二章突入です。
今話は導入兼会話イベントであんまり話が進みません。
では、どうぞ
尾張、清洲城にて。
「サル、熊野家が飛騨を統一したみたいよ」
「マジか……」
信奈は面白そうに語るが、良晴は気が気でなかった。
(今のところ同盟を組もうと言いだして来ているから、多分織田家の敵ではないと思う。けれど、飛騨の統一を果たしたということは少なくとも史実での姉小路家以上の力は持ってるんだよな……)
「信奈、同盟の件はどうするんだ?」
「そうね、まだ様子見といったところかしら」
飛騨が熊野のもとで統一された一方、尾張は信奈の実弟信勝や、守護の斯波家に忠誠を誓う者といったまだ信奈に反旗を翻している勢力がある。
(正直、今は遠国と外交を展開できる時期ではないわ。最近今川義元が上洛の準備を進めているという情報もある。一刻も早く尾張を固めなければならない)
外患だけでも中々に織田家は苦しい状況にある。また家中でも信奈が行っている楽市楽座や関所撤廃に反発する家臣達がいた。
(熊野家は勢力を確立するまでの過程で豪族や国人を排斥するのに成功しているわ。飛騨自体が相当な貧国という縛りはあるけれど、統治のやりやすさでは他の追随を許さない。これは今の熊野家の持つ最大の利点と言っていい。飛騨を統一した以上、かなりの速度で内政を整え、発展する)
そんな熊野家に対して尾張の大うつけは未だ雌伏の時を過ごさざるを得なかった。
(星崎昭武。今はまだあなたに遅れをとっているけれど、近いうちに必ず挽回してみせるわ)
正徳寺で一度だけ見た鬱金色の青年に信奈は対抗心を燃やしていた。
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舞台を飛騨に戻す。
八日町の戦いの後、まずは論功行賞が行われた。
「今回の戦は昨今稀に見る中々に厳しいものだった。輝盛を討ち取ったことで、俺たち熊野家が飛騨を一統した。だから今回はいつもより奮発してやるぞ!」
「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
雷源の剛毅な宣言で並み居る将が沸き立つ。
「さて、普段なら第一功から褒美を渡すのだが今回は趣向を変えて第三功から渡してやろう。第三功は昭武、お前だ!」
雷源に言われて昭武が諸将の列から進み出る。
昭武は輝盛の突撃を食い止め、輝盛の首こそ逃すも追撃で輝盛の隊に大きな被害を与えていた。
「んー、あそこで牛丸又太郎に邪魔されなければ、オレが第一功だったのにな……」
「戦にたらればはないぞ昭武。お前には褒賞として銀二百貫をくれてやる。だが、無駄遣いをするなよ」
「この場で子供扱いしないでくれよ親父……」
恥ずかしくなってそっぽを向く昭武。それをさらりと流した雷源は続ける。
「んじゃ次は第二功、これは長堯だな」
「はっ!」
「よく伝令を飛ばしてもねえのに俺の考えていることを分かったな。お前と道三どののおかげで、綺麗に輝盛を嵌めることができた」
「殿、そんな大層なことではありませぬ。それがしが勝手に陣容から判断したまでのこと。此度はたまたまそれが当たりだったというだけです」
「まあ十年以上共に戦ってきたからある種当然というべきか?長堯には銀五百貫を与える。では次、第一功は長近と虎三郎だな」
「あ、あたしが第一功かぁ……」
おずおずと長近が前に進み出る。長近は事ここに至っても恐縮していた。
「頭、あの役を任された時からこうなることは分かっていましょうに……」
長近に対して井ノ口は堂々としていた。
「さて第一功は銀千貫をやるが、あと追加で何か欲しいものがあるか?無理なものは無理だが欲しいものがあるなら言ってくれ」
「頭は何か欲しいものはありませんか?」
「いや、いらないよ。正直なところ第一功だけでもあたしには過大だし」
「そうですか?であれば雷源様。それがしに鉄砲をいただきたい。あの弓ですら届かない場所にいるものを射抜けるという快感には抗い難く……」
「そうか!ならば虎三郎、後で武器庫に来るといい。それで長近は本当に欲しいものはないのか?」
雷源に問われて長近は黙り込む。
「恐縮するところには謙虚で好感が持てるが、功に見合った褒美をもらうのも武家に必要な素養だぞ。長近、お前への恩賞は預けておく。あと此度の功でお前達はそれぞれ正式に侍大将を昇格させることにする」
長近と虎三郎はこれで熊野家中では同列になった。
同列のものを自らの家臣にすることは明確に禁止されているわけではないが、慣習上よろしくはない。つまりこれは金環党出身者が一所に集まることができなくなったことを意味する。
「雷源様お待ちを!あたしから虎を取るつもりですか⁉︎」
これには流石の長近も黙っていられない。金環党に対する愛着もあるが、何より幼少の折より付き従ってきた井ノ口から離れることに耐えられなかったのだ。
「その通りだ。侍大将になったからには長近には桜夜の補佐役を、虎三郎は一義、長堯と共に軍奉行に就いてもらうつもりだ」
突き放すような物言いをする雷源に長近は「じゃあ、恩賞で虎を……」と言い募るが雷源は「ダメだ」と一蹴した。
「そうですか……!」
この時、これ以上何かを言っても雷源を翻意させることはできないと長近は察した。
長近は銀千貫を受け取るとすぐに自らの陣所に引っ込んでしまった。その表情は端から見ても沈痛なものであった。
「虎三郎、お前は何も言わなかったが、どう思っているんだ?」
長近が出て行った後、雷源は井ノ口に問うた。
「それがしも頭、いえ長近殿とは離れがたいです。何分幼き時分からの仲ですし。ですが、雷源様の処置は正しいと思います」
井ノ口は冷静に雷源の問いに答えるが、その表情には寂寥感が漂っていた。
「……言い訳にしかならないと思うが一応言っておく。長近はどうにもお前に依存している節がある。お前ら二人は中々いい組み合わせではあるが、それにかまけてずっと一緒に扱ってはお前達の為にはならない。たまには分けたほうがいい、と思ってな」
余計な老婆心、あるいは職業病だがな、と雷源は苦笑いを浮かべる。
「雷源様。おそらく長近殿もその意図はわかっていると思います。ですが……」
「感情では割り切れなかった。そうだろう?」
井ノ口は黙って首肯する。
「ともかく、自らの主君にあれだけ愛されるなんて、立場こそ違うが羨ましいし十分誇るべきことなのは言うまでもないな」
そこまで言って、雷源はふと軽い嗜虐心が沸き立ってきた。
「今回の侍大将への昇格で、お前と長近は身分上対等になった。……だから、前のように主と家臣という形は無理だが、お前が長近を嫁に貰うなんてことはできるぞ?」
「雷源様、それは流石に……」
井ノ口が苦笑いを浮かべる。そんな井ノ口を見て雷源は「はは、ようやく笑ってくれたな」と笑うのであった。
米
雷源が高原諏訪城に入ると新たな人事が諸将に知らされた。
昭武と桜夜と長近が旧江馬領の統治に、井ノ口と一義と長堯が軍奉行に、優花と山下時慶、塩屋秋貞が松倉の町の整備についた。また昭武の副将は長近の代わりに山下時慶の娘、氏勝が担当することになった。
新しく加わった武将はほとんどが内ヶ島の一族や旧臣で秋貞と氏時はかつて雷源に教えを受けていた。同じく雷源から教えを受けていた内ヶ島家当主の氏理は帰雲城に返り咲いていた。
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熊野家が飛騨を統一して数週間が経った頃、稲葉山城では変事が起きていた。
「うつけ姫に美濃を継がせるなど、親父殿も耄碌したものよ」
道三の長男、斎藤義龍が美濃の豪族を糾合して稲葉山城から道三を追ったのだ。
追われた道三は明智光秀、斎藤利治など一部の家臣を率いて長良川に押し寄せ稲葉山城を攻めようとしたが、斎藤義龍は道三の十倍近い大軍を率いて長良川に出陣し道三を散々に打ち破った。
道三は討ち取られる寸前まで追い詰められたが、相良良晴と川並衆に助けられて尾張に亡命し、光秀は西進して関ヶ原を抜けて畿内に逃亡した。
そして斎藤利治は北東に向かい、今桜洞城にて雷源、昭武、一義、桜夜の四人の前に平伏していた。
「すでに見知った人がちらほらおりますが、僕は斎藤道三の末子斎藤利治でございます」
「稲葉山城の変から長良川の戦いまでのことは、細作から聞いている。利治殿、よく我が熊野家を頼ってくれた」
雷源は利治の顔を上げさせようとする。だが、利治は「まだ顔を上げるわけにはいきませぬ、と断った。
「もはや美濃は兄上、いや義龍一色にございまする。受け入れて頂いた身でこんなことを頼むのは恐縮ですが、雷源様。元同盟国のよしみで僕を稲葉山城に復帰させていただけませぬか?」
「ふむ……」
雷源はしばし考える。
(この斎藤利治は熊野家の美濃進出の神輿として使うことができ、美濃も肥沃な土地なので後で見返りとして一部領土を割譲してもらえば熊野家の国力を上げることもできるだろう。しかし肥沃な分、今の熊野家ではかなり不利な戦いを強いられる。飛騨からでは補給線もかなり長くなり維持することさえ困難だ。仮に熊野家が美濃に援兵を出して、まともに戦えるのは長くてもせいぜい二ヶ月といったところか。それにまだ熊野家は飛騨を統一したばかりで体制が整っているとは言い難い……。援兵を出すのは、悪手だな)
「利治殿、すまないが……」
そういったことから援兵は出せぬと雷源は言おうとしたが、待ったを掛けた人物がいた。
「殿、それがしに一つ考えがありまする」
「一義。それはどういったものなんだ?」
「尾張の織田信奈と足並みを揃えて軍を進めると良いかと。道三を受け入れた以上、織田信奈には道三を担いで美濃に攻め込む心算があるはず。西濃は織田信奈に、中濃、東濃は某達で攻めこめばよろしいでしょう」
「だが、織田信奈はまだ尾張国内の統一すら果たせていないだろう。それに今川が上洛軍を起こす気配がある。海道一の弓取りの大軍勢を相手にして生き残れるとは思えないが」
訝しる雷源。しかし昭武がそれに反論する。
「親父、そう言い切るのはまだ早い。朝倉宗滴のように自軍の三十倍の相手に勝てる場合だってある。言わずもがな勝てない場合の方が多いけども、信奈公は多分勝てるんじゃないだろうか」
「昭武、確かにそういった場合もある。が、当人ならまだしも第三者がその奇跡に近い状況を前提にして策を組んじゃまずいだろう」
「まあそうだが、どうにも信奈公は何かとんでもないことをしでかしそうなんだよな……」
昭武は正徳寺の会見で信奈を見てからずっとそのように思って来た。実はあれからも時々白雲斎の弟子である出浦盛清に頼んで、尾張について色々調べさせている。
「しかし昭武。お前やけに織田信奈に入れ込むな……もしかして惚れたか?尾張は美人の産地だし、おまけに織田家は美男美女の一族だしな」
「殿、身内だけならともかく、利治殿がこの場にいることをお忘れなきよう」
雷源が昭武をからかうが、一義に制止されてしまう。
「とにかく、織田家が美濃攻め出来る状態になるまで出陣はなしだな」
雷源がそう結論して、この場はお開きとなった。
読んで下さりありがとうございました。
次回は合戦をやります。
あと、雷源伝までの登場人物の一覧を作っておきました。こちらは話が進み時間に余裕があれば、改訂と追加を行います。
誤字、感想、意見などあれば、よろしくお願いします。