全員の職業が決まり、各々がギルドで濃密な7日間を過ごした。
セキは髭面の秀師に怒鳴られ殴られ時には優しくされた事を思い出しながら同じルミアリス神殿で規定修練を受けたコトノを待っていた。
いつか必ずあの髭を引っこ抜いてやると息巻いていると、コトノがやって来た。
「ごめんなさい、待たせちゃいましたか」
「あたしもさっき来たところ」
「それじゃ行きましょうか。2人も待ってるかもしれません」
待ち合わせは北門前広場。セキが先輩に話を聞いた広場だ。2人は歩きながら話をする。
「私、この7日間で一生分怒鳴られた気がします。まだ耳に怒鳴り声が残ってる感じがして」
「コトノも? あたしは優しくされたときもあったけど、それがなかったら薄くなってた髪をむしり取ろうと思った」
「何度も怒鳴られてすっごい辛くなるんですけど、たまに褒めてもらえてそれが嬉しかったりして。我ながら単純ですね」
「わかる。アメとムチが上手いのよね」
「あんなに怒鳴られたことあったのかな。ここに来る前のことは憶えてないんですけど、私、怒鳴られるのってそんなになかったのかも。
…私のやる事は仲間の命を守ること。これからそれだけ危険なことをしなければいけない。それを叩き込まれました」
歩みを止め、コトノがセキに向き直った。
「セキちゃん。一番危険なところを任せてしまってすみません」
「いーのいーの。あたしが自分で決めたことよ。いくらでも盾にしてちょうだい。
あ、でもスガの方が体が大きいからいいかもね」
「ふふ、そうかも」
その後2人は北門広場に到着。先に来ていたスガとワカと合流した。
スガは鎖帷子を身に付け、バスタードソードを背負っている。背丈もそれなりにある――185cmぐらいか――ので、頼りになりそうだ。あまり喋らず、常に微笑を浮かべているのは余裕の現れかただの処世術か。
ワカは黒色の三角帽子と同色の衣を身にまとい、木製の杖を持っている。女性陣の中では一番背が高いので、帽子も入れるとスガに届きそうだ。
コトノは白を基調として青いラインが入った神官服を身にまとい、ショートスタッフを持っている。彼女の長い黒髪は白い神官服の上で良く映える。
そして、セキ。プレートで補強されたレザーアーマーを身に付け、ロングソードを持っている。どちらもルミアリスの六芒が刻まれたものだ。4人の中で一番背が低いので、こいつが前衛なのかと頼りなく思われるかもしれない。
「よし、揃ったわね。早速行くわ」
「それはいいのだけど、どこに行くの?」
「道すがら話すわ」
4人は北門を出て歩き始める。正面の北へ道は伸びており、道から外れた東西どちらに向かっても森になっている。
「ここオルタナの周辺で義勇兵が稼ぐには、敵対種族を倒すのが一般的だそうよ」
セキは髭面秀師に聞いた情報を反すうしながら3人に伝える。
「日帰りで行ける距離に住処があるのはゴブリンとコボルド。どちらも見習いが倒せるぐらいの強さ…らしいわ」
「ゴブリンについては俺も聞いたよ」
珍しくスガが自分からしゃべった。
「人間の子供ぐらいの大きさですばしっこいから、武器が大物だと当てにくい。しっかり狙えって」
「で、そのゴブリンの主な住処が2つあって、一つが森の中。でも私達には狩人がいないから、森には行かない。
もう一つがダムローっていう街。昔は人が住んでいたけど、今はゴブリンの根城になってる」
「根城って…危険じゃないの?」
心配そうなワカ。
「ダムローは新市街と旧市街があって、新市街がゴブリンの住処。こっちは大量にいるので絶対に近づかないわ。
旧市街は新市街からあぶれたゴブリンが住み着いてる。数は多くないからこれを狙うのがいいって話よ」
「大丈夫かしら…」
「まずは行って様子を見てみましょう。杞憂ですむ…かも…」
「だといいんだけど…」
ワカはだいぶ心配性のようだ。セキが考えなしなだけかもしれない。
1時間ほど歩いて4人はダムロー旧市街に到着した。
元はオルタナと同じように栄えた街だったのだろうが、今は見る影もない。
石畳はボロボロで石材の間からは雑草が伸びている。建造物も崩落しているものが多く、まともに使えそうな場所は少ない。
「ゴブリンだらけではなかったけど…ひどい有様ね」
ワカが周囲を見回しながら言う。確かに人が住んでいたとはとても思えない。
「見える範囲には何もいませんね」
「まだ入口だからじゃないの?
とりあえず実物を確認したいけど…ここからは慎重に行きましょ。壁際を進む。あたしが先頭。横にスガちゃん。後ろにコトノ。で、ワカは真ん中ね。
もし後ろから敵が来たら」
「俺が後ろに、セキは横につく、でいいかな」
「それで。ワカとコトノは絶対に前に出ないように。
もしもう一方から攻められそうになったら即逃げる」
「ええ」「はい」
4人で周囲を警戒しながら旧市街を進んでいく。
セキは前方を見ながら歩く。速度が普段より遅くなっているのは緊張のせいだと思う。
少し歩くと前方に雨風をしのげそうなぐらいには損壊の少ない建物があった。
その建物の前を横切ろうとした時、不意に中から出てきたものと出くわした。
セキより頭1つ分くらい小さい体。黄緑色の肌。とがった耳。ゴブリンだ。
つい見つめ合ってしまうセキとゴブリン。ワカ達3人もあっけにとられている。
「グギャアアァァァ!?」
「うっわあああああ!?」
驚き後ずさったゴブリン。セキも驚き声を上げながらロングソードを振り回した。鞘ごと。
何度か振り回し、ゴブリンの体に当たった時にロングソードを鞘から抜いていないことに気付いた。
ロングソードを鞘から抜いて構える。ゴブリンも短剣を抜いて腰を落とした。じわじわと後ずさり、距離を取ろうとしている。
ゴブリンは建物の中に戻っており、セキは入り口を塞ぐ形で相対している。このままでは後ろの3人も動けないし、他に出入り口があればゴブリンに逃げられてしまう。セキは覚悟を決めてゴブリンに向かって駆け出した。
「ちょっと! セキ!」
「援護して!」
セキはゴブリンに近づきロングソードを思いっきり振り下ろした。が、ゴブリンは後ろに下がってかわす。刀身が床に当たり手が痺れるのと同時に、駆けていたセキは勢いを殺しきれずに前方につんのめった。
「ギャギャ!」
それを見たゴブリンは笑いながらセキの脇を駆け抜けていく。その先には前に進み出たスガ。
「はっ!」
大きく息を吐きながらスガがバスタードソードを横薙ぎに振るうも、その切っ先はゴブリンに届いていない。
そしてゴブリンはスガの横を通り過ぎる。コトノとワカもかわして建物の外に出るつもりだったようだが、そうはいかなかった。
スガの少し後ろに進んでいたコトノがショートスタッフでゴブリンの胴体を打った。神官の護身術のスキル、
「マリク・エム・パルク!」
ワカが空中に文字を描きながら呪文を唱え、杖をゴブリンへとかざすと、杖の先から光弾が出た。着地したばかりのゴブリンはかわすこともできず、頭部に命中。ゴブリンは尻餅をついた。
「そこ動くなぁ!」
そこに体勢を整えたセキが突っ込む。まだ痺れの残る手でロングソードを水平に構え、そのままゴブリンの胴体に突き刺した。
「ギギャアァッ!」
ゴブリンが悲鳴をあげ暴れまわる。ゴブリンの動きに振り回され、セキの痺れた手ではロングソードを支えきれない。ゴブリンの体からロングソードが抜け落ちると、ゴブリンは短剣をセキに振るう。
「いったあ…!」
セキの右肘の辺りに短剣が当たった。ぷしゅっと血も出る。痛みに後ろに引くセキにゴブリンが追撃しようとした。
そこにスガがバスタードソードを水平に構え、セキと同じように突っ込んだ。ガッという衝撃とともにゴブリンは倒れ込んだ。
4人はこれで終わったか、という表情になった。
だがゴブリンはまともな音にならないうめき声をあげながら立とうとしはじめた。
「嘘…」
細い目を見開いて驚くワカ。セキもゴブリンの生命力に舌を巻く。
立とうとしても力が入らないゴブリンはその場でうめいているだけにすぎないが、一種の恐ろしさを感じさせる。
おもむろにスガがゴブリンに近付いてバスタードソードを振りかぶる。ガツッと天井に刀身を当てた音がして、そのまま振り下ろす。
「…終わった」
コトノが無言で六芒を描く仕種をしたのを見て、セキも同じ仕種をする。たとえ敵でも殺した生物への祈りは忘れてはならない、光明神ルミアリスに仕える者の掟だ。セキは忘れかけていたが。
祈りを終えてセキはスガの隣に並ぶ。スガは目を閉じて黙祷していたが、セキに気付くと口元を緩めた。
「訓練と違う。思った通りに身体が動かなかったよ」
「あたしも。一番働いてないわ」
セキはゴブリンの亡骸を見る。胴体部分に鞄のような袋、ゴブリン袋という名称のそれの中には彼らの宝物が入ってるらしい。
左手でゴブリン袋を手に取り中を見てみる。銀貨が2枚と何かの金具が入っている。
「銀貨2枚。こうやって稼げってことね」
「その前にセキ、あなたは怪我を気にしなさい」
「セキちゃん、見せてください」
ワカに言われ、右肘に負った傷をセキは見た。血は出ていて多少の痛みがある。斬られた時は怯んだが、大した傷ではない。
「光よ、ルミアリスの加護の下に…
コトノが祝詞を唱えて手を傷口にかざすと、手のひらが淡く光る。すぐに痛みは消えて傷口がなくなり、血の跡だけが残る。
「ありがと」
「どういたしまして」
コトノが微笑む。女の私でも可愛いと思う。
4人がゴブリンを殺した建物から出る。
ぎゃいぎゃいと騒がしい声に目を向けると、少し離れたところにゴブリンがいた。
「…5匹いるわ!」
「逃げるわよ!」
先程の戦闘で精神的にだいぶ疲弊していて、成果もあったのだし今日は帰ろうと意見が一致していた。こちらの戦意はないうえに頭数すら負けているので即座に撤退を決めた。
不慣れな場所を追いかけ回されながら走って逃げ、ダムロー旧市街を脱出。へとへとになってオルタナへと帰還した。