涙の在処   作:みくてく

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1話

 なんとなく、ではあるが、いやな予感というものは確かにあった。

その日は風に腐臭が混じっていた。ただし、この村全体がほぼ農耕しか行っていない小さな集落で、さらに言えば農を行うには土を腐らせる必要がある。であるから、風に腐臭が交じることそのものはそう珍しいことではない。

 仮にこの臭いがいつもの(・・・・)ことの予兆であるとしても、時期が少々遅い。故にその臭いの意味に、その時は気づかなかったのは致し方がなかった。

 

 

 

 しん、と静まった村のなかで、鶏の鳴き声がけたたましく響く。

この村の朝は鶏が鳴くことで始まる。たとえ空が白みかけで、日がまだ山に沈んでいる状況でも、鶏が鳴けば朝だ。

 起きる、と決めればモーリスの頭は割合すぐ動く。たとえ動かなくても動かすつもりだが、そうしなくてすむ自分の頭の理解の良さにはやや感謝している。

村の井戸から水を汲んで顔を洗い、ついでに飲む。作物の収穫は先週終わったばかりであるから、しなければいけないことは特にない。

 水を汲み直して、家に持ち帰る。欲しい時にいちいち汲みに行くのは面倒なので、井戸が空いているうちに余分にとっておくのだ。

優先してやることもないので、とりあえず日課にしている剣の素振りをする。剣、といっても鉄ではなく、木で出来たおもちゃのようなものだが。

これは単純に作業前の準備運動と、いざというときの覚悟を鍛えるためになんとなくやりはじめたことだ。

モーリスは剣術を学んだわけではないから、別に剣の形である必要はないのだが、鍬を振るよりはこの方が様になっている気がしたので木剣を使っている。

 ぶん、ぶん、と振っているうちに、じわりと汗が滲み、全身に心地のよい疲労と熱が回ったところで、木剣を置く。

畑を耕すにはまだ早い時期ではあるが、体を動かしたいので畑に出る。ついでなので鍬をもって、結局耕す。

種を植えるまではこの作業の繰り返し。その予定だった。が、今日は風向きが少々ちがった。

 モーリスが自分の畑につくと何やら薄緑色の妙なものが転がっている。作物が育っていれば、キャベツとも思えなくはないが、残念ながらすでに収穫済みである。

少々不気味ではあるが、自分の畑にある以上、ゴミならゴミでどけて捨てる必要がある。意を決して近づいていく。 遠目でみているうちはキャベツっぽいなにかとしかわからなかったが、近づくにつれそれがうつ伏せに倒れた人間であることがわかった。

やけに短いスカートを履いているあたり女性のようである。なんというか、服の色がなければ気が付かなかったのではないかというぐらいに薄い。背丈も150cm程度であろうか、ともかく小柄だ。一応背中は定期的に動いているので生きてはいるようだが、こんなところで倒れているあたり、それもいつまで持つのか怪しい。

 正直、迷惑な話だと思った。モーリス自身が、というよりは村自体が人間一人を無駄に増やして、生きていけるほどの蓄えがない。

落ちているこの女が何がしかの作業に従事できるならまだ良いが、背の低さはともかく、この薄い体つきでは肉体労働はまず考えられない。

さらに言えば着ている服があまりにも上等なのである。街の名家の娘という可能性もありえないではない。名家ではないにせよ、村で生活をしているような服ではない。となるとやはり労働に関して期待するのは難しい。

 

 ――このまま見なかったことにして捨てておくべきか。

という考えも無くはなかった。が、結局のところ、モーリスは彼女を保護することにした。自分は人に救われた身であるから、その命はやはり人を救うためにあるべきだ、と考えたのである。

 

 倒れている彼女を抱き上げると予想以上の軽さと、柔らかさと温かさに困惑した。死に際の人間はこうも儚いものなのか、あるいは彼女自身が元来脆い人であったのか。モーリスには判断のつかない思いが頭のなか渦巻くなか、あるにおいに気づいた。

 

――腐臭が、する。

 

 土の臭いにしてはあまりにも濃い、しかし毎年嗅ぎ慣れたいつものにおい。ただし、いつもの(・・・・)、にしては時期がズレている。

単に彼女の死を、自分が恐れているだけか。モーリスは急いで彼女をおぶり、帰路についた。

 

 

 村についた頃には日もしっかり登り、人の生活音もそこそこの朝らしい朝になっていた。モーリスは、村長の家に連れていくべきか、一瞬悩んだ後、自宅に少女を置くことにした。

村長の家は村の中央にある。そのまま連れて行けば野次馬が増えるのは間違いないし、弱った人間を進んで衆目に晒すのは気分が良くない。そういう理由であって他意はない。はずだ。

 家には布団はないので、藁布団の上に少女を置いて、比較的綺麗な布――といってもボロボロだが――を汲んでおいた水に付けて絞り、頭にのせる。

感覚的には少々熱がある程度で、外傷は――少なくとも服の上から見る限りではなさそうである。水も飲んでくれるならそれに越したことはないが、そもそも目が覚めない。

 やれることがいまいち思い浮かばないので、水をのみ、村長に相談しに行く。ついでに桶も持って、出来る限り冷たい水も用意しておきたい。

 

 村長の家までは遠くない。が、そもそもモーリスがこの時間に村を歩いているのは非常に珍しいことであるから、住人たちからはおや、という目で見て中には

 

「おいモーリス!珍しいな寝坊なんて。昨日なにやってたんだ」

 

 と声をかけて来る馬鹿もいる。

声の主はこの村では珍しい、モーリスと同世代の男で、モーリスからすれば年上だらけの村のなかでは貴重な、粗雑に扱ってもよい友人、ということになる。

彼の名は

 

「トバル=カイン」

 

という。村で唯一姓をもった家系で、姓があるということは、少なくとも彼の両親は街で生まれたということだ。モーリスが生まれた時にはすでに彼の両親がこの村に住んでいたようだから、詳しいことはわからない。そのまま街で住んでいれば平和なものを、何をとち狂ったのか、いつ死ぬかわからない、この貧困な村にやってきてそのまま住み着いている。

が、村で唯一鉄を扱える鍛冶師で、村としては非常にありがたい存在だ。息子は少々、いや大分鬱陶しいが。

 

「おい、おい!なぁ聞いてくれよモーリス。俺さぁ、今日すっげー変な夢みたんだよ」

 

 無視するモーリスを、更に無視してトバルは話を続けようとする。いつもは本人の気がすむまで適当にしゃべらせておくが、今回に限っては早々に消えてもらいたい。

 

「悪いが今は聞く暇がない。あとにしてくれ」

 

 これでしまいだ、と言わんばかりの――本当に終わりにして欲しいのだが――迫力で言い放つ。ちなみにモーリスは身長190cm、体重100kgの巨躯であるから、こういう凄みを効かせた時の威圧感は考えるまでもなく恐ろしい。

が、体格そのものはトバルもさほど変わりがない。嵐のように騒がしく、白米よりも粘着質なこの男はそれでも引き下がらず

 

「待ーて、まてまて、待てって!それならさぁ、おれが手伝うって。お前は忙しくても俺は暇なんだよぉ。俺とおまえの仲だろ、兄弟!アイアム、ユア、ベストフレンド!な?」

「本当に必要なら、そうする。でも、今お前にこられても邪魔だ。家でおとなしくしてろ」

 

村長の家についたので、今度こそしまいである。止めに眼で来るな、とひと睨みしてさらに手で追い払い、家の扉を叩く。

 

「村長、モーリスです。相談したいことがあります」

 

 声をかけると程なくして扉は開き、村長夫人が出てきた。モーリスの姿を確認すると、

 

「いらっしゃい。貴方が相談なんて少し珍しいわね」

 

 と言って中に招いた。村長はテーブルの前に座っており、モーリスにも腰掛けるように手で促した。

 

「水は飲んできましたから、結構です」

 

 と断ってから、席につき

 

「すみません村長。実は人を拾いました」

 

 と、そのまま拾った状況と、少女の状態をさっと説明し、村に勝手に人をいれたことを謝罪した。

 

「人を助けようとしているのに、謝ることはあるまいよ。」

 

 村長はそういうと、容体の確認ということでモーリスの家まで移動した。

が、戻ってきてみると、少女は藁布団から体を起こした状態で、つまりバッチリ起きていた。

畑で拾った時の儚さは何だったのか、モーリスは少々気恥ずかしくなりながら、話が簡単になったの、とつぶやきながら彼女の前に座った村長の後ろに続いた。

 

「気分はどうかの」

 

 村長がそのまま額に手を当てようとすると、少女はかなり体を強張らせ、ほんの少しだけ村長から離れるように動いた。

 

「えっと…その…だいじょうぶですから…」

 

 村長は無理に触れようとせず、手を戻す。

 

「そうかそうか。なら良い。わしはこの村の長をしておるセスじゃ。後ろにおるでかいのはお主を拾ったモーリスという」

 

 少女はこちらを交互にみて、モーリスも少女をしっかりばっちり見ていたので、当然目が合う。

タレ目ながらもぱっちりと開いた瞳にはなんというか、その、控えめに言って怯えられているような気配がありありと見えた。控えめに言って、である。

村長はともかく、自分の体を初めて見る人からすれば致し方無いことなのかもしれないが、それにしてもその怯えようはないのではないか。

 

「お前さんはコレの畑で倒れとったそうじゃが、なにか思い当たることは何かあるかの?」

「あ…その、ごめんなさい…」

 

はっきりとしない言葉でつぶやく。どうにも自分が無用の圧力をかけているように思えたので

 

「村長、どうも自分が合わないみたいなので、外で待っています」

 

 と言って席を立とうとしたが

 

「まぁまぁ待て待て。そう慌てることはない。お嬢さん。たしかにコヤツの見た目も口もあんまり良くはないが、中身はそれはもう優しい男なんじゃ。倒れていたお嬢さんを拾って連れてきたのも、この家で看病してくれたのも全部この男なんじゃよ」

 

 看病、というほどのことはほとんどしていないのだが、村長はそれらしく話を作った。モーリスとしては事実以上のことを話されても困るのだが、どうにも言い出せる雰囲気にない。

 

「それでお嬢さん、自分の名前はわかるかね」

「えっと……へ…ヘズ、です…?」

 

 妙に歯切れのわるい感じで応える。こちらに聞かれてもわかるわけがないのだが、村長的にはそれでいいようだ。

 

「ヘズちゃんか。いい名前だ。姓もわかると良いが…他に何か話せることはあるかな」

「いえ、その…すみません」

「そうかそうか。まぁ、来週か再来週ぐらいには一度街に卸に行くから、その時一緒に行くとええ。それまでは…」

 

 村長はモーリスの腰を叩き

 

「これの面倒になったらええ」

 

 ニヤリと笑った。




1話あとがき

いや、その…言いたいことはわかります。はい。

これはファントムオブキルの二次創作です。
まだ一人も原作キャラが出てきていませんが、ファントムオブキルの二次創作です。
この調子で行けば2話の途中(おそらく後半)ぐらいからはちゃんと出て来ると思います。たぶん…。
申し訳ありませんが、それまで我慢して読んでください><
許してください!!

ちなみに全部で4話ぐらいになるつもりですが、案外3話ぐらいでまとまるかもしれません。5話まで行くことはないと思います。
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