ぶっちゃけ能登編、筆が止まりません。そろそろ四章も書かなきゃなと思うのですが、当分先のことになりそうです。
では、どうぞ
加能国境のにゃんこう宗の寺にて、能登国主・畠山義続と加賀にゃんこう一揆宗の頭目、杉浦玄仁は対面していた。
「わざわざ来てくれてありがたく思う」
「要件はなに?私も暇じゃないのよ。早く言ってくれない?」
玄仁はとても焦っていた。昨日、間者から朝倉宗滴が加賀侵攻の準備を進めている、と報告があったからである。義続が呼びかけた会談に出席したのも能登方面の軍を加越国境に宛行いたかったからであった。
「左様か、ならば要件を言おう。加賀衆と畠山家間で和睦を結ぼうと思っている」
義続は押水の戦い以後から本猫寺との和睦を模索してきた。義続の目的は遊佐、温井を排除する際に本猫寺に干渉させないためである。
「和睦するのは別に構わないわよ。……ただ一つ条件を飲んでくれればだけど」
「して、その条件とは何かな?」
「竜田派の禁教、弾圧よ」
「なっ……⁉︎」
玄仁が出してきた条件は義続を震撼させた。
この条件を飲んでしまえば、今のところは義続に従ってくれている渡辺町の面々が離反してしまう。離反はしなくとも義続の後ろ盾を弱めてしまうことになるのだ。
義続は懊悩した。そしてこう口にする。
「……考える時間が欲しい。今日の夕刻まで待ってくれないだろうか」
この言に玄仁は頷き、ひとまず会談は中入りとなった。
その後、義続は寺内の一室に篭り、誰も入れずに思索を巡らせる。
(光総がいない。私を温井と遊佐から守ってくれる能登で唯一とも言える英傑がいない。竜田広幸も私についてきてくれているが元は他国の者、どうしても信用しきれぬ。長続連も駄目だ。軍事力には眼を見張る物があるが、奴は私より光総に従っている。光総死後、どのような動きを取るのか予想ができぬ)
思索の果て、義続はついに結論を下す。
(不確かな身内より、少しは知っている他勢力の方が幾ばくかマシであろう。それに私を守る武力と言う面では、渡辺町と長家の連合すら越える)
そうして義続は玄仁の条件を受け入れ、加賀衆と畠山家の和睦及び盟約は成った。
この報は北陸中に広がる。
無論渡辺町の光教、広幸らにも伝わった。報を聞いた続連も渡辺町に足を運ぶ。
「して、どうする?」
長続連が光教と広幸に問いかける。
「決まっている。禁教にはしない」
「私は……、どうしましょうか……」
光教は即答したが、広幸は言い淀んだ。
広幸は義総から直に遺言を聞いた身である。
渡辺町も大事だが、畠山家のことも考えてしまう。
(禁教をすれば、義続様は本猫寺とやや衰微こそしますが、私たちの経済力と長家の軍事力を後ろ盾として得ることができますね……)
「広幸どの。まさか竜田派を禁教にする、と言いださないよな。あんたの、あんたたちの志はその程度ではないよな?」
考える広幸に頼廉がさらに問いかける。
頼廉は竜田寺住職である以上、竜田派残存派である。だが頼廉が竜田派を支持する理由は利害だけではない。
「光総どの亡き後、いよいよ温井・遊佐が動き始めるに違いない。和睦を推進に温井・遊佐も少なからず関わっていたと聞く。本猫寺側から出された竜田派の禁教。あれはその実は温井・遊佐が工作したものではないだろうか?」
「ですが、禁教は義続様の名で出されたものです。抗えば私達は謀反人になってしまいます」
この問題の厄介なところがその点であった。
温井・遊佐の計略だと看破していても一蹴することができない。光教や頼廉にはあまり作用しないが、広幸、続連にはある程度の拘束力があった。
だが、ここで続連が口を開く。
「私は別に反旗を翻しても構いませんぞ?私の目的は長家を大きく繁栄させること。正道で成らぬというのなら邪道を用いることに躊躇はない」
長家は元々、室町将軍直属の奉公人であり、独立した国人であった。畠山家に従うようになったのも義総時代からで、比較的歴史は浅い。そのため長続連の心情の底流にはやはり、畠山家への不羈の念があった。ちなみに畠山家中で長家がかなり多い軍事力を所持しているのは独立時代からの遺産である。
「続連どのまでか……!……わかりました。私も覚悟を決めましょう……!」
広幸がついに頷き、かくして渡辺町は反義続に転換する。
その後は間も無く評定に移行する。
「反逆を起こす以上は必勝を心掛けねばならない。何かよき策はないのか?」
「まず初めにお聞きしたい。光教どのは何か腹案と呼べるものはありますか?」
「敵は加賀衆と温井・遊佐の連合軍を編成して渡辺町に押し寄せることになると私は考えている。従って戦場は渡辺町近辺になるだろう。だが、近辺は原野が広がっており大軍を遮るものはない。ここは籠城戦をするべきだと私は考えている」
「しかし、内浦(能登の七尾湾側)からの補給はありませんぞ」
「そもそも私は長期戦を取るつもりはない。短期戦を仕掛けるつもりだ」
この光教の発言に広幸たちはどよめいた。
「少し言い方が悪かったか。籠城戦と言ったが正確には城を囮とした誘引策と言った方が正しい」
その後、光教は事前にある程度考えていた策の一部を語った。
全てを語らなかったのは、この中に内通者がいることを疑ってのことだった。
(実に精密な策です。何処と無く勝定どのを彷彿とさせますね……)
だが、一部と言えど光教の策は広幸たちを驚嘆させるのに十分なものであった。
「という訳で、今のうちから布石を打っておくことにしよう。広幸は渡辺町の外周に新たに海水を引き込んだ水堀を、頼廉、重泰は堺に行って種子島を数百丁買い込んで欲しい。私は今から越前に参る」
結局、他の案は出されず光教案をそのまま通して評定は終わった。
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渡辺町から海路を用いて光教は越前・一乗谷に乗り込み、朝倉屋敷にて、渡光教と朝倉宗滴は対面を果たしていた。
「渡光教と言ったか。わしに何の用か」
朝倉宗滴。七十を超えてなお、朝倉の柱石たる闘将である。
「貴方が加賀侵攻の軍備を整えていると聞いている。その侵攻の時期をずらしてくれないだろうか?」
「つまり、お主は畠山家、正確に言えば温井・遊佐と事を始めるつもりか」
流石は朝倉宗滴と言ったところか、光教の意を一言二言聞いただけで察した。
「そうだ。貴方が動けば加賀衆は貴方の相手をせざるを得ない。我らは兵の練度と装備の質こそ高いが攻められた時の補給の当てがない。相手の兵力を減らして僅かでも勝つ余地を残しておきたい」
この光教の言を聞いて宗滴は破顔する。
「お主、些か熊野勝定に似ておるな。勝定は勝つためにあらゆる手段を尽くして勝とうとする武将だった。親不知で長尾為景を討ち取ったのはその好例よ。二年存在を気取らせずに潜伏し策を練り、幾つかの術策を以って為景からあらゆる選択肢を奪い取り、親不知に誘引した。そして其れは奴の復讐心と生への執着が生み出したものであった」
話しているうちに宗滴は知らず眼を細めていた。
(戦嫌いの義景ではなくこやつが朝倉家の家督を継いでいたのなら、朝倉家の先行きはまた違ったものになっていたやもしれぬ……。いや、よそう。ないものねだりをしてもどうにもならぬ)
「まあ良い。いずれにせよ加賀衆を攻める事に変わりはない。それにお主の策通りに動けば邪魔も入りにくいであろう。老いたりと言えど、わしは朝倉宗滴。加賀を徹底的に叩き、能登へ加賀衆を一兵たりとも向かわせぬことを約束しよう」
「かたじけない」
光教が頭を下げる。
すると宗滴は立ち上がり、襖を開け放ちながら言った。
「渡光教よ。武士とは勝つことが本分。だが、負けても生に執着せよ。この乱世最早合戦に勝つだけでは真の勝利とは言えぬ。乱世の終焉まで生き延びた者こそが真の勝利者よ。このこと、肝に命じておくがよい」
宗滴の教えを受け止め、光教は越前を後にする。
次に向かうのは、能登・七尾城下飯川屋敷。畠山義綱、飯川光誠の二人の元であった。
「お初にお目にかかる。私は渡辺城主、渡光教と申しまする」
「あなたがそうなのね。あなたのことは光総殿からよく聞いていたわ。加能越でも稀に見る大器ってね」
「それは些か誇張表現かと……」
義綱の買いかぶりに光教は苦笑いを浮かべた。
「……それで、何の話をもって来たのかしら?温井・遊佐を排除する策だと嬉しいのだけれど」
「姫様、お喜びなされませ。私が此度持ってきた話はまさに温井総貞を除くための策なのです」
それから光教は策を語った。
だが、策を聞けば聞くほど義綱の表情は暗鬱なものになっていく。
そして耐えきれなくなって義綱はついに口を挟んだ。
「ねえ光教……。これ以外の策ってないの……?」
「ありませぬな。全ては総貞を増長させ、油断を誘うことにありまする。……そのためには一時的にと言えど、姫様に苦杯を舐めて頂かなくてはなりません」
「光教殿、理屈はわかります。……ですが、これはあまりにも……!」
光誠が光教に食ってかかる。だが、光教はそれを気にも留めず平然と言い放つ。
「さもなくば、姫様は遠くない未来に反撃の余地すら奪われた事態で同様のことをせねばならなくなりますが、それでもよろしいので?」
「……ですが!」
光誠は返答に窮した。
光教の推測が非常に不愉快な物であったが、的を得ていたからであった。
「光誠、落ち着いて。光教もどうにかして言葉を選びなさいよ。私は光教の策、容れようと思う。そうしなければ温井・遊佐を排除できないなら仕方のないことよ」
義綱は嫌々ながら光教の策を容れた。
(渡光教、聞きしに勝る苛烈さね……。けど、私はあなたを使いこなしてみせるわ)
米
七尾城で光教と義綱らの会合したのと同刻。
渡辺城には一人の訪問者が押しかけてきていた。
茶髪に片肌脱ぎの着物を纏い、右肩には身長よりも長い大斧を担いでいる。顔立ちは整ってこそいるが、表情はややだらしない。
「信州・松本平からやって来た穂高正文ってんだ。突然で悪いが、俺っちをあんたらの家臣に加えてくれ!」
穂高正文。この軽佻浮薄な浪人がまさか能登の激動の中心で勇躍することになるとは、この時は誰もが予想し得なかった。
読んで下さりありがとうございました。
次回から作者によるシリアス展開への抵抗が始まります。
……といってもある程度は真面目に書かなきゃいけないので、塩梅が難しいところですね。
誤字、感想、意見などあれば、よろしくお願いします。