オリ大名をブッこんでみた。   作:tacck

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第二十九話です。
久々に五千字以上書いた気がします。

では、どうぞ



第二十九話 銭の開拓者たち

昭武たちが堺に到着した頃、多聞山城の地下牢にて松永久秀と島左近は相対していた。

 

「うふ。左近どの。ご機嫌はいかがでしょうか?」

 

「不機嫌に決まってるじゃない。こちとらもう一週間も食事を摂っていないのだから」

 

「あらあら、食事は逐一差し上げているはずなのにおいたわしいこと……」

 

「あんたの出す食事なんて怖くて食べられないわよ。毒が入ってそうじゃない」

 

左近の牢の隅には今まで運ばれて来た食事の盆が積み重ねられている。食事自体は掘った厠の中に捨てられていた。

 

「毒は入れてないですけどねえ……」

 

「そうでなくても妖しげな薬が入っているんでしょう?」

 

そう左近は断言する。実際、左近に与えられた食事の中には精神に作用し幻覚を見せる薬が入れられていた。

 

(それにしても何故今になって松永は私の前に現れたのかしら)

 

訝しる左近を気にも留めず、久秀は話を切り出す。

 

「さて、左近どの。いつまでそうしているつもりでしょうか。あなたの才は仕えた主君の才幹に応じて箍が外れる。ここに朽ちさせるには惜しいですし、あの小娘が持つにしても宝の持ち腐れにしかならないでしょうから」

 

「私が死ぬまでよ。いくら褒められたって私は二君に仕えるつもりはないわ」

 

「頑固ですね……あなたのお友達の柳生宗厳どのはすでに私に仕えてくれているというのに」

 

柳生宗厳は左近の親友にして上泉信綱から新陰流を習い、免許皆伝した上に自ら新たな奥義を生み出した大剣豪であった。

 

「宗厳は私ほどに義理堅いわけじゃないけど、あんたに仕えるほど節度のない武将ではないわ! おおよそ私に「あなたが牢にいる限り、筒井順慶を追撃しない」と取引したように「あなた(宗厳)が松永家に仕えている限り、私(左近)を処刑しない」と取引を持ちかけたのでしょう⁉︎」

 

「ご明察ですわ。益々わたくしの麾下に欲しくなりましたわ。しかしよろしいのですか? あなたが死んでしまえば筒井順慶はあっさりとわたくしの手にかかって死にますわよ」

 

「はっきり言うわ松永、もう私が命を繋ぐ必要はすでにないのよ。あんたには分かっているでしょうけど、この前私のもとに忍びが来た。それもかなり腕の立つくノ一だった。順慶様がこれほどのくノ一を雇えるとは思わない。つまりそこそこの勢力に今、順慶様は所属していることになるわ。それだけの勢力ならあんたでも簡単に手を出せないはずよ」

 

「うふふ、憎らしいほど頭が切れる。あなたの予想は当たっていますよ。今、筒井順慶は織田連盟の一翼、熊野家の庇護を受けていますわ」

 

「あの飛騨の大名家がどうして畿内にいるの?織田家もそうよ。あれは確か美濃を切り取ったばかりじゃなかったの⁉︎」

 

信奈たちが上洛している間に久秀に捕らえられた左近は外界から遮断されていたため、動揺した。

 

「うふふ、わたくしはそのくノ一が来た折に、その嫡男、星崎昭武と談話をしましたの。さて、ここまで言えば明敏な左近どのには十分でしょう。わたくしはこれから京に行かねばならないのでここでお暇させていただきますわ」

 

そう言って久秀は左近の前から去っていった。

左近は久秀の背中を眺めながら沈思黙考する。

 

(ついに私が死ぬことによる不利益が解消された。これで私は心おきなく死ねる。宗厳に心ならずも剣を振らせずに済むんだわ……。けど、星崎昭武。なぜ私を助けようとしたの?順慶様に頼まれたのは予想できる。狙いは筒井を取り込んで松永に対抗するためかしら?いえ、その線はないわね。私を助けるなんて危険を冒してまで味方につける価値は筒井にはもうないわ。筒井三家老ももう私がただ一人残るだけだし……。松永から与えられた情報だけじゃ星崎昭武の動機がわからないわね……)

 

左近は暗闇の中思索を巡らせる。

飢餓により身体が朽ち果てんとしてもなお、未だ軍師としての能力は衰えるところを知らなかった。

 

********************

 

ここで舞台は堺に戻る。

頃合いを見て秋貞の知り合いの商人の屋敷を昭武たちが再び訪れたところ商人はすでに帰って来ているようで、昭武たちは屋敷の中に案内された。

客間に通された昭武たちはそこで一人の青年の姿を捉える。対して青年は昭武たちが入室すると平伏した。

 

「小生の名は半田為五郎と申す。昭武様、優花様、桜夜様ついでに秋貞。遠路はるばるよくお越しになされた」

 

「ついではひどいよ五郎丸」

 

「誰が五郎丸ですか。小生があなた相手に畏まるのは違和感しかないでしょうに」

 

ぞんざいな扱いをされ、軽口を叩きつつ抗議する秋貞にそれに丁寧な語調で言い返す為五郎。

為五郎の容姿は整ってはいるものの、どことなく相良良晴を連想させるもので、人当たりの良さはすぐに伺い知れた。しかし良晴と比べるとはるかに頭が回る。それが為五郎を弱冠十九歳にして堺の会合衆に食い込む新進気鋭の商人と成さしめていた。

 

「小生は一月前から昭武様と桜夜様にお会いしたくて仕方がありませんでした。あの四カ国の大合従はおそらく日の本史上類を見ないでしょう」

 

「いや、あれは武田信玄公のやり口を拝借しただけだ」

 

武田信玄と山本勘助の二人が主導した甲相駿三国同盟は締結後の東国の情勢を変えた。

武田は海港の獲得が困難になったが、信濃平定に専念できた。北条もまた関東の反北条の大名に兵を集中できるようになり、今川は上洛にあたっての後顧の憂いを無くした。

同盟自体は桶狭間で義元が信奈に捕らえられて瓦解したが、その間に個々の大名家は力を蓄え、それぞれ東国を代表する大名家に成長を果たしたのだった。

 

「いやいや、ご謙遜を」

 

為五郎は織田連盟を発足させた人物が昭武と桜夜の二人だと知ってから熊野家に入れ込んでいた。

 

(複数国が盟を結ぶ仲介だけでも昭武様が有能な人物と分かります。しかしその程度の人物は乱世になれば一人は必ず現れるものです。だが、昭武様は一味違う。仲介から発展させて加盟国の商人に対する制度を統一し、そのまま新しい市場と為した人物を小生は他に知りません)

 

昭武と桜夜の考案した同盟は熊野家の越中への版図拡大でさらに高い効果を上げていた。

西越中が熊野家のものになったおかげで鯨海(日本海)と三河湾を縦断する無関銭(一部例外)の回廊が出来上がったのである。

開通からわずか一月ほどしか経っていないが、この回廊はすでに北陸から東海への物資の流れの主流となりつつある。

 

(このままいけば、岐阜の町、松倉の町はその中継地点として栄えるでしょう。同盟内の基準にする制度に少し熊野家の制度を混ぜた印象があるものの、自家ではなく先代からの積み重ねがある織田家のものを採用したことも見事の一言に尽きます。世間では新たな天下人に名乗りを挙げんとする織田信奈様と北陸無双の名を欲しいままにする養父の熊野雷源様に隠れて目立ちませんが昭武様もまた類稀な大器であることは間違いありません)

 

為五郎は昔から目立たないものの、高い実力を有している人物を好いていた。

今や織田四天王または五人衆に数えられる明智光秀を放浪時代に気に入り、路銀を工面してやったこともある。

そんな為五郎が昭武と桜夜にのめり込まないわけがない。

為五郎は興奮しているのをどうにか隠しながら、話を切り出す。

 

「それはそうと昭武様方は今日は如何様でここにいらしたのですか?」

 

「ああ、馬鈴薯が欲しくてな」

 

「馬鈴薯ですか。茶室に飾るといいですよ」

 

「いや違う。オレたちが欲しいのは花じゃなくて種芋だ。これを栽培して稗の代わりにするんだ」

 

「食べる……のですか? 馬鈴薯を? あれは食べる用途のものではないすよ?」

 

昭武の言を聞いた為五郎が呆然とするのは無理もない。この当時馬鈴薯は日の本に伝来したものの、総じて取引に使われたのは芋の部分ではなく花で主に観賞が目的だった。

 

「日の本では食べるという話は聞かないのはわたしも承知の上です。しかし、南蛮で自らの屋敷で馬鈴薯を栽培した者曰く、調理をすれば食べられるようです。さらには新大陸に住む人々は馬鈴薯を主食としていたらしいのです。奇しくも新大陸は飛騨に似て山がちな土地柄ですから栽培するにあたって問題はないでしょう」

 

桜夜が昭武の言に理論的な肉付けを施していく。これは為五郎の動揺を収めるに役立った。

 

(なるほど、理には叶ってはいますね。しかし……)

 

「食えるとしても味はどうなのです。舌に合わねば育てても意味はないでしょう」

 

「あ……」

 

為五郎のこの一言は昭武たちをフリーズさせた。

昭武たちの持つ馬鈴薯の知識は全て人から聞いた知識である。

今まで昭武たちは馬鈴薯そのものを見たことがなかったのだ。無論、馬鈴薯を食したこともない。

 

「どうしよう武兄!」

「仮に不味ければ机上の空論に成り下がるし、全ての計算が狂う!くそっ盲点だった!」

 

これには種芋を手に入れれば、万事解決だと考えていた昭武たちは大慌て。

そんな昭武たちに為五郎は優しく語りかける。

 

「皆様方、案ずることはありません。馬鈴薯の芋の実物は小生の盟友、納屋助左衛門が持っているので彼から買い付けます。明日、また小生の屋敷に訪れていただきたい。そこで馬鈴薯の試食を致しましょう」

 

この為五郎の一言をもってこの場はお開きとなる。

 

 

翌日、昭武たちは為五郎の屋敷に再集合した。

 

「これが、馬鈴薯の芋でございます」

 

為五郎が昭武たちに馬鈴薯を見せる。

 

「これが馬鈴薯?里芋が丸くなったような感じだね」

 

優花はおっかなびっくり馬鈴薯に触れる。

 

「為五郎はん、本当にこれが食えはるんどすかい、噓言っちゃるわけじゃなかとね?」

 

そんな昭武たちに冷ややかな目を向けているのが、為五郎の盟友、納屋助左衛門。

もともとは今井宗久の納屋で働いていたが二十代前半で独立を果たした気鋭の商人だった。

各地方の方言が混じってよくわからないことになっているのは宗久から与えられた仕事で日の本全土を回った経験が尾を引いているからである。

 

「食えると聞いたから仕入れたまで。……といってもタダでくれましたね」

 

「こげん品物になるかようわからんもんをいつまでもほたくってちゃ置き場の無駄やからのう」

 

「為五郎どの、助右衛門どの。これを品物にするのが今日のオレたちの務めなんだ」

 

「そう言われてしまうと商人として奮起せざるを得ないですね」

 

昭武の言が為五郎の心に火をつけた。助左衛門もそれは同様であった。

かくしてやや張りつめた空気が漂う半田屋敷にて馬鈴薯の実食実験が行われる。

今、この場にいる中で料理ができるのはにゃん向寺で尼見習いをしていた時分に何度か料理を作ったことがある桜夜だけだったため、桜夜が調理を担当した。

桜夜が作ったのはふかし芋。味付けは塩を少しばかりふりかけただけである。

 

「料理としては質素ですが、馬鈴薯が我々日の本の民の口に合うか確かめるのが目的ですからこれぐらいがちょうど良いでしょう」

 

桜夜がやや緊張した面持ちで為五郎と助左衛門にふかし芋を差し出す。

 

「見てくれは兵糧丸に似てますな」

 

「匂いは十分食えそうじゃがのう」

 

恐る恐る為五郎と助左衛門がふかし芋に歯を突き立てる。

 

(歯ごたえは芋にしては柔らかいな)

 

咀嚼しながら二人は考え込んでしまう。

紛れもなくこの一皿に飛騨の運命がのしかかっている。昭武たちは不安な面持ちで二人を見やった。

 

(無言か、まずいな。舌に合わなかったのか?)

 

結局何も言わずに二人はふかし芋を食べ終えた。そして為五郎が口を開く。

 

「昭武様、大丈夫でした。馬鈴薯は充分我々でも食用に堪えるものでした」

 

「なかなかに美味かったぞ。あと一つ出されてもわいは喜んで食べられる」

 

二人の表情は綻んでいた。

 

「ああ、よかった……!」

 

桜夜が安堵して一息つく。

 

「これで、飛騨は豊かになるぞ!」

 

昭武は嬉しさのあまり高々と拳を振り上げていた。

これにてようやく昭武と桜夜が組み上げた計画が動き出す。

 

 

馬鈴薯が食用に耐えるとわかったその日の夜、昭武たちが去った後に為五郎と助左衛門は話し合っていた。

 

「馬鈴薯が食用に耐えるとは思うておらなんだ。あれは素でもいけるが、里芋より調理の幅が広そうじゃき」

 

「助左衛門。小生も同じ意見ですよ」

 

「これならば、もしや……」

 

「まだあれには時間がありますね。昭武様たちは宿に帰ってしまいましたが、小生たちが試行錯誤を重ねておきましょう」

 

為五郎がいかにも面白くてたまらないという表情を浮かべる。

 

「おんしが入れ込むのは初め、知り合いの女商人が仕えているからだと思うていたが違ったな。わいも今日魅せられたかもしれん」

 

「ははは、あなたはいつも手厳しいですね。とにかくせっかく最上の市と我々史上最高の商品が揃ったのですからこの商機、逃すわけにはいきませんよ」

 

「おうよ、あさってが楽しみや」

 

堺の夜に二人の男の野心が滾る。

 

(ただの新大陸の芋がこうも人々の運命を揺るがすとは。小生はあまり非合理なことを信じる質ではありませんが、運命とは面白いものですね)

 




読んで下さりありがとうございました。
作者が言える立場ではないですが、序盤と中盤・終盤の落差が激しいですね。
堺は次話で終わります。

*馬鈴薯は史実では1600年前後に日本に伝来したようですね。信長の時代で馬鈴薯はありえませんが、信奈の世界では見せブラっぽい何かや名古屋こーちん、ソースがなぜかあるので馬鈴薯が既に伝来してても大丈夫でしょう、多分。

誤字、感想、意見などあればよろしくお願いします。
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