この世界は今、混乱に満ちている。
15才から17才までの少女たちが突然死を迎え、早ければ30分後には生ける屍となって動き出す。その屍は、ステーシーと名付けられた。
ステーシー達は導かれるように人々を襲い、喰らう。彼女達から身を守るため、政府は「再殺」という行為を合法化した。
再び殺す、と書いて、再殺。ステーシーが、二度と動き回らないように。その肉体を165分割にして、再び死を与える。
その行為を行う権利……再殺権は、ステーシー化した少女の肉親及び恋人のみが行使を許された。
そして、再殺権をもつ人間たち全てがその権利を放棄した場合のみ、「再殺部隊」がステーシーを“処理”することができる。違法に再殺を請け負う個人もいたが、政府によってそういった存在は駆逐されつつあった。
これは、そんな狂気に満ちた世界に生きる、1人の少年と2人の少女の、愛の物語。
叶江「ふふ、ふふふ、トウヤ、トウヤ」
桃矢「カナエ、また笑ってるのか」
叶江「だって、トウヤに再殺してもらえるのよ。嬉しい。嬉しい」
桃矢「…………そうだな。タマエは?タマエは笑ってないな」
珠江「笑えるわけないじゃない!あたしはまだ再殺してくれる人が見つかってないのよ!……ねえ、トウヤ、あたしの恋人にもなってよ」
桃矢「馬鹿言うなよ。僕はカナエの恋人だ。2人同時に付き合うなんて、神様が許してくれるもんか」
珠江「はんっ。神様!神様ねぇ。あたしたちのこと、世界のこと、こんな目に合わせといて。何が神様よ。道理なんてあったもんじゃないわ」
叶江「ばかね、タマエ。私たち、今こんなに幸せじゃない。ふふ。ふふふ」
珠江「幸せなのは、再殺してくれる人がいるアンタみたいな女の子だけよ!あたしだって、あたしだってねぇ、再殺部隊じゃなくって、あたしのことを愛してくれる男の子に殺されたいわよ。もう!どうしてトウヤは、カナエを選んだの。どうしてあたしじゃないのよ」
桃矢「……それは、」
叶江「そうだわ!トウヤ、もし私が先に、165分割になったら。その時は、タマエの恋人になってちょうだい!そうすれば、神様は怒らないでしょう?」
珠江「そうよっ、それがいい!トウヤ、その時はよろしくね。ふふ、あたしも楽しくなってきたわ。ふふ。ふふ!」
桃矢「……そう、だな」
桃矢:彼女たちはそう言って、嬉しそうに笑っていた。
臨死遊戯状様(ニアデスハピネス)……ステーシー化する直前の少女たちが見せる、幸せに満ち溢れた表情だ。
叶江と珠江は、双子の姉妹。僕は彼女たちの幼なじみで、姉の叶江と交際をしている。姉妹の両親はもういない。先日ステーシーとなった、もう1人の姉である望美(ノゾミ)によって喰われたばかりだった。望美はその後(のち)、肉親として再殺権を持つ叶江と珠江の手により165分割にされ、2度目の死を迎えた。
その直後から彼女たち双子にも、ニアデスハピネスの症状が出始めた。しかし、2人にとってはそれが幸せだったのかもしれない。姉と両親、3人もの肉親をいっぺんに失ったことを悲しむ暇もなかったのだから。
今度は彼女たちの番だ……僕は15才の彼女たちがいつかこうなることを理解していたはずなのに、やはり気が動転していた。
だが、叶江には以前より「自分がステーシーになったら再殺してくれ」と頼まれていた。僕の気がどれほど動転したって、やるべきことは変わらないのだ。
桃矢「ああ、もうこんな時間か。それじゃ、僕は家に戻るよ。母さんが心配するし」
珠江「あらトウヤ、夜の間にあたしたちがステーシーになっちゃったらどうするの?ふふ、そうしたらきっとあたしたち、死んでもなおあんたに会うため、もう一度歩き出すんだわ」
叶江「あはは、そうに違いないわ。ステーシーは人を襲うけど、なんだか構ってほしそうに見えるものねえ。トウヤ、もし朝起きてステーシーになってたら、私、真っ先にあんたの所へ行くわよ」
桃矢「ああ、そうしたら、しっかり再殺してやるからな。でも2人同時に来るのはやめてくれ。まずはカナエ。その次はタマエだ。そうじゃないと、僕が困ってしまう」
珠江「やっぱりそこは譲らないのね!もう、分かったわよ。あーあ、あたしにも王子様がいたらなあ!」
叶江「あはははは、それじゃトウヤ、“また会えたらいいね”」
桃矢「……ああ、おやすみ」
桃矢:“また会えたらいいね”。最近、叶江が別れ際に言う言葉だ。これはきっと、「自分が自分として生きてる内にまた会えたらいいね」という意味なのだろうと思うと胸が苦しくなる。
彼女たちは自分の悲劇を、世界の悲劇を受け止めているのだ……。だとするならば、僕ができることはひとつだ。悲しむことでも、誰かを恨むことでもなく。
叶江を、そして珠江を。僕の手で165分割にしなければならない。それが彼女たちの幸せなのだから。
珠江:あたしは、桃矢がずっと好きだった。
でも、それは叶江もおんなじ。叶江の方がちょっと大人しくって、病弱で。それで、自分が守ってあげたくなっちゃったのかしらね、桃矢は。
どうしてあたしじゃないんだろうって、いっつも思ってた。だから、叶江のことが妬ましかった。叶江と同じ顔をしているのに、珠江は、自分だけの力では好きな人に最後のお願いすら聞いてもらえない。さっきのだって、叶江のお情け。どうしていつも、あたしばっかり。
叶江なんて、早くステーシーになっちゃえばいいのに。そうしたら、桃矢はあんたを再殺して、あたしはその後桃矢に再殺してもらえて……
珠江:そうだ。そうよ。珠江、あんたやるじゃない!あたしも叶江も、どうせステーシーになる。再殺されるんだわ。
だったら、だったら、ねえ。ねえ。
珠江:叶江がいなくなれば、桃矢は、あたしを見てくれる?
(翌朝。小鳥のさえずり)
叶江「あら?タマエ、どうしたの、“ライダーマンの右手”なんて持って」
珠江「カナエがステーシーになっちゃいないかって、不安で持ってきちゃったのよ」
叶江「バカね。ステーシーが喋れるわけないじゃない。私、あんたにさっきおはようって言ったわよ」
珠江「あら、知らないの?最近になって、話すステーシーが出てきたらしいわよ」
叶江「へぇ、そうなの」
珠江「だからさ、あたしもあんたも、もしかしたらもうステーシーかもね?」
叶江「キラキラ輝く鱗粉も出ていないし、ハーブティーの香りもしないわ。だけど、もしそうだったらどうするの?」
珠江「再殺、しないといけないじゃない」
叶江「あっ」
(珠江、叶江の手首を切り落とす)
珠江「ほら、カナエ、どう?手首を切り落としてみたけれど、あんた随分平気そうね。それにほら、ハーブティーの香りがするわよ」
叶江「そう、そうかしら?血の匂いで、全く分かんないわ」
珠江「それじゃ、もう少し上の方も切り落としてみましょうか、どう?」
(珠江、叶江の右腕を切り落とす)
叶江「痛い、……痛いわタマエ、」
珠江「ほら見てみなさいよカナエ、なんだかぼんやり光ってるみたいよ」
叶江「ねえ、それ、本当?私、いつの間にステーシーに……」
珠江「……カナエ?」
珠江:叶江はどさりと倒れこみ、糸が切れるように逝った。それは突然で、苦しむ様子すら見られなかった。
本当は、ステーシー特有のキラキラ光る鱗粉も、ハーブティーの香りもしていない。全部叶江を殺すための嘘……だけど、あんな狂言を信じるほどに、叶江はニアデスハピネスに毒されていたんだ。
でも、あたしは違う。もしかしたら、あたしはニアデスハピネスじゃないのかも?もしかしたら、あたしは生きていられるのかも?そうだ、そうに違いない、これでいいんだわ。
あとは桃矢を電話で呼び出して、待っている間に叶江の身体を165分割にすればいい。襲われたから、とでも言い訳をしておけばいいだろう。それで桃矢はあたしのものになってくれる。たとえステーシーになっても、桃矢の手で再殺してもらえる。あたしは叶江に勝ったんだ、桃矢はもうあたしのものだ。桃矢はあたしの
(ドサ、と倒れこむ音)
桃矢:不思議な夢を見た。叶江と珠江が、キャッチボールをしている夢だ。
春の夜、まるでシンメトリーのように2人が立っている。姉妹の顔は、何かを堪えているように歪んでいた。ボールを投げる度に、受け取る度に、2人の身体に血の色が広がる。僕はそれを止めたくて歩き出すけれど、彼女たちとの距離が縮まることはなかった。
そのとき突然、叶江が倒れ込んだ。気づいた時には植物園にいて、僕は叶江を抱きかかえていた。彼女の華奢な身体を包み込むワンピース。そのミルク色に映える血の赤……。
綺麗だ、と、僕は息絶えた叶江に囁いた。
桃矢:目が覚めてから、僕は一目散に彼女たちの家へと向かった。ただ夢見が悪かった、というだけの理由ではあったが、妙な胸騒ぎがあったからだ。しかし、人の第六感というのは恐ろしいもので……その直感は的中してしまったのである。
桃矢「……タマエ?」
桃矢:玄関の、電話脇。そこで珠江が倒れていた。そればかりか、彼女の身体は血でべっとりと汚れている。慌てて抱きかかえるが、すでに珠江は事切れていた。
力の入らない彼女の身体を調べたが、目立った怪我を見つけられず。どうやらその血液は、彼女から溢れたものではないらしい。
ステーシー化する直前の少女は、突然死に至る。外傷もなくただ、ただ突然、死ぬ。血は出ないはずだ……では、そうだとするならば。答えは1つしか、ない。
桃矢「……カナエ!カナエ!!」
桃矢:僕は声の限りに恋人の名前を呼んだ。静まり返った家に吸収されてゆくばかりで、彼女の元へ“本当に”届いたか分からなかった。叶江は、叶江はどこだ。珠江が先にステーシーになるのか?それとも同じタイミングで、彼女はもう?
僕は不安と絶望に苛まれながら、急いで叶江の寝室へ急いだ。珠江の死体はあのまま横たわらせた上で……彼女には申し訳ないが、僕は、僕には恋人の再殺が最優先だった。
桃矢「っ……かな、え?」
桃矢:2階の奥に、人の影があった。その肉体の後ろにある窓から差し込む太陽光で、その俯いた顔を伺い知ることはできなかった。
珠江は玄関に置いてきた。あれは叶江だ……叶江が生きている!2本の足で立ち上がり、こちらを見据えている!しかし、その影に不可思議な部分があることを、僕は認めざるを得なかった。そのただならぬ事態に驚き、歩みを止めてしまう。
すると、彼女“らしき”人物は顔を上げ、口を開いた。
叶江「……トウヤ」
桃矢:それは掠れた声だったが、影からうっすらと見える表情、あれは間違いなく彼女だ……とある部分を除いては。
右腕だ。右腕が足りない。肩の下からあるべきものがない。一体彼女の腕はどこに?珠江に付着していた血液と関係が?
いや、そんなことよりも。まずは彼女の生存を喜ぶべきだろう。珠江はまもなくステーシー化を迎えるだろうが、ひとまず叶江は無事なのだ。その証拠にほら、彼女の周りには鱗粉なんてどこにも、
桃矢「……ハーブティーの、香り……」
桃矢:信じられなかった。信じたくなかった。でも、あたりに漂う芳しい香りは消え去ってくれなかった。血の匂いと混じって鼻に抜ける、どこか爽やかなこの香りを……。
急に、辺りが暗くなる。日が雲に隠れ、一時的に家の中の明度が下がったのだ。その数瞬、彼女の周りをぼんやりとした光が囲うのを見た。ステーシーの鱗粉は、暗闇にこそ輝く。先までは明るくて、見えなかっただけだった。彼女はもう、ステーシー以外の何物でもなかった……。
叶江「トウヤ。トウヤ」
桃矢:叶江は掠れた声で、再び僕の名を呼んだ。ステーシーは言葉を発することはない。だが、まだ彼女は僕の名を呼んでいる。どういうことだ?叶江はまだ人間なのか?
桃矢「カナエ、……“また会えた”のか?」
叶江「うん。“また会えた”。1回、死んじゃったけど……また会えたよ」
桃矢「やっぱり君はもう、ステーシーなのか?」
叶江「うん。本当はその前に死んじゃうはずだったんだけど、ちょうどタイミングが良かったみたい。……運が良いのね、私」
桃矢「何を言っているのか分からないよ、カナエ」
叶江「ごめんね。私、あんたにもう一度会いたかった。その手で、抱きしめて欲しかった。ねえ、私、こんな血まみれだけど、抱いてくれる?ステーシーだけど、抱いてくれる?」
桃矢「……もちろんだ。そっちへ行くよ、カナエ。何度だって抱きしめてやる」
桃矢:目の前の状況は何も分からないが、恋人が抱きしめてくれと呼んでいる。ならば、再殺よりもそれを優先すべきだろう。
彼女と過ごすこの時間を片時も無駄にしないよう、互いに見つめ合いながらゆっくりと歩き、僕は腕を広げて、
珠江「アアアアアアアア」
桃矢:最期に、珠江の咆哮を聞いた。
叶江:死にたくなんてなかった。いつも不安でいっぱいだった。
誰だって、愛する人との別れを良しとするはずがない。そしてそれが、自分の死を要因とするならば、余計にだ。
私は、自分になんらかの違和感があるのに気付いていた。姉や、他のニアデスハピネスに侵された少女たちの、あの幸せそうな表情を浮かべることが私には出来なかった。
同じくニアデスハピネスに侵されたであろう最近ですら、死ぬことに怯え、ステーシー化するのを良しとしてはいなかった。桃矢や珠江と、ずっと一緒にいたかった。人を喰らい、再殺されるだけのステーシーになんて、絶対なりたくなかった。
もしかしたらちゃんとした意思があって、再殺しなくてもいいステーシーがこの世にいるかもしれないのに……私は、そんなありもしない空想に囚われていた。
叶江:でも、信じていた肉親に……珠江に殺されかけたあの瞬間、何かを悟った気がした。
人は欲望に苛まれ、他者を傷つけ、罪を重ねて。罪人として地獄へ落ちるのだ。ステーシー化していなかった、人間だった私を、珠江は殺そうとした。桃矢が欲しい、ただそれだけの感情で。
そして、もう一度目覚めたときに。ステーシーとして生まれ変わった時に、全てを知った。
ステーシーは、地獄から溢れた罪人が少女の身に宿った存在。地獄のキャパシティを超えてしまった人間たちが、この世に再び舞い戻ってきてしまったのだ。だから私のこの身体にも、そうした負の人格が宿っている。地獄へ行くべき存在たち。それがステーシー。
でも、少女たちに罪はない。地獄からの来客のために肉体を強制的に差し出し、死を迎え……ただ好きな人にもう一度会うため歩いただけ。
それだけ、なのに。
叶江「トウヤ……」
叶江:桃矢は、私に身体を預けて逝ってしまった。その姿を周りから見れば、まるで彼が抱きしめてくれているようだったに違いない。彼と私の最後の抱擁は、鮮烈な赤色をしていた。
珠江「アアアアアアアアアアア」
叶江「……タマエ。あんた、ステーシーになっちゃったのね?かわいそうに、私と違って喋れそうにないわね」
珠江「アアアアアアアアアアア」
叶江「悲しい?あんたを再殺してくれるかもしれなかったトウヤを、あんたが今殺したのよ。そうしたらもう、再殺部隊に殺されるしかないわね。それって本当に、悲しいわね」
珠江「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
叶江「でも、大丈夫よ。あんたには私がいるんだから。しっかり、165分割にしてあげるわよ。さあ、おいで、ステーシーちゃん。あんたの面倒は、この世で一番あんたを分かっている私がみてあげるわ」
叶江:罪人は、死すべきなのだ。私を殺し、桃矢を殺した珠江と。その中に渦巻く、地獄より溢れた罪深き人間たち。その全てが、死すべき存在なのだ。
私は、私の腕を切り落とした小型チェーンソー、通称“ライダーマンの右手”を抱え、もはや人間ではないかつての妹と対峙した。
叶江「許されたいんでしょう?私が許してあげるわ。ごめんなさいって、謝れたらね」
叶江「ああ、もう、喋れないんだっけ?」
(響くチェーンソーと、肉体を切る濡れた音)
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隊員「いたぞ!ステーシーだ!」
叶江:あのね、私たち、好きな人にもう一度会うため歩いただけよ。
小隊長「探して5分で遭遇かよ。さっさとやっちまうぞ」
叶江:でもね、許されないならば。どうぞめちゃくちゃにしてほしいな。
隊員「……?小隊長、あのステーシー、何かを抱きかかえています」
叶江:だって、私は好きな人が血まみれだって抱いてあげるわ。
小隊長「少年か。今喰ってる最中なんだろ、どうせもう助からない。やれ」
隊員「……は、はい!」
叶江:だって、私の好きな人は--
隊員「……ごめんなさい」
(激しい銃声)
叶江:ーー血まみれだって抱いてくれるの。
〜ステーシー 少女再殺別録〜
(車が走る音)
隊員「髪の毛も、指も。思い出も、骨も」
小隊長「なんだ、どうした」
隊員「いえ……」
小隊長「ああ、お前、初めてだったな。撃ちまくってどうだった。ステーシーを165分割にして、どうだった」
隊員「……ごめんなさい、という気持ちでいっぱいです」
小隊長「誰だって最初はそうだ。赦されたくって仕方ないよな。ステーシーは、こんな俺たちのことどう思ってるかな?あいつらに思考があれば、心があれば、話してみたいよなぁ」
隊員「そういえば小隊長、確か話せるステーシーが現れたとかいう噂ですけど……」
終