インフィニット・ストラトス~The Lost Rabbit~ 作:ヌオー来訪者
「テロか……」
男子としては平均より少し長めの紫掛かった黒髪の少年は夕飯のうどんを啜りながら自宅のテレビのニュースを見て顔を顰めた。
東京都八王子市に
簡単に纏めてしまうとそんな内容のニュースだった。
日本はかつては比較的テロの少ない国らしかったが、今となっては過去のものと化しており、テロも他人事では無くなっていた。
今回のは直接的な被害を被った死亡者はゼロかつ怪我人も軽傷ばかりだったらしいが、停電が発生したらしく結構な人数が迷惑しているという。それが些か近い県だったので思わず寒気が奔った。
犯人の主張は今の風潮に対する不満が爆発したもの。
気持ちは分からんでもないが巻き込まれる側は堪った物じゃない。
少年は――
そろそろ高校への受験日も近い。うどんを食ったら後もう少し勉強しよう。そう思い立った矢先、卓袱台に置いたスマートフォンの着信音が鳴った。電話だ。
「はいはい……今から出ます出ますー」
テレビの音量をリモコンでミュートにしてからスマートフォンを手に取り画面を確認すると、発信元が画面に表示されていた。
【篠ノ之箒】
――珍しい事もあるもんだねぇ
必要な事以外では連絡を寄越さないと玲次の脳内では有名な名前だった。苗字から察せられる通り身内の人間であり、玲次にとっては姉にあたる。なお、双子のくせに大して似て居ないとしょっちゅう周囲から言われている。
双子が似て居なくて何が悪いんだ、何が。
「おれです」
電話に出ると久々に聴く声が返って来た。
『玲次か? 近い県でテロがあったらしいが無事か? 巻き込まれては居ないか?』
少し焦ったような声。巻き込まれていないか心配でもしていたのだろうか。
そんな姉に少し苦笑いしつつ玲次は呑気に返事をする。
「あー、大丈夫大丈夫。発生時は自宅でゲームやってたし」
『そうか……って何試験が近いのにのうのうとゲームをやっているんだ貴様は!?』
事件発生当時の状況を聞くや否や箒の声色が変わった。明らかに怒っているのは電話越しでも分かり、玲次の背筋が反射的にピンと伸びた。
『高校受験だって馬鹿に出来ないのだぞ、全く……大学受験程でないにしろ将来に関わる事だというのに』
「いやいや、ちゃんと勉強している上で休憩にゲームやってんだから別に良いじゃん?」
言い訳気味に反駁する玲次。それに箒は更に気炎を上げた。
『その気の緩みが命取りなんだ!』
「弦は張り過ぎるとプッツン行くんだから少しぐらい緩める時間あっても良くね!? 寧ろ箒が真面目すぎんだっての! つか厳し過ぎじゃね!?」
『全くお前は……』
とても呆れかえったような言葉と共に溜息が聴こえて来る。流石にここまで言われると罪悪感が湧いてくる。
もうそんなに当日まで日がある訳じゃないから少しぐらいはゲームは止めておこう、そう思った。流石にまた説教されると敵わないし、気を緩めた結果下手なミスして落ちるなんて笑えない話だし家族に迷惑が掛るのだ。
箒の言う事もまた一利ある。
箒は真面目の度が過ぎているフシがあるのだが。
『何もともあれ無事ならそれで良い。お前は軽薄かつ、危なっかしいからな』
「ひ、ひっでぇ……そこまで言う?」
玲次は軽く不貞腐れていると何故か箒の忍び笑いが聴こえて来た。それで益々玲次は不貞腐れる。さっさと話題を変えてやる、と思いもしたが箒の方が先に言葉を発した。
ちくしょう。
『自律兵器のテロも最近増えてきているからな。アレはタチの悪い兵器だ』
実際問題箒の言う通り先ほどニュースで取り上げられた自律兵器と呼ばれるソレはタチの悪いモノだった。先を越されてもっと不貞腐れていた玲次も神妙な顔になる。他人事では無いのだこの事は。いつどこで自律兵器を用いたテロが起こるのか。それは分からないのだから。
そんな時代なのだ、今は。
戦争の様相は16年前に開発された手を汚さずに敵対対象を鎮圧する事の出来る無人の兵器によって変わろうとしていた。
形状は多種多様で四足歩行型やタンク型、はたまた戦闘機型と多種多様。しかも安価で量産できる上に組み立ても容易く遠隔操作で任務を遂行する事が出来る。
安価かつ人的消耗も無いが為に、あっと言う間にゲリラやテロリストの主力となってしまった。それもたった数年で。不自然な程の速さだと軍事に明るくない人間でも思ってしまう程だったが、その裏を知る者は恐らくは居ない。
安価かつ物量押しが出来る上に、無人故に搭乗者の負荷も度外視出来る為、通常兵器を上回るレーザーや機銃などと言った豊富な火力も持っていて、人員の消耗も減らせるのだからテロリストにはうってつけの戦力だ。テロリストたちが飛びつかないほうがおかしい。
そしてそれが日本で猛威を振るう事も時間の問題だった。なんせ量産が容易いのだから。
現状、国際条約では使用が規制されているがゲリラやテロリストがそれを聞く訳が無いし、広まったものをそう簡単に無くす事など出来る訳が無かった。故にテロリストたちの主力として運用されていた。で、現に先程ニュースになっているような事件が日本でも度々起こっていると言う有様だ。
「それはそうと、IS学園に入るって母さんから聞いたけど大丈夫?」
『逸らしたな貴様。まぁいい。なに、別に大した事は無い、お前が気にする事じゃない』
――そんな筈は無いでしょーに……
何の事も無げに否定する箒の言葉に玲次は心の中で返した。IS学園とは何処にでもあるような、ただの高等学校ではない。兵器を取り扱う、特殊な高等学校だ。それは自律兵器に対する有効手段である
そんな学校に箒は入学するのだ。日本の各地でテロが増えたのはIS学園が原因とも巷では言われている。
故に危険は常に付きまとう。
しかも取り扱う兵器であるISは現行の兵器の中では間違いなく『最強』だった。
ISは一時期猛威を振るっていた自律兵器をそこらへんの石ころの如く蹴散らしてしまう程の性能を持っていた。実際テレビのニュースで報じていた通り鎮圧もあっと言う間にこなしてしまう。
自律兵器にも強力な個体もあるらしいが、どっちにしろISの力ならばそれを打ち倒す事は出来る。それでいて従来の戦車や歩兵などを用いた戦術より圧倒的に軽微な損害で済む。
それだけの力をISは――人よりちょっと大きいだけのパワードスーツは持っていた。
IS、正式名称インフィニット・ストラトス。それは低コスト高火力である自律兵器の天下を塗りつぶすかのように現れた救世主と大袈裟に評された兵器。
それを作り出したのは――篠ノ之束。
玲次と箒にとっての姉。
束はとても変わった人物だった。
……と言うのは興味あるものにはとことん興味を示すものの、興味の無いものにはとことん淡白な、そんな人物。
これだけならまだ、変人。とカテゴリに入るだけで終わる。それに天才、と言うとんでもない要素が付与されるのが篠ノ之束と言う女だ。
彼女は約10年前の渋谷で発生した自律兵器によって発生した大規模テロからISを以て人々を救いその名を世界中に馳せた天才技術者
これだけならば家族として最高に鼻が高い話で終わる。その一方少し厄介な事情を篠ノ之家もそして世界も抱えていた。
「でもさ……」
『それ以上言うな。怒るぞ』
いやさっきぷんすか怒ってたよね、とは言ってはいけない。
箒はISに対して忌み嫌っている節がある。束の作ったISを。
嫌いな物を専門に取り扱う学校に入学させられたらそれはもう気分の悪くなる事間違いナシだ。
なおこれは箒の意志による入学ではなく政府の手による強制入学だ。
理由としては天才である束の妹だからというそんな余りにも理不尽な理由。きっと彼らは期待しているに違いない。
『人の事より自分の事に集中しろ。余計な事に首突っ込むのはお前の悪い癖だ』
「余計とは何だよ……わーったよ。自分の事に集中する。でも愚痴くらいは誰かに吐いときなよ。気負いすぎてぶっ潰れそうだし、親父も母さんも居ないしさ」
篠ノ之家の家庭環境はかなり歪だ。玲次も箒も一人暮らしであり、親と言える人間は遠い場所に居る。
ISが世に出た事に伴って数年前から重要人物保護プログラムなる日本政府主導の恐らくテロ対策であろうもののお陰で、篠ノ之家は一家離散に近い状態で日本各地を転々とさせられていた。
箒も玲次も、地理的に離れてしまっている為お互い両親ともマトモに顔を合せていないし、たまにメッセージ用のアプリや電話で連絡する程度なので顔は見ていない。
箒とこうして連絡するのも稀だ。そして箒自身の生真面目過ぎる性格もあって心配以外何でも無かったし、重要人物保護プログラムに一番堪えていたのは箒なのだから。
そんな玲次の心配を箒は一笑した。
『そう簡単には潰れんよ。私を甘く見るな。では、切るぞ』
語調は少し穏やかなもので、もう怒っている様子はもう無かった。
「それじゃ。箒もテロは気ィ付けなよ」
『分かっているさ。でだ……高校受験落ちたら承知しないぞ』
「あ、はい」
が、最後のドスの効いた一言で円満な空気が台無しとなり玲次は改めて決意した。
――ゲーム機は暫く封印だ……
電話が切れたので玲次はちょっと苦笑いしながらうどんを一気に啜ってから。すぐさま試験勉強を再開した。
ここまで言われたら受からなければならないのだから。
落ちたら何を言われるか分かったものじゃない。
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電車から降りた瞬間、玲次は肌を刺すような冷たい風に晒された。
「さっむ……」
思わず声が出る。手袋もしておけば良かったと思ってもあとの祭りで、手と手を擦りながら改札口に向かった。行先は受験先の高校だ。
別に今日が試験日とか言う訳では無く、試験当日に迷わないようにするための下見と言う奴だ。
夏とか言うエアコンor扇風機必須な季節も嫌いだが、冬とか言う手に力が入らない季節も大嫌いだった。玲次が通っている中学校の玲次の在籍していたクラスの教室には残念な事にエアコンは置いていなかったので、地獄以外何でも無かった。
更に追い打ちを掛けるように男子クラスと女子クラスに分けられた挙句、女子クラスの教室にはエアコンが設置されているとか言う中々ふざけた学校だった。
まあ元々あの学校にはエアコン自体なかったのだが女子生徒の要望で女子クラスの教室のみエアコンを設置された経緯があるという中々酷い話で、一方で自分たちの教室にエアコンが置かれなかった男子生徒の要望は一蹴されてしまっている。
男は頑丈なだけが取り柄なのだから耐えて当然、らしい。比較的気温の低い地方だったので本当にふざけた話だ。
……これも実はISが間接的に絡んでいる事だったりする。ISの存在は社会の構造すらも変えてしまった。故にその存在を快く思わない者も居る。ISの存在は、
何故ならばISは女性にしか動かせないという欠陥があるからだ。原因は分からない。だがそれを問う事はもう出来ないし、女性にしか動かせない原因であるとされるISを作る上で欠かせない『ISコア』と呼ばれるコアユニットは、ブラックボックス化されており束にしか作れない状態だった。
そしてその肝心の束は
今の社会はISを使わざるを得ない。喩え、生みの親を喪ったとしても。
自律兵器は強力で歩兵や戦車など通常兵装で立ち向かえば必ず被害がでてしまうが、ISならば少人数で一方的に撃破も出来る。
ISは陸上、海上、水中、宇宙空間と場所を択ばない高い汎用性、ミサイルを追い越すほどの機動性を持ち、パワードスーツで有る為に操作からの動作へのタイムラグが殆ど発生しない。更に生身の人間が使えば脱臼か骨折確実な武器の反動をモデルガンレベルにまで軽減できるので、携行装備の火力も尋常では無いし、防御力も言わずもがなだ。高所から墜落しようが操縦者にはちょっとの衝撃しか届かない。
まるでこれまでの兵器を嘲笑うかのような性能があるのに自律兵器を倒すのに活かさない筈がない。
ISが最強の兵器であり、女性にしか扱えない。その上、増加しつつあるISでなければ対応が難しい自律兵器によるテロに対応するべく、そして他国家への抑止力を確立させる一環として国家群は女性への優遇制度を制定。
それがエスカレートしていった結果――女尊男卑の風潮が出来上がってしまった。
この世界を守っているのは女なのだから女が偉くて何が悪い、そんな主張をするタイプの人間も出てきてしまい、自律兵器を使用したテロを起こしているのが全部男性の嫉妬によるものなどと言う根も葉もない風評も相まって益々男性への風当たりが強くなる訳だ。
きっとISが現れなければこうもならなかったのだろう。けれども10年前に渋谷を、東京を救ったのもまたISのお陰な訳で。ISの存在を恨めないし、手放しで賞賛も出来ないのが玲次の心境だった。
そんなISの存在で歪んでしまった中学校に通う日々も近いうちに終わる。
玲次が通っていた中学は上層部の意向もあって女尊男卑化が進んでいたが、受験先の高校はそういった極端な優遇は無いらしい上にエアコンも付いているとか。ついでに学費も比較的安いので一石二鳥だ。
気を取り直して玲次は受験先になる高校に向けてスマートフォンの地図と周囲の景色を交互に見比べながら街中をただひたすらと歩き続けた。
駅前にある少し寂れた商店街を通り抜けると、受験先であろう高校のグラウンドらしき高いフェンスが少し見えて来る。他のビルなどで色々隠れているが、街中に高いフェンスがあるような場所など数が限られている。あそこが受験先に違いない。
軽く確認してからさっさと帰って勉強しよう。そう思って交差点を渡り、駆け足になったその時だった――
――轟音、銃声。そして、誰かの悲鳴。
背後からした尋常では無い轟音が玲次の耳朶を打った。咄嗟に振り返ると少し離れた交差点の中心で砂煙が立ち込め、信号機が折れて中途半端な曲がり方をしている。先ほど渡った場所とはかけ離れた光景に戸惑い思考が止まり、足も止まった。
「
誰かの叫びにより漸くショートした頭が動き、状況を察した。気付けば悲鳴と怒号、クラクションや車と車が衝突する音がまじりあった不愉快な音がこの澤木と言う街に木霊していた。
きらりと煙の中から一つの赤く丸い光が煙の中で鋭く輝き玲次の瞳に映る。
「邪魔よ退きなさい!」
踵を返してさっさとこの場から逃げようと思い立ったその時だった。逃げ惑っていた女性に突き飛ばされた。玲次の身体が軽く浮いて、アスファルトに投げ出される。そして、地に身体が接触しようとしたその時だった――
一筋の真紅の閃光が玲次を突き飛ばしたスーツを着た女性の身体を貫き縦に真っ二つに斬り裂いた。
「なっ――」
絶句せざるを得なかった。真っ二つにされた女の身体の傷口は閃光に焼かれて血飛沫が飛び散る事無く切断され、切り離された左右の身体がごろごろとアスファルトを転がった。焼き切られた衣服の一部がひらひらと宙を舞う。
突き飛ばされた瞬間、あの女に軽く苛立ちを覚えた事も同時に何処かへと吹き飛んでしまった。
そのためレーザーに斬り裂かれてざまぁみろとまでは思えなかった。
レーザーで煙を斬り裂き、現れた一般男性の身長の二倍程大きな灰色の機械は4本の脚に付いたホイールで無機質な駆動音を鳴らしながらこちらに向かって行く。きっと――殺す為だけに。
駆動音はまさに死神の足音だった。追いつかれたら確実に殺される。
自律兵器自体、使用が国際条約で規制されているが、安価かつ人的損失の無さも相まってテロリストが手軽に手に入れる事が出来るという事態となっている。ワイドショーのコメンテーター曰く、何者かが裏で提供しているのではないかと推測していたが、きっとその通りだ。
何とか痛みを堪えながら、起き上がって逃走を再開する。
当然それを自律兵器が見逃す訳がなかった。ふと彼我の距離を確認しようと後ろの自律兵器群を見ようと後ろを向くと――
5つの小さな鉄の塊が火を噴いて此方に向かってものすごい勢いで飛んできていた。
それが何なのか気付くのは容易だった。
――マイクロミサイル!?
逃げても無駄だ。直撃せずとも爆風で身体を持って行かれるか壁に叩き付けられるなりして大怪我する事は眼に見えている。普通の人間が走る速度とマイクロミサイルが飛んでくる速度なんて比べる事などおこがましい。当然後者が速いに決まっている。
どう足掻いても怪我は免れない、最悪死も覚悟しなければならない。
その事実に玲次は顔面蒼白となった。
――たった15年しか生きていないのに死ぬのかおれは。
死がここまで現実的になって自分の眼前に迫って来ていたなんて昨日の自分は想像なんてしていなかった。玲次は必死に走った。せめて直撃だけは避けたいと必死に。
そんな思いの前に立ちふさがる現実というものは実に非情で――
「っが!?」
慌てるあまりいつもの走り方を忘れ、普段慣れないフォームで駆けていた足が絡まって派手にこけた。
手に持っていた鞄が緩衝材となってくれていたので怪我こそ防げたが、このマイクロミサイルに追われている状況下では最悪の一言だった。
――駄目だ、逃げられない。
立ち上がろうにも身体に力が入らない。身体が追い付かない。そしてマイクロミサイルは観念して目を閉じた玲次のもとに着弾
する事は無かった。
ふわり、とした感覚を覚えると同時に少し離れた場所で爆音が響いた。そしてひんやりとした金属特有の硬い感触も。
玲次はハッと目を見開く。そこには――黒いロボットが居た。
その黒いロボットに玲次は抱えられていた。自衛隊かIS学園が寄越した代表候補生のISじゃないのかと思いはしたものの、そのロボットから生気が感じられなかった。人が乗っていると素肌が少しは見える筈なのだがソイツからは一切見えない。
……故に異様さを覚える。無人のISなど見た事が無い。聞いた事も無い。
一般的に使われている量産型ISであるラファール・リヴァイヴや打鉄とは形状が異なるし、TV中継で見た事のあるタイプともかけ離れていた。
――こいつは、一体?
ロボットは地上に降り立ち、玲次を降ろす。自律兵器から然して離れていないアスファルトの上で、だ。
せめて離れた場所まで運んでくれと文句の一つも言いたくてロボットを見上げる。ロボットの大きさは2メートル強で些か顔を上げなければならない大きさだった。
恐らくはISだろうが、謎の違和感がひしひしと湧いてくる。ロボットは玲次を見下ろす。流石に自分の身長の1.5倍程の大きさのものに睨まれれば流石に怯むというものだ、思わず数歩後ずさった。もしかしたらあのごつい腕でいきなり殴って来るんじゃないかとすら思ってしまい、冬なのに嫌な汗が止め処なく流れる。
そんな怯んだ玲次に構う事無く無機質な音声を何処かについたスピーカーから放たれた。
【認証完了、正規操縦者篠ノ之玲次と確認】
割とクリアな音だったので、綺麗に聴こえた。
――何故、俺の名前を知ってるんだ。ロボットの友人は居ないんですけど。と言うか正規操縦者とは何だ。
疑問符を浮かべつつ、益々得体の知れなさが強まって身構える。
まさか殺し屋じゃないだろうな。と根拠のない推測もしてみるがこんな一介の天才でも無い冴えない男を殺しても何の得も無い。
次の瞬間、ロボットの装甲が白い光に包まれて――弾けた。
そして無数の光の粒となって玲次の身体に纏わりつく。
「え? あ、ちょっ!?」
光の粒を振り払おうとするも全く効果は無く
身体中に硬質な金属が鎧のように形成されては装着されて行く。そして脳に機体状況、エネルギー残量、OSなどが容赦なく流れ込んでくる。正直言って頭が狂いそうだった。流れ込む膨大な、それも意味の分からない情報まで入って来る。気持ち悪い事この上ない。
が、気付けば気持ち悪さは直ぐになくなった。
自分の頭の高さに違和感を覚えて下を見ると地面がいつもより遠く見える。例えるならば竹馬をしている時に下を向いたときのような。
そして下を見ている内に体に違和感を覚えて自分の手を見る。機械造りの装甲に覆われた大きな手、足、脳内に流れ込む視えていない筈の背後や上空の情報。
この異常な違和感に苛まれている内に、自律兵器がすぐ近くまで迫り、赤く丸いランプのような部位がきらりと光った瞬間、玲次は察した。あの女を真っ二つにしたレーザーが放たれようとしている事に。
「あぶなっ――」
右に避けようと意識するが、身体が追い付く訳が無い。あの自分を突き飛ばした女性と同じように身体が真っ二つにされると覚悟したその時身体が、動いた。スライドするかのように。
紙一重で躱され、玲次というターゲットを見失った閃光は真っ直ぐと虚空を切ってから減衰し、髪の毛よりも細くなって消え去っていく。一方で回避した玲次の身体は勢い余ってビルの壁にぶつかった。
右半身の出っ張った装甲が壁に突き刺さり、体に軽い衝撃が襲う――はずだったが、不思議と痛みがなかったし勢いの割には覚悟していたような衝撃はほとんど来なかった。
――あぁ、そう言う事か。
パニックになっていた頭が、レーザーを躱してビルの壁に勢い余って突っ込んだ事で落ち着きを取り戻し、頭の中に直接流れ込む機体の情報から自分の置かれている状況を何となく理解した。
【シールドエネルギー残量:98% 装甲の破損:無し】
自分が――男なのにISを纏っているという事を。