インフィニット・ストラトス~The Lost Rabbit~   作:ヌオー来訪者

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05 決闘へのカウントダウン、開始

 

「……であるからして、ISの基本的な運用は条約で使用が禁止されている自律兵器の対処以外の軍事的運用は現時点では国家の認証が必要であり、枠内を逸脱したISの運用は、刑法により罰せられる可能性が―――」

 

 山田先生はすらすらと教科書を読み上げ乍ら、黒板に要点を記していく。

 一夏は先ほどのHR等で精神を摩耗した所為で授業を聞く気が湧かず、ぼんやりと山田先生の記す黒板を見ていた。

 

 

 他の生徒たちは黙々と教科書と黒板を見ながら板書をしている。そんな中一夏は必死に教科書を捲りながら一つ一つの用語を調べているが、そうしている内にどんどん授業から置いて行かれて行く。

 一夏のISに関する知識はゼロに等しいものだった。

 

 ふと玲次の席を見ると、玲次は他の生徒たちと同じように黙々と板書している。仲間を探すのは愚策か。軽く落胆しつつ、また調べ直す事に専念する。

 だが、どれも長々と書かれており中学校時代の教科書とは比較にならない程の密度だった。

 

――なんかの魔導書かよ……

 

 読むと何か呪文でも唱えられそうなくらいの意味不明の単語で並べられた文章は一夏の頭を益々混乱させる。

 他の生徒たちは予備知識は既に頭の中に叩き込んでいるようで、行き詰っている様子は無い。箒も少し遅れ気味ながらも喰らい付いているし、玲次も調子は箒とほぼ同じだ。

 

 IS学園の在校生は高い倍率の中で選び出されたエリートの中のエリート。一夏と玲次、そして箒は例外としてその中で甘い判定によって入学したに過ぎない。

 

 焦りを覚える。

 このままじゃ拙い。IS学園を侮っていた。

 

 歯噛みしながら急いで用語の一つ一つを確認していく中、焦った一夏に気付いたらしい教壇の山田先生が声を掛けて来た。

 

「織斑君、分からない所がありましたか?」

 

 心配げに問うてくる山田先生は中々有り難かったのだが、それと同時に自分が情けなくなった。

 

「……分かりません」

 

 ボソリと呟いたが、山田先生の耳にはちゃんと届いたらしく「何処がですか?」とにこやかに訊いてくる。流石教師だ。「どんと来い」と言わんばかりに謎ファイティングポーズすら取っている。

 そして一つ間を置いてから――

 

「全部分かりません」

 

 ここは正直に言った方が良かった気がした。

 嘘を言って分からない事を隠してしまえば、雪だるま式に積もって行くと中学時代の先生は良く言ったものだ。

 

「えっ……全部、ですか?」

 

 山田先生の可愛らしい顔が大きく引き攣る。先ほどの頼れる雰囲気は何処行った。

 だが、素直に言ってしまえば気持ち良いものだ。恥とか、余計なプライドが吹っ飛んでいくような開放感を感じる。あぁ『スカッと爽やか』とはこういう事か。

 まぁ、そんなアホな爽快感に酔いしれて良い訳が無いので、直ぐに我に返ったが。

 

 玲次は困り切った表情をし、箒は軽く頭を抱える。そして別の生徒たちは顔を引き攣らせたり、ごにょごにょとひそひそ話をしていた。そんな空気に負けじと山田先生は口を開く。

 

「え、えっと……今の段階で分からない人はどれくらい居ますか?」

 

 シン……と教室は静まり返る。そんな中玲次は手を上げた。

 

「この第四行の基準について少し不可解な点がありまして。お聞きしても宜しいでしょうか」

 

「あっはい」

 

 山田先生は気を取り直して教えに掛る。ある程度の説明が終わった所で――

 

「分かりましたか?」

 

 確認が入る。それに玲次は頷いた。

 

「はい」

 

「そうですか。良かったぁ……」

 

 山田先生がホッと胸をなでおろす。

 その間に一夏は必死に教科書を読み漁る。一秒でも多くの単語を頭に突っ込まなければ死ぬ気がしたのだ。

 

「織斑、入学前の参考書をちゃんと眼を通したか?」

 

 教室の片隅で控えていた千冬が見かねて割って入り一夏のもとまで歩み寄る。一夏を鋭い視線で睨んで来るので正に蛇に睨まれた蛙のような心境で、嘘は吐けず大人しく首を横に振った。

 

「済みません、読んでません。ラーメン溢して駄目にしました」

 

「必読! とデカデカと書いていた筈だぞ馬鹿者……と言うかラーメン溢すな」

 

 千冬は盛大に溜息を吐いてから、一夏の頭を出席簿で軽く叩いた。与えられた参考書は電話帳レベルに分厚く、一夏をげんなりとさせていた。因みにその参考書はラーメンを溢して駄目にしてしまったので参考書は既にこの世には無い。南無……

 

「実技試験云々でバーンアウト症候群にでもなったとか言い訳は聞かんぞ。ったく……織斑、お前は後であの参考書を再発行してやるから一週間以内で可能な限り覚えろ。後で試験をする」

 

「……はい」

 

 千冬にそう通告された一夏は項垂れ、一部から忍び笑いが聴こえて来た。聴いていて腹が立つものだったが、怒る権利は今の一夏には無い。

 

「ISは機動性、火力、制圧力は既存の兵器を大きく凌ぐ。そう言った兵器を知識抜きで扱えば事故は必ず起こる。それを防ぐための基礎知識だ。理解出来ずとも覚えろ。これは規則だ。……IS学園に行こうが行かなかろうがどのみち人は望まずとも集団の中で生きなくてはならない。それすらを放棄するなら人間を辞める事だな」

 

 その辛辣なひと言に一部生徒のひそひそ話が加速していく。

 

「所詮男ってその程度よ」とか、「千冬様も不出来な弟が居て本当に気の毒よねぇ」とか。目立った嫌がらせは無くてもこういったものは無くしようがないのだ。

 

――分かっている、だからお前らに必ず追いついてみせる、必ず。ISが乗れるという前提は同じなんだから追いつけない事は無いハズだ

 

 一夏だって黙ってやられてやる程大人しい人間では無い。

 そんな中ひそひそ話をする生徒に千冬が軽くギロリと睨みつけた。

 

「私語をするなら出て行って貰おうか」

 

 その一言で喋っていた生徒は一瞬にして黙らされた。千冬に逆らえる程、度胸は無かったらしい。

 千冬が生徒を黙らせてから直ぐに教室の片隅に戻って行くと山田先生が一夏のもとに駆け寄った。

 

「えっ、えっと……織斑君と、それと篠ノ之君も。二人とも授業が終わってから放課後分からない所をちゃんと教えてあげますから、頑張って、ね、ね?」

 

 少し恐る恐る二人の顔色を窺うように、心配そうに言った。挙動不審だが心配してくれている山田先生の厚意を無下にするほど一夏も畜生では無かった。

 

 

「はい、放課後、よろしくお願いします」

 

 一夏が頭を下げ、玲次も頭を下げる。だが、山田先生は微動だにせずフリーズしていた。そしてぼそぼそと何やら呟き始めた。

 

「放課後……男子生徒と女教師……あっ、だ、駄目ですよ織斑君、篠ノ之君! ……先生強引にされるのは弱いんですから……それに男の人とは初めてで……しかも二人一気に……やんっ」

 

 何を想像しているのやら、顔を真っ赤にして滅茶苦茶な事を呟いていた。

 この教師、男子生徒に免疫が無いらしい。どうやってそれで教師になれたのか。ここは塾とか予備校じゃないので研修とか色々必要な筈だ。

 

――謎だ……

 

 因みに後々知った事だが、山田先生もIS学園出身で、優秀な成績を修めており、IS学園の教師になるには特殊な教員免許が必要なのでその免許を取得する為に独自の国家試験を受けるので免許も結構特殊な経緯で修得しているとか。だから彼女の性格もあって男子生徒に対する耐性が碌に無いらしい……

 

 一夏も玲次もイレギュラーだ。基本的にIS学園の生徒は女子しかいないので致し方ないと言えば致し方ない。でもこの男子に対する耐性の無さは本当に大丈夫なのか。

 

「で、でも織斑先生の弟さんとそのお友達なら」

 

「あー、こほん! 山田先生、授業の続きを」

 

「えっ、あ、は、はい!」

 

 千冬の少し大げさな咳払いでトリップ状態だった山田先生は我に返り、少し慌てた様子でいそいそと教壇に向かう。そして教壇に躓いて――ずっこけた。

 

「うぅ、いたたたた……」

 

 この先生大丈夫だろうか。

 そんな不安が玲次と一夏に限らずこの教室の生徒たちの脳裏を右往左往していた……

 

 

 

 授業、終了。

 一夏は力なく項垂れ、先ほどの騒動もあって精神的に摩耗し切っていた。

 

「悪い、後で教えてくれないか……そろそろヤバい」

 

 教えを請う一夏の姿は相当後が無いように見えた。まぁ、あんな忍び笑いと陰口を叩かれては平常心ではいられないだろうけれども。

 

「まさか参考書をラーメン溢して駄目にするとは吃驚だよ。おれでもちゃんと眼は通したよ。まぁ理解できているかって訊かれたらアレだけどさ……」

 

「あんな電話帳、皆そんなに読んでいないものかと――正直侮っていた」

 

 一夏はさらにぐったりとする。

 一方で玲次は無表情でさっさと必要な教材と不必要な教材を入れ替えていく。一夏にはそんな玲次の冷静さが羨ましいと思っていたが、当の玲次はそこまで冷静では無かったりする。

 

 

「この一時間見てきましたが随分と情けない……」

 

 失望と呆れの混じった少女の声。

 溜息交じりのその声に一夏は顔を上げ、玲次もその声の主の方へと向く。その声の主が誰なのか、玲次は知っていた。

 セシリア・オルコットだ。

 その端正な顔つきだが何か嫌悪感を感じずにはいられないのは見下しているからだろう、と玲次は分析する。

 

「ISに関する無知、そしてその情けなさ……それでよくIS学園に入る事が出来ましたわね」

 

「……突然なんだ」

 

 一夏はズバズバ言われて顔を引き攣らせた。無知で情けないのは自覚している。だから一々言われるまでも無い。

 

「まぁ、なんですのその気の抜けた炭酸のようなお返事は! そんなダメダメな男性の貴方達にこのわたくしが構ってあげているだけでも充分有り難いと思うべきだと言うのに!」

 

「え、あ、いや……どちら様?」

 

 突然自分を知っている事前提で話されても困るばかりだ。一夏は心底困り切った顔で問うとセシリアは驚愕し切っていた。

 

「ご存じない!? このイギリスの代表候補生であるセシリア・オルコットを? 日本でもテレビが一家に一台普及していますわよね?」

 

 彼女が先ほど言ったように代表候補生であり、将来を期待されたエリート中のエリートだ。そもそも代表候補生と言うのは其々の国家から公式に学費諸々のお金を出して貰って、IS操縦者の候補生として入学したエリート中のエリートだ。

 代表候補生は特別に専用にチューンされたIS……所謂専用機を与えられ、自律兵器の排除の協力を義務付けられる。

 

 倍率は勿論IS学園の一般生徒よりずっと高いし、国防力と政治に影響し、テロリストから市民を守ると云う点では非常に優れた存在であるのには間違いない。テレビでも彼女の名前は時々出てきており、確かマスコミが亡くした両親の仇の為にイギリスが誇る代表候補生になろうとしたとか色々美談として持ち上げていたな、と玲次は思い出す。

 

「あぁ、名前なら聞いた事があるような、ないような」

 

 一夏はテレビなど滅多に点けないし自分の事で手一杯だったので、セシリア個人の事を調べたり知る猶予など無かったし興味も無かった。

 

「所で、代表候補生ってなんだ? 名前は聞いた事は何となくあるけれど」

 

 で、隙を生じぬ二段構えで一夏はボケをかまし、外野からずっこける音がした。セシリアも驚きのあまり顔を盛大に引き攣らせていた。そんな中玲次はポーカーフェイスを演じながら答える。

 

「んー、名前の通り。国代表の凄いIS装者。テロリストが操る自立兵器から、スペシャルな機体を以て人を守ってる」

 

「そりゃすげぇな」

 

 気の抜けた会話の野郎二人とセシリアとで温度差が際立っていた。苛立ちのあまりセシリアの額に青筋が浮かぶ。

 

「貴方たちは一体何のためにIS学園に入ったのですかっ。大体ISの事についてまるで無知だと言うのによく入学できましたわね? 男性であるからと世界最強の弟という理由だけで入学したのではないでしょうね?」

 

 否定は出来ない。玲次も一夏も黙りこくってなにも言い返せなかった。玲次と一夏が男でなければ、この学校に居られる事がおかしいというものだ。

 

「ふん、まぁでも、わたくしは優秀ですから貴方のようなお馬鹿さんでも優しくしてあげない事もありませんわよ」

 

 その偉そうな物言いに玲次の表情は少し曇った。 

 と言うか……その上から目線な優しさは一部の趣味の人限定じゃないだろうか。

 だが生憎ながら一夏も玲次もそういう趣味は持ち合わせてなどいなかった。

 

 そんな温度差に負けずセシリアはマシンガンの如く言葉を紡ぐ。

 

「ISの事で分からないものがあるなら、まぁ泣いて、所謂ドゲザというもので頼まれたら教えてあげなくもございませんわ。なんせわたくし、唯一入試で教官を倒した程の腕前ですから」

 

 そのセシリアの言葉に引っ掛かりを覚えた次の瞬間――

 

「えっ」

 

 と、一夏は声を思わず上げた。疑問符を乗せて。

 

「えっ」

 

 と、セシリアも声を上げる。こちらも疑問符を乗せて。

 

「えっ」

 

 と、玲次も声を上げ(以下略)

 

「……いや、教官なら俺も倒したぞ」

 

「え゛」

 

 一夏の報告にセシリアはまるで信じられない物を見るかのような目で玲次と一夏を交互に見やるが、一夏と玲次はあっけらかんとした表情をしており嘘を言っているようには見えなかったので、セシリアは益々混乱する。

 

「一体どういう事ですか? 教官に勝利した生徒は私ぐらいだと聞きましたが!?」

 

 食い付くように問うセシリアに一夏は恐る恐る返した。

 

「多分、女子だけってオチだったりとかじゃないか……」

 

 一夏の指摘に何かがピシッとひび割れるような音がしたようなしなかったような、玲次はそんな気がした。

 

 

「そ、そこの貴方は」

 

 セシリアは狼狽え乍ら玲次に問い掛ける。玲次は引き攣った笑みで応えた。

 

「勝った。先手の奇襲で一気に畳み掛けた。意表を突かれたのか凄くびっくりしてた」

 

 それを聞いたセシリアは益々顔を引き攣らせた。そして一連の会話を聞いていた周囲のギャラリーたちがざわつく。教師を倒す程の新入生が合計3人も居た事になるのだから驚くというものだ。

 誇るべき点を一瞬で無駄にされた事は、セシリアには我慢ならない事だったらしい。まぁ、それ程誇りにしていたようだ、教官を唯一倒した存在であると言う事に。

 

 恐らく玲次と一夏の入学試験はセシリアたちが受けた公式の入学試験より少し遅れていた為にこのようなセシリアが戸惑う事態になったのだろう。

 随分と滑稽な扱いとなったセシリアだが、セシリア自身にはなんら非は無い。不幸な事故だ、これは。

 

「えーと落ち着けよ、な?」

 

 一夏が何故か慌ててセシリアを宥めるがこれが落ち着いていられるものかと食い下がる。

 玲次がそろそろ仲裁しようとした矢先、休憩時間終了のチャイムが鳴り響いた。

 

「ッ! また来ますわ、逃げない事です、よくって!?」

 

 セシリアはそう言い捨てて早足で自分の席に向かって行く。

 出来たら来ないでください、なんて言いたいのは玲次も一夏も山々だったが、そうは問屋が卸さなかった事をこの後直ぐに思い知らされる事となる……

 

 

 

 2時間目の授業。

 

「さて、授業を始める前に再来週実施するクラス対抗戦に出るクラス代表者を決めないとならない……諸君の殆どは知っているだろうが、クラス代表者とは名前の通りクラスの代表者だ。具体的に何をするのかと言うと、生徒会の開く会議や委員会への出席……要するにクラス長としての役割も果たす。……ただのISを使った競技、模擬戦とは思わん事だ。力と信頼ある者にはそれ相応の権利とそれを振るう責任、背中に受ける期待がある。一度決まると一年間変更が無いのでそのつもりで。これは選挙形式で行う。自薦があるのならば名乗り出ろ」

 

 授業担当は千冬。IS関連の座学が始まったと思いきや、突如としてクラス代表を決めるなどと言う展開になってしまった。まぁ別に自分たちが選ばれる事はあるまい。生徒に一枚紙切れが配られて各々一人の名前を書いて行く。

 玲次と一夏にもそう思っていた時期があった。セシリアが選ばれるに違いないと思っていた。が――

 

 暫くして、投票用に配られた紙切れは回収されて千冬が黒板に『正』形式でカウントして集計を取り始める。織斑、織斑、篠ノ之玲次、オルコット、織斑、篠ノ之玲次……

 圧倒的に玲次と一夏が多かった。

 

「なぁにこれぇ」

 

 玲次は何故か変な発音で本心を呟く。一方で一夏はムンクの叫びのような顔になってしまって言葉すらも出ていなかった。

 結果は玲次と一夏のツートップだった。次点でセシリアと言った具合か。

 

 何故そうなると、二人は慌てるが、周囲から嫌味な視線を、そして戸惑いの視線を感じて大体を玲次は察した。

 

 

 この教室には数種類の人間がいる。

 一つは色眼鏡を使わず安定性を重視した普通の生徒。

 一つはちょっとおふざけで書いてみた結果意外な結果になってしまって「こんな筈じゃなかった」と戸惑いを見せる生徒。

 一つは教官を倒したと言う玲次と一夏の話を聞いて軽く期待した生徒。

 一つは適当に知ってる名前を書いたと言う少数派な生徒。

 最後に……一夏たちを代表にして負かして晒し者にしようと言う悪意持ち。

 

 思い付く限りそんな感じだ。

 玲次は軽い頭痛を覚えていると。ふと箒が怪訝な表情をしているのが見えた。セシリアに視線を移すとセシリアは固めた拳を机の上でぷるぷると震わせて、片目を軽く吊り上げさせていた。

 

 ……大分衝撃を受けているようだ。

 

 これは後で要らぬ恨みを買いそうで怖いなぁ……と思いつつ玲次は成り行きに身を任せた。もしかしたら投票のし直しになるかもしれないという、叶わぬ願いを込めて。

 

「……という結果になったのだが、異論及び自薦があるならば受け付けるぞ」

 

 と、千冬が少し疲れたような声色で言った瞬間、我慢の限界に達したセシリアがバンと机をお嬢様を思わせる風貌に似合わぬ乱暴さで、机を派手に叩き声を上げた。

 

「こんな結果、納得がいきませんわ!」

 

 そらそうだ。玲次だって一夏だって納得していない。こんなおふざけ結果無効だ無効。玲次も一夏も心底同意してセシリアと一緒に抗議しようとした。だが次の発言がいけなかった―――

 

「大体男がクラス代表なんて良い恥さらしにも程がありますわッ! このクラスを笑いものにさせたいんですか!? 実力からしてこの私、セシリア・オルコットが選ばれるのは必然ではありませんか!? それを物珍しいからと言って知性も碌に無い極東の雄猿を代表にされては困ります!」

 

 どうやら、一部女子の嫌がらせには気付いて居ない様子だ。まぁ、あんなの気付いても精神衛生上よろしくないのには違い無いが。……と言うか実の姉前によくもまぁそんな、知性の無い極東の雄猿だなんて事を言える物だ。怒ってそれを忘れている可能性は高いけれども。

 と言うか少なからず生徒には日本人がそれなりに居るというのにその発言は大丈夫なのか。玲次は怒るよりも心配してしまった。セシリアの剣幕は続く。

 

「おふざけでこのような野蛮人……いえ、モルモットにクラス代表にされては困ります! 私はこんなおふざけを、茶番をするために態々こんな辺境の島国に来た訳ではありませんッ」

 

 一息にまくし立てるセシリアに玲次は口を開いた。

 

「……じゃぁ君がやれば良いじゃないの。おれは止めないよ? やる気のある人がやった方が良いし」

「同じく」

 

「なっ――」

 

 野郎二人があっさり引き下がった事にセシリアは鳩が豆鉄砲食ったように言葉を詰まらせた。

 

「貴方にはプライドと言うモノが無いのですか!」

 

 何故代表である事に異論無しと言ったのに怒られるんだ。玲次がちょっと動揺していると、千冬が口を開いた。

 

「言った筈だが拒否権は無い。現状篠ノ之弟と織斑が投票ではツートップ。オルコットが自薦している現状――クラス代表決定戦を行う事とする。形式は通常のISバトルだ」

 

 一夏と玲次は眼を一気に丸くした。当然だ、セシリアと戦えと言うのか。勝ち目は薄いし玲次も一夏も戦意は無かったのもある。だがセシリアは乗り気だった。

 

「言っておきますがお二人とも。わざと負けたりしたら小間使い――いえ、奴隷にして差し上げますわ」

 

 まるで槍のような鋭さの眼光が玲次と一夏を刺す。眼は笑っては居なかった。全力で戦っても素人である玲次と一夏が勝てるかと言われたらお察しなのだが。玲次は多少IS操縦している時間は一夏よりはあるのだが、セシリアに正面切って勝てるほどでは無い。

 だがわざと負けるなどと言う事でもすれば千冬や教師陣にも迷惑をかけ掛けない。それに奴隷にされるというのは誰であろうと真っ平御免被る話だ。

 

「勝負は一週間後の月曜の放課後に第三アリーナで行う。篠ノ之弟と織斑、オルコットは其々準備をしておくように」

 

 千冬の通達を耳にしながら睨み合うセシリアと玲次と一夏。そんな一触即発の状況に周囲の生徒たちは固唾を飲み、一部生徒は嘲笑混じりに見守っていた――

 

 

//

 

  セシリア・オルコットは織斑一夏と篠ノ之玲次が気に食わなかった。

 ……と言うのは彼らが努力せずに、このIS学園に来た事と『男』であると言う事だ。

 

 前者は言わずもがな、セシリアは男という生き物に失望と軽い憎悪を覚えていた。

 

 母は強い人だった。社会が女尊男卑に染まる前からずっとだ。女の身でありながら幾つもの会社を経営し成功を治めた人間だった。

 娘である自分にはとても厳しかったが、それでも憧れだった。目指すべき目標だった。

 一方で、父はその逆を行っていた。

 

 名家に婿入りしたせいか、いつも母親の機嫌を窺っていた。それが女尊男卑の社会になってから更に卑屈でおどおどするようになり、次第に母もそれを鬱陶しがるようになっていった。

 

 セシリアはその時点で、このような情けない男と結婚はしない。そう決心していた。

 

 そして父と母の溝は深まり、一緒に居る事が少なくなった所で――三年前に、自律兵器の越境鉄道に対するテロ行為に巻き込まれ、父と母が一緒に死んだ。

 死傷者は100人を超える大惨事で、自律兵器を使用していたテロリストは今の社会に不安を持っていたのだと言う。

 その男は、セシリアの母が経営していた会社の元社員であり、女尊男卑のあおりを受け失職。行き場を失った所でとあるテロ組織に参加。テロ行為に及んだという。投入した自律兵器の基数は片手で数えられる程度でどれも小型だったが、何の防備も無い越境鉄道に損害を与えるのには充分過ぎるものだった。

 

 一種の男の憂さ晴らしとも言える事件にセシリアは怒りを覚えた。そして、やりきれなさをも覚えた。

 

 父と母はそれまでには別々だったのに、どうしてこんな時一緒に死んだのか。

 その疑問に答えてくれる者は何処にも居ない。そして、犯人は少し時間がかかったとは言えど逮捕する事が出来たが、セシリアは牢屋に守られた彼に復讐する事は出来なかった。

 思いつく言葉の限り詰ったけれども、男は一切悪びれる事無くニヤニヤしている。それが死んだ父親の卑屈な顔とダブり更に苛立ち、やりきれない思いに苛まれた。

 

 どうやっても彼を追い詰める事など出来ない。怒りを収める先が無い。

 そして追い打ちを掛けるように母の遺した遺産目的でセシリアにすり寄る大人たちの影。

 

 セシリアはありとあらゆる事を必死に勉強した。母の生きた証である遺産を薄汚い大人たちから守る為に、誰にも奪わせない、そう決心して。勉強した、必死に。

 

 ある日、IS適正テストでA+を出したセシリアに政府は国籍保持のために幾つもの好条件を提示した。それは遺産を守る為には非常に役立つものが有り、セシリアはそれを承諾しIS学園に入学試験を受けた。

 IS学園に入学するのも楽では無い。世界中から入学希望者が現れるのだから、倍率はそこらの大学の比では無い。だから――セシリアは勉強した、必死に。

 その年の少女が覚えて然るべき遊びも交友にも触れる事無く。

 

 その結果、最新鋭機である第三世代型IS『ブルーティアーズ』を与えられ、その稼働データと戦闘経験値を得る為に日本へと降り立った。

 

 そしてその先で篠ノ之玲次と織斑一夏という存在が突如として現れた。

 

 何の苦労も無く楽してIS学園に入ったのも許せなかったし、男に対するセシリアが抱く印象も碌でも無いという事実もあって喧嘩を吹っ掛けた。自分の優位性を保つために。

 

 

 それがどれだけ矮小で愚かな行為であるのか。セシリア自身はあのクラス代表人選騒動の後で気付いていた。クールダウンした時にはもう引っ込みが付かなくなっていた。

 けれども、まるで己のやって来た事を嘲笑われているような気がしてならなかったのだ。あのにやけ顔の犯人に。

 

 そんなやりきれない思いがセシリアの心を蝕んでいた。

 




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