オリ大名をブッこんでみた。   作:tacck

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第二部のスタートです。


第二部
第四十九話 指導者への問い


 

 熊野雷源死す。

 新年を迎えて早々の凶報は、すぐさま諸国に広がった。

 

「あのおっさんでも死ぬことがあるのね……。この世って本当に不可思議ね」

 

 未だ雪が溶けきらぬ濃尾平野を眺めながら、信奈は呟いた。

 山本勘助、直江大和に斎藤道三。そして、熊野雷源。

 四者とも先月の戦乱を激しく駆け回り、逝った。

 それは、さながら激流のようで抗うことは許されない。だが、それにしてはあまりに性急過ぎて、まるで時が無理やり未来に向かおうとしたかのようだった。

 

「師走、ね。本当にみんな足早に去っていった。もっと一緒にいてくれてもよかったのに」

 

 だが、時代の潮流に反して人の心はそんなに転変するものではなく、織田信奈でさえもいくらか寂寥の念を禁じ得なかった。

 

 ********************

 

 重い足を無理やり引きずりながら、熊野軍は飛騨に帰着した。

 もう冠たる熊野雷源がいないというのに、撤退する軍は統率が取れていた。

 飛騨に帰った昭武が初めにしたことは平湯村に雷源の遺骸を葬ることだった。

 峻険な飛騨山脈を背後に望むこの丘はかつて昭武が雷源と優花と狩に赴いた地であった。

 

「親父、オレはもう鹿を一射で射止めることができるぞ……」

 

 されど、もうそれを褒めてもらいたい相手はいない。

 そのことが昭武の心に寒風を吹かせるのだ。

 

 

 雷源の葬儀を終わらせたのち、昭武は政務に勤しむようになる。

 日がな一日、執務室に篭もり桜夜や三奉行から報告や書状を受け取っては確認し、新たに作らせた印判を押す。

 昭武は頭が痛い気分だった。

 此度の北陸大戦は未曾有の大戦であった。

 能登の奥深くまで侵攻したのちに反転して越軍を相手にした防衛戦、そして憎しみに捕らわれた殲滅戦。

 無論、金や兵糧、兵の被害も尋常なものではない。

 それらの戦いの全てが収められたのが上がってくる書状であり、自らの夢の対価を容赦無く突きつけてくる。

 

「一月分の税収と貯蓄の半分、さらに常備兵の二割……。これからしばらくは軍を動かすのは控えざるを得ないな…」

 

 昭武は頭を抱えた。そして、父や皆が自分のためにどれだけの苦労を負ってくれたのかを知る。

 

(渡光教もこのような感じだったのか。こうまでされてしまえば、どんな手段を使っても守りたいと思えるはずだ)

 

 一人得心して、昭武は呟く。

 

「今までは常在戦場って感じだったが、久々にこの目で見たくなったな。オレが守らなくてはいけない人々を、支えてくれる人々を」

 

 思いついた昭武の行動は早かった。

 目の前の書状の山を三倍の早さで片付け、執務室を出て『今日はもう働かない』と書かれた紙を執務室の入り口に貼り付ける。

 

「護衛は通りすがった奴を使えばいいか」

 

 このような雑な流れですれ違った井ノ口を捕まえて、昭武は巡察を開始する。

 手始めは居城である桜洞城の城下町、次に北上して飛騨の商都・松倉。その後は東進して平湯村。平湯村から北西に進み、神岡の鉱山と高原諏訪城下を回った。

 

「やはり、雷源様がいなくなったことは大きいようです。民の間にも動揺が広がっております」

 

 高原諏訪城~帰雲城間の山道で井ノ口が言う。

 今まで会った人々はいずれも先行きに不安を感じていた。

 

「親父は紛れもなく北陸の勇将だった。みんな、オレと同じように「あの人さえいれば、なんだって大丈夫だ」って信じていたんだよ。……だから、いなくなってしまえばとても恐ろしく感じる」

 

「確かに雷源様にはそう思わせるだけの力がありました。雄大にして豪壮。さりとて颯爽さをも持ち合わせている。こうまで英雄性を持ち合わせている以上、縋りたくなるのは栓無きこと。それがしもああなりたいと憧れておりました。過去の形でしか語れぬことが残念です」

 

 井ノ口は若い将の中ではとりわけ雷源に目を掛けられていた武将だった。登用したのは昭武だが、下で働いた期間は雷源の方が長い。

 雷源は井ノ口の中に武官としての類い稀な資質を見抜いていたのだろう。そのため、長近から離して側に置き自らの持ついろはを叩き込んだ。

 

「常々雷源様は申しておりました。種子島が来た以上、時代は変わったと。効率的に人を殺せるために野戦の時間は短くなり、山城は単なる的になった。これからの時代は国力を一挙に叩きつけて行うものになると」

 

「なるほどな……」

 

 昭武が顎に手を添え、思案する。

 織田信奈の戦いも井ノ口の騎馬鉄砲隊もお金はだいぶかかっている。だが、それが長期戦に及んだことは一度としてない。

 決戦火力としての火器の使用。これが新しい時代の潮流となりつつあるのは事実だった。

 

(飛騨と越中西部の山間には、硝石を作る村々があったな。そこも視察するか。新川郡の立山近辺まで行けば、硫黄も採れるが、新川郡は越中の東端。越軍を越中から出せない以上、火薬の自家補給は夢のまた夢か)

 

「金環党は今でこそ種子島の専権部隊みたいになっているが、それだけでは不足か……。他の隊にも波及させようか」

 

「そうなると、相当金を使うことになりますね」

 

「ああ。そのためにも金山と硝石村がある次の巡察先の旧内ヶ島領はしっかりと見ておかないとな」

 

 その後も談笑しながら、昭武と井ノ口は帰雲城への峠道を進んでいく。

 話題は両者ともに興味がある武芸や軍事ばかりではあるが、時折、次のような話もする。

 

「そういえば、井ノ口。おまえはなんかないのか?……女絡みの話だとか。おまえは相良に言わせればワイルド風な美形らしい。ワイルドってのはいまいちわからんが野趣じみたかっこよさということだろう」

 

「いや、あまりそういった話はございませんな。それがし、女子の香より硝煙の方が好みでして……」

 

「おいおい井ノ口。それは困る。なんだかんだでおまえはもう我が家の重鎮なんだ。下手な武家よりも格は上。むざむざ家を絶やせる立場ではないぞ」

 

「とは言っても、常に硝煙に塗れたそれがしのような男に嫁が来てくれるとは思えませぬ」

 

「長近は?」

 

「殿、あの方はそれがしの旧主ですよ? 確かに硝煙などを気にするような方ではありませぬが、それがしとなど世間体がよろしくない」

 

「まあ、おまえならそう言うと思っていたがな……はあ」

 

 恐縮する井ノ口を見て昭武は溜息を吐く。

 

(相良の言う鈍感系主人公というやつかな。ちと長近が不憫に思えてくる)

 

 昭武は桜夜を経由してだが、長近が井ノ口に好意を抱いていることを知っている。なんでも金環党を築いてすぐの頃からだとか。幼馴染であると同時に相棒で美形。

 よくよく考えれば、恋心を抱かない方がおかしい関係性である。

 

(恋心、か……。いまいちオレにはわからないんだよな……)

 

 とはいえ、星崎昭武にはいまいち金森長近の心情がわからなかった。辞書的な意味での恋心は知っているが、それで知ってると言えるわけがない。

 

(桜夜や左近に色気を感じることはあるが、それはただの情欲だしな……。景虎と出会った時はただただ哀しみしか感じられなかった。……ああ、でも)

 

 何かに思い至りつつある昭武。

 されど、その行為は井ノ口の言に遮られた。

 

「殿、敵襲にございます」

 

 坂下から上がってくるのは、粗末な武装をした農民たち。数はだいたい三十人ほどか。

 

「反乱か……。あいにくそれを起こされるような悪政は敷いていないつもりなんだがな」

 

「ここは、それがしが防ぎます。殿はどうかお逃げを!」

 

「いや、一息に気絶させて逃げた方がいいな。一人あたり十五人、オレたちなら無力化できないことはないだろう?」

 

「承知しました。それでは迎え撃つとしましょう」

 

 昭武と井ノ口は共に得物を構え、駆け下る。

 峰で一閃すれば二人がもんどりを打ち、石突で突けば三人がふっとぶ。装備に比例してか異様に弱かった。

 

「呆れるほど弱いな。だが……」

 

 そう易々と気絶することなく、動きを鈍らせながらも昭武たちを襲ってくる。武器として使っている鍬や鋤が切り飛ばされてもだ。

 ここまでくれば、昭武には反乱者がどのような者たちか分かってきた。

 

「井ノ口、こいつらはにゃんこう宗の門徒だ! おそらくオレたちでは無力化し切れない! 逃げるぞ!」

 

「御意!」

 

 ついに、昭武と井ノ口は逃走を図ることを決断する。

 どうにか、馬を停めた地点まで抜けると門徒は追いかけるのを諦めた。

 

「にゃんこう宗か……。玄仁が絡んでいるのか? どうにもキナ臭いことになってきたな……」

 

 

 ********************

 

 桜洞城に帰った昭武はすぐに左近を呼び出して、先日のことを伝えた。

 

「殿に襲いかかるにゃんこう宗の門徒ね……。決してあり得ないことではないな」

 

「やはり、玄仁の謀略か?」

 

 昭武が尋ねるも左近は首を振る。

 

「玄仁はおそらく関わってないわ。これはわざわざ関わらずとも起きたであろう出来事だもの」

 

「全然わからん。どういうことだ?」

 

 左近は当然のように語るが、昭武は分からず首を傾げる。その様を見て左近は呆れて溜息をついた。

 

「はぁ……、あんたほんっとにこういったことに弱いわね……。いいこと?これは飛騨熊野家がもともと抱えている宿痾よ。『武家主導の神権政治』これが、熊野家の本質よ。本人は違うと言うだろうけど、雷源様が「北陸無双という英雄性を持った宗教者」だったから武家だろうと飛騨のにゃんこう門徒は崇拝し、押し上げた。けれど、それはあんたたちには適応されない。なぜだと思う?」

 

「オレと優花が二人ともにゃんこう宗に帰依していないからか?」

 

「ご明察よ。結局のところ飛騨は桜洞城の戦い以降は血筋よりも宗教性が指導者に求められているわ。あんたたちを襲ったのも指導者はそうであるべきと言う強硬派よ。本当に飛騨の主人になるならば、あんたは宗教性を持たなくてはならないの。彼らに言わせれば、にゃんこう宗の見習い尼だった桜夜殿の方が正当な後継者になるわね」

 

 左近の言葉は事実だった。

 実際、元からにゃんこう宗を需要していた旧内ヶ島領では熊野家は大名家というよりは、にゃんこう一揆衆の一派として捉えられることが多い。

 大名家ならば、血筋が一番だ。だが、一揆衆でもあるために他の要素が強く介在する。

 

「あり得ないとは思うが、下手をしたらオレと桜夜の間で御家騒動が起こるということか」

 

「ええ、桜夜殿が乗り気ではなくとも向こうが桜夜殿を祀り上げてしまえばそれでもう」

 

 不愉快な想像をしてしまい、昭武の表情が悪くなる。そうなれば内政が回らなくなって飛騨は自壊する。それだけは避けねばならなかった。

 

「なぁ、左近。方法はないのか?」

 

「あんたが尻垂坂で暴れなきゃ弾圧することもできたわ。正直家中の引き締めとしてはちょうど良かった。けれど、今やるのは悪手ね。あまりにもあんたの残虐性が一人歩きしてしまいそうだし」

 

「ああ、くそ。無理なのか……」

 

「話は最後まで聞きなさい。というかさっき言ったじゃない。あんたは宗教性を得る必要性があるって」

 

「いや、だからといってにゃんこう宗に帰依するのはな……」

 

 支持を得るために特定の宗教に帰依するのは、人心掌握では常套手段である。武田信玄は仏教に帰依したし、九州のキリシタン大名は南蛮貿易のために改宗したようなものだ。

 だが、昭武はそういった行為をあまり好まなかった。

 

「国主はそういったことには中立であるべきだ。どちらの意見も平等に聞き、贔屓なく裁く。そうせずには天下泰平などあり得ない」

 

「そう言うと思ったわよ。安心なさい、そんな安直なやり方ではないわ。というか、今それをやるのはあまりにもあからさますぎて、逆に嗤われるわ。ただ、足りないものを持っている人の力を借りるだけよ。……少し耳を貸しなさい」

 

 その後、昭武は思わず絶句した。

 左近に耳打ちされたことは昭武にとってはひどく衝撃的なことだったのだ。

 

「本当ならば今すぐ決断して欲しいけど、今の状況じゃ無理ね……。二週間後までには決めなさい。この二週間こそが星崎家が成立するかどうかの分け目。判断を違えるんじゃないわよ」

 

 言うと左近はすたすたと去ってしまう。

 取り残された昭武は天を仰いだ。

 




読んで下さりありがとうございます。
第二部でついに昭武が国主となりました。が、すぐに問題に足を取られるのは、家臣時代とは変わりません。

さて、ここでお知らせと補足を。
現在ページ再編を行っております。その点でごちゃごちゃしてしまっていることをまずお詫びいたします。
だいたいページ再編に関しては活動報告に書いておりますが、記載漏れがあったのでここに書いておきます。

③ 北陸十年史の飛騨を雷源伝に改名し再編。それと不定期更新化。

個人的にこれを全て書いて雷源さんの掘り下げは完成するのですが、北陸大戦にかまけてしまい、これを書くための感覚を失ったためこのような事態となりました。申し訳ないです。

活動報告を兼ねているためやけに長くなりました。
誤字、感想などあればよろしくお願いいたします。

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