かなりの難産でした。
今話ではあまり話は進みません。
昭武たちが信奈が滞在している九条の東寺に入った翌日。
畿内各所から駆けつけた諸将が成果を報告していた。
勝家と雷源は摂津で三好三人衆を破り見事摂津を平定。三好三人衆の一人岩成友通を討ち取ったが、他の三人衆は四国に逃走しておりやや消化不良な結末を迎えた。
犬千代と五右衛門、井ノ口の京周辺の盗賊狩りは五右衛門と井ノ口が経験を生かしてかなり大きな規模の盗賊団をも一網打尽にしていた。
中間報告と銘打っているが、過半の将がすでに任を終えているようだった。
昭武たちは「大和に織田連盟に表立って反抗している者もなく、筒井家など一部の国人は降伏を打診してきている」と多聞山城に関することをひた隠しにして報告した。
織田連盟による周辺地域の平定は一部不手際があったものの概してうまくいったと言える。しかし、一番の重大事である今川義元を将軍につけるための朝廷工作がうまくいっていなかった。
朝廷工作を担当した光秀が青ざめた表情で身体をぶるぶる震わせつつ信奈の前に平伏していた。
「申し訳ございません信奈様。関白近衛前久どのは怒りが収まらないご様子で今川義元の将軍就任するには今月末までに十二万貫を御所に納めよと言われました」
「「十二万貫だと⁉︎」」
これにはその場の諸将全員が驚愕した。
前久が織田家に要求した十二万貫は途方もない大金で、 今の織田連盟の加入国の蔵の金子を全て放出してギリギリ払えるか払えないかといった金額だった。それを今月末……一週間と数日で払えというのは無理難題で前久が義元を将軍職につけるつもりはないことの証左と言える。
弱り目に祟り目と言ったところか、織田連盟にさらなる凶報が齎される。自らの下剋上のツケを払わされそうになって美濃に逃げ帰っていた道三からの早馬だった。
「川中島でにらみ合っていた長尾景虎と武田信玄が突如和睦いたしました!両雄が相争う隙をついた織田軍の強行上洛を見て、これ以上争っている場合ではないと両者の意見がめずらしく一致したようです!」
「早すぎるわ…、三ヶ月はにらみ合ったままだと思っていたのに、おかしいわね……上洛を目指している晴信はまだしもその晴信を目の敵にしている、あの長尾景虎が……」
「いや信奈どの。景虎が、というよりは長尾家が和睦に応じる可能性はあるにはあったぞ」
景虎が和睦に応じたことで首を傾げる信奈に対して雷源は断定的だった。
「どういうことよ?」
「景虎は関東と信濃で二正面作戦を繰り広げているが、越後の諸将は関東派と信濃派の二つの派閥に分かれている。越後の諸将はたとえ軍神を戴いて戦っていたとしても自分たちが如何に不利な戦いをしているかの自覚があるわけだ。それに戦に強くても金の使う量が減るわけではないし、景虎は新しい領土を得るようなことはしない。つまり景虎が戦えば戦うほど越後の財政は悪くなるばかりだ。景虎の意志はともかくとして越後全体を考えれば、信玄と和睦するのは得になる。おそらく定満か直江、あるいは関東派の政景が和睦を強行したのだろうよ」
織田連盟の中で最も長尾家に造詣が深い雷源の言は、他の諸将を納得させるに足るものであった。
「情勢は十三点というところです。いかがいたしましょう、姫」
長秀が信奈に問い掛ける。
「いくら蝮が留守番してくれていると言っても、兵力が足りないわ。それに武田騎馬隊の異常なまでの強さ。おそらく織田連盟の全軍でかかってようやく勝ち目が出てくるぐらいの相手よ。上洛する意欲が湧く前に美濃を固めた方がいいわね」
「たたたたいへんです〜信玄さんが上洛するとなれば、三河はその行軍路になってしまいます〜」
「景虎が関東ではなく越中に攻めてくる場合もあるな。俺は長尾為景を討ち取った。もしかしたら親の仇と見て襲い掛かられるかもしれん」
元康と雷源が互いに顔を見合わせる。
この二家は武田長尾両家が和睦した場合北条に次いでそのあおりを受ける立場にいた。
「これ以上本国を空にはしておけないわね。三好掃討が一段落した京は十兵衛に任せるわ」
「待て。明智光秀だけじゃ人手が足りない。こっちは昭武たちと兵二千を置いていくからそれを使え」
雷源の言葉に信奈は意外そうな表情を浮かべる。
「雷源。ほんとに昭武たちと兵を二千を畿内に置いてきていいの? 兵が足らなくなっても援軍は出せないわよ?」
「少し堪えるが、どうやらガキどもは畿内でまだやりたいことがあるらしい。またいつ上洛できるかわからない以上、やり切らせた方がいいだろう」
(ん? 親父に左近のことは言ってなかったはずだが)
この雷源の発言に昭武は首を傾げるが、あまり気にしないことにした。
「そう、ならいいけど……。ともかく十兵衛の下に、犬千代をつけるわ。サルの軍団もそのまま残って。わたしたちは全軍で岐阜城に帰還しましょう。雷源と竹千代と長政も、急ぎそれぞれの居城へ」
「「御意!!」」
信奈の命で、浅井・松平は領国へ帰った。熊野家もまた雷源や一義、長堯、四万、金環党が帰国し、残りは京に残留した。
****************
雷源達の出発を見送った昭武たちは堺に足を運んでいた。
まだ左近の問題が片付いていないが、今のところは八方塞りでどうにもならず、他の優先すべき事柄を行った方が良いと判断してのことだった。
昭武たちが堺に来た目的は馬鈴薯の種芋の調達である。
馬鈴薯の栽培は飛騨の国力を上げるためには不可欠で、飛尾三合従同盟締結後、昭武たちは津島の熊野商館で種芋を手に入れようとしたが、尾張には馬鈴薯を扱っている商人が来なかったため頓挫していた。
本来昭武たちは畿内に来てこれを真っ先にやろうとしたが、取り掛かる前に信奈に大和平定を命じられて今に至る。
堺に来ているのは同盟の原案を考えた昭武と桜夜、それに加えて優花と塩屋秋貞。宗晴は京にてポロポロになった盛清の面倒を見ている。
「堺に集まる南蛮の産物の数は日の本一! ここなら必ずや馬鈴薯を扱っているはずですよー!」
堺の案内をするのは出自が商人であった飛騨三奉行の一人、塩屋秋貞。塩屋家はもともと家名の通り塩屋をやっていてその縁で秋貞は何度か堺に足を運んだことがあった。
「まず、うちの知り合いの商人を訪ねます。あいつなら馬鈴薯を扱っていると思いますから」
「秋貞、その商人ってどういうやつなんだ?」
「うちと同じ十九歳だけどすでに商人として一定の成功を収めています。確か去年には堺の会合衆の一人になってましたし。しかし、それでも飽き足らずにどうにかして銭を稼ごうとしていますね」
「なんか銭の亡者みたいだな……」
「殿。確かにあいつは銭の亡者です。けれどどこかカラッとしてるところがあってみっともなさを感じるような部類ではないですね」
秋貞は能吏として熊野家中で内政、主に楽市楽座や関所関銭削減など数々の経済政策の運用に携わっている。
そんな彼女がこうまで語る男に昭武と桜夜は興味深いものを感じた。
秋貞に引き連れられて昭武たちはその男の屋敷にたどり着く。この屋敷は他の商家と違って堺の南端に位置し、屋敷の大きさも堺の他の商家と比べると小さい。
これは秋貞の知己が銭の亡者であっても、冨貴を誇り見せつけようとする人種ではないことを示していた。
秋貞が一人先行して男の屋敷に入る。しかし少しすると戻って来た。
「あいつはどうやら納屋の今井宗久どののもとへ行っているみたいですね。うちはここであいつが帰るのを待つので殿達は好きに時間を潰していて下さい」
秋貞に促された昭武は優花と桜夜を伴って堺の街をぶらついていた。
「井ノ口の町と比べると大分違いますね」
「桜夜、今は井ノ口じゃない岐阜の町だ」
多聞山城も特異な城であったが、堺の町もまた特異な町であった。町の周囲を環濠で囲まれたこの町はこの日の本の中で最も戦が起こらず、全てが武ではなく銭の力で治められており、往来には寧波商人や南蛮商人が日の本人と混じって闊歩している。
その繁栄から東洋のベニスと謳われた商業都市、それが堺であった。
「日の本全てがこの堺のように泰平と繁栄を享受する。これがオレたちの夢の終着点と言えるな」
「そうですね」
昭武と桜夜が二人並んで感慨に浸る一方、優花はあっちらこっちら堺の名物を食べ回っていた。
「武兄、桜夜ちゃん。あれ美味しそうだよ!」
優花がとある屋台を指差す。そこにはタコの絵が書かれていた。
「たこ焼きか……、確か納屋の名物だったか」
昭武は優花と共に屋台の主人にたこ焼きを注文する。
「オレとあいつには一隻づつ、このアホには……三隻頼む」
「この可愛らしいお嬢ちゃんが三隻も食べはるんか。欲張りはいけまへんで」
「大丈夫だおっちゃん。このアホはさっきまでイカ焼き、ベタ焼き、鉄板焼きを二つずつ食べても食べ足りないという馬鹿げた腹をしている。むしろ三隻じゃ足りないと言われるかもな」
「武兄、その言い方はひどくないかな?確かに食べ足りないかもしれないけど」
優花の言を聞いて主人が豪快に笑う。
「愉快な方たちでんな。せや、お嬢ちゃんに二隻おまけでつけときまっせ!」
「ありがとう!」
主人に礼を言った後、優花は昭武と桜夜と共にたこ焼きを頬張りつつ、人混みの中に消えた。
その背中を主人が先ほどと打って変わって冷静な視線で見やる。
「あれが星崎昭武とその腹心二人でっか。やはり英傑の類は他のお人らとはえらくちゃいますなあ」
このたこ焼き屋台の主人が実は堺有数の豪商、今井宗久であることは昭武たちには知る由もなかった。
読んで下さりありがとうございました。
数話ほど心が痛みますが左近はあのまま放置して堺になります。
三章のうちに必ず救済するので勘弁して下さい。
誤字、感想、意見などあればよろしくお願いします。