今日の学長の授業は、夕刻と言っていい時間に行われた。本日最後の授業である。
「ミラ様の行方はまだ判明してないのでしょうか?」
ソフィは心配そうにカムイ学長に尋ねる。
「ええ。私の出来る限りのことはしたんですが……、これといって有力な情報はまだありません。先日、ギルドのほうにも依頼をだしておきましたので、もう少し待ってみましょう」
「そうですか。宜しくお願いいたします。学長様」
「はい。それでは今日はですね。54ページからでしたね。学術都市でも研究されている、ルーンと魔法陣の親密な関係性――」
そして、カムイ学長は早めに授業を切り上げ、生徒会長の話へと移る。
「では、今日はここまでです。例の生徒会長の件ですが、本日をもちまして最後といたしましょう。是非、皆さんからいい返事が来ることを期待していますよ! ミラさんがいませんが、仕方ありません」
カムイ学長は改まって、コホンとひとつ咳払いをする。
「それでは、どなたか立候補してくれる方、いませんでしょうか?」
数秒、沈黙が走る。
前方の席に座るカモメとクライヴ、それにソウマは首を回して後ろの様子を伺うが、誰も挙手などはしていない。
やはり、誰も名乗り出そうにない……。とカムイ学長がため息を吐きそうになった時。
気まずく、静まりかえった教室内に、ガガ……と、椅子が動く音が響いた。
立ち上がった者が一人。
「ま、まあ、その。なんだ。誰もやらないなら、立候補するよ」
ソウマだった。
特別生の面々はソウマのその姿を見て、各々励みのことばを投げる。
教室内は一転して賑やかになった。
ヴィルフリートだけは沈黙を守っている。
「ソウマさん! 信じていました! 私は信じていましたよ! はっはっは!」
カムイ学長は興奮して、ソウマの肩を何回も叩いた。
「あはは……」
ソウマは慣れない状況の中、苦笑いをする。
図書室でヴィルフリートに背中を押されたが、何はともあれ一歩前進だ。後で礼でもしておこう。と心の中でソウマは思った。
「皆さん、他に立候補者がいなければ、ソウマさんで決まりということになりますが、いかがでしょうか?」
「ソウマ様、お似合いですね!」
「ああ。良いんじゃないか?」
「異論はありません!」
ヴィルフリートは何も言わないだけだが、他の生徒も全員異論はなく、満場一致の結果となった。
「いやあ。ソウマさんならやってくれるでしょう。私も特に申し上げることはございませんよ。ちなみにヴィルフリートさんは、どうですか」
呼ばれ、ヴィルフリートは一呼吸おいて、こう言った。
「うむ。我も異論はない。しかし、どうやら、まだまだ物事はうまく進まぬようだ」
と。その時だった。
「その会議ちょっと待ったぁ!」
教室の扉が勢いよく開かれた。
カムイ学長含め、生徒達は一斉に扉に視線を集める。
そこには、腕を組み、仁王立ちをしている、ミラの姿があった。
「あたしも生徒会長とやらに立候補するわ」
様々な情報が整理しきれないのか、誰も一言も発せない。ヴィルフリートを除く、全員の空いた口は、しばらく塞がらなかった。
立候補者が二人となっては、どちらが会長になるか決めなければならない。
カムイ学長がその方法を用意しているかと思えばそんなことはなく、その場で案を募ることとなった。
学園全体での選挙活動、もしくはその場での多数決、じゃんけん、はたまたくじ引きか……。色々な案が出たが、しかしどれもしっくりこない結果となる。
「もう面倒くさいから、戦って勝ったほうにするわよ」
ミラのその発言は、冒険家の学園ということもあり、何気に妙案であった。
ソウマは乗り気ではなかったが、最終的にミラの案を採用することになる。
同時にルールも簡単に決める。
場所は、校庭。
学校の物をできるだけ壊さないようにする。
どちらかが戦闘不能もしくはそれに近い状態。または、負けを認める発言をした場合、勝負の決着となる。
そして、決して相手を殺してはいけない。
以上のルールを守り、決闘を行うこととなった。
授業も終わり、空はわずかに赤焼け、あと一刻ほどで辺りは闇に包まれるかという時刻。赤く照らされた校庭。
ミラとソウマは一定の距離を置いて対峙していた。
「あたしの信者にくせに、決闘の誘いに乗るなんて、ずいぶんなことね」
ミラは仁王立ちしながら言う。
「え!? 信者? シスターさん。悪いがあんたの信者になった覚えは……。あれ? あったようななかったような……」
「ちょっと! 忘れたとは言わせないわよ。この前の騒ぎの時にほら! 言ったでしょ! 覚えてないの!?」
「えーっと……。色々とばたばたしてたからな。覚えてないな……」
ソウマは腕を組み、先日のダークティーチャの件を思い出す。しかし、思い出せないようだ。
「かーっ! なんということ! その体に雷ぶち込んで思い出させてやるわ」
「勘弁ねがいたいぜ」
ヴィルフリートを除き、他の生徒は離れてその様子を見守る。ヴィルフリートは部室の窓から様子を伺っていた。
「なあザック」
「なんだ?」
「俺はまだ目の前の光景が信じられないんだが、なんであいつ、あんなにやる気になっているんだ?」
「さあ?」
「二人ともー! あんまり無理しちゃだめでござるよー!」
「フランさん。怪我の治療のほう、宜しくお願いしますね」
「まかせるでござる」
半ば本気の戦闘で、負傷する確率が高いため、カムイ学長はフランに、怪我の治療を頼んでいた。
カムイ学長は校庭の中央に対峙している二人に近づき、最後の確認をする。
「ソウマさん。ミラさん。くれぐれも無理しないように。お互いの体を尊重し、正々堂々と勝負をしてくださいね」
カムイ学長の忠告に二人は軽く頷く。
一応、異性の決闘ということで、ハンデとしてソウマの武器は木製のクロスセイバーを与えている。
対してミラは何も持っていない。しかも制服であるロングスカートを穿いたままだった。それでは動きづらいのでは? と尋ねるが、
「あたしは魔術も使えるし、勝った時に相手のハンデが多くてもつまらないからいいわ」
との事だった。
「お、クライヴ先輩! いよいよ始まりそうだぜ!」
「そうだな。お前はどっちが勝つと思う?」
「やっぱ、魔法が使えるミラじゃねえのか?」
「しかし、ソウマのほうもスクールアーツが使えるぞ。魔術に対抗できるかわからんけどな」
「うーん。ま、拝見しようぜ」
そして、カムイ学長は、二人から数歩下がる。
「それではお二方! いきますよ!」
ミラは仁王立ち、対してソウマは木製双剣を構え、わずかに腰を落とした。
「生徒会長決定戦……。はじめっ!」
合図から、数秒経過する。
二人はまだ動かない。
他の生徒達も緊張感漂う二人の間合いを見守っている。
そして、先に動いたのはソウマだった。
(スクールアーツ! 『陸上部員』!)
ソウマは声に出さず、スクールアーツを発動。
普段声に出して、技名を叫んでいるのはまさにこういう時のためであった。
スクールアーツ『陸上部員』により、ソウマの運動能力は大幅に増幅される。
ミラは当然ながらそのことに気が付かない。
ソウマは、この技により、現在の間合いで電撃を打たれても、ギリギリでかわせる自信があった。以前、園芸部室にモンスターが現れミラが電撃を打った際に、ソウマはその場にいた。ゆえに一度見れば電撃の速さ、タイミングなどは参考になっている。
電撃をかわし、その一瞬のすきを突く。
単純な戦法だが『陸上部員』を知らないミラなら、それで充分いけるとふむ。
勝負は一瞬。それで決まらなかったら――。
「こないのかい? シスターさん」
先手を取りたくないソウマは軽く、挑発する。
「あら? 先にいっていいの? それじゃ、遠慮な、くぅ!」
簡単に乗ったミラだった。
くる。
ソウマは深呼吸して、神経を研ぎ澄ませる。
「
ミラは、ソウマに向けて指を指した。
人差し指から一閃の電撃が走る。
「くっ!」
ソウマは――。
ソウマはそれをわずかに上体を捩り、紙一重でかわした。
そして、一瞬でミラに肉薄する。
ミラはまだ避けられたことさえ認識できていない。
瞬き許さぬ間にソウマはミラの背後をとる。
そして。
ミラの首筋めがけて、木剣が振り下ろされる。それと同時に、ミラは、いつのまにか背後にソウマがいることに気付いた。
魔術は絶対に間に合わない。
いった! とソウマは思った。
が。
ソウマの木剣は、ミラの首筋に到達することはなかった。
鈍い衝撃がソウマの手首を襲う。
何がおきたか把握できていない。攻撃は成功しなかったということだけは分かった。
鈍い衝撃の正体。ソウマの剣は、剣によって止められていたのだ。
否。剣のようなもの。
「ふん!」
ミラはソウマを振り払うように、剣のようなものを力いっぱい横薙ぎに振るった。
「うぉ!」
ソウマは、払われ、数メートル飛ばされる。なんとか着地し体勢を立て直した。
「な、なんだそれは」
「これは苦楽を共にした、あたしの相棒よ。しかし、あんたすばしっこいわね。ちょっと危なかったわ」
ミラの右手に持っているそれは、一見、銀色に光る短剣のように見えたが、先端は尖っていなく、側面が片方だけ凹んだ形状をしていた。まるで、土を掘るしゃべるのように。否。しゃべるだった。
さらに、でかい。通常のしゃべるよりも二回り、いや、三回りあろうかというでかさだ。
たしかにあれなら小豆の畑が作れるかもしれない。
いや、そうじゃないとソウマは首を振る。いったいどこに隠し持っていたのか。
おそらくスカートの中だったとソウマは予想する。あの一瞬で取り出し、攻撃を防ぐとはミラも伊達ではない。
まさに予想外の出来事。ミラが物理戦も嗜んでいるとは。
ソウマは一旦間合いを図り直し、再び
「おい、ソウマのやつ、めちゃくちゃ早いな」
「オーララ! 拙者より早かったでござるよ。ほとんど見えなかったでござる」
「おそらくスクールアーツの類だろう。でもあれを続けていたら肉体の負担が大きいはずだ。そう長くは持たないだろう」
「ミラ様のあれは武器でしょうか?」
「おそらく軍事用のスコップかと。海軍にも似たようなやつがありましたね」
見守っている生徒たちも各々感嘆の声をあげた。
ソウマはミラが電撃を撃ってこないと見ると、悟られないように、スクールアーツ『陸上部員』を解除した。遠距離で電撃を撃っても避けられるということを示す。それはソウマの思惑の一部でもあった。
(さすがは特別生だけあって、一筋縄ではいかないか……。だが、シスターさんには悪いが次で決めさせてもらう)
最初の一撃で決まらなかった場合、ソウマにはもちろん奥の手があった。
「スクールアーツ! 『幽霊部員』!」
相手の動揺を誘うため、今度は声に出した。
ソウマは技名を叫んだあと、姿がだんだん霞んでいき、そして完全に見えなくなった。
「な! それは卑怯!」
これにはミラも驚く。姿が見えないのでは戦いようがない。
ソウマは姿勢を低くし、構えた。
その時、ソウマの足元の砂がわずかに動くのにミラが気付いた。
「ふーん。なるほどね」
ミラは集中した。集中して、ソウマがいるであろう足元を観察する。
ミラは、隙を狙ってまた首筋に狙いを定めてくることを予想。
そしてその予想は、満点に近いものだった。
今度はミラが先に仕掛ける。
「デビルガーデニング!」
そう叫んだものの、一瞬で地面を掘り、砂の入り混じった土を前方に振りまくだけであったが、その動作が引き金となる。
ソウマの足元の砂が激しく舞った。
動いた。
ミラがそう感じた時。
「スクールアーツ! 『強制停学ぅー!』」
叫んだのはミラだった。
「な!?」
「そこぉ!」
そしてミラは声がした方向に向かって、
「べかしこぉ!」
ミラの指から発せられた鋭い電撃は、見事命中した。
ソウマは断末魔の叫びを残しゆっくりとその場にくずれ。
「そこまでー!」
同時にカムイ学長の声が校庭に響いた。
「フランさん。ソウマさんにヒールをお願いします」
「了解でござる!」
フランは急いでソウマに駆け寄りヒールをかける。ソウマは目覚めないが、保健室で休ませれば大丈夫とのことだった。
ミラがこの決闘に勝利した。
「あーはっはっはー! あんたが素直で正直な人間で助かったわ! ま、卑怯だったかもしれないけど、お互い様よね!」
ミラが満面の笑みで高笑いする。
ソウマは気絶しているため、その声は届いてはないが……。
「な? やっぱりミラが勝ったな。クライヴ先輩」
「ああ。俺はソウマのほうを応援してたんだけどな……」
クライヴはしかめ面で、「あたしが生徒会長よー!」と高笑いをしているミラを眺めている。
クライヴはミラが生徒会長となる場合、それはどんな学園となってしまうのか危惧していた。
これはまずいのではないか。学園が学園でなくなってしまうかもしれない。そんな風に思っていた。
そんなことから、
「なあザック」
「ん?」
「お前、今から立候補してみないか?」
と、無茶な提案をしてみた。
「はぁ!? なんで俺が! そもそも務まんねえって」
「事務関連の仕事はまかせろ。手伝ってやるから、お前は適当に会長っぽくしてればいい」
「そこまで言うなら、クライヴ先輩がやればいいんじゃ……」
「俺はあんまり奴とは戦いたくなくてな……」
「俺もやだよ!?」
「ザック。立候補してくれたら、新しく楽器を買ってやろう」
「いってきます」
クライヴはザックの弱いところをつき、物で釣ることに成功した。
しかし、まずカムイ学長に、今から立候補して良いのか確認しなければならない。
カムイ学長はうーむと悩み、結果、ミラが決闘の承諾を受ければよいとのことに。
ミラは、「何人でもかかってきなさぁーい!」と快くOKをだした。
かくして、ミラ対ザックの戦いが始まるのであった。
ソウマの時と同じように、互いに校庭の中央に対立する。
今度は、ミラは最初からしゃべるを持っている。いったん取り出してしまったものは隠しても仕方がないということか。
対するザックはフランに預けておいたお金で購入した、ルーンギターを担いでいる。その様はまるでこれから演奏でも始めるかのようだ。
「それではお二人とも、準備は良いですか?」
「いいわよ」
「ああ」
ミラとザックは頷き。
「それでは……、はじめ!」
カムイ学長の鋭い声が響いた。
(ザックのやつ、あんなんで戦えるのか?)
クライヴは額に汗をかきながら、戦況を見守る。それも当然だ。ザックが勝ってくれなきゃ困るが、今のザックはまるでミュージシャンのようになっている。
開始から数秒経過。先に動いたのは不気味な笑みを浮かべていたミラだった。その笑みは魔術が使えるがゆえの余裕か。
「革命軍だかなんだかわからないけど、あんたも懺悔しなさーい!」
ミラはそう叫ぶと、上空に飛んだ。
「な!? あいつ、飛べるのか!?」
驚いたのはクライヴもそうだが、ザックもミラの異常な跳躍に目を丸くした。
ミラは上空から、しゃべるを地面に向けて魔術を唱えた。最も得意とする魔術。
「
ソウマに打った電撃とは違い、いくつもの太い雷が地面に向かって落ち始める。
ミラは、物理戦ではザックに分があると判断し、大技を使って、一瞬で勝負を決めようとしていた。
「うおぉ! まじかよ!」
ザックは慌ててギターを頭に掲げ、防御の構えをする。
「そんなんで防げるわけないでしょ! あんたも感電しておわりよ!」
太い衝撃が轟音と共に地面をゆるがす。雷によっていくつもの大穴が校庭に空いた。
「ザック!」
クライヴは叫んだ。あんなのを食らったらひとたまりもないはずだ。
ソウマに撃っていた細い雷ではない。今回のはケタ違いだ。
しばらくして、雷の怒号が止まり、土埃舞う中、ザックは。
ギターを掲げたまま、両の足でしっかりと大地に立っていた。
「え?」
ミラはあっけにとられ上空でぽかんとしている。やがて、ミラの体は重力にしたがいゆっくりと落ち始めた。悪魔という種族でもずっとは飛んでいられないようだ。
(そうか! あのルーンギター……、ということは、やつら同属性か!)
クライヴはザックの無事を確認し安堵した。しかし、だからといって、どう戦うかは分からない。
ミラは降下してきている。一定の時間しか浮いてられないのであれば、落ちてきたところがチャンスだ。 着地したら攻撃だ! と、クライヴは心の中で叫んでいた。
ところがザックは、ギターを構えた。
構えるといっても、ギターを振り回すための構えではない。あれは――。
演奏の構えだった。
「聞いてくれ!」
ザックがそう叫んだ瞬間。
今まで聞いたことのない、爆音が校庭に響いた。
「ぐおおお!」
クライヴやソフィ達はたまらず耳を塞ぐ。
その爆音は、島の端から端まで届くほどの音であった。そして不快な音。まさに攻撃の音であった。
それを至近距離にて直撃したミラは。
「アギャァァ!」
耳を塞ぐまもなく、声にならない声をあげ空中からそのまま地面に落ちた。
演奏がおわり、一転して静寂が訪れる。
ミラは立ち上がる様子がない。気絶しているのだろう。
ミラは戦闘不能。ザックは戦闘可能。
ザックが勝利した。
勝負は決した。はずだが、終了の合図がない。
「ありゃ~……」
ザックは自身に着けていた耳栓をはずし、どうしたもんかと頭をかいている。
なぜなら、カムイ学長も気絶していたからだった。