そのころ。
ミラは飛行島のバロンの鍛冶屋に訪れていた。
「お邪魔するわよ!」
ミラはノックもせず勢いよく扉を開ける。
「おお、ミラか。ということはしっかり手紙は届いたようだな」
バロンは仕事中だったが、一旦手をとめカウンターに近づいてきた。
「それで、ルーシーちゃんの具合はどう?」
「ああ。奥のベッドで眠ってるよ。おまえさんが来てくれて助かった。悪魔の生態なんてわからんからな」
「つもる話しもあるけど、早速診せてもらうわね。後で礼もさせてもらうわ。そうね。あたしの『白い聖女教』に入信させてあげるわ」
「ふはは。本当か冗談かわからんな」
「冗談なわけないでしょ」
「そうかそうか。礼なぞいらん。おまえさんに言われたことを、そのまましただけだからな」
ミラのバロンへの頼みとはこうだった。
ミラが茶熊学園に通っている間、ルーシーを飛行島に預けるので、見ていてほしい。
あの子はただの遊びでも暴れるのが好きだから、悪魔のソウルを無意識に使ってしまう。
使いすぎてしまうと倒れて動けなくなってしまうため、もしそうなったら、ベッドに寝かせ、すぐに連絡してほしい。と。
まだうまく制御ができないので、倒れる日は必ず来る。と、ミラは最後に付け加えた。
そして、ありし日の午後、案の定ルーシーは暴れすぎて湖の近くで倒れてしまい、湖の精霊ディーネがヘレナのもとに届け、バロンがひきとった。というのが手紙の内容であった。
悪魔のソウルが無くなれば動けなくなってしまう。すぐに命が朽ちることは無いが、放置すると危ない。どのくらい持つかは個人差による。
ミラは今までの経験からして、手紙が来て自分が飛行島に到着するくらいの時間であれば、大丈夫だと信じていたが、やはり内心穏やかではなかっただろう。
「ルーシー!」
「……シスターなのだ」
ルーシーはうっすらと汗を浮かべ、わずかに顔を横に向ける。ミラはひとまず安心した。
「シスター、力がほしいのだ」
「いつも暴れるのは良いんだけどね。もっとうまく暴れなさい。悪魔の力は使っちゃだめ」
「わかったのだ」
「それと、気分が悪くなったときは近くの人にすぐ言いなさいよ?」
「わかったのだ」
「返事だけは良いのね。全く……。仕方のない子ね」
ミラはルーシーの頭にそっと手をのせる。
ほどなくして頭に乗せた手がぼんやりと青白く光りだす。
風もなく、音もなく、2分ほどその行為を続けると光は消えた。
ルーシーは力が戻って気分が良くなったのか、ぐっすりと寝息をたてはじめた。
バロンはその様子を黙って見つめていた。
「もう良いのか?」
「ええ。これで、しばらくは大丈夫だわ。今日はこのまま寝かせておいてちょうだい」
「お前さんはなにをしたんだ?」
バロンも静かに眠っているルーシーを確認したあと、小声でミラに聞く。単なる回復魔法の類であれば、飛行島にいる住人でなんとかなりそうだし、ミラがわざわざ来る必要もないのだが、と思い。
「あたしの中にある悪魔のソウルを分けただけよ。いわば輸血ね」
「そんなことをして、お前さんは大丈夫なのか?」
「膨大にある神聖な悪魔のソウルのうち、ほんの一部を与えただけだから大丈夫だわ。あたしのもそりゃ、無くなればやばいけどね」
「そうか」
悪魔のソウルとはどういうものか? とはバロンは聞かなかった。名前からして悪魔でしか持っていないものである可能性が高いし、飛行島の住民でなんとかなりそうなら、ミラも一言それらしいことを言いそうである。
つまり、やはりルーシーの面倒は、ミラしか見れないのであるな。とバロンは結論づけた。
「それじゃ、この子のこと、引き続きお願いね」
「ああ。もう行くのか?」
「ええ。今回のことで決心したわ。いえ、決心してなかったわけじゃないけど。より一層ね。さっさと帰って布教活動よ!」
「おまえさんも大変だな」
「大変なのはこの子みたいな悪魔の子供達よ。もっと信者も集まれば安心できるのだけど」
ミラは再度、ルーシーの額に手をのせやさしく撫でる。
そして、それこそ、本物のシスターにように微笑みながら、
「あたしがもっと、頑張らなきゃね。あの学園を卒業するまでには沢山の信者を作ってやるわ」
と言ったのだった。
「あ――。そういえば……」
丁度その瞬間、ミラは何かを思い出し、しばらく中空を見つめて考え事をする。そしてその考えがまとまったのか、ルーシーの額から手を放し、バロンに顔を向けた。
「ところで、今、エシリアは近くにいるかしら?」
「扉のルーンで帰るつもりか? 残念だが、エシリアはどこかに遊びに行ったきり帰ってこんよ」
「そう。仕方がないわね」
エシリアは飛行島にいるほうが珍しいので、さして驚くでもなくミラは頷いた。
「それじゃ、ドラゴンライダーは?」
「確か、天使の二人組がいるな。さっき散歩に出て行ったがそろそろ帰ってくるかもしれん」
ミラとバロンは鍛冶屋の外にでて辺りを見回した。すると空中散歩から帰ってきたマールが、霊鳥である相棒のポッポの世話をしている姿が目にうつる。
バロンはマールに近づき事情を説明した。
「わかったー! お姉ちゃんをその島まで運べばいいんだね! お姉ちゃん、後ろ乗っていいよー!」
マールは快く返事をすると、ミラは恐る恐るといった感じでポッポにまたがる。
「ん。意外と乗り心地が良いわね」
ミラはバロンから用意してもらった地図を受け取り、マールに場所を教えた。
「ここならそんなに遠くないね。それじゃ、お姉ちゃん、しっかり捕まっててね!」
「ちょっとまって! 飛び立つ前に聞きたいんだけど、この鳥、あんた意外の人を乗せたことあるの?」
「ないよー?」
「……大丈夫なのよね? 嫌な匂いがするとかいって落とされたりしないわよね!?」
「匂い? お姉ちゃんいい匂いするよ? それにポッポはすごく力持ちだから大丈夫だよ!」
自分の正体を隠しているミラにとって、後ろめたいものがあるのは否めなかった。バロンはそれに気づき、
「ミラ。観念するんだな」
「わかったわよ。わがままなんて言ってられないものね。それじゃマール、お願いね」
せめてマール以外の、他のドラゴンライダーだったら幾分気楽だったが。そもそもポッポは鳥であってドラゴンではないのに。そんな突っ込みはさておき。
バロンは事情が分かっているので、他にドラゴンライダーがいればそちらを紹介してくれたはずだ。
マールの名前を出したのはマールしかいなかったのだろう。観念するしかない。
マールが合図をすると、わさわさと翼を動かしポッポが再び昼下がりの晴天の中へと飛び立つ。
「うへぇ、酔いそう……」
「お姉ちゃん! 頑張ってね!」
そんなやりとりを地上にいるバロンは微笑ましく眺めていた。
「ふはは。天使と悪魔が仲の良いこった」