マシュマロ型提督   作:gromwell

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第十六話『かがしかし』

 平穏という緩やかな時が流れる内地近海鎮守府。通称、麻守鎮守府と呼ばれる海軍の拠点の沖合いで二艦隊八隻の艦娘による演習が行われていた。

 

 麻守鎮守府所属の正規空母、加賀を最後尾に置いた単縦陣を組む陸奥、高雄、大井。それを迎え撃つのは、長門と愛宕を先頭に、北上と舞鶴鎮守府の瑞鶴を後方に配した複縦陣。

 

 互いにほぼ同性能の姉妹艦で編成された艦隊は、正規空母の能力くらいしか決定的な差はない。即ち、勝敗はそれぞれの艦隊の旗艦である加賀と瑞鶴の実力と戦術によって決まると言っても過言ではなかった。

 

 最新鋭の艦載機の性能で攻める瑞鶴に対して、加賀が熟練度と数で対抗した制空権の奪い合いは概ね互角であった。

 

 そんな手に汗握る展開を見せる演習を、ふ頭から双眼鏡とラムネ瓶を手に観戦する麻守と白樺千鶴中将。その隣ではこれまた双眼鏡を覗く雪風を何故だか肩車する久蘇大尉と、そんな雪風を羨ましそうに見上げる翔鶴の姿があった。

 

 金剛と大和はいざという時の為に海上にて待機している。

 

「ごめん、制空奪えなかった!」

 

「ここは譲れません」

 

 悔しげな瑞鶴とは正反対に加賀は何時もの無表情。

 

 砲雷撃戦を行うべく、突撃する二つの艦隊。しかし、早くもその戦術に違いが見てとれた。

 

「瑞鶴隊は射程の長い長門が砲撃を開始、加賀隊は突撃を敢行ですか」

 

「まあ、あの距離ではなかなか有効弾は難しいかと」

 

 のんびりとラムネをちびちび飲みながら観戦する提督ふたりはあれこれ頭を巡らしながら推移を見守っている。

 

 疎らに立つ水柱の間を縫う単縦陣の突撃はますます速度を増して瑞鶴の艦隊へと迫る。

 

 やがて砲撃に愛宕が加わり、至近弾や命中弾も出始める。

 

「もう、まだなの加賀。そろそろお姉さんの第三砲塔がマズいんだけど?」

 

 加賀の艦隊の先頭の陸奥が口を尖らせた。彼女に砲撃が集中しているせいで陸奥の身体には演習弾のペンキが点々と付着している。現状ではまだ小破未満であるが、長門の主砲が直撃すれば一気に落伍しかねない。

 

「次の砲撃の着弾に合わせます」

 

「わかったわ、それじゃあ派手にいっちゃおうかしら」

 

「はい、煙幕の準備は完了。いつでもいけます」

 

「右舷、左舷ともに雷撃準備よし。では打ち合わせの通りにお願いします」

 

 加賀の指示を受けてそれぞれの役目を果たすべく動き出す陸奥、高雄、大井。

 

 しかし、その変化を見逃すほど相手も甘くない。

 

「む、そろそろ仕掛けてくるぞ」

 

「どうするのさー、ずいずい?」

 

「どうもこうもないわ!相手の策ごと打ち破る!!」

 

(あ、それ負けフラグなんじゃ……)

 

 旗艦の指示に従うルールのこの演習。なにやら不穏な空気を感じた愛宕だったが、何も言い出せなかった。

 

「ぱ、ぱんぱかぱーん!」

 

 もうどうにでもなれと主砲を一斉射する愛宕であった。

 

 

 

「──何故こうなった……」

 

 ふ頭のコンクリートの上で、黄色い演習弾のペンキに全身を染めた瑞鶴ががっくりと肩を落としていた。

 

「ふむ、惜しかったですな」

 

「本当にあと少しだったのに」

 

「どこがよ!?慰めなんていらないんだからね!」

 

 瑞鶴の左右からポンと肩に手を置く麻守と白樺の両提督。そんな二人に向かって瑞鶴が吠えたのだった。

 

「だいたいなんなの、あれ!旗艦の癖して艦隊から孤立するとか何!?」

 

 長門と愛宕の砲撃の一斉射が海面に着弾し水柱を林立させたのに合わせて、加賀が艦隊とは異なる方向へ転舵。単艦で行動し始めたのだ。

 

 同時に高雄が煙幕を張り、視界を遮る。煙幕はすぐに晴れたが、瑞鶴の艦隊へと陸奥の砲撃と海面に白く伸びる航跡が迫っていた。

 

 瑞鶴隊のやや左舷よりの方向に集中する砲撃と扇状に広がる四十もの魚雷の航跡によって、自然と回避方向が決まってしまう。

 

「雷撃を回避しつつ砲撃!目標、敵艦隊旗艦・加賀!!」

 

 慌てて瑞鶴が旗下の艦隊へ怒鳴りつけるように指示を出す。同時に上空の瑞鶴の艦載機も加賀へ向けて爆撃・雷撃体勢に入った。

 

 その時──

 

『瑞鶴、轟沈判定!』

 

 審判役の妖精さんが轟沈を示す赤旗を高々と掲げた。

 

 驚いた長門と愛宕が後ろを振り返って瑞鶴を見ると──

 

「加賀ぁ~……!!」

 

 黄色いペンキで全身を染めた瑞鶴が居たのであった。

 

「やりました」

 

 無表情でピースサインをして見せた加賀も瑞鶴と同じく全身を赤のペンキで染めていた。

 

 瑞鶴の轟沈判定が出た直後、瑞鶴の放った航空隊は既に加賀へ向けて爆弾及び魚雷の投下を終えていたのだ。

 

 複数方向から襲う魚雷と爆弾の包囲網を、しかし加賀はそれですら大破判定で切り抜けてみせた。

 

「烈風の直援を突破されたうえに九九式艦爆八機のうち、六機の急降下爆撃が命中だなんて……」

 

 僅か十二機という少数の旧式機に直援隊を抜かれたうえでの轟沈判定。

 

 艦載機はすべて最新鋭の高性能機を揃える瑞鶴にとって、これほど屈辱的な敗北もないだろう。

 

 対して加賀はその倍の攻撃に晒されていながら大破。

 

「負けた……」

 

 ふ頭のコンクリートに崩れ落ちるように瑞鶴が膝をついた。

 

「でもまあ、ほんの僅かの差でしたしな」

 

 麻守が加賀の頬に付いたペンキを手拭いでグイグイ拭き取りながら、瑞鶴へ慰めの言葉を掛けた。実際、加賀の単独行動時に瑞鶴が即座に加賀への攻撃を命じていれば勝利していただろう。

 

「そうね、仮に貴女が指揮を長門か愛宕に任せて攻撃に専念していれば、こちらが負けていたでしょうね」

 

「ぐぬぬ……」

 

 麻守にされるがままおでこを手拭いでゴシゴシされつつ発した加賀の言葉を聞いて、瑞鶴は悔しげに唸る。

 

「それじゃあ、行きましょうか五航戦」

 

「へ?」

 

 差し出された加賀の左手をあ然と見つめる瑞鶴。

 

「あら、忘れたの?この演習に勝ったら負けた方に何でも言うこときかせられるのではなくて?」

 

 確かに演習前に「演習に勝ったら何でも言うこと聞いてもらうからね!」と瑞鶴本人がハッキリ言っちゃってた。

 

(つい勢いで言っちゃったんだけど)

 

 そうは言っても今更無しとは言えない。仕方なしに瑞鶴は加賀の左手へと自身の右手を伸ばしたのだった。

 

「ところで提督。何時ものアレをお願いするわ。でも、五航戦のとは一緒にしないで」

 

 瑞鶴と手を繋いだ状態で、麻守へと向けて手のひらを上にした右手を上下させながら加賀がそんな事を口走った。

 

「はぁ!?なにそれ!」

 

 思わず抗議の声を上げる瑞鶴。しかし、加賀は不思議そうに首を傾げた。

 

「何を言っているの、同じだったらシェアする楽しみがないじゃない」

 

 加賀の意味不明な返答のせいで脳みそがフリーズしそうな瑞鶴の眼前に麻守がなにやら手のひらサイズのお菓子の袋を取り出して見せた。

 

「どの味にしますかな?」

 

「なに、これ?」

 

 首を傾げる瑞鶴の前で麻守が手にしているお菓子『上手に爆撃できるかな?』こそ、以前に加賀が試食した海軍とお菓子メーカー共同開発の知育菓子の改良型だった。

 

 甲の粉を溶かした液体に乙の粉を溶かした液体を九九式艦爆を模したスポイトで投下し、ゼリーを作るという仕組みである。

 

 甲の液体のトレーの色は透明で、爆撃用の照準器のようなデザインになっている。トレーの下に、小さく深海棲艦の艦隊が描かれた付属の用紙を敷く事で水平爆撃の気分が味わえる仕様になっていた。

 

 パッケージには正規空母らしき艦娘がデフォルメされたイラストが描かれている。

 

「いちご味が赤城さん、ラムネ味が私、それからメロン味が貴女よ」

 

 パッケージのイラストをひとつひとつ指差して、加賀が説明する。

 

「ちなみにメロン味は一ロットにつき二個ほど瑞鳳改デザインのパッケージが入っているわ」

 

「何それ、迷彩柄繋がり?」

 

「よかったわね。瑞鳳目当てで箱買いする人達のおかげでメロン味の売り上げはシリーズトップよ」

 

「……おい」

 

 そんな会話を交えつつ、二人は麻守からひとつずつお菓子の袋を受け取って食堂へと向かう。

 

「ところでさ。駄菓子なんてどうするのよ?」

 

「何を言っているのかしら?食べるに決まっているでしょう」

 

 道すがら何気なく口からこぼれた瑞鶴の疑問。それに小首を傾げた加賀が答えた。

 

「いや、そうだけど。そうなんだけど!」

 

 ブンブンと首を振る瑞鶴を冷たく一瞥すると食堂入り口のドアを開けた。

 

「あら、加賀さん」

 

 そこにはエプロン姿の赤城がちょうど厨房から出てきたところだった。今日の夕食は赤城が当番らしい。

 

「間食ですか?」

 

「おやつを食べに来ました」

 

 何やら失礼な問い掛けをさらりとスルーして加賀は椅子に座った。瑞鶴も加賀と向かい合う席に着く。

 

「はい、お水です」

 

 赤城の手によって、加賀と瑞鶴のちょうど中間位置に水で満たされたコップがひとつ、コトリと置かれた。

 

 二人はさっそくバリバリと駄菓子の袋を開けて中身を取り出す。

 

 甲と乙の粉をそれぞれ指定されたトレーのお椀状の凹みに入れて、赤城が置いた水を注いでいく。

 

「あら、手慣れているのね?こういうのに興味があったのかしら」

 

「何度か駆逐艦の娘と食べたのよ、こういうお菓子」

 

「そう」

 

 他愛もない会話をしながら、瑞鶴は徐々に不安になっていた。

 

(なに、なにを企んでるの?このままお菓子食べて終わりってことはないわよね?)

 

 そんな瑞鶴の不安になど気付くはずもなく、加賀は九九式艦爆スポイトでゼリーを作り始めた。

 

 甲の液体の入ったトレーのお椀にポツポツと青いゼリーの粒が沈む。

 

 小さなプラスチックスプーンでゼリーの粒を掬った加賀が、それを瑞鶴の方にずいっと差し出した。いわゆる「あーん」状態である。

 

「えっと……」

 

「何でも言うこと聞くのよね?」

 

 戸惑う瑞鶴に加賀は冷静に言った。

 

「いや、でも……、ね?」

 

「……」

 

「……あい」

 

 無言の圧力に負けた瑞鶴は抵抗を諦めて、加賀の差し出したスプーンに口を付けた。

 

 いかにも駄菓子っぽい味のゼリーを咀嚼してゴックンと飲み込んだ。

 

 その間にも加賀はいつもの表情でゼリーを掬って食べ始めた。その様子を瑞鶴はつい、まじまじと見つめてしまう。

 

(か、間接キスじゃないの、これ)

 

 かあっと頬が赤くなるのを感じて、瑞鶴は落ち着かない気分になる。

 

「どうしたのかしら?」

 

 しれっとそんな事を訊く加賀の表情は変わらない。

 

「べ、別に何でもない」

 

「そう」

 

 恥ずかしがっていても仕方ない。とりあえず自分の分も作ってしまうと瑞鶴は緑色のゼリーが満載のスプーンを口に運ぶ。

 

 ぷるぷるの唇まであと少しというところで、手が止まる。

 

「それで、仕返し──もとい、お返しは無いのかしら?」

 

 そんなことを言う加賀と目が合ったからだ。

 

「え?」

 

 瑞鶴は混乱した。まさか「あーん」を要求されるとは思っていなかった。

 

「まさか、食べさせろと?」

 

「そういう事になるわね」

 

 相変わらずしれっとそんな事を加賀は言った。

 

(なんで無表情でそんな事言うのよ)

 

 いや、頬を赤らめて言われてもリアクションに困るのだが。

 

「五航戦はこの程度の事も出来ないのかしら」

 

「やってやるわよ!」

 

 それまで躊躇していたのが嘘のようにあっさりと加賀の挑発に乗った瑞鶴がゼリー満載のスプーンを加賀の口もとへと運ぶ。

 

 スプーンとゼリーが加賀の口のなかへ突入する。

 

 加賀の唇が閉じたところで、食堂のドアが開いた。

 

「それにしても今回の演習は有意義でしたね。まさか、旧式機であそこまでやれるものとは思っていませんでしたよ」

 

「そうですな。それに最新鋭機とやり合う機会はそうありませんし、こちらもよい勉強になりました」

 

「瑞鶴も随分と頼もしくなりました。これも一航戦の先輩方と麻守提督のお陰ですね」

 

「雪風、頭をぶつけないよう気をつけて」

 

「了解です!」

 

 和気あいあいと演習の成果を語り合いながら白樺中将と麻守、翔鶴が食堂に入って来た。その後を何故かまだ肩車されたままの雪風と、彼女を肩車したままの久蘇大尉が続く。

 

 そんな彼ら、彼女らが目撃したのがちょうど加賀に瑞鶴が「あーん」してあげている瞬間だったわけで。

 

「あ、え?翔鶴姉、提督さん!?」

 

 ぴたりと瑞鶴が加賀の口にスプーンを突っ込んだ体勢で固まってしまった。

 

「……」

 

 加賀は無言で麻守たちを見つめる。

 

 暫くの静寂。

 

 そして──

 

「雪風、見ちゃいました!」

 

「うわあぁぁー!!」

 

 雪風の某重巡風の台詞を合図に、顔を真っ赤にした瑞鶴が逃走。慌ててそれを追いかけようとした翔鶴が躓いて、麻守のお腹にダイブする。

 

 翔鶴のお腹ダイブの直撃で精神的に大破した麻守が白目を剥いて倒れ、それを白樺中将があたふたしながら適切な処置を施していく。

 

 瞬く間に騒がしくなる食堂。そんな騒ぎなど我関せずと椅子に座ったままの加賀。

 

 あらあらと厨房から顔を出した赤城に向かって加賀はピースサインをして見せた。

 

 その唇はこう動いたという──

 

『やりました』

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