精霊達の日常〜Another Story〜   作:Atlas_hikari

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前から1年3ヶ月らしい。怖いですね。

主人公の魔法使い(男)が出ます。引き続きお気をつけください。

※エターナルクロノス3のイベントのストーリーをかなり端折っているので、読むとさらに読みやすい…かもしれない。尚3年前のイベント


少女の恋慕は時の輪を超えて(後編)

 

「……あった」

 

人のない路地に、それはあった。

少しだけ傷ついてはいるけれど、カヌエの加護のおかげか大きな傷はない。

 

「もう、どうして投げちゃうんですか……」

 

あの人がいない今、これが唯一、彼の存在を示すもので。

どうしようもなく愛しくて。

どうしようもなく寂しくて。

 

「……魔法使いさん」

 

命より大切なもののように、それを抱える。

 

「私、ずっと待ってますから」

 

─だから、───────。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、どうしたものかにゃ」

「どうしよっか……」

 

僕は、ほとほと困り果てていた。

 

飛ばされた異界で、情報を求めてサンザールの街に来たところでエターナルクロノスの面々に出会った。そこで頼まれて、ユッカを助けるためにゴンドラレースに参加したのだ。

それに負けてしまったから、次は少し時間を戻して並行して開催されるウォーター戦というものに参加しようという話になったのだけど、ある程度戻ってウォーター戦まで時間を潰そうという話になったのだけど。

 

──特にやることがない。

 

 

「──おや、さっきのお客さん」

 

背後から声。振り向くと、前に乗ったゴンドラの漕ぎ手の少女がいた。

 

「どうしたのかい。もしや既に街に迷ったのかい?」

 

時間を戻しているとはいえ、この時にはもうゴンドラからは下りていただろうか。彼女にとって、僕達はゴンドラから降りた後、何故かここで立ちぼうけしている変人なのだろう。

 

「いや、そういうことでは───」

「私もいまいち道は分かってないから頑張ってねぇ」

「…………」

「どうしてここで生活出来ているにゃ……」

 

実際、道は知らないので誰かに聞きたいのは確かだった。でもそもそもの目的地がない。

 

「……適当にそこら辺のお店に入ってみよっか」

 

そうウィズに言って歩きだそうとして、

 

「……あのっ!」

 

後ろから声をかけられた。

振り向く。ほんの少し小柄な少女がいた。

 

「ええと、困っていらしたようなので。どうかなさいましたか?」

「──」

 

ピリッと、何かが走ったような気がした。

違和感。より詳しく言えば、既視感。

──この少女を、僕は知っている。

 

「──時間を持て余していて。どこかで暇を潰したいのだけども」

 

記憶の限りでは会ったことは無いのだ。そんな矛盾があるはずない、と違和感を心の底に沈め、彼女の問いに答えると、彼女はパッと明るく笑った。

 

「─ああ、そうでしたらバナナパンケーキなどいかがですか?ちょうど私も行くところなんです。お腹が空いているなら、ですけど……」

「バナナパンケーキ、確かあの船頭も言っていたにゃ」

 

そういえば、のんびりした声でオススメされた記憶がある。小腹も空いているしちょうどいいだろう。

 

「それじゃあ、お願いしようかな」

 

 

 

 

 

 

「あっ、エリテセ!待っていましたよ!」

 

彼女が店に入るなり、右側の席に座る少女が立ち上がった。

 

「……にゃっ!?」

 

ウィズが驚いたようにぶるりと震える。顔には出さないようにしたが僕も驚いた。なにせ──

──少女がユッカそっくりだったのだから。

 

「すみませんサマー、外で他の人と話していまして」

「なるほど。それで、その方は?」

「旅人の魔法使いさんです。一緒にバナナパンケーキを食べましょうとお誘いしました」

「まあ!それは素敵ですね!」

 

元気な所は似ているけれど、口調が丁寧だったりと、ユッカとは違う部分も見かけられる。この少女がエターナルクロノスに来る前のユッカ、なのだろうか。

 

「それならどうぞ!旅人との縁はカヌエ様からの賜りものですから!」

 

この少女がこれからソラに呪いをかけられる。それを止めるために時計塔の皆はここに来ている。少し体が強張った。

 

「ここのバナナパンケーキは絶品なんですよ!」

「ふむ」

「ちなみにオススメのトッピングはですね───」

 

ユッカ──いや、サマーが饒舌にオススメのトッピングを語り出す。いかにも神聖な御子といったホリーとは真逆の、親しみやすい、まさに太陽のような御子だ。

しっかりとサマーの話を聞きながら、隣の少女に意識を向ける。

 

「……サマー、旅人さんは困ってらっしゃいますよ」

 

サマーはエリテセ、と呼んでいた。口ぶりから見て、サマーの従者だろうか。

──違う。何が違う?

 

 

 

そうだ、彼女は、そんな名前じゃない。

 

 

 

どうして、私には人格というものがあるのだろう?

 

見てるだけで、こんなにも心が苦しいと言うのに。

 

──でも、もう終わる。

 

 

 

結局、ウォーター戦でも勝つことは出来なかった。

どこかに抜け道があって、そこを抜かれたらしい、とヴァイオレッタは言っていた。自分は目の前の敵は全員倒した、とも。

 

「──まあ、仕方ないにゃ」

「仕方なくないんだけど……」

 

火を消されず灯台に辿りついた僕はというと──

 

 

 

──何故か路地裏に身を潜めていた。

 

 

 

「やけに雰囲気が出てるにゃ。ほんとに前世は人攫いだったにゃ?」

「そんなわけないでしょ……」

 

結局のところ、ゴンドラ戦もウォーター戦も勝てないのだからヴィジテ側の勝ちは揺るがないわけで。

じゃあどうするのか、という話になった所で、サマーを攫って1日どこかに隠しておく、という案が出たのだ。

確かに名案ではあった。誰が攫うのか、という話になって、僕がやることにならなければ。

 

「警備は厳重、ってわけでもなさそうだね」

「恐らく、目に見える形じゃなくて隠れて警備しているにゃ。祭の中でそんなに堅苦しい姿を見せる訳にはいかないんだろうにゃ」

「それもそうか…」

 

前、彼女とここでパンケーキを食べた時は、鐘が鳴ったちょうどぐらいに店を出ていた。タイミングは覚えている。出てきた瞬間に近づいて、魔法で眠らせて抱えて走るだけ。それだけだ。

 

「あれ」

 

懐にしまってあるカードを取ろうとして、あることに気がついた。

 

「1枚ない……?」

「……キミ、それは魔法使いとしてあるまじきことにゃ」

「いや、確かに昨日まで持ってたし出した記憶もないんだけど……」

「落としてたりしたら超最悪にゃ」

「……これは後にして今は集中しよう」

 

カードの不足はいつでも深刻な事態ではある。すぐにでも探しに行きたい気持ちもあったが、それでも時間は待ってくれない。

鐘がなるまで静かに待ち続け、

 

鐘が─────

 

 

 

 

────鳴った。

 

すぐさま駆け出す。反応する気配が複数。ウィズの言う通り、護衛は隠れて警備していたらしい。

 

走りながら魔法を詠唱する。店を先に出るのがサマー。ならばこそ、従者が気づくより前に魔法を当てる。

 

覚えていたタイミング通り、目の前の扉が開く。話しながら出てきた人に即座に魔法を当てる。そのまま抱えて走りだそうとして──

 

その奥の少女と、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サマーと目が合った。

 

「──ひっ」

 

明らかに怯えた表情。自分は今どんな顔をしているだろうか。暗殺者のような無表情にでも見えているのだろうか?

 

「……サマー、行って!」

 

腕の中の少女──エリテセを名乗る従者が振り絞った声を上げる。

 

「……っ!」

 

サマーが走り出す。掴もうとする手は届かない。

 

「……テタニア!」

「──はっ!」

 

周囲の群衆の中から一人がサマーの後を追う。

 

「……ふふっ。まだ、ダメですよ?」

 

無事役目を遂行した彼女は、こちらの考えを見通すかのようにふんわりと笑った。

 

「君!はやく追うにゃ!」

 

ウィズの声で我に返る。既に多くの群衆に囲まれていた。この人数を押し分けて進むのは難しいだろう。

 

「上にゃ!」

 

ごめんなさい、と従者をゆっくりと地面に寝かせて即座に魔法を詠唱して、跳躍する。

従者は展開に似つかわしくない、穏やかな寝顔をしていた。

 

 

 

 

「……最悪の展開にゃ」

 

従者はわかっていた。自分がここに来て、サマーを狙うことを。だから先に出てわざと受けたのだろう。

 

サマーの身体能力はそれほど高くないのか、サマーと護衛の2人はすぐに見つけられた。

 

「──御子様は先にお行きください」

「…はっ、はい!」

 

こっちを察知した護衛がこちらに向かってくる。

得物はレイピアに近い形をしている。

 

「ウィズ!追って!」

 

声を聞くなりウィズは何も言わず飛び降りて駆け出す。

護衛は気にも止めない。猫だけではどうも出来ないという判断だろう。

 

時間はかけられない。魔法を3つ詠唱する。

 

一発目。横振りの剣で弾かれる。

二発目。体を逸らして避けられる。

三発目。もう一度剣で弾かれる。

 

相手は懐に潜り込まれることを明らかに警戒していた。以前に似たような相手にやられたのだろうか──そんな思考を走らせながら、

 

強化魔法を使って前に飛んだ。

 

警戒している所に真正面から突っ込む。相手は驚きながらもしっかり迎撃体勢を取る。最善の手だろう。

 

──だからこそ、読みやすい。

 

相手の剣の間合い手前で急停止。世界が止まったかのように、相手の動きも止まる。

 

そこで再加速。停止からの加速の差で、相手の意識を置いていく。

 

「……っ、待てっ!」

 

後ろは振り向かず真っ直ぐ走る。今回の目的は護衛の無力化ではない。サマーを捕らえた後そのまま逃げられればいい。

 

猫の鳴き声──ウィズの声がした方に駆ける。

サマーの背中をもう一度捕捉する。彼女は大通りに出ようとしていた。

 

どこかで見た事のある景色だった。どこか覚えのある景色だった。

 

予感がして、後ろを振り向けば、

 

見知った少女──アリスが、落ちてきていた。

 

 

 

ああ、今日も一日が回る。

 

一体何日目だろうか。数えるのはやめてしまった。

 

彼は、次こそ彼女を救えるだろうか。

 

 

実は僕は異変の解決のために呼ばれて、助っ人として戦っていたけれど手違いで記憶を失ってしまっていたんです──といきなり言われて信じることが出来るだろうか。僕は出来ないと思う。

 

「──はい。以上が、この世界の状態になります」

 

エリテセ──説明の前にセティエと名乗った──は説明を終え、ふう、と息をついた。

 

「とにかく、良かったです。手帳をお渡しすることが出来て」

「ほんとだねぇ」

「……そうだね」

 

とても不思議な話だった。この世界の時間が輪になっているだとか、そのきっかけがサマーによるものだとか、このままだと時間が死ぬだとか、なんとも信じられない話だった。

 

「荒唐無稽、とはさすがに言えないにゃ。実際にそういうことを体験してるしにゃ」

 

手帳を見る。日記の最後のページには、『黄金の時を見つけた』と書いてあった。

 

「セティエ……さんの話が正しいとして、僕はどうしてこの手帳を落としたんですか?」

 

何かがあったのだ。見つけて、その黄金の時とやらに何かしらをしようとして、妨害されるような何かが。

 

「……黄金の時、それはアリスとサマーの最初の邂逅でした。そこに生じる呪いの原因を取り除こうとして、私達は負けました」

「……相手は?」

「ソラ。カヌエに対する、もう1柱の神です」

「……神かにゃ…」

 

神様と戦ったこと自体はある。あるのだけど、勝てるという世界の話にはならない事が多い。力の差もあるけど、何よりリソース──魔力の差がどうしようもない。つまり──

 

「……時間稼ぎ?」

「はい。彼女を止める方法はあるんですが、それまで彼女を抑えないといけないんです」

「私です。私がなんとかします」

 

最初から黙りっきりだったカヌエが突然喋りだした。

 

「私がソラの力を上手く中和するので」

「その時間を稼ぐにゃ?」

「はい。幸か不幸か、彼女はアリスを狙います。彼女を守ることが、時間を稼ぐことに繋がるかと」

「うん、なるほど。大体のやることはわかった」

 

横のテーブルで話しているサマーを見る。こちらの会話は聞こえていないのだろう、楽しそうに話をしている。

 

「サマーはこの事を──」

「知りません。教えることもありません」

「──そっか」

 

セティエは冷酷なような、それでいて少し寂しそうな表情をしていた。彼女なりに考えて、そう決めたのだろうか。

 

「じゃあ、これからどうするにゃ?」

「……ひとまずエターナルクロノスの皆さんにお話しようと思います。私達3人ではどうしようもできなかったので」

「わかった。改めてよろしく、セティエ」

「はい」

 

少し、彼女の顔が綻んだ気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よろしくお願いします、魔法使いさん』

 

誰かの夢を見ていた。

 

『どうして魔法使いさんはそんなに人助けをするんですか?』

 

穴だらけで、姿は何も見えない。かろうじて声だけが聞こえる。

 

『…あなたは悪くありません。悪いのは全て私です。恨んでも、憎んでも、傷つけても構いません』

 

彼女は誰だろう。こんなに愛おしい気持ちがあるのに。

 

『ですから、どうか、どうか──』

 

こんなにも、心から彼女を求めているのに。

 

『──私を置いていかないでください』

 

誰も見えない。

 

 

 

 

 

 

「──大丈夫ですか?」

 

ぼうっとした意識から、目を覚ます。

 

「……ちょっと眠ってたのかな」

「色々ありましたから、お疲れなんだと思いますよ」

 

ベンチに座って休憩していただけでも、結構長い間眠っていたようにも感じる。

起こしてくれた少女──セティエに笑いかける。

 

「僕は大丈夫だよ。せめてこの事態を解決するまでは頑張らないとね」

「キミは頑張りすぎにゃ。もうちょっと自分の体をいたわるにゃ」

「これが性分みたいなものだから、仕方ないよ」

「……ふふっ」

 

ふとセティエの方を見ると、彼女は口を抑えて少し笑っていた。

 

「いえ、やっぱり魔法使いさんはいつでも変わらないなって思って。隣、いいですか?」

「どうぞ」

 

ちょこん、と彼女はベンチに座る。こう見るととても華奢な体で、時間を管理する使命を持っているなんて一目ではそう分からないだろう。

 

「あと、もう少しですね」

 

彼女がふと呟く。彼女はこの世界で何日過ごしたのだろうか。何百日か、何千日か、詳しい数は自分には分からない。

 

「そうだね。あと、もう少しだ」

 

エターナルクロノスの皆にはセティエ自らが説明を行った。彼女達も最初は疑い半分だったけれど、セティエという存在は結構有名らしく、すぐに信じてくれた。

 

「……僕はちゃんと役に立ててた?」

「え?」

「……いや、なんでもない」

 

ふと思い浮かんだ疑問だった。ここまで有名で力のある彼女の助っ人になったところで、どれほどの助力ができたのだろうか。むしろ、足を引っ張ったのではないか、と。

 

「あんまり卑下なさらないでください」

 

対する彼女の顔は、少し怒り気味だった。

 

「あなたは本当に私を助けてくれました。黄金の時だって、あなたなしだったら絶対に見つけられなかった。あの時のあなたも、自分の功績ではないと言ってましたが」

「……そうなんだ」

 

彼女の何かのスイッチを押してしまったのだろうか、彼女がぐいっと身を乗り出してくる。

 

「魔法使いさんは凄いんですよ。誰でも助けようとするほどに優しくて、行動力もあって。時計塔の皆さんも、魔法使いさんだからこそ信頼してくれるんです。それに、私だってあなたが──」

 

そこまでまくしたてた彼女が、いきなり喉を詰まらせるかのように止まった。

 

「……?」

「──いえ、少し取り乱しました」

 

ほんの少し逃げるように、彼女はベンチを立って、

 

「あと少しですが、よろしくお願いしますね」

 

それだけを言うとどこかへ歩いていった。

 

「……」

「褒め殺しされたにゃ?」

「そう、なのかな」

 

いつも冷静そうな笑顔を浮かべているからなのか、かすかな間に見えた、セティエという少女から今まで見た事のない、

 

──彼女の泣きそうな顔が、頭から離れなかった。

 

 

 

ある少女は、彼と約束をした。

 

「可能な限り、勝てる確率が高くなるように、場を整える」

 

暴走したソラと対峙できるほどの戦力。

勝ちを望めるような状況。

祭を繰り返しながら、彼女は身を削って調整を続けていた。

 

──彼女は約束の意味が無い事を知っているはずなのに。

 

神様でもない限り、時の流れに逆らうことなんてできない。あなたがどれほど凄い人物であっても。彼女はそれを知っている。

 

 

 

 

──だから、魔法使いさんね。

私はもうなんにも出来ないけど。

 

彼女を、守ってあげて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ついに、来ました」

同じ船にのるセティエが、そう呟いた。

 

「ここまで長かったけれど、これで最後になるはずです」

目の前には、サマーを庇って呪いを受けるアリスの姿。本当はカヌエの加護で弾かれているとはいえ、少し肝が冷える光景だった。

 

「魔法使いさん」

「……どうしたの」

「……何があっても、アリスさんを守ってあげてくださいね」

「──うん」

 

それだけ答えて、前の船に──アリスとサマーが乗る船に飛び移る。

この歪んだ輪を正すために。

 

 

 

 

『アリス……ねぇ、アリス。なんでまだ生きているの?』

 

魔力ではなくてもはっきりと分かるほどの大きい怨霊だった。黒く淀み、ただひたすらに殺意を向けている。僕はアリスを庇うように前に立つ。

 

『ねえ、アリス。早くソラに殺されてよ』

 

怨念が、瞬く間にソラを覆う。1柱の神ですら、抵抗する間もなく飲み込まれ、変質していく。

 

『早く私に殺されてよ』

「──きます!構えて!」

セティエの声と同時に、変質が完了した。

──もう、そこに立っているのはただの荒神だった。

 

「ア……リス……」

 

変質したソラがこちらを向く。

ソラの理性は残っているようには見えない。残っているのは亡霊の執念だけだろうか。

 

「お前は…お前は………!」

 

来る。

周囲にいる全員が構えて───

 

「殺すッ!!」

 

糸を引かれたかのように、ソラが駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリスではなく、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───セティエの方へと。

 

「なっ……!?」

 

僕はアリスを守っている。それはアリスが最優先で狙われると確信してるからであり──セティエは誰にも守られていない。顔から血の気が引く。

ソラの顔が、酷く嘲笑っているように見えた。

 

 

 

硬直から素早く抜け出したヴァイオレッタが即座に撃つ。当たるもソラは気にした様子を見せない。

 

こちらもすぐに魔法を放つ。ソラは少し動いて躱す。

間に合わない。せめて防御魔法を詠唱して──

 

 

 

 

 

「──〝淀み〟を糧に開け、叡智の扉よ」

 

声が聞こえた。

召喚詠唱?自分の声じゃない。

ウィズが?猫の状態のウィズは魔法を使えない。

 

「──汝は統括の女神。神々の中立。厳正なる優しき女神」

 

 

カードを持つのはソラが向かう先。

それを知らないはずの彼女の所に、確かに魔力が集中していた。

 

 

『魔法使いさん! しっかりしてください!』

 

私は、二度目の過ちを犯した。

ソラを止める算段を整えて、その上で魔法使いさんと時計塔の人達と共に挑んで、その上で敗れた。

 

守るもののないアリスに、ソラの殺意が迫っていても、止められるものもいない。

失念していた。死んだアリスの因果というものも時の流れの外にあったのだから、当然の事なのに。

怨念達も対策していたのだ。魔法使いというイレギュラーの存在を引き剥がすために、

 

──無防備な私を狙うという方法で。

 

 

「虚実の果てなる呼びかけに答え、秘されたる名をここに示さん──」

 

目を開き、しっかりと自分の敵を見つめ。

 

「──《星の女神 サフィナ・ファウト》!」

 

彼女は、精霊の名を呼んだ。

 

 

「こう、ですか?」

「うん、そんな感じ。筋がいいよ、君は」

 

青年が笑う。教えられたことに心から安堵している、そんな表情だった。

 

「──それで、このカードは使える、と思う。なにぶん僕も試したことはないから確証は持てない」

「ありがとうございます、それで十分です」

 

カードを手渡される。そのカードに写る精霊は、昔どこかの異界で会った記憶のある女神。

 

「いきなり精霊魔法を教えて、なんて言うもんだからびっくりしたよ、ほんと。なんとか教えられてよかった」

「はい」

「そのカードは次に会う時にでも返してくれたらいいよ。その人も多分、……多分、怒らないと思うし」

「……はい」

「うん。それで最後に、その魔法を使う目的は何か、教えてもらってもいい?」

「……ええと、はい」

 

少し笑って、

何も知らない、愛する人に向けて。

 

「──愛する人を、助けるために」

 

 

 

彼女の叫びは、目の前に屹立する障壁によって応えられた。

 

「まさか……まさか、精霊魔法を使ったにゃ!?」

 

ウィズの言う通り、今セティエが使ったのは精霊魔法。

それもそうだし、1枚無くなっていたカードも彼女が使ったものだ。つまり──

 

「ほら、ぼうっとしない!」

 

ヴァイオレッタが素早く銃を撃ち込む音で我に返る。こんなことは後で詳しく聞けばいい。

予想外の弾かれ方をしたせいか、ソラも大きく怯んでいるように見える。

 

「私は、大丈夫です!構わずに!」

 

セティエの声。

 

「畳み掛けるにゃ!」

 

攻撃魔法を詠唱。可能な限り威力を高めて、ソラに撃ち込む。ソラは軽く怯むが、まだ倒れるには遠い。

 

「──邪魔だぁっ!」

 

危険度が入れ替わったのか、それとも自分を倒さなければ他に危害を加えられないと思ったのか、ソラの攻撃がこちらに向かう。すかさず障壁魔法で攻撃を受ける。

弾かず、横にそらし、その隙に詠唱済みの魔法を撃ち込む。ソラの目の殺意がさらに深くなったのが見えた。

 

これでいい。ソラの攻撃をこちらが全て受ければ、皆を守れる。

 

「──来いっ!」

 

僕はカードにありったけの魔力をこめた。

 

 

 

「グルァッ!」

 

前、左、右。

相手の連撃に対して、最小限の障壁で防御する。

どちらも強く消耗していたが、こちらは支援してくれる仲間のおかげでまだ戦えていた。

 

時計塔の女神達は時間の正常化を助けてくれている。

エリカを含むバグ達は上手くソラを翻弄している。

時たま相手が怯むのはヴァイオレッタとルドルフのおかげだろう。

──何より、セティエが飛び回って他の皆を守ってくれている。

 

「まだかにゃ!?」

ウィズが悲鳴のように声を上げる。もう限界が近いのが彼女にもわかるのだろう。もうかれこれ20分近い。そろそろだと思うのだけど──

 

 

 

「──あ」

空に、天灯が舞った。

町のいたる所から、マニフェもヴィジテもなく。

ただ自分たちの神を救いたいという想いで上げられた天灯の光がソラを包む。

 

「──綺麗」

 

カヌエがやったのだろう。皆の祈りで、ソラを元の姿に戻すために。天灯の光は優しく、暖かく皆を照らしていた。

誰もが一瞬、その光に目を奪われた。

 

 

───だからこそ、

 

 

 

 

 

 

 

 

「──っ!?魔法使いさんっ、避けて!」

全員、一番最初に動いたソラの対応に1歩遅れた。

 

ソラは暴走しようと神だ。一瞬の遅れが命取りになる。

気がついた時には目の前に爪を振るうソラがいた。

 

咄嗟に障壁魔法を貼ることは出来た。出来たが、衝撃を受け止められるほどではなかった。ウィズはせめてと衝撃から守る。

塔に叩きつけられる。肺から全て空気が抜けるような感触。何本かやられたかもしれない。

 

「オ………!オォ………!」

 

ソラは、見るも無残な姿だった。

救済の光に抗うように、体をノイズのようにブレさせながら、せめて誰かを道連れにせんと獲物を探している。

 

「オォ…………」

 

目の前の糸を、手繰り寄せるように。

ヴォイオレッタ達が周りから攻撃を加えようと、気にも止めない。どうせこの一撃で最後だからだと。

ソラの視線はぐるりと回って、

 

力尽きて座り込んでいる、セティエの方で止まった。

偶然なのか、それとも運命なのか。悟った彼女は少し、寂しそうに笑みを浮かべていた。

 

その笑顔が、頭の中の笑顔と重なって見えた。

 

 

 

 

 

 

「キミ!」

 

ウィズをおいて、ただ走った。

体が軋むのなんて気にせずに、ただひたすらに全力で。

ソラも走り出している。魔法を使ってさらに加速する。

 

走馬灯のように、夢で見た光景が流れて行く。

まだ穴は沢山あって、全部は見えない。でも、そこに笑っている少女の顔だけははっきり見えるようになった。それだけで、胸に彼女に対する気持ちが溢れてくる。

 

ああ、前の僕は。

前の僕は、どれほど彼女を愛していたのだろう。

今はただ、彼女を守りたくて、ただただ、前に走る。

 

加速が足りない。持ちうる魔力を全て注ぎ込む。

 

防御に回す余裕なんてもうない。だからこそ───

 

 

 

 

荒ぶる神は止まらなかった。

誰も、止める術を持たなかった。

 

それの目に最初に止まった、そんな理由で──もしくは、何らかの運命で──それはセティエに向けて駆けた。

 

「グル……ァァァァァ!」

 

凶爪を前に、力を使い切った彼女は何の行動も起こさなかった。まるでそれが定められた運命と知っているかのように、もしくはもう終わってもいいかのように、

 

──彼女は穏やかに目を閉じた。

 

 

 

衝撃。

 

 

 

 

 

 

目を開ける。目の前に愛した少女の姿があった。

──どうやら間に合ったらしい。

 

「………ま、魔法使いさん……?」

 

セティエがゆっくりと目を開ける。

 

「キミ!」

 

後ろからウィズの声。振り返れば元に戻ったのであろう倒れ込むソラの姿と、こちらに駆け寄ってくるウィズの姿。

 

「……ウィズ、大丈夫だった?」

「他人の心配してる場合かにゃ!?まずは自分の心配するにゃ!」

 

その言葉で我に返ったのか、セティエがハッとして僕を見る。同時に、限界だったのか、体から力が抜ける。

 

「魔法使いさん!なんで………」

 

背中から脇腹にかけて、感覚がない。どうやら、即死はしなかったらしいけれど───

──これは、死んだかもしれない。

 

「だめですっ、魔法使いさん、死なないで……!」

 

もう限界だろうに、セティエが何らかの術を使いながら声をかける。こんな時でも、彼女が愛しいと思ってしまう。

 

「誰かっ、誰かっ……」

 

──ああ、伝えないと。

せっかくここに来て思い出したんだ。今、この瞬間にでも、彼女に伝えないと。

 

「──セティ、エ。…………愛、してる」

 

果たして彼女自身に聞こえたのか、知ることなく、僕の意識はプツリと途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

穏やかな波の音が聞こえる。

ゆっくりと、目を開ける。

 

 

目の前には、サンザールの海が広がっていた。

海は不自然なほどに静かで、人の気配も全くない。

ただただ、波の音だけが響いていた。

 

『万事解決、ってやつだねぇ』

 

ふと、声がした。

 

『ほんとによく頑張ったと思うよ、2人とも』

「…カヌエ」

 

呑気で、お人好しな神──カヌエの声。

 

「僕は──」

『安心しなさいな、ちゃんと生きてますから』

「──そっか」

 

隣にカヌエが座りこむ。どこかぼんやりと、この世のものではなさそうな輪郭だった。

 

『全く、無茶するもんだねぇ。神様の私がいなかったらどうなってたことか』

「──やっぱり、カヌエが?」

『ほっほっほ、なんていったって、私は神ですから』

 

いつも通りの呑気そうな笑顔で、彼女は朗らかに笑う。

 

『記憶は全部戻しちゃいないよ。しんどい記憶なんて思い出しても誰も得しないからねぇ』

「ありがとう、カヌエ」

『ひょっひょっ、縁結びってのは使い方次第で万能だから、実は凄い神なのです』

 

…だんだんと調子に乗ってきた気がする。

 

『……正直、記憶なんて戻さない方がよかった』

「……?」

『落としちゃった記憶を戻すなんて、神様からしちゃ邪道中の邪道だからねぇ。世の摂理ガン無視ですから』

 

でも、とほんの少し顔を曇らせながら彼女は続ける。

 

『彼女は──セティエは、皆が思ってるより普通の女の子だったから。君がいないと多分最後に壊れてしまう』

 

自分と違って、セティエは全てを覚えている。彼女の立場上仕方ないとはいえ、一人の少女には荷が重すぎる。

 

『そして、私は…一応のセティエとながーい一日を過ごした仲としての私はね、あの子に幸せになってほしいもんなんです』

 

カヌエの声が遠くなっていく。

隣りのカヌエの姿もぼやけていく。

 

『というわけで、もう時間もないし、助けたサービスの代金を請求させてもらうとしますかねぇ』

「──えっ」

『ほっほっほ、そんなに気構えなくて結構結構』

 

金の砂が散るように、カヌエの姿が散る。

 

『あの子をね、幸せにしてあげて』

 

 

 

 

「──もちろん」

 

 

 

 

 

……………………

…………………

………………

……………

 

 

 

 

 

 

……ゆっくりと、目を開ける。

知らない天井、ではない。おそらくサンザールの街の部屋のどこかのベッドだろう。

生きている。我ながらしぶといものだと思う。

 

少し身じろぎする。それだけで、体に激痛が走った。

 

「魔法使いさん!」

 

こちらに気づいたのか、セティエが近づいてくる。

なんの怪我もない。ちゃんとあれで終わっていたらしい。

 

「まだ動かないでください、傷はまだ完全には治ってませんから」

「…うん」

 

あの後、どうなったかを尋ねる。

 

「あの後は、ソラの力が御子2人によって抑えられて、ソラは元に戻りました。それにより、次の日を迎えることができました。だから──」

「だから、後は辻褄合わせをするだけ、ってこと?」

「はい」

 

それならば、もう戦うことはない。後は皆を見守るだけだろう。見守ることが出来ればの話だけれど。

 

「──ごめんなさい」

 

突然、セティエが謝り始める。

 

「私のせいで、あなたに大怪我をさせてしまって」

「結局みんな無事だったんだから、気にしなくていいよ」

「でも──」

 

嗚呼、あの時の言葉はやっぱり届いてなかったらしい。

もしかして彼女は気づいていないのだろうか。いや、気づかないのが当然と言われればそうなのだけれど。

 

「僕はね、愛してる人をちゃんと守れたなら、なんの文句もないよ」

「このお礼は必ず………え?」

「うん」

 

ちょっと背中が痛むけれど、手を伸ばしてなんとか彼女の背中に手を回す。そのままこちらに引き寄せて─

唇を合わせた。

 

彼女は何も発しない。驚きすぎて声が出なくなってるのか、はたまた別の理由か。

 

「え、……え?」

「約束って言ったのはそっちでしょ?」

「でも、でも」

「ちゃんと覚えてた──いや、思い出したよ。セティエのことも、約束の事も」

「あ………………ああ……」

 

そのまま抱きとめる。震えるセティエの声が少しずつ掠れた声になっていく。

 

「……約束はしても、神様でもないのに時の流れを超えられるわけないって、記憶が戻ることなんてないだろうって、ずっと思ってたんです」

「うん」

「だからっ、これは私に対する罰だって。私があなたを助ける力を持ってなかったからっ、私は永遠に来ない人を待ち続けるんだって」

「……うん」

「いいんですか?こんな私なのにっ、何も、出来なかったのに、こんな、恵まれて」

「……馬鹿」

 

そんなの、セティエ以外の誰もが知っている。

 

「セティエは大活躍だったよ。僕が保証する」

「……」

「それに、セティエはちゃんと約束を守ってくれた。それだけで十分、頑張ったんだよ」

 

腕にさらに力をこめる。彼女の口から小さく嗚咽が漏れる。

 

「……セティエ、待ってくれてありがとう」

 

 

 

 

「…暇にゃ」

 

最近ウィズがそう呟く。

 

「最近までああいうことがあったのに、よくそんなこと言えるよね、ウィズ」

「それとこれとは話が別にゃ」

 

サンザールの事件から暫く。流石に色々あったのでしばらく休憩するとして、軽い依頼をこなすだけの生活をしていた。

 

「最近弟子として敬意が足りてないにゃ」

「自分の行動をちゃんと顧みて欲しいかなぁ」

「素晴らしいことしかしてないにゃ」

「この師匠は……」

 

ウィズと軽口を叩きあいながら部屋の掃除をしていると、唐突に扉がノックされる。

 

「来たかにゃ」

「……うん」

 

あまり待たせないように、扉を開ける。

 

「えいっ」

「うおっと」

 

扉を押しのけるように、可憐な少女が胸に飛び込んでくる。

 

「……びっくりした」

「ふふっ」

 

胸に飛び込んできた可愛い彼女に、僕は声をかける。

 

「おかえり、セティエ」

 

それを聞いた彼女は満面の笑みで───

 

 

 

 

 

 

 

「はい、ただいま、魔法使いさん!」

 

 

 

 

 




決着をつけられてよかったと心から思っております。
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