オリ大名をブッこんでみた。   作:tacck

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第三十三話です。
無理矢理、前中後の三話に収めました。
そのため難産でしたし、文量も一万を越えました。
いつか分割したり、書き直しをするかもしれません。
それと多分今話が一番ぶっとんだ話かもしれないです。

前置きが長くなりました。では、どうぞ


第三十三話 多聞山・清水寺の戦い 後編

清水寺の戦いが始まった頃。

京の南郊、伏見において結城忠正率いる松永軍五千と昭武率いる混成軍二千の戦いも始まっていた。

 

「兵力は二倍以上か……」

 

「昭武どの。此度の戦いはあまり兵力差は問題にならないと思うわ」

 

指揮をとる昭武の隣に桜夜の代わりの軍師として左近が侍っている。

「それはどういうことだ?」

 

「結城忠正は異質な人材が多く集まる松永軍の中でもとりわけ異質な武将よ。彼はキリシタンであり、畿内で名の知られた剣豪であり学者でもある。けれど、一番異質なのは降霊術を使えることよ」

 

「降霊術か……。確かすでに死んだ人物の霊を体に宿す術か…」

 

「ええ、そうよ。結城忠正は過去の名将たちを己が身に憑依させることができる。無論、本物と比べると随分見劣りするけれど厄介なことは確かね」

 

「それはつまりどの名将を憑依させるかによって戦い方が違うってことか。確かに厄介だな……」

 

昭武たちは相手についてよくわからない状況で戦うことを強いられることとなった。

 

「とりあえず、やることは一つだね」

 

そんな中、優花が生え抜きの兵を率いて、忠正の軍に侵攻する。

 

「狙撃して!」

 

命を下すと同時に優花兵が馬上から分隊長に対して矢を放つ。

井ノ口による鉄騎隊の設立は優花兵の対抗心を煽り、構成員の三割が流鏑馬の達人という悪魔じみた練度につながった。

指令系統の破壊は敵が自前の連絡手段を構築していない限り、どの相手であっても甚大な効果を発揮する。

そういった意味で相手がわからない今の状況では最善手と言えた。

 

「兵を使い物にならなくする……。その戦い方、何処かで見たことがあるな」

 

しかし、忠正には通じなかった。

 

「斉射せよ!」

 

忠正は自陣から五百の鉄砲隊を前線に送り、優花隊に向けて斉射したのだ。

如何に弓の達人と言えども、有効射程が鉄砲に並ぶ者はそうはいない。半ば一方的に優花隊は好餌となってしまった。

 

「ごめん武兄、やらかした!」

 

優花はそのことに気づいて早めに優花兵を撤退させたが、肩を撃ち抜かれるなどして多くの優花兵が兵として機能しない段階に追い込まれる。

昭武はその間、忠正隊の側面に強襲をかけたが、堅固な槍衾によってこれまた多くの兵が地に沈んだ。

 

「どうなっているんだ……。まるでオレたちの手が全て読まれているみたいだ……」

 

昭武は忠正に対してもはや気味悪さを感じていた。

本人は何気なく呟いたのだが、実はこの昭武の言は半ば正鵠を射ていた。

 

「俺が二度も熊野の小僧のやり口に屈するわけがないだろう。熊野の次世代は馬鹿ばかりなのか?」

 

忠正の傲岸不遜に馬上で指揮する姿は、雷源が見たならば自分の目を疑うだろう。

忠正が己が身に憑依させたのは、かつて雷源によって親不知で討ち取られた越後の奸雄、長尾為景であったからだ。

 

(この者は熊野家の軍略を身を以て知っていてなおかつ熊野家への恨みがある……。このような者が二度と与えられないはずの機会を与えられたのなら、必ず死にものぐるい(まぁすでに死んでいるが)で恨みを晴らすための策を考えるだろうよ)

 

苦戦する混成軍を眺めて忠正(為景)は不気味に笑うのであった。

 

 

午前八時の時点で混成軍は前線を支えるのがやっとという状況にまで追い詰められていた。

二千近くいた兵のうち三百が数時間の間に戦闘不能となり、ただでさえ数の上で劣勢だった混成軍をさらなる死地に追いやっていた。

前線が崩壊していないのは、優花が最前線に出て単独で敵の分隊長を射殺しているからだが、焼け石に水だった。そして前線を破られれば、迎え撃つ方策は忠正に読まれ切っているのでない。

この状況に昭武と堅忠は頭を抱えていた。

堅忠はそもそもが文官だったところを利治の妻になり、武官を兼任せざるを得ない中やっているためこの状況ではものの役に立たない。

昭武は軍略の才はあるのだが、いかんせん経験不足でその才を十二分に発揮できているとは言いがたく、熊野家の軍略の体得者でしかない。

こんな二人が幾ら策を考えても為景が入った忠正の想像の上をいくようなものは作れない。

混成軍の劣勢を苦々しく思っている者は織田連盟の将だけではなかった。

 

「このままでは……」

「ダメよね」

 

筒井順慶と島左近。

二人は客将として未だ織田連盟に降伏はしていないものの、熊野家に力を貸していた。

 

「結城忠正……。よっぽど熊野家との戦いに通じたものを口寄せしたのね。そうとなれば、熊野家が指揮を執っている以上勝てないわ。音に聞く熊野雷源が率いていれば状況はまた違うかもしれないけど、今の昭武どのでは荷が重いわ」

 

左近が今の状況を淀みなく説明する。

 

「どういうこと?と聞きたかったですが、私には貴女が為さんとすることがわかってしまいました。貴女のことですから自分がその役目を務めるのでしょう?能力、性格的にぴったりですが、いまいち重みはありません。ここは私がやりましょう」

 

順慶が怪しげに笑うとすぐ、混成軍本陣は恐慌に見舞われた。

 

「順慶どの。何を言っているんだ⁉︎」

 

突然順慶に刃を突きつけられ、昭武が慌てふためく。

 

「ですから、この戦だけ私と左近に指揮権を譲れと言ったのです」

 

「左近がそう言ったのか?」

 

「提案したのは左近です。しかし容れたのは私ですね」

 

「じゃあその刃は何のためなんだ⁉︎」

 

「受け入れられなかった際に自刎あるいは昭武どのを弑するためですね。まぁどちらに転ぶかはその時次第ですが」

 

順慶はずっとにこにことした笑みを絶やさずに浮かべていた。

この状態になった順慶の苛烈さは左近でさえ恐怖する。昭武も例外ではなかった。

 

「わかった。そこまで言うなら任せよう」

指揮権が昭武と堅忠から順慶と左近に移譲されたことは混成軍中に混乱を呼んだ。

前線にいる優花は「武兄は無駄なことはあまりしないから」と兵士たちを宥めたため、前線の守備に綻びが生まれることはなかったものの、それ以外の兵士達は大挙して本陣に押し寄せた。

 

「なんであんたが俺らの指揮を執っているんだ!」

「そうだ!負け軍師なんかに従っちゃいられねえぜ!」

 

不満を持った兵が順慶に言い募る。中には刃を突きつけている兵もいた。

 

「おい、お前ら落ち着け!勝つために必要なことだ!」

「しかし殿!」

 

昭武が説得と刀による峰打ちを使い分けて兵を鎮めるも昭武とその近習だけでは数が少なすぎて全兵を抑えきれない。

ついに昭武たちの手を逃れて、順慶に摑みかかる者が現れた。

 

「まずった!」

 

順慶はそのまま兵に押し倒されるかと昭武は思ったが、そうはならなかった。

順慶は掴みかかってきた兵を頭から股まで一刀両断したのだ。

 

「うわあああ!!」

「やりやがった!!」

 

これには押し寄せてきた兵も動揺し、閉口した。

 

「鎮まって下さい。これ以上昭武どのの手を煩わせないように。今はまだ手加減をしてくれていますが、そのうち私と同じことをせざるを得なくなるでしょう」

 

順慶が冷ややかな視線で兵たちを睥睨する。

並々ならぬ気迫に兵たちが息を呑む。

 

「皆さんが私たちを受け入れたくないのはよくわかりました。しかし、これも昭武どのの命令です。従わぬ者はこのように処されても文句は言えません」

 

普段温厚な人物が途端に冷たくなると、怖さが増す。

此度の順慶はこの法則を余すところなく利用した。

(順慶を追い詰めると何をされるかわからない。ならば素直に従おう)

そのような機運が不満を持つ兵たちに急速に広がり、本陣の騒動は鎮圧された。

 

「さて、準備は整いました。左近、出てきていいですよ」

 

再び笑顔になって順慶が左近を呼ぶ。

 

「うわ、見事に鎮まっているわね……。順慶様、何をやらかしたのかしら……」

 

呼ばれた左近がドン引きしつつ、陣立てを再編する。

順慶のもたらした恐怖のせいか十分ほどで再編は終わった。

 

 

「昭武どの。此度は宗厳とよくやった戦術を行うつもりよ。昭武どのの武勇は畿内でも比肩する者はほとんどいないし、平湯兵は日ノ本のどこよりも精強な精鋭。だから宗厳の代わりも充分務まるわ」

 

そう言って左近が提案した策は穿ち抜きと呼ばれるものだった。

これは島津家中興の祖と呼ばれる島津日新斎が考案した戦術で、先頭に立つ大将を中央突破させるために縦陣を敷き、先頭の兵が倒れれば後続が補填に回り、全兵を死ぬまで使い潰す。

そのため勝つにしろ負けるにしろ多大な被害を被るという禁じ手じみたものであり、最終手段と言えた。

 

「ここまで押しこまれた以上、逆転するには将の首を獲るしかない。この策であなたを敵本陣に送るために、多くの兵たちが死ぬことになるけれど……」

 

気まずそうな顔を浮かべる左近。

この策は彼女にとってあまり気持ちの良い策ではなかった。

かつて久秀との戦いで追い詰められる度にこの策を用い、久秀を退かせるために多くの将兵の命を代償にしてきた。

特に一番最初の穿ち抜きで筒井三家老の一人、松倉右近を犠牲にしたのは忘れられない。彼自身は満足して逝ったが、左近の心中にはしこりが残った。

 

「采配を任せた以上、オレがとやかく言うつもりはない。お前がそれを最善と信じたならそれでいい」

 

このように軍の指揮権を半ば強奪された状況でこんな策を提示されれば、大概の将は難色を示す。が、昭武はそうではなかった。

 

「本当にそれでいいの⁉︎」

 

これには左近も驚愕した。

 

「良いに決まっている。期待しているぞ左近どの」

 

再度問われるも昭武は首を縦に振る。

 

(信じられない……!どうしてこの人は私をそんなに信頼できるの?家臣でも、同盟国の将でもないただの居候に等しい存在なのに……!)

 

昭武の半ば無用心とも言える信頼は左近を激しく動揺させた。

 

「ん? 何を驚いているんだ左近どの。順慶どのにあれだけ愛され、清廉な忠義を捧げた左近どのがわざわざオレたちを貶めるようなことをするとは思えない、それだけのことなんだが……」

 

昭武の左近を見る目は素面だった。

それはただ単に事実を物語っているだけで虚偽が入る余地はない。

 

(……この人の器は果てしなく大きく、様々な物を抱え込めてしまう。一度懐に入れた人物を疑うことを好まないという欠点があるけれども、それは美点にもなり得る。同時代に織田信奈がいなければ、五年早く熊野家が興っていたならば、この人は天下に手が届いてしまう……!)

 

左近は打ち震えた。そして惜しいと思った。

 

(もし私がこの人に仕え、支えてあげたなら今からでも天下に手が届くのでは……)

 

そんな益体も無いことすらも考えてしまった。

しかし、左近は自らに二君に仕えずという掟を課している。ゆえにこの仮定は実現することはない。

 

「とにかく私も先頭に立つわ。今は武を振るえるだけの余力はないけど、あなたの補佐をしなきゃ」

 

それから数十分後、平湯兵三百が縦列に並び、忠正の横陣に突撃を開始した。

 

「昭武どの、ここよ!」

「わかった、突っ込むぞ!」

 

左近が昭武と共に馬に乗りつつ、練度が低い兵が固まっていたり、陣形が綻んでいる部分を昭武に教える。そこを昭武が平湯兵と共に的確につき崩す。

この組み合わせを反復することで、平湯兵三百は十五倍以上の忠正軍に対して対等以上に渡り合っていた。

対等以上に渡り合えたのは、指揮が昭武と堅忠から順慶と左近に代わり、為景の知識を元に戦っていた忠正が突然の相手の動きの変化に対する反応に戸惑って一歩遅れたことも大きい。

しかし、やはり被害も大きかった。昭武と左近が陣を突破し、忠正(為景)の眼前に着いた頃には、平湯兵の一割が討ち死にし、半数以上が手傷を負っていた。

 

「親とは違って堂々と攻めてくるか……」

 

忠正(為景)が馬上で薙刀を扱きながら感嘆する。中央突破され、目の前に敵将が到達しても奸雄の魂は動じることはない。むしろ、好戦的になっていた。

 

「お前が、結城忠正か」

 

昭武が問う。

 

「この身体の持ち主は確かに結城忠正だ。だが、中身は違う」

 

「降霊術、か……。眉唾ものだと思っていたが、事実だったみたいだ」

 

「それは俺も口寄せされるまでは同じ様に思うていた。が、実際に俺が忠正の身体の中に入っている以上、信じるほかあるまい」

 

そう言って忠正(為景)が豪快に笑う。

 

「守護の時も関東管領の時もそうだが、俺は負けっぱなしでいることがとにかく気に食わぬ。星崎昭武よ、俺は今嬉しく思うぞ。熊野勝定が相手ではないにしろ、熊野家をこうして叩き潰す機会を再び与えられたのだからな!」

 

忠正(為景)が薙刀を昭武に向けて一閃する。

昭武はどうにか槍で受けたが、すぐに弾き飛ばされた。

 

「忠正曰く、武力は身体に依存すると聞いて些か不安ではあったが、生前と比べても遜色がない。忠正よ、よくぞここまで鍛えたものだ」

 

(もしかして結城忠正が憑依させたのは……!)

 

昭武を武勇であしらえる将は武勇で鳴らした名将のほとんどが当てはまる。だが、熊野家に対するこの造詣の深さと関東管領と戦ったという経歴が合致する武将は一人しかいない。

この時、昭武と左近は全てを察した。

 

「もしかして、お前は長尾為景なのか……⁉︎」

 

「気づくのが遅いわ、たわけが」

 

「なんてこった……!」

 

これには昭武の表情が凍りつく。

 

(長尾為景なんて本気を出した親父が徹底的に嵌め切って漸く勝ちを拾った相手じゃねえか…!果たして今のオレが勝てるのか……?)

 

懸念を抱きながらも昭武は槍を構える。

 

(いや、勝たなきゃならねえ。そうでなくては順慶どのたちの覚悟が台無しになる)

 

「うおおお!!」

 

怯懦を裂帛でごまかしながらも昭武が忠正(為景)に刺突を繰り返す。

 

「ガキにしては中々だが、俺には届かぬ」

 

それを忠正(為景)はいとも簡単に弾いたのち、薙刀の石突きで昭武の腹を突いた。

 

(当てられたのは石突きのはずなのに、まるで牛にぶつかられたような衝撃だ……!親父はこんな化け物と何度もやり合っていたのか……!)

 

昭武の身体が馬上から離れ宙を舞う。どうにか着地をしたものの、多量の血を吐いた上に着地した衝撃により、足が痺れてすぐには動けない。

 

(ちっ、動きたくとも動けん……)

 

「不甲斐ない。これでは溜飲を下げられぬではないか」

 

忠正(為景)が吐き捨てると昭武に薙刀を振り下ろす。

その刹那、忠正(為景)の体勢が揺らぎ薙刀は空を切った。

 

「まだ足掻くか」

 

昭武が足がおかしくなることを覚悟で無理矢理跳躍し、忠正(為景)の馬を槍で貫いたのだった。

 

「よい……しょ、と」

 

馬から引き抜いた槍を杖代わりにして昭武はゆらりと立ち上がる。

 

「しぶとさは養父譲りか。だが、もはや動けまい」

 

「や、まだ右手は動く。なら戦えるさ」

 

忠正(為景)が昭武に向かって駆ける。昭武は納刀している刀に手を添えた。

 

(もう本当に足は動かねえ。この一太刀で勝負を決めなければ終わるな)

 

目を閉じ、全神経を集中させる。

 

(目を逸らしちゃいけねえ。オレに迫り来る死から。挑まぬ者、前に進めぬ者から消えるのが、この乱世だ)

 

不意に、昭武は良晴の姿を思い浮かべていた。

 

(相良から聞くには本来今川義元と斎藤道三は死にゆく運命だったという。しかし、現にこうして二人は生きている。相良の手助けがあったようだが、本人たちが生きようと挑まねばそうはならなかっただろう)

 

忠正(為景)の凶刃が眼前に迫る。それを昭武はしかと捉えた。右腕に力が宿る。

 

(だから俺はまだ死ぬつもりはない。泰平をもたらしていないし、相良に勝ててもいないからな!)

 

昭武の刃は忠正(為景)の薙刀が振るわれる前に、見事忠正の腹を裂いた。

 

「ちっ、最後の最後に化けおったか……」

 

忠正(為景)が呻く。しかし忠正はまだ立っていた。

 

「まずい、まだ立てるのかよ⁉︎」

 

勝機を逸したと昭武が絶望する。

 

(もう、どうにもならねーぞ……!)

 

今度こそ昭武が死を確信したその時、忠正はなぜかへたり込んでしまった。

 

「はあ、はあ、はあ。何たることだ……。あと一押しだというのに身体が動かぬ……」

 

忠正の呼吸は荒く、時折吐血していた。

 

「やはりね」

 

昭武と忠正(為景)の一騎討ちを固唾をのんで見守っていた左近は訳知り顔で頷く。

 

「どういうことだ左近どの?」

 

「忠正の今の状態は降霊術の術理によるものよ。長尾為景ほどの名将を統御することは術者に多大な労力を要求するの。そもそも一人の身体に二人分の魂を維持することすら常軌を逸しているわけだし」

 

「つまり、オレの一撃で為景を維持するだけの体力が失われたということか」

 

「そういうこと。こうなった術者はものの役に立たないわ。忠正を斬首すればここの戦は終わる」

 

左近が忠正の始末を促す。しかし、昭武はそうしなかった。

 

「全兵に武装解除を命じろ。そうすれば命までは取らねえ」

 

忠正はこの昭武の降伏勧告に頷き、兵を武装解除させた。忠正自身は筒井城に拘禁され信奈の沙汰を待つ身となる。

 

「わりと時間を食ったな……。もう清水寺が落ちてるかもしれんがさっさと京に入るぞ」

 

ぼろぼろになった足を再度酷使し、左近の助けを借りて昭武は再び馬上の人となった。

 

 

昭武たち混成軍が清水寺の門前に到着したのは十一時頃であった。門前では砂塵が巻き上げられている。

 

「織田軍、入れるわけにはいかない」

 

「……手強い……!」

 

砂塵の中央では宗厳と犬千代が一騎討ちを繰り広げていた。

 

「犬千代をここまで押し込むとは尋常の武人ではないわね。十兵衛を助けなきゃいけないのにこのままじゃ……」

 

「犬千代ーー!頑張ってくれ!」

 

犬千代の他にも信奈、良晴、半兵衛、五右衛門の四人がいる。

犬千代は宗厳に食らいつくもすぐにも討ち取られてしまいそうであった。

 

「信奈公!相良!何が起きている!」

 

「昭武!大和から援軍に来てくれたのね!けど、この剣豪が邪魔して清水寺に入れないの!」

 

「というか、なんでお前ら軍を率いてねえんだよ。死ぬ気か?」

 

「仕方ねえだろ!美濃に戻る暇がなかったんだからよ」

 

「それにしたってなぁ……」

 

昭武と信奈たちが話している間に、左近が昭武の後ろから飛び出し、宗厳に向かっていく。

 

「宗厳!私と順慶様は無事よ!もう貴女に久秀に従う理由はないわ!」

 

「え、左近?」

 

左近の叫びが宗厳に届き、宗厳は目を見開かせる。

 

「ほんとに、左近だ……!」

 

正確に左近の姿を認めた宗厳は犬千代を無視して左近の元へ走り出す。

そして左近に抱きつき、悲泣の声をあげた。普段、あまり表情に変化がない宗厳であったが、この時ばかりはその均整が取れた顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。

順慶もまた抱き合う二人を見て泣いていた。

 

「生きてて、よかった……!」

 

この言葉をこの三人の誰が発したのかはっきりしない。

はっきりしない理由はこの言葉は三人が共有した思いそのままであり、誰が言っていたとしても違和感がないからであった。

とかくこの時、漸く筒井家は再びの結集を果たすのだった。

 

********************

 

視点を清水寺に戻す。

春花の術にかかった光秀の首に久秀の十文字槍が迫り、それを光秀は避けも受けもできず、為すすべもなく命を刈り取られる。

……はずであったが、光秀は討ち取られていなかった。

 

「やらせるかああっ!」

 

良晴が久秀の十文字槍を弾いたのだ。

 

「一騎討ちを邪魔するとは無粋なことを……。何者ですか」

 

「織田家武将、相良良晴!」

 

「え、相良先輩……?なんでこんなところにいるですか……?」

 

突然現れた良晴に光秀は動揺する。

 

「昭武たちの援軍と一緒に来た!あと来たのは俺だけじゃない。半兵衛も、犬千代も、五右衛門も、信奈もここに来てる!」

 

「ちょっ、理解が追いつかないです。どういうことですか?」

 

「話は後よ、十兵衛!」

 

信奈がいつの間に登っていた本堂の屋根から久秀に向けて種子島を撃ち込む。

 

「信奈さま⁉︎」

 

光秀が信奈を視認する。久秀の言と異なり、無傷だった。

 

「こんなこと、ありえないです。この光景は私の願望、夢に過ぎないです」

 

しかし、まだ久秀が穿った楔が残っているのか光秀は信じきれない。

 

「確かに人生はひとときの夢みたいなものだ。俺だってずっと夢の中にいるんじゃないかって思う時もある。だが、十兵衛、聞いてくれ!」

 

そんな光秀を見兼ねたのか良晴は叫んでいた。

信奈がどれだけ光秀を買っているのかということを。

信奈がどれだけこの日ノ本にとって大事な人物であるかということを。

 

「忘れないでくれ!この国が、この世界がいま必要としている人間は信奈なんだ。四百年後の世界から来た俺が言うんだから間違いねえ。あいつは日ノ本どころか世界の人々にとってかけがえのない存在なんだ。頼む十兵衛、もしもこの戦で生き延びて、それでも道に迷ったら、今この燃える清水寺の血に塗れた修羅場を思い出してくれ!お前を救うために乗り込んできて、種子島を撃ち込み続けている信奈のあの姿を思い出してくれ……!」

 

良晴は半ば祈っていた。祈ることで運命に抗っていた。

光秀にはこの良晴の悲痛な戦いを理解することはできない。だが、信奈を一途に思う気持ちは伝わってきた。ついでに良晴がただのお調子者ではないことも。

光秀の瞳に力が蘇っていく。

 

「うふ……明智さまは我が術で心を操れる御仁かと思いましたが、どうやらその猿面の男の言葉のほうが力が強いようですね」

 

光秀の籠絡を諦めた久秀は兵に号令をかけ、再び清水寺は乱戦下となる。

 

「さて、松永どの。直接顔を合わせたのは多聞山城ぶりか?あんたには散々苦労させられたぞ」

 

「松永久秀!漸くあんたに一矢を報いる機会が来たわね」

 

松永兵とは別に昭武と筒井家の面々も久秀の前に現れた。

 

「ふふふ、貴女方三人が再びわたくしの前に結集するとは……」

 

久秀が目を細める。

舌先と傀儡によって絡め取ったはずが、熊野軍の介入で全て強引にひっぺがされていた。

 

(星崎昭武……飛騨の山猿と蔑んでいましたが、その本質はあだ名と同じく獅子のようですね)

 

「松永久秀、何を思って叛乱を起こしたか知らんがこれで終わりだ! 優花!」

 

「りょーかい!みんな、斉射して!」

 

昭武が優花を呼び、優花が優花兵に下知する。

その間わずか数秒。久秀に精密な軌道で矢が何本も飛んでいく。

 

(白雲斎を前もって京に忍ばせておいたから盾になる傀儡もそうはいないだろう。これで終わりだ)

 

しかし、そんな昭武の思惑は外れ、優花兵による斉射は傀儡によって防がれてしまった。

 

「なっ⁉︎」

 

「うふ、星崎どの。わたくしが為すすべもなくやられるとは少々考えが甘いかと。白雲斎どのは確かにわたくしにとっては天敵ですが、だからこそ対策を講じておいたのです」

 

白雲斎の存在を知った久秀は意図的に動かす傀儡の数を抑え、一部の傀儡に気を供給することを停止することで白雲斎の探知を欺き、温存していたのだ。

この傀儡の登場で、一人織田連盟側で挙動が変わった人物がいる。

 

「……あなたは……ただの侍では、ないのですね」

 

その人物とは、陰陽師軍師竹中半兵衛だった。

 

「ええ。仏道なども学び、今は松永久秀などと名乗っていますが、わたくしの出自は流浪の幻術使い。陰陽師にとっては不倶戴天の敵ですわ」

 

「幻術使い、ですか」

 

昭武たちのように意図的に海外の情報を仕入れようとしなければ、幻術の起源を知り得ることはない。これは半兵衛とて例外ではなかった。

 

「わたくしは、あなたのような強い陰陽師を見ると年甲斐もなく技比べがしたくなってたまらぬ性分ですの。それに、問いたいこともありますし」

 

「……なんですか?」

 

「織田信奈さまは神をも仏をも怨霊をも恐れぬ方。わたくしたちのような闇の者にとっては信奈さまこそ真の大魔王。陰陽師にとって織田信奈さまこそが真の敵。あなたはちゃんとわかっているはず。それを、なぜ」

 

問いかける久秀に半兵衛はうっすらとした微笑みを返した。

 

「それで、いいのです。これ以上、わたしたちは薄暗い闇の秘術を乱用してこの国を乱してはならないのです。もう、民を守れる力など残っていないのですから。あやかしの者はまばゆい日輪の光の前に静かに消えるべき時が来ているのですよ」

 

「では、あなたはもしや……」

 

(まさか、そこまでのことを考えていたとはな……)

 

久秀と未だ姿を隠している白雲斎は半兵衛の大志を即座に理解した。

それからは半兵衛と久秀の戦いが繰り広げられるが、やはり白雲斎の読み通り久秀有利で推移していた。半兵衛が傀儡の術理を理解していないことが大きかったのだ。

前鬼が何度も呪を用いて傀儡を薙ぎ払ってはいるが、久秀がすぐに復活または新しい物を投入して、いたちごっこになってしまっている。

 

(このままでは今孔明の敗北は必至、か)

 

「やはり、お主の相手は儂がせざるを得ないようだな」

 

満を持して、白雲斎が久秀たちの前に現れる。

 

「うふ。白雲斎どの、傀儡狩りはもう終わったのではないですか?」

 

「儂を欺くとは、さすがは天下三大悪人と言ったところよな。が、松永。お主はもう負けている」

 

そう言うと白雲斎は童子切安綱を振るい、瞬く間に傀儡を全滅させる。

 

「うふ、まだわたくしには傀儡はありますが、どこが負けているのでしょうか?」

 

「松永、お主の傀儡なんぞどうでも良い。摂津の方角を見てみろ」

 

白雲斎に促される形で久秀が摂津方面を見やる。そこにはフロイスを先頭に畿内のキリシタンたちが清水寺に向けて行軍していた。

 

「あれは耶蘇教の者たち⁉︎ 武器を取らないはずの宣教師に武器を取らせるなんて……⁉︎」

 

「そして儂を見よ」

 

再び促されて久秀が白雲斎の方へ向き直る。

白雲斎の身体が何の支えもなく宙に浮いていた。

 

「それは、その術は……!」

 

「天の岩戸の扉の力で得たものだ。お主なら知っているだろう」

 

久秀は白雲斎に見せられた二つのものを見て戦慄していた。

フロイスの行軍は南蛮の象徴。

白雲斎の秘術は日ノ本の象徴。

この二つが相良良晴と星崎昭武という管を伝って信奈のもとで混じり合う。

久秀にとっては南蛮と日ノ本は不合一のものであった。どうしても分け隔てられるものであった。

しかし、信奈の前ではその理は通用しない。

 

「型に縛られるな松永久秀。存外、人間という生き物は自由なものだ」

 

白雲斎のこの一言がダメ押しとなった。

 

(この人は違う。日ノ本にかつて現れた数多の英傑とは全くもって違う。この人ならばきっと……)

 

この時、信奈に抵抗してきた蠍はついに、自らの完全敗北を認めた。

 




読んで下さりありがとうございました。
三章は次話(分割した場合は次次話)で終わります。
誤字、感想、意見などあればよろしくお願いします。

*降霊術についての設定
・術者が霊に自らの身体を貸し出す。
・霊は生前と比べるとやや劣化する。
・口寄せした霊の格が高ければ高いほど維持するのに術者の体力をより多く消費する。
・武力は術者の身体に依存し、知識は霊と術者の知識の両方を使える。(だから項羽とか呂布を口寄せしてもあまり意味ない)
・頑張っても二日しか持たない。


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