今回は結構の難産でした。今までに比べると質が悪いかもしれません。
あとがきにお知らせがちらほらあります。
では、どうぞ
昭武による「稲葉山城降伏」の報はすぐ信奈に伝えられた。
信奈たちは、はじめ稲葉山城が熊野家に取られてしまうと慌てたが、昭武は信奈が入城すると信奈に稲葉山城を引き渡した。
その後、稲葉山城二の丸の屋敷にて信奈の手で戦後処理の評定が進められる。
まず議題に挙がったのは白雲斎に捕らえられた義龍への始末であった。
白雲斎に引き連れられて噂にたがわぬ六尺五寸の巨漢・義龍が信奈たちの前に現れる。
義龍は死を覚悟して神妙な表情で正座していたが、悲しいかな、もともとのまんがのらくがきみたいな顔の作りのせいで館内はくすくす笑いに包まれた。
「ごめんなさい義龍さま……」
「よい、儂にそなたを使えるだけの器量がなかった。ただそれだけのことよ」
半兵衛が罪悪感から義龍にぺこぺこ頭をさげる。それを義龍は笑って許していた。
(義龍もまたひとかどの武将だったってことか……。オレたちの敵にしかならないというのが、少しもったいないな)
義龍のそんな様子を見て昭武はふと思う。三木良頼、江馬輝盛、岸信周。この乱世には敵ながら見事な武将があまりに多い。しかしそうした武将に限って命を落としていった。
「で、斎藤義龍。何か言うことは?」
「儂はそなたと蝮と星崎昭武に敗れた。家臣領民の命を助けてもらえるのなら何も言うことはない」
「そう。命乞いはしないのかしら?」
「儂にも土岐家としての意地がある。こうなった以上潔く腹を切るまでよ」
「蝮と、新五(利治)は、何か意見がある?蝮は隠居、新五は他家の人間だけど一門でしょう。意見があれば聞くわ」
問われた道三と利治はしばし考え込む。二人の中で先に口を開いたのは利治だった。
「兄上を、義龍をお斬り下さい。確かに義龍は我が斎藤家の一門です。されど父上に謀反を企て、美濃に無用の乱を起こしました。情けは一切無用です。落とし前をつけていただきたい」
利治の態度は毅然としたものではあるが、口の端が微かに震えている。誰から見ても利治が無理をしているのは一目瞭然だった。
利治に続いて道三が苦々しげな表情で扇子を開いたり閉じたりしながら声を振り絞った。
「……そやつは顔に似合わぬ知恵者。放逐すれば後々、信奈どのの天下盗りの障害になろう。始末せよ」
(そんな、お父さんが自分の子供を殺すように頼むなんて……!)
そんな道三たちを優花は信じられないような目で見ていた。
優花も江馬家の例をすでに聞いているのでこれが戦乱の世の習いだということはわかっている。わかっているのだが、心が納得できなかった。
「……あたしには、理解できない」
小さな声で優花は独語する。昭武はそれを聴き取っていた。
(優花の言葉はまだ武将稼業に入って少ししかないからこそ言えることだ。武家にとって一門とは、家族とは、決して絶対の信頼を預けられるものだとは限らない。当主と普通の一門ではずいぶん違うからなぁ。一部の一門はそれが嫌で当主になりたがる。それに当主の交代が下剋上によるものではなく、一門の中でふさわしいものに選び直したという話なら非難するものもそれほど多くはならない。だから当主とか嫡男はそれを恐れて、謀略に手を染める。まぁ理屈じゃ優花も納得はできているんだろう。気持ちはオレも分かる。だが、邪魔していいもんじゃない)
「信奈公、しばしオレたちは屋敷の外に出ている。ちょっと外の風を浴びたくなってな。連合軍絡みの議題になったら呼んでくれ」
「そう?わかったわ」
昭武は優花を半ば強引に引っ張りつつ屋敷を出る。その後ろ姿を幾人かが様々な感情の混じった瞳で見送った。
米
屋敷の外に出て数分後。昭武は信奈によって放逐された義龍と出くわしていた。
「……これは驚いた。あんた生かしてもらえたのか」
「そうだ。どうやらうつけ姫は初めから儂を斬る気がなかったらしい」
「そうか、案外甘いんだな。まぁオレが信奈公の立場でも斬らなかっただろうけどな。オレたちの親父は家族が…と言っても誰も血が繋がってはいないが、離散することを何よりも嫌う」
「甘いな、それでも戦国の武家か?」
「ははは、オレはその甘いのが大好きでね。実は半兵衛の調略の時も相良の甘い心意気に絆されて、つい半兵衛を譲ってしまったよ」
昭武は自虐ネタで話を逸らすが、ネタをひねくり出すついでにふと脳裏によぎったことがある。
(思うに相良の持ち味はあの甘さではないだろうか?この乱世は基本的に辛酸を舐めざるを得ない。そこにあんな甘い飴を与えられてしまえば、今まで辛酸を舐めて来たのも相まって相手を籠絡できてしまうのかもしれないな……)
思索の海に昭武は沈みかけたが、義龍が昭武にジト目を向けてきたため我に返る。
「まぁ、あんたに言っても栓なきことばかりだったな。なんでこんなことばかり……、どうやらオレは少しおかしくなってしまったみたいだ。それで、やはりこれからも信奈公に反旗を翻すのか?」
昭武が問うと義龍は迷わず首肯した。
「無論。生き残った以上、儂は美濃を取り戻す。土岐の嫡男たる儂と親父どのは倶に同じ天を戴くことが出来ぬ間柄、その義娘たるうつけ姫も同じこと。ゆえに儂はこれからも織田家に争い続ける。……昭武どのは儂をここで殺さずとも良いのか?」
「いや、殺しはしない。信奈公が決めたものをオレの一存で覆すわけにもいかんし、何よりあんたほどの武将が早々とこの世から退場するのはちと勿体無いからな」
「そうか」
「義龍公、オレが思うにこれからの時代は「甘さ」だ。今までの武家が捨てて来たものが、実は次の時代を拓くための鍵になり得るかもしれない」
「次の時代か、親父どのに時流が見えていないと叱られたな」
「道三公がそんなことを言っていたのか。まぁ妥当だな。昔のやり口が行き詰まったからこそのこの乱世だ。だのに昔のやり口を改善すらせずに行うのは愚かとしか言えねえ」
「昭武どのは、儂が土岐家を再興することについてはどう思う?愚かと思うか?」
「いや、土岐家を再興させるのはいいと思う。だが、明応の政変以前、幕府が権威をまだ持っていた時代の土岐家を目指して再興させようというのなら愚かだな」
「そうか……、面白い話をいくつか聞かせてもらった。礼を言うぞ昭武どの」
義龍は微笑を浮かべつつ、昭武に礼を述べる。昭武はその微笑になにやら見覚えがあった。
(まさかの話だが、義龍公は実は土岐家の血を引いておらず道三公の実子だったってことはないよな?育っていくうちに養父の笑い方が移っただけだよな?)
この昭武の疑念が真か嘘かは分からない。調べるにしても、道三の下剋上以後の美濃はあまりに情報が錯綜し過ぎてしまっていた。
米
優花が落ち着くと昭武たちは謁見の間に戻った。
昭武たちが戻った時にはすでに織田家の論功行賞のほとんどが終わっていて信奈が石兵八陣にひっかけられた時、やけっぱちに言った「稲葉山城を獲ったものは恩賞自由」をどうするかという詮議に移っていた。
「わたしの公正な見立てによれば、恩賞自由の功労者は一番槍をつけた勝家ね」
「そうですよね、姫さま!あたしが勲功一番だ!やったああ!」
「姫。それでは筋が通らないです二十点。墨俣築城、三人衆と半兵衛の調略。恩賞自由の褒美は、これらの大功を立てた相良良晴どのにお与えなされませ」
「それもそうね。じゃあサル、あんた何が欲しいの?」
信奈が身を乗り出して良晴に顔を近づける。
(こいつ、顔だけは綺麗なんだよな……)
良晴は思わず見惚れてしまっていた。
「何を呆けているの、早く言いなさいよ」
良晴と信奈は無言で見つめあっていた。だが、この時良晴の脳みそは急回転していた。
(ダメだ。なんでか知らないが、信奈が俺の嫁になりたそうな目で見ているような錯覚が……!でもダメだ。半兵衛ちゃんにああ言った手前、信奈を貶めるような要求はダメだ。ああ、でも、長政の鼻を明かしてやりたいし……)
「ねえ、サル。早く言ってよ」
焦る良晴に急かす信奈。
(なんでだ。こんな生意気で凶暴な女、好きでもなんでもないのに、どうしてこんなにこいつを俺の胸に抱き寄せたくなるんだろう……)
だが、良晴はぐっと飲み込んだ。耐えた。そして口を開く。
「信奈、浅井長政と結婚するな!」
「サルっ⁉︎」
「恩賞自由だからいいだろ!これでお前は独り身だ!ざまーみろ!」
「わ、わ、わたしはそのっ!」
信奈は口をもごもごさせて何か言おうとしているが、勝家が「姫さまの操が守られた」と信奈の横で大はしゃぎしたため誰も気に留めなかった。ただ一人、長秀だけが「……お二人お気持ちを思えば手放しでは喜べませんが、八十点」と複雑な笑顔でうなずいていた。
「これはいったいどういうことですか、信奈どの⁉︎」
梯子を外されたような形の長政が信奈に食いかかる。
「どうもこうもわたしは稲葉山城を盗ったものには、恩賞自由、と約束していたの。厳密に稲葉山城を落としたのは昭武たちだけど、それを指図したのはサルだからサルに恩賞を与えた。そしたらサルがわたしにあんたとの婚姻破棄を要求してきただけよ」
「まさか、そんな馬鹿馬鹿しい恩賞をお認めになるつもりではありますまいな⁉︎」
「約束した以上、認めるしかないわよね♪」
信奈はもはや喜色を隠そうともしない。だが、長政はこれしきのことでは諦めない。
「しかし、信奈どのは上洛をするのでしょう?美濃半国を得た程度では我が難攻不落の小谷城は落ちませぬぞ」
次に長政は北近江と手を組まないと信奈の上洛が不可能になることをちらつかせた。だが、ここで昭武が一歩歩み出る。
「信奈公、今ここで濃飛尾、いや飛尾三合従同盟を組まないか?オレの言う条件を全て飲んでくれたなら、中濃南部と中濃三城を信奈公にくれてやってもいい」
飛尾三合従同盟はかつて昭武と桜夜が構想した濃飛尾三国同盟の訂正版でその名の通り、飛騨の熊野、尾張の織田、三河の松平がそれぞれ経済と軍事の両面で協力し合う同盟である。
同盟内では基本的に関銭は撤廃、楽市楽座でこれらは新たな商業圏を形成するものであった。
このタイミングで昭武が同盟を提案してきたことは信奈にとって渡りに船と言えた。
昭武が信奈に出した条件は以下の三つであった。
一つ、熊野家に郡上郡と飛騨川の木曽川との合流点以北の両岸一里の土地を割譲すること。
二つ、米や塩、鉄などの生活必需品の関銭を残すこと。
三つ、尾張の津島に熊野家の商館を置くこと。
一つ目は単純に此度の援軍の報酬で、二つ目は飛騨の最低限の自給の保証。三つ目は昭武の新しい政策の礎となるものである。
これらは信奈になかなかの譲歩を強いるもので、受け入れるのに抵抗を覚えた。
「仮に、わたしが盟を組まないと言えばどうするつもり?」
「親父の方針には反するが、飛騨の全軍を持って美濃を切り取る。中濃さえあれば、中濃三城を橋頭堡として稲葉山城や東濃、あるいは尾張の犬山城に自在に軍を進められる。補給も中濃を領国化できれば、さほど困らないしな」
稲葉山城を獲るにあたっての要地は墨俣だが、濃尾を獲るにあたっての要地こそが中濃三城一帯であった。ここを熊野家が持っている限り、織田家は美濃の領国化以前に滅亡する可能性までもが出てくる。
要するに昭武は信奈の足元を見て交渉を行っていたのだった。
「……わかったわ。あんたたちと同盟を組む。竹千代には後で伝えておきましょう」
聡い信奈はそれが分かっていた。しかし嫌々ながらも頷かざるをなかった。こうしなければ、長政との結婚を完全に回避することができなかった。
「長政。これでわたしは濃尾両国を合わせて約百万石の大名になったわ。これなら浅井家なんて上洛のついでに潰せるけど?」
笑顔で長政に問う信奈。それに対して長政の顔色が蒼白になる。
形勢は逆転した。
米
その後一悶着あったが、織田家と浅井家の同盟は信奈以外の織田家の姫を長政に嫁がせることで決着がついた。ちなみに加治田城が織田領になったため、利治と佐藤家は織田家臣になった。
外交問題が全て片付き、稲葉山城は宴の喧騒に包まれる。
「なぁ昭武、少しいいか?」
「ああ、いいぞ」
昭武の了承を取って、良晴は昭武の隣に腰掛ける。
此度の宴は織田、浅井、熊野三家合同のものであるが、やはり距離感があるのか、参加者のほとんどが自らが所属する大名家で固まっていた。
(昭武の家臣って今思えば美少女ばっかりだよな、くそっ!うらやましい)
ゆえに昭武の近くには優花や桜夜といった美少女たちがいて、良晴から見れば両手に花だった。良晴の家臣にも五右衛門と半兵衛がいるので両手に花と言えなくはないが、あまりにも年齢と発育具合が違いすぎた。
「昭武にはすごい助けてもらったよ」
織田家が美濃を獲るのにあたって昭武たち連合軍が果たした役割は大きい。もし、連合軍がいなければ織田家の美濃の領国化を完了させるには優に五年はかかったかもしれないと思うほどには。
だからこそ良晴は感謝と共に一つの疑問があった。
「だけどどうして、こんなに織田家に協力してくれたんだ?」
熊野家のというより、昭武の行動はいささか以上に織田家に利するものばかりだった。せっかく獲った中濃のほとんどを織田家に引き渡したり、軍の指揮権を良晴に貸したりとことごとく定石から外れている。
「決まってんだろ。全部、この同盟のためだ」
昭武は冷静に答えるが、実際は違う、とどこかで思った。
(もしかしたらオレは思った以上にお前たちに魅せられているのかもしれないな……)
そう思っても昭武は口には絶対出さない。言ってしまえば、いよいよ負けを認めてしまうことになりかねない。
これが昭武が定めた最後の一線であった。
読んで下さりありがとうございました。
今話で二章は終わりとなります(もしかしたら熊野家と織田家を絡ませての日常話を書くかもしれないですが)。
お知らせ
①三章に備えて登場人物一覧の模様替えを行います。
②今話でまたストックを使い切ってしまったのでしばらく投稿スピードがガクンと落ちます。申し訳ないです。
追記 9/30に後半を少し加筆。昭武が若干黒くなる。
誤字、感想、意見などあればよろしくお願いします。