ようやく信奈達が出てきますが、やはりキャラがうまくつかめてなさそうで怖いです。
正徳寺の会見の第一幕は濃尾同盟成立と織田信奈の美濃継承という結果に終わった。
(これで濃尾、濃飛はつながった。あとはオレらと信奈公を結びつけるのみ)
今のところ、昭武と桜夜が立てた計画は順調にいっている。この尾張、美濃、飛騨の三国同盟(位置的には合縦同盟と言うべきか)は熊野家の雄飛または飛騨の統一の前提となる極めて重要な政策なのだ。
しかし計画が軌道に乗りかけた段階になって桜夜はこの計画のその先に不安を覚えていた。
(確かにこの計画をもってすれば、飛騨の統一及び平穏はなるでしょう。しかし代わりに昭武やわたしたちをさらなる戦乱の渦に招く、その端緒となってしまうかもしれません)
「昭武殿。やはり織田と盟を組むのはやめませんか?海を求めるならば、伊勢志摩の諸勢力と組めば十分です」
「なんでそんなことを言うんだ。オレらが話し合って計画したことだろう?」
「確かにそうですが、盟を組むにしては信奈様はかなり危険な相手だと思います」
「……それは否定できないな」
今回の会見の裏の成果は織田信奈がただのうつけではないことを示したことだ。
尾張の財力を利用しての鉄砲の大量購入。
海外を見据えられる戦略眼。
極めて合理的な思考。
まとめるとこの三つになる。
昭武は会見中この三つの要素からして織田信奈は熊野家の最高の同盟相手と考えていた。だが桜夜はこれらを違う視点から考えていた。
「わたしたちが考えている同盟案は確かに飛騨に大きく利するものではあります。しかしそれは織田家も同じことです」
昭武もまたバカではない。桜夜がそこまで言ったところで桜夜が言わんとすることがわかった。
「つまりオレらに旨味があるが、それ以上に織田家が強くなりすぎてしまうということか」
「そういうことです」
桜夜は首肯し、続ける。
「信奈様は天下統一を掲げています。天下統一は全てを力で従わせる、いわば覇道です。彼女と手を組んだ以上その戦いにわたしたちが巻き込まれるのは自明の理です。それでは飛騨はまた彼女によって荒れるでしょう」
桜夜はそこで一旦切って、昭武を見つめる。その瞳は少し潤んでいた。
「私事ですがわたしは必要以上に昭武殿や優花殿を戦乱に巻き込みたくはないんです。……今ならばまだ引き返せます。昭武殿、もう一度よく考えて決断を下してください」
桜夜の真剣な眼差しに昭武はたじろぐ。しかしそれは一瞬のことで、逆に桜夜の目を見据えて、優しく語りかける。
「桜夜がオレ達のことを思って言ってくれてるのはわかる。
かくいうオレとて今は親父の養子になってはいるが、元は戦災孤児だった。もし戦乱の渦中に身を置くことになれば、そういったことが再び起こり得るかもしれない。
オレはとにかくこの乱世が嫌いだ。人が人を殺し、村を焼き、オレのような戦災孤児を生み出し続けるこの時代を。
だがな、だがな、桜夜。だからこそオレはあえて戦乱の渦中に飛び込もうと思う。なぜならばオレはこう信じているからだ。
ーー時代を動かすのはいつだってその時代を嫌い抜いた人である、ってな。
オレは泰平の世を迎えるために戦う。乱を鎮めるために乱を広げるだなんて、矛盾しているかもしれないが、その覚悟はとうにできている」
「そうですか。ならばもう止めはしません」
そう言うものの、桜夜は不安げな表情で昭武を見ていた。
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正徳寺の会見、第二幕は第一幕と同じく本堂で行われていた。
「飛騨熊野家嫡男、星崎昭武だ」
「飛騨熊野家宰相の琴平桜夜と申します」
「わたしが織田上総介信奈よ。まさかこんなにすぐに飛騨の獅子に会えるなんてね」
「飛騨の獅子?そりゃ誰のことだ?」
「あんたのことよ。あんたは知らないようだけど、飛騨最大の勢力を一揆で潰したあんたの名はいまや東海中に知られているわよ」
「まさかオレの名がすでにここまで売れていたとはな……」
信奈は言うが昭武には自分がどれだけのことをやったのかという自覚はない。ただ桜夜に言われた通りに奇襲して敵総大将を討ち取ったという認識があるだけである。
「それはそうと信奈殿、先ほどの会見をオレたちもまた拝見していたが、あの足軽は一体何なんだ?」
昭武は道三を論破せしめた足軽、相良良晴のことを気にかけていた。なぜだかわからないが、何か違和感を感じていた。
「あー、サルのこと?あんたもなかなか酔狂ね」
「ああ、あいつはなんか足軽と言っても見ているものが他のやつとは違う気がするんだ」
「確かにサルは他の足軽とは違うわ。槍をめったやたらに振り回して数人を倒したたりもしてるわ。ちょっと怪しいけどそれなりの力はあるようだし……」
顎に手をやって考え込む信奈。
「それにしても未来から来たというのは本当なんだろうか?」
「それについても一切わからないわ。けどさっきの蝮との会見の時、いかにも蝮のことを知ってるように話していたから、完全な否定はできないわね」
(どうやら信奈公もまだはっきりとはわかっていないようだな)
「未来、か」
(もし相良良晴が本当に未来から来たというのならば、やつに一度問いたい。百年後は果たして泰平なのだろうか。あるいは戦乱止まず、未だに殺しあっているのだろうか)
「……信奈様、そろそろ本題に入りませんか」
このままではしばらく相良良晴の話が終わらないと見て桜夜は仕切り直した。
「そうね、あのエロジジイに散々詰め寄られて疲れているから助かるわ」
道三は実は美濃譲り宣言の後からは信奈に「おっぱいもませてくれんかのう?」「おっぱいがダメならお尻で」といった具合で、信奈は暴力で道三をねじ伏せて防いでいたのだった。
「……それはお気の毒に」
正直優花や桜夜がそんな目にあわなくて良かったと安堵する昭武だった。
「では信奈様。私達は今のところ信奈様と同盟を組もうと考えております。いわば飛尾同盟でしょうか」
「飛尾同盟ね……あまり旨味があるとは思えないわ」
同盟を提示された信奈の様子は好感触とはいえなかった。
(信奈公の言うことはもっともだ。信奈公が道三から美濃を譲られると言っても飛騨は尾張にとっては遠くの国でしかなく、同盟を組んだとしても派兵に手間取ってしまう)
「まぁ援兵には期待できないだろうな」
「それに飛騨は国力自体が貧弱じゃない」
信奈も道三と同じように断じた。
「痛いところを突いてくるな。……だが貧弱と断ずるのは早計だ」
「どういうことよ?」
信奈が身を乗り出す。(上々の反応だ)と昭武はほくそ笑んだ。
「飛騨は確かに国力は貧弱だ。とりわけ人が他国に比べてかなり少ない」
飛騨は甲斐や美作と同じく内陸の山地に位置し面積的にも小さく、さらに海がない立地としては最悪の場所ではある。
「だからまず、オレは住まわせるとまではいかなくても飛騨を訪れる人々を増やしたいと考えている」
「結局、何が言いたいわけ?」
やけに焦らす昭武に信奈はいらだちを隠せない。
「まぁ最後まで聞け、オレは飛騨を訪れる人を増やすために中継貿易を始めたいんだよ。飛騨は国力は貧弱と言っても北の越中、南の美濃とある程度大きな街道がある。その街道をうまく使えば山海の産物が流れていき人の往来が盛んになる。あと道三公にも話したことだが、馬鈴薯を栽培させるつもりでもある」
「なるほど……悪くはないわね。飛尾同盟を組めば尾張もその流れに混じることができるのかしら?」
信奈が尋ねると昭武はいたずらがばれた子供のように笑った。
「ああそうとも。この飛尾同盟、いや濃飛尾三国同盟は厳密には同盟というより、むしろ三国が一緒に商売をするというのに近いだろうな」
「わたし達は今、関所の削減と関銭の値下げを進めています。物と人がよく流れるようにするためです。もし、信奈様が同盟を組んでくださるなら尾張の商人に関銭を課さないようにします」
「もっともこの同盟案は今のところはオレの独断でしかない。が、桜夜と頑張って親父と交渉するつもりだ。この場で答えてくれなくてもいい、熊野家の連中はこう考えているとだけ覚えて帰ってくれればそれで十分だ」
(正直この三国同盟で利するのは会見前に桜夜が言ったとおり織田家だ。斎藤家もそうだが、義龍の代になれば、政策を往時のものに戻すだろう。この盟は関銭を取らないことを前提にして組まれているからそうしてしまったら意味がなくなる。
織田家が領する尾張はもともとが東海道と伊勢路、美濃の東山道につながる街道が交わる追分で人口も多く、産業も発達している。それに対して飛騨は街道があるだけで産業はまだない。だからどうしても濃尾の方が利を得てしまう。だが、ここまで譲歩しなければ国力の差で聞き流されるだろう。
熊野家の為に考えた計画を実行するために必要なことであるが、個人の感情としては少しクるものがある。悔しいが、これはネギを背負っている鴨の居場所をおしえたようなもんだ)
昭武は密かに歯噛みする。
だが信奈は昭武の提案に飛びつかなかった。
「星崎昭武、あんたの案はかなりわたし好みだわ。けど飛騨熊野家はまだ飛騨の一部の小大名に過ぎない。……だから同盟の締結はもう少しあんたたちが勢力を拡大するまでは見送ることにするわ」
信奈はまだ熊野家の力を信用してはいなかったのだ。
「そうか。頑張らないとな……」
やや苦笑いする昭武。やはりうつけ姫を相手にするのは骨が折れると心中で毒づいた。
******************
「サル、あなたは星崎昭武をどう見る?」
正徳寺からの帰路。信奈は召抱えたばかりの足軽、自称未来人の相良良晴に問うていた。
「すまん信奈、俺の未来知識には星崎昭武はいないんだ…。俺の知識では飛騨は姉小路頼綱が天下人勢力の侵攻までは支配していたはずなんだ。飛騨で一向一揆があったことは知っていた、けど守護代を倒せるレベルではなかったはずなんだ……!」
「なら熊野雷源や瀬田優花、琴平桜夜はどうなのよ?」
「その三人も知らない。熊野家の家臣団の中で俺がわかるのは星崎昭武の副官、金森長近だけだ。といっても名前だけで、他は俺の知識とは違うみたいだ」
相良良晴は戦国時代に来てからでも指折りの恐怖を感じていた。
(織田家臣のみんなから聞いたところによると熊野家のメンバーは皆、相当強いみたいだ。略歴を少し聞いたけど、正直信じられないものばかりだった。未来知識が通じない強敵だなんて絶対に敵に回したくない)
「ちっ、使えないわね……」
そんな良晴を尻目に信奈は吐き棄てる。
「濃飛尾三国同盟ね……。流石のわたしもこれは思いつかないわ。隣にいた琴平桜夜、彼女も侮れない。戦はそうでもないけど彼女が宰相になってからは松倉の町や桜洞城下が飛躍的に発展したそうだし組むには悪くないわ。楽市楽座を取り入れたのもなかなかね。おそらく内政の面ではわたしと考えを共有できる、けれど力を持たれると厄介ね……」
熊野家と同じく織田家も同盟には難儀していた。
(星崎昭武が容易ならざる人物であることはわかった。しかし昭武の提案は互いに利益が出過ぎている。とりわけ尾張にね。あまりにもわたしが欲さんとしているところを理解し過ぎている。普通、あんなに他国を利する同盟案は提示してこない。何か企んでいるのかしら?)
「とにかく、星崎昭武には注意しておくべきね」
この時、信奈の頭脳に星崎昭武という名が深く刻まれることとなる。
正徳寺の会見の第一幕は濃尾同盟の締結と織田信奈の美濃継承。第二幕は熊野家と織田家の修好という結果をもたらした。
この会見は後に濃飛尾三国に良くも悪くも大きな影響を及ぼすことになる。
読んで下さりありがとうございました。
次回からは舞台は飛騨に戻ります。
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