インフィニット・ストラトス~The Lost Rabbit~ 作:ヌオー来訪者
IS学園にはアリーナが幾つか配置されている。利用目的は言わずもがなISの運用、IS同士の模擬戦である『ISバトル』が目的だ。アリーナの形状は天井の無い野球場をイメージしてくれると分かりやすいかも知れない。陽が沈んだ状態での使用もある程度許可されており、その為のナイターが煌々とアリーナ内で夜空を飛び回る黒鉄を纏った玲次を照らしていた。
「んー、黒鉄の様子は良好。こうしてると普通のISそのままね……」
一頻り飛んでから、地上へと降下すると、下から玲次を見守っていた白衣を着た20代前半であろう茶髪ロングの研究員の女性が玲次のISについて呟いてから、駆け寄って来た。
「あぁ、芝崎さん。あの時は自律稼働していた癖に、今はまるで普通のISみたいです。何なんですかねぇ、本当に」
玲次は応えると女性は――芝崎は答えられず黙り込み、朗らかな笑みで誤魔化した。普段なら見ていて安心感めいたものを覚える笑みなのだが、今回ばかりは玲次の落胆を誘った。
数か月間IS学園に併設されていた研究所が黒鉄について解析を行っていたのだが、大した進展は無かった。
「分かった事と言えばこの子が
状況を整理しよう。
黒鉄は通常のISとは一線を画している。
主な要因は自律稼働して玲次を名指しで助けた事。どの国にも属さない既存の467機の内に入らない事。そしてあのテロ事件からずっと自律稼働せず待機状態となっている事。従来のISと同じ運用が可能である、と言う事だ。
「まぁ、一朝一夕でどうにかなるほどIS関連は簡単に出来ちゃ居ないってのは分かるんですけどね」
「そう。ISを形成するのに必要な要素であるコアは現状製造は不可能。製造方法を知る貴方の姉、篠ノ之博士は3年前の研究施設の爆発事故で――ごめんなさい」
失言に気付き、芝崎は謝罪するが玲次は「良いですよ別に」と返した。3年も経っているから多少の踏ん切りは付いているし、他者に不謹慎だのと罵倒する程神経質ではない。
芝崎は続けた。
「黒鉄コアは468基目と言う
「でも肝心の博士はもう居ない。じゃぁ一体誰がやったんだーって話ですが」
いきなりポン、とゼロから現れたなんて事は有り得ない。
――いい? れーくん。全ての
ふと、昔、マジシャンのマジックショーを前に束が言っていた言葉を思い出した。子供にそう言うのは余りにも大人気ない行為だったが、今の状況にその言葉は玲次にとっては支えだった。
ならば、一体誰だ。誰がコイツを作った。
「可能性として考えられるのは生前博士が造っていたコアを何者かが利用してこの子を作った説を推しておくわ」
「そう考えるのが自然ですねぇ」
それ以上は考えられないだろうし、あとは黒鉄をけしかけた張本人に全てを話して貰うしかないだろう。芝崎は腰に手を当てて「取り敢えず――」と切り出した。
「貴方の役割はこの子を動かしてデータを取り、私たちはそこからデータを取り、そこから分析する。なんせ468番目の機体なんだから稼働データは本当に欲しいのよ」
「こちらとしても姉が関係しているかも知れない案件で実際巻き込まれているんで、出来る事はやりますよ」
「ん、君はそう言うスタンスだったね」
芝崎は満面の笑みで黒鉄を解除した玲次の肩をポンと叩いた。
「ま、代表候補生との喧嘩、頑張んなさい」
「喧嘩になると良いんですがねェ……」
玲次は引き攣った笑みで返す。過大評価しているのは否定できないが、何をしてくるか分からない以上何とも言えないのだ。
「まぁそこは男の子の見せどころでしょう? ISに乗れてカタログスペックは互角以上なんだから」
さて、どう転ぶか。運用の最低限の知識自体は既に頭の中に叩き込んでいるが、この一週間で玲次が出来る事はたかが知れている。後は対策を立てる事ぐらいだ。
「へい、善処します」
芝崎からすれば貴重な対代表候補生との戦闘だ。こっちも気合を入れようと思いつつ、玲次は更衣室へと歩を進めた。
//
――翌日
「うわぁ……」
バシン、と竹刀が硬い物を強く打ち付けるような音が道場に鳴り響いた。隅で成り行きを見守っていた玲次は参考書片手に、気の抜けた声を出してしまった。
放課後、一夏は箒に連れられて剣道をする事となった。
――と言うのにも理由があり、一夏に与えられるISはロングブレードによる近接戦主体と言う話を聞いたからだ。ISの操作面はある程度玲次なら教えられるし、授業でも教師に叩き込まれるが、長物を振り回すスキルは玲次はそこまで持っていない。
で、長物を振り回すスキルのある箒が自分から名乗り出たので事のいきさつを玲次は参考書を読みながら見守っていたのだが一夏がぼろっかすに箒に叩きのめされていた。
力の面では間違いなく一夏の方が圧倒的にあり、ある程度箒の猛攻をいなしていたのだが、直ぐに押され、辛うじて一夏が反撃にと箒に打ち込む瞬間、動きが鈍りその度に一撃を喰らってしまう。
「おーい、剣道やってたんじゃないのー君ー?」
玲次の気の抜けたような問いに尻餅ついて箒に降参の意を示した一夏が応える。
「いや――それが中学にやめちゃって……3年間帰宅部だ」
「貴様は一体何してたんだ……」
箒は呆れ気味に言うが一夏はそれ以上応えようとはしなかった。一体どのような理由があったのかは知らないが鍛え直さざるを得まい。小学生時代の頃はもっと強かったと箒は記憶していた。単なる思い出補正なのかもしれないが。
「鍛え直す! 玲次が使えない時は私がお前を鍛え直す! 稽古をつけてやる!」
一夏も玲次が既にIS操縦についてレクチャーしてくれているので断る理由が無かった。剣道も近接戦闘の助けになる。
一方玲次は一夏が気の毒に思えて来た。一夏はどうやら教員たちのミスで箒と同室になってしまったらしく、そのまま一夜を明かしたとか。一応翌日教員に報告して一夏は玲次の部屋に移動する事になったのだが、本当に気の毒な話である。
「――分かった、でも玲次との兼ね合いになるけど、それでも大丈夫なら」
そう言うと若干恨めし気に箒は玲次を睨み、玲次は明後日の方向を見て知らんぷりするのだった。
それから数時間箒からの鍛え直しを受けてから一夏は道場の片隅で床に腰をついた。久々の剣道だ。頭が覚えていない。けれども身体が覚えており、少しずつ自分の戦い方というイメージがおぼろげながらに戻って来ていた。
これでもまだ剣道をやっていた小学生時代は、年上にも勝っていたのだ。
それなのに何故止めたのか。理由は一夏の家庭にある。
織斑家は千冬と一夏の二人暮らしだった。故に千冬が大黒柱だったのだ。流石に姉ばかりには苦労掛けさせたくは無かった。だから、自分に出来る事を探した。
その最たるものが剣道を止めて中学生時代にアルバイトを始めた事だった。道着とかだってタダじゃないし背が伸びれば新しく買い直さなければならない。だから剣道を止めてアルバイトを始めた。
とは言えど中学生が出来るアルバイトなどたかが知れている。だが、運のいい事に、知り合いの仕事に手伝いの名目で給料込みで紛れ込む事が出来た。
そんなこんなでこれまでやって来た。藍越学園への受験勉強だって就職しやすいとの評判かつ学費が安いからやっていた。
そんな人生設計が(一部自業自得とは言え)、ご破算になった。
人生設計と引き換えに鍛えて強くなる。
その為のISに乗る資格であり、再び始めようとしている剣道だ。
「よし、まだやるか!」
気合いを入れ直す。そして立ち上がった。そして一心不乱に己を鍛え上げていった。
//
「えっと――」
それから2日後。一夏は地図を片手にきょろきょろと周囲を見渡しながら延々と続く坂道を登っていた。
訪れた先は山の中だった。IS学園は勿論、中心街からも離れている。具体的に言えば電車乗り継ぎで1時間、バスで1時間と合計2時間掛るとされている場所だった。何故そんな山道を歩いているのかと言うと、自身の専用機を受領しに行くためだ。
本来ならば数週間後にIS学園へ輸送されるまで待つのだが、今回は事情が事情なだけに自ら赴いて手続きを取って予定を前倒しして貰いに行くのが本日の一夏のやることだった。
「くらもちぎけん……っと、ここか」
暫く歩いていると500m先倉持技研と書かれた看板が立っているのを見つけ、その前で足を止めた。足腰だけはアルバイトで鍛えられたのでちょっとやそっとの坂道程度軽いモノだった。
――さて、もうちょっと頑張るか。
気合いを入れ直し足を速めた。
間もなくして、白い壁で出来た建造物の前まで辿り着いた。
機械造りの扉の前まで来たのだが、これはどうやって入れば良いのか。ドアノブは無い、かと言ってコンビニにあるような自動ドアでも無い。
扉に触れたが明らかに固く閉ざされており、力づくで開く事は出来ないのは明白だった。ならば扉の近くに付いてある機械のようなもので何かすれば良いのか。
扉の近くに設置された機械はPHSを思わせるスイッチとカードリーダーと思しきスリットがある。その装置に触れても反応しない辺り、恐らくはカードリーダーにカードをスラッシュさせてから暗証番号を打ち込むのだろう。流石はISの研究所、セキュリティは厳重だ。
だが暗証番号も知らないし、カードも持ってはいない。
どうすれば良い?
他に出入口が無いか探そうと、扉から背を向けてこの場を後にしようとした矢先、機械の駆動音がした。明らかに扉が動いたような音だった。
「ッ!?」
びくり、と肩が硬直する。心臓に悪すぎる。そして後ろを向くと予想通り扉が開いており、開いた扉には眼鏡を掛けた白衣の、いかにもな研究員の青年が、クリアファイルを片手に立っていた。
「君、織斑一夏君だね? 話は既にIS学園から聞いている。こんな山奥までよく来たね。まぁ上がって」
「あっはい」
青年の案内を受けて一夏は扉を潜ると、機械式のドアは完全に閉ざされた。真っ白な壁、天井と白い蛍光灯。それに照らされた白いリノリウムの床が光を反射していた。研究所らしい殺風景な廊下だった。
長い長い廊下だった。道中に数人研究員らしき人物とすれ違ったが其々忙しそうな様子で一夏に目もくれなかった。
案内された先は、応接室であろう場所だった。研究所とはかけ離れたまるで企業の重役が居そうなソファとテーブル、観葉植物が置かれた一室だった。
「座って」
「失礼します」
ソファに座るよう促された一夏はソファに座り、青年も向かいのソファに座った。
「僕は倉持技研白式開発チーム主任、矢川浩輔。君の専用機を造っている人間だ。篝火所長が現在出張で不在な為僕たちが留守番をやっているという形だ」
そう言うとおもむろにポケットから名刺ケースを出してそこから一枚抜いて一夏に差し出した。
「あぁ、どうも」
それを受け取ると確かに矢川浩輔と書かれている名刺だった。それから矢川はクリアファイルから一枚の紙を出し、手続き書を机の上に出した。
「えっと、ここに名前と住所を書いてくれ。それと身分証……要するに保険証とか学生証とかも見せて」
指示通りに手続き書に自分の名前を記名し、学生証を手渡す。男性研究員も居るんだな、とふと一夏は思った。
「僕が珍しいのかい?」
悟られたのか。矢川に訊かれて一夏は嘘を吐けず首を縦に振って肯定した。
「……はい」
そう言うと矢川は、連絡用端末を操作しながら軽く苦笑いした。
「マスコミは基本的に男性のIS関係者は表に出さないからね。まぁ仕方ない。実際ISに乗れない事はIS研究員にはディスアドバンテージでしかないからね。ちょっと待っていてくれ」
矢川はソファを立ち上がり、応接室から出て行くその入れ替わりに別の研究員が応接室からやって来てココアの入ったマグカップを出してくれた。それを口にしつつ、十数分程待っていると矢川が戻って来た。
「待たせたね。ちょっと付いてきてほしい」
ココアを呑み干し、再び矢川に付いて行き別の部屋へと赴くと少し広い部屋に辿り着いた。そこは二機程の打鉄であろうISが鎮座していたり、IS専用の武器と思しきものが組み掛けの状態で大型の装置に掛けられていたりしている。そんな物々しい空間の奥地へと進んで行くと、そこには――
――白が鎮座していた。
打鉄のような灰色では無く、白が。フォルムは打鉄とは明らかに違う、異質さを放っていた。
「これは――」
「白式。君のISだ。一応、ISスーツは持ってくるように伝えたが持ってきたかい?」
「はい。一応制服の下に着ています」
「なら試乗してくれ。既に動作テストを行っているとは言えど、念の為だ」
「分かりました」
一夏は急いで制服を脱いで、下に着ていたISスーツの姿で白式を装着するべく装甲に触れた。
「――ッ」
何か――コイツが自分を待っていた。何故かそのような感覚を覚えた。何故そんな感覚を覚えたのかは分からないし。気のせいなのかも知れない。けれども一夏にはこの白式が自分を待っていたかのような感覚を覚えたのだ。初めて触れるISだというのに何故?
その答えを教えてくれる者は一人とて居ない。だから、一夏はこれは
「背中を預けるように。そう、座る感じで良い。後はISが勝手に固定してくれる」
一夏は展開された装甲に身体を預けると、白式が反応して装甲が閉じられて手足、胴が白式に固定される。かしゅっかしゅっと空気が抜くような音が響く。まるで白式と溶け合い、一体化するかのような感覚を覚える。それと同時に感覚がクリアーになるような感覚を覚えた。
そのクリアーさに違和感を覚える。普通なら視界に入る事が無いハズの背中の情報が脳に送りこまれて行く。その感覚が少し気持ちが悪かった。
だがその気持ち悪さは脳が追い付いてきたからかスッと無くなっていった。
脳に情報が送り込まれる。
シールドエネルギー残量100%。気温23度。敵性反応:無し。
機体状況ではなく、脳内にレーダーのような情報が送り込まれ、簡単な位置情報も分かってしまった。
事の成り行きを見守っていた矢川が口を開いた。
「どうだい? 少し気持ち悪く感じるが、直ぐに脳が慣れていくはずだ」
「あ、はい。もう平気です」
「そうか、ならよかった。では――」
それから動作テストを行ったがどれも滞りなく進み、陽が沈みかけた時間にて、正式に白式は一夏に与えられる事となった。
//
景色が流れていく。バスを待つよりは車に乗った方が速いだろう、と言う事で矢川とスタッフ一名にIS学園付近まで車で送られる事となった。
一夏は助手席に座って、IS学園に辿り着くまで待ち続けている。
それにしても倉持技研には研究員が何人かいたが、殆ど女性だった。やはり女性の方が内定率が高いのだろう。現に同乗しているスタッフ一名も女性だった。それなのに何故この矢川と言う人はISに関わろうとしたのだろうか。単なる下心では済まないだろうという事は容易に想像出来た。
「……どうしてISに関わろうって思ったんですか」
ふと、一夏は気になって矢川に問う。矢川はそんな質問に少し面食らったような顔をしつつも「そうだな……」と少し考えてから口を開いた。
「ロマンを感じたから、かな?」
「ロマン、ですか」
「だってそうだろう? 理論上素肌晒した状態でも大気圏も突破出来るし、宇宙服も船も無しに宇宙航行も可能なんだ。継戦能力に些か難ありかもだが、それはIS同士での戦闘でしか発生しない。よくよく考えてそれは凄いことじゃないか?」
「まぁ、それは確かに」
だからISは自律兵器を凌ぐ最強の兵器たり得るのだ。一夏は自分に与えられた力の強大さをひしひしと感じながら右腕についたガントレットを見た。白式は今、待機状態にあり、所有者の命令を待っている。
「そこまで俺は運動神経がいい訳じゃなかったし、所詮は野郎だから乗る事なんて叶わない訳だけど……それでも欠片でも良いから関わりたかった。だから必死に勉強した。男性研究員は女性研究員より狭き門だし」
実際ISに乗れない男など女性研究員の下位互換だと考えているのが殆どなのだろう。実際に搭乗してデータを取る場合もあるので、ISに乗れないのはディスアドバンテージだ。
「割と勉強の際は男がISに関わるなんて正気かとか、色々言われたりして肩身が狭い思いこそしたけど、今居る倉持技研は悪い感じじゃない。それにお陰で数少ない野郎のIS適応者の専用の機体を手掛ける事が出来たし」
車は既に高速道路に上がっていた。多分1時間もすればIS学園専用のモノレール駅前に辿り着くだろう。
「白式、ですか」
一夏の問いに矢川は「そうだ」と頷く。
「こいつが……白式は少し変わった機体だけど基礎性能は同世代型より上を行くハズだ。ここだけの話だけどね……」
切り出した矢川は少し声を抑えて、続けた。
「実はこいつは純製の倉持技研製じゃない。匿名で送られた設計図を基に製造されてるんだ。それがまぁ、中々興味深い作りでね……」
それから言葉を続けようとしたその時の事だった。
耳を劈かんばかりの、爆音。そしてふわりと、一夏たちは浮遊感を感じた。
「「「⁉︎」」」
そして世界が回る。シートベルトをしていたので幸い、逆さまになった所で重力に従って頭を天井に打ち付ける事は無かった。突然な出来事に脳が追いつかず、状況を理解するのに数テンポ遅れてしまった。そしてこれが緊急事態である事を漸く察した。
事故か?
逆さまになった車から一夏は必死に這い出る。まだここは高速道路上だ。暗くなった道に幾つもの鋭く光る赤いランプが、少し眩しく思えた。
そしてその赤ランプの正体を知った時、一夏は背筋が凍るかのような感覚を覚えた。それと同時に己の不運を呪った。何でこんな時にコイツらが出て来たんだ。
「――自律、兵器」
最もポピュラーな4脚タイプが立ち並んでいた。
それらは高速道路を通せんぼするかのように横に並んでおり、正面突破は目に見えて不可能。そして、何も知らずにこちらに向かって来るトラックが、クラクションを鳴らしながら一夏の横を通り過ぎて――
「あっ――」
危ない、と声を上げる前に、総てが終わった。
装備されていたレーザー砲から紅い閃光が放たれ、トラックを積み荷ごとを縦に真っ二つに斬り裂いた。そして後に続く二台の車が一夏の近くに止まり、一台の運転手がドアを開け放った。
「乗るんだ!」
「えっ!?」
どうやら後でも付けて来たらしい。黒服グラサンの如何にもな男がそう言って来た。
「乗るぞ、彼らは政府の人間だ!」
車から脱出した矢川が言う。同乗していた女性も頷く。どうやら信用出来る人間のようだ。一夏は意を決してその車に乗ろうとしたその時だった――
自律兵器の機銃が火を噴いた。
金属と金属が弾ける音が鳴り響き瞬く間に一夏の搭乗を待っていた車は蜂の巣になり、中身は最早見るに堪えない惨状を晒していた。最早めった刺しにされた果物のように、血と言う果汁を車内で散らしていた。
もう一台も同じく、レーザーで焼き切られて最早車としての役割を果たせない状態となって、ガソリンが引火し煌々と炎を揺らしていた。
「ッ!?」
流石に異常だと勘付いたかそれから続く車両の姿は無く、遠くからクラクションがおびただしく鳴り響いていた。
「――で、これが件の織斑一夏チャンか」
自律兵器の群れの中、一人の人影が自律兵器と自律兵器との間から出て来た。見るからにソレはISを纏っていた。黒髪ロングの女。目付きは鋭く獲物として一夏を見据えており、一夏はゾクリ、と悪寒が奔った。
――こいつはヤバい。関わったらダメな奴だ
女は何処からか取り出したナイフの刀身をねっとりと舐めてから――
消えた。否、素早く動いたのだ。そして何か水が頬に飛び散ったので飛んできた方向を見ると――同乗していた女性職員の喉から凄まじい量の赤い水が飛び散っていた。そして彼女のすぐ後ろでISを纏った女がその紅い水を傷口から啜っている。明らかに恍惚とした表情をしていた。まるで
その様はまるで吸血鬼であった。女性職員は見るからに助かるような状態では無い。
「どうした、織斑君、逃げるぞ! もう、彼女は……!」
「ぁ……ぁぁ」
矢川は一夏に逃げるように促すが、一夏は茫然自失として動かなかった。
//
その光景に、どこか見覚えがあった。
薄暗い場所、錆びた鉄のような臭い。そんな中に俺は横たわっていて。あの吸血鬼女ではない女性はまるで安心したかのように優しく微笑んでいる。
これは誰だ?
思い出せない。そもそもこんな事があった
だがどうしようもない程の罪悪感を覚えるのは何故だろう?
分からない。分からない分からないわからないわからないワカラナイワカラナイ
「しっかりしろ! 織斑君!」
まるで思考の袋小路に陥っていた所で声がし、まるであやふやな意識がはっきりとして現実に引き戻された。
目の前には最早ピクリとも動かくなった女性職員が首がパックリと割れた状態で横たわり、血だまりを作っていた。そして手を下したISを纏った吸血鬼女はじりじりと一夏に歩み寄っていた。矢川が一夏の手を引いて逃げるように促している。
「何なんだよ! お前は!」
訳が分からない。平気で殺せるこの女が。
血まで啜って。恍惚としたあの顔を思い出すたびに身の毛がよだつ。
吸血鬼女は首を軽く傾げてから口を開いた。
「アレ、あんまり美味しくなかったし。織斑一夏チャン、キミに期待しちゃおうか」
「なんで、殺した」
一夏が問う。考えてみれば直ぐにわかるような事を。気が動転していたのもある。
だが返って来た答えは常識から外れていた。
「人って弾けるの。命がどばーってね。丸い水風船みたいに。それって綺麗じゃない? 綺麗なモノは欲しくなるでしょう?」
「なんなんだよそれ……!」
それは、憤り。
一夏の爪が掌に食い込む程に拳に力が込められる。
「――矢川さん。逃げて下さい、俺はコイツをブッ飛ばす」
「何を馬鹿な! 勝てる確証など……」
「基本操作は知っていますから大丈夫です」
「そういう問題じゃない!」
矢川の言う通りだった。相手がISを纏っている上に自律兵器を引き攣れている。何者か分からないが、技量は間違いなく吸血鬼女の方が上だろう。だが、矢川の制止を振り払って一夏は前に出た。
「俺が相手になってやる! 吸血鬼女ッ!」
確かめるようにして右腕のガントレットに触れる。大丈夫だ、その為の力はある。
そして――叫んだ。
「来いよッ白式ッ!!」
瞬時にして一夏の身体に純白の装甲が装着された。ISスーツではなく制服姿なので機体への伝達率が若干落ちるが誤差レベルだ。
武器の確認をすると一つだけ欄が出た。
近接ブレードのみ。
飛び道具が無い事に一夏は苦虫を噛み潰したようにぎりと歯噛みする。だが無いよりはマシだ。
「クッ……!」
矢川は一夏とは別の理由で歯噛みした。まだ白式は完全では無い。それに一夏が逃げるには自分が邪魔なのは理解していた。生身の人間を抱えて逃げる事も出来るが、スピードが出せない。出せば生身の人間はGに耐えられず死に至る。だからと言って抱えた人間に気を配っていると、直ぐに追いつかれてしまうだろう。
もう一夏を止める事は叶わない事を悟った矢川は一夏から二歩三歩下がってから、口を開いた。
「危なくなったら逃げるんだ。シールドエネルギー残量に気を付けろ」
シールドエネルギーはISの
一夏が勝てる見込みがない事を知っていた矢川にとっては一夏の行為は自殺行為であり、今から見捨てようとしているのだ。
だが今逃げなければ一夏も逃げられないのだ。一夏と自律兵器に背を向けて矢川は走り出した。次の瞬間、矢川に向かって四脚型の自律兵器たちが銃撃を放った。
「させるかッ!!」
一夏は守りの体勢に入り、矢川を庇う体勢に入る。これ以上誰も殺させない。絶対に。そう強迫観念めいたナニカを抱きながら。近接ブレードで機銃を弾き、レーザーは手甲型の装甲やシールドバリアを利用して防ぐ。どんどん矢川の姿が小さくなっていく。
ISのハイパーセンサーは後方の状況も脳に送られるので頃合いかと思えるほどに離れていた。一方で吸血鬼女は自律兵器の射撃の巻き添えを喰らわないように、射線から離れて自律兵器の傍にいて、何もせずに盾になっていた一夏を見ていた。その様子はとても楽しそうに見えた。
「かわいい……あのオタクみたいな人と違って、良いね、欲しくなってくる」
頃合いだと悟った一夏は反撃の為に近接ブレードを構えて自律兵器の群れと、吸血鬼女に向かって白式をブーストさせた。
「誰が――やるかよッ」
機銃やレーザーが飛んでくる。マイクロミサイルが飛んでこないのは高速道路の崩落を恐れているからだろうか。
吸血鬼女は反撃する事無く一夏と自律兵器の戦闘を傍観していた。
一夏は銃撃を受けつつ接近し、片手間に吸血鬼女のISのデータを確認しようとしたが、UNKNOUWNとしか出なかった。ワインレッドを基調としており、背中には大型ウイングが装備されている。武器はナイフしか分からない。何を持っているか分からないので攻撃を仕掛けてこないのは僥倖だったが、それは自信の表れとも取れる。
だが、相手がどうであれ関係は無い。コイツを放って置けば誰かが死ぬそれだけは一夏には耐えがたいものだった。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
そして一夏は無理矢理一機の四脚型をブレードで横に一閃、真っ二つに斬り裂いた。
一夏にここから居なくなれ的な事言わせたかったけど流石にネタ過ぎるし没。ラストの雄叫びになりました。