだ。
その事実をダグは確認させられた。ギムリのような全身鎧を着用していたなら違っただろうが、そうでないダグにとってあの銃は恐ろしいほどの脅威となる。
ふと、グリッグスは散弾銃を折り曲げて空実包を捨てた。
その瞬間にダグは走った。装填する隙を見逃してやるわけにはいかないからだ。
するとグリッグスはあろうことか散弾銃を手放した。
「!?」
グリッグスの思惑が読めずにダグは焦る。しかしもう立ち止まれない距離まで来てしまった。
盾を構えたまま進む。
グリッグスは斧の柄を上と下で持って、引き伸ばした。
斧の柄の長さが変わる。それが “長柄斧” の特徴だった。
縮めておけば片手で扱える戦斧として、柄を伸ばせばハルバードとして使い分けられる。
「それがどうした!?」
ダグは左腕の盾で胴体を守りながら右手の剣を振るった。
右上から左下への袈裟斬り、右への薙ぎ払い、下からの切り上げ。
だがその全てをグリッグスはたやすく避ける。牛の突進を布一枚でかわす闘牛士のように、コートをはためかせて。
一歩下がる。
ダグの剣がグリッグスの目の前を横切ったと同時に、態勢を整えた。
「ぅらあ!」
鬼迫のような声とともにグリッグスは “長柄斧” を振った。迫り来る斧をダグは盾で防ぐ。だがその膂力に圧倒された。
「ぐうっ!」
どうにかこらえて姿勢を維持する。
もしも盾を弾き飛ばされたり膝をつくようなことになれば、それこそギムリの二の舞だ。
今度はダグが追い詰められる番だった。
剣よりも “長柄斧” の方が長いのだ。
グリッグスの膂力と遠心力が乗った重たい一撃が、何度となく盾に撃ち込まれる。
ガン、ガン、と盾が悲鳴をあげて形が歪む。
「っの!」
ダグは胴体を狙った “長柄斧” を受けずに飛び込む。頭上すれすれを刃がすり抜ける。
するとグリッグスは “長柄斧” すら手放して後ろへ飛びのいた。だがそうするしかないのだ。
握っていれば “長柄斧” の重さによってコンマ数秒ほど動きが遅れる。遅れればダグの剣がグリッグスを貫いていただろう。
すぶ
グリッグスが飛び退くと同時に投げつけたスローイングナイフが、ダグの左目に突き刺さった。
「ぐぅおおおおおおあああああああああ!」
ダグは悲鳴をあげて後ずさった。剣を振り回してグリッグスを寄せ付けまいとする。
不意に何かをこするような音がした。マッチだ。マッチに火をつけたような音と臭いだ。
残る右目でグリッグスを見やると、グリッグスは火のついた火炎瓶を手にしていた。
ダグは再び背筋を凍らせる。
グリッグスはスローイングナイフを三つ、指に挟んでダグの顔をめがけて投げつける。
三点撃ち。
二つであれば剣の一振りで弾けるが、三つ目は防ぐことができない。
そして右足がズキリと痛み……ダグはそれを盾で防いだ。防いでしまった。
自分の盾でグリッグスの姿を隠してしまった。
火炎瓶が投げつけられ、ダグの足に命中。瓶が割れて油がダグの足に飛び散り、導火線の火が引火。
瞬く間にダグの下半身が炎に包まれる。
「あっ、わあああああ! あああああっ! あああああああああああ!!」
悲鳴を上げてダグは踊った。
叫びながら、火に包まれながら、服についた火を消そうとしたりして、踊る。踊る。のたうち踊る。
さらにグリッグスは腰のポーチから油壺を取り出して、のたうつダグに投げつけた。
ばしゃりとダグは頭からそれをかぶってしまう。
「ひぃああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
生きたまま全身を焼かれる。
ダグがその苦痛から逃れるために、自分の喉を剣で突き刺したのは、至極当然のことだった。
「ははは……楽しかったぞ」
肉が焼け焦げるにおいを嗅ぎながらグリッグスはいい、地面に転がったままの “長柄斧” と散弾銃を拾い上げた。
そして地面にへたりこんだままの猫人の少女を見やった。
「ひっ、あ、あああ、うああああ……」
青を通り越して白くなった顔色で、両手両足はガクガクと震えて満足に動けずにいた。
少女の目に映っているもの。
おじさんと慕っていたドワーフのはらわたを引きずり出された死体。
幼馴染の犬人の首なし死体。
リーダーと呼んでいた犬人の焼死体。
その三人を惨殺した一人の狼人の男。
グリッグスと少女の目があった。
涙がとめどなく流れ出して、ズボンが濡れていく。
少女は震える手で腰の布袋を取り出して差し出した。
「あ、あげる、から、たす、け、て」
グリッグスはもう戦意を持たない少女を冷たい視線を向けた。
「……つまらんなあ」
グリッグスは少女へと歩いた。動けない獲物を追い詰める狼のような足取りで、ゆっくりと。
「な、なんでもするから! たすけて!」
「なんでも、ねえ?」
グリッグスは少女のつま先からゆっくりと見上げていく。
ほっそりとした両足、健康的な太もも、失禁に濡れるズボン、細いお腹、未発達の胸、幼さの残る顔、黒髪からのぞかせる三角の耳……。
「ふん、なら……仰向けに寝ろ」
仰向けに寝ろという意味を少女は想像して、歯をきつく歯を食いしばり、なけなしの憎悪を込めて睨む。
だが嫌とは言えなかった。助かるためにはそれしかないのだから。
大人しく従って仰向けになり、ぎゅっと目を閉じる。
カチャリ
少女が想像していたのはグリッグスが服を脱ぐ音か、あるいは自分の服を脱がされる感触だと思っていた。
しかし実際に聞こえてきたのは金属を擦り合わせたような音と、グリ、と額に押し当てられる冷たく硬い感触だった。
怪訝に思って少女が目を開く。
そこには自分の額に散弾銃を押しつけるグリッグスの姿があった。
助けるつもりなどなかったのだ。
「いっ、いやあああああああああああああああああああああーー」
乾いた銃声が少女の悲鳴をかき消した。
ファナの由来はAC3のファナティックから。
でも面影が残ってないな……。
グリッグスみたいな奴がいたっていいじゃない。
ブラッドボーンなんだもの。