「はあ……、はあ……」
折られた足をかばいながら、私は身を隠すために近くの廃墟へと逃げ込んだ。
「どこだぁ?オンナァ?」
「ウェイヒヒヒ……。じっくりしゃぶり尽くしてやんぜえ」
廃墟の外で、耳障りな声が聞こえる。生者を喰らい、人ならざるものへと成り果てた、ノスフェラトゥと呼ばれる異形の者たちの下品な声を聞きながら、私は必死に身を隠し、ただ見つからないように息を潜め、身を震わせることしか出来なかった。
東京を始め日本に複数出現したブラックポイントと呼ばれる謎の空間。それにより首都機能は崩壊。さらにブラックポイント周辺から現れた謎の生命体Z/X(ゼクス)により、人々は想像を絶する被害を被り、非難や疎開を強いられた。
私にはもう、家族はいない。私を養ってくれた両親と血のつながりのない私を慕ってくれた弟や妹たちは、私の目の前で、奴らに引き裂かれ、絶望に満ちた表情のまま、貪られた。
その後のことはよく覚えていない。ただ狂ったように逃げ、奴らに襲われ、命からがら、ここまで逃げてきたことだけは、覚えている。
……姉ちゃん!助けてぇ!……
……痛い、痛いよぉ!お姉ちゃん!……
「ごめんね、ごめんね……お姉ちゃんがもっと早めに帰っていれば、こんなことにならなかったのにね……」
頭の中でこだまする断末魔にむなしい謝罪を重ねる。無力な自分への嫌悪感と死への恐怖が一気にこみ上げ、もう何度目かわからない涙を流した。
「ここに逃げ込みやがったなあ?」
「サガセサガセ!そう遠くは行けねえはずだぁ……」
「い、いや……、ひぐぅ!」廃墟に入ってきた奴らに怯えて慌てて立ち上がろうとするけれど、折れた左足に障り激痛のあまりへたり込んでしまう。どうやら、ここまでらしい。
奴らの声がどんどん近くなる。
いやだ。こんな奴らに、私の大切なものを奪った奴らに何も出来ずに死ぬなんていやだ。
死にたくない。私は……。
「生きたい……、生きたいよ……」
体を抱き、涙声で呟いた。
そんな時だった。
……汝、生を欲すか……
「ッ!?誰!?」
頭上から響いた声につられ上を見ると、そこには巨大な石造が佇んでいた。巨大な剣を携え、玉座に鎮座しているその像は、今にも崩れ落ちそうなほど風化していた。この像が、私に語りかけてきたのだろうか?
……汝、生を欲すか……
その力強い声は変わらず、同じ内容を私に問いかける?
「あなたは誰!?私にどうしてほしいの!?生を欲すか?そんなの当たり前じゃない!私は生きたい!こんなところで死にたくない!」
感情を抑えきれず、私は叫んだ。わずかに見えた希望に、私は縋りたい一心でその声に応えた。
……我は剣。我は呪い。我が求めるは戦い。終わることなき、無限の戦い……
……汝が力を以って、我に戦いを捧げるか。さすれば生を得らん……
「構わない!生きていけるなら、私は修羅にだってなる!私の大切なもの奪った奴らを、残らず殺す鬼にだって身を堕としてみせる!だからお願い、私に、私に生きる力を!」
……汝が生のため羅刹となるか。汝、名を申せ……
「さくら。神々廻さくら……」
……よかろう、器を手に取れ……
ひらひらと、私の目の前に黒いカードが舞い降りた。それを手に取ると、不思議と、力を手にした気分になった。
「ここにいるのはわかってるぜぇ?おとなしく出てきなあ」
「ウェイヒヒ、焦らしやがって、早く女の生き血を飲みてぇぜ……」
奴らが私が隠れていた部屋へと押し入ってくる。私の声に反応したのだろう。近くの場所を荒らしながら、私を探している。
……汝が力を以って、我を器に収め、解放せよ。さすれば汝の敵、我が戦いの糧とせん……
言われるがまま、私は渡されたカードをかざし、頭の中に浮かんだ言葉を叫んだ。
「キャプチャー!」
言葉と同時にカードから凄まじい力の奔流が発生し、目の前の石造が吸い込まれていく。それと同時に、影に隠れていた私の姿も、奴らの前へとさらけ出した。
「馬鹿な、あの女ゼクス使いか!?」
「何かしでかす前にぶっ殺せ!」
ノスフェラトゥたちが私に向かってくる。おぞましい異形たちを前に、私はなんとも言いがたい昂ぶりを感じながら、言葉を紡いだ。
「アクティベート!」
赤い大剣が奔流とともに現れ、目の前のノスフェラトゥたちをなぎ払う。巻き起こる砂埃から現れたのは、巨大な漆黒の鎧。どす黒い瘴気を纏い、青白い光を隙間から覗かせるその姿は、紛れもない強者の威厳を見せ付けるものだった。
「我が名はカースドソウル。我が主神々廻さくらが望み、戦いを以って果たさん」
立て続けに大剣が振られ、目の前にいた釘バットを持ったノスフェラトゥを叩き潰した。
「ば、ばかな!あいつは封印されてたはずじゃあ……」
「ヒィエエエ、逃げろお!」
劣勢と見るや、ノスフェラトゥたちは一目散に逃げていく。だが、カースドソウルは大剣を出口に向かって投げつけ、彼らを阻んだ。
「戦いを汚すものは許さん、さあ主よ、我が力を振るえ」
「わかった。イグニッション……」
頭に浮かんだワードとともにカードの力を解き放つ。すると、ノスフェラトゥたちを阻む大剣から零れ落ちた破片が鈍く光り始める。
「オーバードライブ!」
欠片から黒い瘴気が溢れ、フードを被った騎士たちが現れる。騎士たちは黒い剣を引き抜き、ノスフェラトゥたちに切りかかった。
「ギャアアアアア!!!!」
血飛沫が辺りに飛び散り、戦意喪失したノスフェラトゥたちの断末魔が響き渡った。しばらくすると喧騒は収まり、辺りにノスフェラトゥの死骸のみが散乱している。最後に生き残ったノスフェラトゥを束ねるボスだけが残されていた。自分よりはるかに巨大なカースドソウルを仰ぎ見て、必死に命乞いをしている。
「た、頼む、逃してくれ……!ナンデモするから!」
「ならば死を以って戦いを汚したことを償うがよい」
「まってくれ!俺はまd・・・・・・」
言い終える前に、カースドソウルの大剣がその頭を貫いた。それと同時に、黒い騎士たちは灰となり、虚空へと消えていった。カースドソウルの大剣が鈍く光り、辺りの死骸から何かが集まっていく。私には、魂を吸い取っているように見えた。
「やった……、これで……、私は……」
私に向かって歩いてくるカースドソウルを朦朧と見つめながら、私はカードデバイスを胸に抱えてその場に倒れ、意識を手放した。
これは、後に黒の世界に仇なす反逆者として、終わりのない戦いへと身を投じた少女の生きる物語である。