「さあ、皆さん。あと五分程で着きますよ」
沈黙と静寂が支配する車内に姉さんの声が響く。
どうやら目的のペンションがすぐのようだ。
『ほ、ほら愛子ちゃん、着きますよ。起きてください』
『……んっ…んーっ…ふぅ。おはよ、姫ちゃん』
『…………(タラー)』
『ん?あれ、どうしたのカナ?ムッツリーニ君』
『…………なんでもない…』
いまの会話から察するにどうやら工藤さんは寝ていたようだ。
元気一杯活発快活な彼女も雪夜はんに威圧されていると思っていたんだけど、どうやら違ったようだ。
「どうしたムッツリーニ!鼻血なんか滴らせて!もしかして工藤の寝顔に興奮したのか!」
突然、雄二が大きな声でムッツリーニを煽り始めた。
もちろん、トチ狂った訳ではない。
全て計算した上での行動だろう。
ここは下手に手出し口出ししないでおこうかな。
『…………そんな事実は確認されていない…!』
勿論、助手席のムッツリーニからは否定の反応が帰ってくる。
「嘘はダメじゃぞムッツリーニ。ワシはお主のしたり顔、しっかりと見届けさせてもらったぞい」
『…………そんなことはない…!』
秀吉からも援護が入る。
ごめんよ、ムッツリーニ……。
でも、もうこの空気には耐えられないんだ!
君の犠牲はけっして無駄にしないから安らかに眠ってくれ。
『だったらぁ、ボクぅ、今日ムッツリーニ君のベットで一緒に寝ちゃおっカナー』
『………!?(ブシャァアア)』
さらば、ムッツリーニ。
君のことは忘れないよ。
****
ムッツリーニの尊い犠牲の甲斐あって、車内には普段の僕らの(血生臭い)雰囲気が戻りつつあった。
いつしかそのムードの中に雪屋さんも取り込まれていて、
「おい、アキヒサよ、貴様は何処に住んでいる?」
と、まるで新しい高校や中学でできた新しい友達に聞くようなことを聞いてきたりしていた。
その口調こそ変わらないものの口角は釣り上がり声にも若干の暖かさが感じられる。
しかし、一応姉さんに許可を求める。
(どうぞ教えて差し上げてください。もうすっかりアキ君のご友人ですからね)
と、バックミラーごしに言われたので教えるとしよう。
でも、アイコンタクトが利くと便利でいいんだけど雄二たちとのが読まれるかもしれないんだよなぁ…。
まあ、逆は別にいいんだけどね。
「どうした?まさか言えないような場所に住んでいるわけではなかろう?」
「い、いえ。えっと○○の××っていうところでーー」
「○○の××…確か最近、我の知り合いもその辺りのマンションに引っ越したと言ってたな…どうだアキヒサ、そいつの家にいくついでに貴様の家にも寄ってもいいか?」
「ええ、もちろん」
僕は新しい友達に聞くみたいに、と思ったけど、今ではその みたいに が抜けていた。
大人の友達…なんか響きは良くない気がするけどまあ、いいか。
とか、なんとか思ってたら車はブレーキをかけていた。
顔を上げると記憶の奥底に眠っていた景色が広がっていた。
「皆さん、つきましたよ。響きさん、うちの愚弟に構って頂き有難うございました」
「いや、そんな事はありません。そもそもこちらが無理を言ったのが始まりですし」
これは雄二にも言える事なんだけど、敬語ってここまで人の印象を変えるんだよね。
全員が自分の荷物を持ってーーと言っても女性陣の衣類やらが入ったキャリーバッグは僕ら男性陣が運ぶんだけどーーペンションの前まで運んだ。
「では、我はここで失礼する。我の様な何者かわからぬものを長旅に同乗の許可、本当に感謝する」
「あの、雪夜さんのペンションは?」
「この近くだ。もしかしたら何処かで出会うかもな」
そう薄い微笑を残してこの旅行、一つ目のイレギュラーは去って行った。
****
「ふぅ…義経、いま着いたぞ」
「遅いぜよ…おんしゃぁ一体なにをしとったんじゃ?」
「道に迷っていた。そして道で丁度この海岸に向かっている者共に会ってな、車に同乗させて貰って今に至る」
「なぜにそんなに胸を張れるがワシゃあわからんぜよ…」
「ハッ…何を言っている義経。我を理解できるのは我のみだ」
「はいはい、…じゃあ後でその乗せてくれた優しい人達にお礼言いにいくぜよ」
****
長旅疲れを解消したかったのか、それとも夏の海というロケーションにただただテンションが上がったのか、誰となく「泳ごう」と、声が上がった。
それもそうだろう。
ペンションから数分もかからない場所にきらめく海と澄み渡る空、そしてそれを分ける水平線があるのだ。
窓から見ているだけでも、今すぐ水着になって駆け出したいくらいだった。
と、言うわけで着替えたら浜辺に集合することになった。
必然的に僕や雄二、ムッツリーニの男子三人組が早く着替え終わり浜辺でパラソルを開いたり、シートを広げたりして待つことになる。
「ふぅーっ…やっとこれで息抜きできるな」
雄二が仰向けに寝ながらそんなことを言ってきた。
「そうだよね。今まで補修やら肝試しやらで全く夏休みって感じじゃなかったもんね」
「いや、そうじゃねぇ」
え?と、見ると雄二の目は鋭く光っていた。
まるで試召戦争の時のように真剣な眼差しだ。
「あの響雪夜って人だ。アイツ俺に対してずっと意識を向けていやがった。それにあの目つき、ありゃ俺みてえに修羅場を抜けてきた奴の目だ」
「まさかそんなぁ。確かにちょっと怖い人だけどいくらなんでも考え過ぎじゃない?」
じゃあ聞くが、と雄二が言う。
「お前、アイツの腕、見たか?」
「腕?」
「………隠してる様だったが、幾つも傷があった」
ムッツリーニがカメラを調整しながら口を挟む。
こいつがこの後の楽園に向けての最終調整の最中に集中を割ると言うことはかなり重大な事なのかもしれない。
「流石だなムッツリーニ。とまあ、なんにせよもう縁のない人間だ。忘れて準備体操でもしようぜ」
「え?あ、うん。そうだね」
軽く肩を回す雄二の横顔は僕には少し影が落ちている様に見えた。
でもこの野郎がなにを考えてるがなんて微塵もわからないし興味もわかなかったから、僕も目先の楽園と後の天使(場合によっては出血多量で冥界へいざなう死神)達の事を考えて伸脚を始めることにした。
****
「やぁ!お待たせしたね!」
開口一番、元気な声で現れたのは工藤愛子さん。
下はホットパンツと言うのだろうか、太腿の大半が露出しているジーンズ、上は彼女に似合うライム色の普通の水着姿。
水泳部の練習で引き締められた身体つきと、競泳用水着の日焼け後がいかにも夏を演出していた。
「流石水泳部、麦わら帽子も似合ってるよ」
「そう?ありがとネ、吉井君。……んん?」
「………(ササッ)」
「あはっ。ムッツリーニ君ってば、ボクの水着姿、撮りたいのならボクは構わないよ?堂々と来なよ。ね?」
「………自惚れるなよ?工藤愛子」
「え?それってどういう…」
「………俺は先ず貴様の水着に興味など微塵もないし、なにより堂々と撮るなど馬鹿げている。俺のカメラは、客は、世界は、隠し撮りを求めて(ダバダバダバ)ーー舌を噛んだ」
「おい、ムッツリーニ!頑張ったな!」
「凄いよ!鼻血の我慢記録更新だよ!」
「二人とも、そんな悠長なこと言ってないでその輸血パックの詰まったクーラーボックス取ってよ…」
まるで頸動脈を切った様に溢れる鼻血を心配して、工藤がムッツリーニに駆け寄る。
「あ、工藤さん。それ以上近づいちゃうと…」
「…む、ムッツリーニ君、だ、大丈夫…?舌噛んだ言ってたけどこれじゃあまるでバイオテロかナノマシンの攻撃だよ?」
「………くっ…俺に近づくな…!」
「なにいってんのさ!?早く止血しないとーー」
「………っ!(ブシャァァアアッ)」
「きゃっ!?」
もう、漫画やアニメの世界でも見ないくらいの勢いで血が噴射されている。
まるで赤い噴水の様だ。
そんな鮮血を浴び、身体を濡らしながらも工藤さんは必死に血を止めようとする。
「…見なよ雄二」
「なんだ?明久」
「ムッツリーニったらあんなに幸せそうに笑ってるよ」
「あぁ、きっと来世の事を考えてるんだろうな」
「前、ムッツリーニが言ってたんだ。もし生まれ変わるのなら鳥になって大空を飛び回ってーー」
「………そして、空から女子更衣室を思う存分除き…た、い…」
「吉井君もムッツリーニ君も縁起でもない事言わないでよ!?というか、ムッツリーニ君、現世の過ちから何か学ぼうよ!」
ムッツリーニは笑顔のまま顔面を鮮血に染めて逝った。
自らの信念に殉じた君の遺志は、この僕が確かに受け取ったよ、ムッツリーニ。
「何はしゃいでるのよ…全く」
「……愛子、土屋を虐め過ぎないように」
「お待たせしました」
と、工藤さんに少し遅れるように、今度は木下さんと霧島さん、姫路さんがやってきた。
「い、いやぁ、ボクなにもしてないんだけど…」
と、頬に返り血をつけながら苦笑いで返す工藤さん。
どうやら取り敢えず収まったようだ。
流石、保健体育の女王と言ったところだろう。
「違いますよ翔子ちゃん。土屋君は工藤さんの水着姿に興奮しちゃったんですよ。男の子ですからね」
「……興奮」
「………そんな事実は確認されていない」
虫の息レベルのムッツリーニが否定する。
全く、素直じゃないなぁ。
『ぐごぁっ!?』
後ろでなにやら猛獣の呻き声が聞こえた。
が、気にするまでもないので無視する。
今は後ろの獣より眼前の少女達の方が圧倒的に目に焼き付ける価値があるからだ。
霧島さんと姫路さんは前にプールで見た格好と同じで、木下さんは赤をベースとしたビキニにヒラヒラと揺れ動くパレオというスタイル。
普段の落ち着いた印象からはあまりイメージ出来ない刺激的な出で立ちなんだけど…。
「なにかしら?吉井君」
「い、いやぁ、ただその、僕がイメージしてたのと結構違ったからさ」
なんだろう、この差違感。
姫路さんも同じくビキニにパレオなんだけど、何かが大きく違う…。
「アタシだってずっとお淑やかな優等生でいると疲れるのよ」
ふふ、と悪い笑みを浮かべる木下さん。
そうかぁ…そうだよね木下さんだって年頃の女の子、たまには伸び伸びと過ごしたいよね。
ん?年頃の女の子…?
あ、わかった。
「…胸、か」
姫路さんと何かと思ったら大きさが違った、かなり圧倒的に。
目の前でじろじろと見るわけにもいかないので木下さんの方は想像でカバー、一般平均並みと仮定するけど姫路さんのは年頃、というか女性の平均のそれをとってもズバ抜けている。
どうりで違うはずだ。
うんうん、と僕が頷くと意識に逆らい首が横に回る。
「アキ、いま何か言った?」
首が180°捻られる勢いだったので少し身体も回して見るとそこには笑顔の美波が居た。
「あれぇ?お、おかしいなぁ、夏の浜辺だというのに寒気がするなぁ…」
「どーせウチは発達してないわ、よ!」
「アババババッ!?み、美波ッ首ッ、首がもげるッ」
水着だからだろうか普段は間接技をかけてくるところを今日の美波は力いっぱい首をねじ切りにきた。
そりゃそうだよね、水着の男女が密着する様な関節技は避けるのがフツー。
ましてや美波の水着は競泳用のピッタリとしたーーってあれ?
「美波、水着変えた?プールの時と違うみたいだけど……」
「……なんでアキって首が変な方向いててもそんな事に気づくのかしら。それになんでその記憶力を勉強に使わないのかも不思議ね」
「記憶力はともかく首は十中八九美波のせいだと思う…よ、ホッ」
首を正しい形に戻してから一歩、美波から離れる。
よく見るためと回避の両方のためにね。
パーカーを羽織っていて全体は見えない物の、美波の水着はこの前のセパレートタイプとは違ってワンピースタイプのものだった。
……というか、競泳用水着?
「じ、じろじろ見ないでよ!そ、それに水着を変えたのはたくさん泳ぐためで!あ、あと最近は太りかけてきてるし…」
「み、美波ちゃんさっきは夏バテで痩せたって言ってたじゃないですか!?手ひどい裏切りですっ!」
と、姫路さんが怒り気味に言う。
僕なんかは体重が増えたって減ったって命に関わらない限り気にも留めないのに…やはりそこは男と女の子の違いなんだろうなぁ…。
「む、胸は痩せたけどお腹は出たのよーーってウチのバカぁーッ!そんなこと言ってどうするのよーっ!」
力強く言い切ると、美波は顔を覆って嘆き始めた。
「そ、そうなの?僕には全然そんな風には見えないけど」
「そ、そうですよ。気にするほど変わってませんよ」
「いいのよアキ、瑞希……。どうせウチなんて、古き良き日本人体型なんだから……。ドイツで育ったはずなのに……」
「み、美波ちゃんはテレビに出る様なファッションモデルみたいで良いじゃないですか」
それは僕も同意する。美波にはスレンダー美人って表現が一番しっくりくる気がする。
「わたしなんてアイスやジュースで太っちゃってーーはうっ」
笑顔で美波を励ましていた姫路さんがいきなり手を砂浜についた。
よくわからないけど自爆した様だ。
「とうとう太ったって言っちゃいました……。それも明久君の目の前で……」
なんてやってるところに、今度は僕が最も恐れている人物が砂浜に影を落とした。
「あら?どうしましたか瑞希さんに美波さん。そんなところで。うちの愚弟が何か粗相でもしましたか?」
二人の後ろで軽く小首を傾げながら浮き輪片手に歩いてくるのは僕の姉、吉井玲、その人だった。
後で書きます。