インフィニット・ストラトス~The Lost Rabbit~ 作:ヌオー来訪者
「本日から本格的な実戦訓練を開始する。訓練ではあるがISを使用しての授業になるので各人、気を引き締めるように。万が一事故が起こった場合命の危険もあるのは既に承知の上だろうが、念の為に言って置く。遊び半分での搭乗は決して許さん、いいな? ISスーツを忘れるなよ。忘れた場合学校指定の水着なりで代用して貰う」
いつもより5分速いHR開始。
千冬の表情は常に仏頂面なのだが、今日は通常の三割増しで仏頂面だ。
授業中に死人が出られればシャレにならないので真面目にも仏頂面にもなるのは当然だった。着席した生徒たちの表情もいつになく真面目な顔をしているように見える。
「では、山田先生HRを」
「は、はい」
連絡事項を伝え終えた所で千冬は山田先生に後を託して教壇を降りる。間が悪く山田先生は眼鏡に付いた埃を眼鏡拭きで払っていたのでわたわたしながら眼鏡を掛け直して教壇に立った。
お陰で眼鏡が若干ズレていた。
「えーっと、ですね。今日はなんと転校生を紹介します。……しかも2名!」
いきなりの転校生の存在に周囲が一気にざわついた。
そんな情報は聞いていない、と嘆く生徒の姿もちらほらと見られる。三度の飯より
だからこそ、あのISの学園襲撃が非常に解せない。
それにしても何故このクラスに転校生2名も集中させるのだろうかと、玲次は疑問に思った。
今更だが、兄弟姉妹が同じクラスであるという事自体が基本的におかしい。普通の学校なら別のクラスに分散させる。1組が厄介者の押し付け先として扱われていると考えてしまうのは玲次が捻くれているが故か。
「では、二人とも入って来てください!」
山田先生に呼ばれて、教室の外で待っていたらしい転校生2名が入って来る。
その時、再び教室中がざわつき始めた。何せ片方が――
この世に2人分しか無い筈のIS学園男子用制服を身に纏っていたのだから。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事が多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」
教壇上に立ち、男子の制服を纏う転校生は山田先生に促されて自己紹介をする。それに合わせて山田先生が黒板に『シャルル・デュノア』とチョークで書いて行く――途中、シャルルと書き終えた所で力を入れすぎたか、チョークが圧し折れ、力の行先を失った腕が空を切りバタン! と音を立てて派手に倒れた。
ここでも炸裂する山田先生のあがり症に、初めて見るシャルルは倒れた山田先生に慌てて駆け寄って「大丈夫ですか?」と訊きつつ手を差し伸べる。ふらりと身を起こした山田先生は戸惑い、赤面しつつ差し出されたその手を取った。
……山田先生が赤面する程の美形だった。
丁寧で流れるような――所謂エレガントな立ち居振る舞いに、女性と見紛うような整った端正な顔立ち。長く濃い金色の髪を首の後ろで束ねている。金色のソレは教室内の光を浴びてきらきらと輝いているように見えた。体つきも華奢でかつ無駄のないスマートさを持っており、頭からつま先までスタイリッシュかつエレガントな『貴公子』を絵に描いたような外見だった。
シャルルに引っ張られ立ち上がった山田先生は服に付いた汚れを払いながら力が入り過ぎて跳ねる所がおかしくなった最後の『ル』を書き直して、ファミリーネームの『デュノア』を書き足した。
「男?」
と、クラスの誰かが声を上げる。
「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国より転入させていただきました」
柔和な笑みを浮かべながらシャルルは誰かの声に答えていく。物言いも厭味が全くないので女子たちの好感度がみるみるうちに上がって行く。多分玲次や一夏の比では無い事は確かである。
暫くの静寂から我に返った女子たちの誰かが歓喜の悲鳴を上げた。HR開始時の真面目な空気は何処に行ったのやら、それが他の女子から女子へと伝播し波のように教壇へと押し寄せた。
「三人目! まさかの三人目!」
「硬派、軟派、貴公子系! 見事にキャラが被ってない!」
「何型!? A型だよね!?」
――デュノア、フランス……デュノア社……アルベール・デュノア社長の親族?
歓声の中、玲次は脳内に詰め込まれたキーワードで脳内検索をかけていく。デュノアと言えば、あの2世代型ISの傑作機の一つラファール・リヴァイヴを生んだフランスの大企業デュノア社だ。社長の親族だろうか。
一夏と玲次は束と縁のある人間という共通項があったので、男であるのに拘わらずISに適合した理由に何かしら関係があるのではないかという仮説を玲次も研究施設の芝崎たちや千冬も立てていたのだが、このままでは崩れて何もかもが振り出しになる可能性がこれで出来てしまった。
無論、自分たちのあずかり知らぬところで束がシャルルという人間と知り合っている場合ならその限りでは無い。まずは訊いてみなければ分からないし、落胆するにはまだ早い。
それに何も悪い事ばかりではなく、男子が増えた事で多少学園からの待遇も良くなる筈だ。精神的な居心地も同性が増えたことで格段にマシにもなるはずだ……多分、恐らく、きっと。
玲次の関心は三人目の男子、シャルルだけではない。もう一人も気にかかっていた。
こちらは普通の女子……とはやや言い難かった。一応女子ではあるのだが記憶に新しい顔見知りだった。なにせあの識別コードがドイツ軍のシュヴァルツェア・レーゲンを駆り、吸血鬼を撃退その後自分たちに因縁を付けて来た銀髪ロングの少女だったのだ。
ISに乗っていないと尚の事背が低く見える。やはり左目に付けられた眼帯が異彩を放っていた。医療用のそれではない黒眼帯だ。きっとその瞳はもう瞳として機能していないのだろうと玲次は推測した。
一方で生きている右目には紅く。しかしその色に反して冷たく、無機質的だった。
どうでも良さそうにシャルルに対して歓声を上げる生徒たちを一瞥した後、目を閉じ無言を通していた。
これをどうしたものかとおろおろする山田先生。確かに今の彼女に話しかけるのは中々骨が要りそうだ。近寄りがたい雰囲気というか鋭利な刃物のような冷たさを遠くの席からでもひしひしと感じる。触れたら怪我をしてしまいそうだ。
「……挨拶しろ、ボーデヴィッヒ」
「ハッ、教官」
痺れを切らした千冬が命令すると、ボーデヴィッヒと呼ばれた少女は佇まいを正して以外にも素直に返した。教官呼びの堅苦しさから軍人感が強まる。
――あぁ、本物だ。
玲次が感心している一方で、教官と呼ばれた千冬は呆れたような顔をしてから、口を開いた。
「ここでは教官と呼ぶな。もう昔の事だ。今はこの学園の教師で、お前も生徒だ。以後、織斑先生と呼ぶように」
「了解しました」
返って来るのは無機質的な返事。
玲次が入学前にイメージしたIS学園生徒のイメージそのものがそこにあった。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
名前を言うだけ言って再び沈黙に入った。これ以上話す事は無いとの意思表示か、口は堅く結ばれている。
「あ、あの……以上、ですか?」
流石にこの空気に耐えられなくなったのか山田先生が出来る限りの笑顔で訊いてくる。しかも目をよく見ると半泣き状態だ。男である玲次ですらラウラという人物が少し怖く思えたのだ。近くに居た山田先生はこの比ではないだろう。メンタル面で打たれ弱そうな事も相まって効果は抜群だ。
「以上だ」
即答。痛いほどの沈黙が再びこの教室を襲った。
コメントのしようがない。茶化しようもない。黙して転校生2名が割り当てられた席に座って行くのを見届けるしか出来ず、ラウラは一夏のすぐ横にまで通り――
ギロリ、と。冷たいという印象のあった真紅の瞳が嘘のように凄まじいまでの怒り、それとも憎悪のような昏い熱を帯びて、一夏を捉えた。
「――ッ!!」
「認めるものか。貴様があの人の弟である事など、認めるものか」
それは、明確な殺意だった。一夏は返す言葉が出てこずに絶句し、手元を見ると微かに振るえていた。
一夏の本能が生命の危険を叫んでいた。殺気を向けられている訳でも無い玲次にも、箒にも、セシリアにもその殺気に背筋が凍るような感覚を覚えていた。
次にその殺気は玲次にも向く。
玲次は飽くまで平静を装い、「こないだはどうも」と恐怖を悟られないように会釈する。するとラウラはそれを鼻で嗤った。
――今おれを嗤ったかい!?
侮蔑。人間らしい感情はちゃんと持ち合わせているらしいという安堵と同時に、鼻で嗤われた怒りが湧いて来た。この売られた喧嘩は如何にして買ってやろうかとすら思えて来る。……直ぐに本物の軍人相手に物理的喧嘩で勝てるのかと言われたら無理な気がして頭に登った血がサッと引いたが。
それでもいつかその鼻を明かしたい気持ちはあるのでこの怒りは大事に取っておく。
「シュヴァルツェア・アイゼン……」
ラウラが席につき、冷静になった所で先週の事件でラウラが言っていた言葉を思い出し、噛み締めるように呟く。あの時僅かに感じていた既視感をふと思い出した。
……IS学園襲撃事件で一瞬見えた銀色の長い髪。
――まさか
その時には既にシャルル・デュノアへの関心よりラウラ・ボーデヴィッヒという少女に対する危機感が大半を占めていた。シュヴァルツェア・アイゼン……和訳すると、黒い鉄……黒鉄。そしてあの事件に一瞬見えた銀色の髪。
単にドイツが468機目のISを欲しがっているが為の言いがかりや、いちゃもんの可能性も否定できないが、同時にそうではない可能性もあった。
……どちらにせよ、もう既に自分は後へと引けない場所まで来てしまったのだという実感を改めてせずには居られなかった。ドイツに目を付けられているのは最早明白だろう。
賽はもう、投げられていた。
◆◆◆
ISがこの世に生まれ落ちてから約10年。性能面での恐竜的進化を遂げつつ、現行の第三世代ISの製造に向けて各企業による競合が行われていた。
目指すは一騎当千のマシン。
何故一騎当千のマシンに拘ったのか。……それはラファールや打鉄のような安定性を重視したものは、ISコアとは相性の悪い組み合わせであり、限界があったのだ。
極端なワンオフ機だらけでは兵器としての信頼性に欠ける。及び整備性の問題についても叫ばれているが、もとよりIS自体が数が少なすぎる。総数500機未満、その上量産が実質不可能、コアそのものに武器の好き嫌いがあるという兵器としての是非が問われかねない……見も蓋も無い事を言ってしまえば欠陥品も良い所なものだった。
しかし、それを覆すだけの圧倒的なものをISというものは持っている。
のであれば――割り切って、量産性や汎用性を度外視し、コアの好き嫌いに従ってコアそれぞれが持つ得意分野を極限にまで伸ばしてしまおうというのが第三世代IS主流のコンセプトだった。
BT兵器及び光学兵器の制御に長けたイギリス製のブルー・ティアーズ。
空間を圧縮しそれを見えない弾丸へと変える中国製の甲龍。
などなど。
純粋なバランスの取れた兵器としての成長を主とした二世代ではフランスのデュノア社が一つの到達点を極めてしまったというのもあって、第三世代は非常に個性的な能力や武装を持った面々ばかりが増えて行った。
そんな中、ドイツも他国からやや遅れを取りながらも第三世代型の開発に着手していた。後にシュヴァルツェアシリーズと呼ばれるマシンたちである。技術者たちの思考錯誤の結果、シュヴァルツェア・レーゲン、シュヴァルツェア・ツヴァイクの名をもらい受け、ドイツ製の第三世代ISが2機この世に生まれ落ちる事になる。
勿論、その計画の過程で没、つまり破棄されたプランもある。その内の一つがシュヴァルツェア・アイゼンと呼ばれるものだ。主にレーゲンとの競合が行われていた機体だ。
レーゲンはパワーを、アイゼンはスピードを重点に置いたものだ。選ばれたのは――レーゲンだった。
何故ならば採用された機体に積むハズのAICとの相性の問題や、アイゼンが搭載していた兵装があまりにも毒にも薬にもならなかった――つまるところ二世代型ISに毛が生えた程度のものであった。
兵器としては確かにアイゼンが優秀だし、量産向きではあった。しかし、特殊性を重視した第三世代のコンセプトにそぐわないのに加え、量産機のノウハウ面ではデュノア社には勝ち目が無い。ラファールの外装は多くのコアに適合するという強みがあるのに対し、アイゼンの外装はコアを選んでしまう。ラファールの外装と同じコアを選びにくい性質を持たせるには、ドイツは如何せん量産機の製造技術を持ち合わせていなかった。
よって無慈悲にも日の目を見る事なく破棄された。
ここまでなら、よくあるペーパープランで終わった悲しい兵器の末路で終わるだろう。
しかし、それが今他国で使用されていたとしたら話は別になる。
今、黒鉄と名を変えて稼働している。細部は設計図と異なるが大まかな点同じだ。
確かめなければならない。何故そこに本来存在するはずの無いものが存在するのかを。それが――ラウラ・ボーデヴィッヒに課せられた任務だった。
同時にラウラ自身にとって忌むべき男、織斑一夏と顔を合わせる事になるのは避けられぬ事であった……