オリ大名をブッこんでみた。   作:tacck

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第四十七話 北陸大戦⑧【過ち】

 

 現代の暦にして十二月二十五日七時三十六分。熊野雷源は逝った。

 死因は失血死。引導を渡したのは袂を分かった親友・宇佐美定満だった……。

 雷源の死はすぐさま戦場全体に広がった。

 

「そうか、結局のところ殿は戦さ人として死んだか……」

 

 越軍の方円陣の中で奮闘していた長堯がひとりごちた。つられて一義も口をこぼす。

 

「本懐とは、言えぬであろう。つまるところ殿の願いは平穏であった」

 

「願わくば、畳の上で若殿たちに看取られてから死んで欲しかった。あの人の死に場所はこのような寒々しいところよりはそちらの方が相応しかったように思える」

 

 この長堯の見解は雷源の近くにいたものなら誰もが首肯しうるものだった。

 されど、雷源は逝った。力尽きて残雪の中に沈んだのだ。それは越後の武者にはありふれた死に様だった。

 

 

「ああ………」

 

 砦内にて、四万はやり切れなさを抱いていた。あれだけの強さを持った人でも死ぬのかと世の無常を感じていた。

 

(結局のところ、わたしは殿の家臣にはなりきれなかった。約束を果たせなかった……)

 

 高知四万は平湯村建設に関われなかった。家の事情があったにしろこのことは四万の心に微かな傷をつけていた。

 雷源を慕いながらも、自分はれっきとした家臣ではないと後ろめたさを抱えていたのだ。

 

「いえ、まだ、まだ約束を果たせていないと決まったわけではありません。一つだけ、そうたった一つだけ約束を果たす方法があります」

 

 雷源がこの場にいたのなら、四万のこの方法を否定しただろう。だが、雷源はもうどこにもいない。

 四万はついに断行した。

 

「全軍、越軍に向かって突貫せよ!かの者らは殿の仇!討たずしてどうして殿の家臣と名乗れよう?」

 

 

 そして琵琶川西岸・昭武陣。

 

「親父が死んだ?んなわけがあるものかッ!」

 

 桜夜から報告を聞いて昭武は初めにこう言い放った。

 

「ですが、事実です。受け入れてください」

 

「だが、親父は北陸無双だろう⁉︎ 姫武将なんかにやられるわけが……」

 

 これ以上、昭武は言を紡げなかった。左頬に痛みを感じたからである。

 

「桜夜、お前……!」

 

「いいかげんにしてくださいッ! いくら強かろうが、死ぬときは死ぬのです。わたしに正徳寺で語った決意をあなたは忘れたのですか?」

 

「……忘れてなんかはいない。考えたくはなかったが、あり得たことだ。覚悟を決めていなかったわけじゃない。だが……!」

 

 昭武の双眸に涙が溜まっていく。

 

「つらいものはつらいんだ……!」

 

 この時、桜夜は昭武の悲痛を感じた。

 初めての喪失、それも最愛の父。それは昭武にとっての世界の半分を失ったようなものだったことを知った。

 そして、次に出る行動を予期して身体を震わせた。

 

「越軍を討つ。敵討ちだ。相手が軍神だろうが、知ったことか」

 

「昭武殿、それはおやめください。そんなことを雷源様が望んでいるとお思いですか!」

 

「親父ならば、戦乱の拡大を忌んで望まないかもしれないな。飛騨に流れてきた理由もそれだった。……だが、親父の希望以上にこのオレがそうしたいと思っているんだ」

 

「……そう、ですか」

 

 桜夜は説得に窮した。理屈が通ると思わなかったから、情理を用いたが、それでも通じなかった。

 

(今の昭武殿は狂ってしまっています。それも静かに、執念深く……。このままでは、第二の長尾為景が生まれてしまう……!)

 

 されど、もはや昭武を翻意させる方法など桜夜には思いつかない。

 

「将兵に告ぐ! 未だ父の跡は定まっていないが、この場の軍権はこのオレ、星崎昭武が担う! オレの目的は長尾景虎の打倒! 皆、ついてきてくれるか⁉︎」

 

「お待ちください!今、踏み出せば両越は、もうとりかえしのつかないことに……!」

 

「くどいっ!もう決めたことだ!」

 

 この昭武の言に桜夜は喉を枯らして否やを唱えるが、もう届かない。

 

「手始めにすでに敵討ちを始めている高知隊と合流する。そこまでは全速で駈けよ!」

 

「しかし、昭武様はとても戦えるような状況では……」

 

「確かにそうだ。だが、オレはもはや我慢ならん。今川義元みたいで嫌だが、輿に乗ってでも先陣に行くぞ!」

 

「ははーー!」

 

 かくして最後まで反対した桜夜と宗晴を除いた後陣の全部隊が進軍を開始してしまう。

 それは、雷源がかつて起こしたそれとは似て非なるもの。

 あの時の雷源は為景を討った後のことを不完全であったが考えていた。しかし、昭武はそうではない。憎悪に任せ一点突破をせんとしている。

 

「討ち果たせ、討ち果たせ、目の前を蔓延る仇どもを。駆逐せよ、越軍の全てを。そのために普段は認めはしないが、虐殺(・・)を許可する」

 

 この呪詛じみた檄は昭武の軍全体にすぐさま広がり、越軍に暴虐を行なった。

 捕らえた捕虜の首を容赦無く跳ね、恐れて逃げ惑う越軍の背には火縄を打ち込む。

 

「……死ね」

 

 とりわけ、昭武軍の中で攻勢が激しく、なおかつ残虐だったのは瀬田優花だった。普段は明朗闊達に兵に対して接しているが、此度ばかりは仇を屠るだけの存在に成り果ててしまっている。

 

「頭や心の臓を狙うだけではもう足りない。鏃に毒を塗って。一兵でも多く越軍を屠るの」

 

「しかし、優花どの。毒など武家の戦に持ち込むものでは……」

 

「そんなことを言っている暇はないよ?どうしても嫌ならほうろく玉に替えてもいいけど。……ああ、味方を巻き込まないようにね」

 

 この優花の効率を重視した虐殺ぶりは凄まじかった。与えた越軍への被害はこの尻垂坂の戦いに参加したどの部隊よりも多い。

 しかし、越軍も黙ってみているわけではない。

 越軍の本陣にて唯一動ける宇佐美が政景に指示を出していた。

 

「政景の旦那。この修羅場、任せられるか? 景虎が倒れた今では旦那が出てくれないと越軍は奴らの殺意には対抗できねえ」

 

「引き受けてやるが宇佐美、お前はそれでいいのか」

 

「何が言いたい」

 

「お前はこの尻垂坂の戦いが終わったのち、熊野いやもう星崎か……と手を結ぶつもりなのだろう。だが、それでは越後の諸将……とくに莫大な被害を被った揚北衆は納得しないぞ」

 

「憎しみで争うのは馬鹿らしいだろ?」

 

「つくづく甘いな。そう割り切れるのはお前だけだ。少し思い返してみろ、為景にしろ、雷源にしろ、目の前の星崎昭武にしろ結局のところ割り切れずにこの始末だ。どうあがいても人は憎しみに取り込まれる」

 

「そんなことは知っている。だが、そうしなきゃこの乱世は終われねえよ。まぁそれができないってなら、再起が出来ないぐらいに叩き潰した後、交渉の席に座らせて無理やり言うことを聞かせるさ。……俺はもう躊躇いはしない」

 

「宇佐美、お前……」

 

 宇佐美の苛烈な決断に政景は珍しいことに身体を微かに震わせた。

 

(前からこういう気はあったが……、やはり雷源に引導を渡したことで、変わらざるを得なくなったのだろうな)

 

「俺も俺でやることがある。それまではどうにか時間を稼いでくれ……!」

 

「長話をしている暇はないな……。今すぐ、行くとしよう」

 

 ********************

 

「北条、ぼさっとするな!柿崎、さっさと打ち払え!雷源の遺児どもが迫ってきてやがる。とっとと防備を固めろ!」

 

 政景が前線に出たことで、戦況は一変した。

 景虎の指揮が途絶え、混乱していた越軍に秩序が取り戻されたのだ。謀反常習者であるために今一つ人望がないが、曲がりなりにも一門の筆頭であり、景虎出現以前の越後で最強の武将である。これぐらいは成し得ることの範疇にあった。

 

「奴らは憎しみのあまり、無理な進軍をしている。どうにかして出鼻をくじけ。そうすれば、押し返せる」

 

 軍の乱れが正されたことを確認すると政景はかつて為景の得物だった斬馬刀を担いで前線に馬を走らせる。

 その傲岸不遜な様はやはり為景に似ていた。

 そんな政景の姿を遠くから知覚していたものがいた。

 昭武と優花である。

 

「あれが長尾政景か。奴が出張るということは本陣はもう近い。どうだ優花。射抜けるか」

 

「多分、無理。斬馬刀の刃の幅が広すぎる。射たと同時に気づかれて防がれると思う」

 

「ならば、オレが出るか」

 

 太ももを締め、乗馬に前進の意を伝える。すると、馬は尋常ならざる早さで駆けた。それもそのはず、今の昭武は具足を着用せず、胸当てをしているのみで馬にかかる重みが普段の半分ほどしかない。

 

(怪我の影響で具足が着れない以上、防御に困るとは思っていたが、これはこれでいいな)

 

 景虎もまた騎乗する際はささやかな防具しかつけていない。期せずして昭武は景虎の感覚を一部共有することとなった。

 

「長尾政景、覚悟!」

「ちぃ」

 

 戦場をすり抜け、政景に刀を振るう。

 政景は斬馬刀を盾にして防いだが、反撃には至らず、昭武の後退を許した。

 

「星崎昭武か……」

「そうだ」

 

 政景が呟く間にも昭武は馬を走らせ、政景の周りを旋回する。

 一撃離脱。

 軽装のために政景の一刀を防げない昭武にはその戦法しかなかった。

 左から迫っては右に去り、前から来てはは後ろに抜ける。

 攻撃の予備動作こそ分かりやすいため、政景は防げているが、政景には優花が自らを狙っていることも分かっていた。

 

(瀬田優花。噂から聞くに当代屈指の射手だ。奴がいる限り俺は攻勢には出れん)

 

「やっぱり気づかれてるかぁ。やりにくいなあ」

 

 優花は政景が昭武に痛撃を与えるために斬馬刀を振り上げる、その瞬間を狙っている。

 だが、狙っているのは優花だけではなかった。

 

「瀬田優花どのとお見受けする。覚悟!」

 

 定満の麾下、軒猿もまた昭武と優花を始末せんと虎視眈々と狙っていたのだ。

 

「ああ、いいとこだったのに……」

 

 軒猿の姿を認めるや否や、優花は弓を放り投げる。

 政景に集中し過ぎて、らしくもないことに間合いの中に入られ過ぎていたからだ。

 腰の刀に手を添え、軒猿の挙動を観察する。

 そして、軒猿が優花に飛びかかった時、一条の銀光が宙に閃いた。

 

 




読んで下さりありがとうございます。
ナンバリングで8話も続いた北陸大戦も次回で終わります。
いや、長かった。
次話は9/5に更新するので、それまでお待ちください。
最後に、誤字や感想などあればよろしくお願いします。
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