ついに信奈と良晴が出てきます。しかしやはりキャラ崩壊が心配です。
文量が多かったため分けました。
美濃で道三と昭武の濃飛同盟が成立した日の夜。
昭武は宿で東海と飛騨の地図を広げてこれからの熊野家がどう動くかを考えていた。
「とにかく美濃と盟を組むことができたから南は最低限の兵力になるだろうな」
熊野家の所領は姉小路家を滅亡させたとはいえ、本拠地である平湯温泉一帯と桜洞城で飛騨の三分の一に過ぎない。
「まずカタをつけるなら、鍋山か」
鍋山家もまた飛騨では無視できない勢力で、にゃん向一揆の際に討ち漏らした姉小路の兵が逃げ込んだため、名だたる将こそいないがかなりの勢力を持っていた。
「予想できてこのぐらいか。これ以上は親父に聞かなきゃな……」
桜洞城で姉小路家を滅亡させたのは、昭武と優花、琴平姉弟ではあるが、飛騨の統治は雷源が行っている。昭武や桜夜は熊野家においてかなりの権力を与えられているのだが、決定権は雷源にあるのだ。今回道三との交渉にあげた馬鈴薯も濃飛尾三国の協商も今のところ昭武の独断でしかない。
(いくら戦略を考えても、今はまだ実行に移せない。歯がゆい思いだ)
昭武は寝ようとしたが、その時宿の看板娘が昭武の部屋に駆け込んできた。
「昭武様、来客が来ておりまする」
「こんな時間に誰だろうか?ちょっと呼んできてくれるか?」
「来客の数が多いので昭武様が広間にお出になった方がよいかと」
「それならば仕方ないな」
看板娘の促されるままに広間に入ると、彼女の言う通り来客達が待っていた。広間には桜夜もいて来客と楽しげに談笑している。
「おお、来たか昭武殿」
「道三公⁉︎なんでここに!」
昭武は驚いて尻餅をついていた。それもそうだろう。昭武とは身分違いの道三がわざわざ昭武と会うために民が使う宿屋にいたのだから。
「同盟祝いの宴をしようと思ってのう、とりあえず来てみたのじゃ」
道三が酒を注ぐ仕草をしながら笑う。道三の格好が粋な着流し姿だったのでやけに様になっていた。
(確かに同盟祝いというのは間違ってはない…が、何か嫌な予感がする。悪人はまず相手を油断させて、それから謀略を仕掛けると聞くからな)
道三の申し出に昭武は躊躇する。だが道三は「策の心配をしておるのか?流石のワシも同盟を結んですぐの相手を謀殺したりはしないぞい」と言って笑っている。桜夜もまた宴を開く気満々でいた。
そんな周りの空気に逆らえず昭武は、
「……じゃあ、その申し出を受けるか」
と言わざるを得なかった。
米
宴は長良川河畔の料亭で執り行われた。
「此度の同盟の成功を願って、乾杯!」
「「「乾杯!!!」」」
道三が音頭を取り、皆が天高く杯を掲げる。
低い長机の上には美濃の料理と魚の舟盛りが並べられていてとても美味しそうである。
これには昭武もかなわず疑うことをやめてここぞとばかりに料理を食べ、酒を飲んでいた。
「こんなに豪勢な料理は食べたことがないな」
「わたしもですよ。お寺にいた頃は精進料理ばかりでした」
「喜んでくれたかのう?料理はまだたんとあるからもっと食べるとよい」
昭武達同様に道三もまたご機嫌に酒をかっくらっていて、それを小姓の明智十兵衛が「道三様飲み過ぎですぅ」とたしなめる。
道三の重臣である西美濃三人衆、斎藤一族最年少で家中から親しまれている斎藤利治は言うに及ばず、道三と仲違いしている義龍でさえもこの宴を存分に楽しんでいた。
「道三様、呑み勝負でもしませんか?」
「それはよいのう卜全、では十兵衛一献頼むぞい」
「お待ちを親父殿、儂も混じらせていただきたい」
「お、義龍どのもやるのか」
「じゃあオレも飛騨代表ということで」
「構わぬぞい昭武どの。どうせワシが勝つからのう。で利治どのはどうか?」
「僕は酒にさして強くはないので遠慮します」
道三、卜全、義龍、昭武以外にも稲葉一鉄、安藤守就も呑み勝負に加わる。女性陣は加わらず料理を食べていた。
「殿方達とは別にわたしたちはわたしたちで楽しみましょう」
「そうですね桜夜どの」
和気藹々と夜は更けていく。
ーーしかしこの宴が道三と義龍の最後の語らいの場になるとは未だ誰も予想だにしていなかった。
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利治を除いた男たちの呑み勝負はまず義龍が酔い潰れ、次に西美濃三人衆が稲葉、安藤、卜全の順に酔い潰れ、最後に昭武が酔い潰れて道三が勝利した。
「言った通りじゃろうが」
ややふらつきながらも胸をはる道三。
「くっ飛騨一の酒豪(自称)と謳われたオレが破れるだなんて……」
昭武は座布団に顔を半分うずめた格好で突っ伏していた。
「どちらにしても飲みすぎですぅ」
「ちょっと酒臭いですよ」
そんな昭武達に女性陣は苦笑いを浮かべている。
「父上、僕は酔い潰れた兄上と西美濃三人衆を家に帰しておきますね」
「親父殿にはまだ及ばぬか……」
「むむむ……飲み過ぎた……」
「すまない利治どの……」
利治は酔い潰れた義龍達を連れて料亭を辞した。それを道三は見送ると、昭武にある提案をした。
「急に政治の話になってすまぬが昭武殿。明日ワシは尾張のうつけ姫と会見するために正徳寺に向かうことになっておる。昼間お主は確か織田家と通商関係を結びたいと言っておったじゃろう?」
昭武は無言で頷く。
「お主が望めばじゃが、明日の会見にお主らを連れて行ってやってもよいぞ?」
熊野家は織田家とは何の面識もない。いつか通商関係を結ぶつもりなら、早いうちに顔を出しといた方がいい。
道三の提案は昭武にとってはこれ以上にない渡りに船だった。
「では明日オレも正徳寺に行く」
「決まりじゃな」
米
正徳寺。
ここは美濃と尾張の国境にある門前町で、両国の軍隊が立ち入れない非武装中立地帯で、同盟会談にはうってつけの場所だった。
この会談の結果いかんで斎藤道三の娘、帰蝶を織田信奈の義妹に出すことになる。
「さて此度も見極めさせてもらうとするかのう」
道三は今回も昭武達の時のように信奈を見極めるべく正徳寺近辺の民家から信奈の軍勢を遠眼鏡で観察していた。
(な、なんじゃあれは?)
道三は目を疑った。信奈の格好が義父に会うためのものとは思えないからだ。
(茶せん髷に片肌脱ぎ、袴の上には虎の毛皮。まさしくうつけ姫といったところじゃのう。果たしてそんなうつけにワシの同盟の相手が務まるじゃろうか)
だが傍らの星崎昭武は違った感想を抱いた。
(格好はともかくとしてあの長槍と鉄砲の量はすごいな。鉄砲は確かえらく高いものじゃなかったか?)
「うむ、信奈どのも見れたことじゃしワシは正徳寺に戻る。昭武どの達は別の間で待つとよいぞ」
米
「信奈とやら遅いのう」
正徳寺の本堂にて道三は小一時間待ちぼうけを食らっていた。
格好は先程信奈のうつけ姿を見ていたので軽い着流しの服装で、座布団にねっころがり扇子で自らを扇いでいる。
(信奈とやら道三公をここまで待たしてまずいとは思わないのか)
昭武は襖の隙間から、飛騨名物みたらし団子を桜夜と頬張りながら本堂を覗いている。
「昭武殿。団子一本もらいますね」
桜夜が団子に手をつけた、その時だった。
「美濃の蝮!待たせたわね!」
突然、織田信奈が本堂に姿を現した。
「ぶふお‼︎」
道三は、口にしていたお茶を噴いた。
昭武は「ウソだろ」と漏らし、桜夜は団子を取り落とした。
信奈の姿は昭武が見た時とは明らかに違っていたからだ。
つやのある茶色がかった長髪を下ろして最高級の京友禅の着物を着こなしたその姿は、いかにも姫大名といった風情がある。
顔立ちもまた優花や桜夜に肩を並べられるほどに整っていて、何よりその大きな瞳からは彼女達が持ち得ない覇気が宿っている。
(容姿の可憐さはともかくとして大名を志す以上彼女のような覇気が欲しいものだ)
昭武が心中で感想を述べる一方で、
「う……うおおおおおおおっ?な、な、な……なんという……美少女っ⁉︎」
道三は見たまんまのことを思い切り声に出して叫んでいた。
道三が唸っている間に優雅な足取りで本堂の中を進み、道三の正面に腰を下ろした。
「わたしが織田上総介信奈よ。幼名は『吉』だけどあなたに呼ばれたくはないわね。美濃の蝮!」
「う、うむ。ワシが斎藤道三じゃ……」
道三は年甲斐もなく照れてしまい、まともに信奈と目を合わせられない。
(道三公の美少女好きがたたったな……。織田信奈、これをわかってやっていたならば恐ろしいやつだ)
昭武は勝手に思い込んで戦慄する。が、信奈にとってはただ正装に着替えただけであった。
「蝮!今のわたしには、あんたの力が必要なの。わたしに妹をくれるわね?」
「さて、それはどうかのう。織田信奈どの。いや、尾張のうつけ姫。そなたがはたしてワシと同盟を結ぶにふさわしい姫大名かどうか確かめねばな」
その言葉を聞くと同時に道三の表情は真剣なものとなる。とりわけ目力が凄まじい。
その目力には昭武も桜夜も覚えがあった。
「道三殿、わたし達の時もあんな表情でしたね」
「ああ、まさしくへびにらみってやつだ。まぁうつけ姫は意にも介さないだろうがな」
「ふん。何を確かめるというの?」
昭武の言うように信奈は道三に対して逆に睨み返す。
それに対して道三も「ふふ」と笑った。
「そなたの力量、いくつか疑問があるのでな。尾張一国もまとめられぬうつけという評判を聞いておるでのう。……場合によってはこの場でそなたのお命を頂戴するやもしれぬ。くっ、くっ、くっ」
(オレ達の時と比べるとやや厳しめだな…やはり信秀公の娘相手では慎重にならざるを得ないか)
織田信奈の父、織田信秀と斎藤道三の戦いの日々は昭武達もよく知っている。加納口の戦いをはじめとして両者は幾度も鉾を交えていた。
「あんたほどの器なら、わたしの実力のほどは一目見ればわかるはずよ」
「ワシはな、武将を見た目だけでは判断せぬのよ。ワシ自身の下剋上もそうだが、つい先日も見た目だけでは測りきれぬやつと顔を合わせたからのう」
「へぇ、あんたにそこまで言わせるとはなかなかのやつね」
「うむ、やつはいかにも粗忽な田舎者と思いきや山の中にいながらにして海の向こうをも戦略の一部分に組み込んでおった。ーーはたしてそなたは、かの者に比肩するほどの実力を有しているのかのう?」
道三が昭武達が留まっている部屋をちらと見る。その表情は少し柔らかい。
(つーか粗忽な田舎者ってひどくね)
あくまで覗いているという体なので昭武は口にはださなかった。
「さてと、うつけ姫にいくつか尋ねてもよいかのう?」
「いいけど、何かしら?」
真剣な眼差しの信奈と道三が至近距離から激しく睨み合う。
今にもお互いの喉元を食い破ろうと激突しかねない、そんな迫力だった。
(うつけ姫と道三公の一対一の戦。どうなるか目をはなせないな)
昭武達が見守るなかいよいよ二人の舌戦が始まった。
それから会談は信奈と道三が問答をする形式で進んで行き、その結果なぜだか抜き差しならない展開へと進んでいった。
「ふ、ふ、ふ。老いたとはいえど、ワシは蝮と呼ばれた男。それはできぬ相談よ」
「でしょうね。そう言うと思っていたわ。わたしもタダでくれとは言わないわ」
(どうしてこうなった)
「昭武殿、頭を抱えたくなるのもわかりますが、まずは二人を止めましょう」
昭武が頭を抱えて、桜夜が二人を止めようと襖に手をかける。しかし襖が開かれることはなかった。
「思い出したぜ!こら、爺さん!そこの斎藤道三!お前が今何を考えているか、俺にはわかる!どうせ美濃の将来が見えているくせに、頑固爺みたいにひねくれてるんじゃねえ!」
良晴がひとり声を張り上げたからだった。
「道三、お前はこの後、家臣にこう言うんだ!「ワシの子供達は、尾張の大うつけの門前に馬をつなぐことになる」ってな!」
あんまりにも失礼な言葉である。
昭武も桜夜も(この足軽は道三に斬られるだろう)と思った。
しかし……。
「なんと?」
道三は驚いてしまい、足軽を斬れるような状態ではなかったのだ。
良晴は続ける。
「爺さん、あんたは自分の息子たちが信奈の器量に及ばないことに気づいているんだ。だから美濃に帰ったらひそひそと信奈に美濃譲り状をしたためるつもりになっている。違うか?」
「しかし、美濃の蝮として、信奈どのと潔く一戦交えたいと願うのも我が本心」
道三はそう言うが、昭武はそれが決して道三の本心ではないことがわかっていた。
(何が我が本心だ道三公。あんたもうさっきみたいな毒蛇のかおをしてねえじゃねえか)
良晴はさらに続ける。
「いやっ!本当は信奈と戦をしたくねえんだ!あんたの夢「天下統一」を継いでくれるのは信奈だけだからな!それができなけりゃあんたの人生は無駄になる!とはいえ自分は美濃の蝮、そんなお人好しなんてしたくてもできねえ!どうだ!」
道三はずっと刀の柄に手をかけていたが、その手をようやく放し、苦笑した。
「当たりじゃ小僧。もはや隠しだてはできぬな…」
そして信奈の方を向いて言った。
「信奈どの、この場で譲り状をしたためよう。そしてワシは隠居するわい」
「ま、蝮⁉︎」
信奈があまりの展開に驚く一方、昭武は小さな声で呟いていた。
「あの道三公相手によくもまあ舌が回る。相良良晴といったか。その名きちんと覚えておこうか」
この時、初めて昭武は相良良晴という男を知った。
読んで下さりありがとうございました。
ちと今回は規約違反になりそうで怖いです。
誤字、感想、意見などがあればよろしくお願いします。